第六章 第一話 ―――賑やかな、診療所―――
マリーとアルフレードが想いを通わせてから。
診療所はあいかわらず賑やかだった。
いや——むしろ以前より賑やかになっていた。
「マリー! 今日も精が出るな! ほら、差し入れだ!」
ガウェインが朝から猪肉の塊を担いでやってきた。
「ガウェイン団長、いつもありがとうございます。でも、生肉をそのまま持ってこられても……」
「マリー。この薬草、新種だ。君のために育てた。データを取りたいから、毎日観察させてくれ」
テオが当然のように、診療所の隅に鉢植えを並べ始めた。
「リオ、また勝手に私の調剤台を使ったな。毒物の実験は外でやれ」
「うるせえな。ここは俺の住居でもあるんだよ。文句あるか」
居候のリオが皮肉を返す。
そこへ、書類を抱えたシリルが涼しい顔で入ってきた。
「相変わらず騒がしいな。マリー、経営報告書を持ってきた。確認しろ」
いつもの五人——ではなく、四人の攻略対象たち。
マリーの診療所は今日も、彼らの溜まり場と化していた。
「みなさん、本当によく集まりますね……」
マリーは苦笑した。
みんな忙しいはずなのに。騎士団長も、宰相の息子も、天才魔法植物学者も、毒の研究者も。なぜか暇さえあれば、この小さな診療所に集まってくる。
ありがたいような、不思議なような。
そんないつもの朝。
診療所の戸が勢いよく開いた。
「——マリー」
現れたのはアルフレードだった。
その姿を見て、四人の空気が変わった。
「げ。本命のお出ましだ」
リオがにやりと笑った。
アルフレードは四人をぐるりと見回した。その銀の瞳がすうっと細くなる。
「……相変わらず、お前たちはここに入り浸っているのだな」
「悪いか。マリーの診療所だぞ。誰が来ようと自由だろう」
シリルがしれっと言い返す。
アルフレードはつかつかとマリーの隣に歩み寄った。そして見せつけるように、マリーの肩を抱き寄せた。
「ひゃっ、ア、アルフレード様!?」
「言っておくが」
アルフレードは四人をまっすぐ見据えた。
その声は低く、はっきりと宣言した。
「マリーはもう、私のものだ。私たちは想いを通わせた。——だからお前たち。あまり馴れ馴れしくするな」
しん、と。
診療所が静まり返った。
そして——四人の反応はそれぞれだった。
「……へえ」
最初に口を開いたのはリオだった。
「ついに結ばれたか。まあ、予想はしてたけどな」
飄々と肩をすくめる。けれどその目の奥には、隠しきれない悔しさが滲んでいた。
「ちっ……。やっぱりお前か、アルフレード」
「なんだと、テオ!? うおおお、悔しい! 俺の方が絶対、マリーを幸せにできるのに!」
ガウェインが豪快に地団駄を踏んだ。
だがすぐに、がしがしと頭を掻いて。
「……いや。マリーが選んだなら仕方ねえ。マリーが幸せなら、それが一番だ。——おめでとう、マリー!」
悔しがりながらも、大きな声で祝福した。単純でまっすぐな、ガウェインらしい切り替えだった。
「私は動じないぞ」
テオが淡々と言った。
「アルフレードと結ばれようと。マリーが世界一希少な存在であることに変わりはない。私はこれからもマリーを研究し続ける。それだけだ」
「いや、研究て」
マリーは思わずツッコんだ。
そして最後に。シリルが眼鏡をくいと上げた。
「ふん。結ばれたからといって、何も変わらん」
「シリル……?」
「私はこれからもマリーを監視し続ける。素性の知れぬ平民が王太子と関わるのだ。危機管理はより一層重要になる。——つまり、私がここに通う理由は増えた」
「屁理屈を言うな」
アルフレードがじろりとシリルを睨む。
「事実だ。それとも何か。お前は、私がマリーの傍にいるのが不満か?」
「当然だ」
アルフレードとシリルの間に、ばちばちと火花が散った。
親友同士の、一歩も引かない睨み合い。
マリーはその光景に頭を抱えた。
「ちょ、ちょっと、みなさん!?」
診療所は大騒ぎになった。
ガウェインが「俺だってまだ諦めてねえぞ!」と吠え、テオが「研究対象としての価値は不変だ」と謎の主張を続け、シリルとアルフレードは睨み合ったまま動かない。リオはその様子を面白そうに眺めている。
「みんな、落ち着いてください! ね!?」
マリーは必死に間に入った。
顔が熱い。アルフレードに人前で「私のものだ」なんて宣言されて。肩を抱き寄せられて。嬉しいやら恥ずかしいやら。
そのうえ、この大騒ぎ。止めなきゃいけない。心臓がいくつあっても足りなかった。
「あの、本当にもう……!」
マリーがおろおろしていると。
ふと、リオが笑った。
「……まあ、いいじゃねえか」
その声はどこか吹っ切れていた。
「俺たちは確かに、マリーに惚れた。今でもその気持ちはある。——でもな。マリーが自分で選んだんだ。アルフレードを。なら、俺たちが口を出すことじゃねえ」
リオはマリーを見た。
「俺はもう、『好きだ』とは言わねえよ。お前が決めたことを尊重する。お前の幸せに文句を言う気はねえ。——ただ」
リオはにっと笑った。
「親友として、これからも傍にいる。それくらいは許せよ」
その言葉に、ガウェインも、テオも、シリルも頷いた。
「おう。俺も同じだ。マリーの幸せを守る。それが騎士の誓いだからな」
「私も変わらず傍にいる。研究者として、友人として」
「監視は続けるがな。——だが、まあ。お前の選択を覆す気はない」
四人の言葉に、マリーの胸が熱くなった。
みんな自分の気持ちに区切りをつけて。それでも傍にいてくれる。恋人としてではなく。かけがえのない友人として。
「……みなさん」
マリーの目に、じんわりと涙が滲んだ。
「ありがとうございます。本当に」
「おいおい、泣くなよ」
「泣いてません!」
マリーは慌てて涙を拭った。
アルフレードはそんなマリーを隣で見つめていた。そしてふっと息を吐いた。
「……まあいい。お前たちがマリーの友人でいる分には許そう」
「ほう。寛大だな、殿下」
「ただし」
アルフレードはマリーの肩を、もう一度ぐっと抱き寄せた。
「これ以上近づいたら、容赦はしない。——マリーは私のものだ。それだけは忘れるな」
「はいはい。分かったよ、心の狭い王太子様」
リオがおどけて肩をすくめた。
診療所にどっと笑いが起きた。
マリーはその光景を見回した。
賑やかで騒がしくて。みんなが自分を想ってくれて。恋人がいて、親友たちがいて。
——なんて幸せな場所だろう。
「もう、みんな仲良くしてくださいね!」
マリーが笑顔でそう言うと。
四人と一人の攻略対象たちは。顔を見合わせて苦笑した。
いつもの賑やかな診療所の日常。
それはこれからも、ずっと続いていく。




