08 愚者の陽動作戦04
辰は夢の中にいた。
それは黒い雨が降りしとしとともう何日も降り注いでいた日の事。
それは二度と拭えない、しかし忘れたい記憶。
ボロボロの服に薄汚れた身体、いまだに収まる様子のない煙があちこちの瓦礫から立ち昇っている。
ここはどこだろうか?
(見たことあるような無いような・・・)
もはや自分が生きているのか死んでいるのかすらわからぬ意識の中で、
辰は一人、あてもなく突如荒れ果てた道を力なく歩いていた。
(やっぱり、もう終いか・・・ああせめて、陽子たちは無事でいてくれ・・・学校が終わった直ぐぐらいだから
絶対生き残ってるはず・・・)
辰は歩きながら自身の家族の安否を頭の中でただひたすら巡らせていた。
(ホンマ、酷い人生、何の楽しみも希望も夢もない、クソみたいな・・・
長年勤めた職は追われ、貧乏に苦しみ、挙句に戦争とは・・・子どものころからなんも変わっていない・・・
”始まる前”から終わっている人生)
辰は顔を見上げ黒い空を虚ろな目で見ていた。
(ああこれでは、もう絶対・・・もう無理・・・)
黒い雲は相変わらず黒い雨がシトシト降り続けている。
(自分なんかに出来た家族が唯一の救いだった、それすら奪われるなんて・・・)
煤で汚れた顔を腕で拭う。
(もう、辛いな、生きるのが。このまま地面に倒れこんで死んでしまおうか、このまま生きててなんになるよ?)
辰は暫く突っ立っていたが、もうその気力も失われていってるのかその場にふさぎ込んでしまった。
(・・・・・・。)
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
そのままどれくらいが過ぎたであろうか、1分?10分?1時間?
そんなに長くはなかったかもしれない、でも、雨の音と遠くから聞こえる轟音のようなものに交じって。
それは聞こえた。
(・・・?!こどもの声?)
少し離れた瓦礫の向こう側から泣き声のようなものが聞こえてきた。
目を凝らし、かすんだ視界を少しでも垣間見る。
(誰かいる?・・・・ももしかして、翔か?陽子もいるんじゃ・・・)
可能性など万が一もないのは分かっていた、それでも望みを抱かずにはいられなかった。
自分の家族がいるのではないのかと。
辰は重たい身体を引きおこし、住宅の瓦礫の方へと急いだ。
「・・・・・・・スンッ、スンッ、ヒック」
違った。小学生ぐらいの少年が住宅の瓦礫の中で雨宿りするような形で座り込んでいた。
外国人だろうか?黒人の男の子のように見える。
全身ボロボロの泥だらけで、髪の毛は爆風の衝撃を受けたのであろうアフロのような髪型になっていた。
当然、辰も鏡は見てないものの自身も同じ状態だと認知していた。
子どもは突如こちらに気づいて驚いた表情を見せる。
ここ数日、泣くことしかできなかったのか目は膨れ上がり、泥にもまみれ酷い顔である。
「・・・お願いします・・・おじさん、助けてください。おとうさん、おかあさん、ここにいるの・・・」
日本語・・・ハーフか移住して長いのか流暢な日本語だった。
少年の言う瓦礫の奥の方を見た。
・・・暫く眺めていると、黒ずんだ腕のようなものが柱の下敷きになっているのを見つける。
それは一言で言うと絶望としか言えない、とても生きてはいない状態だった。
「・・・ごめんな。おじさん消防の人じゃないから助けられん。
それにこれではもうおとうさん、おかあさん無理だと思う・・・ごめんな」
「・・・うん」
少年はそう一言呟くと再びふさぎ込んでしまった。
きっと、頭では生きてない事は分かっていたんだろう。
でも、少しでも希望にすがりたかったんだろう。
可哀そうに・・・・もしかしたら、翔も・・・・こんな風に・・・。
辰はしゃがみ込んで少年と目線を合わせて問いかけた。
「僕名前は?」
少年は答えなかった。
「ああ、スマン。おじさんは皐月辰という。
きっと君と同じ地元民だよ、毎日工場と家の往復だからあまり姿を見ないのかもだけど」
「・・・・」
やはり、少年は答えなかった。
暫く待っていたが何も変わる様子もなく、時だけが過ぎていった。
(・・・このまま、こうしていても仕方がない。もう行こう)
辰は体を起こして踵を返し、元来た道へと歩き出そうとした。
すると不意に背中越しに今度は少年に問いかけられた。
「どこにいくの?」
「俺か?とりあえず、救助の人がいないか探しに行くよ・・・」
それを聞くと、少年も弱々しく立ち上がった。
「・・・一緒に行くか?」
「・・・うん」
少年はそう言うと辰の横について弱々しく歩き出した。
「・・・ルイ」
「うん?」
「長谷川ルイ、小2」
まだあどけない少年はボロボロで、それでも力強く言った。
「そうか、ルイ君。よろしくな」
辰はそう言うとルイの手を強く握り、歩き出した。
どれほど、歩いただろうか?
