jpn survive 1
主要人物紹介(敬称略)
●ミグネリオ・ウィーゴ大統領
モデル:ミギー
3期連続当選の、内外、表裏に渡って強い影響力を持つ大統領
今回その裏側の部分のみが描かれ、実力派政治家の面は現れない
●リリディア・ファルセラ補佐官
モデル:リリディア
大統領付きの、才色半端なく兼備の補佐官
大統領になる前からミギーの側で振り回されてきた
●チップマン
モデル:チップマン
麻薬王に留まらず、国を裏側から牛耳る影の帝王
今や国の表の部分もほぼ手中に収めている
●アレン・アンダーソン
モデル:アレン
単身で国々を渡り歩く、凄腕の万能傭兵
かなりのイケメンに加え女性に眼がない、本当の意味での色男
●ソードフィッシュ
モデル:太刀魚
傭兵の経験を活かして活躍するギャングの親玉で、武器の密売が主業
親分肌の人情家だが、今回それが描かれる場面は少ない
●ナギ・サマール
モデル:渚丸
生粋かつ純粋な軍人で、信念に忠実な堅物
それが為に、立ち上げた組織から排除された過去を持つ
●ドクター・マター
モデル:okまたきち
距離を大切に、用心深く冷静に物事を考える狙撃手
仕事を感情を入れず、作業としてこなすのを身上としている
●ダックマン
モデル:KAMO
アレンと同じく単身の傭兵だが、その仕事を見た者がいない
野生味が前に出るタイプの、これも絶世の美女
●兄貴
モデル:兄貴
傭兵というより、実戦もこなす情報屋で、同業者グループの中心人物
下調べと根回しで闘う前に勝つのが本道だが、今回は実戦参加
●コールドハンド
モデル:末端冷え性
壮絶な過去を経て改造され、さらにそこから逃げ出した強力な人間兵器
その経歴に反し、人間性は明るく優しい天然
●モン
モデル:flyingmonkey
時代錯誤かつ原始的な手法の野人戦士
国家的な背景があるものの、本人は純粋かつ誇り高い戦闘愛好家
++jpn
1.
「私はもうこれ以上、我慢ならんのだ!」
ドン!とデスクを叩く
豪奢な執務室の奥に隠された、狭く薄暗い秘密部屋の奥の小さな席に、それでも精一杯の威厳を示すように、男は踏ん反り返っていた
ミグネリオ=ウィーゴ大統領
異例の3期連続当選を果たし、向かう所敵無しの盤石基盤を築いた、この国の最高責任者である
爽やかな笑顔とわかりやすい演説、笑える程度の天然キャラで、「ミギー先生」と馴染まれてきた男の顔はしかし今、怒りと興奮で険悪に歪んでいた
一方そのデスクの真横には、ストイックなスーツと理知的な眼鏡が真逆に演出的な、ショートカットだがとんでもなくグラマラスな美女がファイルを開いている
「・・・リリディア君続けたまえ」
「はい」
しばらくの沈黙の後ミギーに呼ばれたリリディア補佐官は、改めてファイルに眼を落とした
「・・・先ほどの説明の通り、我が国の金融のみならず、今や教育や医療にまで影響を持ち始めたこの麻薬王を野放しにすることは、今後の我が国の・・・」
「説明はもういいよ美人補佐官様」
部屋の端の壁にもたれた、高級スーツをさりげなく着こなした金髪の青年が割って入った
「貴女の美しい声はずっと聞いてたいけど、チップマンの経歴なんて、一般の国民でも知らないヤツはいないさ・・・今回の標的はそのチップマンでいいってことだよね?」
「・・・結論、そういうことです」
「それはわかったよ・・・標的がデカいから、ヒットマンを複数用意するというのも理解できる・・・そのメンバーを集めて、一回の説明で済ませちゃおうって失礼なやり口も、百歩譲って呑もう・・・僕がいちばん我慢ならないのは!」
壁にもたれた金髪の青年は、部屋の中央のソファに座る黒スーツの男を、真っ向から指差した
「この嘘つきの恥知らずと、なぜ一緒に組まされなきゃなんないのかってことさ!」
「んだとコラ?」
指差された黒スーツの男がゆっくりと青年を振り向く
黒いスキンヘッドとたっぷりの口髭と共に、殺気立った眼光が青年に向けられた
「・・・嘘つきの恥知らずだ? よくも抜かしたぜ若造・・・いつになったら残金持ってくるつもりだ? ゴチャゴチャ言いたきゃ払うもん払ってから抜かしな! 恥知らずはどっちだこの野郎!」
「払えだと?」
青年の背中が壁から浮く
「請求書ってのはまともな商品渡してから送ってくるもんだと思うがな! なんだあの粗悪品の山は? まともに動くのが30丁のうちの6丁って何事なんだ!」
「粗悪品だァ? テメエが取り扱いをわかってねえだけだろう! それとも何か? 電話帳サイズで説明書でも付けてやったらよかったのか? 銃によォ?」
「粗悪品で悪けりゃ骨董品だ! 送ってきた木箱に19で始まる製造年号が刻んであったぞ! どんだけの在庫処分だ!」
「・・・ふたりともやめたまえ」
ミギーが冷静に割って入る
他に興奮した者がいる場では、自らの興奮は冷めさせられてしまうものだ
「アレン・アンダーソン!」
呼ばれて振り返った金髪の青年に、ミギーは話しかけた
「・・・一斉に呼びつけた非礼は謝ろう・・・後で説明するが、これには訳があるので理解して欲しい・・・その上で、今回の人事は大変複雑な事情を踏まえて、非常に考え抜かれたものであることを言っておきたい」
続けて、中央に黒スーツの男に向き直る
「ミスター・ソードフィッシュ」
「・・・ミスターはいらねえよ」
ギロリ、とミギーを睨みつける
「そうか・・・ではソードフィッシュ・・・君の商売が単に兵器売買に収まっていない事は承知している・・・情報通としてのキャリアも順調に積み上げているようで何よりだ」
「・・・ありがとさんで・・・」
「その情報網のゆえに、今回の話にアレンが必要なのはわかってくれるだろう?」
「・・・」
ソードフィッシュは眉をしかめた
「・・・そいつぁ逆だな」
「逆?」
「この野郎のやり口はだいたいわかってる・・・それが居るってことで、どういうミッションかってのが見えてくるぜ」
「ほう素晴らしい!」
ミギーは軽く手を叩いた
「君のような優秀な人材と共に事を運べるのが嬉しいよ・・・積極的な参加を感謝する」
「積極的ときたぜ!」
ニヤニヤと意地悪な笑顔を浮かべるミギーに、ソードフィッシュは両手を拡げた
「冗談もほどにしてくれ大統領! 俺はもう現役引退に向けて段取りしてたんだぜ! 現場の殺し合いなんぞとっとと辞めて、地道に情報屋と小火器あたり扱いながら孫と遊ぼうと思ってたのによ!」
「・・・」
「せっかく育てた幹部どもを片っ端からぶち込みやがって・・・組織もへったくれもありゃしねえや!」
「その代わり、今回の話が成功に終わればソードフィッシュ? 晴れて正式に企業として認可がおりるという訳でね」
「・・・」
ミギーのニヤニヤは止まらない
「それだけじゃないはずだソードフィッシュ・・・この間、正式ではないが紹介したよね?」
「・・・国防委員長と陸軍の事務官な」
アレンが口をすぼめた
「・・・ひでえ話だ・・・こんな極端な飴と鞭、聞いたこともねえ」
「似たようなもんだよソードフィッシュ」
アレンが口を開く
ソードフィッシュはゆっくり振り向いた
「・・・この任務拒否したら、僕が海外で傭兵やって稼いだ金に、95%の税を掛けるらしい」
「なんだそりゃ!」
「そういう法案が一晩で通ってしまう可能性もある、っていうことだよアレン」
ニヤニヤに一層の拍車をかけて、ミギーはデスクの上で手を組んだ
「海外軍事活動規制法案、特別措置枠というやつだが、こんな一般に馴染みのない法案、審議にかける時間も勿体無いからね・・・それより、世界を股にかける凄腕の万能傭兵アレン・アンダーソンとしては、海外活動時の身分保証と火器使用の限定解除が欲しいんじゃないのかな?」
「・・・」
アレンは肩をすくめて言った
「・・・何にしても、断る選択肢はないってことさ・・・そっちの兄さんも大方、なんかで脅されて連れて来られたんだろう」
アレンは部屋の反対側の壁にもたれる青年に視線を向けた
ソードフィッシュもアレンと反対を振り返る
黒い短髪に丸い眼鏡、すらっと長身の東洋人
ひとことも発しないまま聞いていただけの青年は、話を向けられてはじめて、部屋の他の4人を見回した
「・・・あまり自分の事情をさらけ出すのは気が進みませんね」
凛とした声が響く
ミギーはそれでもニヤニヤを止めない
「マター君・・・オーストン医療センターに入院中の娘さんはお元気かな?」
その瞬間、マターと呼ばれた男の表情はグッと険しくなった
「大統領・・・個人的な情報は慎んでいただきたい!」
「おっと、失礼失礼」
「・・・そういう話かい・・・汚ねえ手を・・・」
ソードフィッシュも眉をしかめる
「・・・それもこれも、麻薬王に穢されきったこの国を、正義の手に取り戻すための方策だよ・・・さて」
睨みつける三人を改めて見回し、ミギーはリリディア補佐官を促した
「リリディア君、詳しい説明を」
「はい」
リリディアがファイルを開ける
「・・・今回みなさんには、ある島に潜入していただきます」
「島?」
「はい、ローダンシティのフォックス岬から南西に300kmの洋上に、チップマン所有のプライベートアイランドがあります・・・そこに建てたコテージで、チップマンは来週いっぱい、バカンスのため滞在する、という情報です」
「ヒュー! プライベートアイランドとは凄いねえ!」
「・・・たいしたもんだぜ麻薬王」
「・・・本来バカンス目的の場所であるため、料理人や清掃員といった最低限のスタッフの他、警備もかなり軽めのようです・・・ただ問題なのは、そのコテージがかなりの重要情報の集積所になっている事が判明したのです」
「・・・情報の?」
「どういうこと?」
マターもアレンも首を傾げた
ソードフィッシュが割って入る
「聞いたことがあるぜ・・・あの野郎はITには滅法強いが、その弱点もわかってるだけに、デジタルを信用してねえって話だ」
「その通りだソードフィッシュ君」
ミギーが口を開く
「本当に重要な情報は、やつは絶対にデジタル保存しない・・・紙の書類で残す・・・という情報は以前から囁かれてはいたんだが、このたび我々の優秀なる情報部の活躍で、その書類棚がそのコテージにあることがわかったという訳だ」
「・・・」
三人のゲスト達は、無言で互いの視線を交わした
「・・・てこたあ、目的はチップマンの消去だけじゃねえんだな? 書類をみっけて・・・」
「いやいやいや!」
口を開いたソードフィッシュを、ミギーは喰い気味に制した
「君達の任務はあくまでもチップマンの消去だけだ・・・情報の回収はこちらでやる」
「なるほどな・・・」
「そういうことね」
余計な任務が増えなかった安堵のアレンとソードフィッシュ
しかし笑顔のミギーに、笑顔もなくマターが言った
「・・・本当に重要な情報を、我々のような存在に握られても困るでしょうからね」
「そりゃそうだ!」
「わっはっは!」
吹き出すアレンと笑い出すソードフィッシュ
一瞬呆気に取られたミギーは、やや不機嫌な顔つきでマターを睨んだ
マターは続ける
「・・・しかし、情報は情報部の成果と言いましたが、政府軍直轄の組織があったはず・・・ええと?」
「・・・P.E.N.のことかい?」
わざととぼけるマターに、アレンが挟んだ
「それですね・・・P.E.Nを使ったのなら、なぜその島に一気に攻め込まないんですか大統領?」
「そうだね」
アレンが頷く
「今や世界的に有名な最強の特殊部隊だ・・・なにも僕たちみたいなフリーランスを使わなくても、公費でなんとでもなるはずだろう?」
「・・・そいつは答えにくいだろうな大統領」
今度はソードフィッシュがニヤニヤ笑いながら上目遣いに手を組んだ
ミギーとリリディアは無言のまま
ソードフィッシュは続ける
「3期目が決まって安心とは言え、再来月には議会の選挙がある・・・やっとこさ海外の駐留軍の引き上げに成功して平和ムードの今、いかに大義名分が立つとしても、おいそれと軍は動かしたくねえだろう」
「・・・」
「それに、対立候補のあれぁ・・・何つったっけ・・・国民共生党の?」
「・・・フローリア・チェリン」
今度はマターがアドバイスした
「それそれ、チェリン議長だ・・・P.E.N.にゃだいぶ貢いでるって噂だが、そっち側の組織を直接動かすとなると、なにかと危険だよな」
「・・・なるほどね」
沈黙を守るミギーとリリディアを横目に、アレンが呟いた
しかし意外にも次の瞬間、ミギーはニヤリと笑って口を開いた
「そこまでわかってるとは、さすがマフィア王だなソードフィッシュ・・・チェリン議長のP.E.N.欲しい病はなかなかエスカレートしていて、組織ごと傾くにはまだ遠いが、確かにだいぶ鬱陶しい段階に来てはいる・・・困ったもんだよ・・・だが、理由はそれだけではないんだ」
「大統領それ以上は・・・」
「いいさリリディア君・・・この際、情報は共有してもらおうじゃないか」
「・・・?」
焦るリリディアを制し、聞き入る三人に、ミギーは続ける
「そのチェリン議長だが・・・今回かなり深掘った調査の結果、チップマンとのなかなか濃厚なお付き合いが発覚した」
「ほおう!」
「まだ尻尾を掴んだ程度のはずなのに、まー出てくる出てくる・・・公共事業、金融市場操作、医療談合・・・滝のような資金流入だよ」
「そりゃまた・・・」
「スクープだな」
「・・・それも、P.E.N.の情報部の仕事ですか?」
マターの質問に、ミギーはふふん、と鼻を鳴らした
「いやいや、P.E.N.はあくまでも軍事専門だ・・・母体は特殊部隊でどちらかというなら戦闘部門だからね・・・こういう政治的な問題や外交諜報なんかは、別に諜報部が動くのさ」
「Z.E.N.か」
「おお、よく知ってるなソードフィッシュ」
ミギーは笑って椅子に反り返った
「・・・ということもあって、チェリン議長に向けて怪しげなP.E.N.を、今は使いたくない、というわけだ・・・ま、チップマンとのつながりを私が握ってしまえば、P.E.N.のイニシアチブを取り戻すのなど簡単・・・」
ポーン!
