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jpn survive  作者: 飛猿モン
3/3

jpn survive 3

72.


「・・・で結局、なんやっちゅうねんワレ?」

 崖ぎわの岩に飛び乗ったまま、兄貴は毒づいた

 目の前にいるのはMEO-3

「さっき吊られて、あっちの端で落とされたんと違うんかい・・・いつの間にこっち来た?」

 茂みを抜けて、最短距離にコテージに向かおうとした兄貴

 だがその前方に、ゴソゴソとうごめくソードフィッシュを見つけ、見つからないうちに引き返して来たと思ったら・・・

「・・・さっさと海岸伝いに移動しといたらよかったな」

 直後、爆発音や銃撃、建物の崩壊するような爆音が遠くで響いた

 これは様子見のほうが、と茂みの海岸沿いに潜んだ途端・・・

「いきなり出て来やがって・・・海坊主め!」

 海から這い出したMEO-3に、兄貴は易々と発見されてしまったのだった

 ・・・しゃーない

 御守りがわり・・・あんまり持ち歩く訳にもいかんけど、離れて置いといても心配やからな

 兄貴は茂みの中から回収した刀を握りしめた

 日本刀としてはやや短め・・・だが充分な刃丈のある愛刀は、たしかに持ち歩くには長い

 ・・・ダックマンのボート見つけたから、隠して預かっといて貰おうと思た矢先に、使う羽目になるとはな!

 MEO-3は兄貴を瞬時に認識、攻撃を仕掛けて来たのである

 ただその攻撃は

「・・・逃げようとすると撃って退路を塞ぐくせに、ちーとも銃で攻撃してこんな」

 ・・・どう見ても人間やないし、兵器やったらとっとと標的を処理するようなもんなんやが

 さてはナニかい?

 長々闘ってみて、戦闘データでも取ろうっちゅうことかい?

「舐めんなガラクタが!」

 兄貴はなんとか位置を入れ替え、満潮で海水に沈んだ砂浜から、足場の悪い岩場へと戦場を移してきたのである 

 ・・・生身ならひょいひょいイケる岩場も、その図体と目方では動きにくいやろ

 しかし、その間に兄貴が逃げようとすると、MEO-3は素早く、足場になる岩を銃撃して崩してしまう

「・・・自分は体重支えきれんでスッテンコロリンしとるくせに!」

 ・・・腹立たしいやっちゃ!

 兄貴は刀を抜いた

 手榴弾の爆発もモノともしない黒いボディに、銀に輝く神々しいまでの刀身

 シュールな対比が崖下の岩場で展開されていた

 敵の動きを見つつ、ジリジリと間を詰める

「・・・ワシの間合いは、思てるよりだいぶ遠いで・・・足場のええ悪いは、あんまし関係ないんや」

 スーッとMEO-3の腕が動く

「!」

 眼にも止まらない速さで、兄貴は岩場に沈んだ

 ガガガガッ!

 連射が宙に消える

 そんな一瞬で、と驚くほどの距離から、兄貴の姿が岩の上に戻る

「・・・動き、甘々やで」

 兄貴の脚が岩を蹴る

 だが兄貴の刀はMEO-3ではなく、その乗った足元の岩を斬り飛ばした

「ハッ!」

 数センチほどの岩の突起

 しかし、足元を崩されたMEO-3は、その巨体を支える術もなくひっくり返って、岩の隙間に滑り落ちた

「ザマ見い!」

 続けて飛びかかる

 頭部のないMEO-3

 先ほどからのやり取りの中で兄貴は、その肩と肩の間、人間で言うとちょうど鎖骨あたりに、微かな隙間があることを確認していた

「ここじゃ!」

 辛うじて日本刀の刀身が縦に通るほどの隙間

 兄貴の愛刀は正確にその隙間から、MEO-3の体内にあっさり刺さっていった

「銘はないけど、拵えは一級品やでえ!」

 そのまま、隙間に沿って中を、切り裂くというより掻き回す

 兄貴の体重をモノとせず、MEO-3が身を起こすが、兄貴は離れない

 立ち上がったMEO-3に跨ったまま、さらに刀を掻き回した

 ごく小さな、しかし確実に、MEO-3の体内で何かが壊れる音がした

 頭上の兄貴を捕まえようとMEO-3が腕を伸ばす

「おおっと」

 兄貴は素早く避け、肩を蹴って一旦岩の上に戻った

 距離を取る

「おう背中か・・・反対側にも同じように隙間あるな!」

 兄貴は軽やかに、岩場を移動し始めた





73.


 思っていたより、脚は痛んでいたようだ

 数回足踏みし、大丈夫かに思えたソードフィッシュの右足はしかし、茂みの中を移動する体勢に耐えきれず、ズキズキと痛み始めていたのである

「・・・チキショウ腫れてやがる」

 赤く膨らんだ足首を睨み、ソードフィッシュは鼻を鳴らした

「日暮れも近えってのに」

 ・・・なんとかコテージの武器庫に戻って、いろいろ補充しときたいところだが、コイツは参ったな

 なんとかかんとか足を引きずりながら、茂みの勾配を下り切ったあたりでひと息いれることにした

 ・・・思った以上に時間がかかる

「やべえな・・・ニンジャ野郎に続いて、変なロボットまで出てきやがった」

 どうにかしねえと狙いモノだ

 ・・・しかしあのロボットはどういうこった?

 俺らが聞いてない以上チップマンの手配なんだろうが、てことは俺らがアイツの相手をするってことか?

「冗談じゃねえなあ!」

 ソードフィッシュのため息が辺りに響く

 アレンに向けての攻撃は、まあ戦闘兵器ならあり得る場面だ・・・たしかに凄え威力だが

 しかし、あんなデカいガレージを、どうやったか知らねえが、ものの2分足らずで全壊させる破壊力ときた

「怪我してる場合じゃねえってのに・・・」

 だが次の瞬間、ソードフィッシュの数歩先に人の気配

「!」

 しゃがんだまま銃を構える

 ・・・茂みをゆっくり近づいてくる誰かがいる

 姿は見えない

「・・・ニンジャ野郎」

 ソードフィッシュの緊張が一気に高まる

 ぶっ放すか・・・いや、もう近過ぎる

 先に仕掛けた方がいい

「・・・動くな、狙ってる」

 ソードフィッシュは気配に向けて声を掛け、銃口をそちらに向けた

 茂みの動きがピタリと止まった

 しかし次に、茂みの中から響いたのは聞き覚えのある声

「・・・その声はソードフィッシュだな?」

「ドクターか!」

 ソードフィッシュは銃を降ろし、左手で茂みを掻き分けた

 数歩先に見慣れた顔が、草の隙間から覗く

 少し緊張の解けたマターが、さらに数歩にじり寄って来た

「・・・そういえば不可侵条約だったな」

「ああ、さっきは助かったぜ」

「さっき? ・・・ああ」

 いろいろあり過ぎて、コテージの屋根の上からソードフィッシュを援護したことがかなり過去のように感じ、マターは苦笑いした

「おかげでこっちはえらいことになっているよ」

 マターのセリフに、ソードフィッシュはふと、マターが銃を背負っていないことに気づいた

「えらいこと・・・そう言や、ご自慢のロングバレルはどうした?」

「それがえらいことの第一弾だ」

「ありゃまあ!」

 ソードフィッシュは大袈裟に驚いた

 戦場と思えない和やかなやり取りだが、ふたりともそこは熟練・・・茂みの中に埋もれ、周囲からは見えない

「俺のせいだとしたら申し訳ねえが、あいにく狙撃銃のお代わりは持ち合わせがねえ」

「そうそう落ちてるもんでもないからな・・・それはいい、他にもいろいろ流れがあったんだ」

「流れか・・・それで言うなら、アレンがやられた時、側にいたあいつは誰で、やったあの黒いのは何だ? なんでガレージを破壊しやがった? で、そのあとどうなってん・・・」

「おいおい」

 矢継ぎ早の質問にマターは手を振った

「不可侵条約だったとしても、俺はお前の情報屋じゃないぞ・・・それにそんな一気に聞かれても答えようがない」

「・・・」

「まあチームメイトとして、情報は共有しといてやろう」

 マターはコールドハンドのこと、MEO-3のこと、そしてアレンのことをかいつまんで話した

「・・・こんなとこだ」

「・・・情報が多すぎるぜ」

 戸惑い顔のソードフィッシュ

「てっきりあの黒いのはチップマンの仕業だと思ってたぜ・・・大統領の野郎ただじゃおかねえ!」

「・・・任務が終わったら、好きなだけ殴る蹴るしたらいい」

「そんなんで済むかい!」

 唾を吐かんばかりの勢い

「・・・で、アレンのヤツは助かるのか?」

「正直キツい・・・というか、おそらく無理だ」

「無理なのか」

「俺が一緒にいた時、息がまだあった、というだけだと思う・・・実際、失血のショックで気絶してしまったからな」

「・・・」

「造血剤は投与しといたが、間に合うかどうか・・・息が続いたとして、麻酔が切れた時のショックも半端じゃない筈だ」

「なんてこったいあーあー!」

 天を仰ぐソードフィッシュ

 マターはその様子を見て続ける

「・・・チームメイトのために祈るかい?」

「取りっぱぐれたじゃねえか!」

「・・・」

「貸付金だ! 武器の代金だよ!」

「・・・なるほどね」

「くっそー、大統領に上乗せして請求してやるぜ・・・」

 本気で悔しがるソードフィッシュの足に、マターは初めて気がついた

「おい、その足」

「これか」

 裾を捲り、赤く腫れた足首を見せる

「ニンジャ野郎の罠に引っ掛かっちまった・・・まったくみっともねえ」

「見せてみろ」

 グイ、とマターは足首を引っ張る

 不用心に尻餅をついたソードフィッシュに構わず、ポケットから塗り薬の小瓶を取り出し、患部に塗りつけた

「・・・」

 言葉もないソードフィッシュ

「ソルジタンとヴィヴォル・・・要するに、腫れも引かせる痛み止めだ・・・ちょっと時間がかかるが、そのぶん効く」

「・・・ドクター」

「戦闘状況にもよるが、しばらく大人しくしといた方がいい・・・痛みが消えても、腫れが引くまでは用心しておけ」

「・・・ありがてえ・・・もう効いてきた気がするぜ」

「それは気のせいだ」

「・・・つくづくすまねえ・・・あんた、医者なんだなあ」

 医者らしい冷静な突っ込みに、感動のソードフィッシュ

 塗り終わった薬瓶をマターがポケットに仕舞い、ソードフィッシュは患部をさすった

「しかしそれにしてもアレだ」

「あの音だな・・・」

「監視小屋を目指すつもりが、戦闘の気配がプンプンしたんで進路変更した途端あの音だ・・・こっちに逸れて正解だった」

 マターは目的をぼかして伝えた

 ・・・水が必要なことを不必要に人に言うことはない

 まあこいつなら、協力してくれそうな勢いではあるが

「ヒトの戦闘に巻き込まれてる場合じゃねえからなあ」

 マターが向ける視線の先には、ナギとダックマンが死闘を繰り広げる雑木林があった

 ソードフィッシュも視線を向ける

「・・・片一方のマシンガンはナギの野郎の音だが、あの鳥の声みてえな音がわからねえ」

「おそらくだが・・・」

「・・・」

「資料にあった、ダックマンとかいうやつかもしれん」

「ああ例の、技を喰らって生き延びたヤツがいねえってアレか」

「・・・もしくはモンってやつか・・・」

「正体不明の野郎だな?」

「さっき樹の上からお前を狙っていたやつだ・・・その時は吹き矢だったが」

「ナニ?」

 ソードフィッシュは振り向いた

「アレがニンジャ野郎ってんじゃなかったのか? あいつが兄貴だとばっかり思ってたんだが・・・」

「・・・」

 マターは先程の対峙を思い出した

 ・・・そういえばやつも、あっという間に姿を眩ましていた

「・・・兄貴は兄貴でニンジャの可能性はあるようだが・・・」

「おいおいやめてくれ、ニンジャ野郎はふたりいるのか!」

 グアアアーッ!

 タタタタタン!

 会話の合間にも、ナギの連射音とクライングダックは林の中から聞こえてくる

「・・・いずれにせよ」

 マターはジュノンの樹の方を振り向いた

「俺は小屋の近くでやることがある・・・お前はどう・・・」

 そこまで話した瞬間

 ドォォン! 

 軽く地響きを立てて、遠くで爆発音が空気を揺らした

「・・・」

「・・・!」

 ふたりの会話は切られ、視線がジュノンの樹に向く

「東・・・崖下か」

「・・・かなりデカいな」

「誰だろう・・・?」

「わからねえ・・・」

「ともかく・・・」

 マターは雑木林とジュノンの樹を代わる代わる見ながら、腰の拳銃を確かめた

 ・・・今はこれしかないのだ

「あちこちでいろいろ始まっているようだ・・・先手必勝でもないが、後手に回りたくはないからな」

「もっともだ」

 ソードフィッシュも腰を上げる

「・・・おかげでずいぶん脚が軽くなった・・・俺も動くぜ」

「いや、気持ちはわかるが、足はどうだ・・・痛みは引いたのか?」

「こんなもん屁でもねえぜ!」

 マターは、その子供じみた痩せ我慢に薄く笑みを浮かべて言った

「まだだろう・・・もうしばらくじっとしといたほうがいい」

「えー・・・マジかよ」

 子供のように口を尖らすソードフィッシュに、マターはくるりと背を向けた

「医者の言うことは聞くもんだ・・・じゃあ俺は行く」

「お、おう・・・」

 見送るソードフィッシュを後ろに、マターは再び茂みの中を横に進み始めた

 その後ろ姿はあっという間に茂みに隠れて見えなくなり、やがて気配も徐々に消えていった

「・・・」

 無言で座り込む

 ・・・ここはひとつ、大人しくしておくか

 おお、俺が医者の言うことを聞くなんて、小学生の時以来じゃねえのかな

 ソードフィッシュはちょっとだけ笑った様な顔をした

 陽は徐々にその高度を下げ、夕方の風が吹き始めている

 そのうち空は紅くなり、やがて闇の中に撒いた様な星が輝くようになる

 深呼吸・・・はあっと息を吐いた

 ・・・今はできるだけ、余計な動きは取らねえでおこう

 だいぶ事態は動いてるようだ

 俺に降り掛かってこねえ限り、こっちから仕掛けるのは待つんだ

「医者の言うことは聞かなきゃな」




74.


「・・・あんた・・・やるねえ」

 肩で息をしながらダックマンは呟いた

 その服は数カ所が切られ、左手からは細く血が滴っている

 両腕の刃は静かに回っているものの、右腕の8枚のうち1枚が折れ、さらに1枚が大きく欠けていた

 外からは見えないが、右足のコンバットパンツの中でも血が流れている

「・・・ひとりの相手に2発も仕掛けたのは初めてだよ・・・しかもそれで生きてて、まだやろうってんだから・・・たいしたもんだよね」

 目線の先には、既に隠れようともしなくなったモン

 その姿は血まみれ・・・

 むき出しの胸板には大きな斬り痕が3本・・・右肩の上から血が腕を真っ赤に染めており、左脇腹からも大量の出血が、短パンを染めて足にまで流れていた

 見た目の出血量はモンの方が遥かに多い

 にもかかわらず、モンの眼は爛々とギラついたままダックマンを見つめ、その口元は楽しくてしょうがないと言うように笑っている

 ダックマンは呆れたようにため息をついた

「・・・手持ちのナイフ2丁でよくまあ凌げるもんだわ・・・3発目行くよ!」

 言うなりダックマンは身を屈めた

 敵に向かってダッシュする

 そのスピード!

 同時に両腕の回る刃の角度を変える

 その瞬間、風を切る刃が猛然と吼えた

 グワアアアーッ!

 刃を効率的に敵を切り裂く角度に調整すると、どうしても凄まじい音を立てざるを得ない

 派手な音は周囲の注目を浴び、敵を呼び寄せる

 だからクライングダックは、一撃必殺からの瞬時離脱が絶対条件だった

 同じ場所で何度も発動するものではないのだ

「それを・・・3発も!」

 だが、モンは今までダックマンが仕留めてきた敵とは根本的に違った

 とてつもないダッシュ力で突進するダックマンに対し、なんと自らも突入したのだ・・・それも負けず劣らぬスピードで

 不意を突かれて固まる敵との距離を把握して、ダックマンは突進する

 だが合わせて近づいて来られては、間合いが大きくズレてしまうのだ

 クライングダックがモンを大きく傷つけながらも、致命傷を与えきれないのはそのためだった

 加えて、刃を掻い潜って懐に飛び込んだモンのサバイバルナイフ2丁が、間合いの中で暴れる

 攻撃専念のはずが防御を余儀なくされる

「初めてだよ・・・っていうか、こんなヤツいるなんて!」

 コンマ以下のやり取り

 技も、体力も、精神力も・・・

 ギャギィン!

 刃と刃の噛み合う音が響き、3回目のすれ違いが火花を散らした

「ちっ・・・く」

 ダックマンの左腕の刃が1枚、大きく欠けた

 ・・・手応えはあるのに!

 振り向いたダックマンの眼に、何事もなかったように軽やかに立つもモンの姿が映る

 だがその顔半分を、額の大きな斬り傷からの血が真っ赤に染めていた

 なおも楽しそうに笑うモン

「ホウ・・・ホウ・・・」

「こんのヤロ・・・」

 ・・・見切られてきてるのか?

 嫌な予感が背筋を走った

 だとすると削り合い・・・完全に見切られる前に、ヤツの耐久力を削りきらなきゃ!

「4発目だって・・・ふざけんな!」

 ダックマンの声にモンが構える

 ・・・同じ相手に、しかもたった一人に4発!

 プライドも何もあったもんじゃないね

「・・・行くよ!」

 刃を構える・・・その瞬間!

「!」

 モンのやや斜め後ろに、ダックマンは信じられない顔を見た

 樹々の隙間からヒョイ、と覗いたその顔

「ナギっ!」

 気配に気づいてモンも振り返る

 ・・・邪魔ガ入ッタ?

 だが確認する一瞬もなく、モンは後ろ跳びに距離を取った

 ダックマンが落ちているマシンガンに飛びつき、そのまま撃ち始めたのである

「うああああ!」

 絶叫とともにダックマンの銃が火を吹く

 ナギの顔が一瞬で隠れる

 マシンガンの弾丸は樹々の間へ消えていった

「ナギっ!」

 叫びながら後を追おうとするダックマン

 林の中へ飛び込もうとして、はじめてモンを思い出した

「!」

 足を止めて、下がったモンを振り返る

 自分がどんな顔をしていたのかはわからない

 しかし、モンの表情は戦闘中と打って変わっていた

 キョトンと冷めた、それでいて夢から醒めた時のような、どこか物悲げな顔

 眼が合う

「・・・」

 モンは黙って、ナギが沈んでいった方向に、血の滴る顎をしゃくった

「・・・!」

 無言でダックマンは林に飛び込んでいった





75.


 ・・・やはり見込んだ相手に間違いはなかった

 あの日見た、7人を一瞬で切り裂いた鳥の鳴き声

 大統領を殺す、という目的は重要だが、ここでこれほどの戦士に出会えるとは思わなかった

 2発、3発と、自分の身体が切り裂かれ、血が流れ落ちても、凄腕の戦士と闘りあえる快感に、モンは打ち震えていたのである

「コレガ欲シカッタンダ!」

 ・・・だが突然、好敵手の顔は変わった

 後ろから覗いた邪魔者のせいで!

 戦士同士の闘いを邪魔する者は、身を割いて海に捨てられても文句は言えない

 だが、その邪魔者を見た好敵手は、顔を変えてそいつを追った

「闘ウ者ノ顔ジャナクナッタ・・・」

 憎悪と、蔑みに満ちた殺意

 モンが嫌いな感情に、一瞬でダックマンは呑み込まれていたのだ

 一瞬でモンは悟った

 ・・・「鳥の鳴き声」は、あの「邪魔者」を追ってここへ来たのだ

 アイツを追って、俺の挑発を交わし、戦闘力を温存していたのだ

 それは任務や正義ではなく、おそらく過去の個人的経験に根ざすもので・・・

 つまり俺のチョッカイで、「鳥の鳴き声」の事情を邪魔してしまっていたのだ

「悪イコトヲシタ・・・」

 モンは呟き、落ちている弓と、付近に散らばった矢を拾い集め、ダックマンとの戦闘でボロボロになったサバイバルナイフをケースに仕舞った





76 .


