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平民で王都に行けませんが、なぜか推しが私を追いかけてきます  作者: 獅子の舞子


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第四章 第八話 ―――守ると、彼は笑った―――

 その日の見舞い客は、診療所の戸を、文字通り、吹き飛ばす勢いで開けた。


「マリー! 生きてるか!」


 ガウェインだった。


 燃えるような赤毛を揺らし、両手に大荷物を抱えて、彼は寝室にずかずかと入ってきた。療養中の静かな部屋に、太陽が転がり込んできたようだった。


「ガ、ガウェイン団長……お見舞い、ですか」


 マリーは、ベッドの上で目を丸くした。


「おう! 差し入れを持ってきたぞ! お前が早く元気になるように、とびきりのやつをな!」


 ガウェインは、どん、と荷物をベッド脇の机に置いた。


 マリーは、その中身を見て——固まった。


 まず、ごろりと出てきたのは、巨大な肉の塊だった。


「猪だ! 昨日、俺が山で仕留めてきた! 精をつけるには、肉が一番だ! これを食えば、傷なんてあっという間に治る!」


 続いて、ガウェインは、ずっしりと重そうな鉄の塊を取り出した。


「それと、これだ! 鍛錬用の鉄アレイだ! 軽いのから重いのまで、三段階揃えてきたぞ!」


「て、鉄アレイ……?」


 マリーは、ぽかんとした。


「おう! 寝てばかりじゃ、身体がなまる! 少しずつでいい、これを持ち上げて、筋力を戻すんだ! 筋肉は裏切らねえからな! 身体を鍛えりゃ、傷の治りも早い! 病気にも強くなる!」


 ガウェインは、自信満々に、胸を張った。


 マリーは、しばし、言葉を失った。


 ——療養中の、刺された患者に。


 鉄アレイと、猪肉。


 医者の常識からすれば、ありえない見舞いの品だった。安静が必要な患者に、筋トレを勧める者が、どこにいるだろう。


 でも。


 マリーは、ぷっと、噴き出してしまった。


「ふっ……ふふっ……」


「ん? どうした、マリー」


「いえ……ふふ、ごめんなさい。あんまり、新鮮で」


 マリーは、笑いをこらえながら言った。


 前世でも、今世でも、マリーの周りにいたのは、学者や医者ばかりだった。理屈っぽくて、繊細で、頭でっかちな人間たち。ガウェインのような、こんなにまっすぐで、豪快で、何もかも筋肉と気合いで解決しようとする人種とは——縁がなかった。


 だから、面白かった。


 猪肉と鉄アレイを差し入れに持ってくる男なんて、マリーの人生に、一人もいなかった。


「鉄アレイで、傷を治す患者さんは、たぶん、私が初めてです」


「そうか! なら、お前が第一号だな! ガハハ!」


 ガウェインは、豪快に笑った。


 その笑顔は、本当に、屈託がなかった。マリーを元気づけたい、ただその一心で、彼は自分の「一番いいもの」を持ってきたのだ。それが見当違いでも、その気持ちは、まっすぐで、温かかった。


「……ありがとうございます、団長」


 マリーは、微笑んだ。


「猪肉は、煮込んでいただきますね。鉄アレイは……傷が治ってから、少しずつ」


「おう! 無理すんなよ! ……っと、そうだ、無理すんなって言うために来たんだった」


 ガウェインは、はたと気づいたように、頭を掻いた。


「鉄アレイ持ってきといて、無理すんなはねえか。ガハハ!」


 マリーは、また、笑ってしまった。




 ひとしきり笑ったあと、ガウェインは、ベッド脇の椅子に、どっかりと腰を下ろした。


「しかし、本当に、無事でよかった」


 その声が、ふと、低くなった。


 マリーは、顔を上げた。


「俺はな、騎士団長だ。人を守るのが、仕事だ。なのに——お前を、守れなかった」


 ガウェインの大きな手が、膝の上で、握りしめられた。


「警備は固めてたつもりだった。スパイも、刺客も、追い払ってた。なのに、あんな小せえ子供が紛れ込むなんて、読めなかった。俺の落ち度だ」


 いつもの豪快さが、消えていた。


 その横顔には、明るさで隠しきれない、深い悔いがあった。


「……団長のせいじゃ、ありません」


 マリーは、静かに言った。


「あれは、誰にも読めなかった。あの子は、ただの子供だった。武器も持たない、母を想う、ただの子供。それを駒に使った、卑劣な大人がいただけです」


「だがな」


 ガウェインは、首を振った。


「俺が、もっとうまくやってりゃ。お前は、こんな傷を負わずに済んだ。それを思うと——情けなくて、たまらねえ」


 マリーは、この男を、見直していた。


 明るくて、単純で、筋肉と気合いの人。そう思っていた。でも、違った。この人は、誰よりも、人を守ることに真剣だった。守れなかったことを、こんなにも悔いている。


「団長」


 マリーは、ゆっくりと口を開いた。


「私、医者として、ずっと思っていることが、あります」


「ん?」


「命に、貴賤はない、って。お金持ちも、貧しい人も、貴族も、平民も、王太子殿下も、町の子どもも——みんな、同じだけ、尊い命を持っている。だから私は、誰のことも、分け隔てなく、救いたいんです」


 ガウェインの目が、見開かれた。


「それって——」


「私の、譲れない信念です」


 マリーが微笑むと、ガウェインは、ぐっと、身を乗り出した。


「マリー! それ、それだよ!」


「え?」


「俺の騎士道と、同じだ!」


 ガウェインの顔が、ぱっと輝いた。


「俺はな、弱い奴を守るって、誓ったんだ。身分なんて関係ねえ。貴族だろうが、平民だろうが、王子だろうが、子供だろうが——困ってる奴、痛がってる奴がいたら、俺は剣を抜く。それが、俺の生き方だ」


