第五章 第四話 ―――守りたいのは、君だけ―――
第三の作戦の標的が決まった。
騎士団長、ガウェインである。
「ソフィアさん。ガウェイン団長って、素敵な方ですよね」
マリーはいつものように布石を打った。
「ガウェイン様ですか? はい、とても豪快で頼りになる方ですね!」
「でしょう! 強くて優しくて、まっすぐで。——騎士団長と光の聖女なんて、すごくお似合いだと思いませんか?」
「お似合い……ですか?」
ソフィアはきょとんと首を傾げた。
マリーは内心で確信していた。
——これは、いける。
ガウェインは武の極み。ソフィアは光の聖女。二人とも魔物と戦う最前線の存在だ。守る者と清める者。これ以上お似合いの組み合わせはない。絵になる。間違いなく絵になる。
今度こそ成功させてみせる。マリーは密かに燃えていた。
そんなある日。
ガウェインが診療所にやってきた。
「マリー! 頼みがある!」
「ガウェイン団長。どうしました?」
「近くの森に魔物が出た。これから討伐に向かうんだが——ソフィア嬢にも、光の魔法で協力を頼んでてな」
——きた!
マリーの目が輝いた。
ガウェインとソフィアの共同任務。まさに絶好のお膳立ての機会だった。
「それは、ぜひ二人で頑張ってください! 応援してます!」
「いや、それでだ。マリーにも来てほしい」
「え」
「討伐となりゃ、怪我人が出るかもしれん。負傷者が出たとき、すぐ手当てできるよう、腕のいい薬師が同行してくれると助かる。——お前しか頼める奴がいねえんだ」
ガウェインはまっすぐにマリーを見た。
その目には信頼がこもっていた。
「……分かりました」
マリーは頷いた。
負傷者がいるかもしれないなら、医者として断る理由はなかった。
それに——現場でガウェインとソフィアが共闘する姿を、間近で見られる。うまくいけば、二人の距離を縮める手助けもできるかもしれない。
——よし。同行して、二人をくっつけてみせる。
マリーは薬箱を手に、密かに決意を固めた。
森に着いた。
だが——負傷者はどこにもいなかった。
「あれ。怪我人は?」
「ん? ああ、まだ討伐前だからな。これから戦うんだ」
「……あ」
マリーは気づいた。
負傷者はこれから「出るかもしれない」のであって、今はいない。つまり自分は、これから始まる魔物との戦闘のど真ん中に、薬箱一つで立っているわけだ。
戦う力もないのに。
「……えっ、これ、けっこう危なくないですか」
「心配すんな! 俺が守る!」
ガウェインが胸をどんと叩いた。
その直後だった。
森の奥から、地響きとともに巨大な魔物が姿を現した。
「来たぞ! 二人とも下がってろ!」
ガウェインが剣を抜き、前に出た。
戦闘が始まった。
ガウェインの剣が唸る。一撃、一撃が重い。さすが騎士団長。その武は圧倒的だった。
そしてソフィアも。
「光よ!」
彼女の手から、まばゆい光が放たれた。魔物が怯む。光の聖女の力は、魔物にとって天敵だった。ソフィアは的確にガウェインの攻撃を援護していた。
——二人とも、すごい。
マリーは戦闘の迫力に圧倒されながら見惚れた。
ほら。やっぱりお似合いだ。守る騎士と清める聖女。完璧な連携。これぞヒロインと攻略対象の——。
「マリー、危ない!」
その思考は、ガウェインの叫びで断ち切られた。
魔物の一体が戦闘の隙を縫って、マリーの方へ突進してきていた。
「——っ」
マリーは動けなかった。
次の瞬間。
ガウェインが信じられない速さで、マリーの前に割り込んだ。そしてその巨体でマリーを庇った。剣の一振りで魔物を弾き飛ばす。
「大丈夫か、マリー!?」
「だ、大丈夫です……! ありがとうございます……!」
「よし。怪我はないな」
ガウェインはほっと息をついた。
その直後、再び別の魔物が動いた。
今度はソフィアの方へ。
マリーは青ざめた。
「ソフィアさん!」
でも。
「——光の盾!」
ソフィアは慌てず、自分の周りに光の障壁を張った。魔物の突進を軽々と弾き返す。
「わたしは平気です!」
ソフィアはにこっと笑った。
「自分の身は自分で守れますから! それより——」
ソフィアはガウェインに向かって叫んだ。
「ガウェイン様! わたしのことはいいので! マリーさんを守ってあげてください! マリーさんは戦えないんですから!」
「おう! 任せろ!」
ガウェインは即座にマリーの傍へ戻った。
——あれ?