「くそっ・・・!」

 太めの幹に身を隠しながら、ダックマンは吐き捨てた

 ナギを追って林に飛び込んだはいいが、鬱蒼とした樹々に埋もれて、一瞬で標的を見失ってしまったのである

「まあそうだろうね」

 ナギも歴戦の勇士・・・雑木林という場所で簡単に姿を捉えさせるはずもない

 ・・・だが、いる!

 逃げてはいない

 濃厚極まりない存在感・・・むしろ逆に、向けてくる気配がダックマンを刺す

「・・・逃がしてたまるか!」

 呟いた瞬間、ナギの声が響いた

「・・・ご挨拶だなヨウコ・・・ずいぶん久しぶりだというのに」

 タタタタタ!

 有無を言わせない

 声の方向へダックマンはとりあえず撃ち込んだ

 しかし声は、低くしっかり聞こえてくる割に曖昧に響き、ナギの居場所を正確に検知できない

「・・・カッとなるとすぐぶっ放す癖は治ってないな・・・」

「うるせえ!」

 タタタタタ!

 姿を確認した訳ではなく、おおまかな方向に打ち込んでいるだけではあるが、ナギの気配に変化は一切ない

「その名前で呼ぶな! 耳が腐る!」

「・・・懐かしい名前だよ・・・あの頃は可愛いだけのお嬢ちゃんだったな」

「黙れ!」

 残り弾丸数を確認する

 ・・・全然大丈夫!

 だが、無駄弾丸は撃てない

「逃げんじゃないよ! 大統領もチップマンも関係ない・・・あたしはお前を殺しに来たんだ!」

「・・・ほう」

 相変わらずナギの位置は読めない

 下草に埋もれているのか、樹の陰か、それとも樹上に登ったか・・・

「・・・強気なことだな・・・あれほど私の後を追いかけて来てたのに・・・えらい出世だ」

「いつあたしがお前を追っかけた? ボケでも始まってんのか!」

「・・・ふっふ・・・取り付く島なしとはこのことだな・・・何があった?」

「・・・何があっただと?」

 一瞬でダックマンの全身の血が沸いた

 タタタタタ!

 樹々の隙間へ撃ち込む

 ・・・手応えはない

「抜け抜けと良くも・・・妹を・・・妹を殺しておいて、良くも・・・!」

「・・・妹?」

「・・・憶えてないのか! 浄水高原の負け戦で妹を見殺しにしたろうが!」

「・・・浄水高原・・・」

「言い訳できるならしてみろ!」

「・・・ああ・・・あれか」 

 ナギはしばらく黙っていたが、思い出したように話し始めた

「・・・言葉を慎め・・・あれは負け戦じゃない・・・戦略的撤退の後ちゃんと巻き返して、高原の砦を・・・」

「クソ戦果なんかどうでもいい! 妹を置き去りにして逃げたことくらい調べはついてるんだ!」

「・・・そうか・・・あの子はお前の妹だったか・・・」 

 ダックマンの勢いを無視するかのようにナギのトーンは下がった

「・・・気の毒だったとは思うが、あれはしょうがない・・・一時下がって態勢を整えなければ、メンバー半分はやられていただろう・・・そうなるとその後の奪回戦もかなり苦しくなっていた・・・」

「そのためだけに妹ひとり・・・たったひとりで敵の前に放ったらかしたのか!」」

「・・・しょうがあるまい・・・機関砲ひとつ背負って歩けない細腕では特殊歩兵隊の相手などできる訳がない・・・手榴弾も投げられんのに・・・」

「クミコはドローン操縦兵だ!」

 絶叫とともに、ダックマンの銃が火を噴く

 樹の皮がめくれ、葉っぱが舞い散る

 タタタタタ!

 タタタタタ!

「・・・」

 連射を浴びせ掛け、肩で息を整えながらダックマンはなおも叫んだ

「お前みたいな筋肉バカと違うんだ! あの子は・・・同時に4台のドローンを使える天才だったんだ!」

「・・・おもちゃが・・・それが何の役に立つというのだ?」

「何の役にだと! ひとりでお前の部隊の10倍の戦果を上げられるよ!」

「・・・話にならん・・・あんな簡単に撃ち落とせるものを重宝する神経が理解できん」

「とことんバカだな」

「・・・どうにせよあの場は、ほぼ格闘に近い接近戦ができる者でないと生き残ることは出来なかった・・・お前の妹はよくやった・・・2時間稼いでくれたからな」 

「そんな場違いになぜクミコを連れていった!」

「・・・あの子を入れなければ8人にならなかったからな・・・7人だと規定で、中火器までしか持っていけない・・・攻略のために、機関砲は必要だった」

「・・・頭数のために入れたのか!」

 ダックマンの怒りは沸点に達した

「・・・申請したタイミングではあの子しか手配されなかった・・・私もガッカリしたものだ」

「もういい・・・」

 怒りが突き抜けると冷静になるタイプの人間がいる

 ダックマンは初めて、自分がそれであったことを理解した

 声の方向へ、にじり寄るように歩を進める

 とにかく位置を確認・・・

 低く響いてくるナギの声をなんとか絞り込む

「・・・あの辺りか」

 タタタタタ!

 見当がついたらすかさず撃ち込む 

「・・・ほう、いい読みだな」

 だが気配は消えず、ちょっと経つとまた、ナギの忌々しい声が少し外れた方向から響く

 そんなことを数回繰り返すと、見覚えのある場所に出た

「・・・さっきの」

 モンと死闘を繰り広げていた広場

 ・・・戻って来た

「!」

 ナギの後ろ姿!

 見通しのいい広場に背を向け、樹々の隙間に潜り込もうとするナギが眼に入った

 タタタタタ!

 構えるや否やぶっ放す

 足元の下草が舞い散り、ナギは動きを止めた

「・・・捕まえたよ!」 

 ダックマンは呟いて、自らも広場に全身乗り込む

 ゆっくりとナギが振り向いた

 広場を挟んで、ふたりが対峙する

「・・・」

 双方、言葉はない

 ダックマンは腕のクライングダックを開いた





77.


 口の端から血を垂らしながら、岩場の陰から兄貴は身を起こした

 足場になる岩のいくつか向こうに、MEO-3は立ちはだかっている

「・・・痛ったいなあ・・・」

 距離はある、が、その左腕がスイッと動くのを見とめ、兄貴は咄嗟に頭を下げた

 ガガガガガガ!

 左腕から連射されるマシンガン

「・・・危ないなオイ!」

 兄貴は頭を下げたまま、岩の隙間をすり抜ける

 ・・・馬乗りになって刀ぶっ刺して、とか

「ちょっと調子に乗りすぎたわ」

 足持ってぶん投げるとは思いも寄らんかった

 しかも岩壁に直撃て・・・

「10mは投げやがった」

 血はどうやら口の中を切っただけのようだ

 全身が痛むが、骨に異常はない

「・・・こう見えて、柔道も空手も黒帯や・・・受け身は完璧なんやで」

 岩の陰で、脚に隠した小刀を取り出す

 先の大刀は、見事にMEO-3の頭部に刺さったまま

 ・・・小刀は2本あるけど、さて・・・他に刃物の刺さりそうなとこはどこかいな?

「銃関係は軽めのヤツしか持ってきてないけど、どっちにしろキミには効かん感じやな」

 こっちの場所は丸わかりと考えていい

 絶対にやつの左腕の直線上に身体を出さんこと!

 兄貴は岩場の陰から陰へと移動を繰り返して、徐々にMEO-3に近づく

 兄貴の読みは当たっていた・・・MEO-3の左腕は常に、移動する兄貴に向け続けられていたのである

 だが逆にそれを読み、兄貴はさらに移動を繰り返してMEO-3の反対側へと回る

 身がよじれ、左腕で追いきれなくなったMEO-3が、態勢を整えようと一歩踏み出した

 その瞬間

「ほいっ!」

 兄貴のダッシュがMEO-3の足元へ

 続けて小刀が、まさにMEO-3が足をつこうとしたその岩の先端を切り落とした

 すっ飛ぶ岩の先端

 MEO-3の足が、踏むべき足場を失う

「これが、小よく大を制す、や」

 兄貴の呟きとともに、MEO-3は大袈裟な格好で岩場から転がり落ちた

 岩場はちょうど満潮を受け、半ばまで海に浸っている

 MEO-3はそこへ見事にハマり、飛沫を立てて水に沈んだ

「・・・柔よく剛を制す、やったかな・・・ま、ええわ」

 ゴボゴボ・・・と泡の音が聞こえる

 兄貴はジリジリと近づいた

 MEO-3は八割がた水に浸かっている

 頭部に刺さったままの愛刀・・・なんとか回収したいところだが、まだ迂闊には近づけない

「塩水・・・美味いか?」

 突き刺し、引っ掻き回した頭部の隙間から、大粒の泡が湧いている

 兄貴のつけた傷口から、内部に海水が流れ込んでいるのだ

 ・・・なんぼロボットや言うて、しょせん電化製品や

 水には弱かろ・・・しかも塩水、サビのもとやからね

「刀、返してもらうで」

 兄貴は愛刀に手を伸ばした

 その瞬間

 シュッ!

 MEO-3の右腕が動いた

 仕込まれた刃が兄貴を襲う

「うおっ!」

 間一髪で避ける兄貴の鼻先を刃が疾った

 鼻の頭が数ミリ斬られ、鮮血が宙を舞う

「やられたっ!」

 傷は深くないが、岩の上で兄貴が態勢を崩す

 そこへMEO-3の右腕から・・・

「ぐあっ!」

 兄貴の右肩に矢が突き立った

 ・・・死角で見えんかった!

 兄貴は抜いた刀を握りしめ、離脱態勢を取る

 2本めの矢が風切り音とともに兄貴の頬を掠めた

「そんな仕掛けまで持っとるんかい」

 岩陰に滑り込む

 が、ガボガボという音を立てて大量の海水を吐き出しながら、MEO-3は立ち上がって兄貴の後を追い始めた

「・・・利き腕、死んだか」

 右腕の感覚がない

 出血は少ないが、神経系をやられたようだ

 ガガガガガガ!

 MEO-3の左腕が兄貴を追いかける

 撃ち飛ばされた石の破片が頬を掠めた

「ヤバいなこれは」

 這うように岩の隙間をすり抜ける

 ・・・距離を取って態勢を整えんと

 右腕が痺れて握力がない

 左手には大刀・・・動きがままならないが、捨てるわけにはいかない

 MEO-3の方を振り返る余裕がないが、おそらく追って来ているだろう

「・・・海水浴びてショートくらいせえや、高級品め!」

 毒付きながら兄貴は移動を繰り返す

 ガガガガガガ!

 思い出したようにMEO-3の左腕が動く

 距離が近づいている

 ・・・追いつかれる!

 と、兄貴の眼に飛び込んできた黒い影

「・・・ボート!」

 岩陰にひっそりと隠してあったはずのボートが、満潮で軽く浮き出している

「ダックマンのやつか・・・」

 MEO-3の銃撃の間髪を縫って、兄貴はダックマンのボートへと急いだ

 ・・・とりあえず離脱・・・右腕をなんとかして、一回コテージの武器庫とやらで準備し直しや

 そう閃いた瞬間

 ガガガガガガ!

「ぐあっ!」

 ついにMEO-3の左腕が兄貴の右脚を貫いた

 岩場に倒れ込む

 みるみるうちに、兄貴の右脚が真っ赤に染まっていく

「・・・もうチョイやっちゅうねん!」

 兄貴は絶叫し、ボートの縁に手を伸ばした

 大刀を剥き身のまま船内に放り投げ、その左手で自身を引きずり上げる

 ボートの半ば、後部席に文字通り転がり込んだ

「はあ・・・はあ・・・」

 先ほどの跳石で切ったか、いつの間にか頬にも大量の血が流れている

 座席を這い抜け、運転席へ

 キーホールの真下にある配線ボックスにたどり着く

 小刀でビスをこじ開けた

 配線が剥き出しになり、直結に取り掛かる

「右手・・・くそっ!」

 左手一本・・・思うように作業は捗らない

 それでも驚くべきスピードで、兄貴は作業を進めていく

「・・・これで・・・コイツを・・・」

 最後の作業・・・

 ガクン!

 いきなり船体が傾いた

「!」

 MEO-3が船体に手をかけたのだ

 続いて全身を乗り入れる動き

 船がガクンガクンと揺れる

 ・・・来やがった!

 兄貴は振り返らない

 MEO-3の左腕を感じる・・・が焦らない

 今発進すれば!

「振り落とせ!」

 兄貴の左手が配線を繋いだ!

 ドオォン!

 ・・・島を揺るがす轟音

 兄貴の直結と同時に、アレンの仕掛けた爆薬が反応した

 燃料に引火した大爆発

 ジュノンの樹の足元まで届く爆炎は、東の崖下いっぱいを炎に包んだ

 ボートは木っ端微塵・・・破片が遠く離れた海上にまで降り注ぐ

 数秒かかって静まった崖下にはボートもMEO-3も、兄貴の姿も残っていなかった





78.


 樹の根元に座り込むダックマン

 座り込むというよりは、もたれ掛かってどうにか倒れるのを堪えているだけに過ぎない

「・・・」

 長い黒髪はほつれ、無惨に広がっている

 その顔は血まみれ

 顔だけではなかった

 左腕はダラリと下がり、肩から千切れた袖から見える腕は真っ赤に染まっている

 地面に無防備に広げた両脚も、腰から下は服の生地が見えないくらい鮮血が染みていた

 右足があらぬ方向に向いており、二度と立ち上がれないのだ、という状況を物語っている

 息は途切れ途切れ・・・肩が微かに上下する

 何より、クライングダックの刃・・・

 両腕で16枚あるはずの刃はことごとく折られ、唯一残っている左の一枚も、大きく欠けて使い物にならなくなっていた

 髪の下で、生気をなくした眼が宙空を見つめている

 ザッ!

 足音が耳に届く

 と、その死んでいた眼に微かな光が宿り、たちまちのうちに火と化した

「・・・く・・・」

 言葉にはならない

 下草を踏んで姿を現したナギ

 ダックマンの眼の炎が一気に燃え上がる

「・・・うう」

 身悶えるが、身体は動かない

 血を垂らした口元が悔しさに歪む

 「・・・これまでだな」

 ダックマンの眼前に立ちそびえ、見下ろすナギ

 しかしマシンガンを下げたその姿もまた、壮絶な戦闘を物語るものだった

 ビリビリに破れたコンバットパンツからは、血の滴る左脚が丸出しになり、肩口から脇腹にかけておびただしい出血で紅く染まっている

 そしてその顔も、クライングダックの刃跡をくっきりと刻み、ダックマン同様血に塗れていた

「・・・あの小娘が・・・良くも強くなったものだ」

 棒立ちで話すナギ

 しかしそれをどうできる術も、ダックマンには残っていない

 怨嗟の眼を向けるのみ・・・

「・・・だがやはりこうなった・・・わかっていたことだ」

「・・・いもう・・・とを・・・クミ・・・コを・・・」

 ダックマンの声はもう声にならない

 喉から絞り出すその言葉は、ナギに届くか届かないくらいの音量しかなかった

「・・・まだ息があるのか・・・さすがだな」

 ナギは銃を構えた

 その銃も返り血でかなりの部分が紅い

「・・・お前は立派に闘った・・・認めてやろう・・・とどめだ」

 ナギの銃口がダックマンに向く

 ダックマンの眼から涙が溢れた

「・・・クミコ・・・ちき・・・しょう・・・」

 固く眼を閉じる

「・・・」

 だが、ナギの銃は撃たれない

 銃口が向いたまま、ナギは直立を続けている

「・・・?」

 恐る恐る眼を開く

 ナギは銃を構えてはいるが、その顔は正面・・・樹の根元のダックマンとは全然違う方向を向いていた

「?」

 ・・・なにか後方に?

 振り向く力もない・・・と思う間に、ナギの上体が揺れた

「!」

 ゆっくりと全体が傾き、壁のような身体が覆い被さってくる

 ドウ!

 軽い地響き

 ダックマンの真横

 手を伸ばせば、いや、手を上げさえすれば届く距離に、ナギの身体はうつ伏せに倒れ込んだ

 ・・・なにが・・・?

 必死で顔を向けるダックマンの眼に、ナギの後頭部・・・うなじのど真ん中に突き立つ、小さな矢

「!」

「・・・ぐ・・・」

 瀕死ながら、ただただ驚くばかりのダックマンの眼の前で、ナギの絞り出すような呻き声が聞こえた

 ・・・息がある・・・だが・・・

 ザッ!

 もう一度足音がした

 今までナギが立っていたその場所に、これもボロボロに傷ついているモンの姿

 クライングダックによって付けられた額の出血はもはや顔半分を覆い、見れば同じような斬り傷が胸板、脇腹、太腿にも無数に刻まれている

 両腕は辛うじて動くようだが、下げた指先から血は滴り、両脚も腰辺りからの出血が滝のように伝っていた

「・・・」

 無言で近づくモン

 ・・・さっきの続きがやりたいのか?

 手遅れだよ・・・あたしはこいつに負けたんだ・・・

 しかしモンはその眼を真っ直ぐ見つめたまま、ダックマンに歩み寄る

「・・・!」

 跪き、僅かに動くダックマンの右腕を取った

 その手に大刃のサバイバルナイフを握らせる

「・・・む・・・ぐ・・・」

 隣でナギがうめく

 おそらく神経の要所に刺さり、一時的に全身が麻痺しているようだ

 広がった掌が握り始め、筋肉を動かそうと震えている

 矢は小さい・・・ナギの体躯と精神力であれば麻痺はすぐ解けてしまうだろう

 サバイバルナイフを持ったまま、呆然とモンを見つめるダックマン

 その視界の中でモンは立ち上がり、ナギを指差した

 続けて、自分の首筋に手刀を当て、掻き切る動作を見せる

 ダックマンは理解した

 ・・・そうか・・・

「・・・あり・・・が・・・と・・・」

 ゆっくりと・・・

 渾身の、最後の力を振り絞って右腕を上げる

 握力などもうない・・・だが離さない!

 ダックマンは全てを絞り出して、右腕を振り下ろした

 ドカッ!

 鈍い音がして、ナギの太い首の半分が割れた

 噴水のように噴き出す鮮血

 ダックマンの胸元に、腹に、シャワーのように降り注ぐ

 直立で見守るモン

「・・・」

 やがて噴出は止まった

 樹の根元にうつ伏せる男と、その横で樹にもたれ掛かる女

 ・・・再び静寂が辺りを包み始める中、ひとり命あるモンだけがただ立っていた





79.


「・・・」

 無言で佇み、ふたりの魂が身体を完全に離れたことを確かめて、モンは両腕を横に広げた 

「・・・ソア・・・エンテ・・・マニ」

 ゆっくりと両腕を、抱き締めるように閉じていく

 そして天を仰ぎ、閉じた両腕を高く突き出す

「・・・ワンバ・・・セム・・・コンテ!」

 空へ向けて、抱き締めたものを開放する様に両腕を広げた

「・・・戦士ヨ」

 敵味方に関わらず、勇敢に闘った戦士に対する最敬の儀式

 闘い終え、骸となった今、「鳥の鳴き声」も「邪魔者」も讃えられるべき魂

 眼を瞑って祈りを捧げる

 フッ、とモンの身体から力が抜けた

 ガクンと膝が折れる

「オット・・・」

 無傷ではないのだ

 それどころか、醒めてみればかなりの深傷である

「・・・ヤラレスギタナ」

 止血はした

 だがさすがに、流れた血の量が多すぎる

 ・・・しばらく休んでおいた方がいい

 このぶんだと標的が来るのはおそらく明日、陽が登ってからだろう

 満足に足る闘いも得た・・・

 モンはともすれば薄れてしまう意識を繋ぎながら、えも言われぬ達成感に包まれて広場を後にした

 樹々の隙間に吸い込まれていく

 ・・・ジュノンの樹に戻ろう

 樹上の隠れ家で朝まで休めば、大統領の喉を掻き切るくらいの体力は回復する

 モンはポケットから数粒の木の実を取り出し、口に放り込んだ

 ガリガリと噛み砕きながらジュノンの樹を目指す

 ・・・パシャの実を呑んでおけばなんとかなりそうだ

 朝まで眼は醒めないから、樹の幹に自分を括り付けておけばいい

 通りすがりの木の蔓を適当に切り出しながら、坂道を登っていく

 空はまだ青いが、夕暮れに差し掛かろうとする林の中はもうかなり暗い

 闇に包まれていく広場に横たわった戦士たちを、もうモンが振り返ることはなかった





80.