 ガウェインの琥珀色の瞳が、まっすぐにマリーを見た。


「お前は、命に貴賤はないって言う。俺は、守るのに身分は関係ねえって言う。——同じだ。俺たち、見てる方向が、同じなんだ!」


 マリーは、はっとした。


 その通りだった。マリーが「救う」のと、ガウェインが「守る」のは、根っこが同じだった。目の前の弱き者を、身分も損得も関係なく、ただ助けたい。その一点で、二人は、深く繋がっていた。


「……そう、ですね」


 マリーは、胸が温かくなるのを感じた。


「私たち、似ているのかもしれません」


「だろ!」


 ガウェインは、嬉しそうに笑った。


 その笑顔を見ながら、マリーは思った。この人は、軽い人なんかじゃない。誰よりまっすぐに、自分の信じる道を生きている、誠実な人だ、と。




 話が弾み、夕暮れが近づいた頃。


 ガウェインが、ふと、立ち上がった。


「マリー」


 その声が、いつになく、真剣だった。


「俺、決めたことがある」


「はい?」


 ガウェインは、ベッドの傍に立ち、マリーを、まっすぐに見下ろした。その琥珀色の瞳に、迷いはなかった。


「俺は、お前を守る」


「……はい。いつも、ありがとうございます」


「いや、そういう意味じゃねえ」


 ガウェインは、首を振った。


「今日とか、明日とか、そういう話じゃねえんだ。——生涯だ。俺は、生涯をかけて、お前を守る。決めた」


 マリーの、思考が止まった。


「お前が、どこへ行こうと、何をしようと、俺がついていく。お前が危険な目に遭わないように、この命に代えても、守り抜く。一生、だ。それを、誓う」


 ガウェインは、胸に手を当てた。騎士が、最も神聖な誓いを立てるときの、姿だった。


「お前を守ることが、俺の、これからの生きる意味だ。お前のためなら、俺は何でもする。どこまでも、ついていく」


 マリーの顔が、かああっと、熱くなった。


 それは——どう聞いても。


 生涯を捧げる、という誓いは。守り抜く、という言葉は。ついていく、という宣言は。


 まるで——プロポーズ、のようだった。


「だ、団長、それは、あの、その……っ」


 マリーは、しどろもどろになった。


 でも、ガウェイン本人は、けろりとしていた。


「ん? どうした、顔が真っ赤だぞ。熱でも出たか? やっぱり猪肉食って、精をつけねえとな!」


 ガウェイン自身、自分の言葉が「プロポーズ」に聞こえるなんて、これっぽっちも思っていなかった。彼にとっては、ただ純粋に「守りたい」という、騎士としての誓いだった。そこに、恋愛だの結婚だのという計算は、一切、なかった。


 ただ、まっすぐに。


 マリーを、守りたい。ずっと。


 それだけ、だった。


 そして、その「それだけ」が——どんな甘い言葉よりも、まっすぐに、マリーの胸に、突き刺さった。


「……っ、ありがとう、ございます……」


 マリーは、消え入りそうな声で、それだけ言った。


 ガウェインは、満足そうに頷くと、「じゃあ、また来る! 猪肉、ちゃんと食えよ!」と、嵐のように去っていった。






 一人になった寝室で。


 マリーは、ベッドの上で、頭を抱えていた。


「……どうして、こうなったの……?」


 おかしい。何かが、おかしい。


 マリーは、必死に、頭を働かせた。


 アルフレード様に「もう離さない」「お前は私のものだ」と言われ。リオに「愛してる」と告げられ。そして今、ガウェイン団長に「生涯をかけて守る」と誓われた。


 三人。立て続けに、三人。


 まるで——まるで、自分が、口説かれているような。


「いやいやいや」


 マリーは、ぶんぶんと首を振った。


「ないない。ありえない。だって、私は、ヒロインじゃないもの。ただの平民だもの」


 マリーは、自分に言い聞かせた。


 アルフレード様は、命を救われた恩義と、失いかけた動揺で、ああ言っただけ。リオは、相棒としての情が、深かっただけ。ガウェイン団長は、騎士として、守ると誓っただけ。


 そう。きっと、そういうことだ。恋愛とか、そういうのじゃ、ない。だって、自分は、攻略対象に好かれるような、ヒロインじゃないのだから。


「……うん。考えすぎ。考えすぎよ、マリー」


 マリーは、そう結論づけようとした。


 でも。


 胸の奥で、小さな声が、囁いていた。


 ——本当に、そう?


 その声を、マリーは、必死に、振り払った。傷が痛む。頭も、ぼんやりする。療養中の今は、こんな難しいことを考える時じゃない。


「……今は、寝よう。うん。治すのが、先決」


 マリーは、毛布を引き上げ、目を閉じた。


 考えることを、放棄した。


 でも、その頬は、まだ、ほんのり赤いままだった。


 窓の外で、夕日が沈んでいく。療養中のマリーの、混乱の日々は——まだ、しばらく続きそうだった。






 その頃、王都では。


 ドラクロワ侯爵への包囲が、着実に狭まっていた。


 リオとシリルが集めた証拠は、少しずつ、動かぬものになりつつあった。同じ作り手の毒。子供を駒に使った非道。そのすべてが、一本の糸で、ドラクロワへと繋がっていく。


 決着の時は、もう、近かった。

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