調子よく喋るミギーを遮るように、デスクの上のインターホンが鳴った
リリディアが間髪を入れず取る
「・・・はい、通してください」
「来たか」
インターホンを置くリリディアを見上げながら、ミギーはまたニヤリと笑った
「今回の任務に参加する、4人目の戦士が到着したようだ」
「4人目だと?」
「・・・」
困惑気味の3人に、リリディアが眼鏡を上げながら説明を始める
「今回の任務にあたって、ここにお集まりのみなさんとは違うルートで招集しました・・・大統領とも面識があり、政府の内部事情にもある程度通じておられることから、この方の・・・失礼、いらっしゃったようです」
ノックの音を受け、リリディアは話すのをやめてドアを開けた
「・・・」
入って来たのは、ドアが小さいのかと思わせるほどの身長に浅黒い肌、ゲームキャラのような完成された肉体を迷彩服に包んだ大男
のしのしと大股で踏み込んできた男は、グルリと室内を見回したあと、鋭い敬礼をミギーに向けた
敬礼を返し、ミギーが口を開く
「私から紹介しよう・・・元P.E.N.特務曹長ナギ・サマール君だ」
紹介されたにも関わらず一言も発しないまま、ナギは3人を値踏みするように睨みつけている
「・・・?」
怪訝な顔の3人
しばらくの間のあと、アレンが口を開く
「・・・大統領、ひとついいかな?」
「何かねアレン?」
「今まさに、大統領とP.E.N.との関係について説明いただいたと思ったんだが、そこに来てP.E.N.の登場人物ってのは、ちょっと追加の説明が必要じゃないかな?」
「これは失礼、リリディア君」
「はい」
リリディアがファイルを開く
「ナギ・サマール氏は一昨年、創設から関与して来られたP.E.N.を退役、その経験を活かして、民間の警備会社の特殊警備のアドバイザー業務、インストラクター業務の傍ら、フリーランスとして、内外の事案の解決に寄与して来られました」
「・・・」
「最近の解決事案としては、ゼフィロス・ビルの立て籠りへの突入、アイリス空港のハイジャックの・・・」
「この際私の経歴は結構です補佐官」
低く野太い声で、ナギはリリディアを遮った
その目はしかし、リリディアではなく、マターに向いたまま
「丁寧な紹介ありがとうございます・・・久しぶりだなドクター」
呼ばれたマターが、軽く不快感を示す
「・・・ドクターだと?」
「ドクター・マター・・・?」
ソードフィッシュとアレンが怪訝に反応する
仕方ない、という顔で、マターはナギに返事をした
「・・・久しぶりですねナギ特務曹長・・・いや、隊長」
「・・・」
様子を探るソードフィッシュとアレン
マターに睨まれ、ニヤニヤ顔のまま、ミギーが続けた
「私はなーんにも喋っておらんよマター先生・・・だが今回の任務を依頼するにあたって、君たちのことはかなり入念に調べさせてもらってる・・・金を払う側としては当然のことだね・・・だから・・・」
ミギーはまたも踏ん反り返った
「・・・君がドクターの称号を持つ薬学博士であることも、短期間ではあったがサマール君の部下であったことも、サマール君はもちろん私もリリディア君も知っているし、いずれアレンとソードフィッシュの耳にも入ることになってるんだよ」
得意そうに喋るミギーの声も届いているのか、アレンとソードフィッシュの眼は、改めてマターに注がれたまま
「・・・あんたがドクター・マター・・・」
「・・・ご高名は伺ってるぜ・・・ウチは何回も痛い目を喰らってるからな」
呟いたソードフィッシュに、マターはチラリと視線を向けた
「・・・フリーランスとしての仕事だ・・・恨まれる筋合いじゃない」
「そらぁわかってるぜドクター! アンタにぶつけるつもりはねえ・・・むしろ驚いてんだぜあの時の仕事にゃあ!」
「・・・」
「だが、それより問題はこっちの御仁だぜ・・・元とは言え、P.E.N.のスーパースターがなんでここにいるんだ?」
「ナギ・サマールの名前は僕も知ってる・・・海外でもかなり有名だ」
「ソードフィッシュ」
そびえるように立つ大男ナギが呼んだ
「・・・片田舎のスカーレットタウンのチンピラから出て、よくもここまで昇り詰めたものだ・・・ギャング同士のイザコザに、近距離白兵戦のノウハウを持ち込んだのは他に例がない・・・使う武器も多彩にして臨機応変・・・市街戦ならP.E.N.の水準には及ばないまでも、そこそこいい線はいくだろう」
「・・・褒めてるように聞こえねえな」
クックック、とアレンが笑う
しかしナギはすぐ、そのアレンに向き直った
「アレン・アンダーソン・・・本名、アレノフ=ユーリ=サランドレイト=ヴァルトビッチ」
「はあっ?」
「・・・国際テロ組織のデッドライジングスでデビュー、15年前に我が国の国籍を取得と同時に脱退し、フリーランスの傭兵となる・・・活躍は聞いているぞ・・・私の元でもうしばらく修行すれば、一流になれる素質はあるようだな」
「・・・余計なお世話だよ」
頭を振るアレン
聞いていたマターが、不機嫌そうに自ら口を開く
「こんなところで個人情報の公開とは・・・何が目的なんだ?」
「ドクター・マター」
ナギはマターに向き直った
「かつて私の部下だった君なら少しは解るだろう・・・一緒に行動する部下のことを正確に把握することが、上官としての第一歩だ・・・まして今回のように信頼関係のない初対面の者を指揮下に置いて作戦行動となると、より一層・・・」
「ちょっと待て!」
「なんだと!」
アレンとソードフィッシュが同時に声を上げた
背中を壁から離し、アレンがいつになく激しい口調で気色ばむ
「指揮下に置く? 僕たちをか?」
「聞いてねえぞ!」
ソードフィッシュも立ち上がった
「大統領こりゃどういうこった? 誰かの下でやるなんて、今の今まで一言もなかったぜ!」
「僕も初耳だ! フリーランスが誰かの指揮下に入るなんて、聞いたこともないぞ!」
「・・・これは今回の任務にあたっての条件ですか?」
唯一冷静なトーンでマターがミギーを睨む
答えないミギーに変わり、リリディアが口を開いた
「・・・条件として提示してはいません・・・こういった作戦の場合、メンバーをまとめて一本化し、明確な指示系統を構築するのは常識である、というサマール氏の提言を承ってはおります」
「当然だろう・・・その道で少々食えてきたというだけで、私以上の作戦行動ができるはずのない君たちが、指示に従わず勝手な行動をすれば、とっとと死ぬだけではなく、周囲に迷惑をかけかねないからな」
「ふざけんじゃねえっ!」
ガァン!
ソードフィッシュはついにテーブルを蹴り上げた
小さいが軽くはないはずの、大理石のテーブルが宙を舞う
「お断りだぜ大統領! いくらあんたの信頼があって、歴戦の強者だとしても、こんなふざけた野郎の言うことを聞く気なんざぁ、俺にはこれっぽっちもねえぞ! さっきから聞いてりゃ一体何様のつもりだこの野郎!」
「僕も降りるよ」
アレンも語気を荒める
「これが条件ならとんでもない話だ! 誰かの指揮下で、フリーランスの能力が発揮できる訳がないだろう! 初対面の人間を上官として従え? 冗談じゃない!」
二人の勢いに押され、声も出ないミギー
マターを振り返る
「・・・ドクターも・・・同じ意見かな?」
「・・・このコミュニケーションのあり方で、十分な信頼と連携が取れるとはとても思えない・・・チームにするのは私も反対だ」
「ふむ・・・」
「その上で、ひとつ間違いを指摘しておく」
「・・・?」
「私が過去、サマールの部下だった期間はない・・・一秒たりともだ・・・外部研修生をいいことに、部下のようにこき使われた時期はあったが」
「・・・」
「私を部下と思い込むのは勝手だが、そのプライベートまでも私物化しようとする男だ・・・P.E.N.の中でも、上官、部下に関わらず、誰とも信頼関係を築くことができなかった・・・そんな男とチームを組めば、こっちの命が危なくてしょうがない」
「とんでもねえやつだな!」
黙ってマターの言葉を聞いていたサマールは、大きなため息をつき、首を振ってミギーに言った
「・・・ダメです大統領・・・せっかくのお話ですが、ここまで馬鹿者揃いとは思わなかった・・・任務は当然私が遂行しますが、この連中の上官という立場は務まりません・・・足を引っ張られます」
「てめえ!」
「・・・」
険悪極まりない空気の中、しばらくの沈黙の後、ミギーがゆっくり口を開く
「・・・チームの編成などの問題は君たち自身の判断に任せる・・・だが、任務の放棄は認めない! それだけは心得てもらわなければな!」
「・・・」
静まる場に、リリディアの声が響いた
「当日、島の近海までみなさんを運びますが、作戦の性質上ヘリを出せるのは一便だけです・・・参加確認も兼ねますので、それには遅れずに乗機していただきます・・・当然、乗り合いとなりますが」
「勝手にしろ!」
血の気の下がらないソードフィッシュ
比較的冷静さを取り戻したアレンがリリディアに訪ねる
「集合の場所と時間は?」
「追って各自にメールします・・・前夜までにローダンシティの、どこか電波の入るところにいてください」
「・・・独自に上陸するのはダメなのか?」
マターの質問に、リリディアは軽く首を振った
「参加確認が取れさえすれば、こちらとしては拘束する理由はありませんが・・・ただ可能、不可能というより、かなり不必要な労力を割くことになると思われます」
「・・・たしかにな」
マターは素直に引き下がった
「他に質問はありますか?」
リリディアが4人を見渡した
マターの質問で、先ほどまでの殺気だった空気を少しだけ和らげた他の3人も、質問事項を探すように黙ったままお互いを見回している
しばらくの沈黙のあと、リリディアの声が響いた
「・・・ないようであれば、全員にこれをお渡ししておきます」
続いてリリディアは、足元のバッグから4台のタブレットを取り出し、各人に手渡した
ナギも怪訝な顔で受け取る
「・・・純粋に、今回の任務のためにだけの配布です・・・デフォルトのアプリケーションはメールのみ・・・ファイルは島の大まかな地図と、わかっているだけの施設の見取り図だけが入っています」
「・・・事前連絡はここに来ると・・・?」
「そういうことです・・・ちなみにネットにはつながっていますので、独自にアプリをインストールするのは可能ですが、ヘリから降りる際に返却していただきます・・・機密漏洩の防止とご認識ください」
「ふふん」
鼻を鳴らしたソードフィッシュが、タブレットをバッグに放りこんで立ち上がった
「説明会は以上だな! じゃあ俺はさっさと引き上げさせてもらうぜ! こんな忌々しいやつらと一緒にいるくらいならとっとと帰って準備しなけりゃな」
言うなり踵を返し、ものすごい勢いで部屋を出る
隠し部屋の重い扉が派手な音を立てて閉まった
「・・・忌々しいときたよ・・・品がないことだ」
アレンが肩をすくめる
その横を、これも勢いよくマターが部屋のドアに手を掛けた
ナギが声をかける
「マター」
マターは動きを止め、ゆっくりナギを振り返った
「・・・かつて行動を共にした経験から言わせてもらうが、お前の・・・」
「あなたとは口を聞きたくない」
「・・・」
冷静で落ち着いた口調とは裏腹に、その眼はナギを敵として認識したかのように鋭く光っている
「・・・お前の得意とする遠距離狙撃に関して言うなら、今の季節の風向きに・・・」
バタン!
話し続けようとするナギを完全に無視し、ソードフィッシュと同じくらい勢いよくドアを閉めてマターは部屋を出ていった
「・・・」
声を出さないまま、大笑いの顔のアレンも、笑い顔のまま3人に背を向けた
「僕も帰るよ・・・準備をしないといけないからね、いろんな意味でさ」
ドアを開けながらゆっくりと振り返る
「・・・補佐官、また会える日を楽しみにしてるよ・・・今度はこんなシケた小部屋じゃなくて、ワリオ・ビーチあたりのレストランでご一緒したいもんだ・・・それと」
「・・・」
「僕からもひとつ、間違いを指摘させていただく」
アレンは人差し指を立てた
「・・・先程、本名はアレノフ=ユーリ=サランドレイト=ヴァルトビッチ、とご紹介いただいたが、それはデッドライジングにいた時の名前さ・・・本名じゃない・・・当然アレン・アンダーソンもね」
「・・・」
「本名はもちろん教えやしないけど、そこまでしか調べが届かないんじゃ、ご自慢の情報網もたいしたことないね・・・それじゃ!」
バタン!
颯爽と部屋を出て行く
残った3人は一言も発さず、動きを止めたまま
「・・・」
かなり長い沈黙のあと、ミギーは冷静な表情と声で、ドアを睨んだままのナギに話しかけた
「・・・という3人な訳だが、なんとかなるかね?」
「たやすい話です大統領」
ミギーがほう、という表情を浮かべる
「いろいろ煽ってみましたが、感情を制御するという基本を抑えられてるやつはひとりもいない・・・全員削除でいいんですね?」
「その通り」
ミギーがうなずく横で、リリディアが眼鏡を上げる
「・・・フリーランスでありながら、この3人はあまりにもいろいろ繋がりすぎているからね・・・チェリン議長ならまだしも、近隣外国に情報を流された日には、私の政治生命どころか国家存亡の危機だよ」
「一堂に集めるのは妙案です大統領・・・で、任務完了の暁には間違いないでしょうな?」
ナギはゆっくりミギーを振り向いた
「・・・P.E.N.復帰の件なら了承済みだよ・・・そこそこの補助金も土産にできるだろう・・・ま、チェリン一派の資金流入を止めてからの話にはなるだろうがね」
「安心しました」
「しかし復帰の折には、もう部下を見殺しにしたりとかいう不祥事は勘弁してくれたまえよ」
「大統領あれは!」
ミギーはまたもニヤニヤしながら、血相を変えるナギを制した
「・・・冗談だよナギ君・・・作戦行動には最小限の犠牲はつきもの・・・そんなことはわかっているさ」
「・・・」
「・・・ともかく、P.E.N.をあの頃の骨太な特殊部隊に再興させるために、ひとつ頑張ってくれたまえ」
「はっ!」
2.
快晴の下、そびえ立つ大統領官邸のメインエントランス
広く白い階段を足速に降りながら、マターは眼鏡の耳元をまさぐった
自然だがかなり幅広いフレームに隠されたイヤホンは、それと言われなければ完全にわからない
マターは足を止めて、今出てきたばかりの威圧的な建物を振り返って呟いた
「全員削除・・・そういうことか・・・」
3.
