表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平民で王都に行けませんが、なぜか推しが私を追いかけてきます  作者: 獅子の舞子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/38

第四章 第九話 ―――世界で一番、希少な君―――

 テオが診療所に現れたのは、両腕いっぱいに、見たこともない植物を抱えてのことだった。


「マリー! 持ってきたぞ!」


 その声にベッドのマリーが顔を上げると、テオが嬉々として、寝室に植物の山を運び込んでいた。鮮やかな色の葉、淡く光る花、見慣れない蔓。どれもマリーの知らない植物だった。


「テオ……それは?」


「君の傷に効く薬草だ。いや、薬草というより——私が魔法で育てた、特別な品種だ」


 テオは誇らしげに胸を張った。


「これは細胞の修復を促す成分を多く含むよう、魔力で生育を操作したものだ。普通の薬草の、数倍の効果がある。これを煎じて飲めば、傷の治りが格段に早くなる」


 マリーは目を丸くした。


「魔法で、薬草を……?」


「ああ。私の専門は魔法植物学だからな。植物に魔力を干渉させて、望む性質を引き出す。人体の中には魔法は届かないが、植物を介してなら、間接的に人を癒せる。——君がいつか言っていただろう。『魔法では人を癒せない』と。だが植物を通してなら、その限界を、少しだけ超えられる」


 マリーは、はっとした。


 その通りだった。この世界の魔法は人体の内部には干渉できない。だから治癒の魔法は存在せず、医術が必要とされる。でもテオは——魔法で薬草そのものを強化することで、その限界に橋を架けようとしていた。


「すごい……。テオ、それ、すごいことです」


 マリーの目が輝いた。医者として、その発想に心から感嘆した。


「でしょう」


 テオは満足そうに頷いた。


「君のためなら、いくらでも作る。痛みを和らげるもの、熱を下げるもの、眠りを助けるもの。——なんでも言ってくれ。私は君を、早く治したい」


 その言葉はまっすぐで、てらいがなかった。


 マリーは胸が温かくなった。テオのこの純粋な好意は、第一章で出会った頃から何も変わっていなかった。植物への愛と、人への不器用な優しさ。それが彼の本質だった。




 テオはそれから毎日のように、診療所に通ってきた。


 新しい薬草を持ち込んでは、マリーと一緒にその効能を語り合う。それは第一章で、村の薬草を二人で見比べたあの時間の再現だった。知識を分かち合う喜びが、そこにはあった。


 マリーにとってテオとのその時間は、心地よかった。療養中の退屈を忘れさせてくれたし、何より対等に知識を語り合える相手は貴重だった。


 ある日のことだった。


 テオがいつものように薬草の説明をしていた、その途中で。


「——なあ、マリー」


 ふと、テオが手を止めた。


「私はたくさんの植物を見てきた。世界中の珍しい品種を研究してきた。希少なもの、美しいもの、不思議なもの。数えきれないほどだ」


「はい」


「だが、君ほど興味深い存在に出会ったことがない」


 テオの若草色の瞳が、まっすぐにマリーを見た。


「君は、世界で一番、希少な品種だ」


「……は?」


 マリーは、ぽかんとした。


「魔力を持たないのに、誰よりも人を救う。身分もないのに、王太子の心さえ動かす。儚げに見えて、芯が鋼のように強い。——こんな個体は見たことがない。唯一無二だ」


 テオは大真面目に語り続けた。


「だから私は、君を研究対象にしたい」


「け、研究対象……?」


「ああ。ずっと観察していたい。君が何を考え、何を感じ、どう生きるのか。そのすべてを傍で見ていたい。一生をかけて、君という存在を研究したい」


 テオの目は、きらきらと輝いていた。本人は最高級の賛辞を贈っているつもりだった。


 マリーは——理解が追いつかなかった。


 研究対象。希少な品種。観察していたい。一生をかけて。


 ……これは。


 マリーの脳裏に、また「やばいかも」の予感がよぎりかけた。アルフレード。リオ。ガウェイン。そして今、テオまで——。


 でも。


「ふっ……ふふっ」


 マリーは噴き出してしまった。


 だって、あんまりにもテオらしかったから。


 愛の告白を植物に例えて、研究対象にしたいと言う。こんな求愛、聞いたことがない。そのあまりの天然っぷりに、さっきまでの緊張も警戒も、すっかり毒気を抜かれてしまった。


「テオ、それ、賛辞、なんですよね」


「もちろんだ。最高の賛辞だぞ。君を希少植物と同列に扱うなど、私にとってこれ以上の誉め言葉はない」


「ふふ、ありがとうございます」


 マリーは笑った。


 深く考えるのはやめた。テオはテオだ。きっと研究者として、私を高く評価してくれている。それだけのこと。そう思うことにした。


 でも——テオの方は。


 マリーが笑ってくれたことに、内心ほっとしていた。


 本当は分かっていた。この感情が、ただの研究者の興味ではないことを。第三章でシリルへの嫉妬から自覚した、あの想い。それをテオなりに精一杯、言葉にしたのが——「君を研究対象にしたい」だった。


