jpn survive 2
33.
ガサリ!
重さの割には軽い音を立てて、丸い蓋が外れた
眩しい陽の光が、暗闇に慣れたソードフィッシュの眼を焼く
「・・・こりゃあ」
すぐに眼を慣らして、ソードフィッシュは穴から頭だけを出し、周囲を見回した
「どこだぁ?」
のそり、と這い出す
コテージの地下に部屋を見つけたはいいが、どの部屋ももぬけの殻で、諦めたとこだった
あまりにもさりげないハッチだったんで、てっきりただの床下収納だと思い込んでた
ベッドのこともあるから、何か使えるもんが隠してありゃラッキー、くらいのつもりで開けてみりゃあ・・・
「・・・こういうことになってるとは思ってもみなかったぜ」
このぶんだとチップマンの野郎、他にもいろいろ仕掛けてやがるかもしれねえ
まるで・・・
そこまで思い至った瞬間、ある連想がソードフィッシュの脳内に蘇った
・・・忍者屋敷のようだ、と言いかけ、兄貴の存在を思い出したのである
「・・・そういやニンジャ野郎だ・・・北東の茂みに居るって言ってたか?」
ぶつぶつと呟きながら、蓋を元に戻した
・・・とりあえずこの地下通路は、今んとこ誰にも見つかってねえはずだ
出来るだけ隠しといた方がいいだろう
ヤツもプロだ・・・長々と同じ茂みの中に居座るってこともねえとは思うが、逆にそう思わせておいて、って可能性もなくはねえ
どんな野郎かわからねえうちは、用心に越したことはねえな
「しかし皮肉なもんだ・・・今まで散々、ヤツの情報網をアテにして助かってきたってのに、こんなとこでぶつかっちまうとはな」
前方の気配に全力で集中しながら、ソードフィッシュは茂みの中を進み始めた
不意に
ターン!
マターの狙撃音
「!」
首をすくめるソードフィッシュ
その耳に、すぐ後ろで異様な金属音が響く
キィン!
「!?」
振り向いた眼に、樹上、葉の間からギョロリと睨む眼
「うっ!」
考えるより速く身体が動く
構える前に、指が引き鉄を引いていた
「うおらああ!」
タタタタタタ!
出やがった!
いきなり出やがった!
やっぱりこの通路はニンジャ式の罠で、出口で待ち構えてやがったんだ!
「かかって来やがれぇ!」
葉が舞い散り、小枝が吹っ飛ぶ
暴風のような銃撃は、隣の木にも及んだ
・・・枝を伝って逃げようったって、そうはさせねえぞ!
タタタタタタ!
弾丸はある・・・容赦すんな!
ソードフィッシュは躊躇なく引き鉄を搾り続けた
タタタタ・・・カカカカ・・・
やがてマガジンの弾丸が尽き、空撃ち音が響くと、眼にも止まらない速さでマガジンを抜き、ポケットに突っ込んだ
身をよじって茂みに飛び込む
・・・反撃して来やがれ
見つけてやるぜ!
飛び込んだ場所から少しだけ動くと、身動きを止めて様子を窺う
壮絶な銃撃音が嘘のように、辺りは静まりかえっていた
「・・・」
簡単にゃ出てこねえか・・・まあそうだろうな
・・・しかし、遠いとこからの狙撃音と、あの金属音
ニンジャ野郎が後ろから狙ってたのを、誰かが援護してくれたってのか?
どこから?
コテージの屋根にマターが潜んでいることを知らないソードフィッシュは、慎重にゆっくりと周囲を見回した
「・・・」
もとより、誰の何の気配もない
辺りは静寂・・・
ニンジャ野郎は、とりあえず退けたみてえだが
「・・・どうすっか?」
コテージの家探しは粗方やった
チップマンの書類らしきもんはなかった・・・第一、デスクだ本棚だってのが全く見当たらねえ
地下通路を見つけちまった流れで、ガレージの方は探索できなかったが、そっちの方だとするとちっと厄介だな・・・
「来た道、戻るのも癪だしな」
いいさ!
ソードフィッシュは警戒を解かないまま、茂みを緩やかに登り始めた
例の監視小屋ってやつを見てみよう
ジリジリと、屈んだまま進みながら、もう一度呟いた
「・・・ニンジャ野郎、来るなら来やがれ・・・」
34.
「何事だぁ?」
3発目の狙撃音で我に返ったアレンが自分に檄を飛ばした瞬間
タタタタタタ!
ソードフィッシュの乱射音
すくめた首をさらにすくめ、岩間の一番下まで滑り落ちた
なおも続く銃撃
「・・・おいおい、マジで何事だ?」
あの軽い音はソードフィッシュだろう
いつの間に登り口に来たのか知らないが、そんな乱射することあるか?
アレンは身を極端なまでに沈め、音を頼りに様子を窺う
・・・やがて銃声は途切れ、先程までのような静寂が訪れた
だが、連射音の最中から、アレンの脳内はある心配で溢れて来ていた
「まさか・・・」
ソードフィッシュが撃っていたのは、さっきのあの娘じゃないだろうな?
タイミングとしても、場所としても大きく外れてはいない・・・
何より、敵なのだ
見つけ次第バカみたいにぶっ放すのも、アイツならやりかねない
考えながら、アレンは身をよじり、岩の陰から乱射音のした方向を覗き見た
「・・・」
そう遠い距離ではないので、だいたいの状況はわかるものの、やはり詳しいことは見えない
が、乱射音が終わってから、何かが大きく動く気配はないようだ
アレンは少しずつ、血の気が沸き立ってくるのを自覚していた
「・・・ソードフィッシュ!」
確かに彼女は敵で、お前が撃つのは当然だ
それにもしかしたら、彼女から攻撃アプローチがあって反撃したのかも知れない
女性にそんなに撃ち込むのか、という、僕的には至極当然な紳士論も、この際眼を瞑ってやる
・・・だが今回は、こちらの事情もあるんだ
任務上、味方に振り分けられただけで、そもそもフリーランスの僕に、お前を許認してやらなければならない決まりはないんだ
・・・僕の事情に解決がつかないうちに、彼女に何かあったら
「許さないぞソードフィッシュ!」
アレンは慎重に岩間から這い出して、ソードフィッシュの連射音がした辺りを目指し始めた
35.
ソードフィッシュの派手な乱射音は、小窓を覗く兄貴の耳にも届いた
「おっほー!」
・・・あの音はさっきの3連射の銃やな
あんだけ派手にやらかすのは、さしずめソードフィッシュか?
アレンもナギも、野外戦闘の経験多いから、よっぽどのことでないと連射はせんはず・・・
マターはスナイパーやからな
どうにしても、どえらい撃ちまくっとったが、誰かやっつけたんかな?
兄貴は冷静に小窓に注意を払いながら、胸ポケットからタブレットを取り出した
チョイチョイ、と触る
「うーん・・・」
液晶を眺めて、小さく唸った
・・・奇妙な情報が出て来とるなあ
さっきからしとるイヤな感じが、ロクでもないことに発展せんかったらええんやけど・・・
そして乱射音は同じく、遠く離れた島の裏側にも届いた
「あらー、派手にやってんのがいるねえ」
先だって、モンが足跡を残して上陸した、浜と呼ぶにはあまりにも小さな砂地で、コールドハンドもゴーグルの端末を触っていた
銃声に反応して、見えもしない島の裏側を振り返る
・・・こっからだとだいぶ遠いけど、誰かね
ダックマンがやられてなきゃいいけど・・・ま、大丈夫でしょ
「それにしても・・・」
コールドハンドの顔色が曇る
・・・イヤな予感、的中しなきゃいいんだけど、なんか空気悪いんだよなあ
衛星の情報を入手できる高性能盗聴機が内蔵されているゴーグルには、大きな異常は告げられていない
にも関わらず、コールドハンドの胸騒ぎが止むことはなかった
「満潮までまだ時間はある・・・もうしばらく様子見た方がいいかねえ・・・」
乱射音が響いてからかなりの間、茂みの中でナギは息を殺していた
「・・・また騒いでくれたな」
誰とやり合ってるのか知らないが、これだけの騒ぎ、島中に響き渡ったことだろう
誰がどう動くのか、こんなところで確認しなければならなくなるとはな・・・
「騒いだヤツが問題なんじゃない・・・それに絡んで何がどう動くのか、なのだ」
見極めるべく、その場で動きを止めたのである
しかし意に反して、乱射音が静まった後は、何の物音も気配も動かない
「・・・む!」
と突然、尻のポケットの極小タブレットが振動した
ヘリの中で、大統領側の全員が渡されたタブレットではない
大統領執務室の奥の小部屋のミーティングの後で、リリディアから直接司令用に渡されたものであり、致命的な非常事態、もしくは回収連絡の時しか鳴らないはずだった
「・・・その致命的非常事態?」
ナギは慌ててポケットからタブレットを取り出した
液晶にはたったひと言
『準備完了』
・・・何のことだ?
確かに、味方チームにも極秘の単独任務は受けている、が
今この段階で準備完了されるミッションは聞かされていないぞ?
だが次の瞬間
「・・・動くな!」
声と、茂みの隙間からヌッと突き出された銃口がナギの眉間を指すのと同時だった
・・・しまった、タブレットに気を取られ・・・
36.
「こうしてる場合じゃないってことのようだ」
モンの武器を弾き飛ばした後のソードフィッシュの乱射までの一部始終を見たマターは、狙撃態勢を解いて、屋根の上で身を起こした
スナイパーのセオリーを完全に無視した、同地点からの連続射撃
それももう限界、というのもあるが・・・
「血が騒いでしょうがない」
マターは自分の中の衝動をあっさり肯定した
・・・発射された銃弾を察知した挙句、それを手で払い除ける化け物
カウンタースナイパーばりに狙撃を知っている傭兵
人間離れした動きで、眼にも止まらず飛び回る獣人
明らかに、マターが今まで対して来た敵とは、あらゆる部分で違っている
・・・並んで撃たれて、パニックで散らかるような烏合の衆ではない
「スコープ越しでなど、仕留められる訳がなさそうだ・・・そりゃそうかってことだ」
出窓をこじ開け、ソードフィッシュが壊して開きっぱなしのハッチから、スルリと2階に降りる
「!」
ひっくり返ったベッドと、その下の銃器の山を発見し、マターは息を呑んだ
・・・こいつは凄い
マターは足を止め、広がった武器の山を、大雑把にではあるが確認した
・・・だが、とりあえず今必要なものはない・・・
「いざとなれば、ここで籠城って手に出るやつも出てくるか」
チップマンがここで籠城するという線は、マターは考えなかった
このコテージは、最初から籠城を決め込むにはあまりにも脆弱すぎる
闘いが後半にかかり、打つ手がなくなってきたやつが閉じこもりにくるべき所だろう
「今は動くとき!」
マターは顔を上げ、ソードフィッシュの跡を探した
・・・やつが地下に行ってから消えたのはわかってる
大股で地下への階段を飛び降りた
「暗いな・・・当然か」
マターはタブレットを照明モードにして照らした
・・・ここじゃない・・・ここでもない
しかし、この地下室にも何も置いてないのか
マターは上階と同じく、何の家具もない地下室を覗いていく
果たして、物置きと思しき一角に、開きっぱなしのハッチを見つけた
「これか!」
飛び込む前に、最後の確認を・・・
マターが一拍置いて周囲を見回す
・・・と、側の柱の上方、ほぼ天井との境に、妙なスイッチを見つけた
「これは?」
少し考えて、結局マターはそのスイッチを押した
すると床下から、低い機械音が唸りを上げ始めると同時に、地下の部屋全てがボウッと明るくなった
下を覗き込むと、ハッチの奥もほの明るい
「これは気づかんな」
なにしろスイッチがあるのは、数室あるうちの一番奥の部屋なのだ
マターはニッコリ笑うと、迷いなくハッチに飛び込んだ
「ほう!」
思った通り、地下通路ってやつか!
すれ違うにはキツいが、ひとりで駆け足くらいならできるほどの空間が、奥へと伸びている
天井を細い電線が走り、かなりの間隔で電球が灯ってはいるが、ひとつひとつが頼りないくらい暗く、そこそこの先までしか見えない
ただ、床には木製の歩み板が敷かれており、歩きやすく施工されていた
・・・行くか!
マターは焦らず、気配を探りながら、ゆっくり歩き始めた
・・・それはそうと
「もしかしてソードフィッシュのやつ、真っ暗なままこの中を走ったのかな?」
あのスイッチに、アイツが気付けるはずがないと思うんだが・・・
・・・それならそれで凄いやつだな
マターは歩きながら考えていた
37.
「・・・落ち着こう・・・ちょっとやり方変えていこう」
アレンとの遭遇の心理処理に思いのほか手間取ったダックマンは、数回の深呼吸の後、小さくつぶやいた
山道中腹の広場にまで辿り着き、山道を外れて、隙間なく生え揃った低木の裏側のちょっとした窪みを見つける
潜り込むと、ダックマンの折り曲げた体躯がピタリとハマった
「・・・いいね」
ほとんど土の中に埋もれた状態に近くなる
・・・身を潜めるには最高
ゴソゴソと身体の周りをならすと、身を乗り出して探さなければ見つけられない隠れ家が完成した
上からは全く見えない、気付かれない割に、広場の物音や気配が手に取るようにわかる
・・・たぶんこの広場で、なんかしら起こるよ
「そんな気がする・・・コールドハンドっぽく言えば」
ダックマンは銃を抱えたまま、大きく深呼吸した
その瞬間
タタタタタタ!
ソードフィッシュの乱射音
「うわあ!」
だが遠い!
自分には影響しないのは反射的にわかったが・・・
「いいの? 誰か知らないけどそんな派手にさ」
事情を呑み込めないまま、ダックマンは呟いた
・・・こういうポイントがあると、ダーッと動き出すやつと、身を潜めるやつとが分かれるんだよな
どう考えても、あたしの標的は動き出すタイプ・・・
こっちから探しはしないまでも、アンテナは張って置いた方がいいかもね
ダックマンは身を起こし、ゆっくりと窪みを抜け出した
樹々の隙間を縫って移動し、隠れ家から距離を取ってから、下草の間からヒョイと顔を出す
・・・登るのに良さそうな木があるかな
ぐるりと広場を見回した瞬間
「!」
山道の下の方から、得体の知れない気配が来る!
恐ろしいスピード!
まともに歩くのも難しいこの雑木林の中、とんでもない速さで駆け登ってくるやつを、ダックマンのアンテナが察知した
「やば・・・っ」
身を隠そうとする衝動と、何物か確認したいとする衝動が釣り合い、顔を引っ込めるのが遅れる
ザザザザッ!
風ではない、何か大きなものが樹々を揺らし、身長ほどの高さの枝が震え・・・
「!」
褐色の肌、モンが飛び出した
マターにへし折られた吹き矢を捨てての猛ダッシュ
木の枝を掴み、幹を蹴り、下草を飛び越えたかと思えば次の瞬間、身を屈めて低木の隙間をすり抜ける
鬱蒼とした雑木林の中を、野生動物と変わらないスピードで駆け抜ける獣人
それがダックマンの潜む下草の前で、大きくジャンプした
驚異的な跳躍力を目の当たりにするダックマン
しかし、跳躍の瞬間、モンの眼がダックマンの、引っ込め損ねた顔を捉えた
「!」
「!!」
空中のモンと、顔だけのダックマン
眼が合う
「しまっ・・・!」
見つかった!
反射的に顔は引っ込めた
しかし見つかってしまった
そのままモンは空中を飛び、広場を丸ごと飛び越えて、反対側の低木の中に飛び込んでいく
顔を引っ込めたダックマンは身をよじり、急いで窪みを目指す
・・・例のあいつだ
間違いない・・・以前戦場で、クライングダックを見られた時の、あの眼だ
あの時の、タチの悪い予感に従うなら、今は関わってる場合じゃない
「・・・先約があるからね」
ナギが第一目標である以上、余計な戦闘は避けたい
ましてや、タチが悪い敵ということは、簡単には相手できないということでもある
・・・やるのはいいんだけど、今じゃないんだな
ダックマンは素早く窪みに滑り込み、銃を構えて気配を殺した
38.
生い茂る木の枝も、低木の茂みも、モンの妨げにはならない
ソードフィッシュの乱射の終わりを待つまでもなく、モンは山道を全速力で駆け上がっていった
トリアエズ、頂上ノ樹マデ戻ルカ
・・・そこら中に罠は仕掛けた
後は誰でもいい、引っかかってくれるのを待つだけだ
どうせ明日にならないと、メインは来ない
「タイシタ戦士モイナサソウダ・・・」
最終的にミギー大統領の首を掻き切れれば、任務完了、同胞達の無念を晴らせるのだ
気にもならない程度の戦士とわざわざ闘うのは、戦士としての魂のレベルを下げる行為だ・・・積極的に行うことではない
樹々の隙間をすり抜け、広場に差し掛かる
広場とは言え、雑木林の中のちょっとした空間に過ぎない
モンは勢いよく地面を蹴り、反対側の大枝に大きくジャンプした
その瞬間
「!」
ちらっと見えた、下草の中の顔
・・・人が覗いている
「アレハッ!」
だが、ジャンプ中で動きは取れない
空中を飛びながら、モンの眼が泳ぐ
「!」
・・・的の枝を掴み損ねた
そのまま下草の上に墜落する
ドサッ!