 コールドハンドが崩れたガレージの側から離れたのは、ナギとダックマンの戦闘が終了した直後だった

「・・・ダックマン」

 度重なるクライングダックと銃撃の音・・・そしてここまで聞こえてきた、おそらく島の裏側であろう大爆発

 事態が大きく動いているであろう中、コールドハンドはダックマンの執念の成就を願うしかなかった

 その一方で、冷静にガレージの調査を行なっていく

 ・・・さすがにこの瓦礫の山をひっくり返すのは無理

 超音波、熱源探査機など、ゴーグルにインストールされた機能をフル活用して、崩れた建造物の下を探っていく

「・・・そういうことね」

 バッテリーの残量がレッドゾーンに達したころ、コールドハンドの調査は終了した

 遠く広がる雑木林と低木の茂み、そして頂上のジュノンの樹を眺める

「・・・てことはさっきの爆発はやっぱりアイツだわね・・・ていうかチップマン、見つからないわけだ」

 コールドハンドは呟くと、ゆっくりと東へ向かって歩き始めた

 もう東の空は暗く、空の青さもどんどん重くなっていく

 その深さを増していく夜の入り口の中で、たなびく雲と眼前に広がる島の景色すべてが、鮮烈なオレンジ色に染まった

「・・・」

 コールドハンドはなにも喋らず歩く

 その背中も、夕陽が風景と同じオレンジ色に塗り潰している

 ・・・この色も一瞬・・・

 すぐに、どうしようもない闇が世界を覆うのだ

 固く結ばれた口元で、コールドハンドは確かめるように歩いていった





81.


「・・・まさに想定外の展開だわ」

 ホテルの一室で、リリディアは苦虫を噛み潰した

 ゴウゴウと高いびきで寝てしまったミギー大統領を部屋に残し、持ってきた一台きりのノートPCで、全ての情報を網羅しようと奮戦していたのだが

 「・・・これじゃリアルタイムの情報がほとんど得られないってことじゃない」

 忙しく画面を切り替えて数値と映像を確認していく

 本来、オフィスのデスクにある大容量のデスクトップ2台を駆使して解析するデータ処理を、ホテルの一室でやっているのである

「・・・イラつくのは電波状況ね・・・アンテナ立ってるのかしら?」

 デスクを叩きたい衝動を堪えて、画面を凝視する

 今まさに行われている戦闘のデータ・・・投げ出すわけにはいかない

「・・・誰だか知らないけど、してやられたわ・・・まさか刀を突き刺して引っ掻き回すなんて、想像もつかない」

 ノイズひとつない映像には、こちらへ向かって大刀を振りかぶる兄貴の不敵な笑顔が大映しにされていた

 それがいきなり暗転する・・・兄貴がMEO-3の頭部に刀を突き立てた瞬間の映像だった

「正面カメラ・・・続けて背面・・・おかげで映像情報は早々に潰された・・・結局、アレンとこの男しか顔認証が取れてないじゃない」

 さらに画面を切り替える

 熱源探知・・・動体感知・・・レーダー・・・

 目まぐるしく変わる画面を追っていく

「・・・他の部位についてるセンサーは無事っぽいけど、本体内蔵の解析機はやられたみたいね・・・しかもその後、海水喰らっちゃってるからなあ・・・」

 画面は映像だけではなく、波動グラフや数値表にも切り替わる

「・・・こうなるとデータを無加工のままオフィスのマザーで保存しといて、解析は後日、てことになっちゃう・・・ああ面倒!」

 椅子の背もたれに身を預けてため息をついた

「・・・刀を突き刺すって発想もとんでもないけど、まさかあんな隙間を見つけられるってのは・・・」

 再び画面を映像に戻し巻き戻す

 背面から走り寄り、脇を抜けて前方へ走り抜けるアレンが映し出された

 アレンが振り返った直後、画面が炎に包まれる

「・・・やはりアレンの攻撃の時、ファインダー部分が汚れて目立ってしまった、としか考えられないわ・・・焦げか、煤か・・・」

 ・・・それにしても

 リリディアはアレンと兄貴の顔をアップで切り出し、並べて見つめた

 ・・・ホント、闘いの真っ最中の男の顔って魅力的よね

 攻撃性が剥き出しで、本当にセクシーだわ・・・

 ひと口、コーヒーを啜る

 ・・・大統領は呑みすぎて完全に潰れてしまった

 ああなったら朝まで起きない

 安心してこっちに専念できるのはいいが、それまで戦闘がどうなっているか・・・

 現場で解析ができないとなると、詳細なデータはダイレクトにマザーに送って、ここではMEO-3自身に何が起こったか、というだけの情報で、衛星映像と照らし合わせて推測していくしかない

 ・・・衛星映像?

「・・・もう夜だってのに!」

 ついにリリディアはデスクを叩いて天井を仰いだ

 部屋の窓からは、雄大な夕焼けが視界いっぱいに広がっているが、もうそのオレンジ色もかなり暗い

 窓に寄って空を見上げれば、美しい星空が広がり始めているだろう

 残念ながらリゾートの夕焼けを楽しむ余裕などないリリディアは、再び液晶に向かって顔を近づけた

「・・・大変な作業だけどやるしかない・・・でないと・・・」

 呟きながら画面を素早く切り替えていく

 どんどん暗くなっていく部屋の中で、リリディアの顔が青白く液晶に照らされていった



 そして、チップマン島に完全な夜が訪れた




82.


 ソードフィッシュと別れたマターは茂みを隠れながら、水を求めて海岸線を目指した

 海水を汲む間は動きを止めなければならない

 いくら視認しにくい夕暮れ時とは言え、そんなことを無防備なビーチでやれるほど命知らずではない

 茂みに隠れながら水を汲める場所を探して、マターは茂みを奥へ奥へと分け入っていった

 ピシピシと小枝が顔を打つ

「まあ、すんなり好都合な場所が見つかるとは思ってなかったが・・・」

 どんどん濃くなる茂みを掻き分け掻き分け、四つん這いで隙間を縫って進む

 やがて視界が開け、波の音が突如耳に飛び込んできた

「・・・」

 這いつくばった目線からちょうど茂みが途切れ、海の色が見える

 かつて兄貴がモンを発見し、コールドハンドがひと時の休憩をしていた、満潮で水没した波打ち際

 マターは腕を伸ばし、水筒をブクブクと沈めて海水を汲んだ

 ・・・真っ暗になるまでに探せればいいが

 水筒の口まで海水を汲み、既にかなり暗くなった空を見上げる

「!」

 信じられない光景がマターの眼に飛び込んできた

 垂直に立ちそびえる崖

 その壁面を登っていくMEO-3

「・・・あれは!」

 かつてモンが、素手でスルスルと登った壁面

 それをMEO-3は、同じように登っていく

 ただ違うのは、MEO-3は両手と両足の爪先から出したドリルのようなもので、一歩一歩壁面を掘削し、身体を持ち上げて登っていくのである

 スピードはゆっくりだが、ドリルを突き刺していくその異様な姿に、マターは言葉を失った

「・・・」

 夜寸前のほの明るい空に、不気味なMEO-3のシルエットがくっきりと映る

 シルエットはゆっくりと、しかし何者も寄せ付けない存在感で崖を登っていく

 オーバーハングを難なく制し、やがてMEO-3の黒いシルエットは崖の上へと消えた

「・・・なんてやつだ」

 しばし呆然のマター

 水筒の蓋を閉めていないことに気づいた

 急いで閉め、腰に戻す

 茂みに頭を引っ込めて、動きを止めた

「参ったな・・・」

 ・・・やつは上へ行った

 しばらく監視小屋に近づけなくなってしまったな

 さて、どう行くか・・・

 マターは姿勢を整え、考え始めた

 ・・・監視小屋周辺に銃を捨てたが、細かくは憶えていない

 小屋の庭から茂みの方向に投げたのだけは憶えているのだが

 探し回るのに時間はかけられない

 最短でその辺りにたどり着くには、だ

 このまま真っ直ぐ、崖とほぼ変わらない急斜面を、低木の幹や枝を足掛かりに登っていくか

「・・・身動きがかなり制限されるから、出くわしたら最後だな」

 あるいは一度平地の境目まで戻り、そこから改めて茂みを登る・・・最悪、山道まで引き返す

「・・・距離的にはかなり遠い・・・時間的にキツいが、まだ比較的安全か」

 ・・・あとは、やつの後を追って崖を登る

「そりゃ最短だし、敵の後ろを追うのは意外に安全だ・・・で、どうやって?」

 マターは首を振った

 コールドハンドが仕掛けたワイヤーは、壁面にピタリと張り付いているのに加え、ひた迫る夜の闇に早くも包まれている

 その存在を知らないマターがこの距離から気づくのは不可能だった

 しばらく上と横を代わる代わる眺めると、腰の水筒を確かめた

「・・・安全策でいこう」

 マターは茂みの中を、平地を目指して進み始めた





83.


 暗くなり始めてから、完全に暗くなるまでが早い

 コールドハンドがガレージ跡を後にし、夕陽のオレンジに身を染めながら山道の入り口に着いた時はもう、空には散りばめたような星が瞬き、雑木林は完全な闇に包まれていた

「・・・用心に越したことはないんだけど」

 クライングダックとナギの銃声が途絶えて、もうしばらく経つ

 時計的にはたいして過ぎていないはずなのに、夜の加速度的な訪れも相まって、かなり長い時間が経ってしまった気がしていた

 入り口から山道を見上げる

 東の崖に抜けたはずのMEO-3を追うには、北へ回って低木の茂みを抜けるか、南から岩場を伝うか、もしくはこの山道を登って、ジュノンの樹の場所から見下ろすかしかない

「・・・」

 ダックマンとナギの決着がついたであろう今、コールドハンドが選ぶべき道はひとつしかなかった

 ・・・真っ暗な雑木林

 視野も足元も悪くて、障害物が多い

 加えて自身の大きな体躯である

「最悪の地形なんだけどな」

 コールドハンドは雑木林の隙間に一歩踏み入れた

 ゴーグルの暗視モードをオンにするが・・・

「・・・バッテリー、赤ランプだもんね」

 ガレージの地下を探査するのにかなりの電力を消費してしまっていたのだ

 ・・・おかげでこの島のカラクリがだいぶ見えたんだけどさ

 一歩一歩、確かめながら踏み出し、枝葉を払う

 ゆっくりと登り、広場へと差し掛かった

「・・・!」

 もう何も見えない暗い広場

 果たしてコールドハンドは、その闇の奥に横たわるふたりの姿を捉えた

「ダック・・・マン!」

 樹の根元に寄りかかるダックマンと、その横にうつ伏せるナギ

 それはもう、息があった気配すら影も形もない、ただの二人分の冷たい体躯だった

 ゆっくり近づき、跪く

「・・・そうか」

 ・・・ダックマン

 本懐を遂げたんだね

 妹の・・・クミちゃんの仇、とれたんだね

 ・・・よかったね

 眼に熱いものが溢れる

 コールドハンドは眼を瞑って頭を垂れた

 ・・・5年間、世話になったよ

 ホントにありがとね

 サム&ライズの特大パフェ、奢ってあげられなかったけど・・・ゴメンね

 うつ伏せたナギにも眼を向ける

 ・・・コイツはこいつで、信じるモノに真っ直線に走ってたんだよな

 ダックマンから聞いてたところはそのまんまだったけど、目的に純粋過ぎただけなんだ

 軍人としては、ある意味じゃ理想的なんだよね

 P.E.N.再建とかって本懐遂げるには叶わなかったみたいだけど、全力で突っ走ったんだろう

「・・・よかったじゃない」

 コールドハンドはナギにも頭を垂れた

 ・・・今はどうしてあげることもできないけど、ふたりともゆっくり休みなよ

 ゆっくり立ち上がり、再びふたりに頭を垂れる

 ・・・神なんかいない、と絶望してきた

 ちっちゃい頃、手を引かれて行った日曜学校で歌った讃美歌も、もう忘れちゃったよ

 何十人も、ひょっとして何百人も「戦闘」という「仕事」で殺してきたあたしが祈るなんて、とんでもないことなんだろうね

 でも、やっぱりね・・・

「・・・」

 コールドハンドはそのまま、長い間頭を垂れ続けた





84.


 小屋の陰に回って動きを止める

「・・・冗談じゃねえぞ!」

 ソードフィッシュの肩は大きく上下し、深呼吸サイズの息が歪んだ口元から繰り返されている

 だがその呼吸は静かに、気配を殺していた

 運動によるものではない・・・

「・・・なんでこんなとこにいやがる?」

 ソードフィッシュが窺う小屋の表側、庭にあたる場所にMEO-3がいた

 茂みを登りきり、監視小屋に入らんとするや否や、まさにその監視小屋の中から、不気味な音が響いてきたのである

 咄嗟に小屋の陰に飛び込むソードフィッシュ

 やがて小屋のドアが開き、さも住人が出てきたかのような雰囲気のMEO-3が出てきた

「・・・ガレージに潰されてたんじゃねえのかよ!」

 ソードフィッシュの驚愕を尻目に、MEO-3はノシノシと動き、小屋から完全に姿を現した

 小屋の裏側で必死に気配を殺し、草を踏む足音に全神経を集中させながらMEO-3のちょうど裏側になるようにジリジリと移動する

 ・・・遠目ながら、アレンをやっちまう瞬間は見た

 あんなもんぶっ放されたらひとたまりもねえ・・・関わらねえに越したこたあねえぞ

 ゆっくり、時折足を止めて周囲を確認しながらMEO-3は、雑木林と茂みの境目辺りを目指している

「・・・行け・・・気付いてくれんな・・・そのまま行っちまえ!」

 祈るソードフィッシュ

 果たしてMEO-3はバリバリと低木を踏み潰しながら、茂みの中へ分け入っていった

「ぷはーっ!」

 大きく息を吐くソードフィッシュ

 脇の下が汗でジットリ湿っている

 ・・・変な感じがしたんだ

 ガレージに潰されてからかなりの間、何も動かねえと思ったら、東の崖で大爆発

 ドクターは俺の横にいて、アレンはコテージでくたばってる

 で、ナギは林の中でドタバタとくりゃ、敵の誰かとあの黒いのがやり合ってるってことで間違いねえはず

 てことは、ガレージから東の崖まで地中を通る抜け道があるに違いねえ・・・コテージから山道への地下通路みたいなやつがな

 そう思って、崖が上から一望できる場所に来てみたら

「・・・まさかこっちにいるとはよ」

 MEO-3が完全に茂みの奥へ行ってしまったのを確認し、ソードフィッシュは小屋の陰から、そうっと崖下を覗き込んだ

 もう暗くて何も見えない中、ガレージを観察していた小型双眼鏡を取り出す

「・・・」

 眼を凝らすと、何かを爆破した残骸のような、無数の細かい破片が散らばっているのが見てとれた

「やっぱりな・・・しかし待てよ?」

 ・・・地下通路を通って東に抜けてきたのはいいとしよう

 そこで何かを爆破したのもわかった

 だが、その後だいぶ時間があったとは言え、崖の上にいやがるってのはどういうことだ・・・

 あのデカい図体でこの崖をよじ登ってきたってのは、さすがに無理があるだろう

 ここまで引っ張り上げるシステムが何かしらあるってことだ

 ・・・とすれば、地上の出口はこの小屋しかねえ!

 さっきはただ来て帰っただけで、何も調べなかった

「何かあるはずだ!」

 ソードフィッシュは用心しながら小屋の正面に回った

 ・・・地下からこの距離を垂直に、しかもあの重量を引っ張り上げるシステム

 相当大掛かりなモノに違いない

 きっとそれ相応の設備がある・・・それだけの空間があるってことだ

 じゃあチップマンはそこにいるんだろう!

「・・・野郎見つけたぜ!」

 小屋の中は灯りもなく、外より深い闇の中に沈んでいる

 ソードフィッシュは窓からの星灯りを頼りに、小屋の探索を開始した





85.


「・・・?」

 妙な気配を感じて、コールドハンドは動きを止めた

 ・・・林の外、茂みの辺りで誰かやり合ってる?

 茂みを掻き分けるような音が樹々の隙間越しに微かに聞こえる

 銃声はなかった

 コールドハンドの顔が変わる

 銃を構え、樹々の隙間から茂みの方を覗いた

「・・・わかんないな」

 改めて林の中に分け入る

 隙間から夜の空が覗き始め、茂みが一望できる所まで進んだ

「!」

 MEO-3! 

 茂みの真ん中に、MEO-3の黒いシルエットがそびえ立っている

 夜の空をバックにしてなお、その身体は闇に沈んで黒く映えていた

 ・・・何をぶら下げてる?

 暗くてよく見えなかったが、仁王立ちのMEO-3の腕には、大きな物がぶら下げられている

 一歩踏み出すと、その影がはっきりした

「・・・!」 

 MEO-3がぶら下げているのは、ダラリと力が抜けたマターの身体だった

「ドクター!」

 その喉元をガッシリ掴み、肩と同じ高さにぶら下げている

 マターは抵抗はおろか、無防備、というより無反応に、つま先まで宙に浮いている

 よく見えないが、血塗れのようだ

 コールドハンドは林を飛び出した

「・・・いたね!」

 MEO-3に左腕を向けた

 ・・・持ってる銃ではマターごと撃ってしまう

 命中精度の高い、腕の内蔵銃で狙った方がいい

 ・・・でも、どこを?

 戸惑って一瞬動きが緩む

 その瞬間MEO-3が気付き、コールドハンドを振り返った

 手に掲げたマターの身体を離す

 ドサッ!

「・・・ぐはっ」

 落とされたマターがうめいた

 息はあるようだ

 だが一見して、まともに戦闘行動が取れる状態ではないのは明らかだった

「ドクター大丈夫かい?」

 とりあえず声を掛けるが大丈夫ではないのは明白である

「・・・コールド・・・ハンド」

 絶え絶えの声

 それでもマターは真っ赤に染まった顔を上げ、コールドハンドに逃げろ、と手サインを送った

「そういう訳にはいかないんだよドクター!」

 言うなり、MEO-3に向けた腕のトリガーを解き放った

 ドドドドドド!

 肩から掛けたマシンガンの数倍も破壊力のある、コールドハンドの左腕の機銃掃射!

 マターを落としたことでガラ空きになったMEO-3の上半身に、思いっきり叩き込んだ

 瀕死のマターが我にかえり、伏せた頭を抱える

「・・・お・・・お・・・」

 頭を上げるなどとんでもない

 大型の鉄鋼弾が爆音を立ててMEO-3のボディを直撃する

 その着弾圧だけでむせ返りそうな勢い

 相手が戦車か装甲車・・・少なくとも、人間に向ける攻撃ではない

 マターは石よりも身を硬くして、うずくまり続けるしかなかった

 着弾煙が白くMEO-3を包む

 さしもの勢いに上体がグラつき、一、二歩とMEO-3が下がった

 だが、そこまで

「・・・堅いねえ」

 掃射をストップしたコールドハンドに、MEO-3も腕を上げた

 反撃態勢!

「フン!」

 しかし落ち着き払ったコールドハンドはそれに合わせ、どういう仕組みか青く光る右腕をMEO-3に向けた

 その右腕を、少し外側に開く

 その瞬間、かつてアレンを撃ち抜いたMEO-3の左腕が火を吹いた

 ガガガガガガ!

「・・・!」

 足元でまたマターが頭を抱える

 だがMEO-3の左腕は、コールドハンドの右腕に釣られたように少し外側に開いている

 猛然たる銃撃がすべて、コールドハンドからやや逸れた横に向けられ、無数の葉を撒き散らしながら後ろの樹々をなぎ倒した

「・・・!」

 爆音が止み、顔を上げたマターの眼に、仁王立ちのコールドハンドのニヤ顔が飛び込んできた

「・・・やっぱりまだサン・カーモ・システムは使ってるんだね・・・まあ、あれ以上いいもんもそう簡単にはできないだろうけど」

 右腕を青く光らせたまま、コールドハンドはグイッとMEO-3に近づいた

「ドクター逃げときな!」

 不意に掛けられた声に、マターは全身の激烈な痛みも忘れ、MEO-3の足元から横に転がった

 MEO-3の身体は動かない・・・コールドハンドと対峙したまま

 と、なおも左腕を修正して狙おうとするMEO-3

 その左腕に、コールドハンドの左肘が向いた

「!」

 驚くマターの目の前で、その左肘が蓋のように開く

 ボン!