 不器用だった。植物のことしか、まともに語れない男だ。でもそれが、テオの精一杯の求愛だった。


 マリーにまっすぐ伝わらなくても、よかった。


 ただ傍にいられれば。ただ君を見ていられれば。それで、よかった。




 その日の夕方。


 テオは診療所を出ると、足早にある場所へ向かった。


 町外れの、人目につかない一軒家。そこにシリルとリオ、そしてガウェインが集まっていた。


「来たか、テオ」


 シリルが振り返った。


「ああ。例の件、分かったぞ」


 テオは一枚の書類を机に広げた。植物の標本と、緻密な分析結果が記されていた。


「ドラクロワの毒。あれにはずっと、奇妙な点があった。ヴァロー研究員に使われたのは急性のトリカブト系の複合毒。アルフレード殿下を蝕んだのは慢性の微量毒。効き方がまるで違う。なのに作り手は同じ。——なぜこんな器用な作り分けができるのか。その鍵が分かった」


 テオの若草色の瞳が、鋭く光った。


「『夜紛草』。これだ」


 テオは、押し花にされた一輪の、見慣れない草を示した。


「この草はそれ自体には毒性がほとんどない。だから単体では、誰も毒の原料だとは思わない。——だが、これを他の毒と掛け合わせると、話が変わる」


「掛け合わせる……?」


 リオが身を乗り出した。


「ああ。夜紛草は、混ぜた毒の『効き方』を操作する。毒の吸収を速めれば、即効性の急性毒になる。逆に吸収を極限まで遅らせれば、じわじわ効く慢性毒になる。——同じベースの毒を、この草の配合次第で、急性にも慢性にも、自在に作り分けられるんだ」


 部屋が静まり返った。


「つまり」


 シリルが低く呟いた。


「ヴァローの急性毒も、殿下の慢性毒も。ベースは同じ毒で、この夜紛草の使い方を変えただけ、ということか」


「その通りだ。だから作り手が同じでも、症状はまるで違って見えた。毒見でも見抜けない。——実に巧妙な手口だ」


 テオは淡々と続けた。


「そしてこの夜紛草が、厄介でな。育てるのが異常に難しい。特定の土壌、特定の気候。そもそも知る者すら、ほとんどいない植物だ。国内でこれを栽培できる土地は、ごく限られている」


「……どこだ」


 リオの声が掠れた。


「ドラクロワ侯爵家の、直轄領だ」


 緊張が走った。


「間違いない。あの毒の鍵を握る夜紛草は、ドラクロワの領地で密かに栽培されている。毒の作り手はこの草を使って、何種類もの毒を作り分けてきた。——これが、動かぬ証拠だ」


 テオはもう一枚の書類を置いた。


「それと、もう一つ。私が捕えたスパイの一人が、口を割った。ドラクロワから直接、指示を受けていたとな。マリーの暗殺を含め、すべてあの男の差し金だと」


 シリルの目が、すっと細くなった。


「夜紛草の出所と、実行犯の証言。——二つが揃えば」


「ああ」


 リオが拳を握りしめた。


「親父の冤罪を晴らす証拠も、これで揃う。十数年だ。十数年、あの男は毒で国を蝕み、邪魔者を消し、のうのうと社交界で笑っていた。——もう、終わりだ」


 ガウェインが剣の柄を握った。


「マリーを傷つけた落とし前も、つけさせてもらうぜ」


 四人の視線が、自然とシリルに集まった。


 この中で政治の中枢にいて、貴族議会を動かせるのはシリルだけだった。断罪の場を整え、ドラクロワを追い詰める。それは参謀である彼の領分だった。


「証拠は、揃った」


 シリルは静かに、けれど確かな声で言った。


 その青灰色の瞳に、冷たい怒りが燃えていた。見返りもなく自分を看病してくれたあの女を、傷つけた男への、静かな憤り。


「あとは私が引き受ける。ドラクロワを貴族議会の場に引きずり出し、すべてを暴く。あの男が二度と、誰も傷つけられないように」


 シリルは立ち上がった。


「——さあ、行くぞ」


 その言葉に、四人の男たちが頷いた。


 動機は、それぞれ違った。父の無念を晴らすため。主君と国を守るため。弱き者を守る騎士道のため。そして——愛する女を傷つけた男を、許さないため。


 けれど、向かう先は一つだった。


 ドラクロワ侯爵家の、断罪へ。


 包囲は完成した。あとは締め上げるだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