辛うじて尻餅は免れたものの、野獣の高速移動はそこでストップしてしまった
「・・・俺トシタコトガ!」
気が逸れて着地し損ねるとは!
だが、着地に失敗しなくてもモンは移動を止めていたのだ
「・・・憶エテルゾ・・・アイツハ・・・」
下草の中に伏せて、記憶を探る
かなり前のことだが、ハッキリと思い出すことができた
・・・あいつだ
ちょうど同じような雑木林・・・もうちょっとまばらな林だったが
その中で、翼を拡げたような格好をしたと思ったら、猛烈な音と共に、5秒くらいで7人倒してた
見事だった!
「アイツガイルノカ!」
モンの眼がキラキラと輝き始める
だが、思い出すために動きを止めた数秒で、ダックマンの気配はモンの視野から消えてしまっていた
「・・・ドコダ?」
音もなく、側の木に登って高さを取る
しかし、身ひとつの窪みにスッポリ収まってしまったダックマンの姿は、樹上からいくら探しても見つけることができなかった
「・・・ウーン、ヤルナ」
モンは唸って、なおも気配を窺った
39.
身を屈め、迫り来る見えない敵に警戒しながら、ソードフィッシュは慎重に茂みを進んでいく
・・・ニンジャ野郎め、茂みに潜んでて、いきなりブスリ!とか、来ねえでほしいもんだな
「なんせ、手口が想像もできねえからな・・・」
呟いた瞬間、ソードフィッシュの動きが止まった
全神経が眼と耳に集中する
「!」
前方ほんの少し離れた場所で気配がする
茂みに隠れて見えない
その場から動かず、何やらうごめくだけのほんの僅かな気配
だが、そうは言っても一流のフリーランスであるソードフィッシュは、それを鋭く捉えていた
「出やがった・・・のか?」
正体はわからない
・・・だが、先手必勝だ
ソードフィッシュはマシンガンの先を、見えていない敵に向かって、茂みの中からニュウと突き出した
「動くな!」
狙いは適当だが、相手のどこかに突きつけることにはなるだろう
なんかしそうならブッ放しゃいいんだ!
相手の動きが止まるのを確認し、ソードフィッシュは身を起こした
茂み越しの先には、悔しそうに睨むナギの顔
「・・・なんだテメエか」
ニンジャ野郎じゃない
知った顔だった
ガッカリしたわけじゃねえが、肩透かしを喰らった気分だ・・・
舌打ちをし、なおも周囲を警戒する
・・・このシーンをヤツめ、どっかから眺めてやがるかも知れねえからな
・・・タブレットだけはポケットに隠した
だが油断した
この俺が銃口を向けられるとは!
ナギは屈辱に顔を歪めながら動きを止めた
いくらなんでもこの態勢で、銃口10cmで動くのは無理だ
「・・・なんだテメエか」
続いて身を現したのはソードフィッシュの黒い顔
・・・よりによってコイツにか!
ナギの屈辱感は頂点に達した
コイツは俺の標的に過ぎないはずだ!
その俺にコイツが銃口を向けるだと?
しかも何と言った今?
なんだテメエか、だと!
態勢さえ取れれば、今すぐこの場で蜂の巣のしてくれるところだ!
だがその一方で、ソードフィッシュの注意の向け先が自分でないことにも、ナギは素早く気付いた
先ほどのセリフも、馬鹿にした響きというより、目標と違ったという残念の方が強いようだ
・・・何かを探していて俺にぶつかったのか?
その証拠に、ナギに銃口を向けながらも、その集中力はむしろ周囲の茂みに注がれている
ナギは少しだけ冷め、様子を見ることにした
「おう俺だ・・・どうかしたのか?」
態勢もマズい・・・今は味方でいてやろう
だが次のひと言で、ナギの頭のソードフィッシュへの敵意は隅へ押しやられた
「出やがった・・・ヤツだ!」
もう大っぴらに周りを見回しながら、ソードフィッシュは答えた
「なに? 誰だ?」
「ニンジャ野郎だ」
「なんだとっ!」
ナギの表情も変わる
「木の上から狙われた・・・マズい話だが、俺ァ気づかなかった」
「どうしたんだ?」
「もう撃たれるとこだったんだと思うが、遠距離狙撃で援護されて気付いた・・・たぶんドクターだろう」
「・・・ほう」
「何とかマガジンひとつ分浴びせかけてやったが、手ごたえが全くなかった・・・逃げられたんだ」
「なるほど・・・」
さっきの狙撃音からの乱射はそういう訳だったのか
ナギも頭がそちらの方に向く
「ということは、ヤツ、どこにいたんだ?」
「山道の入り口から、ちょいと茂みに入った辺りだ」
「俺の方も、コイツだ」
ナギは急いで、胸ポケットから先ほどの鉄矢を取り出した
ソードフィッシュの眼の前に見せる
「頂上にある監視小屋の壁に刺さってたモノだ」
「コイツぁ!」
眼を剥くソードフィッシュ
既にナギの態勢も整っているが、もうやり合う気は失せている
「・・・シュリケーンってヤツじゃねえのか!」
「おそらくそうだ・・・かなり深く刺さっていた」
「初めて見たが・・・コイツは怖えな」
「殺傷能力は高い」
「いつ見つけた?」
「見つけたのはついさっきだが、いつ刺さったのかは分からん・・・」
「・・・それから山道を降って来やがったって訳か」
「で、お前を狙ったと」
「ってことだろうな」
「・・・」
「・・・」
茂みの中で、ふたりはしばらく黙り込んだ
先に口を開いたのはナギ
「・・・どうする?」
「・・・俺はその監視小屋に向かってみる」
「ほう?」
「来たところへ素直に戻るって事はねえんじゃねえかと思う・・・根城にしてるってんなら話は違うが、そんならそれで何かしら手がかりがあるだろう」
「なるほど」
「どっちにしても、今はそこには居ねえと見たぜ・・・オメエどうするんだ?」
「む・・・」
ナギは考えた
ソードフィッシュの動向ではなく、ニンジャ対策に本気で取り組んでいたのである
「読めんが・・・あえて意識せず動いてみる」
「おう」
「まだ島内の全体像を把握していないからな・・・岩場も、崖下もある」
「そうか」
コテージの2階に武器がわんさかあるぜ、と言いかけて、ソードフィッシュは口を塞いだ
・・・危ねえ・・・コイツにわざわざ教えてやるこたあねえ
「まあじゃあ、お互い頑張ろうぜ」
「うむ・・・」
ふたりは軽く頷くと、別々の方向を目指して動き始めた
特に振り返ることも、見守ることもなく、茂みは二手に分かれて揺れていった
40.
最後まで何の仕掛けもなく、細い地下道はマターをゴールまで運んだ
突き当たりは、土の壁に何枚か板を突き刺しただけのステップがあり、頭上は木の蓋が被されている
「ここか・・・」
呟いて、マターは銃口で蓋をつついた
筋細く、外の光が差し込む
銃を肩にかけ、ゆっくりと蓋を開けて外を覗いた
「・・・」
・・・気配はないな
素早く地上に躍り出る
周囲をサッと見回して、手近な木の陰に潜り込んだ
「さて、どうするか・・・」
・・・とりあえずセオリーに従ってみることにするか
数秒考えたマターは、より高い位置を求めて、頂上を目指すことにした
方角を確認、山道を登り始める
しかし、進み出すや否や、マターの脚は下草に絡まり、頭は枝にぶつかり、袖は小枝に引っ張られた
あっという間に皆と同じセリフがマターの口からこぼれ出る
「・・・これが道だと? ふざけるな・・・」
41.
「そんなものがそんなところに!」
むしろ感心した口調で、アレンは木の陰から呟いた
もちろん、這い出てきた後、そそくさと山道から頂上を目指したマターに見つかってはいない
ソードフィッシュの乱射の跡を隈なく探り、ダックマンに大事がなかったことを確認したアレンは、丸くうごめく地面に気づいて、すかさず身を隠したのだった
果たして、地面には穴が空き、マターが這い出して去った、という訳である
・・・さっきコテージの屋根から僕らを狙撃したのは、間違いなくマターだ
それがここにいるってことは
「直通の地下道があったのか!」
アレンは入念に、マターが充分遠ざかったことを確かめて、木の陰から滑り出た
・・・マターが今まで根城にできてたってことは、コテージに敵はいない
ソードフィッシュはさっきここで大騒ぎしてた
ナギも最初から島の東半分をウロウロしているようだ
「・・・行くしかないね」
アレンは素早く、今しがたマターが閉めたばかりの蓋を開け、細い孔の中へ、音もなく滑り込んだ
孔の中からニュッと出た手が蓋を掴み、ズルズル・・・パタンと閉まってしまうと、辺りは再び、何もなかったかのような静けさに包まれた
42.
「・・・げんかーい」
楽しそうな声をあげて、コールドハンドは腰を上げた
居座っていた狭い砂浜は、既にコールドハンドの足元だけを残すのみとなり、立ち上がった脚にも、波しぶきが容赦なく跳ねかかる事態となっている
「満潮でーす・・・移動しまーす」
誰に言うともなく呟き、コールドハンドは左右を改めて見回した
「こっち行って茂みに入るか・・・反対に岩場渡ってって南側の平地の端っこに出るか・・・」
みっぎかなー、ひっだりっかなー、と歌いながら、岩場を渡るように歩き出した
断崖の下を横切り、隠したボートの脇を抜けて、アレンが身を潜めていた岩場を目指すルート
コールドハンドの巨体は、狭い岩場を器用に、機敏に跳ねながら進んでいく
43.
コールドハンドが去り、岩場の向こうに姿が消えて間もなく、波打ち際が茂みのラインギリギリまで辿り着いた
ガサリ!
茂みが動き、ナギの頭がニュウと覗く
「・・・」
右、左、上と、ぐるぐる見回すと、持った銃のストックを波に浸けた
水深を測り、僅かにしか濡れない銃床を確かめる
「・・・ここはここまでか」
・・・潮が引けば浜になりそうではあるが・・・まあいい
スポン!と頭を引っ込めた
奥の方でガサガサと少し揺れた茂みは、あっという間に静かな波打ち際に戻った
44.
「フウ・・・フウ!」
息を切らせて茂みの中を進み、ソードフィッシュが監視小屋の庭先にたどり着く
ジュノンの樹を見上げ、デカイな!と呟こうとしたが、息が切れて言葉にはならなかった
・・・だいたい俺ぁこういう野戦は向かねえんだ
市街戦の方が向いてるんだよチキショーめ!
呪いの言葉も口から出ないまま、監視小屋の正面に立つ
静まり返った部屋内をドア横の小窓から覗くが、人の気配はない
「ふーう!」
やっとこさ息を整えて、コテージと同様の所作でドアを開ける
「・・・ニンジャ野郎」
まさかいねえとは思うが
ソードフィッシュはゆっくり室内に入り、部屋を見回した
「・・・」
しばらく無言で様子を伺うが、何の気配もしない部屋に徐々にリラックスを取り戻した
「・・・殺風景だな・・・何を監視する小屋だってかね?」
キューブの椅子を蹴り、適度な空間を作ると、屈んで胸元から先程撃ち切った空マガジンを取り出した
・・・補充してえトコだが、まあまだ同じのが4つある
それより、このロンブル35の他にもアイテムが要るな!
タカタカぶっ放すだけじゃなくて、精度重視のやつだ・・・
デカめのハンドガン?
いや、精度が良いなら軽い方がいい・・・44よりは38口径だ
おお、そう言えば、暗視ゴーグルも見た気がするぜ!
「・・・一回、ベッドルームに戻ってみるか」
最後のひと言はついに、口に出して言ってしまったが、ソードフィッシュはひとり作戦会議をつつがなく終え、立ち上がった
・・・てことはこのマガジン、収めるポケットがなくなっちまうが・・・
「・・・いいさ、置いてけ」
ソードフィッシュは空のマガジンを床に放り出したまま、ドカドカと靴音高らかに出ていってしまった
そして音もなく壁が開き、兄貴が姿を現した
「・・・賑やかなヤツやったなあ!」
ソードフィッシュの姿が完全に遠ざかったのを確認して、兄貴は部屋内に戻り、落ちているマガジンを拾い上げた
「ロンブル35、か」
・・・振り回し易い、ええ突撃銃ではあるな
それより、よう喋ってくれたねえ!
チップマンの武器の隠し場所はベッドルームでした、と
たぶん、というか確実にコテージのことやろ
「なに、それを俺に教えに来てくれたんかな」
兄貴はニヤッと笑った
・・・やたら用心して入って来たと思たら、いきなり空のマガジン放り出して、しばらく考えこんで、さっさと出てった、っちゅう・・・
「何しに来たんやろ」
・・・それもそやが、何やら呟いとったな?
「・・・ニンジャ野郎?」
・・・誰のことかいな?
45.
・・・動カナイ
ほんの些細な気配でさえ、見逃すはずはない
自信があった
樹々の葉、下草の揺らぎ、風の吹き抜け方・・・全てがモンの情報源、味方のはず
苦手な都会の雑踏の中ではないのだ
それでももうずいぶん長い時間、樹上のモンはダックマンの気配を見つけられずにいた
「・・・遠クヘ離レタハズハナイ・・・潜ンデイル!」
それも確信していた
・・・やはり一筋縄ではいかない相手のようだ
待てば待つほど、モンのダックマンに対する畏敬の念は増していった
「俺カラココマデ隠レラレルトハナ・・・ン?」
ふとモンは、別の気配に気付いて顔を上げた
何やら、下から駆け登ってくるやつがいるようだ
・・・隠れていたやつが動き出したって訳ではない・・・別のやつだな
気配を殺したまま、けもの道の出口を凝視する
やがて樹々の隙間からマターが姿を現した
「・・・ホウ、アレハ」
その背に掛けられた、銃身の長い狙撃銃に気付く
モンは瞬時に悟った
「コイツカ・・・サッキ俺ノ吹キ矢ヲ駄目ニシタノハ・・・」
見る間にマターは樹々をすり抜け、モンの潜む木の下を通り過ぎていく
頭上のモンには全く気づかない
「・・・」
モンはしばらく、山道を急ぐマターの後ろ姿を眺めていたが、不意に枝を蹴って、マターを追い始めた
枝から枝へ・・・
地上を急ぐマターより遥かに速く、樹上のモンがあっという間にマターに追いつく
「・・・コレデモ喰ラエ!」
一瞬の躊躇もなく、樹上の獣人が無防備なハンターに襲いかかった
46.
思ったほどではないが、やはり雑木林の下草は脚を取る
けもの道にもならない樹々の隙間を、それでも常人とは比べ物にならない速さで、マターは登って行った
・・・ともかく、監視小屋とやらを確認する
そこから島内全域を見渡せるはず
高い場所に位置どりできれば、狙撃屋としてはベストだ
鬱蒼とした雑木林を駆け抜ける・・・冷静なマターもいつしか夢中で下草を掻き分けていた
その瞬間
ガサッ!
マターの頭上で樹の葉が揺れた
「!」
いきなり樹上から、大きな物体が飛びかかった
振り向く間はない
避けられない!
ガンッ!
マターは後頭部に一撃を喰らい、前のめりに下草に倒れる
だがそのまま、肩を引っ張られるように身を起こされた
「・・・!」
何が起こったのか把握できないまま、マターは奇妙に捻れた体勢で下草に突っ伏した
とっさのことにマターは声も出せないが、襲撃者も終始無言
伏せて倒れたマターの背中に、軽く圧が掛かる
・・・踏んできた!
踏まれた怒りというより、ただ反射的にマターは身を翻し、同時に大きく腕を振り抜く
「ぬあっ!」
しかしその腕は空を切り、マターに乗っていた襲撃者は、異様な身軽さで背後に飛び退った
仰向けになったマターの眼に映ったのは、そのままの勢いで樹々の隙間に吸い込まれていく、褐色の脚・・・
あっという間に見えなくなる
マターも必死で身を起こし、体勢を整えるが、その時にはもう樹々の揺らぎも、嘘のように収まってしまっていた
「・・・くっ!」
呪詛の言葉を口にしようとした瞬間
「シューッ!」
攻撃感に溢れた吐息音が雑木林に鳴り響いた
樹々の奥からの威嚇!