真っ暗な部屋
煌々と光るモニターが、男の顔を闇の中に白く浮き立たせている
モニターの中にはひとりのゾンビが正面を向いて座っていた
「・・・オッケー、振り込みは確認した」
そのゾンビに、手元のタブレットを閉じながら男が話しかける
「契約完了、だな」
モニターの中のゾンビが喋る
口とセリフは合っていないが、会話は滞りなく交わされていった
ゾンビが続ける
「必要なデータは届いてるな?」
「来てるな・・・ま、こっちも素人じゃないんで、ある程度は揃えてたがね・・・これで出揃った感じかな」
「さすが兄貴・・・こっちでわかる限り、最新にアップデートしてあるはずだ・・・何か質問はあるかな?」
「こっちのメンツの侵入手段は、各自の用意でいいのかい?」
「だって揃いやしないだろう? そんな自由奔放なやつら」
「まあなあ」
ふっふっふ、とゾンビが笑う
兄貴、と呼ばれた男は、モニターの右端に並んだファイル名を確認した
「島の見取り図と・・・施設の内部の造り・・・メンツのリスト、と」
「間違いなければ、あとはお任せでいいかな?」
「ひとつ聞くけど」
兄貴はゾンビに話しかける
「なんだね?」
「なんでゾンビなんだい?」
「君もゾンビじゃないか!」
「だからだよ!」
モニターの中のゾンビがため息をつく
「同じキャラクターチェンジャーを使ってるからだろ!」
「これが一番世間に出回ってるからねえ」
「特定されにくいってこと・・・みんな一緒ってことだ」
はっはっは!と、画面越しに笑い合うゾンビたち
「最後にひとつだけ確認しとく」
笑い終わった兄貴は冷静に口を開いた
「うん」
「最後に大統領が登場するってのは間違いないな?」
「・・・間違いない、とはもちろん言えないが、そう言っていいくらい確率は高い・・・ミギー大統領はああ見えて、なんだかんだ大一番の結果は、自分の眼で確認しないと気が済まないクチだ・・・」
「そうらしいな」
「秘書だ部下だも信用してないっぽいからな・・・どうにかして自分の素手で証拠書類を持って帰りたいだろう」
「なるほどな」
「兄貴としてはやっぱりそこは気になるかね?」
モニターに照らされた兄貴の白い顔がぎゅっと締まる
「・・・そうだな・・・もう痛い目に合わせるとかっていう段階じゃなくなったからな・・・」
「・・・わかるよ兄貴」
画面の中のゾンビは相変わらず無表情に話しているだけ
しばらくの沈黙
「・・・ま、ともかくだ」
切り替えたように兄貴は口を開いた
「・・・最後の最後に出てくるボスキャラが、なんだかんだ俺たち全員の目当てな訳だ・・・理由は各々だろうが、ギャラじゃない部分があるってのは強い」
「・・・」
「裏切り、同士討ち、敵前逃亡、なんでもアリのフリーランスの仕事で、今回は珍しく軸がある・・・まとまると思うよ」
「頼りにしてるよ」
「・・・万能傭兵・・・薬学博士崩れの狙撃手・・・ギャングの戦闘部隊長と来て、元P.E.N.の狂犬だよ・・・相手に不足はないってか、結構な大一番だからな・・・何があるかは開けてのお楽しみだな」
兄貴はずらりと、ファイルを開けて一覧を読み上げた
モニターの中のゾンビは無表情のまま口を動かす
「・・・しかしその大一番が終われば、この国はごろっと変わる・・・ま、良くも悪くもだが」
「上が変わるだけさ・・・真ん中から下はなーんも変わらないよ」
「・・・」
「まあ、契約は成立したんだ・・・この通信を切ればあとは、あんたは作戦完了の連絡を待つだけだろう・・・逆にそちらから質問はないな?」
「ない・・・頑張ってくれ兄貴」
「では通話を切る・・・朗報を待っててくれチップマン」
「・・・じゃあ!」
画面のゾンビが姿を消し、モニターが美しい山々のスクリーンショットに変わった瞬間
ガチャリ!
ふう、と、椅子の背もたれに身を預けた兄貴の後ろ、真っ暗な部屋の隅で、銃を構え直す音がした
ソファーに、沈むように座っていた黒髪の女性
スリムだが華奢ではない、むしろ力強い身体付きに、飾り気のないTシャツとジーンズ、そして街では間違いなく振り返られるであろう美貌が、化粧気なくモニターの光に白く照らされていた
だがその目つきは、リリディアのような冷静さではなく、むしろ殺気に満ちて、手に持った自動小銃を見つめている
兄貴はゆっくりと椅子を回し、女を振り返った
「・・・ということになった」
「いいね!」
にこりともせず、女は答えた
モニター越しのやり取りを、部屋の闇に隠れて聞いていたのだ
「・・・当日はどうする?」
「こっちで用意するわ」
答えには淀みがない
兄貴はわかった、と手を振った
「情報が間違いないなら、アンタの悲願も達成できそうね兄貴?」
「・・・ミグネリオ大統領な」
「・・・」
「持ちつ持たれつの関係が築けりゃいいなと思ってたのは、俺の方だけだったみたいだからな・・・ああまでコケにされちゃ、この先この国で商売できねえ」
「・・・P.E.N.に高い金払って貰った情報が兄貴のだった時は、笑っちゃったからね」
「・・・俺が何年もかけて育てた情報網を、カネでほっぺた叩くならまだわかる・・・人質取るようなマネしやがって・・・」
「・・・」
「こう見えても現場で修羅場は潜ってきた身だ・・・簡単にただの情報屋扱いしてると大間違いだってことを・・・」
「教えてやるだけってのには、もう遅いよね」
「遅いね!」
兄貴は腕を組んで鼻を鳴らした
「こっちにはもう犠牲者が出てる・・・どうあっても落とし前つけねえと、世話になってる仲間に顔向けできねえ」
「・・・いいじゃない・・・派手におやんなさい・・・アタシとはぶつからないわ」
自動小銃を弄りながら、女は兄貴を見もせずにいる
「アタシはただ・・・」
「・・・」
ジャキン!
小銃を構え、射撃体勢を取る
が、当然撃たず、静かに銃を下ろした
「ナギの野郎さえ仕留められればいいの・・・チップマンの書類とか、ミギー大統領とか、どうでもいいわ」
「そいつなあ・・・」
兄貴の言葉が勢いを失った
困ったようなため息が漏れる
「なあ、ダックマン」
「なに?」
「・・・同郷のよしみで言うけどなあ・・・」
「・・・」
「ナギ・サマール一点狙いはヤバいって・・・コイツ、アカンでホンマ」
「・・・」
「個人の能力で言うたら、控えめに言うても化けもんやがな・・・俺は今回、カワす流れで行こう思てるけど、君、ガチでぶつかる気やろ?」
「当たり前やがな」
冷静に、しかしキッパリとダックマンは言い切った
「人目気にせんと派手に狙うて大丈夫て、こんなチャンス、もう一生来る訳ないやん・・・個人の能力とか関係あらへん・・・アタシはアタシの正義がある!」
「・・・正義なあ・・・まあなあ」
「兄貴」
「おう?」
「アタシも同郷のよしみで言うといたるわ・・・ナギは根性ババのどしょうもなしやけど、任務や言うたらそれこそ化けもんやからね・・・カワす流れとか言うてたら、ガッツリイカれるで!」
「・・・やっぱりそうかあ・・・どないしたろかなあ」
「ほな当日、現地で!」
言うなりダックマンはソファーを飛び出して立ち上がった
アスリートのような長い脚を大股で、自動小銃を仕舞い込んだギターケースを持つ
見守る兄貴を振り返りもしないでドアを出ていく長身の美女の黒髪を、外の風が軽く揺らした
「・・・もうあんまり荒い仕事は勘弁して欲しいんやけどなあ」
ドアが閉まって暗闇に戻った部屋で、兄貴はクルリと椅子を回し、モニターに向き直った
4.
薄暗く、天井の高い大広間
神秘的な内装が繰り広げられた壁と床
巨大な柱には、神々しくも禍々しくも見える神々の像が彫り込まれ、今にも動き出しそうに男を見つめている
その広い床の真ん中に、ただひとり座って頭を垂れている男
頭に羽根飾りのついたカラフルな紐を巻き、小柄ながら褐色に灼けた肌は筋肉の躍動を抑えきれずに輝いている
男はもうかなり長い時間、俯いて眼を閉じ、鼻で深い息を繰り返していた
男の前には香が焚かれ、柔らかいが刺激的な香りを部屋中に広げている
やがて、薄紫色の仄かな煙が立ち込める男の前に、足音もなく、ひとりの老人が暗がりから姿を現した
「・・・」
老人は無言で男の前に立ち、自らも深呼吸を繰り返して、手に持った杖で、俯く男の頭にそっと触れた
男はぐっと頭を垂れたまま、微動だにしない
老人は杖を男の頭に当てたまま、またもかなり長い間立っていた
「・・・闘いの神ゼニスの子よ」
老人が口を開くが、男はやはりピクリとも動かない
「・・・時は満ちた・・・その脚で駆け、その腕で刀を取れ・・・今こそ、我らが愛する家族、友、大地、森や湖、祖国を、我らから奪った憎き敵に、怒りの鉄槌を下すのだ」
「・・・」
徐々に怒気を孕んでいく老人の言葉を、男は一切動くことなく浴びている
「・・・ゼニスの御力が、お前の全身に満ち満ちておる・・・敵は眼の前に立ちはだかるが、お前の相手にはならない・・・」
「・・・ウウウ・・・」
頭を垂れたままの男が、初めて唸り声を発した
苦しそうではない、どこか動物の喉鳴りに近い声
老人は続ける
「・・・お前は眼の前の敵を軽く打ち払い、敵の総大将の首を獲るのだ! 負けることはあり得ない!」
「・・・ウオオオ・・・」
「・・・力が漲っておるだろう! その全てを、お前の力全てを、闘いにぶつけるのだ!」
男はグイッと顔を上げた
血走った眼つきは既に人間のそれではなく、獲物に飢えた獣の光を満々と宿している
老人が叫ぶ
「行け戦士よ! 敵を滅ぼし、我らの未来を手にいれよ!」
「グアアアァァァ!!」
男の喉から、人と思えない叫び声が放たれる
野獣の咆哮は大広間にこだまし、高い天井の明かり取りの窓をも揺らしていた
5.
軍用輸送ヘリの中は、轟音
エンジン音が直接響き渡る運搬室の中では、人と人の直接の会話はできない
乗員は全員、ヘッドホン型のトランシーバーを装着して会話するのだが、離陸して1時間弱、その会話モードのスイッチを入れる者は誰もいなかった
互いに眼も合わせず、向かい合ったシートの端と端に、ちょうどオセロの隅を取るように、4人は座っている
「・・・」
身動きひとつせず腕を組んだままのナギの遠い横で、アレンは持て余したようにアクビをしている
と、こちらも微動だにせずに眼を閉じていたマターの横に、反対側に座っていたソードフィッシュが居ざり寄ってきた
気配に気づいて眼を開けるマターに、ソードフィッシュはタブレットを見せる
『協定を結ばねえか?』
メールの文章作成画面に書かれた文字
送信せずに削除すれば、後に残らないメモとして有用である
マターもタブレットを取り出して文章を書く
『協定とは?』
『俺としては敵は増やしたくない・アレンとは商売で揉めてる・pen野郎は俺たちを味方と思ってねえ・必ず狙って来る』
・・・さすが、ナギが我々を狙って来るというのは良く読んだ
しばらく考えたマターは、タブレットを叩いた
『共闘は無理だが、不可侵条約なら結んでもいい』
『それでいい』
成立だ、と親指を立てて、ソードフィッシュは元の席へ戻っていった
ガチャン!