 破裂するような音が響き、肘の中から白い塊が飛び出した

 塊は野球のボールくらいのスピードで、MEO-3の左腕に命中、その機銃部分をそっくり覆ってしまった

「・・・完成度が高いってことは、対策も立てられやすいってことさ・・・サン・カーモ・システムはもう改良の余地があんまりないんだよ」

 どこか寂しそうに呟くコールドハンド

 肘を閉じ、もう一度MEO-3に左腕を向ける

 コールドハンドの攻撃態勢を察知したMEO-3も、素早く左腕を動かした

「・・・撃ってみな!」

 言うと同時に、右腕の青い光が消えた

 軌道修正するMEO-3

 左腕、掃射!

 ドガアン!

 その途端、MEO-3の左腕が大爆発を起こした

 肘の上から粉々に吹っ飛ぶ左腕

 ショックでよろめくMEO-3

 コールドハンドの放った白い塊が左腕の機銃を密封し、暴発させたのである

「・・・サン・カーモのセンサーに引っかからないんだよ、この『ホワイトスライム』は」

 左腕の肘から先が完全に吹き飛ばされたMEO-3に、コールドハンドはグイグイ近づいていく

 右腕一本になったMEO-3も引かない

 両者、接触!

 と思った瞬間、MEO-3の右腕がコールドハンドを襲う

「!」

 その手の先には、手首から伸びた刀身が鋭く光っている

 間一髪で避けたコールドハンドの右フックが、カウンターになってMEO-3の脇の下に食い込んだ

 パキィン!

 甲高い音を立てて、同じく右手首から伸ばしたコールドハンドの刀身が折れて飛んだ

 ボクサーばりのバックステップで距離を取るコールドハンド

「・・・うん、堅いね・・・ていうか・・・」 

 折れた剣を外して捨てながら、コールドハンドが呟く

「・・・左腕に銃器、右に刃物ってスタイルは、あたしの時から変わってないんだね・・・硬度は桁外れに上がったみたいだけど」

 MEO-3が聞いているのかいないのか・・・そもそも聞く機能があるのか 

「・・・銃器もダメ、刃物も効かない、となったら・・・さてどうしようかな」

 コールドハンドは呟いて、しかしあろうことか、ニヤッと笑った

 距離を取って見ていたマターの背筋に寒気が走る

 ・・・あの顔! 

 コテージの屋根から狙って防がれた時に見せた、殺意と戦闘意欲に溢れた悪鬼の笑顔!

 間近で見ることになるとは・・・

 この距離で自分に向けられたものであったなら、きっと恐怖で硬直してしまっただろう

「・・・ドクター」

 視線を向けず、コールドハンドはマターを呼んだ

「・・・」

「・・・離れてな・・・こっから先は人間の関われる戦闘じゃないよ!」

 マターも悟っていた

 ・・・ここにいるべきじゃない・・・いてはいけない!

 少なくとも、生身の人間は!

「・・・武運を!」

 喉をやられて大声が出ない

 それでもマターは絞り出す声で、コールドハンドに言葉を投げた

 そのまま茂みに潜り込み、上を目指す

 ・・・狙撃銃を!

 全身引き裂かれるように痛むが、構ってはいられない

 低木の隙間を這いつくばり、必死に四肢を動かす

 食いしばった口元から、呟きが漏れる

「・・・待っててなユキ・・・父ちゃんは絶対・・・帰るから」





86.


「・・・マズ過ぎる」

 デスクの前でリリディアは呟いた

 液晶の中の赤い表示が増え続けている

「・・・視認カメラを壊されてから、どんどん機能が停止していくわ・・・こんなはずはないのに」

 もう真っ暗になった部屋の中で、灯りもつけずに画面と睨みあっている

 液晶の光がリリディアの顔を青く、明るく浮かび上がらせていた

「・・・もうセンサー関係は全滅に近い・・・現場で反応はするんだろうけど、こっちに送られてくるデータが、もうノイズだらけで・・・」

 大きくため息をついた

 だがモニターを閉じようとはしない

 完全に冷めきってしまったコーヒーを啜って、また違う画面に切り替えた

「・・・左腕の重機銃が機能不全って、どういうこと? MEO-3のメインウェポンじゃない!」

 ・・・それだけじゃない

 左腕に仕込んである全ての機能が全部、完全に沈黙してる

 左腕がなくなっちゃったとでも言うのかしら?

「それに・・・」

 目まぐるしく画面が切り替わる

 ・・・各部で電気系の異常が続発してる

 間違いなく、海水喰らったせいだろうなあ・・・

 リリディアは画面の赤い表示を数えようとしたが、その余りの多さにあっという間に諦めた

「・・・唯一救いとしては、ブラックボックスのAIが無傷だってことだけど・・・」

 心臓部でもあり、頭脳でもあるAIの基盤は、MEO-3の体内深くに隠されており、ブラックボックスと呼ばれていた

 そこからの信号だけが、唯一グリーンに表示されている

 重戦車並みの装甲の下にあるのに加え、並のマシンガン程度では破壊できないダーラ鋼製のボックス

「・・・AI が無事でありさえすれば命令の完遂は何とかなるでしょうけど・・・データがねえ!」

 とりあえず落ち着いている真っ赤なモニターを前に、リリディアは操作をやめ、デスクに肘をついてため息を漏らした

 ・・・3はMEOシリーズの中でも最高傑作・・・おそらく最終完成モデルになるんだろう

 その実戦投入の初回だから、戦闘結果よりむしろデータ取りの方が大事だったんだけどなあ・・・

 これでデータがまとめきれなかったとかってなったら・・・

「誰が予算補填するんだか・・・胃が痛いわ」

 残った冷たいコーヒーを一気に流し込む

 再びモニターに向かい、画面を切り替え始めた

 ・・・搭載する兵器も今回、いくらなんでも大袈裟すぎないか、と思うんだよねえ

 AIには、対峙した相手と相応の武器で闘うようにプログラムされてる・・・データ取り優先の考え方だからそこはいいんだけど

「・・・対空ロケットランチャーまでは要らなかったんじゃないかなあ!」





87.


「・・・まさか対空ロケットランチャーまで積んでるとはね!」

 バリバリに割れたゴーグルをかなぐり捨てながら、コールドハンドは呟いた

 金属部分が多いため、他の連中のように血塗れにはならない

 だが、考えられない規模の戦闘の末、コールドハンドの身体は、使い物にならない箇所が数多く出てきていた

 左ひざに仕込んでダックマンに笑われた対戦車バズーカ・・・

「・・・至近距離でぶち込む兵器じゃないんだけどね」

 おかげでMEO-3の左脇腹に微かな裂け目ができ、そこから体内の海水がダバダバと流れ出ていったのを、コールドハンドは見逃さなかった

 しかしその仕返しに飛んで来た、MEO-3の左ひざの対空ロケットランチャー

 確かにロケットランチャーの発射直後は初速が遅く、ふたりの距離は、使用している兵器からは考えられないほど近い

「・・・とは言え、発射された対空ロケットランチャーを素手ではたき落としたなんて、あたしくらいのもんじゃない?」

 ニヤッと笑う

 しかしコールドハンドもそのおかげで、左腕の機能が全部使い物にならなくなってしまったのだ

 ・・・動きはするけど、握る、開く、くらいしかできないな

「当たり前か!」

 その左腕をブンブンと振った

 動くからいいや!

「勝機は見えたからね!」

 ノシノシとMEO-3に向かって歩きだす

 と、バズーカを発射した後の左ひざの関節部分に違和感を覚えた

 ・・・これ、もうもたないな

 だが構わず進む

 最後の踏ん張りさえ効いてくれれば!

 待ち構える片腕のMEO-3

 双方何もかも撃ち尽くした今、残された手段は格闘しかない

 ・・・あいにく逃げるって頭はないんだよね

「あんたもそうだろ!」

 振り下ろされる右腕を掻い潜り、コールドハンドはMEO-3のボディに取り付いた

 ガッシリと抱きつく

「・・・どうせ抱き締めるなら、あのアレンとかいう男前ちゃんが良かったんだけどなあ!」

 左腕で抱きかかえ、右手でMEO-3の脇腹をまさぐった

 ・・・あった!

 対戦車バズーカの衝撃で生じた微かな隙間

 体内の海水が漏れるのが見えなければ気づかなかったかもしれない

 辛うじて指先が入る

 揃えた指を隙間を強引に突き刺した

「・・・!」

 ほんの爪先しか入らない隙間

 渾身の力で押し込む

 メリ、という小さな音と共に、隙間が広がる

 指先を突っ込んだ

 その背中めがけて、抱きつかれたMEO-3の右腕が振り下ろされる

 ドカッ!

 仕込んだ刃も折れて飛び、使い物にならなくなった右腕を、ただただコールドハンドの背中に叩きつける

 2発・・・3発・・・

 そのたびに、工事現場のような衝撃音が響く

 普通の乗用車くらいなら既にペシャンコであろう打撃

 しかしコールドハンドは構わず指を挿れていく

 隙間は割れ目となり、コールドハンドの指先は完全にMEO-3のボディを捉えた

「うお・・・お!」

 その手でMEO-3のボディをめくり上げる

 メリメリと音を立てて、割れ目が大きくなり始めた

「・・・ぬ・・・あ・・・あ!」

 MEO-3の腹部が裂ける

 接合部のない、一枚ものの金属板を、コールドハンドは力づくで割いているのである

 その顔、鬼神の様

「うおあああ!」

 バリバリバリ!

 ついにMEO-3の腹部が、剥離音を立てて大きくめくれる

 その瞬間ついに

 バキン!

「!」

 音を立ててコールドハンドの左ひざが崩壊した

 重心を崩して傾くコールドハンド

 だが手を離さない

「ぬうああああ!」

 自身が倒れる勢いをも使い、一気にMEO-3の腹を捲り上げる

 バリバリバリバリ!

 ついにMEO-3の腹部が裂け、中が丸見えになった

 コールドハンドに引きずられ、黒い身体が茂みの低木に埋まる

「・・・!」

 振り返るコールドハンド

 その眼に、剥き出しのMEO-3の内部が飛び込んだ

 機器と配線が雑然と埋めている体内

「・・・ははっ!」

 凄まじい戦果に笑みが溢れる

 コールドハンドは手に持った、かつてMEO-3の腹部だった黒い鉄板を、フリスビーのように遥か遠くに投げ捨てた

 ・・・心臓部を剥き出しにしてやった!

 どんなに武器を搭載しても、どれだけ装甲を硬くしても、大元をぶっ壊せばおしまいさ!

 全身を仕切るAIがまとめてあるはず・・・

「脳味噌どーこだ?」

 歌うようにコールドハンドはMEO-3にのしかかった

 装甲をひっぺがしただけで、ダメージを与えたわけじゃない

 すぐに起き上がってくる!

 大の字にひっくり返っているうちに内蔵をめちゃくちゃにしてやらないと!

 開けっ広げになったMEO-3の腹は、無数の配線が入り乱れている

 しかしコールドハンドは頼りない星あかりの中、一瞬でその中に埋もれた小さな基盤ケースを見つけた

「いた!」

 名刺ケースほどの黒い小さなブラックボックスは、真ん中のリベットで固定されて、目立たないように光っている

 ・・・構造上どうしても、一個だけ固定リベットが表に出てきてしまうのだ

 悔しそうに呟いたメオ博士のセリフが、一瞬コールドハンドの脳裏によぎる

 ・・・関係ないよ博士

 鷲掴みにして引きちぎっちゃえばいいんだ

 反射的に手を伸ばした

 配線を分け入って基盤ケースを掴めば・・・

 その瞬間

 ブシュッ!

 MEO-3の体内、コールドハンドの手の横から、緑色の気体が吹き出した

「ぐあっ!」

 ガスが頭部を覆う

 のけぞるコールドハンド・・・

「しまっ・・・」

 遅かった

 一息吸い込んでしまった

「・・・!」

 無機質な兵器を装着していても、脳は生きている

 外気を取り込むのが人口肺、人口心臓であっても、脳そのものは生身で、そして酸素が必要なのだ

 改造していても、人間なのである

 コールドハンドが喰らってしまった緑色のガスが肺に取り込まれ、血液に乗って脳に至るまで、さしたる時間は必要なかった

 目が眩み、力が抜け、意識が遠のくまでほんの一瞬

 上体を反らして一瞬天を仰ぎ、コールドハンドの巨体がドウ!と倒れ込んだ

 動かない

 ガスが脳の機能を止めるまでに数秒・・・

 その眼に映ったのが恩師メオ博士か、盟友ダックマンか、それともかつて手にかけた両親なのか・・・

 そんなことと全く無関係に、真横の黒い物体は起き上がった

 自分に被さっている物体を無造作に跳ね除け、その状態を探る

 生体反応がないことを確認して、ゆっくり立ち上がった

 ・・・もうソレには関心がない

 戦闘という作業を終えた兵器は、その相手に敬意を払うでも、追って鞭打つ訳でもなく、ただただ無機質に起き上がる

 そして丸晒しになったボディのまま、勾配の上の方を向いた

 脱出したマターの姿を探して





88.


「・・・確かに・・・この辺りなんだ」

 暗闇の中、マターは茂みに埋もれて這いつくばっていた

 茂みを必死に登ってきた

 全身の痛みは極限に達し、感覚のない部位があちこちに出ている

 眼がかすみ、意識が朦朧としてくる

 それでもマターの手は真っ暗な夜の闇の奥で、低木の生い茂る地べたをまさぐり続けていた

 ・・・安全策を取ったはずが、モロに出くわしてしまうとは思いもよらなかった

 とは言え、逃げ出せるとは思ったんだ

 一連のやつの動きを見ていて、俊敏に動けるタイプじゃないと予想してた

「・・・まさかフック付きのワイヤーを飛ばして脚を絡め取られるとは!」

 それにしても、アレンの時のように撃ってこなかったのは、こちらに攻撃の意思がないことを読んだのか、それともたいした武器を持っていないと見抜いて舐めたのか・・・

 どちらにしても、対峙した相手の戦力と意志を認識する機能は備わってはいるようだ

 コールドハンドが来てくれなかったら、確実に息の根は止められていたに違いない

「・・・」

 とても敵とは思えない、あの可愛らしくて懐っこい笑顔

 だがその後見せた悪鬼の形相もまた、彼女の一面に違いないのだ

「・・・人間ってなんだ?」

 呟きながら茂みをまさぐる

 ・・・いや、今は哲学など考えるヒマはない

 ともかく銃を回収して復元する

 そして距離をとり、時間をかけて狙撃していくんだ

「・・・俺しかできない!」

 銃撃も、刃物を含めた格闘も、生身の人間には勝ち目がないのなら、ピンポイントで弱点を見つけて遠距離狙撃するしかない

 どんどん遠のいていく意識を必死で繋ぎ止めながら、マターは両手を茂みに伸ばす

「!」

 もう眼も見えず、感覚もかなり薄まってしまった右手に、ひたと触る鉄の感触

 一気に意識が覚醒し、両手がその鉄の棒を握る

「・・・あった!」

 馴染んだ愛銃の感触がマターの手の中に戻った

 頬擦りしたいほどの感動を抑えて顔を上げる

 そこはもう頂上近く、監視小屋庭の前だった

「・・・なんだ、こんな近くだったのか」

 一方的にやられていただけのボクサーがラッキーパンチ一発で勢いづくように、マターの顔に生気が戻り、手足が感覚を取り戻す

 銃を抱きしめて、勾配の最後を這い上がる

 ・・・いくらなんでも、この茂みの中で銃のクリーニングはできないからな

 ちょっとした広さでいい

 あれだけMEO-3に振り回されたのにも関わらず、腰の水筒が無事だったのは奇跡だ

 満タンの水筒を頼もしそうに確かめ、マターはズルズルと庭へ這い出した

 目の前には、闇に沈む監視小屋とジュノンの樹が、星空を背景に黒くそびえている

「・・・」

 銃を取り出し、腰から水筒を外した

 ・・・慌てるな

 ゆっくり、しっかりやるんだ

 スプリングひとつ、小ビス一本見失っただけで、致命傷どころかそのまま死を意味する

 夜の闇の中、マターの精密作業が開始された





89.


電灯のない夜の室内・・・完全な闇の中、ソードフィッシュは座り込んでいた

 背後の窓からの星あかりは、物を識別できるに充分な光量にはとても足りない

「・・・」

 無言で胡座をかくソードフィッシュ

 だがその顔は、疲れてへたり込んだと言うには程遠い、ギラギラした殺気に満ちていた

「・・・考えろソードフィッシュ! テメエがチップマンならどうする? どこに脱出口を設ける?」

 側には数枚の、めくれ上がった床板

 横で、兄貴が隠れていた隠しスペースの扉が開きっぱなしになっている

 ・・・この隠しスペースをみっけた時は小躍りしたんだが

 これだけだった・・・地下からの脱出口なんか、影も形もねえときた

 しばらく前に鳴り響いていた、地面を揺るがさんばかりの戦闘音が静まり返って、もうしばらく経つ

 ・・・誰かがあの黒いやつとやってたのは間違いねえ

 しかもめちゃくちゃな闘り合いに違いない

「・・・戦車戦でもやってそうな音だったからな」

 誰とやってたにしろ、そんでどっちが勝ったにしろ、夜をやり過ごさなきゃならねえ

 ここまで真っ暗になった今、俺としては下手に動くのは危険だ

 街中ならともかく、夜の野戦なんぞ経験不足も甚だしい

 息を殺して潜む時間帯と考える方が俺には向いてる・・・だからその分

「考えるんだ!」

 チップマンの隠れ場所

 コテージには気配もなかった

 探索し損ねたガレージは潰れて、今は調べようもない

 となればこの監視小屋

「・・・と踏んだんだが、空振りときた」

 まだ陽が沈む前にドクターと聞いた東の爆発音

 あれはあの黒いのの仕業で間違いないはずだ

 そのあとこの上で出くわしたのも、時間的にも辻褄は合う

「どうやって登ってきたのかはともかくだが・・・」

 そもそもあの黒いのが、潰れたガレージの下からこっちに来てるってのがポイントだ

 ガレージの下に埋もれたあと東に抜けてるわけだから、地下通路があるってのは当たりのはずだ

 コテージから山道の入り口まで細いのがあったんだ・・・あの図体でも通れる、もうワンサイズでかい通路があってもおかしくはねえ

 とすると、その通路のどこか、もしくは一番奥に部屋があって、チップマンが隠れてやがるってのが自然なんだが・・・

「・・・待てよ?」

 ソードフィッシュの脳内に、突如不気味なアイデアが閃いた

 暗く狭い部屋の中で、その考えが膨らんでいく

 ・・・ガレージに埋もれた黒いのと、さっきそこですれ違ったやつが、同じやつじゃないとしたら?

「・・・2台いやがる・・・?」

 ソードフィッシュの背筋を冷たいものが走った

 ・・・誰が何の目的で放り込んできたのか知らないが、最初の登場シーンは確かに派手に過ぎる

 片っ端からやるつもりなら、もっと隠密に忍び込ませるはずだ

「・・・それこそニンジャみてえにな」

 あえて目立って登場することにより、もう一台の存在を隠す・・・

「・・・何の為に?」

 ・・・あの戦闘力で俺たちを始末しようってんなら2台はいらねえ

 てことはチップマンの事情だろう

 2台以上ないと何とかならねえ所に、チップマンは隠れてやがるんだ・・・

「・・・わかんねえ訳だ」

 どっかで見てるに違いないチップマンにワザと一台晒しておいて、もう一台で仕掛けていくってことか

 俺たちと派手にやり合えばやり合うほど、そっちの方に眼が行って、二台目が動きやすくなるって計算か

「柄にもねえが・・・」

 暗闇で必死に考える自分自身に気付き、少し自嘲気味に笑ったが、しかしソードフィッシュは考えるのをやめようとしなかった

 ・・・時間はある

 今回のミッションが最後なんだ

 何としても帰るんだ

 産まれたばっかりの孫が待ってんだ

「名前を考えてやらなきゃなんねえ!」

 生き残らなきゃならねえんだ!

 運任せじゃダメだ

 ・・・情報が致命的に少ないこの状況で、コトによっちゃ、夜明け前に動く羽目になるかも知れねえ

 そのために、今のうちに取るべき選択肢を絞り込んで・・・

「!」

 そこまで考えこんだところで、小屋の外に気配が走る

 ソードフィッシュは思考を一時停止して、そうっと立ち上がった

 足音がしないように、ドア横の小窓に近づく

「・・・来やがったのか?」

 小窓をそうっと覗く

 ・・・角度が悪いな

 気配の辺りがちょうど見えない

 だが、確実に何か動く気配がしていた

「・・・できれば出ていきたくねえんだが」

 なおも息を殺して窓を覗くソードフィッシュ

 その瞬間! 