マターは固まった・・・というより、完全に次の動きを封じられてしまったのである
「・・・」
しばらくの静寂
だが、その威嚇音を最後に、気配は完全に消えてしまった
冷静さを取り戻したマターは素早く分析を始めていた
「・・・どう考えてもアレがヤツか!」
脳内のデータに照らすまでもなく、今の襲撃者が未知なる敵、モンであるとの結論に達する
銃を降ろした
・・・あれだけの身体能力の持ち主
その気であったら、とっくに頚動脈を切られてやられていただろう
そうしなかった・・・そして、生かしたまま威嚇だけして去っていったということは、今重ねての襲撃はないだろう
「・・・とんでもないやつだ・・・しかしどうして敵である俺を仕留めようとしなかったのかな?」
マターはゆっくり立ちあがろうとして、足元に眼を向けた
「む?」
違和感のある木の実が眼に入る
この島で見つかるはずのない木の実を拾い、マターの眼が光った
「これは、ワリの実!」
・・・ワリの実はアドレン系麻薬の原料だ
持続的かつ強力に興奮状態を保ちつつ、集中力を切らさないという優れものだが、これがこの島に生えるということはあり得ない
もっと遥か南方・・・フラモンクィ諸島以南にしか生息しないはず
これをやつが持っていたということは・・・
「ヒエン族か!」
・・・あの動き、攻撃方法を見ても間違いない
未だ謎の部分が多い、未開の戦闘種族だが、マターの脳内でハッキリと繋がる線が浮かんだ
「となると間違いなくやつの狙いはミギー大統領・・・しかし厄介な!」
マターはゆっくり、慎重に坂を登り始めた
47.
ノックの音が響き、ドアが開く
眺めの良い高級ホテルの最上階の部屋の窓際のソファに、ミギーは座っていた
入ってきたリリディアが眼鏡を上げ、タブレットを開く
「戻りました」
「ご苦労・・・上手くいったかね?」
「はい、全員島内に侵入、各々作戦行動を開始しております」
「作戦行動か・・・ふん!」
ミギーは鼻を鳴らして、手元のカクテルをグイッと呑み干した
「作戦行動だかなんだか知らないが、全員の動きは確認できてるんだろうね?」
リリディアは直立のまま
「・・・偵察衛星からの映像は高解像度なので、だいたいは判明すると思いますが、なにぶん上空からの映像情報なので、地下や水中に潜られてしまうとわかりません」
「・・・」
「それに、あの島の東半分はかなり密な森ですので、細かい状況はなかなか把握しきれないと思われます」
「ふん!」
「・・・あとはチップマンがどれくらい、島内の情報収集システムを組んでいるか、によりますが、現時点でそれを我々に渡してくれるという話になっていないので・・・」
「いい!」
ミギーは不機嫌そうに遮った
「・・・細かい事はどうでもいい・・・要は、あの島にいるやつらが全員処分できればいいんだ!」
「・・・」
「どうにも私はあのフリーランスとかいう輩どもは気に入らん・・・ああいう連中に頼らないと政権に届かなかった、というのはあるが、そもそもそれ自体腹立たしい問題だ・・・そう思わんかね?」
「・・・私としてはどうにも・・・」
「結果、政府内部のことにやたら詳しくなってしまい、言いたいことを言い始めおった・・・知りすぎにも程がある」
「・・・」
「それで言うことを聞くなら可愛げもあるが、あんな無法者どもが近隣国で好き勝手言って暴れ始めたら、せっかく3期続いた政権が台無しになりかねん!」
「・・・今回、一箇所にまとめられたのは僥倖でした」
「それにもいくら使ったことか!」
ミギーは声を荒げ始めた
「挙句あの王様気取りのヤク中と協力ときた・・・なんで私があんな小物の機嫌を取らねばならんのだ!」
「・・・チップマンは目障りですが、まだまだ利用価値があります」
「・・・いずれ何とかするさ」
ミギーはカクテルのお代わりに手を伸ばした
「・・・P.E.N.に命懸けの筋肉バカに、街のごろつきどもの親分!」
「・・・」
「ただの覗き見趣味の盗聴屋に、あちこち蠅のように飛び回るだけの小鼠・・・何が情報屋、何が万能傭兵か!」
「・・・」
・・・何があったのか、酔いがだいぶきているようだ
リリディアは思いながらも、直立を崩さない
「人間兵器に大枚はたいてみれば逃げ出すし・・・挙句の果てにヒエン族だと!」
「・・・そのようです」
「ふざけおって!」
ミギーはまだ一口しか付けていないカクテルの残りを、一気に流し込んで怒鳴った
「あの野蛮人どもは、自分がどれほどの宝の上で踏ん反り返っていたのかわかっておらんのだ!」
「・・・」
「フラモンクィ諸島の地下資源・・・一気に資源輸出国になれるものを、どれだけの間無駄に寝そべってきたのか」
「・・・」
「放っておいたら100年後も200年後もそのままだ・・・資源の有効活用など、やつらができるはずがない!」
「・・・」
「イッキュウとか言ったか、あの国の・・・いや、あのあたりのリーダーは・・・何が尊師か! シューキョーの親玉がどれほどのもんだと言うんだ!」
「・・・」
「だいたい信仰とか宗教とか、そんなもんを国の根幹に据えること自体、頭がイカれとる!」
「・・・」
「だから併合したのだ・・・それを侵略だのなんだのと抵抗しおって・・・弾圧だと? 意味のない抵抗をするから、怪我人が出るんだ!」
・・・だいぶ回っているようだ
するべき報告だけ済ませたら、さっさと退散したほうがいいだろう
リリディアが思いながら口を挟もうとした瞬間、意外にも冷静にミギーが口を開いた
「・・・ところで、アレの準備は整ったのかね?」
「・・・は」
意表を突かれて、リリディアの返事が一瞬遅れる
・・・そのことを報告しに来たのだ
「1時間後に出ます・・・現地には夕方には投入できるかと」
「・・・ふん!」
ミギーの鼻息は収まらない
「・・・アレにもだいぶ掛けておるんだ・・・開発費に見合った成果は見せてもらいたいもんだな」
「・・・P.E.N.の最高傑作です・・・きっとご希望に添えるかと」
「そう願うよ!」
言い終わるとミギーはさらにカクテルを取った
・・・あまり呑みすぎないよう、というひと言を引っ込めて、リリディアは部屋を出ることにした
48.
「これは・・・やられた!」
山道を抜け、監視小屋前の庭にたどり着いたマターは歯噛みした
何をされたのかは、見ればわかった
背負った狙撃銃の長い銃身・・・その銃口に、たっぷりと泥が詰め込まれていたのである
小手先のクリーニングでどうにかなるレベルではない
分解の上、専用の高圧洗浄機が必要だが、当然こんなところで調達できようはずもない
「まんまと復讐されたという訳か・・・」
・・・ソードフィッシュを狙っていた武器を弾いたのはいいが、あれがやつの武器で、その時使い物にならなくさせてしまったんだな
「お互い様かも知れんが、これは困ったな・・・さて」
降ろした愛銃を、マターはしばらく眺めていたが、ため息とともに側の茂みの中に、ポイと投げ出した
狙撃銃は銃身が長い
役に立たないのであれば、持っているだけで邪魔どころか命取りになりかねない
手持ちの武器を確認する
「・・・短身ナイフとハンドガン・・・だけか」
こころもとないでは済まないな、と呟いて目の前の小屋に眼をやる
「・・・こっちはこっちで、なんなんだこれは」
ため息混じりに小屋を眺める
マターのイメージとはかけ離れた、高い樹々に囲まれて緑に埋もれた低い屋根がそこにあった
屋根の上に立ったところで、島の全景どころか生い茂る樹々の枝葉しか見えない
「・・・踏んだり蹴ったりとはこのこと」
・・・まるでモンに銃を壊されに出てきたようなものだ
一度コテージに戻って、例のベッドルームを漁ってみれば、ベストではないにしても何か狙撃銃めいたモノがあるかも知れない・・・というか、そうするしかない訳だが
だがその前に、この小屋は確認しておいたほうがいい
何か使えるものがあれば良し・・・少なくとも何らか情報はあるだろう
何度も諦めのため息を繰り返した後、マターはドアの前に立った
と、いきなりマターは動きを止めた
「!」
・・・中に誰かいる!
はっきり音がした訳ではないが、確かに人の気配がする
マターは一瞬で引き締まり、ハンドガンを取り出した
いきなりドアを開ける!
「動くな!」
人の背中があった
大統領チームの誰かではない
認識するより速く、マターは警告して銃を構えていた
後ろ向きの部屋の人物がゆっくり手を上げた
49.
「ぼつぼつ移動かな、と思いながら出てみたら、またお客さんや」
兄貴は小さく呟きながら、また壁の中に隠れていった
ソードフィッシュのマガジンを拾った後、間もなくである
チップマンの隠し武器庫が判明した今、一箇所に張り付くのはデメリットの方が多い
・・・誰かと出くわしたくはないが、このままここに閉じこもっとってもラチ開かんからな
危険承知、極力回避の方向で移動を決め込んだ途端
「・・・あれはマターか」
小窓越しにチラッとだけ見えた姿に、兄貴は舌打ちして、また壁のドアを開けた、という訳である
・・・千客万来もコトによりけりやの
しかし今回、息を殺して気配を消す兄貴の意に反し、マターはナギやソードフィッシュのように部屋を開けてこなかった
隠れている兄貴は壁の中・・・
小さな節穴から辛うじて部屋内が掠め見えるだけで、外のことなど知れようはずがない
「何をしとるんかい?」
思いもしない間を空けられ、兄貴は当惑した
・・・それともコールドハンドみたいに、小屋に入って来ずにどっかに行ってまうパターンか?
出ようとした出鼻を挫かれたのと、外の状況がわからないことが相まって、兄貴は少し焦った
マターの気配を確認せず、スーッとドアを開ける
・・・入って来ないパターンや
読んだ兄貴は、かねてよりの計画に着手しようと、入り口と反対側の窓の下に身を屈めた
窓はわざと開くようにしておき、開けた瞬間ナイフが飛んでくる、という罠を仕掛けようというのである
・・・とっとと仕掛けて、とっととコテージに向かわんとな
と思った瞬間
「動くな!」
ドアが開いて声が響いた
・・・時間差かいな、しもたな
兄貴は舌打ちして、ゆっくり両手を上げた
・・・ま、ええわ・・・ワシの真骨頂の見せ所・・・
後ろ向きなので、入って来たマターの様子は伺い知れないが、間違いなく銃は構えているだろう
兄貴はゆっくり立ち上がった
マターの声が響く
「そのまま壁に両手をつくんだ」
だが、兄貴はその声には従わず、マターの思いもよらない返事を返した
「・・・ずいぶん久しぶりだなあ」
50.
マターが通った時のまま電源が入れっぱなしの地下道は、アレンをすんなりとコテージまで案内した
「こんな仕掛けとはね・・・」
ハッチから抜け出し、地下からの階段を探り当てたアレンは呟いた
灯りのついていない部屋内の方が、むしろ地下道内より暗い
その中をアレンは着実に登り階段を見つけ、外には出ずに、一階の探索を始めた
「・・・こういう仕掛けは、まだまだ島内にありそうだな」
ひと部屋ずつ、用心しながらも手早く探索していく
・・・一階には何もないな
そのまま二階へ
「うおっ!」
ベッドルームに入るなり、アレンの口が勝手に開いた
ソードフィッシュがこじ開け、マターが放置したままの、剥き出しの武器庫
「こりゃ凄い・・・ってか、なんだコレ?」
興味津々で覗き込む
・・・銃と弾薬が多いが、その他のものもかなりあるな
固定爆薬に、起爆スイッチ・・・時限装置まであるとは驚いた
手榴弾も、いろんな型が揃ってる
ランダムに手に取って確かめてみる
・・・不良品の気配はないし、小細工の形跡もないな
「僕のチョイスよりはひとモデル古いようだけど・・・でも充分使える状態だ」
アレンも膝まづき、自分の空いているポケットに、気に入った手榴弾を詰め始めた
めいっぱい詰めて立ち上がる
「こりゃ収穫だ・・・けど」
・・・ここにこんなものを置いているってことは、チップマン何を狙っているんだ?
何気なく疑問が湧いた
しかし、その疑問を掘り下げる間もなく、ふと窓の外を見やったアレンの眼に異様なものが映った
「?」
部屋内から眺める窓の外には、島の東側を覆う森と低木の茂みが一面に見渡せる
その頂上、これ見よがしにそびえ立つジュノンの巨木の横を、ゆっくり飛行する物体
「・・・?」
ベッドを回り込み、窓際に移動するアレン
窓枠の外に身を隠しながら外を伺う
「・・・なんだ?」
その物体は島の東側をゆっくりと越え、アレンが見守る中、上空を真っ直ぐにコテージの方へ向かってくる
「・・・輸送ヘリか?・・・しかしありゃなんだ?」
すぐに物体は大型のヘリコプターとわかった
しかしそれには、何やら大きな物体が吊るされている
数本のワイヤーでヘリから吊られているその奇妙な物体は、ゆっくりとコテージに近づき、やがてその横をかすめて、島の西の海岸線に到達した
もう一度ベッドを回り込み、反対側の窓から眺めるアレン
「・・・訳がわかんないな」
ヘリは海岸線で静止し、窓からかなり詳細がわかる距離にいる
双眼鏡を覗くまでもない
「・・・なんなんだ?」
吊られている物体は、概ね人の形をしているようだ
かなり大きい・・・おそらく全高2mはある
全体的に真っ黒で、胴体に腕が2本、脚が2本
だが大きな特徴として、頭部がない
つまり、肩から下だけの巨大な人形が吊られているのである
「・・・」
アレンの見守る中、ワイヤーがスルリと伸び、静止するヘリから物体はゆっくりと降下し始めた
「上陸するのか?」
ワイヤーがスルスルと伸びて地上に近づくに従い、物体は微かに動き始めた
モゾモゾと・・・そして砂浜に着地するや否や、自分の身体に掛かったワイヤーを、自分の手で外してしまった
と、見る間に物体が砂浜を歩き出す
ゆっくり、のしのしと・・・だがその足取りは着実で、不気味な存在感と共にコテージへと向かってくる
「・・・映画でも観てるのか?」
アレンは、自分の身を隠すのも忘れて窓からその物体を凝視した
・・・それこそ映画に出てくる軍用ロボットにそっくりだ
だが、そんなモノがあるという話は、どこの現場でも聞いたことがないし、噂も耳にしたことがない・・・ましてお目にかかったことなどない
コテージの横を通り過ぎようとするそのロボットを、アレンは窓から窓へ追いかける
ざく、ざくと砂浜を踏み締めながら歩くソレを上から見ながら、アレンは嫌な予感に襲われていた
・・・ミッションの解説の時にはコイツの説明はなかった
ということは、我々の味方、もしくは我々で利用すべき存在ではないということ
しっかり見てはいなくても、全身に相当な火器を搭載している気配はプンプンする
そして何より、今このタイミングでこの島に登場したということは・・・
「敵認識で間違いないね」
アレンは静かに窓を開け、今まさにその下を通り過ぎようとするロボットの真上の小屋根に躍り出た
足元をのしのしと、黒いロボットが進んでいく
アレンは武器を確かめ、ひらりと小屋根から飛び降り、ロボットの背後に位置を取った
51.
「ずいぶん久しぶりだな」
銃を突きつけた相手から思いもよらない言葉をかけられ、正直マターは戸惑った
・・・そんな反応は初めてだ
「・・・武器を離して両手を上げるんだ」
とりあえず動きは止める
一見で敵方、おそらく兄貴だろうと目算をつけたが、どこかで会った?
見覚えは全くない・・・もし兄貴だとすれば、面識はないのだからそれは当然なのだが
銃を構えたまま、相手の次の言葉を待つ
兄貴は後ろを向いたまま、言われた通り両手を上げた
「・・・今はマター・・・ドクター・マターだっけ?」
「・・・」
「同じ世界にいるとは思わなかったんだよ・・・ずいぶん久しぶりだ」
「・・・」
「思い出せないか・・・」
「・・・」
「ヒジリだろ?」
「なんだとっ?」
思わずマターは大きな声を上げた
「ドクター・マターの本名はヒジリ・・・ヒジリ・ムナカタ・・・さあ思い出したかい?」
「ヒョロなのか?」
思わずマターの声が上擦る
次の言葉に一瞬詰まったが、銃を構えたままマターは用心を解かない
「・・・手を上げたまま、ゆっくりこっちを向くんだ」
「撃つなよ」
言って兄貴は要求通り、両手を上げたままゆっくりとマターに向き直った
「・・・」
入り口からの逆光で、兄貴からマターの顔はよく見えない
逆にマターからは兄貴の顔がハッキリと見て取れた
無言のマターに兄貴は重ねて言った
「顔はかなりいじくったから、見覚えなくてもしょうがないけどな・・・」
「・・・本当に・・・ヒョロなのか?」
「信じられないなら、南川先生のポケットにカエル詰め込んで怒られた話でもするかい?