轟音の中でも響く音を立てて、機の前方、操縦室と兵員室との隔壁のドアが開いた
4人が一斉にドアを注目する
重いドアがゆっくり開き、変わらないスーツのリリディアが姿を現した
手にタブレットを持ったリリディアは、小さなドアから屈むように入ると、ドアを後ろ手に閉め、4人を見回して、頭のヘッドホンをチョイチョイと指差した
「・・・」
無言のまま、4人がヘッドホンの会話モードをオンにする
耳元でリリディアの澄んだ声が響く
「聞こえた人は手をあげてください」
4人はスッと手を上げた
「・・・確認しました」
リリディアは、手元のタブレットを軽く叩きながら話し始めた
「・・・今メールで送りますが、大変なことになりました」
「・・・?」
「大変なこと?」
アレンの声もクリアに響く
「・・・情報が漏れていたようです」
「!」
「・・・どういうことですか?」
マターが声を上げる
「・・・先ほど連絡があり、コテージの従業員たちが、島を脱出したそうです・・・オープンタイプの大型モーターボートが2隻、島から離岸したのを、衛星映像で確認しました」
「・・・おいおいおい、なんてこった」
「では・・・」
ソードフィッシュに続いてナギも声を上げる
「作戦は中止ですか?」
リリディアはタブレットから眼を離さず、叩き続けながら報告を続けた
「いえ、継続です・・・奇妙なことに、そのボートの中にチップマンの姿が確認できていません・・・チップマン本人は島を出ていないと推察されます」
「なんだって?」
「どういうこったそりゃ?」
「・・・」
リリディアはタブレットを叩き続けながら言った
「今送ります・・・静止画ですが、解像度は悪くないはずです」
4人のタブレットに同時に着信マークが点いた
2枚の静止画
真上ではなく、やや正面から撮れているため、なんとなく人の顔がわからないでもない、といった程度に写っている
「・・・画像解析にかけた結果、99.99%の確率でチップマンは確認されませんでした」
「・・・島に残っている、と?」
「そうなります」
「ひとりでか? なんだそりゃ? 野郎何をするつもりなんだ?」
息巻くソードフィッシュをひと目見やり、リリディアは続けた
「・・・そして、それを解説する情報が入りました」
「・・・」
「チップマン・・・迎撃部隊を雇ったようです」
「!」
「なんだって?」
4人に一気に緊張が走った
「迎撃? 俺たちをか?」
「・・・完全に情報漏れですね」
「情報漏れはわかったが・・・」
冷静なトーンでマターが口を挟んだ
「・・・チップマンひとり残って、あとは迎撃部隊? どういう部隊なのか知らないが、本人が居残る意味がわからない」
「いや、わかる」
正面を向いてナギが口を開いた
「・・・わかるのか?」
「・・・やつ、ゲーム感覚だ」
「ゲーム・・・感覚だと?」
アレンも眉をしかめた
ナギが続ける
「麻薬王に昇りつめる途中で、対立組織のボスの排除を何度となくやってきたわけだが、そのやり口が凄まじい・・・聞いた話だが」
「・・・野郎の出世のコツか」
「コツというか、たくさんあるやり方のひとつ、というもののようだ・・・まず、あらゆる手段を使って、対立組織のボスと一騎討ちの会談に持ち込む」
「・・・」
「そして、お互いの幹部連中を全員揃えた部屋の中で、互いの組織を丸ごと賭けて、ロシアンルーレットをやるんだ」
「!」
「・・・なんとまあ!」
「それ以前の段階で、充分相手を追い込んでおく・・・相手が受けざるを得ない状況に持っていっておいて、言わば正々堂々の決闘を持ちかけるわけだ・・・相手としては断れるわけがない」
「自分とこの幹部まで揃えた目の前で言われちゃなあ」
「ルーレットに不正があったかどうかは知らんが、P.E.N.で把握している限りでは4回、やつはそれに勝っている・・・いずれの時も、かなり格上の組織を丸ごと呑み込んで、飛躍的に勢力を広げた」
「・・・」
「呑み込まれた方としても、正々堂々の決闘となれば、反動も起こしにくい・・・ただ・・・」
「・・・?」
「・・・ロシアンルーレットのようなデスゲームは、クセになるんだ」
「うん、そうだね」
「・・・らしいな」
アレンとマターが同時にうなずいた
ナギは続ける
「・・・傭兵と薬学者ならわかるだろうな・・・そうなったらもう中毒だ・・・根治療法はない」
「ねえのか・・・で、チップマンがそれじゃねえか、と?」
「それじゃないか、じゃない・・・確実にそうだソードフィッシュ」
「やれやれ!」
ナギの説明に、ソードフィッシュは大げさに両手を広げた
「じゃ何か? 俺たちゃこのたび、チップマン名人のチェスボードの上に目出たく登場したってわけか? ふざけやがって!」
「大統領サイドの駒として、ね」
アレンが肩をすくめた
マターが変わらず冷静に口を開く
「・・・しかし我々の仕事としては、逃げ出されるより遥かにありがたい・・・目標は、少なくとも島内には確実にいるわけだ」
「その通りだドクター」
ナギにドクターと呼ばれ、マターはムッとした顔をしたが、お構いないソードフィッシュは声を上げた
「ろくなもんじゃねえな・・・で、今タブレットに送られてきたファイルはなんだ補佐官? その迎撃部隊の情報か?」
「衛星画像では・・・」
リリディアが送信した別の画像を見た瞬間、4人は一様に眼を剥いた
小型の高速ヘリが島に近づき、何かを投下して旋回、帰投する映像
「これが確認されています」
「コイツぁ・・・」
「あらあらあら・・・」
声を上げたのはソードフィッシュとアレン
黙っているマターとナギも、訳知り顔でため息をついている
俯いてタブレットを叩いているリリディアは、その様子には気づかない
「今朝、未明の映像です・・・その3時間後に、先ほどの従業員のボートが確認されました」
「その他の侵入者は?」
「まったく確認されていません」
「・・・」
「そんなはずはねえんだがな」
「うむ・・・」
呟いたソードフィッシュに珍しくナギも同意する
その気配に、リリディアは初めて顔を上げた
怪訝に尋ねる
「・・・そんなはずはない、とは?」
ソードフィッシュとナギが眼を見合わせる横で、アレンが口を開いた
「現場の呼吸ってやつさリリィ・・・それより」
親しげにリリィと呼ばれたアレンを振り返り、リリディアは眉を八の字にしかめた
気にせずアレンが続ける
「続けて何か、送ろうとしてたろ? 送信完了してもらえれば、たぶん謎は解けると思うよ」
「・・・わかりました」
タブレットを叩く
送信完了サインが4人に点った
「・・・つい先ほど、こちらで掴んだ、チップマン側の迎撃部隊の情報です・・・テキストのみですが査読してください」
「・・・やっぱりか」
「・・・やっぱりだな」
口を開いたのはマターとナギ
送信が終わり、タブレットを閉じたリリディアが改めて4人を見回す
「・・・やっぱり、ですか?」
尋ねるリリディアにアレンが解説を始める
「・・・さっきの映像のヘリはねリリィ」
リリディアももう不快な顔をする空気にない
「僕たちの間では『兄貴』と呼ばれてるフリーランスのものさ・・・本名は当然、誰も知らない」
「兄貴・・・みなさん知っている人なんですか?」
「彼らの世界では有名人なのです補佐官」
ナギが口を開く
ソードフィッシュもトーンを上げた
「情報屋だ・・・コイツが向こうに回ってるってことは、俺たちのことも筒抜けだって思って間違いないだろうぜ!」
ナギも口を開く
「補佐官、やっぱりと言ったのは、この兄貴という男、ミッションに単独で参加することはないのです・・・補佐、部下、相棒、もしくは共同参加・・・形はその都度違っても、自分ひとりだけで参加するパターンは、今まで確認されていません」
「今の兄貴のヘリは2人乗りだ・・・パイロットは帰して・・・あとはなんかしらの方法で、別々に全員が潜入してくるってこったろうな」
アレンも話に参加する
「もともとは僕と同じ傭兵だった・・・いつの間にかとんでもない情報量を駆使して、用意周到な戦い方をするようになってる」
「抱えてる情報屋の層が凄えんだよ!」
ソードフィッシュは大袈裟に手を振った
「・・・t.a.m.a.ネットワークス、シーチーズ、スパイスブラザーズ、・・・ここにいる全員、どれも使ったことないってやつなんかいねえぜ」
「それら全てを一手に取りまとめている、言わば親分格なのです補佐官」
「・・・凄いですね」
「ドクターも使ったこと、あるんだろ?」
アレンに振られたマターもうなずく
「かなり世話になってる・・・ただ、その中の46カンパニーが、最近機能しなくなっている」
「・・・しばらく前からだね」
「噂では・・・」
ソードフィッシュが眼を剥いた
「・・・例のZ.E.N.とぶつかって消されたって話もあるぜ」
睨む先には戸惑った顔のリリディア
「・・・私には関係ありません」
「ま、そりゃそうだよな」
「・・・それより今回の話だ」
ナギが割って入る
「こちらの情報は筒抜けだとしても、本人の戦闘能力はどうなんだ?」
「舐めない方がいい」
すかさずアレンが入る
「ミッションで一度、組んだことがある・・・半日だけだったが」
「ほう!」
「・・・情報屋としての側面が注目されがちだが、僕の知ってる範囲で言うなら、ナイフの届く距離での接近戦はかなりのものだ・・・聞いた話では・・・」
「・・・?」
「・・・ケンドウのクロオビだそうだ」
「・・・」
4人は押し黙った
フリーランスが自らの素性や得意技を明かさないのは珍しいことではないが、知識が乏しい分野はやはり読みにくいものである
ナギとソードフィッシュは特に口元が締まった
難しい顔で目を合わせる
「・・・まさかサムライソード振り回して、ビーチでハタシアイでもねえだろうが・・・」
「いやわからんぞ・・・もしかするとニンジャコマンダーの系列かもしれん」
「むう、そっちか!」
「・・・」
マターがひとり、俯いて唇を噛んだ
アレンが続ける
「まあでも、どれだけオンオフで関わりがあったとしても、お互いフリーランスなら対決はしょうがないさ・・・向こうもわかってて参加するんだから」
「その通りだぜ・・・2人めは?」
5人は一斉に次のファイルを開いた
「・・・ダックマン」
「ダックマンか・・・おお、なかなかの戦歴じゃねえか」
「手強いね」
いろいろと呟くメンバーの中で、ナギだけがグッと眉をしかめた
「・・・兄貴ほどじゃねえがコイツも有名だ・・・アレン、詳しいんじゃねえのか?」
「知ってはいるが詳しくはないよ」
アレンは肩をすくめた
「なにしろ、単独行動しか取らない上に、やり合った相手は誰ひとり生き残ってないんだ・・・数名のパーティなら一網打尽にする必殺技があるらしいけど、見た時は全滅する時らしい」
「そりゃまた凄えな!」
「・・・話だけは聞いたことがある」
マターが口を開いた
「実際そういう形で全滅した小隊はいくつか聞いている・・・動物か鳥の鳴き声のような大きな音が、戦闘エリアから響いてきたと思った瞬間、全員と一斉に連絡が取れなくなる、というのがパターンらしい」
「・・・何らかの特殊な近距離兵器を使っているんだろうな」
ナギが冷静に分析する
「そのようだが、それに関しては情報は皆無だ」
「タチ悪ィな」
「しかしそれより、次のコイツだ」
マターが指差したのは次のファイル
「・・・モン?」
「なんだコリャ?」
全員の眼の先には、名前以外すべて白紙のページが広がっている
「名前だけ?」
「戦歴、行動履歴、戦闘形態すべて不明?」
「おいおいおい、いくら何でもこりゃねえぜ補佐官さまよ」
ソードフィッシュが詰めよったが、リリディアも首を傾げるだけ
「・・・この人物に関しては、本当にどこを探しても何も出て来ませんでした・・・」
「逆に、それでよくフリーランスとして活動していると確認できたな」
「・・・P.E.N.の情報網で解析、照合しきれないテロ事案がいくつかあり・・・というより、状況から考えてテロ事案としか考えられないというような曖昧な事件を紐解いていくと、この人物に行き当たることが、ごく稀にある、という、不思議なケースです」
「名前はどうして分かったの?」
「・・・似たような事案を並べた中で1件だけ、現場にこのスペルが残されていたものがありました・・・それだけで名前とした、ということです」
「・・・」
「困ったな」
4人は顔を見合わせた
知っていて黙っている、という顔色はない
「対策の立てようがない」
「出たとこ勝負か・・・ふん!」
鼻を鳴らしたソードフィッシュの横で、珍しくリリディアが切り出した
「最後のページ・・・4人めですが・・・我々としては、この人物を一番重要視しています」
「?」
4人はファイルを開いた
「コールドハンド・・・」
「冷えた手・・・?」
「・・・知らねえ名だな」
「・・・まさか、補佐官!」
首を傾げる3人を置いて、ナギが声を上げた
「・・・そのまさかです」
「こんなところで・・・」
珍しく冷静さを欠いた様子で、ナギはタブレットに眼を落とした
「何者なんだ?」
「・・・相当な戦歴だが、政府の関連する戦闘に、政府側として参加しているように見える」
「だとしたらもう少し、戦闘情報も明かされてていいはずなんだが、それはない、と」
「しかも、5年前でデータが終わってるが・・・」
「・・・」
ナギは黙って、というより、言葉を失った様に唇を噛んでいる
「おい! なんとか言え!」
しびれを切らしたソードフィッシュの声に、ナギはゆっくりと眼を上げた
「・・・本名は明かせない・・・元は、我々の世界ではなく、一般社会でもかなり有名だった人間だ」
「なんだって?」
「結論を言おう・・・世界的なアスリートをベースに、P.E.N.が総力を上げて開発した・・・人間兵器だ」
「!」
にわかに信じられない、という空気が漂う
しかし、次のリリディアの言葉がそれを打ち破った
「・・・そこにある戦歴はすべて公式発表のものだけです・・・非公式なものを含めると、それの3倍近いものになります」
ナギが続ける
「P.E.N.在籍時代から、開発の噂は聞いていた・・・私が心底尊敬する博士がいて、技術者生命を懸けて造り上げたらしいのだが・・・」
「じゃあ、いくらか情報もあるんじゃないのか?」
尋ねるアレンに、ナギはゆっくり首を振った
「残念ながら、完成の噂を聞いたのは私がP.E.N.を去ってからだった・・・結局私自身がその博士とも、開発部ともかなり距離があったのもあって、私も直接お会いしたことはないのだが・・・それでなくても極秘中の極秘事項だったからな・・・」
「脱走、と聞いたが?」
マターも口を開く
「その噂も聞いている・・・当然、辞めた私に理由などわかるはずもないが・・・あり得ない話だと、誰もが驚いていた」
「とんでもねえぞこりゃ!」
戦歴を見直していたソードフィッシュがうめいた
「・・・リィ戦車中隊を単身で撃破だと・・・なんかの間違いじゃねえのか?」
「間違いではありません・・・P.E.N.の最先端技術を駆使したサイボーグ戦士・・・ひとりが戦車中隊に匹敵する戦力として、最高軍事機密扱いのもとで、躍進的な戦果を上げていました」
「・・・脱走するまでは、だな」
アレンが腕を組む
マターがナギを睨みながら口を開いた
「・・・重要な個人を引き込む時に、P.E.N.は徹底的な洗脳を施すんだろう・・・お得意技じゃなかったのか? それともそれが解けたとでも?」
「・・・」
わからない、という顔色でナギはまた頭を振った
「で、その後の5年間で、この近未来野郎は何をしてたんだ?」
ソードフィッシュがタブレットを叩きながらリリディアに向いた
「・・・全く報告がありません・・・潜伏していたとしか思えない状況です」
「おおう!」
アレンが大声で両手を広げた
「それが今、久々に作戦行動を開始したってわけか! なぜ今回? 狙いはなんなんだ?」
ナギと同じく、リリディアも首を振った
「・・・一切不明です・・・その空白期間を紐解くのも、今回の任務のうちになりました」
「後付けすんな補佐官!」
ソードフィッシュが叫んだ
「俺たちの仕事はあくまでもチップマンの始末だけのはずだぜ! ここまで話を進めといて、追加でこれもあれもは通じねえぞ!」
「その通りだよリリィ・・・改造人間の対策は契約外だ・・・悪いけどね」
アレンも同調する
言葉こそ発しないが、マターも同様にリリディアを睨んだ
困った顔のリリディアに、ナギが向き直る
「大丈夫です補佐官・・・その任務は私が単独で受けます」
「!」
3人に加え、リリディアまでもが驚いてナギを振り返った
「・・・いいのですか? 私が聞いておきながら何ですが、彼らの意見の方が正しい部分もあると思われますが・・・」
「いいのです」
ナギはグイッと顎を突き出しながら全員を見回した
「・・・こんなやつらになど任せておけない、というのもありますが、P.E.N.との関係上、私が適任でしょう・・・個人的にも、あの天才技術者の集大成とやってみたい、という感情は否定できない」
「勝手にしろ! 俺ぁ知らねえ!」
ソードフィッシュは吐き捨てるように叫んだ
「だけど・・・」
しばらくの沈黙の後、アレンがもう一度腕を組み直した
「・・・その改造人間に限らず、この4人の目的が僕らの排除だとしたら、否応なく対戦する羽目にはなるんだよね・・・」
6.