 ドシュン!

 鈍い銃声

 その銃声が何を意味するのか、ソードフィッシュは一瞬で判断した

 ・・・あの音は、ロングバレルの狙撃銃だ

 だがまともな発射音じゃねえ!

 狙撃銃ならドクター・・・で、この異常な発射音てことは!

 ソードフィッシュの足が、脳の判断より速くドアを蹴破っていた

 弾丸のように転がり出る

「ドクター!」





90.


 身体が宙に浮き、身動きどころか息もできない

 気配を感じて振り返った時には、既にMEO-3の右腕はマターに差し伸べられていた

 普段ならどうにか避け切れるはずのスピード

 だが満身創痍のマターに、反射的に身をかわす行動は取れなかったのだ

「ぐ・・・お・・・」

 胸を抱きかかえられる姿勢で、そのまま持ち上げられた

 ・・・安心していた、というのはある

 材料と道具、場所が揃い、まさに作業に取り掛かろうとした瞬間だった

 銃に集中力が向いたとは言え、背後の気配に気がつかなかったというのは、やはり怪我のせいだろう

「・・・!」

 言葉は出ない、というより、声が出せない

 銃は持っている

 だがMEO-3に後ろから抱えられてしまっては、狙うどころか構えもできない

 ましてや狙撃銃の銃身は長い

 マターはなす術なく、銃を構えようとしたままやすやすと抱え上げられてしまった

「・・・ぐうう・・・」

 強烈な腕力で、中が剥き出しのボディに押し付ける

 堅い装甲に直接抱えるわけではないが、凄まじい腕力の前では関係ない

 MEO-3のボディ内に取り込まれそうな絵面で、マターの胸部が圧迫されていく

「・・・ユ・・・キ!」

 ミシッ!

 マターの肋骨が音を立てる

 苦悶の表情

 手足が痙攣し始め、そしてついに・・・

 バキバキッ!

 肋骨が音を立てて折れた

「ぐばっ!」

 大量の血が口から溢れ出る

 その瞬間、右手の痙攣が引き鉄を引いた

 ドシュン!

 泥のたっぷり詰まった銃が異常な発射音を立てる

 暴発!

 先が完全に詰まった銃身

 弾丸は正確に銃身から逆発射され、銃床をまっすぐ貫いた

 初速の速い狙撃銃の弾丸がマターの身体を突き抜け、MEO-3の体内に生い茂る配線も.突き抜けて、最奥の基盤ケースに命中する

 パキィン!

 硬質なもの同士の金属音が響き、ブラックボックスのリベットが弾け飛んだ

 蓋が吹き飛び、中の基盤が丸見えになる

 だが、その痙攣を最後に、マターの身体は完全に力尽きた

 四肢をだらりと垂れ、項垂れた口からは大量の血が溢れ出している

 MEO-3に抱きかかえられた胸部はペシャンコに潰れていた

 「・・・」

 MEO-3が生体確認を始める

 ケースが壊れて剥き出しになっただけで、中身のAIは未だに機能しているのだ

 マターは動かない

 その時

 バァン!

 監視小屋のドアが音を立てて開いた

「ドクター!」

 転がり出るソードフィッシュ

 MEO-3がマターを抱えたまま、ゆっくりと振り向いた





91.


「あ・・・っ・・・!」

 マターの銃声で飛び出したソードフィッシュ

 その目の前には、生気を失ったマターを抱えるMEO-3が、闇の手前にそびえ立っていた

 ゆっくりとこちらを振り向く

 ソードフィッシュは突然のことに一瞬凍りついた

 振り向いたMEO-3が右腕を緩める

 抱き抱えられていたマター・・・いや、元マターだったモノが、ズルズルと地面に崩れ落ち、あらぬ形に寝そべった

「・・・!」

 ソードフィッシュが理解するのに、秒はいらなかった

 ・・・ドクターの狙撃銃は故障してたんだ

 さっきの異常な発射音は、最後の雄叫びを上げた暴発だったって訳だ

 それで・・・やつに取っ捕まって・・・

「・・・虫みてえに潰されたってのか!

 驚愕・・・恐怖・・・

 しかしそれらを蹴散らす怒りが、ソードフィッシュの奥底で渦巻く

「て・・・めえ!」

 黒い顔が、憤怒の形相に歪む

 渦巻く奥底の怒りが、火山の噴火のように湧き出した

「俺のォ・・・恩人にィ・・・!」

 凍りついていた身体が、溶ける間もなく一気に煮立つ

 眼にも止まらぬ速さでサブマシンガンを構えた

 一歩、二歩と近づくMEO-3の眼前に仁王立ち

「・・・ナニしてくれやがったぁああ!」

 渾身の力で引き鉄を引く

 タタタタタタ!

 猛然と火を吹くマシンガン

 連射モードは既に最速

 爆裂の銃撃の中でソードフィッシュの頭に、今までのことが目まぐるしく浮かんでくる

 ・・・そらあ、組織が痛い目に遭わされたこともあった

 撃ち込まれた1発のせいで取り引きがぶっ飛んで、億の損害が出たこともあった

 幹部も何人かやられたさ

 だがそれは仕事の上のことだ

 あんたに頼んだやつらをぶっ潰して終わった話だ

 そんで、一旦ぶつからねえ立場になったら、あんたはどうだ!

 口先で交わしただけの不可侵条約を越えて、ニンジャ野郎から守ってくれた

 護衛してくれ、なんて言ってなかったのに、だぜ!

 それに、通りすがっただけなのに、挫いた俺の足に貴重な薬まで塗ってくれて

 ・・・助けられっぱなしじゃねえか!

 それを・・・その恩を返す前にテメエは!

「こンのヤロウがああ!」

 タタカカカカ・・・

 空撃ちを始めるカートリッジを、目もくれずに交換する

「フンッ!」

 手際云々のレベルではない、もはや本能的な反射行動の速さで次の銃撃が始まった

 タタタタタタ!

 ・・・大統領の執務室で会ったのが初めてだったが、娘がいるとか言ってたな

 病気なんだろう・・・入院とか治療とか条件に、無理矢理引っ張り出されたってえ話だ

 安心してくれ

 どこの病院だか、帰ったら大統領のヤロウ締め上げて、俺が面倒見てやるぜ!

「ぬぅああああ!」

 銃撃、さらに銃撃!

 本来軽いはずのサブマシンガンの弾丸

 だが、弾幕では済まない、弾壁とでも言うべき圧で、仁王立ちのソードフィッシュは一歩も下がらない

 マターを越え、一歩一歩とソードフィッシュに近づくMEO-3の脚が止まる

 こちらも仁王立ちの図

 カートリッジを替えてなおも銃撃、そして銃撃・・・

 サブマシンガンの銃口とソードフィッシュの顔が真っ赤に熱を帯びる

 ・・・ドクター、俺にも息子がふたりいる

 仲が良いのか悪いのか、喧嘩ばっかりしてるくせに、俺に楯突く時は連携しやがるんだ

 だがよ・・・だから可愛いんだ

 あんたの娘なら賢い感じなんだろうな

 こまっしゃくれて困らせるクチかもしれねえ

 ・・・身内を盾に取られて苦しかったろうな・・・わかるぜ!

「何としても・・・」

 銃撃に次ぐ銃撃

 ソードフィッシュの全身のカートリッジが、次から次へと地面に転がる

 ・・・息子のためにも!

 同時に産まれてくれた孫たちのためにも!

 ドクター、恩返しにあんたの娘の面倒をみるためにも!

 苛立たしい大統領のヤロウに一発かましてやるためにも!

 目の前のコイツだけは・・・

「ぶっ潰してやるぅあああ!」 

 両者、一歩も動かず

 ・・・永遠に続くかと思わせる銃撃

 しかしやがて、ソードフィッシュのサブマシンガンが空撃ちを始めた

 全身のカートリッジすべてを使い果たしたソードフィッシュ

 それでも憤怒の形相崩れず、仁王立ちでMEO-3を見据えたまま

 火を吹かなくなった銃をゆっくりと下ろす

 嵐のようなサブマシンガンの銃撃音が嘘のように、小屋前の庭は静まり返った

 一歩も動かないMEO-3を睨みつけて様子を伺う

 ・・・残弾ゼロだ・・・なんもかんも全部叩き込んでやった

 パチンコ玉1発だって残ってやしねえ

 これでダメならもう知らねえや

「・・・なんとか言いやがれ!」

 ソードフィッシュが呟いたその時

「!」

 聞こえたかのように、MEO-3の巨体が前へ揺れた

 そしてそのまま、踏み出すことなく倒れる

 ドォン!

 地響きを立てて、大地に突っ伏すMEO-3

 ソードフィッシュの形相が緩み、緊張の色が顔を支配した

「・・・」

 ゆっくり一歩ずつ、倒れたMEO-3に近づく 

 うつ伏せに地面に倒れたMEO-3は動く気配はない

 距離を詰めるにつれて、ソードフィッシュの顔がほぐれていく

 ついに倒れているMEO-3の真横に膝まづいた

「・・・やった・・・のか?」

 怪訝な顔で覗き込む

 背中の装甲は、コールドハンドとの戦闘で多少傷ついてはいるものの、頑強なまま

 しかしソードフィッシュから見えない下側

 うつ伏せになって隠れた腹の中は、とんでもない銃撃の結果になっていた

 剥き出しになった腹部に集中した無数の弾丸は、小さな機器を吹き飛ばし、配線という配線を断ち切り、MEO-3の心臓部の空間を、掃いたように片付けてしまったのだ

「・・・」

 マターの断末魔が射抜いたブラックボックスもまた、箱だけ残して中身の基盤はチリのごとく粉砕されてしまったのである

 全てを司る脳を粉微塵にされてしまったMEO-3は、今やただの黒い金属の塊となって、ソードフィッシュの眼前に突っ伏していた

「・・・へへ・・・へはは」

 ソードフィッシュの口から笑いが漏れる

 緊張の糸が途切れ、笑みが顔を覆った

 「・・・やった・・・やったぜ!」

 ダン!

 MEO-3のボディを叩くも、反応はない

 ソードフィッシュは両手を握り、歓喜の声を上げて空へと突き上げた

「ぃやったぞぉ!」

 ・・・ドクター、見てたか

 安心してくれ、仇は取ったぜ!

 眼の端に熱いものが溜まり、溢れるギリギリで持ち堪えている

 ・・・ルフ、ゼノ、見たか!

 パパの底力はこんなもんだ

 帰ってお前らの子供に、ガッチリ強くなる名前をつけてやる

「待ってろよう!」

 ついにソードフィッシュの想いは口から溢れ、夜空に響いた

 そしてその直後

 ただのスクラップと化したMEO-3の中から聞こえた音が、夢中のソードフィッシュの耳にも届く

 カチッ

 何かをクリックするかのような軽い音

 笑顔を変えないまま、ソードフィッシュの眼だけが温度を失い、目線がMEO-3に落ちた

 顔が笑顔のまま凍る

 何かがあることを、本能が教えていた

「・・・」

 しかしソードフィッシュの脳が切り替わるよりコンマ数秒早く、MEO-3の中の悪意が現れた

 ピーッ!

 1秒、響く電子音

 鳴り終わると同時に、掲げた両手を下げる間もなく、ソードフィッシュの身体は閃光に包まれた

 ズドォオン!

 大地を揺るがす大爆発

 MEO-3の内部に仕込まれた自爆機能は、ソードフィッシュの全身を軽く呑み込んだ

 爆風が監視小屋を直撃する

 木造の壁がひしゃげ、屋根板がめくれて飛んだ

 体内に仕込まれた可燃性の有毒ガスの残りが引火し、猛然たる炎風となって周囲を包む

 炎は側にそびえ立つジュノンの樹に絡みつき、その葉を燃やし始めた

 先端の一葉に燃え移った火が、みるみるうちに周囲に広がる

 密に生い茂った葉々が夜の風に煽られて、次々に発火し、光を放っていく

 じわじわと、しかし確実なスピードで、ジュノンの樹は明々とした炎に包まれていった

 程なく大樹は、星瞬く夜空に燦然と輝く一本の巨大な松明となり、周囲の海原を広く、明るく照らす

 暗く広がる世界の中で、その光は朝まで、煌々と燃え盛り続けた





92.


 衛星から撮影された映像は、軍事通信施設を一斉通さずに、リリディアのデスクにあるマザーに直接送られ、そこからローダン・シティのホテルで開かれているリリディア個人の端末に転送される

 リアルタイムで転送されるその映像は、俯瞰で見える限り、島内で起こること全てを映し出していた

 だが、ホテルの一室で開かれている端末の画面に、闇の奥で煌々と光輝くジュノンの樹の炎が映し出されることはなかった

 MEO-3からの情報画面に固定されたまま、衛星映像への切り替えがなされなかったためである

 いっとき席を離れ、背後のソファで休憩を取ったリリディア

 ところがそのソファの心地が思いの外良すぎたため、彼女は寝入り、朝まで起きることが出来なかったのだ

 着信を告げるバナーは延々と、夜通し赤く点滅を繰り返していた





93.


「・・・現状なにも分からんというのはどういうことかね?」

 ドカドカと派手な足音を立てて歩きながら、ミギーの不機嫌そうな声がホテルの廊下に響いた

 リリディアのヒールの音が後に続く

「・・・投入後間もなく数名と接触しカメラが壊され、映像情報が途絶えました・・・他のセンサー類も接触と共に順次破壊されていった模様で、日没後数回の戦闘ののち、夜半を待たずに全ての反応が・・・」

「なんだそれは!」

 ついにミギーは大声を上げた

 ロビーに人がいなかったものの、遠くのカウンターのフロント係が顔を向ける

 朝ももうだいぶ遅いリゾート地のホテル

 シーズンオフもあって、綺麗なホテルの割には周囲に人はいない

 それだけに、ミギーの大声がことさら響く

 ドカッ! と音がするくらいの勢いで、ミギーはソファに腰を下ろした

「・・・最終的になんの情報も得られんとなったら、私が通した予算が無駄遣い扱いされてしまうじゃないか・・・チェリン議長の追い風になってどうするのか」

 遠くのカウンターでフロント係が怪訝そうな顔を向けている

 さすがに気まずかったようで、ミギーはいきなり声を落とした

 ・・・朝から不機嫌が全開だな

 リリディアはイラつくミギーに眼をくれず、開いたノートPCをいじり続ける

「・・・何も、というわけではありませんが・・・そもそもMEO-3からの情報は量も密度も非常に高いので、私のオフィスのほうに集積されています・・・このノートでは受けきれないためです」

「・・・」

「このノートでリアルタイムとしては、先に言った映像情報しか視聴できません・・・後の詳細がオフィスに無事送られているかどうか、という確認だけで、その内容までは今はわからない、ということです」

「・・・」

「逆に言えばオフィスに帰りさえすれば、詳細を確認するのは可能ですし、その後まとめてP.E.N.に渡す手筈にもなっています」

「・・・」

「・・・すべて帰ってから、ということになりますね」

「・・・」

「・・・」

 ・・・私が現地に赴くと言い出したからだとでも言いたいのか、というセリフを呑み込んだのだな、という空気を、リリディアは敏感に感じ取った

 実際そうなのだからしょうがない

 一応反対したリリディアを押し切って段取りを組んだのは、他ならぬミギー本人だった

 ・・・まあ大きなプロジェクトが完結する時は、必ず自分で検分しないと気が済まないというのは、良いことでもあるとは言えるのだが

「・・・いろいろ順次破壊されて、結局通信が途絶えたと言わなかったかね?」

「・・・それは事実です」

「・・・」

「どこまでの戦闘データが採れているか、というのも帰ってみないとわかりませんが・・・まあ、ただ・・・」

「・・・まあただ?」

 ・・・突っかかってくるなあ

 リリディアはミギーを眼の端でチラッと見ながら、数値を確かめた

「総量で見ると、相当のデータ量が送られてきています・・・最悪MEO-3が破壊されてしまっているとしても、P.E.N.の開発部を納得させられるだけの戦闘データは採れているか、と」

「・・・ふん、ならいいが」

 ドカッとミギーは背もたれに身を預けた

 ・・・ははあ、これはさては、ゆうべ酔っぱらって寝てしまい、今朝私に起こされた気まずさを当たり散らしてるだけだな

 リリディアは気づいた

 迷惑だなあ・・・まあでも、私もソファで休憩のつもりが、しっかり朝まで寝入ってしまったおかげで、島内がリアルタイムに把握できなかったというのはあるから

「・・・チャラかな」

「なに?」

「いえ、何でも」

 リリディアは微動だにせずに平静を装った

 不機嫌なテンションのまま、ミギーは畳み掛ける

「・・・衛星からの映像はどうなってるのかね?」

「それなんですが・・・」

「・・・?」

「夜早いうちに島内でかなり大きな火事が発生しまして・・・その灯りが強すぎて、映像にならないのです」

「・・・どういうことかね?」

「夜間なので光感度を上げて撮影するんですが、そうするとその火事の光が眩し過ぎて、暗い部分が映らなくなってしまうのです・・・火事に合わせて感度を下げると、当然闇に埋もれてしまうので」

「・・・うーん、懐中電灯で照らしてくる相手の顔が見えないのと同じ原理ってことかね?」

「まさにそうですね」

「ふむ・・・」

 的を得た理解を示せたことで、ミギーの機嫌が戻り始めた

「ちなみに、太陽が昇って明るくなってからは、映像にまったく変化がありません・・・MEO-3の停止も含めて、未明のうちに大勢が決してしまったものと思われます」

「ほう・・・」

「・・・時間ですが行かれますか?」

 リリディアはパタン、とPCを閉じ、初めてミギーに正面から向いた

 腕時計があるのに、壁の時計を大袈裟に振り向くミギー

「・・・そうだな、行こう」

 ゆっくりと立ち上がる

 ・・・なんとか不機嫌は治まったようだ

 リリディアもPCを閉じ、後に続く

 うやうやしく頭を下げるフロント係ににこやかに手を上げて、ミギーはスタスタと歩いていった

「・・・しかし、だ」

「・・・?」

「連絡が途絶え、大勢が決してしまったということは、MEO-3が破壊されてしまったということになるのかね?」

「・・・MEO-3が無事で敵の殲滅に成功したのであれば、なんらかの報告なりアピール行動があるはずなので・・・そういうことになるかと」

「ふん!」

 フロント係に見せた笑顔はどこへやら、またも不機嫌な鼻が鳴る

「大枚はたいたP.E.N.の自信作がこのザマか・・・情けない話だ!」

「・・・集められたフリーランスたちが、思いのほか優秀だった、ということでしょうか」

「ふん!」

 広がる青空に、ミギーの鼻息が鳴り響いた





94.