「!」
「それとも、知世ちゃんのチャリンコに勝手に乗って、ぶっ壊して泣かせた話とか・・・お前の妹にしつこく絡んで来た野郎をぶん殴りに行って、返り討ちにあった話とかな」
「・・・お前なのかヒョロ!」
マターは銃を降ろした
「だから久しぶりって言った」
「本当だな!」
「・・・手を降ろしても?」
「・・・いいさ」
兄貴は手を降ろし、しゃがみ込むと床に置いた銃に手を伸ばした
マターの眼を見ながら、銃を逆さまに持ち、カートリッジから弾丸を全て抜く
「・・・昔の友達は撃てないからな」
ニヤッと笑い、さらに空の銃をマターに投げてよこした
投げられた銃を左手で受け、マターも手の銃をホルスターに戻す
「何年ぶりなんだ?」
「もうわからないな」
「ここは暗い・・・外へ出よう」
お互いに武器を降ろし、小屋のドアへと向かう
小屋の庭先に出ると、ふたりの顔が初めてお互いにあらわになった
マターが口を開く
「・・・知らなかったよ」
「そうかい? 俺はチップマンからの資料で見てピンと来てたよ」
「ほお、素性が資料に載るような活動はしてないと思ってたんだが・・・」
「もちろん資料そのものからはわからないさ・・・匂いだな」
「さすが、情報屋だな」
兄貴は言葉を切り、フッと笑いを浮かべた
「・・・なりたくてなった訳じゃないさ」
「・・・」
「狙撃屋もそうだろ?」
「確かにな・・・」
マターもため息混じりに答える
言葉が途切れたふたりの間を、ジュノンの樹の葉を揺らした風が通り過ぎていった
崖下を打つ波音が遠く聞こえる
監視小屋の庭には、戦場と思えない和やかな空気が満ちていた
「・・・久しぶりの再会が敵味方とはな」
「フリーランスの宿命だ」
「そりゃそうだが、何もこんな形じゃなくてもなあ」
「・・・」
「このミッションが終わってお互い無事だったら、小学校の跡地で同窓会でもしようか?」
「酒を持ち込んでか?・・・いいな」
「はっはっは」
「・・・ところで・・・」
突如、マターの声は爆音に遮られた
頭上に現れた大型ヘリ!
ジュノンの樹の上を掠めて、海側から急侵入
風向きの影響か、1秒前まで何の物音もなかった
「!」
マターの視線が上へずれる
その瞬間!
兄貴の大型ナイフがマターの喉元を狙った
シュッ!
一歩踏み込んだ兄貴のナイフはしかし、派手な風切り音を立てて空を切る
すんでのバックステップで皮一枚かわすマター
しまったばかりの拳銃を既に構えている
だが兄貴も、振り終わりと同時に抜いていた
先ほどマターに投げたモノより小さいが、その照準はマターの額にピタリ
マターの照準は兄貴の胸元に
睨み合うふたり
今までの平和が一瞬で完全に掻き消え、向かい合うフリーランス同士のヒリついた空気が、一瞬で既に周囲を覆っている
しばらくの沈黙
先に口を開いたのは兄貴
「ようカワしたね」
「・・・」
実際ナイフの筋は鋭く、ほんのコンマ何秒反応が遅れていれば、マターの喉元が噴水のように血飛沫を噴き出していたのは確実だった
「・・・なんでわかったんかね?」
「なんでわかった、だと?」
マターは眼を逸らすことなく、口調だけ呆れたように言った
「・・・こっちのセリフだ・・・よくもまあそんなことまで調べ上げたものだ」
「・・・」
「言った通り、出生に繋がる情報は全部消して来たつもりだったよ・・・小学校の同級生のエピソードなんか、誰が憶えてるんだ」
「・・・褒められてんのかな?」
「絶賛してるさ」
「そらどうもおおきに」
兄貴も、既に正体を隠さない
「・・・けど気づかれたな・・・さすがやで」
「ちょっとだけミスがあったな・・・ヒジリは俺の名前じゃない・・・まさにその同級生の名前さ」
「・・・」
「そしてヒョロってのもまた別人で、俺の友達だ・・・俺たちはいつも3人で遊んでたんだ・・・俺と、ヒジリと、ヒョロでな」
「・・・しもたな」
兄貴はニヤッと笑った
「名前をふたつ、一気に入手したんで勘違いしてしもた・・・」
「・・・どこから仕入れた?」
「言う訳ないやろ」
「そりゃそうだな・・・」
マターは構えたまま、山道の入り口の方に意識を向けた
・・・アレンの情報によるなら、近距離でのやりとりは分が悪い
距離を・・・
「距離を取らんとな・・・俺が相手の時は」
見透かしたように兄貴の言葉が飛ぶ
「!」
マターの動きが封じられた
しかし、次の兄貴のひと言は意外だった
「・・・ところで狙撃屋さんよ、ちっとした提案をしたいんやがな?」
「なんだ?」
ふたりとも睨み合ったまま
「・・・今のヘリ、何か知ってるか?」
「・・・いや、知らんな」
「大統領から説明はなかったんか?」
「・・・知らん」
「マジか・・・これはえらいこっちゃかもしれんぞ」
「どういうことだ?」
兄貴もまだ銃を構えたまま
「・・・あんたの顔色で見る限り、マジで何も聞かされてないみたいやな・・・実は俺も聞かされてない」
「・・・チップマンから・・・か?」
「そや・・・そのほかの情報筋からも、なーんも入ってきてない」
「じゃあ、誰も?」
「この俺が知らんのや・・・たぶん、そやろ」
「・・・?」
「そこで提案や狙撃屋さんよ・・・俺は今、とんでもないイヤな予感が全身を走っとる」
「・・・」
「ここでやり合うの、一回待たんか?」
「・・・」
「ホンマにチラッとやがあのヘリ、何かデカいもん吊り下げとったっぽい・・・あんたからは見えんかったろうがな」
「そうなのか?」
「詳しくは何もわからん・・・やから、ここでやり合うのは待って、そっち先に確認したほうがいい・・・という気がしてしょうがないんや」
「・・・」
「碌でもないことが起こっとる気がするで」
マターも構えたまま
・・・確かに、しばらく前からやけに妙な胸騒ぎがしている
根拠も正体もない圧迫感がしていたのは、兄貴と同じだ・・・
「・・・わかった、いいだろう・・・だが、この状況、どうする?」
兄貴はまたニヤッと笑った
「お互い抜いてしもたからな・・・3、2、1で、お互い小屋の陰に飛び込もう」
「小屋を挟むのか・・・わかった」
「おおきに・・・あと、提案呑んでくれた礼に、ひとつだけ教えといたるわ・・・大サービスやで」
「なんだ?」
「あんたの情報の入手先や・・・おっそろしく上手いこと隠せてはいるけどな・・・身内がいたら限界があるんやで」
一瞬、マターの眼が光る
「娘に何をした!」
「何もしてへん・・・する必要あらへん」
「・・・」
「生きた人間には、放っといても情報は集まる・・・周りで嗅ぎ回っとけば、キッカケは拾えるんや」
「・・・」
「まあでも、あんた自身の情報にたどり着くまでは、考えられんくらい大変やったけどな」
「・・・」
「娘さん、大事にしいや」
「・・・」
「ほないこか?・・・イチ、ニィの・・・」
兄貴は軽く笑ったまま、無言のマターを尻目にカウントを始めた
マターも脚に力を込める
「さんっ!」
ふたり、同時に小屋の陰にジャンプ!
入り口横の小窓の下にマターが転がり込む
兄貴は小屋の裏側
そのままマターは小屋の反対側へ抜ける
角に隠れ、再び銃を構えて、先の角の向こうを窺った
・・・確かにヘリは気になる
兄貴の言うことが、気を引くためのハッタリとは思えない・・・その必要がないからだ
だとすれば、アレに関して何も知らないというセリフも本当だろう
勝負を後回しにしてまでもその正体を確かめたいというのも、情報屋のプライドという部分で納得できる
何より、自分自身イヤな予感を無視できないのだ・・・兄貴同様
「・・・」
しかし目の前にいるのは、残念ながられっきとした敵であり、いずれすぐ思いもかけない形で狙ってくるのは確実なのだ
ヘリはおそらく喫緊の対処でなくても間に合う
「・・・接近戦は苦手なんだが」
銃を構え、先を窺う
・・・角の向こうで兄貴もまだ戦闘態勢を解いてはいないはずだ
迂闊に距離は縮められない
しかしマターは変な感覚に襲われた
「・・・」
兄貴の潜んでいるはずの小屋の角から、殺気どころか、人の気配がしないのである
「?」
確かに同時に小屋の反対側に飛び込んだ・・・それは間違いない
そして方角的に、俺の眼に止まらずには雑木林にも、低木の茂みにも入っては行けないはず
・・・殺気どころか、気配がないってのはどういうことだ?
マターは細心の注意をもって前進・・・小屋の先を目指した
・・・どこかで頭でも打って、気絶してるとか?
「そんなバカな!」
だがそうでもないと、説明がつかない空虚感だ
・・・ヘタに時間はかけていられない
マターは意を決して、兄貴が飛び込んだ側の小屋の先に躍り出た
「!」
誰もいない・・・?
小屋の壁と断崖の狭い間には、ただ海風が吹き込んでいるだけ
「なん・・・だと?」
マターは急いでもうひとつ角を曲がった
ジュノンの樹から低木の茂み、山道の入り口が臨める・・・今の今まで睨み合っていた場所である
「消えた・・・?」
小屋を一周することになったマターは、キョロキョロと周囲を見回した・・・が、さっきのまま人の気配は微塵も感じない
・・・小屋の反対側を回り込んで茂みに飛び込んだとしても、あの瞬間に気配が消えたのはあり得ない
足音や葉音はもちろん、移動の気配がなかったのだ
兄貴はマターの範疇から、文字通り消えてしまったのである
「・・・!」
マターは、ともかく棒立ちから覚め、機敏に山道の入り口に飛び込んだ
・・・頭を切り替えた、と言えば大間違いだ
理解できない事象に直面して、とりあえずその場を離れただけ
「・・・ナギとソードを笑ってしまったが」
下草に脚を取られながら、緩急の難しい坂道を急いで降り下りる
マターの顔は笑ってはいなかった
「・・・ヤツ、本当に・・・忍者なのか?」
52.
「・・・情報は命、知ってるコトは使わにゃ損ソン・・・やで」
ピンと張り詰めたワイヤーにしがみつきながら、兄貴はニヤッと笑って呟いた
窓から覗いていた、コールドハンドが設置したワイヤーに飛びつき、素早く崖下のオーバーハングに身を隠す
上から覗きこんでも、ここは完全に見えない
・・・気づいて追って来たとして、こんな形の俺の待ち伏せを回避はできんやろ
上の気配に気を配りながらも、兄貴は自分の予感の解析を始めていた
「・・・しかし何やアレは?」
マターとの対峙の最中、しっかり確認できようはずもない
だが、情報量自慢の兄貴にとって、自分の想定外の出来事は許せないものだった
・・・チラッとだけしか見えなかったが、吊られてたモノはヒト型のように見えた
それもまあまあ大型
このタイミングでこの島に投入するものであるなら、戦闘の状況に影響を及ぼす類のものに違いない
大統領側のメンバーが知らないとなると、大統領の独断専行か第三勢力・・・
「チップマンがやろうとしとることやったら、俺に聞こえんはずはないからな」
・・・残念なのは、ヘリの種類を特定できんかったとこや
モノを吊り下げて移送できる大型ヘリは、確か陸軍の輸送部隊にしかないはず
「軍ってか?」
そうなると話はだいぶ変わってくる
いかに大統領と言えど、軍のものを動かすには正式な手続きが必要になる
ヘリはもちろん、銃一丁、弾丸一発でさえも、司令部に一報入れるのを怠ると・・・
「後々、野党とツーツーのバウアー最高司令官に脅されるからな」
そうなると記録に残る
今、軍をどうこうってのは、大統領としては極力避けたいはず
だからこそ、やりようによっては大義名分の立てようもあるであろう麻薬王の始末に、こんなややこしい形のミッションを発注せざるを得なかったのだ
「・・・追って来んな」
マターが追って来ないのを確認し、兄貴はワイヤーを握る手を緩めた
スルスル・・・と兄貴の身体が降下する
崖の面を這うように、やがて足が岩の上に着いた
「さてと・・・」
左右を見渡す
・・・岩場に向かうか、茂みを抜けるか
「・・ありゃ、そう言えば?」
満潮になって砂地が沈み、景色が変わっていたので気がつかなかったが、ここは先刻茂みから顔を覗かせて、崖を登るモンを発見したその場所だ
「・・・あの崖、素手で登りよったんや・・・常軌を逸しとるな」
なおもキョロキョロと、進むべき進路の気配を窺う
・・・一刻も早く、あのヘリと吊りモノの正体を確認したい
そのためには、隠れやすく見通しのいい岩場に向かうのがセオリーだが
「どうにもええ感じがせんな」
・・・なんか居る気がする
満潮に沈んでいるとは言え、水深はくるぶしまで程
ブーツが濡れる以外の心配はない
「あえてのこっちやな!」
兄貴は呟くと、かつて自分が顔を覗かせた茂みの隙間を目指し、水面に脚を突き立てて歩き始めた
用心深く数歩歩き、茂みに頭から飛び込む
一瞬ガサついた音が波音に紛れ、兄貴の気配はあっという間に茂みの奥に消えた
濃密な茂みは先程覗いたナギの痕跡をきれいに消しており、気づかない兄貴を迎え入れ、さらにその気配も消してしまったのである
53.
兄貴の勘は正しかった
岩場に向かっていれば、その隙間に大きな身体を器用に潜めたコールドハンドと鉢合わせになったのである
上空を飛び去った大型ヘリは、もちろんコールドハンドの眼にもとまった
「アレ何?」
岩場から頭だけ出せば、島の西側へ向けては見通しが良い
ヘリがジュノンの樹から雑木林を飛び越し、コテージの向こう、ほぼ海岸線に近いところで、その吊り荷を降下する一部始終を、コールドハンドは肉眼で捉えていた
その間も、ゴーグルの情報を検索し、衛星の通信を傍受する
「・・・どこにも何にも情報が出てこないって、どういうことだろうね」
コールドハンドは真顔に戻っていた
・・・目測だけど、たぶんあたしよりチョイ大きいくらいか
あの形といい、吊らないと運べないくらいの重量といい、逆に吊って運んでも大丈夫な強度といい・・・
どう嗅いでみてもヤバい臭いしかしないんだよな
「アレ、兵器でしょ」
かなり前からの嫌な予感が裏付けられた気がして、コールドハンドはため息をついた
・・・あたしが居るってことくらいはフツーに知ってるだろうから、大統領サイドであたし対策にぶっ込んできたんだろうね
てことは、金も手間も掛かってる最新式ってことだね
「あたしも最新式にしたんだけど、いかんせん自費だもんなぁ・・・」
・・・あいつがどう動くのかわかんないけど、とにかくもうちょっと近づかないとデータ取りできないな
コールドハンドが、コテージに向かってゆっくり歩き始めた物体を睨みながらその巨体を岩の陰から起こし、岩場から一歩出た瞬間
ザザザザ・・・!
大きな音が頭上から響いた
「!」
振り返るコールドハンド
樹々の間を、恐ろしいスピードで降ってくる何かに気づいた時には、その音はもう目の前に迫っていた
54.
頭を引っ込めた東の波打ち際から海岸線に沿って、茂みと海との境い目を辿るように島の北端、茂みの切れ目にたどり着いていたナギにも、ヘリは確認された
「!」
頭上を轟音と共に飛び去る大型ヘリ
ナギは思わずうろたえて立ち上がった
「あれはっ!」
突然の登場に驚いたのではない
ヘリに見覚えのある文字があったのである
「なぜ・・・なぜT-bone50・・・陸軍のヘリにP.E.N.のマークが!」
銀に近いグレーに塗られた機体の腹に、小さく目立たなく書かれたP.E.N.のロゴマークを、ナギの眼は見逃さなかった
・・・そもそも陸軍、海軍、空軍とP.E.N.はお互い仲が良くない
特にP.E.N.は、開発研究という特殊性から来る優位性を理解されず、三軍から煙たがられているはずだ
実際、提携問題は結構な頻度でトラブルになり、時にかなりの火種にもなっていたはず
「・・・陸軍のヘリを、しかもロゴをプリントするほど頻用しているのか」
ナギは唇を噛んだ
P.E.N.に関して自分が知らされていないことがあったことが悔しい
・・・確かに現役として離れていた期間はある
だがほんの僅かな時間のはずだし、第一その間も常にアンテナは張っていた
その自分が知らない・・・?
はたと気付き、悔しさが薄れて冷静な分析力が戻る
・・・そういえば大統領が先々月あたりに妙な通達を出していた
三軍とP.E.N.、情報部とZ.E.Nに関する相互連絡システムのどうとか言ったやつだ
かなりふわっとした文言だったんであまり気にしていなかったんだが、これは帰って詳しく調べた方がいいかも知れん
「それよりあいつだ」
ナギは銃を構え直した
吊られていたあの、頭部のない人型の物体
このタイミングでの投入ということは、目的は言わずとも知れている
陸軍のヘリで運んだということは、大統領側の措置・・・となればアレの標的はチップマン・・・
「!」
そこまで考えて、ナギは口の中が一気に乾くのを感じた
・・・味方も含めた全員殲滅を指令されてる自分にも知らされていないのなら、その標的に自分自身も含まれている?