マリーの作戦は、根本から崩れ始めていた。
ガウェイン×ソフィアを近づけるはずが。ソフィアは自衛できるどころか、立派な戦力。ガウェインが守る必要なんて、まるでない。
むしろ二人がかりで守られているのは——戦えない自分の方だった。
「マリー、俺の後ろにいろ! 絶対にお前は傷つけさせねえ!」
「は、はい……!」
全員がマリーを守る体制。
マリーの「くっつけ作戦」は、戦場のど真ん中で無残に空回っていた。
戦闘は終盤に差し掛かっていた。
残る魔物は一体。だがそれは、最も巨大で手強い個体だった。
ガウェインが斬りかかる。ソフィアが光で援護する。あと一歩。
そのとき。
魔物が最後の力で暴れた。その巨大な尾が、地面を薙ぎ払う。
その軌道の先に——マリーがいた。
「——マリー!!」
ガウェインの声が響いた。
それはいつもの豪快な声ではなかった。
血を吐くような。心の底から絞り出すような。——悲鳴に近い叫びだった。
ガウェインの体が、考えるより速く動いていた。
彼はマリーと魔物の尾の間に、自らの身を滑り込ませた。そしてマリーを抱き込むようにして庇った。背中で魔物の一撃を受け止める。
鈍い衝撃音が響いた。
「ガ、ガウェイン団長!?」
「……っ、無事か、マリー」
ガウェインは歯を食いしばっていた。背中に確かなダメージを負っていた。それでも彼は、腕の中のマリーを確かめるように見た。
その琥珀色の瞳。
そこに宿っていたのは——いつもの陽気な光ではなかった。
マリーを失うかもしれない。その恐怖。そして、何があってもこの女だけは守り抜く。その鋼のような決意。
『生涯をかけて、お前を守る』。
かつて彼が誓った言葉。その本気が——今、ガウェインの全身から滲み出ていた。
「……お前を傷つけさせはしねえ」
低く絞り出された、その声。
マリーの心臓が、どきり、と跳ねた。
——え。
いつもの騒がしくて豪快なガウェインじゃない。
今、自分を抱きしめて守っているこの人は。こんなにも真剣で、こんなにも必死で——こんなにも男らしい顔をするのか。
マリーの頬が、思わず熱くなった。
でも。
それは一瞬のことだった。
——いや、いや。これは反射。ただの反射。
マリーは慌てて首を振った。命を守られた状況でドキッとするのは当たり前。それは恋とは違う。ただの生理的な反応だ。
そう自分に言い聞かせた。
「だ、団長! 背中、怪我してます! すぐ手当てを!」
マリーは医者の顔に戻った。
「がはは! こんなの、かすり傷だ!」
ガウェインは立ち上がると、いつもの豪快な笑顔に戻っていた。
「それより最後の一体だ! ソフィア嬢、行くぞ!」
「はい!」
ガウェインとソフィアの最後の連携で、魔物は討伐された。
さっきのシリアスな表情が嘘のように。ガウェインはまた、いつもの騒がしい団長に戻っていた。
討伐が終わったあと。
マリーはガウェインの背中の傷を手当てした。幸い、大事には至っていなかった。鍛え抜かれた頑丈な体だった。
「ほんと、無茶しますね、団長」
「お前を守るためなら、無茶くらいする」
ガウェインはけろりと言った。
その言葉に深い意味はなさそうだった。彼にとっては、ただの当たり前。マリーを守るのは、息をするのと同じくらい自然なこと。それだけだった。
手当てを終えて。
マリーはこっそりため息をついた。
——今回も、ダメだった。
ガウェインとソフィアをくっつけるはずが。結局、二人がかりで自分が守られて終わった。ソフィアは自衛できる戦力だし、ガウェインの庇護欲はなぜか全部自分に向いてしまう。
お似合いのはずなのに。一ミリも進展しなかった。
「あー……また失敗しちゃった」
マリーは肩を落とした。
「ん? 何が失敗だって?」
「いえ、なんでもないです……」
マリーは力なく首を振った。
でも。
ふと隣を見ると。
ソフィアが、きらきらした目でガウェインを——ではなく、マリーを見ていた。
「マリーさん、今日、すっごくかっこよかったです! 戦えないのに、最後までわたしたちの傍で、怪我に備えてくれて。それに、ガウェイン様の手当てもてきぱきしてて。——やっぱりマリーさんって、素敵な人ですね!」
「え、あ、ありがとう……」
マリーは苦笑した。
なぜかソフィアの好感度ばかりが上がっていく。攻略対象との恋は進まないのに。マリーへの友情と尊敬だけが、ぐんぐん育っていく。
……何かが根本的に間違っている。
マリーは空を見上げた。
次こそは。次こそは絶対に成功させる。
残る攻略対象は——シリルとアルフレード。
マリーの孤独な戦いは、まだ続く。