「コールドハンド!」
かなりの大声で叫んでいるのだが、波を突っ切り、大海原を切り裂いて進むオープンボートの上では、後部座席にはなかなか聞こえない
ボートの操縦席で、ダックマンはひた走る前方から眼を離さず、後部席に叫びかけた
「ねえ、コールドハンドってば!」
「なあにダックマン?」
やっと聞こえたようで、のんびりとした口調の返事が返って来た
水平線に囲まれた洋上
見渡す限り、空に浮かぶ雲の他には水面しか見えない
その絶景のど真ん中を、ダックマンのボートはコールドハンドを乗せて、ひたすらに島を目指している
「あんたまた重くなったんじゃない? 今何キロあんの?」
後ろを見ないで、ダックマンは大声で叫んだ
後ろには、かなり大柄な女性がふんぞり返りながら、にこやかに笑っている
「さあねえ、ここしばらく測ってないからわかんないねえ・・・たぶん200キロはいってないと思うけど、なんで?」
「なんでって聞くの?」
ダックマンが叫ぶが、その言葉に刺々しい響きはない
仲のいい友達のおとぼけに突っ込む感覚
「ボート、傾きっぱなしなんだけど!」
「えー! ちゃんと真ん中に座ってるよ?」
「後ろが沈んでんのよ!」
ボートはかなりの後傾姿勢で、舳先はもはや空を指しながら進んでいる
「あらら・・・悪いわねえ、あっはっは!」
コールドハンドは愉快そうに笑った
「まったくもー!なんかまたデカい武器、仕込んだんじゃないの?」
「デカくはないよ・・・1番小さいサイズのにしたもん」
「1番小さいナニ?」
「えー・・・対戦車バズーカ」
「どこに?」
「左ひざ」
「バカじゃないの!」
ダックマンは呆れて笑った
この人のキャラクターは、知り合った時からこうなのだ
何回でも気が狂うような悲惨な経歴をたどっていながら、そんな悲壮感を1ミリも感じさせない、ただただほのぼのとしたお友達キャラ
にっこり笑われれば、大概のことはまあいいか、で許してしまえる、まるで同級生のような距離感
だが、この人ひとりで、最新鋭の戦車連隊を撃滅できるだけの能力があるのだ
「・・・ま、そのギャップが嫌いになれない所なんだよねえ」
「なんか言ったダックマン?」
「なんでもないわよ! それより、東の断崖の下に着けるけど、あんたもそこでいいのね?」
「そこしかないもんねえ」
言うとコールドハンドは、額に上げていたゴーグルを装着した
ほんの小さい稼働音が鳴り、ゴーグルの内画面に映像が出たようだ
「・・・兄貴から買ったマップ見てるけど、上陸ポイント、そこくらいしかないんだよねえ」
「・・・政府の連中は衛星で見てるはずなんだよ・・・だから、かなりオーバーハングしてる断崖の真下に隠すしかないんだけど」
「そうだよねえ・・・あとはその断崖の北っ側の雑木林くらいで、北も西も南も、海岸線はぜーんぶ見晴らしのいいビーチだからねえ・・・ていうかさあ」
「なによ?」
「衛星で見てるんだったら、あたしら今もう見つかっちゃってんじゃないの?」
「たぶん大丈夫」
「ほんとに?」
「兄貴の情報によると、衛星で見てる範囲は、チップマンの島から20kmの円内なんだって」
「えー! あたし20kmも泳げないよ? 沈んじゃう」
「・・・海底歩いて行きなさいよ!」
「息できないじゃん」
「知らないよ!」
ダックマンは操縦桿から右手を離さないまま、左手で、コールドハンドの足元に畳んであるシートを指差した
「・・・22km地点で、そのシートで上を包んで、潜水モードにするから手伝ってよね」
「え? 潜水モードってナニ? このボート、潜水艦になんの?」
食いつくコールドハンドが体を浮かす
「・・・簡易潜水モードだけどね」
「すっごおおい! なにそれ、ハイテクじゃーん!」
「あんたが言うの?」
さすがにダックマンも笑ってしまった
最新兵器の展示会のような身体のくせに!
「・・・スクリュー跡を見つかりたくないから水面下を行きたいんだけど、簡易モードだから、水深2、3mしか潜れないんだよ・・・この辺りの海は透明度高いから、ボート全部に高反射フィルムのシートかけとかないと、視覚的に見つかっちゃうからね」
「わー凄い凄い! 秘密戦隊みたいで楽しいね!」
「・・・あんたねえ」
「でも、シートかけたまま潜水すんの?」
「しょうがないじゃん・・・スピードはガックリ落ちるけど、見つかるよりいいでしょ」
「そうだねえ・・・ところでダックマン」
ゴーグルを外しながら、コールドハンドははるか前方を指差した
「なに?」
「11時半の方向1km、なんかある」
「え?」
見渡す限りの大海原で?
ダックマンもコールドハンドの指差す方向を眺めた、が、何も見えない
「・・・見えないな」
「漂流物かな? 動いてはいない」
「11時半ね、わかった」
ダックマンはややスピードを落としながら、コールドハンドの指先を目指す
やがて、コールドハンドの言う漂流物が、ダックマンの眼にも入ってきた
「あれ何?」
「ボートだね・・・手漕ぎボートだ」
ゆっくりと接近し、エンジンを切る
ダックマンのボートの3分の1ほどの、小さな木製の手漕ぎボートが浮いている
無人の上、何も積まれていない
しかし、漂ってここまで流れついたにしては、ボートは綺麗に手入れされており、あたかもさっきまで人が漕いでいたかのように整っていた
「・・・こんなところで?」
「ねえダックマン・・・このボート」
ボートの下を覗き込んだコールドハンドが呟いた
「・・・錨が付いてる」
「は?」
コールドハンドが指差す先には、船底からまっすぐ伸びるロープがあった
透明度の高い透き通った遥か深くの海底に、しっかりとした錘が見える
「これは・・・明らかに」
「誰か使用中だねえ」
「だって、この辺り、いちばん近い陸地は40kmはあるよ?チップマンの島にしたって、あと30kmはある」
「でもこの感じじゃ、たぶん人が降りてから1日は経ってないよ」
「・・・」
「誰だろうね?」
「・・・30km泳ごうって・・・化け物じゃなきゃなかなかのアホよ」
「あっはっは! 確かにねえ」
「あたしらサイドのやつだったらいいんだけど」
ダックマンは呟くと、エンジンキーを回した
勢いよくスクリューが回り始める
「兄貴のデータ見てみるよ・・・って、こいつかな?」
再びゴーグルを降ろすや否や、コールドハンドは兄貴のデータページを開いた
「いた?」
「大統領のほうのメンバーには、手漕ぎボートっぽいのは見当たらないねえ・・・そこで意表をついて、てのもなくはないけど、こいつっぽいのがいるね」
「・・・8ページめのやつね?」
奇妙な第一印象を、ダックマンも思い当たっていた
「そう・・・モンってやつ」
「何もかも白紙だったやつ」
「うん、謎だね」
「・・・あたしね、コールドハンド」
「なに?」
「そいつ、知ってるかも」
「ええっ?」
コールドハンドは眼を剥いて驚いた
「兄貴の情報にも引っかからないやつだよ? そんなの知り合いなの?」
「知ってるっていうか・・・見たことあるってだけなんだけど・・・それも一瞬だったから、そいつだって確証はゼロなんだけどね」
「・・・微妙だね」
「微妙なんだよ」
ボートがトップスピードに戻ったことを確認して、ダックマンは続けた
「ちょっと前に仕事で、ジャングルの中だったんだけど、7人のパーティを全滅させたことがあって・・・」
「お、必殺クライング・ダックが炸裂したんだね?」
「ちょっと! あんまりひとの切り札を簡単に口にしないでよ・・・ま、そうなんだけど、その時に、その部隊じゃないやつが、樹の上から見てたんだよね」
「ふうん」
「気付いて見上げたらバッチリ眼が合っちゃって、でもお互い手出しできる距離ではなかったから、そいつが木の枝つたいに姿を消して、その場は終わったんだ」
「木の枝つたいに? 猿みたいだね」
「猿か・・・もっとなんかタチの悪い動物っぽい気配だったけどね・・・でもあの時のあの眼は、ちょっと忘れられないんだよな・・・」
「印象悪いんだ」
「悪いんじゃないけど、エラいやつに気に入られちゃったかも、て感じ」
「ふうん・・・じゃ素走っこい系なんだ?」
「そうだね・・・でも大柄じゃないっぽいってだけで、道具とかやり方とか全然わからない」
「体格だけでも分かれば違うんじゃない?」
「まあね」
「で、あのボートの主はこいつなんだ?」
「うーん、なんとなくただそんな気がしたってだけ」
「じゃあそうかもよ・・・そういうの案外あるからね」
「・・・」
無言のダックマン
コールドハンドは、再度シートにもたれ直すと、小さく呟いた
「・・・その、なんとなくそんな気がした、てのに救われて、5年も世話になったやつもいるんだからさ」
「何か言った?」
「なーんにも!」
2人を乗せたボートは快調に、島への接近ルートを走っていった
7.
「おおむね、間違いはないな・・・」
兄貴は、背丈ほどの茂みの中にしゃがみながら、肩から下げたタブレットを手に持つ
ポンポンと叩くと、液晶には島の見取り図が表示された
「北端から西へ来て、南端まではずーっとただのビーチ・・・敷地内の舗装面から波打ち際までは、平均で約100mってとこ、と・・・見晴らし良すぎやな・・・」
画面上の島の縮尺を広げ、グイッと動かす
「島の中央よりだいぶ西にコテージ・・・で、やや南寄りにテニスコートとプール・・・」
拡大された島がグルグルと動く
「コテージに向かって左隣がガレージ・・・中はクルーザーと四駆が一台づつ・・・右隣がテラス付きレストラン・・・その奥が従業員の宿舎・・・建物としてはこんなとこか」
続いて見取り図は、グイッと東へ動いた
「問題はこっから東・・・コテージの裏からずーっと行くと急に勾配になって、東端の断崖まで強烈な登りになってると・・・南側は、軽く森と言っていいくらいの、かなりの雑木林・・・対して東北側は、上り勾配はあんまりキツくないが、低木メインの茂みが、北端まで続く斜面いっぱいに広がってる、と・・・」
兄貴はしゃがんだまま、ぐるっと周囲を見回した
まさにその北東部の茂みの中にいる兄貴だが、その姿は外からは完全に見えない
「フリーランス同士でやり合うってなったら、どうしたってこっち側がメインステージになるんやろうなあ・・・あれの意味もようわからんし」
兄貴が見上げる先、東の断崖の先端には、一本の大木がひときわ高くそびえ立っていた
枝葉がかなり広がり、周囲で比べるものが小さいものばかりなためか、大木というより、巨木という趣きである
島中はもちろん、だいぶ離れた洋上からも確認できる大きさだ
「なんであんなとこにジュノンの樹があるんかい? 植えたんかな?」
ジュノンの樹は、地域的にはこの辺りが生息地ではあり、潮風に負けず海岸に生える樹木ではあるのだが、基本的に群生で、ここのように一本だけ、それも伸びたい放題に枝を伸ばし、葉を繁らせるケースは珍しい
「植えたにしては樹齢がいっとるしな・・・それより、ここはポイントになるな」
兄貴は見取り図に眼を落とした
ジュノンの樹の真下に当たる場所に、赤い要注意ポイントが表示されている
兄貴がそこをタップすると、メモの文字情報が現れた
『木造の小さな小屋・・・小窓から島の全景が一望できるため、おそらく監視所と思われるが、それ用の機材、道具類は一切なし・・・』
「ていうか、小屋の中、ホンマになんもなかったからな・・・しかし、あそこは取り合いになるやろな」
兄貴は見取り図をファイルに収め、送信を叩いた
「・・・毎度おおきに、料金分最後の情報や・・・ダックマン、有効活用しいや」
ポン、と電源を落として、タブレットをバックパックに突っ込んだ
「しかし、俺が来た途端に従業員が逃げ出したのは笑たな・・・チップマンひとり残ったとなったら、そらあ安全なとこに避難は当然しとるやろよ・・・コテージの中に地下室でもあるんやろな」
茂みの中で腰を下ろした
胸ポケットから無煙タバコを取り出す
口に咥えながら、兄貴は空を見上げて呟いた
「・・・シイチ、おおきにな・・・たまちゃんもありがとよ・・・バスコもバネロもお世話さんなあ・・・」
ふうっ、と息を吐いた
「・・・シロウよう、仇は絶対取ったるからな・・・待っといたってや」
無煙タバコなので煙は出ないが、周囲に香ばしい匂いが漂った
「・・・あとは大統領側のお客さんが来られるのを待つばかり、と・・・ん?」
吸い終わったタバコをもみ消しながら、兄貴は妙な気配に気付いて身を伏せた
海の方やな・・・
茂みの中ではあるが、這って動けないほどの繁みではない
気配のした方に、細心の注意を払いながら、ゆっくりと匍匐前進していく
人工衛星は別として、侵入してからは誰にも見つかってないはずだが・・・
兄貴はそうっと茂みを掻き分けた
ちょうど茂みの終わり・・・ここから出れば、2mほどで海だ
その間には結構な勾配の砂地があるが
「!」
兄貴は息を呑んだ
波打ち際に、不自然に濡れた跡
そしてそこから、砂地づたいに続く足跡
明らかに誰かが、海から上陸した痕跡である
「おいおいマジか!・・・泳いできた? どっから?」
兄貴は我を忘れ、無用心にも思わず草むらからヒョイと頭を出した
足跡はまさにたった今つけられたものらしく、まだ輪郭が海水で濡れている
しかしその先はあっという間に、波で消されるように波打ち際に沈んでいた
「わかってるヤツやな・・・」
兄貴は覗いた頭で、足跡が向かったはずの方向を見た
が、既に人影はない
「んー・・・」
そのまま首を捻って、断崖へ向かう海岸線に沿って眼を走らせる
上空を見上げる形になるので、かなり眩しいが・・・
と、兄貴の眼に、信じられない光景が飛び込んできた
「うわっ!」
およそ30mはあろうかという、完全にオーバーハングした壁面を、スルスルと軽やかに登っていく人影
「・・・マジか! なんじゃアイツ?」
既に半分以上登ってしまったその人影は、兄貴からは逆光でシルエットしか見えない
しかし腰から何かぶら下げているだけで、明らかに素手、素足で登っているのである
下で呆気に取られている兄貴に気付いた様子もなく、やがて人影は、壁を難なく登り詰め、崖の上にヒョイと姿を消した
その間、数分もあっただろうか
兄貴はハッと我に帰り、チップマンとの会話を思い出した
「・・・そう言えばチップマン、こっちで手配するひとりに関しては、何にも関わらんでいいみたいなことを言うとったが・・・アレがそいつか・・・確かに関われる気がせんわ」
兄貴はため息をついて、茂みの中に頭を引っ込めた
「・・・ウチら側に間違いないんやろな、ええチップマン?・・・頼むでホンマ」
先ほどまで砂地に残っていた足跡は、もう波に洗われて消えかかっていた
8.
「到着5分前、各自降下準備!」
ヘッドホンの中にリリディアの声が響く
4人の空気が一瞬で尖る
同時に、各々の装備、道具に眼をやった
リリディアの言葉は続く
「島の西端から侵入します!そのまま南の海岸線に沿って低空、低速で飛行!順次砂浜から侵入してください!」
「砂浜から?」
「なんだって!」
声が上がるが、間髪を入れずにリリディアが解説する
「そのライン以外には投下ポイントがありません!また地面が砂で、再度離陸が困難になるため、しっかりした着陸もできないんです!」
「見通し良すぎだろう!」
「現在西から南にかけては、敵は確認されていません!むしろ北東部に確認されています! 東の断崖の北部分の茂みです」
「兄貴か・・・」
「確かに、いるとわかってる敵の近くに降下はできない」
「舗装部分を突っ切って、できるだけ早くコテージ周りにくっつくしかねえな」
4人は同時に、互いに顔を見合わせた
どうやらやるしかなさそうだ・・・
開き直りに近い面持ちで、全員が各々の道具を握り締める
「海岸線到着まで1分!」
再度リリディアの声が響く
と同時にナギが立ち上がった
「行くか」
打ち合わせしたわけではないが、降下ドアに近い順に、自然と順番めいたものができていた
ナギの後ろにソードフィッシュが並ぶ
2人とも大きなバックパックに、丸太のような銃を抱えている
「最終確認・・・迎えはちょうど24時間後にここ、ビーチの西端です」
ヘッドホンの中のリリディアの声もうわずっている
「任務完了と生還を祈っています・・・西端に到着! ドアを開けます!」
同時に、降下ドアのロックが外れた
いかつい機械音と外のエンジン音とともに、外気が猛烈に吹き込んでくる
ドアの外は、日差しが照り返す海面が猛然と流れていく
「降下可能ポイントまで10秒!」
ナギが身構える
「・・・8・・・7・・・6」
ソードフィッシュも体勢を取った
「・・・5・・・地表まで1.5m・・・2・・・1・・・到達!」
いきなりドアの外が砂浜の薄茶色に染まった
ナギがデッキを蹴る
低速とは言え、飛行中のヘリのスピード
頭を丸め、銃を抱いた体躯が、凄い勢いで砂浜を転がった
降下成功!