「・・・やってくれるな大統領!」
感情が入り混じる中、何よりも怒りが湧き立った
・・・さっきの意味不明なメールはこれか!
ミスなのかわざとか知らないが、私に知れても問題ないと思っているなら舐められたものだ
ふつふつと湧いてくる怒りを冷静に抑え、ポケットから小さな双眼鏡を取り出した
「・・・角度が悪いか」
飛び去ったヘリははるか彼方の上空に、もう点にしか見えない
降ろされた物体はちょうどコテージの裏側
だが程なく、凝視しているナギの眼に、コテージの横からノシノシと歩く黒い巨大な物体が現れた
「あれか・・・」
さすがに遠すぎて細かい部分まではわからないが、それでもナギは分析を始めた
・・・全高は2m前後、頭部のない人型か
全身が黒いのはステルス材のためだろう
左腕の先は手になっていないようだ・・・機関銃でも仕込んであるんだな
歩行速度はかなりゆっくりだが、これは索敵警戒モードと考えていいだろう
「あとはもう少し近づかんとわからんな・・・むっ?」
見つめるナギの視界に、コテージの陰から狙うアレンの姿が映った
実にさりげない気配
何気なく、しかし完全に気配を殺しながら近づく
「そんな所に・・・面白い、お手並み拝見だ」
ナギの双眼鏡を持つ手に力が入る
55.
「ナンダ面白クナイ」
樹上でモンは口をとんがらせた
小屋の庭でのマターと兄貴の対峙
マターの銃を潰した後、ジュノンの樹に戻っていたはいいが、まさか足下で睨み合いが始まるとは
興味津々で覗きこんでいたもののたいした結果にならず、モンはため息をついた
・・・しかし確かに驚いた
いきなり頭の上を、爆音で何かが飛んでいったのである
生い茂る葉に隠れて何も見えなかったが、只事でないことはモンも確信していた
「・・・良クナイ何カガ起コッテルヨウダ」
モンは呟きながら、マターが消えて行った山道をチラリと見た
「・・・」
特にマターを狙ったというわけではなかったが、山道の途中に、水に浸した葉を敷き詰めた罠を仕掛けておいたのである
・・・あそこでツルリといくと、なかなか面白いことになるはずなんだが
そういえばさっき確認したら、誰がが踏んづけて滑った跡があったな
山道の下まで滑り落ちたか、その場でひっくり返ったか・・・
「誰ガヤラカシタカ知ラナイガ、チョウド見レナクテ残念ダッタンダヨ」
クックック、と笑って、もう一度山道を見るが、既にマターの姿は林の中に呑み込まれていた
「・・・コッチガ気ニナル」
モンは山道から眼を逸らし、ジュノンの樹を登り始めた
・・・この樹の上からなら、何が起こってるか全部見えるだろう
とんでもない密度の枝葉の中を、モンはいとも簡単に大樹の頂点を目指して登っていった
56.
雑木林に飛び込んでも、マターの集中力は戻りきっていなかった
上空の爆音の正体、今後の展開と狙撃ポイントの確保、そして兄貴が忽然と姿を消したカラクリ
本来足を止めて考えるべきことばかりだが、自身の武器の調達のためにコテージに急がなければならない
とにかくまず、あの地下通路からコテージへ戻り、何がしかの代用銃を調達しなければ
・・・こういった坂は、登るより降る方がより注意が必要なのだ
という基礎的なセオリーが頭から離れたその瞬間を、モンの罠は見逃さなかった
「うおっ!」
ズルリ!
足が滑る!
バランスを失い、体勢が崩れた
枝を掴み損ねた手が空を切る
と見るや、マターの身体はコントロールを失い、勾配を凄まじい勢いで降り始めた
「お、お、お・・・」
転ばないようにするのがやっと
雑木林の坂を、とんでもないスピードで降っていく
下へ、下へ・・・
必死で枝を避け、足元を確保しようとするが間に合わない
樹々の間をすり抜け、枝葉を派手に揺らして、大音を立てながらマターは坂を、降りるというより落ちていく
やがて林の終わり、地下通路付近の地面が見え、マターの身体は弾き出されるように平野に飛び出した
「・・・!」
声を上げる余裕もなく地上に転がり出る
2回、3回と回転、そのまま勢いよく立ち上がった
平地になんとか足がつき、身構える
身体の向きは反転して山道の方を向いて・・・
「!」
いきなりだった
岩場から首を出して覗くコールドハンドと眼が合う
両者、キョトン・・・
57.
「・・・なにあんた?」
すっとぼけたとしか言いようのない問いがコールドハンドの口から漏れた
頭上から突然響いた大音に驚き、巨躯を岩陰に隠す間もなく立ち尽くすしかなかった
その目の前に飛び出して来たのは、無防備に棒立ちするマター
数秒の、呆気に取られた沈黙の後に発せられた問いに、マターもキョトンとしたまま答える
「・・・なに、と聞かれても」
「・・・」
「・・・」
「・・・そうだよね」
なんとも間の抜けたやり取りの後、ふたりは同時に我を取り戻した
眼の色が正気に戻る
「・・・あんた、大統領の方だよね?」
言いながらコールドハンドはゴーグル越しに、マターの身なりを素早く確かめる
・・・拳銃が一丁、後は大きくはない刃物が少々
これではアタシには傷ひとつ無理でしょ
ていうか、こういう状況下でこれっぽっちの武器って有り得なくない?
メインの得物は金属じゃないのかな・・・それともあえてどっかに隠した?
まあ上から降りて来たし、どうにしてもさっきあたしを狙った狙撃屋ではないっぽいな・・・
マターも冷静さを取り戻していた
・・・これで狙撃銃を手にしていたら、俺は一瞬で蜂の巣だったろうな
何しろ今さっき、こめかみを狙ったばかりの相手だ
しかもこの距離・・・勝ち目はない
・・・幸か不幸か
「・・・ああ、あんたが噂のサイボーグ戦士だな?」
答えたマターに、コールドハンドは意外にもケラケラと笑った
「あたしサイボーグ戦士なんだ」
「・・・違うのか?」
「違わないけど、えらいカッコよく言ってくれたね・・・まあ人間兵器とか、改造人間とか言われてるけどさ」
「・・・」
「ところでさ」
「?」
マターがふと気づくと、コールドハンドの視線は、自分越しに遥か後方に向けられていた
振り返りたい衝動を抑える
隙と言えば隙なのだが、自分の武器と距離を考えると、とても動けない
だがコールドハンドはお構いなしに、視線を逸らしたままマターに話しかけた
「・・・あんた、今あたしとやり合う気ある?」
「・・・」
もちろん、戦力分析するまでもなくやり合う手はない
のみならず、さっきのケラケラと明るい笑い顔に毒気を抜かれ、マターの戦意は何処へか消え失せていた
「・・・正直、勘弁願いたい」
あっさり降参したマターに、なおも視線を逸らしたままコールドハンドは続ける
「オッケー・・・じゃあ武装解除してこっち・・・あたしの隣に来な」
マターは素直に従った
拳銃のマガジンから弾丸を抜く
「捨てなくていいよ・・・ポッケにしまっときな」
「・・・あ、ああ」
戦場で敵にかける言葉とは思えないコールドハンドの言葉
ただ、素直に従える不思議なこのトーンは何なのだろう?
マターは面食らいながらも、言われた通り弾丸をポケットに入れて、無防備にコールドハンドの横に来た
岩場の陰でコールドハンドの巨体と並ぶ
「!」
マターの眼に、コテージの横をのしのしと歩く黒い人型が飛び込んだ
「あれはっ!」
兄貴が対峙の最中に見たというヤツだろうか
コールドハンドが裏付ける
「さっきヘリが飛んできて落としてったのさ・・・大統領チームの追加メンバーなんでしょ?」
「知らん!」
反射的にマターは叫んだ
「あんなもの聞いてないが・・・さては大統領・・・」
執務室の奥の秘密部屋で、会議後に盗聴した会話を思い出した
・・・我々が退出した後ナギに全員の始末を任じていたが、それに足らず投入したものだろう
となればナギ自身も標的に違いない・・・当然本人には知らされてないだろうな
ということは、要するに今この島に居る全員を殱滅する目的なのは明白だ
「・・・やってくれるな!」
歯噛み顔のマターを見、コールドハンドも薄く察した
「なんとなくわかったよ・・・あれ兵器で、敵味方関係なくやっちゃえ指令出てんでしょ?」
「・・・おそらくそうだ」
マターの眼も黒い人型に釘付けになっている
「大統領もやってくれるわねえ」
「あれがチップマンの差し金だという可能性はないのか?」
「ないね・・・だって持ってきたの、陸軍のヘリだもん」
「正規軍が・・・」
「あっ!」
「おっ!」
ふたりは同時に声を上げた
ゆっくり歩く黒い人型の後ろに、人影がコテージの陰から忍び寄る
「・・・アレン!」
「いく気だね!」
ふたりは並んで、岩陰から固唾を呑んだ
58.
「何ダアイツ?」
ジュノンの樹の頂上、鳥でしか留まれないような細い枝の先でモンは眼を凝らした
何もかもが遥かに遠いが、さすがにここまで高く登ると、足元の監視小屋以外、島中見えないものがない
コテージの陰からのしのしと姿を現した黒い人型に、モンは好意とは言えない感情を抱いていた
・・・関わりたくならないヤツ
嫌悪感とまではいかないが、戦士としても人としても、ある程度以上の距離を置いていたい感じだ
「オオッ?」
しかしモンのしかめた眼が、次の瞬間興味深げに見開かれた
人型の背後を突いて接近するアレンの姿
「アイツハハジメテ見ル・・・ダガイイゾ、行ケ行ケ!」
遥か遠くで、ケシ粒のようなアレンにモンは声援を送った
59.
目標、前方15m
直線状に障害物はない
目標に視線を固定したまま接近
「喰らっていただこう」
アレンは一瞬で仕込んだパイナップルクラッカーを取り出した
2個の手榴弾を1m弱の紐で繋いだもので、アレンのオリジナル武器である
・・・通常、投げて突起物に引っ掛けるんだけど、コイツには頭がない
「大丈夫、ガラ空きの脇から肩を巻いて、胸元にぶつける」
砂を蹴って、一気に距離を詰める
不意の行動に備えるため、視線は逸らさない
「・・・しかもクラッカー2連、4発の大サービスだ」
距離5m
もう足音も気にしない
1発目を投げる
「うんっ!」
風切り音と共に、クラッカーが人型の右腕に絡みついた
距離2m
右肩の異物に気付いたか、人型が歩みを止め、右腕を動かした
「遅いね!」
もう投げるというより、すれ違いざまに引っ掛けていく
2発目のクラッカーがアレンの手を離れ、黒い左肩に絡みつく
そのまま眼にも留まらないスピードで、アレンは人型の左側をすり抜けた
右と左の胸板と背中、合わせて4発の手榴弾が引っ掛かる
人型のボディに触った手榴弾がコン、と軽い音を立てた
と思った瞬間
ズガァン!
「!」
一瞬で距離を取ったアレン自身も肩をすくめる大爆発
あり得ない爆炎が人型を包んだ
「僕のオリジナル・パイナップルの味はどうだい? 1発で装甲車、2発なら小型ヘリでも跡形なく吹っ飛ばせるんだけど」
にっこり笑って、炎に包まれた人型の方を向き直る
もうもうとした爆煙はしかし、ほんの2、3秒で消え去った
そこには
「!」
直立のままの人型
傷ひとつ見えない
「なんだっ?」
アレンが眼を剥き、身構える
しかしその瞬間、人型の左腕がスイッと上がった
目の前の信じられない光景に驚いたアレン
動きが一瞬遅れるものの、横っ飛びに避ける
だが、人型の横をすり抜けたアレンの立ち位置は、何も遮るもののない草の上
「・・・!」
避けるアレンを追う人型の左腕
そして、その先から激しいマシンガンの連射!
ガガガガガガ・・・
「ああああっ!」
声にならない声を上げるアレンの全身を、無数の火の矢が貫いた
60.
「あーっ!」
「おおっ!」
岩場から首だけ出して覗くコールドハンドとマターが同時に声を上げた
襲い掛かるアレン・・・とんでもない爆炎にびくともしない人型の二足歩行兵器
・・・そして左腕の連射に撃ち抜かれるアレン
一瞬の流れ
だが見守るふたりは、常々戦場で見慣れた戦闘シーンとは全く異質なものを感じていた
「・・・」
「あれは一体・・・」
「・・・そこまで来たんだね!」
ぽつり、とコールドハンドが呟いた
マターが振り返る
コールドハンドの顔は、不思議な表情を湛えて人型を見つめている
「・・・そこまで、とは?」
「・・・」
マターの問いに答えず、感慨深いような、寂しげな、それでいて憎しみに溢れているかのような顔でコールドハンドはじっと視線を動かさない
「・・・」
答えないコールドハンドに苛つきもせず、マターも口を閉じた
・・・何か、浅からぬものがあるようだ
「・・・むっ!」
「・・・」
しかしふたりが見守る中、アレンを撃ち抜いた人型が動いた
地面に突っ伏すアレンの前にしばらく立ったあと、ゆっくりと進路を変えて歩き始める
アレンはピクリとも動かない
人型はその足をを、コテージの先にあるガレージの方へ向けた
「・・・ガレージへ向かうようだな」
「あのコテージには・・・」
不意にコールドハンドに話しかけられ、マターはまた振り返った
「うん?」
「・・・あと誰がいんの?」
「今はわからん」
つい即答したマターは瞬時に後悔した
・・・今の返事では、あそこに自分がいたとバラしたようなもんだ
フォローするにも、言葉が多くなってしまってはむしろ逆効果・・・
「・・・俺たちも相互に連絡を取って動いてる訳じゃない・・・アレンがいたなら、みんなその場所は避けて動くと思うが・・・」
「・・・」
無言でじっと人型を見つめ続けるコールドハンド
人型はのしのしと、ゆっくりだが確かな足取りでガレージに向かっている
「!」
不意にコールドハンドが立ち上がった
人型とはかなり遠く、視認されたところで何が起こる距離でもないが、すっくと立った巨体は、肩口から上が完全に岩場から出てしまっている
驚くマター
一瞬言葉を失うが、そのただならない行動と表情に、声をかけずにいられなかった
「行くのか?」
「・・・」
「今行くのは危険だ」
「あんたの知らない事情ってもんもあるんだよ」
振り返らずにいい放つコールドハンド
その口調に一瞬怯むが、マターに不意に奇妙な感情が湧いた
「待て! アレに見つからずに近づけるルートがある」
「?」
怪訝な顔で振り返るコールドハンド
「俺も行く・・・ついて来い!」
マターも立ち上がった
身長ではコールドハンドに遥かに及ばないが、岩場から頭ひとつ飛び出している
「何それ? 急にオットコマエなんだけどどうしたの?」
キョトンとするコールドハンドより先に、マターは岩場を飛び出した
・・・狙撃屋たるもの、何はさておき冷静であることが最優先だ
そのはずなんだが・・・どうもこの島に上陸してからダメだ
ひとの闘いに血を湧かせて定位置を飛び出すし、愛銃を潰されて坂道を滑り落ちる・・・
挙げ句の果てに敵と行動を共にしようとしてるのか・・・それも自分から誘って!
「いいからっ!」
自分の感情に折り合いをつけるのを後にして、マターは山道の入り口付近にある地下通路の出口を目指した
人型は既にガレージに至ろうとしている
気をつけなければならないが、すぐになんとかなる距離ではない
「・・・」
無言でついてくるコールドハンドの気配を感じながら、地下通路の蓋を開けた
コールドハンドにはかなり狭いが・・・
「・・・入れるか?」
「ひゃー狭いね・・・ちょっとやってみようか・・・っていうかさ」
「?」
「・・・あんた何?」
「・・・は?」
「なんで大統領側なのに、あたしに不用心に背中向けてんの? てか、なんで意気投合しそうになってんの?」
「・・・なんでだろうな」
自分でも驚くほどコミカルに口元を下げ、肩をすくめた
「・・・きっと、前世で出会ったことがあったんじゃないか?」
「なにそれえ! あっはっはっは!」
思いもかけないひと言に、コールドハンドは破顔一笑
・・・こんなセリフ、俺が言うなんて!
マターは自分自身にかなり驚きながら、蓋の開いた地下通路に飛び込んだ
巨体のコールドハンドが続くが、さすがに狭い
「・・・ちょっと待って・・・コレ・・・ええっ?」
恐る恐るステップを降りる
もそもそとコールドハンドの頭が地面に沈み、やがて大きな手が蓋を掴んでパタリ、と閉めた
61.