長かったのかもしれないし、短かったのかもしれない。
それでも二人は瓦礫の散乱する道なき道を必死に歩いた。
もう何日も飲まず食わずでお互い意識も虚ろであった。
すると不意にルイが口を開いた。
「辰さん、あれ・・・僕の学校・・・」
「学校・・・?」
学校、というにはもはや原形をとどめず、むき出しの鉄骨と半数の外壁を残して残骸と化していた。
(これでは昔平和学習で見たマンマの光景だ・・・)
「ああぁ、ああああ、あああうわぁぁぁ」
「どうしたっ」
ルイが突然弱々しく叫びだす。視線の先には炭のようになった”人型”が無数に地面に転がっていた。
「ルイ君、見ちゃダメだ、こっちへ」
ルイを抱きかかえ、踵を返しただ夢中に学校の横の堤防へと駆け出した。
堤防はそこそこの高さがあり、そこで初めて辰は町の様子をある程度一望することができた。
雨もいつの間にかようやく上がって、夕日が澱んだ曇り空に僅かながらグラデーションを描き出していた。
(・・・予想はしていた、さ)
眼前には崩れた建物、瓦礫の山。それを鮮やかに映し出す夕日のグラデーション。
子どものころから慣れ親しんだかつての風景は夕日の醸し出す美しい地獄絵図へとなり替わっていた。
「・・・夕日だ」
ルイがつぶやく。
「ああ、周りめちゃくちゃだけどな」
なんだかあまりの酷い光景に逆に笑えてきてしまった。
今にも息絶えそうにもかかわらず、目の前の光景にただひたすら目を奪われる。
「・・・あ」
ふと下に目をやると地面に飲料水のペットボトルが落ちていた。
無傷でまだ綺麗、蓋もあけられていない、奇跡だろうか。
辰はそれを拾い上げ、暫くペットボトルを見つめる。
そしてその後、今度はルイの顔をじっと見つめた。ルイは訳も分からずキョトンとしている。
(・・・そうだ、まだあきらめるな。きっと生きてる、だから探すんだ。だから俺も生きるんだ!)
辰は決意を胸に秘め、ルイにペットボトルを押し付けると叫んだ。
「飲め!!」
ルイはギョッとする、でももう喉も擦り切れるほどカラカラだったためか急いでキャップを開け天を仰ぎ見る様に
飲み干し始めた。
そして辰は突然四つん這いになって目の前の地面に溜まった泥の水たまりに顔を押し付け、犬のように勢いよくガブガブ飲み始めた。
(生きるんだ!生きるんだ!畜生!畜生!)