続いてソードフィッシュもデッキを蹴った
「むおっ!」
ひと言上げて、同様に砂浜を転がる
砂まみれになった顔をブルン!と振り、周囲の確認
と、その眼に、既にはるか遠くを全力疾走するナギの背中が見えた
「さすがに速えな」
ソードフィッシュも、遠くに見えるコテージとの直線に、やや角度をつけて、足場の悪い砂浜を駆け出した
3番手はマター
細身の銃を胸前に、デッキを蹴る
「ハッ!」
マターの姿が砂浜に触れ、一瞬で後方に消えた瞬間、残ったアレンのヘッドホンの中にリリディアの声が響いた
「海岸線限界まで15秒! 岩場に突入します!」
「そりゃ困る」
アレンはヘッドホンを脱ぎ捨てた
「・・・このスピードで岩場なんて無理無理! それっ!」
アレンが砂浜に転がる
同時にヘリはグイッと角度を変え、東の断崖への激突を避けて高度を上げた
「ブハッ!」
口に入った砂を吐き出して見上げるアレンの眼に、既にかなりの高度に達して帰路に着くヘリが入る
「・・・?」
見回したが、マターの姿はない
アレンは立ち上がり、岩場の隙間へと足を向ける
「とりあえず僕のスタートはここからか・・・」
呟いた10秒後には、アレンの姿は岩場の陰に消えていた
9.
切り立った断崖・・・途中から、緩やかながら大きくオーバーハングしている
その難関をものともせず、手掛かり、足掛かりを器用に見つけて、ひたすら軽快に登っていく小柄な男
褐色の肌に黒い短髪、腰には腕の半分ほどの長さの棒をぶら下げているだけで、上半身と脚はむき出し
かろうじて文明的に見えるのは、下半身を装っているのが腰蓑ではなく、ポケットの多くついた短パンであることと、ぶら下げた棒が黒光りする金属であるからだろう
やがて男は断崖を登り切り、息を整えるように深呼吸をしながら、崖の端から海を振り向いた
見渡す限りの大海原
男は満足そうにうなずくと、しゃがんで足元に自分の名前を書いた
『モン』
そしてその上に立ち、大きく腕を拡げて空を仰ぐ
眼を閉じて、何やらひと言二言、祈りめいた呟きを口にした後、息を大きく吸い込んで、ゆっくりと両手を合わせた
「・・・」
言葉は発しない
そのまま振り向くと、今度は眼の前のジュノンの樹を見上げる
しっかりと堅い幹ではあるが、ちょうど大人ふたりで周囲を囲める程度、いわゆる大樹というほどの太さはない
ただ、その幹の太さに対し、空を覆わんばかりの枝葉の繁りは尋常ではなかった
背丈のちょっと上くらいから上は、隙間から空など全く見えない繁り具合で、それが大きく広がっており、海側の先端は、完全に海の上へ数メートル張り出している
モンはその幹をポンポンと叩き、にっこり笑って・・・と思う間も無く、たいして取っ掛かりもないその樹の幹を、驚くべきスピードで登っていった
あっという間にその姿は葉の塊の中に消え、モンの気配がかき消される
まるで葉にスッポリ包まれた状態で、モンは適当な枝を見つけて座り込み、ポケットから小さなナイフを取り出すと、腕の範囲の葉を整えて空間を確保した
続いて、周囲の枝の中から一本を折り、節を削って、腕ほどの長さの、かなり細い棒を切り出す
ビヨンビヨンとしならせて弾力を確かめると、モンはまたにっこり笑って、別のポケットから糸のように細い紐を取り出した
棒の端に紐の端をくくり付け、わずかにしならせた状態で反対側の端にもその紐をくくり付ける
あっという間に即席の小さな弓が完成した
「ホェイ・・・ホェイ・・・ワンゴ・・・ナバチョウェー・・・」
鼻歌交じりに、今度はポケットから、短い鉄製の矢を取り出した
そのうちの一本をつまみ持ち、先をツンツンとつつく
「・・・サンビ・・・スチュカラヤ・・・ホェイ・・・ホェイ」
そして、弓につがえ、やや太めの幹に向けて発射した
トン!
軽い音と裏腹に、モン手製の矢は堅いはずの木の幹に深く刺さった
ニンマリと笑みを浮かべ、もう一本発射するモン
二本めも軽い音と共に、一本めの矢の側に刺さる
「ヤァモ・・・ヤァモ・・・ヘダマッポ・・・ホェイホェイ・・・」
鼻歌が加速し、風も吹き抜けない繁みの中で、モンのメインウェポンが完成した
10.
信じられないスピードで砂浜を駆け抜け、あっという間にコテージ脇のガレージにたどり着いたナギは、これまたあっという間に息を整え、壁際に置かれたドラム缶の陰に身を隠した
・・・受任しているのは、チップマンの資料の確保、そしてチップマン本人と味方の3人の始末・・・
敵対している4人の対処はどうでもいい、というのが皮肉なものだが・・・
まあいい、これが今回の任務だ
コテージの陰からそうっと顔を覗かせ、東方面の地形を確認する
コテージの裏手から小道が東へ向かって走っているが、坂に差し掛かる辺りで茂みに飲み込まれている
・・・通路として東の断崖の上までは行けそうだが、道として機能はしていないだろう
それより眼を引くのは、坂の頂上にそびえ立つジュノンの樹
「またデカイな」
思わず口を突いて出るほど、山頂と言っていいくらいの頂点に立っている
・・・で、あの樹の向こうは切り立った崖だ、と
坂の左、北側は斜面になっていて、鬱蒼たる茂みになっている
「・・・兄貴があそこに潜っているわけか・・・厄介な感じだが・・・」
南側はここからは確認できないが、崖が巻き込むように南のビーチの東端を切り取っているはずだ
「情報に間違いはないようだな」
あとは、ジュノンの樹の真下に、小さな見張り小屋があるらしいが、それを確認できれば・・・
「・・・ここからは無理か」
いずれにせよ、とり得る作戦はふたつ
コテージ周辺で様子を見ながら待ち、建物をとって市街戦に展開するか、それとも東へ打って出て野戦に持ち込むか・・・
「愚問の極み!」
任務は殲滅あるのみ、となれば、遠慮も深く考える必要もない
自分以外は全員敵なのだ
ナギは愛銃を構え直し、周囲を警戒しながら深呼吸した
「ミッションスタートだ!」
ナギのブーツが小石を蹴立て、百戦錬磨の巨体が北東の茂みに向かって突進していった
11.
「凄い・・・完全に海の上まで張り出してるんだな」
アレンは呟いて、頭上はるか高くのジュノンの樹を見上げた
降下ポイントからすぐに岩場に入り、そのまま崖下の東の海岸線を北上する、というルートである
島を囲むビーチの端、断崖絶壁との境目は、砂浜の端から若干の尖った岩が生えたかと思うと、いきなり壁が眼の前に立ちそびえている
その頂上から、ジュノンの樹の枝葉は、大きく海上に向かって広がっていた
「・・・崖下の岩場ってのは・・・見通しが悪くて隠れやすいが、動きも取りづらい、と・・・」
アレンはそう言いながら、崖に打ち寄せる波に飛沫く岩場を、ひょいひょいと身軽に進んでいく
隙間をつたい、平たい岩に登り、大きな針のような岩に抱きつきながら、アレンは断崖の下を絶壁に沿って進んでいった
「・・・このまま波打ち際をつたっていけば、兄貴の潜む北東の斜面に、裏からたどり着くわけだけど、さてそれがいいのか悪いのかは、幸運の女神様のご機嫌次第・・・おっ!」
違和感のある波打ち音に気づき、アレンは動きを止めた
・・・岩を叩く波音じゃない
何かある・・・
アレンは銃の安全装置を外し、身を任せている岩の陰から、音のする方をそうっと覗き込んだ
「・・・ビンゴ、だろうコレは」
アレンはにっこり笑った
視線の先には、打ち寄せる波に洗われるダックマンのボート
高い岩礁の隙間に、挟むように停泊させてある
「・・・うまいこと隠したね・・・誰か知らないけど」
アレンは入念に周囲を確認しながら忍び寄った
「なるほど・・・この位置ならオーバーハングに隠れて、上から確認できないか・・・左右はこの高さなら見えない・・・最高の隠し方だね」
・・・僕には見つかっちゃったけど
滑る足元と、波音以外の物音に注意しながら、アレンはボートに近づき、被せてあるシートの端をつまんだ
一瞬ためらう
・・・いや、この状況でこのタイミングに、ここにいるやつはいないだろう
そうっとシートを上げ、隙間から船内を覗く
人の気配はなく、船内はもぬけの空であった
「そりゃそうだろう・・・よっと」
アレンはシートの隙間から船内に滑り込んだ
・・・ぱっと見ノーマルな感じだけど、いろいろとイジってある気配がするな
アレンはシートの被せられた暗い船内をモゾモゾと動き、後部席の足元にあるハッチにたどり着いた
「アマンダ社製のボートは、だいたいこのスタイルで何とかなる」
ポケットから取り出した針金を器用に曲げ、鍵穴に突っ込む
しばらくいじっていると、カチリと軽い音がしてハッチが開いた
中を覗き込むアレン
「おおー、やっぱりイジってあるねえ!」
感嘆の声を上げるアレン
ハッチの中のエンジンを手探りで確かめ、またにっこりと笑った
「いいのを積んでるなあ・・・じゃあ、こうしとこうか」
呟くと、襟の中から細い針金、バックパックのポケットから手榴弾をひとつ取り出した
ごそごそと腕を突っ込んで小細工を施す
2分ほどで、アレンは作業を終え、楽しそうに身を起こした
「完了・・・これで、キーを回しても直結で繋いでも、エンジンが回った瞬間、ドカン!だ」
ポンポンと手を払う
・・・燃料タンクの真横に付けたから、一発で充分だ
この残量なら、船体丸ごと木っ端微塵間違いない
「これでこのボートは、晴れて僕専用になったってわけさ・・・僕以外に気付くやつがいれば別だけど」
アレンはまた身を伏せたまま、シートの隙間から滑り出た
「・・・誰にもバレてないと思うけど、僕の専門は実はこっちなんだよね」
岩礁にへばり付きながら、周囲を見回す
「爆発物に関してはちょっとうるさいんだ・・・それはともかく、さて、どうするかな?」
アレンは平らな岩場を見つけ、バックパックの中の様々な爆発物を次々、続々と取り出し、身体の各所に装着していった
12.
ナギが小石を蹴立てて坂の登り口に向かった頃、一瞬遅れてソードフィッシュが、ガレージの隣、コテージの壁に張り付いた
「ハァハァ・・・走らせ・・・ やがるぜ・・・ハァ」
肩で息をしながら、ソードフィッシュは玄関を伺う
そのソードフィッシュのはるか彼方を、坂へ向けて猛ダッシュするナギがいたが、双方気づかない
・・・玄関辺りにひと気はないようだ
身をすくめながら、横の窓の真下まで近寄り、タブレットをカメラモードにしてガラスに近づけ、頭を晒さないように室内の様子を伺う
「・・・気配はねえな」
ジリジリと玄関に近づき、ポケットから紐を取り出した
ドアの取手に静かに巻きつける
ドアから充分離れて、ソードフィッシュは紐を引っ張った
カチャリ
乾いた音がして、ドアが開く
3cmほどの隙間が開いたが、室内からの反応はない
・・・本来なら、ドアを開けてもう一回様子を見るんだが・・・
「いってみるか」
取手を無造作に掴み、グイッとドアを開けた
照明は点いておらず、窓からの光で明るい室内は、なんの気配もない
・・・そりゃそうだ
襲撃があるってのに、リビングで落ち着いて茶でも飲んでるってほどのバカじゃねえだろう
広いリビングは、簡素だが値の張りそうな調度品が数点・・・あとは変哲のない家具
・・・野郎のデスクを探さなきゃな
ソードフィッシュはゆっくりと室内に入った
フローリングの床にブーツの足音が響く
・・・ここにはねえな
トイレ、バスルーム、キッチンと確認しながら、奥へと進んでいく
細い廊下の先に、上下への階段を見つけた
・・・地下か・・・いや、2階からだ!
階段の踊り場は死角になる
ソードフィッシュは三段飛ばしに階段を駆け上がった
2階はワンフロアのベッドルーム
デスクはない
「やっぱり地下か・・・おっ!」
天井にハッチを見つけた
・・・ロフトがあるのか
ゆっくりベッドを回り込み、ハッチのオープンスイッチを押す
動かない
「チッ・・・電源を落としてやがる」
どうする・・・電源を探すか?
いや、入れた途端セキュリティが騒いでくれても藪ヘビだ
諦めるか?
ロフトのサイズがわからねえだけに、デスクがそこにある可能性が捨てきれねえ・・・覗いてはおきてえな
「・・・しょうがねえな、音でも立てるか」
ソードフィッシュは呟くと、ハッチのフック部分に狙いを定め、3連射モードの引き鉄を引いた
タタタン!
乾いた連射音が室内に響く
フックとチェーンが見事に吹っ飛び、電動でゆっくり下がるはずの梯子がガタン!と落ちた
「ほれ話が早え」
ソードフィッシュは梯子に足をかけ、反撃を予測してもいないように、無造作に頭を突っ込んだ
「・・・」
見回すまでもない小部屋には、見事なまでに何もなく、明かり取りの窓からの光に埃が舞っているだけ
「チッ、ハズレか」
ボヤくと、さっさと梯子を飛び降りてその部屋を後に・・・
しようとして、ソードフィッシュは足を止め、ふと振り向いた
「・・・」
ベッドに近寄り、勢いよくシーツをめくる
めくった下はベッドマット・・・これもソードフィッシュは力任せにひっくり返した
ドタン!
