第五章 第二話 ―――その解説は、誰のため―――
翌日。マリーはさっそく作戦を実行に移した。
「ソフィアさん。植物園ってご存知ですか」
「植物園、ですか?」
「ええ。隣町にそれは見事な植物園があるんです。珍しい植物がたくさんあって。——テオがきっと喜ぶと思うんです」
マリーはにこにこと話を振った。
完璧な作戦だった。植物オタクのテオにとって植物園は最高のデートスポットのはず。そこへソフィアと二人で行けば自然と距離が縮まる。間違いない。
「テオは植物のこととなると本当に詳しくて。きっといろいろ案内してくれますよ。ソフィアさん、テオと二人で行ってきたらどうですか?」
マリーはぐいぐいと二人をくっつけにかかった。
「二人で植物園! いいと思います! ね、テオ、ソフィアさんと行ってきたら?」
ちょうど居合わせたテオに、マリーは期待を込めて話を振った。
テオは植物の本から顔を上げ、きょとんとした。
「植物園? ああ、あそこか。最近珍しい品種が入ったと聞いた。ちょうど見たいと思っていた」
——よし! 食いついた!
マリーは内心でガッツポーズをした。
「でしょう!? じゃあソフィアさんと——」
「マリーも来い」
「え」
「お前も来るんだろう? あそこの薬用植物の区画はお前の専門と被る。一緒に見れば面白い議論ができる」
テオは当然のように言った。
マリーの作戦は早くも暗礁に乗り上げた。
「い、いえ、私はその、お留守番を」
「何を言っている。お前が一番行きたがると思ったが」
「行きたいですけど! でも今日はソフィアさんとテオで——」
「マリー先生もご一緒しましょう!」
ソフィアまでにこにこと乗ってきた。
「先生とご一緒できるなんて嬉しいです! 三人で行きましょう!」
——あれ?
マリーの「二人きり作戦」は開始五分で、三人での外出にすり替わっていた。
「……はい。三人で行きましょうか」
マリーは引きつった笑顔で頷くしかなかった。
まあいい。現地に着いてから隙を見て二人きりにすればいい。そうだ、そうしよう。
マリーはまだ諦めていなかった。
植物園は評判通り見事だった。
色とりどりの花が咲き乱れ、珍しい樹木が立ち並び、温室には異国の植物が所狭しと並んでいる。
そして——テオは入った瞬間から人が変わった。
「——見ろ! これは北方の高山にしか自生しないユキノハナソウだ! こんな低地でよく育てたものだ! おそらく温度管理に相当な工夫が——」
テオの解説が止まらなくなった。
「そしてこっちは夜にしか花開かないヨルザキ。受粉を特定の蛾に頼る品種でな。その蛾の生態がまた興味深くて、なんと——」
ぺらぺらぺら。
テオは目を輝かせて、一つひとつの植物について怒涛の解説を始めた。専門用語が機関銃のように飛び出してくる。
マリーはその熱量に苦笑しつつもついていけた。前世の知識と薬師としての経験で、植物の話は得意分野だった。
でも。
「えっと……あの……」
ソフィアは完全に置いてけぼりだった。
可哀想に、目がぐるぐると回っていた。テオの専門的すぎる解説に一ミリもついていけていなかった。光の聖女に植物学の知識はない。
「て、テオ。ソフィアさんが困ってますよ」
マリーが小声でたしなめると、テオははっとした。
「む。すまない。つい夢中になった」
「もう少し分かりやすく——」
「ユキノハナソウは、つまり寒い土地の花だ」
「……それはさすがにはしょりすぎです」
マリーは思わずツッコんだ。
結局マリーがソフィアに解説する羽目になった。
「ソフィアさん、これはですね、寒い山にしか咲かない珍しいお花で。それをこんな暖かい場所で育てるのはすごく難しいことなんですよ。だからここの庭師さんがとても腕がいいってことなんです」
「わあ、なるほど! マリー先生の説明、すごく分かりやすいです!」
ソフィアの目が輝いた。
「テオ様の説明は難しすぎてちんぷんかんぷんだったので……マリー先生がいてくださってよかったです!」
……どうしてこうなった。
マリーはテオとソフィアの「通訳」として植物園を巡ることになった。テオが専門用語で暴走する。マリーが噛み砕いてソフィアに伝える。その繰り返し。
二人きりにするどころか。
マリーががっつり真ん中に挟まっていた。
植物園を一通り巡ったあと。三人は休憩所でお茶を飲んでいた。
テオはご満悦だった。
「いやあ、今日は実に有意義だった。特にあのユキノハナソウは収穫だ。——なあマリー。お前もそう思うだろう?」
「え、ええ。珍しいものが見られましたね」
「だろう。やはりお前は分かっている」
テオは満足そうに頷いた。
「お前と植物を見て回るのは本当に楽しい。お前は私の話をちゃんと理解してくれる。しかもそれをこうして誰にでも分かるように伝えられる。——やっぱり君は特別だな」
ぶっ。
マリーはお茶を噴き出しそうになった。
「ちょ、ちょっと、テオ!?」
「ん? 事実を言ったまでだが」
テオはきょとんとしている。本人は最高の賛辞のつもりで言っている。
——いやいやいや! 今日の主役はソフィアさん!
マリーは慌てて軌道修正を図った。
「そ、それよりソフィアさんですよ! ソフィアさんも今日すごく楽しんでくれて。ね、ソフィアさん! テオの解説、勉強になったでしょう!?」
「はい!」
ソフィアはにこにこと頷いた。
そして——無邪気にこう言った。
「でもわたし、今日いちばん思ったのは……マリー先生とテオ様って、すごく仲良しなんだなあって!」
ぎくり。
マリーの肩が跳ねた。
「お二人、息ぴったりで。テオ様が難しいことを言うと、マリー先生がすぐ分かってフォローして。なんだか長年連れ添ったご夫婦みたいでした!」
「ふ、夫婦!?」
マリーの声が裏返った。
「ち、違います! 私とテオはそんな、ただの知り合いで!」
「そうか? 私は悪くないと思うが」
テオがしれっと言った。
「ちょっ、テオ!?」
「夫婦。なるほど。言い得て妙だ。お前とは確かに気が合う」
「納得しないでください!?」
マリーは頭を抱えた。
——おかしい。何かが決定的におかしい。
ソフィアとテオをくっつけるはずだったのに。なぜか自分とテオが「夫婦みたい」と言われている。作戦は完全に裏目に出ていた。
「あはは。お二人とも本当に仲良しさん!」
ソフィアは無邪気に笑っていた。
彼女は心の底からマリーを「テオと仲のいい素敵な先生」だと思っているだけだった。マリーが自分とテオをくっつけようとしているなんて、これっぽっちも気づいていなかった。
ただ善意の友達がまた一人、自分に優しくしてくれている。そう信じて疑わなかった。
「……はあ」
マリーはこっそりため息をついた。
第一の作戦は——見事に失敗だった。
でも。
マリーはふと気づいてしまった。
テオに「夫婦みたい」と言われて。自分がほんの少しだけ——嫌じゃなかったことに。
「……いや、ない、ない」
マリーはその考えを慌てて振り払った。
まだ始まったばかりだ。次はもっとうまくやる。次の攻略対象で必ずソフィアとくっつけてみせる。
マリーの孤独な戦いは——まだ始まったばかりだった。