水たまりが放射能に塗れていようが糞尿が紛れていようが辰には構わなかった。
そしてひとしきり飲んだ後、体を起こし、顔を上げて天に向かって全力吠えた。
生きるんだと。
「・・・・!!!」
意識がリフレインする。脳が覚醒し、信じられないスピードで思考する。
そして突如耳には凄まじいアラート音とAIアイの自身への呼びかけが怒涛のように押し寄せた。
「っつ、アイ!状況は!どれぐらい気を失っていた?!」
”辰さん、約5分ほどです。イルさんが重症です、至急手当をしてください”
たった5分足らずであれほどの夢を見るということに驚く暇もなく、辰は急いで周囲の確認をする。
車体が横転、辺りは散乱、血にまみれたイルと、シートベルトにぶら下がっているルイの姿が目に入った。
(ヤバイ、急いで復旧しなければ)
辰は側面のパネル(自身の近くの床面)のレバーを引いて救急キットを取り出すとイルに駆け寄った。
「イル、意識はあるな?緊急処置する。痛くても我慢しろ!」
辰は痛み止めと止血を兼ねた応急スプレーをイルの焼け爛れた両目と頭部の側面に噴射した。
「ああああああああああああああああああぁあ------!!!」
「耐えろ!!直ぐに良くなる!」
イルの絶叫を聞いたのか同じく気を失っていたルイが意識を取り戻した。
「・・・うういってぇ、痛ぇ。オッサン、えらいことになったな。・・・こりゃあいよいよかぁ?」
「ルイ、まだ動けるな?!車体が横転している。俺は今から外に出て”爆薬”を使って車体を無理やり立て直す。
お前は転がっているミサとイルを何かにロープで押さえつけておけ!」
ルイはシートベルトを外すとよろよろイルの元へ駆け出した。
「ああ畜生、イルっ。大丈夫か」
イルの惨状を見たルイが思わず嗚咽を漏らす。
「しっかりしろ、今頼りになるのはお前だけだ。良いな!」
辰はそう言うと身を翻し、今は天井になっているハッチをアイに開けさせて荷物を背負って飛び出した。
「・・・・・ッ!畜生!」
外に出て目の前に飛び込んできたのはペーロン隊のガンバスに群がる阿熊達であった。
限界まで抵抗したのだろうか、阿熊の死体が幾つか転がっている。
だが、目の前では沼田がゴリによって嬲り殺しに合っていた。
もうすでに、池田と山田の骸が阿熊達によって弄ばれている。
(・・・スマン、ペーロン隊っ!)
ここで銃など撃とうものなら心中も同然である。辰は速やかに横倒れになった車体の地面に数か所穴を掘り、
指定箇所へ復旧用爆薬をセットする。急いで無線でAIアイに伝える。
「セット出来た!アイ、中の準備はいいか?!」
”車内安全確認、オーケーです辰さん。”
聞くや否や辰は駆け足で車体から離れて近くの物陰に隠れると、爆薬を起動させた。
ドンッッ!という強烈な破裂音と共に車体は再び大きく反動を起こし、ショックアブソーバーが起動する。
車体を大きく左右に揺らしながら正常な状態へと復帰した。
だがその大きな破裂音で阿熊達の注目は一気にガンツアーへと向けられる。
「チッ、アイツらまだ生きていたか!」
ゴリは弄んでいた沼田の亡骸を放り投げ、周りに伝令を出した。
阿熊達は一斉にガンツアーのガンバスへと駆け出す。
もはや即座に迎撃システムを起動できなくなったガンツアーズは一気に取り囲まれてしまう。
そしてそれは先程とは違い明らかに数が増えていた。
ガンツアーズの周りにはあらゆる武装をした阿熊が取り囲み、こちらに向かって鬼のような形相をする。
”・・・ははっ、終わっちまったな。オッサン”
モニターで見ていたのであろう、ルイが無線で辰に伝える。
「スマンな、ルイ。ここまでのようだ」
目の前の光景にガンバスの前でただ呆然と立ちすくんでいた辰は自然とそうつぶやいた。
「なにいってんだよっ、いいんだよ。ありがとう、辰おじさん」
ルイはそう言うと抱きかかえていたイルをより強く抱きしめた。
そして、辰は意を決しアイに伝える。
「―――――アイ、自決コード入力」