「・・・」
嫌な予感というより、嫌悪感に近い
樹上のモンは苦虫を噛み潰したような顔で、一連の流れを眺めていた
「・・・ロクデモナイ!」
どう見ても人間ではない
モンがいちばん気に入らない形の戦闘形態
遠隔なのか、自律行動なのか・・・どちらにしても
「戦士ノ闘イデハナイ!」
モンは吐き捨てて、スルスルと幹を降った
・・・あんなものを投入して、戦士達の闘いを愚弄する
誰の差し金か知らないが、許されることではない!
怒りに任せて、ヒエン族最高位の戦士はジュノンの樹を飛び出した
地上に触れるか触れないか、という跳躍で、山道の入り口の樹に飛びかかる
「機械・・・キカイ・・・ハッ!」
汚らわしそうな声と共に、その姿は雑木林に溶け込んでいった
62.
「うーむ・・・」
双眼鏡を握る手にさらに力が入る
ナギの眼前で繰り広げられた黒い人型とアレンとの対戦
あっという間の勝負ではあったが、ナギの戦闘魂を刺激するに余りある光景だった
・・・遠くてハッキリとはしないが、アレンが何か爆発物で攻撃した、と
それが、ここから見てもかなりの破壊力だったことは確かだ
あの爆炎のデカさは、手榴弾だとしたら規格のモノではないだろう・・・チューンナップした代物のはずだ
「・・・そこはさすが、万能傭兵たるところか」
しかしアレは、その爆発に傷ひとつ負わず、平然と反撃した
左腕ひとつ、軽く動かすだけで!
「・・・アレンめ、もっと食い下がらんと、いくらなんでもこれでは、戦闘データが取れんではないか!」
ナギは苛ついたように吐き捨てた
すぐに人型は脚を変えて、コテージからガレージの方へと向かう
「むっ!」
ナギは双眼鏡を握り直した
・・・ガレージ!
島の東側を探索した今、未調査のまま残った場所はそこしかない
今から向かおうとしていた矢先だった
ナギの頭が回る
・・・投下されてすぐにガレージに向かう?
しかも順番に回るではなく、コテージの横を通りすぎて一目散に向かうとなれば、なにか優先すべき情報を持っていると見ておかしくない
アレンとの交戦はイレギュラーだったとして、コテージを無視するというのはそういうことだろう
「何かある!」
人型は既に、ガレージの大きなシャッターの前
操作板のスイッチで下から上げるものなのにも関わらず、人型はそのシャッターの端に手を掛けた
メリメリメリ・・・
聞こえこそしないが、音を立てるかのように、人型はシャッターを無理矢理横から引き剥いた
「・・・」
双眼鏡の中で見守る中、人型は紙のように破られたシャッターの隙間からグイ、と中に入っていく
ナギは双眼鏡を降ろした
「先を越される訳にはいかんな!」
呟くなり、地面を蹴る
巨体が音を立てて、一直線にガレージを目指して走り出した
63.
「・・・ちっきしょう、こんなところで!」
地面にへたり込み、挫いた右足をさすりながらソードフィッシュは吐き捨てた
茂みの中を下ってきたはいいが、中腹に差し掛かるあたりで下草に足を取られ、見事に倒れこんでしまったのである
「・・・骨に支障はねえようだが、しかしコレはやられたぜ」
座り込むソードフィッシュのすぐ側には、下草を丸めて結いた簡単なトラップが仕掛けてあった
・・・罠ってのはシンプルなほど効果的だってのは知ってるが、まさにこれだ
ツッ転んだ瞬間に狙われてたら、なんのしようもねえ
「わかっちゃいるが頭にくるぜ!」
ソードフィッシュはしたたかに捻った足首をさすりながら毒づいた
・・・おかげで、爆音立てて飛んでったヘリの確認が何もできねえ
なんか吊ってたような気配だったが、うずくまって茂みに隠れてたからな・・・
「・・・ちっと痛えがなんとかいけそうか」
足を強めに踏みならし、茂みの中で身を起こした
ポケットから小さな双眼鏡を取り出して、ヘリが飛び去った方向を覗く
と、そこはちょうど、コテージの陰から人型が姿を現した瞬間だった
「うおっ!」
見たこともない異物に、ソードフィッシュも声を上げる
「・・・孫の大好きなナントカっていうロボットみてえじゃねえか・・・一体なんなんだありゃ・・・おおっとアレン?」
その後ろから駆け寄るアレン
「いいぜ行けいけ!」
普段の確執を一瞬忘れ、声援を送った
そしてすれ違いざま
桁違いの炎と、遠いながらも凄まじい爆音が耳に届く
「ぶわーっ! 派手にやりやがる・・・あっ!」
無傷の人型
振り向いて棒立ちのアレンを、左腕の一斉掃射が襲う
「あーっあの野郎・・・やられやがった!」
横たわるアレンに眼もくれず、ガレージに向かう人型
ソードフィッシュは双眼鏡の中で、人型の行く先を探った
「野郎どこへ向かうつもり・・・ガレージか!」
・・・そう言えばいきなりコテージに突っ込んで、2階で武器庫を見つけたと思ったら、地下通路まで見つけたんで、スルスルとここまで来ちまった
あのガレージはノーチェックだったが・・・
右足を意識してみる
やや痛い
・・・動くのに支障はなさそうだが、走るのは無理だな
てことは、今からあのバケモノに向こうを張ってガレージに急いでみても、だいぶ無駄ってこった
のしのしと歩いてガレージに近づく人型を確認して、ソードフィッシュは双眼鏡を降ろした
と、眼の端に人影
「・・・あのバカ行ったか!」
猛然とガレージに向かってダッシュするナギの後ろ姿が眼下に見えた
砂埃を巻き立てんばかりの勢い
「おお速え速え・・・ガレージの中でやり合う気かな? せいぜい頑張ってもらいてえもんだ」
ソードフィッシュは鼻を鳴らし、もう一度双眼鏡を構えた
凄まじいスピードではあるが、ナギがガレージに到達するまではもうちょっとかかるだろう
何気なく双眼鏡をアレンの方に戻したソードフィッシュは、まさかの光景に思わず口を開けた
「・・・ドクターと、誰だアレぁ?」
倒れて微動だにしないアレンの横にマターともうひとり
ナギに負けず劣らずの巨体が寄り添っている
「・・・なんだなんだなんだ?」
あり得ない光景にソードフィッシュは双眼鏡を握りなおす
もう一度ナギの方に向けたが、ナギからは死角になって、アレン周りの3人は見えないようだ
ダッシュがブレない
「こっちはどういう話になってんだ?」
もう一度アレンの方に向ける
マターともうひとりが、アレンを引きずってコテージの陰に隠れていくところだった
ソードフィッシュは足の痛みも忘れ、双眼鏡をコテージとガレージに交互に向け始めた
アレン他2名がコテージの陰にゆっくりと消えていく
ナギはガレージまでもうちょっと
だがもうすぐ・・・という瞬間
ガガガガガガ!
「!」
遠く離れたソードフィッシュにも聞こえる破壊音
ガレージの中
「なんだっ?」
双眼鏡を握る手に力が入る
ガガガガガガ!
銃声なのか、それにしては激し過ぎる
解体工事の現場で、大型の重機が何台も並んで作業しているかのような、まさに破壊音である
「・・・おいおいおい」
双眼鏡の中で、ナギも脚を止めた
銃を持ち直し、仁王立ちでガレージを睨んでいるようだ
ガガガガガガ!
なおも続く破壊音
勢いが衰えない
ガガガガガガ!
ガガガガガガ!
見守るナギ
それを見守るソードフィッシュ
「!」
突然、ガレージの屋根の一角がガクン! と傾いた
続いて別の一角も
そしてガレージ全体がガクガクと震え始めた、と見るや
「あーっ!」
ガラガラガラ!
ガレージが轟然とした音を立てて崩れ落ちた
屋根がひしゃげ、壁がよじれ、柱が途中からバキバキと折れる
そこかしこから粉塵を巻き上げて屋根が割れ、片膝をつくように一角が地面に落ちた
と思うまもなく、割れた屋根が壁を潰しながら次々と崩落していく
「・・・」
やがて最後の轟音を立てて、ガレージは完全にペシャンコに潰れてしまった
もうもうと立ち込める粉塵が海風に乗ってすんなりと除去されると、そこには大災害の後のような瓦礫の山が
「・・・どういう話なんだこりゃあ」
ゆっくり双眼鏡を外しながらソードフィッシュは呟いた
64.
「狭いよう・・・」
しかし頼りなさそうな声の割には、小走りなほど急ぐマターとの距離は開かない
マターは振り返らず、コールドハンドに声をかける
「大丈夫だ・・・一本道だから落ち着いてくるといい」
「あんた優しいねえ」
・・・戦場で敵に優しいもないものだ
マターは苦笑いした
それもさっき、本気で狙った相手に
いつの間に俺はこんなキャラになってしまったのか・・・
薄暗い地下通路はあっという間にゴールに辿り着いた
ハッチを開け、コテージの地下室に這い上がる
「登れるか?」
「なんとかね・・・なあにココ、通路より暗いじゃん」
部屋の灯りが全くない室内は当然真っ暗
這い出す途中のコールドハンドが上半身を出しながら声をかける
「照明つけようか?」
「いや大丈夫だ・・・なに照明?」
反射的に答えて、マターは振り返った
・・・俺はともかく、こいつはここは初めてのはずなのに、照明の位置がわかるとは?
だが振り返ったマターの眼を、コールドハンドのゴーグルの両側面のスポットライトが射た
「ほうら明るい」
「自前の照明だったのか」
フッと笑顔になる
「行こう、上だ」
即振り返って、階段に向かって走るマター
ゴソゴソと抜け出したコールドハンドも続く
狭い階段を駆け上がると1階
コールドハンドが追いつく頃には、マターはアレンの見える窓ガラスを叩き割っていた
飛び出すマターをコールドハンドも追う
アレンはコテージから少し先
マターがひと足先にたどり着き、アレンの様子を伺った
落ち着いた足取りで追いつくコールドハンドに、振り向きざまマターの声が飛んだ
「脈がある!」
「マジで?」
そっと運ぶんだ、とマターが言う前に、コールドハンドがアレンの肩を抱え、力任せに引きずる
コテージの陰へ運び込み、壁にもたれかからせると、ほんの微かに肩が動いた
「・・・生きてんだ・・・これで!」
コールドハンドはため息混じりに呟いた
それもそのはず、至近距離でマシンガンの乱射を浴びたアレンの身体は、血塗れの衣服が傷だらけの肢体に絡みついているだけのボロ雑巾にしか見えない
だがマターは驚くべき手際で衣服を剥ぎ取り、ポケットから取り出した軟膏を全身の傷口に、とんでもないスピードで塗っていった
後ろで見ているコールドハンドが感心の声を上げる
「すご・・・ねえソレ何?」
手を止めず、振り返らずマターが答える
「グロビターゼとアムチノンの高圧合成物にレヴィチン剤を混合・・・要するに止血剤だ」
「・・・止血剤ね、ウン」
にっこり笑顔
アレンは動かない
「ざっと見てみたが、動脈はやられてないようだ」
「でもその出血量じゃ・・・」
「うむ、ヤバいというより、よく持ってる、という方が正しいな・・・それより左脚だ」
「左脚・・・」
コールドハンドがアレンの左脚に眼を向ける
脚はあらぬ方向へ、グニャリと曲がっていた
「・・・折れてるね」
「折れてるで済まない・・・ぐしゃぐしゃなんだ」
「ありゃー・・・」
「放っておいたらマズい・・・できれば切断するのがいいんだが、そこまでの機材がない」
「あるよ」
「?」
驚いて振り向いたマターに、コールドハンドは右腕を捲って見せた
シャキン!
その手首から肘にかけて腕の中に仕込まれていたノコギリの刃が、鋭い音と共に現れる
「うおっ!」
・・・まさかそんなところに
驚き唖然とするマターに、コールドハンドは笑った
「なんせ改造人間だもんでねえ・・・牛くらいなら捌けるよ」
「・・・」
「捌き方知らないんだけどね、あっはっは!」
およそ戦場とは思えない空気感
・・・調子が狂う訳だ
マターは気を取り直してアレンに向かう
「ちょっと待て・・・すぐだ」
アレンのひしゃげた左脚の付け根辺りに、これまたあり得ない手際で注射針を刺す
「超即効性の麻酔を打った・・・切除のショックはなくなるはず」
「へええ」
「・・・5秒、もう大丈夫だ」
「どっから切るの?」
「膝関節から行こう・・・気を失ってて幸いだ」
「やったもん勝ちだもんね」
「ああ、同意してないとかゴネられたら訴訟モノだからな」
戦場とは思えない空気感をマターも理解し始めた
「行くよ」
「頼む!」
激しい音が一瞬だけ響き、ものの1、2秒で、アレンの左脚は膝から下が切り落とされた
「見事だな」
「大工になれる?」
「ああ、ジェイソンだって裸足で逃げ出すさ」
止血に続けて数発の注射を刺すマター
「・・・造血剤も大サービスだ」
「大盤振る舞いじゃん」
「ああ、帰ったら請求書を送りつけてやる・・・3000ドルはくだらないぞ」
「・・・カラ請求にならないといいね」
最後の注射器をポイと廃棄した
その瞬間
ガガガガガガ!
「なんだっ?」
首をすくめるふたり
爆音はコテージの反対側、ガレージから響いてくる
ふたりの位置からはちょうど死角
ガガガガガガ!
轟音の中、マターは転がるようにコテージの玄関側に回った
ガレージ全体が細かく揺れている
「あいつなのか?」
近寄れず、眺めるしかできない
やがて、ガレージの揺れが徐々に大きく、激しくなり、ついに
ズドドドド・・・
ガレージが崩壊した
「ぶわっ!」
襲いかかる猛烈な粉塵から眼と鼻を隠し、また転がるようにコテージの裏側に戻る
と、あれだけの騒ぎにも動じなかったコールドハンドが顔を上げ、声をかけた
「気がついたみたいよ」
「!」
駆け寄るマター
壁にグッタリと、辛うじて重心を保ってもたれているアレンの口から、微かな呻き声が漏れた
「う・・・う・・・」
「ジュロヴァーゼが効いたか」
「なあに?」
「注射タイプの気付薬だ」
グイとしゃがみ、顔を近づける
コールドハンドも寄った
「聞こえるかアレン?」
「・・・う・・・」
「返事できるか?」
「・・・ドク、ター?」
絶え絶えではあるが、アレンの声はふたりに届いた
ガレージ破壊の轟音の中ではきっと何も聞こえなかっただろう
「解るようだ・・・アレン、何があった?」
「わかんない・・・僕どうなった?」
「・・・」
ふたりは顔を見合わせた
徐々に口調ははっきりしてきているが、その顔は血の気が完全に失せて真っ青
・・・死相が出てる、と言いかけて、コールドハンドは言葉を呑み込んだ
「さっき黒いロボットみたいなやつにやられたんだ・・・応急処置は施した」
「・・・黒い・・・ロボット・・・?」
アレンの眼が宙を泳ぐ・・・が、ほんの数秒で視点は定まった
「・・・ああ、思い出した・・・あの野郎、どこ・・・行った?」
息も絶え絶えではあるが、意識も徐々に戻っているようだ
「ここにはもういない・・・アレン動くな!」
「・・・動くなって言うか・・・全身の感覚がないんだよ・・・僕どうなった?」
「よく聞けアレン」
マターはアレンの顔に正面から向き合った
「全身、銃創だらけだ・・・体内にも何発か残ってるだろう・・・」
「・・・」
「だから今、かなり強力な麻酔を打った・・・48時間後に激しい副作用があるが、それまでには回収してもらえるだろう」
「・・・」
「出血量が酷かったんで造血剤も打っておいた・・・意識がはっきりするまで大人しくしてるんだ」
「・・・」
「あと、左脚がもう完全にやられてたんで切除した・・・そうしないとダメだったんで諦めてくれ」
「・・・左脚・・・そうか・・・」
アレンは微かに頭を動かし、脚の辺りに眼を向けた
自分の左脚が見えたかどうかはマターには判断つかなかったが、そこではじめてアレンはコールドハンドに気づいた
「・・・おお・・・そこの美人さんは誰なんだ・・・」
「美人さんだって!」
キャッキャした笑顔のコールドハンド
マターは苦笑いしながらもコールドハンドを紹介した
「噂の改造人間さんだ」
「・・・ええっ?・・・こんな美人さんだったのか」
「・・・また美人だって」
終始嬉しそうなコールドハンド
「・・・しかし、てことは敵なのか・・・なんでドクターが一緒にいるんだ?」
徐々に滑舌がはっきりしつつあるアレンに少し安心しながら、マターは続けた
「・・・不思議な流れと出会いがあったんだ」
「・・・いいねロマンチックだ・・・羨ましい・・・こんな状態じゃなきゃ、僕がマット・アヴェニューのカフェに誘うのに・・・」
「ウソ、誘ってもらえるのアタシ?」
この状況下でのセリフに、マターは心底アレンを敬服した
この色男、さすが・・・筋金入りだ
まあその一方で、コールドハンドの誘われて喜ぶ強心臓もたいしたものだが
だが次の瞬間
「!」
アレンの軽い咳と共に口元を伝った血に、マターは一瞬で引き戻された
時間はない!