 回収用の大型ではない、ふたり乗りの小さなヘリが、穏やかに波打つ海原を越え、ビーチに到達した

 空は快晴・・・風もなく、ヘリは静かに着陸

 海も空も穏やかにおさまり返り、平和、安息を絵に描いたようなリゾート・アイランドの空気に満ち溢れている

 まるで昨日の激戦が嘘だったかのように・・・

 その砂浜に、軽やかに降り立つミギー大統領とリリディア補佐官

 たいした距離でもない砂浜だが、オフィス用の靴しか履いていないふたりは、軽く砂に足を取られながらコテージを目指して歩いた

 コテージの玄関横は固い土で、革靴でも安定して歩ける

「・・・ええと」

「あー・・・」

 辺りを見回したふたりとも、島自体の環境の素晴らしさを褒めようとした言葉を呑み込んだ

 リリディアは東の頂上にそびえ立つ、丸焦げの大樹の真っ黒な燃え残りに・・・

 ミギーはペシャンコに潰れたガレージの巨大な残骸に、それぞれ眼を奪われていたのである

「・・・素晴らしい・・・別荘だな」

「そう・・・ですね」

 確かにそれ以外は、リゾートアイランドの名に相応しい、のどかで平和な空気なのだ

 ヘリの主翼の回転が収まると、周囲は波打ち際とそよ風の音しかしない静かな無人島になった

「・・・で、主人公はどうしたんだ?」

 気を取り直したミギーが尋ねた

 リリディアが腕時計を見る

「ほんの少し早かったようです・・・すぐに現れるとでしょう」

「・・・どこから?」

 見晴らしのいい無人島を再度見回しながら、ミギーは両手を広げた

 リリディアも周囲を見回す

「・・・結局チップマンは島内にいたのかね?」

「・・・わかりませんね」

「・・・」

 リリディアも持ったPCを開こうともしない

 MEO-3からの情報が完全に途絶え、夜が明けてからの衛星画像にも何の動きも映らない、となれば、何をどう探ってみても今見えている景色以上のことはわからないのだ

 ・・・またぶつぶつ文句が始まりそうだ

 察したリリディアが言葉を続ける

「・・・島内にいなかったとしたら、どこかから登場するんでしょう・・・我々のようにヘリか、もしくはボートで乗り付けるか」

「・・・」

「島内にいたとしたら、4人のフリーランスとMEO-3の襲撃をかわし続けたことになります・・・生きていれば、陽が昇ってから動きがない、ということにはなっていないか、と」

「つまりチップマンは島外に逃げていたか、もう死んでいるかどちらかだと?」

「・・・その他の可能性としては、敵味方のフリーランス全員が片付いてしまって、チップマンひとりが生き残った挙げ句どこかで隠れおおせている、か」

「なるほど・・・」

「・・・」

 腕を組んだミギーを見て、リリディアは話すのを止めた

 パターンはいくらでも考えられる、が結果、見た目でわかる動きは今朝から何もないのだ

 なんとも話の進めようがない

「・・・いずれにしても、約束の時間にチップマンがここに来なければ、死んだものとしてコトを進めざるを得んわけだが、待ち合わせまであと・・・?」

「・・・10分です」

「あと10分!」

 ミギーは大袈裟に両手を広げた

「やれやれ大統領ともあろう者が10分も待たされるのか・・・なんとも大物であらせられることだなチップマン!」

「・・・」

「さすがに国内を荒らしまわってくれただけのことはある・・・3期連続当選のこの私を・・・」

「大統領、あれを!」

 ブツクサと愚痴り始めたミギーを無視して、リリディアがミギーの背後、西の遥か海面を指差した

 ふたりが乗って来たヘリから大きく逸れた角度上の海面に、大きな影が黒く浮かんでいる

「・・・なんだ?」

 振り向いたミギーも動きを止める

 海面の黒い影はゆっくりと大きくなり、やがて・・・

「!」

「おお・・・」

 ふたりの見守る中、決して小さくはないサイズの潜水艦が姿を現した

 波を立てて水面に浮かぶ

 すぐにハッチが開き、数名の水兵が艦の背中に躍り出て、デッキ中央の格納庫から何やら取り出した

 見る間にそれが膨らんでゴムボートとなり、潜水艦に横付けする形で着水する

「・・・あれは!」

 水兵がふたり、ゴムボートに乗り込んでエンジンを設置すると同時に、男がひとりデッキに姿を現した

 軽いジャケットの中にTシャツ、下はジーンズという平服

 素早い身のこなしで、鼻先の長いボートの後部に滑り込む

 運転する水兵の後ろで縁にしっかりと掴まった男を乗せて、ボートはスルスルと水上を走り出した

「・・・」

 ミギーとリリディアあっけに取られている間に、ボートの鼻先が砂浜に乗り上げる

 揺れる船体を器用に歩き、ジーンズの男がビーチに降り立った

 ふたりの方にゆっくりと歩き出す

「・・・チップマン」

「そう来たか」

 爽やかな休日の紳士、といった風体の、スマートな長い四肢に、白髪混じりの黒髪が風に揺れている

「久しぶりだなチップマン!」

 声が届く距離に近づくと、ミギーから声をかけた

 チップマンは一瞬立ち止まり、無言のまま軽く両手を広げて、また一歩ずつ進んでくる

 やがて、手は届かないが会話に支障がない、という程度の距離に至ると、チップマンは足を止めた

「・・・いつ以来かなチップマン」

「・・・君が上院議員に立候補するとかしないとかの頃以来だから、もうかなり経つなァ」

「そんなになるか!」

 チップマンの気さくな返事に、陽気な笑顔でミギーは応えた

 だがチップマンはそこで足を止め、ミギーに近寄って握手する意思を見せない

 ミギーが続ける

「・・・そんなになるんじゃ、お互いいろいろあって当然だ・・・今回こういう機会を持てて幸せだよ」

「・・・本当にいろいろあったなァ」

 チップマンはジャケットのポケットに両手を突っ込み、足元の砂を爪先で引っ掻いた

 ミギーがなおも続ける

「しかし海上から潜水艦で登場とは恐れ入ったよ・・・アレは君の個人所有かね? ぼつぼつ小型のジェット機を買おうと思っていたんだが、さすがに潜水艦は個人所有できないな」

「大統領」

 チップマンが表情を変えずに遮った

 軽く笑顔ではあるが、眼は笑っていない

「・・・」

「昔話もいろいろある・・・ゆっくり語らいたいとこだが、今回お互いあんまり時間がない・・・話を急ぎたいなァ」

「・・・おお」

 今度はミギーが両手を広げた

「わかった了解だチップマン・・・チェリン議長とのやり取りの全記録を貰おう・・・どこかな?」

「・・・」

「・・・あるんだろう?」

「あるよ・・・だがここにはない」

「なんだと?」

 ミギーの顔色が変わる

「チップマン、話が違わないか?」

「・・・」

「そもそもP.E.N.とZ.E.N.に内通していろいろやってるところをチェリン議長に捕まって、それでも上手いことやりくりしてたはいいものの、さすがに調子に乗られて小うるさくなって、議長を蹴り出したくなったから私と組んだはずだろう」

「・・・」

「私が君の身の安全と商売の無事継続を保証するかわり、議長を吊し上げるに充分な資料を・・・名うての麻薬王との黒い繋がりの証拠を私に提供する、と」

「・・・」

「そういう話ではなかったかね?」

「・・・確かにそうだ」

「ではその約束のモノを貰おうじゃないか! 今ここで、という話のはずだ・・・立場上、人目のある所では不可能だからこういう形になっただけで、タイミングは今しかないはずだぞ」

「ではその前に、こっちとしては確かめなくてはならないことがある・・・いいかな?」

「・・・なんだね?」

 ミギーも顔色を曇らせて息を呑む

「あの黒いののことだ」

「黒いの?」

「・・・」

「・・・MEO-3のことですか?」

 リリディアが口を挟んだ

 ミギー大統領は結局、MEO-3のことを、情報として充分聞いてはいるものの、実際には眼にしていない

 それが黒いかどうかも知らないのだ

 しかしチップマンは、リリディアのほうを向きもせず、ため息をついて続ける

「MEO-3というのかアレは・・・ということはやっぱり、メオ博士でありP.E.N.の関係という訳だな」

「・・・」

「大統領・・・出来上がってた話ではどうだったね?」

「・・・」

「議長とのやり取り記録の全部と引き換えに、P.E.N.の情報セキュリティ解放するってことじゃァなかったかな?」

「それは・・・」

「こっちもそれを受けて、いろいろ調べさせてはもらったさ・・・確かに結構なセキュリティレベルの所まで行けるようにはなってた」

「・・・それが・・・」

「だが最後の最後に、どうやっても覗けないファイルがあった・・・そして、あのMEO-3と、メオ博士のその後に関してのデータが、どこを探しても見当たらない、と来るんじゃ・・・」

「・・・」

「全て解放じゃねェじゃねェか、とならないかね?」

「チップマン!」

 ミギーが遮った

「私は君に送ったのは確かに大統領レベルのIDだ・・・すなわち私が知り得る情報はすべて君も見ることができる、というものだ」

「・・・」

「それで開かないということならば、いかに大統領と言えども立ち入れない領域な訳で、そこから先はすまないが私がどうこうできる範囲ではない・・・そこは私の責任ではないぞ!」

「ほうゥ」

 チップマンはまた俯いて、足元の砂を爪先で引っ掻いた

 気色ばんで声を荒げるミギーと対照的に、チップマンは続ける

「・・・じゃァなにか・・・お抱えのP.E.N.の中に、あんたのご威光が届かない場所があるってことだねェ・・・」

「!」

「それじゃァ組織を把握してるってことにはならない・・・全てを自由にできるはずのあんたとの話が、根本から成り立たないってことになっちゃうんだが」

「お言葉ですがチップマン」

 リリディアが挟んだ

 ミギーが救いの神を見る目で振り返る

 目線をリリディアに移すチップマン

「・・・」

「MEO-3に関して、あなたとの契約が成立した時点では、まだ開発中のプロジェクトだったと認識しています」

「・・・それで?」

「P.E.N.の開発中の事案に関しては、例え大統領であっても覗けない、その開発チーム限定のセキュリティシステムが導入されることが常套です」

「・・・」

「契約の内容には、開発中の事案に対する開示義務までは言及がなかった、と記憶していますが・・・」

「だから、MEO-3は話の外だ、と?」

「・・・もちろん、すべての情報開示、という意味ではコミニュケーション不足かも知れませんが、一考の余地をいただきたい、というところです」

「・・・なるほどねェ」

 チップマンは俯き、今度は足元ではなく、首筋をポリポリと掻いた

「・・・突っ込みどころ満載の言い訳だなァ・・・作戦発動時に開発が終了してるなら報告義務はあるはずだし、ましてや発動中の作戦に途中投入なんて、誰がどう聞いてもルール違反でしょうに」

「・・・」

「まァただ、ひとつ重大なポイントを言っとくねリリディアちゃん」

「・・・」

「あンたさっき契約と言ったけど、これねェ・・・契約じゃないんだよ」

「・・・」

「契約書もデータも、俺が大統領と話した記録さえないんだ・・・こんなもの契約とは言わない、でしょ?」

「・・・」

「ただの口約束、ってやつなんだ・・・俺らの世界じゃその文言ひとつで命がなくなる、それこそ契約なんかより遥かに大事なもんなんだけどね」

「・・・」

「ただそれだけに、細かい食い違いは結果オーライで流しちゃう部分は多いってことも事実でねェ」

「・・・」

「まァだから、一考の余地っていうそのひと言で、今さっきのガバガバな言い訳も通っちゃうってこともあるんだよなァ・・・」

「・・・それでは・・・」

 リリディアとミギーの顔が明るくなる

 しかしその次のチップマンの言葉で、ふたりの表情はまた険しくならざるを得なかった

「次の質問に俺が満足できたら、MEO-3の一件はチャラってことでいいよ」

「む・・・」

「・・・なん・・・でしょう?」

 引き締まるミギーとリリディア

 チップマンが続ける

「・・・誰が仕込んだもんか知らないが、MEO-3はこの島に来てまず一番はじめに、コテージ横のガレージを潰した」

 チップマンは軽く顎をしゃくって、瓦礫の山と化したガレージの跡を示した

 ふたりがガレージを振り返り、またすぐ向き直る

「・・・なぜだ?」

「え・・・?」

 ミギーが軽く聞き返す

 意外な質問に怪訝な顔になる

 しかしチップマンの眼は真剣そのものに、ふたりを見据えている

 リリディアも聞き返した

「質問の意味がわかりませんチップマン・・・MEO-3には完全に自律したAIが搭載されています・・・現場での行動は指令できないものですが・・・」

「だとすれば、投入前の時点で、あのガレージを真っ先に破壊するべきって情報を与えた誰かがいるってことだ・・・」

「・・・そこまでは把握しておりませんが・・・」

「・・・おゥわかったよリリディアちゃん・・・この際すべて話してあげよう・・・あんた達の反応を見る限り、本当に何も解ってないようだ」

 チップマンは両手をジャケットのポケットに突っ込んだまま肩をすくめた

 ミギーも怪訝な表情のままチップマンを見つめる

「どっからいこうかなァ・・・まあガレージの破壊にこだわる理由が何かって言うとねェ」

「・・・」

「あそこは、一階部分はクルーザーやらカートやら置いてあるただのガレージなんだけどね・・・地下部分は潜水艦のポートなんだよ」

「!」

「なんと・・・!」

「さっき見た潜水艦ねェ・・・アレががそっくり入って、軽くメンテナンスできるくらいのシステムが揃ってる・・・簡単な軍事施設って言ってもいいくらいのもんなんだ・・・ま、自慢じゃないけどね」

「・・・」

「それを上陸直後、迷いなく破壊したってのは、そういう事情をわかっててやった、としか解釈できないんだよ」

「・・・でもそれは・・・

 挟もうとしたリリディアを左手で制して、チップマンは続けた

「うん、個人所有とは言えモノは潜水艦・・・立派に兵器なのは間違いないから、現場のAIの判断で攻撃したってンならわからなくはない」

「・・・」

「だがねェ、だとしたところで、ぶっちゃけ話のキモはそこじゃない・・・あれァ俺の個人所有じゃないんだよ」

「・・・」

「ワイルスの潜水艦なんだ」

「なんだと!」

「ワイルス?」

 ミギーとリリディアが同時に声を上げた

 ワイルス共和国

 西の隣国・・・今はやや鎮静化しているものの、一時フラモンクィ諸島の併合政策でかなり緊張感が高まっていたこともある

 まさかの名前に、ミギーもリリディアも息を呑んだ

「・・・ワイルスと・・・繋がっているのか・・・」

「そりゃァもちろん・・・」

 チップマンは軽く笑顔を浮かべて続けた

「ワイルス共和国政府のもんじゃない・・・民間のものさ」

「・・・」

「今回俺たちが段取ったフリーランスたちみたいなのが、個人個人じゃなくて、チームで動いてるんだ・・・フリーランスの潜水艦チームってことさ」

「・・・そんなものが」

「逆に言うと、ワイルスの潜水艦が居るってことで攻撃した・・・俺個人の所有潜水艦なら放っといたかも知れない、って可能性を感じても、おかしくはないよな・・・あんた達じゃない誰かがだが」

「・・・?」

 間を開けるチップマンに、ミギーもリリディアも言葉が出ない

 聞かされていなかった情報が次々に出てくる

「ではその誰か・・・俺の個人所有のガレージに、ワイルスの潜水艦が出入りしているのを知ったやつがいて、そいつがプログラミングに噛んでるとしたら、今回のそのMEO-3の攻撃の辻褄が、やばい方向で合ってくると思わないかね?」

「・・・」

「・・・チップマンの格納庫を言い訳に、P.E.N.がワイルスに攻撃を与えた、と?」

「そうならない、かな?」

「まさか・・・」

 ミギーも息を呑む

 一頃より落ち着いたとは言え、まだまだ隣国との緊張は高いままなのだ

 チップマンは続ける

「・・・確かに、軍部にさえ情報を入れない私闘に近い作戦だし、ワイルスとは言え民間組織だ・・・内密に補償して、なかったことにもできる・・・この件に関してはね」

「・・・」

「問題は、その誰が誰で、どうやって俺とワイルスとの繋がりを掴んだんだ、ってことなんだよ」

「それは・・・」

「私じゃないぞ、って言いたい顔だね大統領・・・まァしかし、この際そんなこたァどうでもいいんだ」

「・・・」

「ミギー派じゃなきゃチェリン議長派の関係だって話かも知れないが、それすらも実はどうでもいいんだよ」

「・・・!」

「・・・?」

 意外な話の展開に、ふたりはまたも息を呑んだ

 自分とワイルスとの秘密の繋がりを把握している相手を気にしながらも、それがミギー大統領派でもチェリン議長派でも構わない、と言っているのだ

 チップマンは相変わらず、薄く笑ったような顔のまま、淡々と続ける

「話がちょっと飛ぶが、実はねェ、このたびチップマンは、顔も名前も変えて国から出て行くことにしたんだよ」

「!」

「なに?」

 あまりにも意外な言葉に、ミギーが一歩踏み出す

「・・・もちろん俺個人が国内から姿を消すってだけの話で、俺の仕切ってるビジネスはそのまンまさ・・・もうこの国は俺なしじゃァ回らない・・・表も裏もね」

「・・・」

「違うかな?」

 ミギーの顔が歪む

 腹立たしい限りだが、認めざるを得ないのだ

 チップマンはなおも淡々と続ける

「まあ偉そうに聞こえるかもだが、そういう状態・・・言い換えればぶっちゃけ、国内のビジネスはアタマ打ちなんだ・・・もう大きなビジネスチャンスは国外にしかない・・・というのが結論なのさ」

「・・・」

「てなわけで、チップマンはこの国から姿を消し、隣国で新たなビジネスを展開していく運びとなったってこと」

「・・・本拠地を移転する、ということですか?」

「いやァ!」

 リリディアの苦々しい質問に、軽い感じでチップマンは首を振った

「移転とかじゃない・・・既にこの国に本拠地なんてものは置いてないしね・・・だいたい本拠地を一ヶ所に構えて、なんてのァ今のビジネスモデルじゃない」

「・・・」

「言わば本拠地は俺自身、ってとこかな・・・となると、今回ワイルスにて新設、ってことになるのかもな」

「・・・それで」

 同様に苦虫を噛み潰したようなミギーが口を開いた

 ビジネスが頭打ちで海外移転する、というのは、この国にもはや魅力も成長もないと宣言されているようなものだ

 相手が誰であれ、自国を頭ごなしに否定されては、統治者として耐えられるものではない

「・・・中枢の情報を握っておこうと思ったわけか・・・現政権の心臓部に影響力を残しておきたかったということだな」

「・・・」

「ワイルスから我が国の・・・私やP.E.N.にちょっかいを出していこうというわけだ」

「ミギー大統領」

 チップマンは再度、ジャケットのポケットに両手を突っ込んでミギーに向き直った

「お怒りのようだな・・・その考えは当たってる・・・半分ね」

「半分?」

「?」

 リリディアも怪訝な顔でチップマンを見直した

「忘れてもらっちゃァ困っちゃうな・・・俺はあんたと同じく、チェリン議長とも通じてるんだよ」

「!」

「・・・!」

「あんたとのことだけじゃないってこと・・・まァその他にもいーっぱい通じてはいるけどね・・・要は、あんたの敵対勢力がどんな状態で、何を考えてるか、ってのが、あんた以上に見えてるってことなんだぜ」 

「・・・」

「いろいろ進んでるんだぜ・・・あんたの知らないところでもね」

「・・・なん・・・だと?」

 ミギーの顔から血の気が引いていく

 チップマンは構わない

「そういった国の内情、いろいろ諸々を解っちゃってる俺としては、ミギー大統領一本推し、で話を進めるのはあり得ないわけさ・・・いろんなバランスを取ってかなきゃなんねェからね」

「・・・」

「国の内側に居る状態でそこに関わっていくのも、将来的に無理が生じてくるだろうな、って予想も立てつつ、の移住だ・・・」

「・・・」

「さて、長話になっちゃったが・・・」

 チップマンは深呼吸した

「・・・」

「そういったわけで、俺はこれにて全てからおさらばする・・・最後に大統領、約束の例のブツだが・・・」

「どこにあるんだっ?」

 ついにミギーは大声を上げた

 国内を好き勝手に荒らされ、挙げ句の果てに見限って出ていこうという相手に、さすがに堪忍袋の緒が切れたようだ

 だがあくまでチップマンは薄笑いを崩さない

「・・・さっきも言ったが、この国を去るっていう以上、ミギー派チェリン派のどうのこうのに関心はないんだ・・・どっちが勝ってイニシアチブを取ろうがね・・・俺は俺の実績を出汁にして、勝った方と仲良くしていこうってつもりなんだから」

「・・・仲良くだと・・・っ!」

「ということで、今回のミギー、チップマン対決の賞品は、チェリン議長との詳細な履歴と共に、ミギー大統領との密接なお付き合い履歴も、同時に用意させていただいた」

「なっ!」

「!」

 ふたりは驚愕に顔を引き攣らせた

 あまりの話に、次の言葉が出てこない

 ニヤニヤと笑い続けるチップマン

 一瞬早くリリディアが冷静を取り戻す

「・・・チェリン議長だけでなく、ミギー大統領の資料も一緒に入手してしまえると・・・?」

「そうだ」

「・・・な・・・」

「なぜそんなことを・・・」

「言ったとおり、どっちが勝っても俺は構わない・・・じゃァ強い方に進呈しようってことさ」

「・・・」

「もちろん、その他の勢力の手に渡ることもあるだろうねェ・・・そうしたらそいつは一発逆転、この国のイニシアチブを独占できちゃうなァ」

「・・・なんたる・・・!」

「奪い合え、と?」

「そうだ!」

 チップマンは轟然と言い放った

「手にした者がこの国を揺さぶれるお宝だ・・・この国の裏はもちろん、表の大半も仕切った麻薬王の最後っ屁・・・みなさん血眼になる価値はあると思うぜ」

「き・・・さ・・・ま・・・」

「もう今ごろ、チェリン議長のみならず、各派の長に通達が行ってるはずだ・・・オフィスに帰ったら世の中がひっくり返ってると思うよ」

「・・・ふっ・・・」

「ああ、あといろいろと非合法な連中の組織にも知らせておいた・・・やつらァしがらみも常識も普通じゃねェから、下手したらそこら辺で血生臭いことになるかも知れねェなァ」

「ふざけるなあっ!」

 真っ赤に血が登ったミギー

 怒鳴ると同時に、ミギーが足を踏みだした

 チップマンに殴りかかる

「!」

 だがその瞬間

 パシュン!