果たして、ベッドの台座はくり抜いてあり、中の空間には木箱がギッシリ詰め込んである
「アタリもいいとこだ・・・コリャ凄え!」
ソードフィッシュは満面の笑みを浮かべ、木箱をひとつひとつチェックし始めた
木箱のすべてにぎっしり、各種の銃器と、それらの弾丸を含む周辺機器が詰まっていたのである
「銃を汎用性の高えモデルにして正解だったぜ・・・俺のに合うやつはっと・・・おお、これこれ」
ソードフィッシュは大急ぎで木箱をバラし、弾丸をマガジンやストックケースに詰め込めるだけ詰め込んだ
さらにバックパックに入るだけ木箱を詰め込むと、相当重くなったはずのバックパックを軽々と担いで、意気揚々とベッドルームを後にする
「うっふっふ・・・仕入れ単価だけで考えても大儲けだなコリャ」
より一層の笑顔
しかし、そのにやけ顔も、一瞬で切り替わる
「・・・あとは地下か・・・本人が居やがると話が早えんだがな」
儲けた商売人から、殺気に満ちたフリーランスに立ち戻り、ソードフィッシュは階段を駆け降りていった
13.
「賑やかなやつだなまったく!」
長身の狙撃銃にスコープを取り付けながら、マターはコテージの屋根の上でため息をついた
散々暴れているソードフィッシュのまさに真上である
・・・ナギは敵の殲滅を第一に、ソードフィッシュはチップマン本人、もしくは書類の発見を第一に行動
それはいい・・・各自の判断だ
だがせめて、もうちょっと戦場らしく振る舞えないものか?
「開始早々室内でぶっ放すとはな・・・何を考えてるんだ!」
しかも、一回大音を立てたからもういいだろう的に、室内で大暴れしてくれている
あいつが敵に見つかって蜂の巣になるのは知ったことじゃないが、そのおかげで屋根の上まで注目されてしまったらどうするんだ!
マターはフウッと息を吐いた
あいつがひと足先に建屋に入ったのを見て、小屋根と雨どいをつたって屋根に登ったのは正解だった
今のところ誰にも見つかっていないはず・・・
「・・・遠距離狙撃は、いかに見つからないかが勝負どころなんだからな」
そもそも、今回の任務は 自分だけの専行ではない・・・チップマンの発見及び始末を争わなければならないのだ
「私ならまず、軽々に行動はしないで様子を見るがね」
コテージの玄関を出ると、西のビーチまでは何もない
つまりコテージは、障害物としては島の西端にあるわけで、その西側に位置取りすれば、背後は開けっ広げなビーチと、その向こうの見渡す限りの大海原しかない
加えて、斜度のあまりない屋根の上に上がってしまうと、西側からマターの姿を捉えるためには、海岸線近くまで下がらないといけなくなってしまうのだ
「・・・何もかも西から把握していく形だ・・・斜面や坂道を下から狙う形になるのはハンデだが、初動の位置取りとしてはベストだろう」
屋根の上の明かり取りの出窓の影に埋もれ、マターの姿は完全に隠れていると言っていい
スコープを付け終えたマターは次に、胸のポケットからいくつかの薬包を取り出し、風を確認して開いた
「・・・デシガー酸・・・べルテミノール・・・これにレキトシン水溶液・・・よし」
携帯用の注射器に装填し、左腕の静脈に針を立てる
「・・・これで24時間中、集中力の低下が80%抑えられる・・・ゲームスタートだ」
日陰から出ないように腹這いになり、伏射の姿勢を取った
おや・・・下が静かになったな
「探索は終わったのか?・・・チップマン、地下室にでもいたのかな」
そんな簡単に進む話ではないと思うが・・・
まあいい
資料を確保したにしろ本人を始末したにしろ、お迎えは24時間経たないと来ない
それまで生き延びてないと勝ちにはならないのだ
「・・・そのうち、コテージから坂道へ向けて、一生懸命走っていくんだろうな・・・無防備な背中を見せながら」
どうも、どこか憎めない感じだな・・・
マターは笑うでもなく、口の端を歪めた
・・・今はまず、スコープの照準確認のために、何か試射しておきたいんだが・・・
まあ、ソードフィッシュの背中はやめといてやろう
「不可侵条約もあることだしな」
マターは伏射の姿勢でピクリとも動かないまま、スコープを眼に当てた
スコープ越しに斜面、坂道、頂上の樹と、各所を確認していく
・・・しかしこの島、実景を見るとだいぶイメージと違うようだ
斜面の茂みも、かなり背が高く、濃度がまばらで異物を視認しにくい
頂上へ続く坂道も、よく見れば案外背の高い木が数多く生えている
その周りを低木が覆い、坂道そのものが全く認識できないのだ
「軽く雑木林・・・いや、軽くもないな・・・立派な森と言ってもいいんじゃないか」
現に、情報にあった頂上付近の監視小屋は、茂みというよりは樹々に遮られ、完全に隠れて見えない
・・・流れが読め次第、狙撃点をジュノンの樹近辺に移すのがいいだろうな
さてそうなると、どの辺りが良いのか・・・
スコープを望遠鏡代わりに、ジュノンの樹から坂道の雑木林、そして北東の斜面へと、ゆっくり、舐めるように確認していく
「・・・おっ! あれは?」
スコープが、斜面の中腹、かなり高い茂みの中に人影を捉えた
普通の身長なら完全に隠れるはずの高さだが、ヒョイと頭ひとつ覗いている
・・・2mはないようだが、かなりデカいやつだな
ウチのチームのやつじゃない
「ちょうどいい・・・照準調整させてもらおう」
マターのスコープが標的のこめかみを捉え、指が引き鉄にかかる
呼吸を整え・・・指を引いた
ターン!
14.
「・・・兄貴、いないね」
目の前にしゃがんでいるダックマンに、辛うじて聞こえるか聞こえないかくらいに声でコールドハンドは囁いた
笑いを噛み殺しながらダックマンが答える
「・・・こんなとこにいるわけないじゃん」
斜面の中腹、鬱蒼とした茂みの中にふたりは潜んでいた
・・・兄貴も、言ってもフリーランス
一流のプロが、簡単に居所をわからせるわけがない
ましてやミッションはスタートしており、他者との接触など、よほどの理由がない限りあり得ない
「・・・じっとしてるタイプじゃないし、どっかに潜んで様子伺ってるよ」
「なあんだあ、せっかくダックマンに紹介してもらおうと思ってたのになあ」
「・・・なにあんた、次回から直接動くつもりなの?」
ダックマンは振り返らずに聞いた
眼がクールに光る
鎖を断ち切ってP.E.N.から逃げ出し、5年間総てから隠れて潜んでいた最強の人間兵器が、ついにフリーランスとして動き出す・・・
「違うよう・・・だって、兄貴は渋い系のくせに笑顔がチョー可愛いってダックマン言ってたじゃん! そういうのってあたし、どストライクだもぉん」
「・・・アンタって人はホントに・・・」
抜けていきそうな全身の力を何とか引き留めて、ダックマンはゆっくり振り向いた
コールドハンドの福々しい笑顔を見据える
「アンタのそういうとこ、あたしは嫌いじゃないけどさ、戦場にいる自覚ある? さっきの銃声、聞いたよね?」
「あー、ロンブル35自動小銃の3連射モードだったね・・・あれはアフリカ13年モデルだろうね、軽くていい銃だよ」
「・・・」
「大丈夫、あの音だとウチら射程には全然入ってないし、第一アレ、室内で撃ってる音・・・多分あのコテージじゃないかな?」
これだ・・・
すっとぼけていても、科学の膵を集めた超兵器なだけではない・・・超一流の経験豊かな戦士に間違いはないのだ
言葉を失って、ダックマンは頷くしかなかった
「なんだかんだ、アンタは大丈夫だよ・・・」
「そう? ありがと」
コールドハンドは無邪気に笑った
「・・・でもさダックマン、これからここで・・・」
ターン!
銃声!
言いかけたコールドハンドの顔が締まった
ダックマンの顔を向いたまま、サッと左手を上げる
カィーン!
左手が金属音を立てる
一瞬の出来事・・・しかしダックマンも理解した
狙撃されたのだ
そして、コールドハンドの左手が、その頭部を狙った銃弾を弾いたのである
反射的に身を伏せるダックマン
しかしそれにも関わらず、なんとコールドハンドは仁王立ちのまま、狙撃元の方を睨みつけている
「何やって・・・」
叫びかけたダックマンの眼に、笑いながら狙撃手を指差すコールドハンドの巨体が映った
その顔!
「!」
先程までの福々しい笑顔とは似ても似つかない、邪悪な殺気に満ちた、禍々しいばかりの笑顔
・・・そんな顔、するのか・・・
ダックマンの背筋が凍る
・・・今まで見たこともないどころか、想像だにしなかった悪鬼の形相
その直後、ダックマンの眼前にコールドハンドもしゃがんだ
「・・・」
「来たね」
言葉を失ったままのダックマンに、コールドハンドは囁いた
しかしその声色は、さっきまでのノンビリモードとは裏腹の、戦士のそれ
表情も、鬼の顔こそ姿を消したものの、福々しさなどカケラもない、狩りに出る直前の獣の殺気を孕んでいる
「さっきの3連射のやつとはまた違うね・・・BR-12ライフルの最新モデルだ・・・しかもめちゃくちゃ腕がいい」
「・・・コールドハンド」
「びっくりした?」
コールドハンドはにっこり笑った
しかしその笑顔に、数秒前までの抱擁感はない
「あたしに遠距離狙撃は効かないよ・・・あたしに向かって飛んでくる3mm以上の金属を感知して、防御行動に直結するシステムを入れてあるんだ・・・着弾まで0.8秒あれば防げちゃうんだよ」
「・・・」
「ダックマン、ここでいったんお別れだね・・・あたしスイッチ入ったみたい」
「・・・」
コールドハンドは茂みの中で、しゃがんだまま後ろを向いた
いかにシステムがあろうと、一度狙われた敵に、わざわざもう一度姿を晒すことはない
何よりその後ろ姿は、もはや作戦行動を遂行中のオーラに包まれきっている
言葉もなく見送るダックマン
「無事で・・・」
声をかけようとした瞬間、先にコールドハンドの言葉がダックマンの耳に届いた
「あと、あんた見えてなかったと思うから教えとくね・・・さっき、あんたのお目当てさんが、えらい勢いで山道の登り口に突進して来んの見たよ」
「!」
「遠目だから詳細分析してないけど、あれぁ結構な戦闘力だよ・・・頑張ってねダックマン」
いい終わると、コールドハンドはその巨体を感じさせない体捌きで、鬱蒼とした茂みの中を進み始めた
あっという間に茂みの中に背中は消え、微かに揺れる葉々も動きを止めた
残されたダックマン
・・・そうだよ
戦場にいる自覚あるかって?
あたしだよ・・・あたしのことだよ・・・そうだとも!
ここは戦場で、あたしは戦士で・・・倒すべき敵がいるんだ
「コールドハンド、ありがとね・・・あんたのおかげで、あたしもスイッチ入ったよ!」
ダックマンは抱えた銃を握り直した
「・・・山道の登り口だって? いいじゃないナギ! 待ってなよ!」
15.
「・・・今のはなんだっ?」
驚愕の表情で、スコープを外したマターは呟いた
・・・照準はピタリだった
距離、風向き、計算も申し分ない
だが今、標的は平然と狙撃を阻止したどころではなく、あろうことかこちらを指差して笑ったのだ
「・・・」
マターの背筋に冷たいものが走る
・・・落ち着いて、今見たものを解析するんだ
たぶんあれが噂の人間兵器とかってやつだろう
左手の甲で銃弾を弾くのも、装甲を施しているか、もしくは左手そのものを改造しているんだろう
それはわかるが、問題は今の動きだ
明らかに銃声の後に行動を起こしている
しかもこちら側に顔を向けもせずに、だ
そして着弾より速く左手を、解っていたかのように弾道上に乗せたのだ
「そんなことが・・・可能なのか・・・」
冷静に考えれば導き出せる答えではあるが、その現実離れした結論を、脳のどこかが拒否している感じだった
・・・自分に向かって飛んでくる銃弾を察知して防御できる機能
「そういう兵器、としか考えてはいけないようだな・・・」
徐々に自分の結論が腑に落ちてくるのを感じ、マターはフウッと息を吐いた
・・・どうだにしても、あいつ相手に、着弾に1秒以上かかる遠距離狙撃は通じない、ということ
えらいものが開発されているものだ・・・
しかしその一方でマターは、何やら自分の奥の方からふつふつと沸いてくるエネルギーも同時に感じていた
「・・・面白い・・・かもしれんな」
素直にその湧き上がってくるモノに従うことにした狙撃手は、改めてスコープを覗き込んだ
16.
茂みを掻き分けるか、雑木林の中のような山道を登り切るか、断崖絶壁を這い上がるか・・・
どれもかなりの労力を割くが、そのどれかでないと、ジュノンの樹の待つ頂上には来れない
頂上のジュノンの樹の下は、こぢんまりとした庭先ほどの広場になっており、そこに隠れるように、小さな木造の小屋があった
兄貴は小屋を目の前に、ジュノン樹の幹に張り付いている
「・・・」
拳銃を胸元に備え、耳をそば立てる
・・・歌声が聴こえた気がしたが、気のせいか?
周囲に人の気配はない
もっとも、この辺りに隠れる所など無数にあるし、逆に言えば狙われ放題でもある
「・・・誰かおっても不思議ではないやろうからな・・・」
と呟いた瞬間
タタタン!
はるか遠くだが、三連射の音
「おっ!」
兄貴の気がそちらに向き、緊張が走る
「・・・始まったかいな・・・しかしまだ遠いな」
胸元の拳銃を抑え、目の前に建った小屋の壁際へ、素早く移動
「・・・これが噂の監視塔・・・ただの掘立て小屋やけどな」
ガラス窓の横に張り付いて、中を伺う
人の気配はなく、室内は暗い
窓枠に手をかけると、微妙に動いた
「・・・開いてんのかい!」
窓はスルスルと、音もなく開いていく
真っ暗な室内に臆することなく、兄貴はヒョイと飛び入った
外から見ると真っ暗な室内も、入ってみると案外窓からの差し込む光で明るい
・・・好都合、かな?
部屋はひとつだけで、正面のドアを開ければ部屋全体を見渡せる
窓は兄貴が入ってきたものの横にひとつ、正面ドアの横に小さいのがひとつ、計みっつ
ど真ん中に小さなテーブルと、キューブ型の椅子が二脚
「チップマンの隠し倉庫に武器弾薬がしこたま置いてあるって話やったが・・・やっぱりコテージかガレージの方やったぽいな」
椅子をチョイ、と爪先でつつく
「それどころか、身ィ隠すもん、なんもなし、か・・・」
それでも、中央の小さなテーブルを引っ張り寄せて、騎士の盾よろしく掲げてみる
「・・・ないよりマシ、かな」
様子見も兼ねて、しばらくここでじっとしとこか・・・
拳銃をホルスターに戻す
その瞬間
「!」
屋根の上に気配を感じ、兄貴は壁際に身を寄せた
音はしない
兄貴はそのまま、天井全体を視野に入れて動かない
もう一度拳銃を抜いた
・・・が、今は外のジュノンの樹の枝葉が風に揺れる音だけしかしてこない
気配も、いつの間にか消え失せている
「・・・どないやねん」
すうっと気を抜いて、兄貴は拳銃を戻した
キューブ型の椅子をグイ、とドアの方に寄せる
ドアを開けて不用意に飛び込んでこようとすれば、確実に蹴つまずく位置
簡単に拠点作りを終えた兄貴は、部屋の隅にポジションを取ってしゃがみ込んだ
窓からは、覗き込まないと見えなく、ドアと横の小窓を注視できる場所である
「当面これで様子見るか・・・しかし、それにしても・・・」
兄貴はフウッと息を吐き、顔をしかめて呟いた
「・・・なんか、全体的に嫌な感じやな・・・」
17.