「デートの約束は後でしろアレン・・・ヤツはどうだったんだ?」
あの一瞬の対峙で、しかもあっという間に蜂の巣にされた状態で、何が解るというものでもない、ということはマターも重々承知してはいる
しかし、考えれば考えるほど、あの異物の存在はろくなことにならない予感しかない
・・・情報を集めなければ
マターの質問に、アレンはコールドハンドに向けた笑顔のまま振り向いた
「・・・ご覧の通りさ・・・何もできないままこのザマだよ・・・何も・・・わかんない」
「何か見たものとか、感じたことは?」
「・・・見た・・・もの・・・ああ・・・」
アレンの眼が、また徐々に光を失い始めた
少し首が揺れている
「・・・そういえば胸元に・・・文字があった・・・」
「文字?」
コールドハンドも身を乗り出した
アレンの声が急速に弱まっている
「・・・型番か何か・・・アルファベットで・・・」
「・・・」
「アルファベットで・・・?」
アレンの眼がかなり虚ろになり始めた
首の据わりがかなり緩い
声もかすれてきている
「・・・アルファベットで・・・M・・・E・・・O・・・」
「!」
「・・・それから数字で・・・3・・・」
「MEO-3!」
コールドハンドが息を呑んだ
「知ってるのか?」
振り向くマターの眼に、驚愕と共に異様な空気を纏った、ただならぬ様子のコールドハンドが飛び込んできた
「MEO-3!」
65.
轟音と共に崩れていくガレージを目の前に、ナギは立ち尽くしていた
「・・・どういうことだこれは?」
人型がシャッターを紙のように破って侵入したまでは確認した
しかしそこから眼は離していない
・・・侵入するや否や、ヤツは内側からガレージを破壊しにかかったのだ
凄まじい粉塵が通り過ぎる間、ナギは仁王立ちで様子を見守るしかなかった
そして視界がクリアになった後残されていたものは、大地震でもあったかのようにペシャンコに潰されたガレージの姿であった
「・・・」
戦場であるから、思いもかけないことはまま起こりうる
というより、それこそが戦場なのであって、対応能力が必須なだけなのだ
だがこの思いがけない展開に際して、ナギの思考は迷走気味であった
・・・敵の殲滅を念頭においていたので、コテージとガレージの探索を後回しにしてしまったが、まさかこういう展開は予想しなかった
まずあの黒いヤツだ
陸軍のヘリで投下されたのだから、明らかに大統領側のものだ
ただ、こちら側に、とりわけ特別なミッションを受けている自分にさえ知らされていない兵力の投入は、我々の、もしくは自分の味方ではないことも同時に意味する
「・・・つまり敵だ!」
それは確実だ
アレンもヤツの存在を知らなかったからこそ襲ったのだし、味方認識されてないからこそやられたのだ
そして投入後、最初にやったことがガレージの破壊
「これがわからん・・・」
大統領の目的のひとつにチップマンの資料の回収がある
それがガレージにあることが直前にわかったとするなら、わざわざ段取りを組んで投入などしなくても、メール一本で済むはずなのだ・・・少なくとも自分だけには特別回線が残されているのだから
第一、ガレージを破壊する必要がない・・・資料の回収が面倒になるだけだろう
ではなんらかの理由で回収を諦め、葬り去ることにしたのか?
それもメールで済むはず
・・・では視点を変えて、アレがチップマン側のものだったとしたら?
それならガレージを潰した説明はつく・・・埋めて葬るつもりだ
「陸軍のヘリで?」
・・・いつの間にそんな、表立って動かせるほどの権威を得た?
さすがにそれは考えられない
では・・・第三勢力の介入?
「思い当たらんな・・・」
・・・可能性がないわけでは当然ないが、そうなるとこの場で物事を判断するには情報がなさすぎる
考えながらゆっくり、ゆっくり歩を進める
粉塵も去って静まりかえっているが、潰れた残骸の下に、まだヤツはいるのだ
決して小さくはないガレージ・・・瓦礫の山のサイズも半端ではない
ましてクルーザーや4人乗りカートまで置いてあったということ
人間サイズのアイツが息を潜めているのは確実だった
慎重に様子を窺いながら、ナギはガレージの端にたどり着いた
「どこからどう手をつけたものか・・・」
・・・ヤツの目的が見えないのが困った
次にどういう手に出るのか・・・
「!」
歩きながら、グルリと残骸の周囲を回ろうとしたナギは、突如瓦礫越しに動くものを察し、陰に隠れた
・・・大丈夫、まだ遠い
どうやらコテージの方から誰か歩いてくるようだ
そうっと瓦礫の隙間から覗く
「あっ! あれは!」
ナギは思わず声を上げた
66.
マターは狭い階段を駆け登った
一気に2階のベッドルームを目指す
・・・どうあっても、使いこなせる得物を見つけなければならない!
アレンが再度意識を失う寸前に残した言葉
あの黒い人型の名称・・・MEO-3
そしてそれについてのコールドハンドの解説
なんとか対策を練らなければ絶望しか待っていない、という危機的状況
「本当に・・・そんなものが!」
アレンが最後のひと言を絞り出し、そのまままた地面に突っ伏してしまった直後、コールドハンドが語った情報は、マターを焦らせるには充分だった
『間違いない・・・アレは、P.E.N.が総力を上げて開発した兵器の最新型さ・・・』
『胸に書いてあったのは型番じゃない・・・MEO-3、メオってのは、あたしを造った研究者の名前なんだよ』
『メオ博士は昔、大怪我でもう助からないってなってたあたしを担ぎ込んで、全身の改造手術を行ったんだ』
『生きた人間を兵器に改造するなんて、っていう話じゃなくて、そうされなければあたしは死んでた・・・むしろ命の恩人だよねって話なんだけど』
『あたしが担ぎ込まれたのにも色々事情はあったんだけど、ともかくあたしはP.E.N.の人間兵器として生まれ変わった』
『手術のたびにどんどん強くなった・・・もう手術じゃなくて改造だよね・・・ある日出撃して、初めての戦闘で戦車2台をぶっ潰した』
『凄い快感だったよ・・・それ以来戦闘が病みつきになってって、狂ったように出撃して、ガンガン戦果を上げてった』
『メオ博士は何も言わずに、あたしの修理と改造を進めてた・・・戦闘から帰ってくるたびに偉いね、偉いねって、ニコニコしながら褒めてくれてた・・・嬉しかったし、そのために頑張ってた』
『でも、ある日の改造が終わって目醒めた瞬間、とんでもない後悔と自責の念が襲ってきたんだ』
『理由はわからないけど、耐えられる罪悪感じゃなかった・・・それで逃げ出した』
『それからメオ博士がどうなったか、P.E.N.がどうなったか知らない』
『何回も死のうと思ったけど、何がどうなってこうなったのか全体像がわからないまま死ぬのも嫌だったし・・・どうせなら表に出て、何ならP.E.N.に押しかけてでも、知りたいことを知っていこうと思ったのさ』
『そう決心するまで5年かかった・・・だから改造人間の開発はもうかなり進んでるはずなんだ』
『と考えてるところへの、アイツの登場でしょ?』
『もうそういうことだよね・・・ていうか、間違いなく最新型ってことだよね・・・あたしなんか比べ物にならないほど高性能の!』
・・・おそらく言う通りで間違いない
あの黒い人型は、このコールドハンドをベースに研究と開発を重ねられた、おそらく現時点で最新かつ最強の兵器なのだ
「・・・コールドハンドより高性能?」
マターは戦慄した
コールドハンドの高性能ぶりは、さっき自分で狙って思い知ったばかりだ
あれより・・・なのか?
ベッドルームにたどり着く
ひっくり返されたベッドマットは先程のまま
むき出しの武器類が所狭しと散乱している
・・・有利があるとすれば、遠距離狙撃の一点だ
敵と充分距離を取り、ヒットと同時に位置を変える・・・これを連続していくしかない
だが・・・
「くそっ!」
マターは毒づいて、手に持ったマガジンを床に投げつけた
・・・狙撃銃がない
銃であるのはハンドガン、マシンガンの類ばかりで、マターの得手であるライフルが一丁も見当たらない
今のところ、崩れたガレージの下からヤツは出てきていないようだ
コールドハンドが直接向かっているから、何かあればわかるだろうが・・・
「これでは・・・うん?」
持ち慣れないサブマシンガンを構えてみながら、窓の外を見ようとして、ふと足元に眼をやった
「・・・こいつは!」
マターが拾い上げたのは、なんと銃のクリーニングキットであった
パッと見、銃弾のケースと似ているため見分けがつかなかったのである
「おお・・・ライフル用のもある!」
・・・しかも専用銃対応!
マターは山中にライフルを捨てたことを心底後悔した
「・・・だが、使えもしない長モノを抱えて動けるはずはなかったからな」
・・・さて、そうとなれば!
マターはクリーニングキットをポケットにしまい込み、改めて窓の外を覗いた
愛銃の回収、洗浄、調整・・・
やることは決まった
あの化け物がガレージの下に埋もれているうちに
「急がねば!」
マターは再び、脱兎の勢いで地下通路を目指した
67.
樹上を軽やかに跳び移る
樹々の隙間はモンにとって、心地よい散歩道に過ぎなかった
「!」
ふと思い出したように地上に降り立つ
下草の間をゴソゴソと探っていたモンは、ニヤリと笑った
「・・・誰カ掛カッタナ」
濡らして敷いておいた葉っぱが、誰がが踏んづけて滑ったように散乱している
・・・この場所のこの傾斜で滑ったら、手痛くすっ転んで枝でどこか引っ掻くか、坂の下まで滑り落ちるかどっちかだ
「2回目・・・マタ見レナカッタカ」
ニヤニヤしながら残念そうに呟く
散らばった葉っぱを集め、もう一度敷き詰める
完成した罠を満足そうに眺め、モンは樹上の移動に戻った
・・・とりあえず平地辺りまで下りて、全体的な動向を見てみよう
他にもいろいろ上陸しているやつらがいるからな・・・
そいつらのドタバタでも見て、あの穢らわしい黒いのをどうするか決めよう
すいすいと樹々の隙間を縫って移動するモン
「!」
突如、その動きが止まる
「・・・イタ!」
先ほどのニヤニヤとは明らかに違う、戦闘意欲丸出しの喜色がモンの満面を染めた
葉の隙間から覗くモンの視線の先には、下草から顔だけ出して辺りを窺うダックマンの姿
「見ツケタヨ・・・」
68.
・・・いろいろ始まっているようだ
身ひとつ埋まるだけの穴に潜んでいたダックマンは顔を上げた
こんなところまで聞こえる爆発音が響いたと思ったら、直後に激しい銃撃音
続いて建築工事のような音がして、何かが壊れる音・・・
単発の銃声ならまだ平和なうち・・・こうまで爆音が連続するとなると、大掛かりな戦闘が始まったと考える方が妥当だろう
もうすぐ夕暮れ
「大きく動くのは夜間と見て、それまで大人しくしてようと思ったんだけどな」
ダックマンは身を起こした
・・・早い仕掛け、誰だろう
穴をゴソゴソと抜け出す
頭をヒョイと上げると、ちょうど下草の間から顔を出す形になった
見回すが、そんな所から何か状況がわかるはずもない
周囲に注意・・・人の気配はない
ゆっくり、できるだけ静かに、ダックマンは山道に身を乗り出した
道というには細い、ただのけもの道
目の前すぐには、中腹にあるちょっとした空間
樹々がそこだけぽっかりと空いて、広場のようになっている
一歩そこに踏み入れた
ふ、と頭を下げた瞬間
「!」
サクッ!
小気味良い音を立てて、ダックマンの真後ろの幹に小さな矢が刺さった
咄嗟に身を伏せるダックマン
・・・今不意に頭を下げなければ、眉間に矢が突き立っていただろう
すぐにピンと来る
「アイツ!」
さっき眼が合ったあの獣人だ
見つかった!
・・・よりによってエラいやつに見つかってしまった
当然姿は見えない
「参ったな・・・ナギを片づけたらいくらでも相手してやるんだけど」
ダックマンの主目的はナギ・・・それは絶対の軸
それまでは無駄な戦闘は避けたい
しかし、矢の飛んできた方向からは漠然としながらも確実な戦意が漂って来る
・・・何とかして、アンタとは敵対するつもりがない、という意思表示をしないと
だが次の瞬間、ダックマンは戦慄した
グワーッ!
「!」
たいして大きくはない音
だがその音はダックマンの必殺武器、クライングダックの発動音だったのだ
もちろん本物ではない
モンが樹上に隠れながら、物真似して発したものに違いない
・・・物真似のスキルも凄いけど、その音知ってて生きてるってのは、アンタぐらいのもんだろうね
その音でアタシを威嚇したってことは・・・
「ご指名ってことだよね・・・光栄だけどね」
・・・ナギが先!
悪いけど構ってられないんだ
ダックマンは下草に沈んだまま、方向を変えようと体をずらした
その瞬間
タタッ!
「!」
ダックマンが頭を向けた方向に、今度は2発
地面に伏せた顔の高さで、樹の根に刺さった
「・・・ンのやろー、アタシの位置わかってて仕掛けてきてるな」
・・・てことはなに? クライングダックとやり合おうっていうワケ?
だからコレは対ナギ用であって、アンタとやり合うためのもんじゃないんだよ!
怒鳴り上げたくなる気持ちを必死に抑え、ダックマンはジリジリと死角に身を移す
・・・腹たつけど、ご指名じゃカワし続けられるって流れにはならないよね
逃げるしかないか・・・
声を出してわからせられればいちばんいいんだけど
「てか、言葉通じんのかなアイツ?」
69.
「居るのはわかってる・・・隠れてないで出て来な!」
先に声をかけたのはコールドハンドだった
瓦礫の壁とはいえそんな端っこに隠れているだけでは、ゴーグルの感温センサーからは逃げられない
声をかけられたナギはいとも簡単に、下ろした銃を逆さに持ち、ノソリ、とコールドハンドの前に姿を現した
両手を軽く上げる
「闘う意志はない」
「いいよ・・・アンタ、ナギだね?」
「ナギ・サマールだ・・・あんたがコールドハンドだな?」
「・・・知ってんだ?」
「知らんはずがない・・・ぜひにもお会いしたかった」
「っはあ?」
あまりにも意外な言葉に、コールドハンドは素っ頓狂に返事を返してしまった
「お会いしたかったぁ?」
「うむ、お噂はかねがね伺っていた・・・メオ博士が心血を注いだと聞いているもので」
「メオ博士知ってんの?」
「もちろんだ・・・研究者とか言うやつらの中で、私が尊敬する数少ないお方だ」
「あらまあ!」
コールドハンドは改めてナギを見回した
・・・ダックマンとの関わりからある程度想像してたものと、何かちょっとイメージが違うな
少なくともアタシに対して敵意、害意は感じない・・・むしろナニ、レスペクト的な感情?