 軽い音を立てて、ミギーの足元の砂が高く舞った

「・・・!」

 つんのめるミギー

 リリディアは息を呑んだまま動けない

「・・・柄にもねェ行動はよしなよ大統領・・・人なんか殴ったこともねェだろうに」

 動きを止めて顔を上げるミギー

 その眼に、小さく開いた孔から薄白い射煙が立ち上るチップマンのポケットが入った

 チップマンの右手が突っ込まれたジャケットのポケットから、銃を発射した後の硝煙の臭いが漂ってくる

「こんな場所に丸腰で来れるほど命知らずじゃァねェよ・・・リリディアちゃんの衛星写真にも、これなら映らない」

「・・・」

「まァ、映ってたところでたいしたこたァないんだけどね・・・さァ、お時間となったようだ大統領」

 「・・・」

 言葉の出ないふたりに、改めて満面の笑顔を向けて、チップマンは背筋を伸ばした

「・・・お宝は頑張って探しな大統領・・・ここにはない、と言ったが、それじゃァいくらなんでも不親切だ・・・ヒントは、と言うとだねェ」

「・・・」

「今回のチップマン島の決闘に関わる場所のどこか、っていうことにしとこう」

「・・・そんなヒント・・・」

「的が広すぎる・・・」

「いやいやァ、現時点でこの島に居る君たちがやや有利でしょうよ・・・ま、そんな簡単に見つかるとこじゃないと思うがね」

「・・・」

 もはや拳を握る気力もなくなったミギーと、複雑な視線をチップマンに向けるリリディア

 チップマンが右手でポケットの中の銃を構えたまま、左手を出してふたりに掲げる

「・・・それじゃァおふたりさん・・・お元気でお過ごし・・・」

 しかしチップマンの挨拶は完了しなかった

 ガガガガガガ!

 突如の銃声!

 チップマンの身体が血を吹いて飛び去る

 ほぼ真横・・・

 脳天から爪先まで、全身に銃弾を浴びたチップマンの身体は、弾圧で1m近くも吹っ飛んだ

 ふたりの眼が見開かれ、動きが止まる

 一瞬の出来事

 瞬きもしないうちに、ミギーとリリディアの目の前で、今の今まで言葉を交わしていた男が、血まみれの肉塊となって砂地に転がったのである

「!」

「!」

 言葉どころか、息もつけない

 何が起こったのか、あまりの展開に、身を伏せる、という常識すら及ばない

 しかし次の瞬間、振り向いたふたりの眼に、あり得ない姿が映った

「・・・アレン!」

「アレン・アンダーソン・・・!」

 コテージの端にもたれて、右腕で銃を構えるアレン

 だがその姿は、この世のものと思えるものではなかった

 ボロ雑巾のように身体に引っかかっている衣服は、浴びた大量の血が乾いて、黒く固まっている

 左脚は膝下から無くなっており、アーミーパンツの裾は風にはためいていた

 そしてその顔には、蒼白を通り越して死相がありありと浮かんでいる

 ・・・まだゾンビの方が生気がある

 その中で、乱れきった前髪の隙間から煌々たる眼の光だけが、ふたりに向けられていた

「・・・」

「あ・・・」

 固まるばかりのふたりを見ているのかいないのか、ゆっくりとアレンは壁から身を起こした

 コテージの手摺りをへし折ったT字の棒を松葉杖代わりに、銃を構えたまま片脚で歩き出す

 その歩みは、とても歩くと言えるほどのスピードではないが、絶句したままのふたりに向かい、アレンは確実に一歩一歩進んでいった

「・・・アレン・・・生き残って・・・」

 漏れたようにミギーが呟く

 やがて、ふたりと会話できるくらいの距離まで近づくと、アレンはその焦点の定まらない視線をミギーに向けた

「・・・た」

「え・・・?」

 小声で呟いたアレンに尋ね返すミギー

 リリディアも耳をそばだてる

「・・・チップマン・・・始末・・・した・・・」

「あ・・・あ、ああ」

 やっと聞こえるくらいに絞り出す声

 いつもの、低いが耳触りの良い澄んだ声とは程遠い、何か喉に詰まったような、しゃがれたかすれ声に、リリディアも唇を噛む

 放心したように頷くミギーに、アレンが続ける

「・・・任務・・・完、了・・・だ・・・」

「・・・」

「・・・回収・・・して・・・もらおう・・・」

「・・・」

 なおも言葉に詰まるふたりから目線を逸らし、アレンは歩き始めた

 ゆっくりと、手摺りの松葉杖を引きずりながら、海岸線の方へ向かう

 その先には、ミギーとリリディアが乗ってきた小型ヘリ

 ハッとミギーは気づいた

 ・・・そのヘリはふたり乗り

 アレンに乗られてしまっては、操縦のできない私が乗って帰れないではないか

「・・・アレン、そのヘリは・・・!」

 慌てて声を掛け、アレンに伸ばした手を、リリディアが抑えた

 振り返るミギーに、リリディアが小さく首を振る

「・・・大丈夫です大統領・・・あれは・・・アレンはもう・・・」

「・・・」

「あの感じではもう持ちません・・・ヘリのタラップを登れるかどうかも・・・」

「・・・う・・・む」

「・・・あの状態で、よく生きていると思います・・・ヘリに乗ったとして、おそらく内地まではとても・・・」

「そ、そうか・・・」

 のそ、のそと、ゆっくりヘリへ向かうアレンの後ろ姿にミギーは複雑な視線を向けた

「・・・それにしても」

 リリディアの声が、いつもの冷静なトーンに戻る

 振り返るミギーの前で、ただの死体となったチップマンの身体に膝をつくリリディア

 蜂の巣になり、見るも無惨な姿にも全く臆さずに、近寄って検分する

「・・・あっけない最期ですね」

 その、らしからぬ豪胆な態度に驚きながら、ミギーは必死に平静を装った

「・・・こういう展開になるとはね・・・」

「ええ、意外でした」

 チップマンを調べながら、リリディアの口調は完全にいつもの冷静さを取り戻していた

「・・・まさかチップマンが我が国から脱出を計画してるとは、どこの情報からも推測できませんでした」

「それは・・・そうだな」

「当初の計画では・・・」

「・・・?」

 ミギーに話しかけながらも、リリディアはチップマンの身体から離れない

 まるで何かを調べているように

「・・・取引は素直に進行して、チップマンの資料を持ち帰り、その後連携してフラモンクィ諸島の開発計画を進める予定でした」

「・・・うん・・・連携?」

 ミギーは首を傾げた

 ・・・チェリン議長との資料を持ち帰るのは良いが、その後チップマンと連携の予定・・・?

 聞いてないぞ・・・?

 リリディアは血まみれの死体をなおも隈なく調べている

「・・・チップマンが完全にこの国を出るつもりだったとすると、本当に両方の資料をひと揃えにしたのかもしれない・・・文字通り、お宝の争奪戦にしてしまった可能性は高い」

「うむ・・・」

「そうなると、今回資料を持ち帰れないのは痛い・・・改めて部隊単位で派遣を申請しなきゃならないわ・・・」

「部隊・・・申請?」

 ・・・何の話をしている?

 責任者の私がここにいて、他の誰に何の申請をしようというのだ?

「・・・ないわね」

 チップマンの全身をまさぐっていたリリディアが、諦めたため息と共に立ち上がった

「・・・チップかICカードの類で忍ばせているかと思ったら、やはりIT嫌いの噂は本当だったようね・・・しょうがない」

「・・・」

「さっさと帰って、議長に報告しなくては」

「議長だと!」

 ミギーの全身の血が沸騰した

 ・・・まさかこの女・・・!

「リリディア君! 君は・・・!」

「動かないで!」

 張った声で振り向いたリリディアに手には、黒く光る拳銃が握られている

「!」

「・・・動かないでください大統領」

 冷静な口調

 チップマンのポケットから抜いた拳銃を構え、これ以上ない冷ややかな視線でミギーを見据える

「リリディア君・・・」

 ミギーの動きが止まった

「・・・予定では、チップマンが何人か連れてきて、大統領を拘束するか始末するか、その場で決めようという話でしたが・・・」

「!」

「彼の行動は私にとっても裏切りでした・・・まさか天秤にかけてくれるとは!」

「リリディア君!」

「チップマンが持ってくるのがチェリン議長の資料という話だったから、私が抑えに出張らなくてはならなかった・・・ミギー大統領の資料もひと揃いとなると、それはそれで最高に魅力的ではあるけれど・・・」

「・・・」

「ここにない、というのでは話が振り出しです・・・というより、緊急性と重要度が跳ね上がってしまった」

「・・・君は・・・」

「・・・」

「・・・チェリンの・・・スパイだった・・・のか・・・」

 息も絶え絶えのミギーの質問に、リリディアはにっこり笑った

「すいませんね大統領・・・補佐官に任命していただく遥か前から、私リリディア・ファルセラはチェリン議長の・・・いえ、フローリア・チェリンの親愛なる後輩なんです」

「ばっ・・・なん・・・!」

「元々はハイスクールの後輩ってだけだったんですけど、その後の大学から情報局への就職には本当にお世話になったんです」

「・・・」

「私自身だけじゃない・・・事故で私の学費どころか、生活そのものができなくなっていた母の面倒まで手厚くしてくれて・・・」

「・・・」

「というよりそもそも私、彼女の思想、考え方に非常に惹かれました・・・お世話になったお礼という部分ではなく、チェリンのために働くと決めたんです・・・21歳の時に」

「・・・」

「何ができるか・・・何をしたら彼女が喜んでくれるか・・・必死で探してました・・・だから、キャリアを全部捨てて、対抗候補のミギー上院議員の補佐官になってくれと言われた時・・・」

「・・・」

「・・・その責任の重さと、私への信頼に・・・震えましたね」

「・・・」

 言葉も出ず、動きも取れないミギー

 やがて、銃を構えたままのリリディアは徐々に後退りを始めた

「・・・呑み込んでいただけましたか大統領? 今まで大変お世話になりました・・・私が振り回されたことの方がだいぶ多かったと思いますが」

「・・・なんという・・・」

「ことでしょうね・・・チップマンの資料は、腹立たしいけど、彼の言う通り争奪戦になりそうです・・・急がないと」

「ま・・・待っ・・・」

「すいません大統領」

 明らかに後退りの歩を早めながら、リリディアの銃はミギーを向いたままずれない

「私、ヘリの操縦はできるんですが、まだ人を撃ったことはないんです・・・下手に動かれて撃ってしまうと、無駄に苦しい思いをさせてしまいかねません」

「・・・」

「だから動かないで・・・あなたの命は取りませんので、脱出はどうにかご自分でお願いします」

「そ・・・!」

「では失礼」

 追いかけても詰められないところまで後退りのまま距離を取り、リリディアはヘリのタラップに手を掛けた

 ミギーの姿は、もう指一本に見えるほどの距離

 撃っても当たらないかもしれないが、今からダッシュで来られても安心して対処できる

 棒立ちのミギーを確認しながら、ヘリのタラップをよじ登り、ドアを開けた

「!」 

 操縦席にアレン

 大きく座席を占拠して塞いでいるが、ビクとも動かない

 完全にこときれているようで、顔は蝋のように白い

「・・・乗り込むのは間に合ったのにね・・・残念なこと」

 一瞬息を呑んだリリディアもあっという間に冷静さを取り戻した

 ただ、少し戸惑う

 小さな狭い操縦席に、屈強な兵士ひとりの死体が入っているのだ

「・・・どうしようもないわね」

 操縦席に座るどころか、入れない

「これは・・・」

 ・・・引きずり出すより、押し出したほうが早いか

 チラッとミギーが動いていないのを確認して、タラップから上半身を機内に乗り入れた

 屈強な大人ひとり分・・・しかも全く動かない重量物である

 華奢な女性では簡単に動かせない

 助手席のドアを手を伸ばしてやっと開け、渾身の力を込めてアレンの身体を押した

「・・・よいしょ」

 ずるり、とアレンの身体がずれた

 その瞬間

「!」

 コロリ!

 リリディアの眼に飛び込んできた物体ふたつ

 手榴弾!

 凍るリリディア

 ピンが抜けている・・・!

 しかもふたつ!

「・・・」

 もしリリディアがパニックを起こして1秒止まっていなくても、事態は変わらなかっただろう

 リリディアはほぼ全身を、アレンの上に被せていたのだ

 アレンの腰下から転がり出した最後のカードが、リリディアの眼前で炸裂した

 ズドドォーン!

 あり得ないサイズの爆炎を立てて、ヘリが炎に包まれる

 プロペラが舞い、ドアが吹っ飛ぶ

 小型サイズのヘリは、リリディアとアレンを包み込んだまま、跡形もなく海岸に散り去ってしまった





95.


 ・・・一体全体、何がどうなって、どうしたというのだ

 茫然自失で立ち尽くすミギー

 眼の前には、豪炎を沸き立てて燃え盛るヘリ

「・・・」

 発する言葉もない・・・が、何か言ったとして、それに返事する者はいない、という現状を、ミギーはまだ理解でききれずにいた

 ・・・落ち着け・・・

 頭の中で反芻する

 何が起こったのか、まず理解しよう

「・・・」

 ・・・ついさっき、補佐官のリリディアと、この島に来た

 チップマンと、チェリン議長のスキャンダルに関する資料を取り引きするためだ

 だがそこで、チップマンの裏切りが判明した

 どうしようもなかったはずだったが、唯一生き残っていた我がチームの兵士によって、チップマンは始末された

「・・・うん」

 ・・・だがその直後、補佐官だったはずのリリディアの裏切りも判明した

 彼女は私の命こそ取らなかったが、この絶海の無人島に置き去りにしようとした

 改めてどうしようもない事態になったところ、先にヘリに乗り込んだアレンと共に、脱出しようとしたリリディアは、何故か爆発してしまった・・・

「・・・ということだ」

 ミギーは深呼吸した

 ・・・少し落ち着いたか

 辺りを見回す

 絶海のリゾートアイランドらしい美しい海景色が広がっている

 ・・・あるべきでないものと言うなら、眼の前で轟々と炎に包まれるヘリの残骸と、遠くに見える丸焦げの大樹・・・あとは瓦礫の山と化したガレージくらいなものだ

「・・・充分、イカれた眺めではあるが・・・」

 ミギーはかなり平常心を取り戻し、ため息をひとつついた

「・・・しかし」

 ここへ来たのは秘密の取り引きのため

 ということは、リリディアがいなくなった今、ここに私がいるのを知っている者はいない、ということだ

「・・・さあて」

 落ち着きを取り戻したミギーは、その絶望的な状況にも関わらず、意外と焦らずにいた

 ・・・仮にも大統領

 何の連絡もなく消息を絶ってしまえば、国中総出で捜索がなされるに違いない

 この後のスケジュールに穴を開けるのは少々痛いが、チップマンに誘拐された、ということにでもしておけばいい

「問題は助けが来るまでの生存か・・・」

 もはや、目の前のチップマンの死体すら冷静に見えるほどに我を取り戻したミギーは、今後の段取りを計算し始めた

「食い物と・・・飲み水・・・うーん」

 目の前のコテージに眼が向く

 ・・・昨日までは人が居たのだ

 何かあるだろう

 もしここになくても、その奥に従業員用の施設もあると聞いた

 電気が生きてれば、冷蔵庫も使えるかもしれない

 ・・・ひょっとしてネット環境が生きている、という可能性も

「まあ、まずは確認か・・・」

 呟いて、コテージへと歩き出した

 アレンがへし折ったと思われる手摺りの跡を遠目に見ながら、コテージのステップに脚をかける

「・・・うん」

 何人もが出入りしたコテージ

 にも関わらず結局、最初にソードフィッシュが侵入してから、誰も通らなかった玄関ドア

 そこに続くステップに、ミギーは脚を掛けた

 ステップに紛れて張られた細い糸・・・ミギーでなくても、おそらく気づくことはできない

 ミギーの足が張った糸を踏む

 ヒュヒュッ!

 風切り音が鳴り、ミギーの首に細く、硬い2本の矢が突き立った

「・・・!」

 一本は頸椎、一本は頚動脈

 モンの残した小さな仕掛けが、音も気配もないまま、ミギーの息の根を刈り取った

 声もなくズルズルと崩れ落ちるミギーの身体が、玄関ドアを塞ぐ

 もう、動かない

 そしてその上を海風がそよいでいった

 島は静寂を取り戻し、やがて陽が傾き、夕暮れが辺りを包み始めた頃、ヘリの炎は海岸で静かに消えてしまった





96.


『現役大統領、休暇中に失踪』

 ニュースは瞬く間に国中に広まった

 3選が成された直後の、時ならぬ失踪・・・誘拐か、はたまた暗殺!

 メディアは色めきたって報道合戦を展開し、巷では大いにまことしやかな未確認情報、都市伝説の類が横行した

 その一方で、チップマンの蒔いた情報も裏社会に広く拡散され、各種の非合法組織もまた、時の政権に深く影響できるお宝情報を求めて、未曾有の勢いで争奪戦を展開することとなった

 中には、裏で隠密裡に行動することを開き直った過激派も現れ、力任せな騒ぎを各所で巻き起こした

 その不可解な行動が表に出てしまい、更に世間の憶測と流言飛語に拍車をかける、というパニックスパイラルの嵐が吹き荒れたのである

 しかし、国を挙げての大騒ぎも長くは続かなかった

 いち早く行動を起こすことに成功した政府筋が、総力を上げて隠蔽工作に乗り出したためである

 血眼になった各種のメディア、対立陣営、非合法組織の尖兵が大挙してチップマン・アイランドに押し寄せたのは、P.E.N.とZ.E.N.の合同特派チームが、チップマンの資料その他、洗いざらい回収していった後だった

 残ったのはいくつかの家屋と、それに仕込まれていた種々の仕掛け・・・ペシャンコに潰れたガレージと、その地下にあるかなり本格的な潜水艦ポート、それに丸焦げの大樹だけ

 そんな所で現役大統領の遺体が発見されたという事実と、かなり改造された基地島だという情報から、なおも噂は枝葉に広がりを見せる勢いであったが、常日頃、烏合の衆っぷりには定評の政府が、今回ばかりは似合わぬ対応の速さと団結力で、世間の上をいったのである

 まず国内外のテロ組織の名前を活動経歴と共に次々にメディアに載せ、危機意識を煽りに煽った

 次に、反政府的な団体や政府に都合の悪い姿勢を示す組織や大企業、果ては個人レベルのインフルエンサーまでもを連日連夜、定かならざる理由で攻撃し続けた

 やがて、現地の整地、という名目の証拠隠滅が完了した三週間後、中規模の新興宗教団体の下部組織に白羽の矢を立て、何人かを適当な罪状を被せて逮捕、首謀者とされる個人を祀り上げて投獄してしまったのである

 勢い任せの強引過ぎる幕引きであったが、ひと通りの大騒ぎの結果、政府の思惑通り、この一連の事件は数多の『永遠の未解決事件』のひとつとして、歴史に名を連ねることとなった


 そして程なく、『大統領不在時の緊急特措』によって代理に任命されたチェリン議長が、正式に大統領の任に就くこととなった

 事件発覚から30日後のことである





97.