アタシなのかメオ博士の話題なのか知らないけど、新しいオモチャ見た時の子供っぽいオーラを感じるんだけど
戸惑いながら言葉を探すコールドハンドを差し置いて、ナギは喋り続ける
「たしかに直接お会いしたことはないのだが、ご高名は兼ねてから伺っていた・・・私もかつてはP.E.N.の責任者だったこともあり、何か作戦的にも絡めればと思っていたのだが、流れがなかなか向いてこないままで今日に至ってしまった・・・その博士の渾身の研究成果であるところの・・・」
「待って待って!」
さすがにコールドハンドが遮った
「今メオ博士のこと話されても困っちゃうよ・・・てか、あんたとあたし、敵だよね?」
「うむ、今回敵同士ということで展開されているようだ」
「ようだって・・・仲良く喋ってていいの?」
「まあ最終的にはやり合うことになる訳なんだろうが、メオ博士の関係ともなれば、私としてはできるだけ近くで、直接話してみたいと・・・」
「あんたそれ、ただのファン心理ってやつじゃないの?」
「・・・そうかも知れん」
「ぶはっ!」
ついにコールドハンドは吹き出した
ダックマンの言うことも本当なんだろうが、今目の前にいるこの男は、憧れに眼を光らせた、ただの子供のようにしか見えない
「・・・」
なおもスラスラと、P.E.N.とメオ博士、自分自身の話を続けようとするナギをいい加減制して、コールドハンドは冷静を促した
「・・・どーでもいいけど、あんたもガレージの下埋もれたヤツ追いかけてたんじゃないの?」
「そう!」
ハッと我に帰るナギ
目の前の瓦礫の山に眼を移す
「・・・出てってないよね?」
「埋もれたままのはずだが・・・」
しばらく無言で立ち尽くすふたり
会話を止めて静かにしても、物音どころか何の気配もない
「・・・あれは・・・なんだ?」
呟くように言ったナギに、コールドハンドは不機嫌そうに返した
「あんたのほうが詳しいんじゃないの」
「・・・私はだめだ・・・P.E.N.を離れてもう何年も経つ・・・正直なところ、最新情報からはかなり遠い」
「あたしだってそうだよ」
「ただ、陸軍のヘリで運ばれてきたからには、軍でないならP.E.N.に間違いない」
「そうだね・・・それに・・・」
コールドハンドはフッ、と言葉を切って俯いた
「・・・何か?」
さしものナギも、その様子に眼を向ける
「・・・あの黒いののボディに、メオって書いてあったらしいよ」
「なんだとっ!」
ナギは仰け反らんばかりに驚いた
コールドハンドは続ける
「・・・そっちで倒れてるアレンとかいうのが見たんだって」
「なんと・・・」
「だからアレは、あたしの後輩になる訳だよね・・・しかもすーんごい改良されてる最新型な訳でさ・・・」
「・・・」
「一応あたしはメオ-0になる扱いのはずなんだ・・・博士の研究は完全自律型の非生命体が最終目標だったから」
「・・・」
「あたしは生体だったから、各部のパーツのデータを取ると同時に、オペレーターのメンタル・データも採取してた・・・でもね」
「・・・」
「・・・博士が呟いたことがあったんだ・・・誰もいない、あたしとツーショットで、盗聴器のないところで」
「・・・」
「・・・こんなデータ取り、したいんじゃない・・・人殺しのデータを取るために、君をアップグレードしたい訳じゃないんだ、って」
「・・・」
「・・・あたしはその頃、戦闘の快感にハマって、次のアップグレードが楽しみでしょうがない時だったから、博士ナニ言ってんの? て感じだったんだ」
「・・・」
「今思えば、博士、泣いてたかも知んない・・・それから何年もあ経って、もうハードとしてアップグレードの限界が近づいて、引退の話が出てきた頃、あたしは逃げ出した」
「・・・」
「逃げ出して、しばらく経ってやっと、博士のその時の言葉を思い出した・・・やっと、その言葉の意味に気がついた・・・でももう遅かった・・・」
「・・・博士とは、それで・・・?」
「それっきり会えてないね・・・会える訳がないんだけどね」
「・・・」
「会えたらホント、ひざまづいて謝りたいよ・・・礼も言いたい・・・ホントにね」
「コールドハンド」
改めて呼ばれ、コールドハンドはナギの顔に眼を向けた
しかしナギの表情は、想いに沈むコールドハンドとは裏腹に、悲壮な切迫感を漂わせている
「?」
「・・・あなたの今の話で、実に気になることを思い出してしまった」
「・・・?」
「ちょっと気になる、では済まない懸念だ・・・君はヤン・マール教授を知っているか?」
「ヤン・マール教授?」
冷静な話題の転換に戸惑いながら、コールドハンドは記憶をたどった
「・・・ああ、ずいぶん昔の研究者だね・・・メオ博士のかなり先輩で、YM魚雷の開発者でしょ?」
「そうだ・・・P.E.N.の創立当初の大御所研究者な訳だが、その後の話を聞いたことがあるか?」
「・・・魚雷の開発が完成して引退したって聞いてるけど、それがどう?」
「ヤン・マール教授は自律航行型の機雷を研究していたのだ・・・水底、海底に沈んで岩や沈没物に紛れ、敵船を察知して自動的に動き、狙う優れものだ」
「YM魚雷ってそうだね」
「初期のそれがどういうものかは知らんが、実験を繰り返し、実戦でそこそこ成果を上げるようになって、ヤン教授は地位を得ていった」
「・・・」
「ところが、ヤン・マール-1と名付けられた初期モデルが完成した時、教授はP.E.N.に叛旗を翻した・・・海洋資源に関する調査機器の開発のはずが、話が違う、という訳だった」
「・・・」
「当時私がいたのは陸戦部門だったから、詳しい話はわからない・・・だがP.E.N.創立期の重要人物は、その時から消息を絶った」
「・・・」
「ここからだが、ヤン・マール教授がいなくなったにも関わらず、魚雷の研究開発は進んだ・・・それも、比べ物にならないくらいの予算と人員を割いて」
「・・・」
「ヤン・マール-1は進化を続け、ヤン・マール-4までが開発されて実戦投入された・・・最終的にYM魚雷という名前で、武器市場に登場するまでになった」
「・・・消息を絶った・・・って言った?」
「・・・そうだ」
ナギの口調は沈痛さを帯びた
「・・・セクションは違うが私も責任者の端くれだった・・・噂は流れてくる・・・」
「・・・」
「引退などとんでもない・・・研究データを破棄して逃げ出そうとする者を許すようでは、軍事組織として成り立たない・・・」
「・・・まさか」
「ヤン教授は粛清されたのだ」
「・・・まさか」
「このパターンはコールドハンド・・・メオ博士の状況にも・・・」
「・・・まさか」
「・・・」
ふたりの言葉は途切れた
・・・あの日
コールドハンドの脳裏に、逃げ出した日の記憶が蘇る
思い返してみれば、奇妙すぎる日だった・・・
何十回めの麻酔から醒めて、いきなり襲ってきた凄まじい絶望感と罪悪感
いつもならすぐに応えてくれるはずのインターホンは、なぜかその日に限って誰も返事がなかった
メオ博士も、スタッフも
自殺したくなるような衝動を必死に堪え、窓のない部屋で絶叫しながら壁を叩いた
既に特殊皮膜でコーティングされた手は傷ひとつなく、軍事施設の分厚い壁をぶち破った
自動ドアのケーブルを引きちぎり、大声で喚きながら、誰もいない廊下を走った
だが今思えば実に不思議なことに、その時コールドハンドを妨げる者は誰もいなかったのだ
コールドハンドは易々と格納庫の小型ヘリを奪い、逃走に成功した
「・・・そのヘリも、今考えると・・・」
・・・用意・・・されてた・・・
コールドハンドは唇を噛んだ
ナギは話すのをやめ、じっとコールドハンドを見つめている
目線を上げ、ナギを見つめ返した
「・・・じゃあ、今メオ博士は」
ナギはゆっくり、小さく首を振った
コールドハンドの顔が歪み・・・
「・・・!」
ドカッ!
右手が瓦礫の山に突き刺さった
考えられない量の瓦礫が、コールドハンドの一撃で宙に舞う
ナギがさすがに驚いた顔でその瓦礫を眺めていたが、やがて冷静な口調で続けた
「・・・もちろん正確な情報は知らない・・・ご無事で次の研究に勤しんでおられる可能性は充分ある」
「・・・ダメだよ」
「・・・」
「あたしも隠れてる間、博士の情報だけは死に物狂いで追っかけてたんだ・・・」
「・・・」
「博士の記録・・・跡形もないんだ」
「・・・胸中、お察しする」
「あんたの組織だろ!」
口調は激しくはないが、コールドハンドの言葉は、今までに発したことのない毒を含んでいた
責める言葉にナギは一瞬怯みはしたものの、俯いて申し訳なさそうに続ける
「・・・P.E.N.のいちばんダメなところだ・・・メオ博士にしてもヤン・マール教授にしても、ご自身の意向を汲みつつ研究を続けていただくやり方はいくらでもあった」
「・・・」
「ヤン教授の時私は若かったし、力もなかった・・・メオ博士の時はセクションが遠く、発言権が及ばなかった」
「・・・」
「・・・なんとしても私は復帰し、立場を得て、この体質をなんとかしなければならない!」
「・・・」
「兵士であれば、使い捨てのように消費されるのも、ケースによってはやむを得ない場合もあるだろう・・・だが研究者は、タマゴを産み終わった鶏ではない!」
ガン!
ナギの手が側の瓦礫を叩く
舞い上がる埃を眺めながら、コールドハンドは多少の冷静を取り戻した
・・・コイツにはコイツの哲学があるようだ
「ところでさ・・・」
「?」
「あたし達これだけノンビリお喋りしてるんだけど、ちっとも何の気配もしないよね?」
ゴン!
コールドハンドも瓦礫を叩いた
「うむ・・・あの耐久性で、潰れてしまったとは考えられない」
ナギも目線を崩れたガレージに向けた
粉塵も収まり、辺りは静けさに包まれている
「あんた、ここ調べた?」
「・・・いや、まだだった」
「・・・ちょっと退いて」
コールドハンドが手を振った
怪訝な顔でナギが一歩下がる
コールドハンドは瓦礫の山の正面に向き直り、ゴーグルに握り拳ほどのアタッチメントを取り付けた
「?」
「離れてないと、耳から血噴いて死ぬよ」
言うなりコールドハンドはアタッチメントのスイッチを入れた
微かな空気の振動がナギを包み、耳鳴りが襲う
「・・・超音波か」
ナギは悟り、さらに一歩下がった
そのまま訳1分・・・
コールドハンドはスイッチを切った
鳥肌が立つような空気が消え失せる
「・・・何かわかったか?」
「ここさ・・・」
近寄るナギの方を向かず、正面を見据えたままコールドハンドは言った
「・・・地下にめちゃくちゃデカい空間あるね」
「!」
「地下室っていうにはデカ過ぎる・・・なんかの格納庫かもしれない・・・それも相当大きな何か・・・」
「空間・・・工場とか?」
「チップマンだけに麻薬精製工場とかね・・・たぶん違うと思う」
「では倉庫?」
「いや、どっちにしてもそうだとしたら廃棄されてるね・・・中になーんにもない、ホントの空間なんだ」
「ほう・・・伽藍洞の空間か」
「ホントに空っぽなんだ・・・でもね」
「?」
「その空間、ずーっとあっちに伸びて続いてんだよね」
コールドハンドの指差す先には島の東へとそびえる雑木林と茂み・・・そして巨大なジュノンの樹があった
「なんと・・・!」
「あんまり先の方はわかんないけど、たぶん少なくとも山道の入り口くらいまでは伸びてる感じだね」
「・・・島を突き抜けて、東の崖まで続いている可能性は?」
「ゼロじゃないだろうねえ」
ナギの表情が締まった
「・・・いやしかし、そんな気配ではなかったが・・・」
「なにブツクサ言ってんの?」
ひとりで呟き始めたナギにコールドハンドが突っ込む
目線を東に向けたまま、ナギは続けた
「・・・このガレージを除いて島中隈なく見て周ったが、地上に大きな施設、設備は全く見あたらなかった・・・チップマンの居所もヒントがない」
「うん」
「では地下か、と思い始めていた所だった・・・あなたが今見つけたその空間の先に地下室があり、チップマンが隠れているとしたら・・・」
「ふーん・・・」
コールドハンドも腕を組む
「で、大統領がわざわざあんな黒いの投入して出入り口潰したってこと? あんた達じゃ信用足りないからって?」
「大統領の信用というより、こっちはこっちで謎の展開が色々起きているんだ・・・それに」
「・・・」
「チップマン側に立って考えてみると、この先に隠れ家があったとして、このように出口を塞がれて万事休す、という事態は想定するはずだ」
「・・・まあ、当然といえば当然だね」
「裏口を用意してあるはず・・・ジュノンの樹の下に、監視小屋があるのは知っているか?」
知ってるよ、という言葉をコールドハンドは呑みこんだ
「・・・そうなの? それが?」
「チラッと調べただけだったから見落としたのかもしれん・・・その空間がそのまま伸びていたら・・・あの監視小屋に仕掛けがあって、そのまま垂直に地下室に通じてたとしたら」
「あの高度で?」
「油圧エレベーターなら問題なく設置可能だ」
ナギの眼は勢いを増して、ジュノンの樹を睨みつけている
「つまりその監視小屋とやらが、もう片一方の出口だって訳ね?」
「かもしれん、という話だ」
「・・・ふーん」
どちらにせよこの気配の無さでは、その地下空間を伝って、どこかへ移動してしまった、というのは確実だろう
「・・・どうすんの?」
「・・・仮説に過ぎんのはわかっているが、そうなると監視小屋を確認しないという選択はない」
「行くってことだね」
「うむ!」
ナギはコールドハンドに正面から向き直った
口調が改まる
「コールドハンド・・・お会いできて良かった」
「・・・」
「メオ博士について、もっとじっくり伺いたかったが、そうもいかん・・・次、顔を合わせる時は敵同士になるんだろうが、もし何か奇跡が起きて闘わなくて良くなったら、その時ぜひお話させて欲しい」
「奇跡とか信じるんだ」
「・・・そういうケースも過去にはあった」
表情が緩む
だが一瞬で引き締まり、ナギは銃を構え直した
「メオ博士の残された芸術品と闘うのは、残念ではあるが名誉でもある・・・その時はお赦し願いたい・・・では!」
敬礼し、ナギは東へと走り出した
砂を蹴立てて猛ダッシュする後ろ姿を眺めながら、コールドハンドは呟いた
「ひゃー・・・あたしったらモテモテだねえ・・・って、ゆるせとか言って、あたしに勝てる気でいるんだ・・・凄い自信!」
そしてゆっくり、目の前の瓦礫の山に眼を移した
「・・・言ってなかったけどまあいいか・・・この空間、どうやら水没してるみたいなんだけど、どういうことなんだろう・・・?」
70.
「・・・さて、クリーニングキットはいいが、水が必要だ」
地下通路から抜け出したマターは、茂み側の下草に隠れながら辺りを伺った
人の気配はない・・・とりあえず安全か
薬品の調合用に真水の持ち合わせはあるが、クリーニングに使えるまでの量はない
・・・この際、海水でも止むなし
「帰ってちゃんとクリーニングすれば錆びはしないだろう」
水筒はある
どこかで汲んでから、銃を探しに行かなければ・・・
「・・・できれば明るいうちに回収してしまいたいものだ」
マターは身を伏せながら、茂みの中を平地に沿って進み始めた
とにかく海岸に出て、それから銃を投げてしまった監視小屋の辺りまで登る・・・
「道は長いな・・・急ごう!」
まだ陽は高い、が、夕暮れの気配が確実に近づいてきていた
71.
「・・・鬱陶しいヤツだなあ!」
下草に沈みながらダックマンはため息をついた
なんとか闘う意志がないということを伝えようとするのだが、わかってて無視しているのか、モンの挑発が止まらない
樹上から狙ってくる矢は、僅かにハズレはするものの、タイミングがドンピシャで、ダックマンの移動を絶妙に妨げる
「・・・ワザと外してやがんな」
すぐにそれには気付いたが、直接対決したくもない相手に、誘導されるがままに近づきたい訳もない
「大声でヤメロ、とか言う訳にもいかないしねえ・・・」
・・・わざと大きく外して撃ち返してみても、ナイフを放り出して見せてもダメ
それに、事あるごとにクライングダックの物真似で煽ってくるのである
ジリジリと細かい移動を重ね、気づいた時にはダックマンはついに中腹の広場に誘い出されてしまっていた
「・・・あそこらへんか」
広場の向かい側、ことさらに繁った木の枝の陰から、異様な殺気が放たれている
・・・ナギ以外、絡むつもりはなかったんだけどなあ
「わかったよ猿野郎・・・」
ダックマンの脳内で、何かがパチンと弾ける音がした
広場の端にわざとゆっくり立ち上がり、姿を見せる
モンからのアクションはない
ダックマンは続けて、モンが潜んでいると思しき樹上に向けて、抱えた銃をぶっ放した
タタタタタン!
ダックマンの銃は5連射
撃つなり、ダックマンはその銃をポイと地面に放り投げた
戦場で、しかも敵と対峙する真っ最中にはあり得ない行動
だが続けて、ダックマンは服の袖を捲った
腕に仕掛けられていた細いアタッチメントから、音を立てて鋭い刃が飛び出す
両手首のスイッチを、各々反対側の親指で触る
円形に広がった8枚の短刀サイズの刃は、静かに、しかし扇風機にように回り始めた
「・・・コレがお望みなんだろ?」
今度は、ちょうど相手に聞こえるくらいの声で呟いた
ダックマンの両腕で勢いよく回る鋭い刃
声が聞こえたのか、その武器を確認したのか・・・
ザザザ・・・と葉擦れの音と共に、木陰から凶暴な殺気を充填させたモンが現れた
凶悪な笑顔
戦士の顔というより、獲物、それも大好物を見つけた時の野獣の眼
「・・・」
笑いながら、モンは手に持った小さな弓を、ダックマンの銃の横に放り投げた
そのまま両手に大型のサバイバルナイフを構える
「ニジュプタ・・・アンジャ・・・ソリ、コンバネ!」
「・・・飛び道具なしの、刃物対決ってか」
「・・・ホウ・・・ホウ」
「面倒くさい猿だよ・・・とっとと帰ってバナナでも喰ってな!」
ダックマンとモンの脚が同時に草を蹴った