「おはようクリス!」

 ドアを開けるなり、チェリンは大きな声で秘書官を呼んだ

 手に持った書類をデスクの端に丁寧に積み上げる

 呼ばれた秘書官クリス・クーネックが奥の椅子から立ち上がり、チェリンへ近寄った

「おはようございますチェリン議・・・いえ、チェリン大統領」

「・・・」

 大統領と呼ばれたチェリンは返事をせず、しかし満足そうな笑顔を満面に浮かべてクリスに向いた

「・・・慣れないわね」

「昨日からですから・・・すぐお慣れになります」

「まあね」

 クリスがすかさずタブレットを開く

「さっそくですが、午後からは予定が目白押しです・・・午前中はご挨拶の来訪が数人ですが・・・詳細を述べますか?」

「いえ、そんなことより・・・」

 チェリンは大きなデスクを回り込み、椅子にどっかりと座り込んだ

「・・・例の報告書の最終が、昨日のうちに来てるはずなんだけど?」

「例の・・・」

 クリスがすぐにPCをチェックし始める

「・・・コムギート・レポートの最終版ですね・・・まだ来てませんが」

「朝イチには間に合わないかもとは聞いてるからいいわ・・・デジーニョはもう来たの?」

「・・・そこに」

 クリスが指差した先には、かつてミギーとリリディア、そして四人のフリーランスがミーティングしたあの小部屋に入る隠し扉があった

「・・・いつから?」

「わかりません・・・今朝私がここに来たら居られて、いきなりそちらに入られて・・・開けるな、と・・・」

「ああそう・・・」

 いつものこと、とでも言いそうな顔で、チェリンはため息をついた

「・・・」

 クリスがPCに眼を落とす

 が、すぐに顔を上げてチェリンの方を向いた

「あの・・・」

「・・・なに?」

「・・・質問よろしいでしょうか?」

「デジーニョが何者かという質問であれば答えません!」

 振り向きもせず言い放つリリディア

 以後この話題を繰り返すことは許さない、というオーラで満ち溢れている

 気圧されて押し黙るクリスに、チェリンは続けた

「・・・」

「・・・何者か知りたければ、調べるのは個人の自由ですクリス・・・ただそうなると、私はせっかく得た優秀な秘書官を手放さなくてはならなくなる可能性が高いわ」

「・・・!」

「・・・それは同時に、貴方の方でも失くすものが立場や仕事だけではなくなるということでもあります・・・わからない人ではないはずよクリス」

 クリスを全く振り向くことなく、冷静だが強圧的に言い放って、チェリンはデスクの上で手を組んだ

「・・・了解しました」

 少しの間の後、呟くようにクリスは了承した

 再びPCに眼を落とす

「あ・・・」

 新着ファイルを確認し、チェリンに声を掛けた

「・・・来ました・・・コムギート・ファイルです」

「こっちに回して」

 チェリンも自分のデスクのモニターを覗き込んだ

 すぐに新着ランプが赤く点る

 ・・・最終版だけあって、かなり読み応えありそうね

 「読み終わる前に午前の来客が来なければいいけど・・・」

 呟きをクリスが拾った

「・・・待たせるように指示しましょうか?」

「・・・うーん、そこまでは・・・いや、その時判断します」

「わかりました」

 チェリンはファイルを開いた




『コムギート・レポート7.0.0

 (P.E.N.戦場調査官アズン・コムギート及びそのチームによる、チップマン島(仮称)における戦闘痕跡調査の最終報告書)』



1.島内で発見された者リスト

 ・現地確認、及びリリディア元補佐官の所持情報から推測されるもの

 ・身元が明確でない個体名はリリディア元補佐官の所持情報から推定し、仮称とした

 ・死体の発見時の状況により、本人確認レベルを3段階に分類


●ミグネリオ・ウィーゴ元大統領(確認レベルC:肉眼もしくは顔認証で本人と認識できる)

 場所:コテージの玄関先

 状況:玄関ドアに寄りかかり、そのまま崩れ落ちた形で床に横臥

 死因:仕掛けられた罠(*1)から射出されたと思われる矢による、頚椎の破壊(同時に頚動脈の破損もあるが、矢の残存により出血は少量)


●グレーデル・F・チップマン(仮称(*2))(確認レベルC)

 場所:コテージ近辺の海岸

 状況:砂地に横臥

 死因:全身被弾による射死


●ナギ・サマール(確認レベルC)

 場所:東部雑木林の中腹

 状況:地面に伏臥(近接してダックマンの死体)

 死因:頚動脈の切断による失血死

その他全身に切傷、裂傷、刺傷多数も致命傷には至らず(*3)


●ダックマン(仮称)(確認レベルC)

 場所:東部雑木林の中腹

 状況:木の幹にもたれて坐臥(近接してナギ・サマールの死体)

 死因:全身の切傷、裂傷による失血死

その他全身に切傷、裂傷あり、右脚粉砕骨折、左鎖骨及び肋骨5本骨折、内臓破裂


●MEO-0.38.295実験機(*4)(確認レベルC)

 場所:島のほぼ中央の平地部

 状況:平坦部草地にて伏臥

 死因:LVRガス(*5)の吸引による脳機能停止

 各所損壊激しくも、頭部の損傷は軽微

 弾薬等の残量はなし

 個体はP.E.N.にて回収済み(精査中)


●ドクター・マター(仮称)(確認レベルC)

 場所:東部頂上付近、監視小屋前の空地

 状況:北東部の低木郡に半身を乗り入れて横臥(*6)

 死因:胸部圧迫による肋骨損壊、背骨粉砕、全身打撲、内蔵破裂


●リリディア・ファルセラ元補佐官(確認レベルB:残存部位の記録、特徴などから推定できるもの、頭部の確認が不可能なもの)

 場所:西海岸付近の砂地

 状況:全身損壊、頭部未発見(飛散した四肢の残存がアレン・アンダーソンのものと混在)

 死因:自身が搭乗してきたと思われるヘリ(*7)の爆発に巻き込まれたもの


●アレン・アンダーソン(仮称)(確認レベルB)

 場所:西海岸付近の砂地

 状況:全身損壊、頭部未発見(飛散した四肢の残存がリリディア・ファルセラのものと混在)

 死因:リリディア・ファルセラの乗って来たヘリの爆発に巻き込まれたもの

 致命傷は始動直後のMEO-3に全身を掃射されたものと考えられるが、最終的に存命のままヘリに乗り込んだ後爆発したもの


●兄貴(仮称)(確認レベルB)

 場所:東海岸の岩場

 状況:全身損壊、頭部発見なるも顔認証不可能なレベルで損壊

 死因:MEO-3との戦闘中、付近のモーターボートの爆発に巻き込まれたもの

 爆発が自身もしくはMEO-3による爆破か、何らかの第三者事由によるものかは不明


●ソードフィッシュ(仮称)(確認レベルB)

 場所:東部頂上付近、監視小屋前の空地

 状況:全身損壊、頭部未発見、上半身焼焦

 死因:MEO-3の自爆行動に巻き込まれたもの

 AT32タイプ(*8)の自爆機能のため、高温により上半身が焼け、下半身のみ残ったもの


●モン(仮称)(確認レベルA:認証不可能、状況及び情報と実体の存在から割り出したもの)

 場所:東部頂上付近の樹上

 状況:全身焼焦

 死因:体躯を樹幹に縛り付けた状態でそのまま焼死

 未焼の体内から、アコジン睡眠薬(*9)に類似する木の実(*10)が発見されたため、自身を固定して安静治療中だったと推測される



2.詳細な戦闘状況

 ・現地の状況の実地検分及びリリディア元補佐官の所持情報(衛星(*11)からの・・・



 ポーン!

 ここまで読んだところで、デスクのインターホンが軽い音を立てた

「・・・」

 反応するクリスを制して、自ら出る

「はい」

『パン・パーカー上院議員がお見えです』

「お通ししてちょうだい」

『かしこまりました』

 インターホンを切り、デスクトップ画面のファイルを閉じる

 確認するように顔を向けるクリスに向かって、チェリンは苦笑いした

「・・・ここまででこのボリュームじゃ、とてもすぐには読みきれないわ・・・それにしても相変わらず注釈の多い報告書だこと!」

 無言で微笑んで業務に戻るクリス

 すぐにドアにノックの音がした

「どうぞ!」

「おはようございます大統領!」

 返事と同時にドアが開き、着こなしのいいスーツに身を包んだ長身の紳士が大股で入って来た

 上院議員の肩書きに似つかわしくない、スポーツマンのような爽やかなオーラを振り撒く褐色の男は、にこやかな笑顔でチェリンの座るデスクへと直行する

「おはようパン・・・」

 笑顔に気圧されて苦笑いが漏れるチェリン

 断りもせず、対面のソファにどっかりと腰を下ろすパン

「ひょっとして、大統領就任、最初の来客かな?」

「そうね」

「やあ光栄だ・・・まあそこは大学時代の同級生として、真っ先に駆けつけなくちゃね!」

「よく言うわ・・・あたし主催の同窓会をことごとく欠席したくせに」

「人にはスケジュールってもんがあるのさ・・・ともかく大統領就任おめでとう!」

「ありがと」

 両者笑顔のまま

 しかし横のクリスは全く顔を上げないジージョン

「で、今日は何かしら・・・またフラモンクィ諸島の開発プランに難癖つけに来たの?」

「あっはっは!」

 パンは豪快に笑い、両手を広げた

 ・・・どうにもミギー前大統領を彷彿とさせる立ち居振る舞いだわね

 チェリンは笑顔を崩さずにパンを見つめる

「またって言われたよ・・・そういうのは来週の上級議員会議が終わってからやるからいいんだ・・・今日はほんとに挨拶に来ただけだからさ」

「へーえ」

「・・・あと、報告がある」

 いきなり真面目なトーンに切り替えたパン

「・・・なにかしら?」

「あの女の子のことだ」

 チェリンは少し視線を浮かせ、しかしすぐに思い出した

「・・・オーストン医療センターのあの子のこと?」

「そうだ・・・」

「どうかしたの?」

 チェリンも真顔になる

「身元引受けが決まった」

「また急ね」

「ファゲルマー侯爵だ」

「なんですって?」

 不意な名前に、チェリンは思わず声を上げた

 真顔のままパンは続ける

「・・・アイディ適正試験の結果を入手したらしい・・・侯爵みずからオーストン医療センターに迎えに来たってさ」

「どこからどうやって他に入れたの・・・あの試験は軍事機密相当案件で、政府内でも極秘のはずよ?」

「・・・漏れたんだ」

「信じられない・・・Z.E.N.のセキュリティはどうなってるの?」

「逆にそこは聖教会の組織力ってやつだろうな・・・やつら欲しいものにはまっしぐら、だからね」

「そりゃあんな適正結果が出たら、どんな組織だって欲しがるわ・・・寄りによってファゲルマー侯爵!」

「・・・」

「ミギー大統領の熱狂的支持者だなんて!」

「しかもメインスポンサーだったからなあ・・・眼をつけてたのは我々だけではなかったってことさ」

「・・・」

「数ヶ月前に、定期的に入金されていた入院費が、一気にかなりまとまって入ったらしい・・・あの子のスポンサーはどうやら危険な仕事をしてるらしく、万が一の時はそうなる手筈だった、というのは医療センターの方も了解済みだったそうだ」

「・・・身元引受け人がいなくなった途端」

「すかさずセンターに教会から連絡が来て、一も二もなく手続きを済ませてったってことだ」

「・・・じゃああの子は、ユキ・グランバーグ・・・になった訳ね」

「正式にグランバーグ一族の仲間入り、晴れて聖教会の一員・・・奥に隠されて帝王学の英才教育を施されて、って流れだろう」

「あの子は頭角を現すわ!」

 ため息混じりだが強い口調で、チェリンは背もたれに寄りかかった

「・・・遅くても十年・・・早ければ5年で、この国の運営の深い場所で力を発揮し始める・・・表か裏かわからないけどね!」

「5年・・・だろうな」

 パンも腕を組んだ

 二人とも深刻な面持ち

「問題はそれが聖教会一派だってことよ・・・脅威のタネが今まさに撒かれたわ!」

「そうだ・・・そうなるとだチェリン」

「わかってるわ」

 チェリンは微動だにせず、パンを見つめた

「フラモンクィ諸島の開発計画を、基本方針から組み直さないといけないってことね」

「お互いね・・・ぶつかってる場合じゃなくなった訳だ」

「私とあなたと、共闘するってこと?」

「そうならざるを得ない、と思ってる」

「・・・落とし所が見つかるのかしら?」

「・・・でも今なんとかしないと、取り返しのつかないことになるぞ!」

「それはそうね・・・」

「とにかく」

 パンは腰を浮かせた

 さっきまでの和やかな笑顔はもうない

「・・・来週の上級議員会議までに大筋だけでも組み上げて、草案だけ提起できるようにしておかなくちゃならない」

「・・・」

「まめに連絡するが、スピーディな対応をお願いするよ」

「わかってるわよ」

 パンは立ち上がり、上着の襟を正した

「・・・ということで、就任の挨拶及び極秘会議は終了だ」

「確かにメールなんか残せない内容ね・・・会えて良かったわ」

 チェリンも立ち上がった

 デスク越しに握手を交わす

 クリスも顔を上げて立ち上がり、退出する客のドアを開けるため出口へと向かう

「それじゃ!」

 あっさり言い残すと、うやうやしくドアを開けるクリスに手をかざして、パンはドアの向こうに消えた

「・・・クリス!」

 と、去り行くパンに見向きもせず、デスクのPCに眼を落としたチェリンが、クリスに声をかけた

 丁寧にドアを閉めようとするクリスが動きを止める

「?」

「・・・悪いけど、そのまま外でムーンバックスのホットコーヒーをお願いしていいかしら?」

「・・・はい」

「Sサイズでいいわ・・・もちろんあなたの分もね」

「いただきます」

 言い残すと、クリスもドアの外へと消えていった

 そのドアがゆっくりと閉まる

 バアン!

 いきなり隠し部屋のドアが開いた

 ・・・そんな派手な開け方では、隠し扉の意味がないでしょう

 チェリンが思う間もなく、デジーニョが出てきた

 透き通るような白い肌と、後ろで括ったほぼ白に近い金髪

 フットワークの軽そうな身体つきには、大統領執務室という堅苦しい場所にはおよそ不釣り合いな運動着が纏われている

 ズカズカと大股でデスクに近づくと、見つめるチェリンの前に立った

「・・・ワイルスに行く」

「なんですって?」

 驚いて聞き返すチェリンに、デジーニョは冷たい、というより無機質に近い視線を向けた

「国内の仕事はどうしたの?」

「・・・どれ?」

「どれって・・・D・ジョウの密売組織の跡目争いの一件・・・」

「ルフとゼノの兄弟喧嘩か」

 低いが凛と響く声

 どこか機械的にも聞こえる

「・・・」

「確かに大ごとだが、今は膠着状態だ・・・今日明日、何か動き出すっていうことはない」

「・・・」

「それより気になる事ができた・・・眼をつけてたスパイ組織に動きがある」

「・・・?」

「バネロとバスコという、ふたり組の情報屋だ・・・このふたりは常に行動を共にしていたが、今回初めて手別れして動いている」

「・・・」

「その片方がワイルスに渡ったという話だ・・・下手をすると面白い流れになるぞ」

「・・・話が見えないわデジーニョ」

 チェリンは軽く首を振った

「・・・そのふたり組のスパイが何者か私は聞いていないし、さっきの武器商人の跡目争いの方が火急の要件に思えてしょうがないのだけれども・・・」

「ふん!」

 デジーニョは、視線をチェリンに向けないまま鼻を鳴らした

「バネロとバスコのスパイスカンパニーは、いまやZ.E.N.のニュースソースの主軸の一本だ・・・それが特殊な動きを始めたということは、Z.E.N.が出し抜かれてるってことだ」

「・・・」

「俺としてはZ.E.N.でもP.E.N.でも、出し抜かれたところで知ったこっちゃないが・・・」

「・・・?」

「スパイスカンパニーも、あんたが気にしてる・・・ええと?」

「・・・D・ジョウ・シンジケート・・・ルフとゼノの武器密売組織のことね」

「それそれ、そのシンジケートの親分、つまりルフとゼノの親父も、例のチップマンなんとかって騒動の関係者なんだぜ」

「なんですって?」

 身を乗り出したチェリンを横に、デジーニョは優雅に上着を羽織った

 有名なバスケットボールチームのロゴがデカデカとプリントされたジャンパーを、嫌味なく着こなす

「調べたんだろ、コムギートを使って?」

「・・・」

「そんで、スパイスカンパニーがメインに絡んでいた親玉の情報屋は、兄貴と呼ばれてた傭兵上がりだ」

「兄貴・・・この・・・」

 チェリンはPCのコムギート・レポートのファイル名に眼をやった

「・・・で、ルフとゼノの親父はソードフィッシュって名前で大活躍したギャングの大物だ・・・どっちも見覚えのある名前だろう」

「ソードフィッシュ・・・」

 呟くチェリン

 ここへ来て、現実感のない書面上の名前が次々にリアルに浮かび上がってくる

 現在進行形の問題の根元の部分・・・

 ・・・これはレポートだけでなく、アズン・コムギートに直接インタビューする必要が出てくるかもしれないわ

 息を呑むチェリンのデスクの前で、デジーニョは鮮やかに身を翻し、出口へと身体を向けたものの、一瞬動きをとめた

「・・・そういえば、Z.E.N.で思い出したが」

「・・・?」

「Z.E.N.に警戒指令を出しといた方がいい」

「なんですって?」

「K.M.ジージョンを見つけ出し、絶対に眼を離すな、って」

「・・・K.M.ジー・・・何なのそれ?」

「わからない」

「わからない、ですって? あなた、ふざけてるの?」

 デジーニョは動きを止めたまま、チェリンを睨んだ

「急いでる時にふざけやしない・・・超優秀なハッカー集団だ」

「ハッカー集団・・・」

「K.M.ジージョンというのが組織の名前なのか、リーダーの名前なのか、ひょっとして正体のないキャラクターなのか、個人なのかどうかすら・・・今のところその名前だけしかわかっていないって代物だ」

「・・・」

「だがその中の『メル』というキャラクターだけは要注意だ・・・おそらくその組織のかなりの中心人物だろう」

「・・・」

「今のところ騒ぎになることは何一つしていない・・・だが、あり得ないセキュリティの内側に痕跡を残して、何もせずに出て行かれた、という報告が積もってきている」

「・・・」

「いざ何かされたら、大騒ぎ、では済まなくなるのは確定だ」

「・・・そのハッカーが一体どういう・・・」

「一度だけ、その『メル』のクレジットが、フルネームで書かれたことがあった」

「・・・」

「クレジットの名前はメル・アンダーソン・・・このファミリーネーム、偶然かな?」

「・・・そんなはずがないわね・・・全く・・・何なのそれ!」

「チップマン騒動そのものは落ち着いたのかも知れないが、その後の波紋は結構な勢いで広がってってるってことだね」

「・・・」

「それも、予想もしなかった方向にだ・・・ええ大統領様!」

 ドアを開けながら振り向いたデジーニョに、無言で視線を向けるチェリン

「・・・いろいろ大変だね」

「わかってるわよ!」

 むくれたように答えるチェリンに向かって、デジーニョはニヤッと笑いながらドアの外に半身を出した

「それじゃ」

「待ちなさい!」

 強く呼び止めるチェリン

 動きを止め、怪訝そうに振り向くデジーニョ

 チェリンはデスクの引き出しから名刺を取り出した

「・・・」

 裏面にサインとメッセージを殴り書き、デジーニョに向かって差し出す

「なんだ?」

「これを持って・・・」

 引き返してきたデジーニョに手渡した

「・・・ワイルス軍事情報局のジョー・U・ワスビーを訪ねなさい・・・動きが取りやすくなるはずよ」

「ジョー・ワスビーって・・・あのワスビー提督かい? またなんでそんな大物を・・・」

「いいから!」

「・・・わかったよ」

 睨みつけるチェリンに気圧されながら、デジーニョは名刺をポケットにしまい、今度こそ勢いよく部屋を出ていった

「・・・」

 ため息をついて、チェリンはチェアをグルリと回した

 正面の扉から、横の壁にチェリンの身体が向き直る

 背もたれをグイと倒すと、天井間際に並べて掲げられている歴代の大統領の肖像画が視線の先に来た

 ズラリと並んだ肖像画の、一番左端に眼をやる

「・・・初代ケイ・リーン大統領から50年・・・植民地から独立して大統領制になってもうずいぶん経つのに、この国はいつまで暴れっぱなしなのかしら?」

 右手を銃の形に構え、チェリンは一枚ずつ、並んだ肖像画を撃つ振りをしていった

「・・・エニッツ・ディレク・・・ティキラー・ディアボロ・・・ユウ・ディランド・・・」

 ひとりひとりの名前を呼びながら一回ずつ撃ち抜く素振りを続け、なおも数枚を撃ったところで、チェリンは最後の一枚を撃ち抜いた

「・・・ミグネリオ・ウィーゴ・・・と」

「戻りました」

 ちょうどピタリのタイミングで扉が開いた

 ツインホルダーにコーヒーをふたつ提げたクリスが、執務室に入ってくる

「ありがと」

「いただきます」

 デスクの端にカップを置くと、さっさとクリスは自分のデスクへと戻っていった

「・・・」

 淹れたてに近い熱さのコーヒーに口をつけながら、チェリンは呟いた

「・・・そうね・・・これからが大変だわ!」

 燦々と降り注ぐ午前中の陽の光が、チェリンの背中を照らす

 その窓の外には、かつて猛者たちが激闘を繰り広げた時と全く変わらない雄大な青空が、どこまでも遠く広がっていた

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