・・・誰カ来タ?
樹上のモンは鼻歌を止めた
武器の製作は一段落したので、いつでも行動できるが・・・
ジュノンの樹の葉の間から下を伺う
茂みの中を上がってきたらしい人影が、モンの眼に入った
そのままピタリと幹に張り付く
「・・・」
ジュノンの葉は生い茂りが激しく、外から見えにくい代わりに、外を観察しにくいという欠点がある
しっかり幹の根元に張り付かれてしまうと、モンのいる位置からは全く見えない
・・・誰カハ確認デキナイガ・・・
モンは気配を殺して息を潜めた
標的とすべきか・・・
さっき作ったばかりの弓の具合も確かめておきたいが、腕を広げられないここではむしろ・・・
モンは腰の筒に手を伸ばした
ポケットから指先ほどの太い針を取り出し、その筒に差し込む
・・・俺ノ吹キ矢ハ、外レタコトガナイノサ
気配を全くさせないまま、モンは目標の動きを待った
程なく、拳銃を胸元に抱え込んだ兄貴が視界に入る
「・・・」
光るモンの眼の中、兄貴は小屋の壁に張り付き、窓の様子を伺っている
位置取りが変わったことで、葉々の隙間から兄貴の姿が露わになった
「・・・サテ」
ここでフッとひと吹き
こめかみにでも命中すれば即決ではあるが・・・
ふと、モンの脳裏に言葉がよぎった
『・・・進むべき道を遮らないものを殺してはならん
それは必ず、巡り巡ってお前の道を遮るからである』
師の言葉
モンは筒から唇を離した
闘いは確かに始まったばかり・・・道は見えてはいない
あの標的が後々、モンに対してどう転ぶのかは、今はまだ全くわからないのだ
「・・・今ジャナクテイイ」
そうこうするうちに、兄貴は窓を開けて小屋の中へ
「アレデ気ヅカナイヨウナラ、戦ッテヤルホドノ戦士デモナイ」
モンはもう一度筒を口に当て、力強く吹き矢を吹いた
タン!
軽い音を立てて、鉄製の矢が小屋の壁に刺さる
戦闘領域から外れた兄貴を追うことはせず、モンは気配を完全に殺したまま、生い茂る葉をすり抜けた
風のように枝から飛び出し、ほんの微かな音もなく、小屋の屋根の上に舞い降りる
・・・島のこちら側は戦いやすいようだ
そのあたりを見て回るか・・・
「色々ト仕掛ケ甲斐ノアリソウナ島ダ」
モン・・・野生の戦士は、もはや気配を消すのを止めた
屋根の上を無造作に、しかし全く音を立てることなく、スタスタと歩いていく
屋根の反対側から、山道の出口の樹に飛び移った、と見るや否や、その姿は雑木林の中に、吸い込まれるように消えてしまった
18.
とりあえず見晴らしのいいエリアを駆け抜け、山道の入口に飛び込んで身を隠したナギは、少し戸惑っていた
「・・・違和感の正体は、これか!」
走りながら感じた印象のズレが、ナギの燃え盛る闘争本能に少しだけ水をかけた
目の前に山道などない・・・
山道と思っていたのは、少々けもの道めいた隙間が走っているだけの、結構な雑木林なのだ
しかも、頂上へ向かって上がっていくのはいいが・・・
「樹の高さが・・・」
山肌に林を成している樹々や低木は、入り口付近はそんなに高くないが、上にいくにつれ、徐々にその身長を伸ばしているのだ
つまり、手前の林は低く、標高が高い場所の樹々は高い
結果、実際以上に急な山道が演出されているのである
「・・・斜度は実際たいしたことはなく、その代わり奥行きが思った以上に深い、ということか」
とりあえず身は隠したものの、その違和感の処理に困ったナギは、次のアクションが取れずにいたのである
・・・とは言え、当面の目標は頂上の監視塔だからな
今は上を目指さん訳にはいかん、ということだ
「・・・路線変更だ」
ナギは進路を変え、雑木林には入らずに、隣に広がる茂みに分け入っていく
・・・斜めに上がっていけば最短距離でいけるか
兄貴もまさかこんなに長時間、同じ場所に潜んではいまい
もし遭遇してしまったら・・・その時はその時だ!
ナギはその巨体で、のしのしと茂みを掻き分けていった
これが結果、ダックマンとの直接対決を遅らせることになる
ナギが茂みに分け入り、揺れる茂みがおさまって気配が消えた数秒後、雑木林のけもの道を、まさにナギの血を求めたダックマンが駆け降りてくるのだった
19.
茂みを抜けて頂上に出る
ゆっくりと静かに歩く大きな体躯は、その内部の金属の多さとは裏腹に、実にスムーズに動いた
目の前に現れた監視小屋に向かって、コールドハンドはゴーグルを装着する
「・・・ははあ、なるほど」
ゴーグルに載った感熱センサーを起動・・・小屋を眺めたコールドハンドはニヤリと笑った
センサーの画面には、小屋の中、木の壁の向こうに控える人物像がうっすらと映っている
「・・・木だとやっぱり透視率低いな・・・」
さらに感度を上げた
人物のポーズや金属反応までハッキリわかるレベル
「・・・刃物系はかなり持ってるけど、銃は普通だね・・・これじゃあたしの身体はびくともしないな」
それでも極力静かに、気配を殺しつつジュノンの樹に近づいた
小屋の中の兄貴は、気配を察したのか気づかないのか、動かない
コールドハンドはジュノンの樹を回り込み、下を覗き込んだ
「ひゃー・・・高いねえ」
言葉と裏腹にコールドハンドは、落ち着いた所作でパンツの右脚を捲った
自脚のふくらはぎの部分を開けると、細いワイヤーを取り出す
先端の小さなフックを腰のベルトに付けると、もう一方の先をジュノンの樹の幹にグルリと巻いた
「これだけだとすぐ見つかっちゃうからね」
上着のポケットから小さなスプレー缶を取りだすと、樹の幹に巻き付けられたワイヤーの上に一周吹きつける
ワイヤーの色が樹の幹と馴染み、ぱっと見どころか、明るく照らしてかなり近づかないとわからないくらいに染まった
「金属反応も抑えられます・・・オススメです」
楽しそうに作業を終えると、ワイヤーをグングンと引っ張り、もう一度崖下を覗き込んだ
もはや小屋の中の人物に見つかるなど、全く気にしていない
「・・・ダックマンには200kgないとかって言っちゃったけど、実は240kgあんだよね・・・このワイヤー350kgまで保つから大丈夫だけど」
言いながらワイヤーを握り、後ろ向きに身を浮かせて、崖を降り始めた
ワイヤーが強烈に締まり、幹に食い込むが、ジュノンの樹全体としてはびくともしない
余裕で下を覗きながら、コールドハンドはワイヤーを手繰っていく
「・・・真下にボート隠したんだけど、見えないね・・・上手いこと出来ました」
崖は大きくオーバーハングしているため、真っ直ぐ降りると宙空にぶら下がることになってしまう
コールドハンドはワイヤーを左手で繰りつつ、右手で壁にアンカーを打ち込み、身体を引き寄せながら岩壁に貼り付いて、ワイヤーを壁面に這わせて降りる、という曲芸作業を繰り返した
ワイヤーが壁面に沿うため、かなり見つかりにくくなる
順調にコールドハンドは、崖の頂上から波しぶく岩場への直通ルートを作成していった
「・・・どうやってダックマンに教えてやろっかな・・・ま、いいか」
やがてワイヤーは岩場に届き、コールドハンドは足場にできる岩の上に着地した
見上げると、さっきまでいた崖の上が、遥か上空にシルエットとなって覆いかぶさっている
「ひゃー、高いねえ!」
もう一度同じセリフを口にして、コールドハンドは岩場を伝って移動を始めた
「・・・どっか安定したとこ・・・あった!」
かつてモンが上陸し、茂みの中から兄貴が覗き込んだ小さな砂浜
座り込むにはちょうどいい広さである
「ここ、いいね・・・満潮まで時間あるし」
どっかりと居を決め込んで、コールドハンドはゴーグルを装着し、情報整理を開始した
20.
「正直ビビるなあ」
兄貴が気配を感じて窓からそっと覗いた時は、既にコールドハンドは、ジュノンの樹の幹にワイヤーを巻いている真っ最中だった
ダックマンからある程度の情報は貰ってはいたが、人間兵器たる本人を目の当たりにするのは初めてだったのである
・・・身長も体格もハンパない
もしかしたら、ナギよりデカいかも知れん
兄貴は窓から覗きながら、むしろ接触しないように気をつけていた
・・・敵味方としてはこっちの側やが、俺を味方と認識してくれるかどうかは未知数やからな
ただ、あんまり殺伐とした空気感はないな・・・
「で、何をしとるんかな?」
窓越しではあまり詳しい動きはわからんが・・・
しかし、そうこうするうちに、ジュノンの樹の周りをウロウロしていたコールドハンドは、崖の向こうに姿を消した
「この崖、降りたんか?」
コールドハンドの気配が充分消えてから、兄貴はそっと窓を開けて外へ出た
ジュノンの樹の周りを確認する
「・・・どうやって降りた?」
スプレーのおかげで、兄貴がワイヤーを発見するまでにはかなりの時期を要した
そうっと崖下を覗く
既にコールドハンドの姿はない
ワイヤーを宙空に垂らした訳ではないので、オーバーハングのため、兄貴の位置からは何もかもが見えなくなっていた
「・・・凄いな」
手、出さんでよかったわ
一瞬閃いた、ワイヤーを切ろうか、というアイデアを破棄して、兄貴は窓から小屋へ戻った
21.
頂上へと向かって、茂みの中へ姿を消したコールドハンドを見送ると、ダックマンはそのまま茂みの中を水平に、山道の走る雑木林を目指す
・・・狙うはナギ!
タイミングを考える必要などない
「邂逅必殺!」
心に刻み、茂みを突っ切ると雑木林に出た
「・・・?」
ダックマンが飛び出した場所は、ちょうど山道の真ん中あたりであったが、ぽっかりと開いた、監視小屋の前の庭ほどの広場になっていた
上下に、とても道とは呼べない・・・けもの道というにも細すぎる、ただの隙間が伸びている
「・・・これが山道?」
ダックマンもさすがに首を傾げた
が、今はそれどころではない
・・・上か、下か
コールドハンドがナギを見かけたというタイミングが微妙で、ここを通りすぎたのか、今向かって来ているところなのかわからない
気配を窺う・・・が
「考えても意味ない!」
ダックマンは勢いをつけて、下へ向かうけもの道へ飛び込んでいった
斜度はさほどでもない
だが、標的に向かう焦りが、ダックマンのブーツと、湿った下草の相性を悪くした
「!」
スルッとした感覚で、一瞬宙に浮く
そのあとはコントロールを失くした脚が勝手に動き出す
「お、お、お・・・」
勢いは加速するばかり
あっという間に、スピードはダックマンの制御限界を超えた
走る、走る!
転ばない、ように、するのが、やっと・・・
「あ、あ、あ・・・」
枝も幹も、掴まるどころではない
避けて、避けて・・・
気がつくと、目の前が開けている
・・・下り切ってしまった!
思う間もなく、辛うじて転ぶことを免れたダックマンは、山道の入り口の芝生の上に飛び出した
バキバキッ!
数本の小枝を折る派手な音を立てて、最後の最後で脚を取り戻し、軽いジャンプからの仁王立ち
・・・転ばずに済んだ・・・だけ・・・か
突然のアクシデントに呆然自失のダックマン
しかし、呆然と立ち尽くすダックマンの真横にもうひとり、突然の鉢合わせに唖然とする人影がいた
「・・・!」
「!・・・」
22.
・・・狭いが、しばらく身を隠すには、この岩場はちょうどいい
平地、ビーチとの境目でもあるから、コテージとガレージも見通せる
今、北東の茂みや雑木林に飛び込んでいくよりは、ここで様子を見てみよう
「・・・何発か、おっ始めた方々もいらっしゃるようだから」
アレンは岩陰からコテージの方を眺めて、鼻を鳴らした
・・・ずーっとここにへばり付いている訳にもいかないだろうが、何かしらの動きがあってから反応しても遅くはないだろう
チップマンがコテージにいるとは考えてない派だが、じゃあどこに、となると皆目見当もつかないからね・・・
と、腰を落ち着けたアレンの耳に、ただならない音が聞こえてきた
バキバキッ! ガサガサガサッ!
「なんだっ?」
顔を上げるアレン
だが、音は上から降ってくる
岩場から振り返って見上げると、雑木林の端から舞い落ちる葉っぱが数枚見えた
音はその横を、雑木林を響かせてみるみる近づいてくる
「ヤバい・・・のかっ?」
どうやらかなりの重量のものが、雑木林の中を猛然と駆け降りてくるようだ
・・・大型獣、熊か?
音はもうそこまで迫っている
確認してるヒマはない
動きの取れる平地にいるべきだ
アレンは咄嗟に岩場を飛び出した
ザザザザザ!
銃を構える
音が今そこに来た!
その瞬間
「はあっ!?」
樹々を巻き込みながら飛び出してきたのは女性
想定外にも程がある登場に、アレンは唖然
構えた銃を向けるのも忘れ、ポカンと口を開けたまま
飛び出してきた女性も、眼を大きく見開いたまま、放心状態
アレン、ダックマンが棒立ちのまま、正面から見つめ合う構図
両者、キョトン
「・・・」
「・・・」
フリーランス同士の、真正面からの対面にはあり得ない秒数が流れた
岩場を飛び出したばかりのアレン
雑木林から飛び出し、ややコテージに背を向ける角度で静止するダックマン
沈黙を破ったのはアレンだった
「・・・あの・・・君は」
話しかけられて、ダックマンもハッと我に帰る
だが次の瞬間、アレンの眼が動いた
「ヤバい!」
23.
「・・・何をやってるんだあれは?」
呟きながら、マターはスコープを覗き続けている
たまたま見回していたら、岩場からアレンが無防備に躍り出てきた
かと思えば樹ををなぎ倒して、女が林から飛び出してきて、今度は突っ立ったままふたりで見つめ合ってる?
「・・・訳がわからん、が」
マターは引き鉄に指をかけた
・・・飛び出してきた女は我々の味方ではない
女性であるから兄貴ではない
さっきの左手のやつがおそらく噂の人間兵器で間違いないだろう
とすれば、あれがダックマンか、モンのどちらかだ
問題はアレンがなぜ速攻しないかだが・・・
ということはアレンはどこかでこの女を見知っている・・・全く正体不明のモンなら、フリーランスの本能で動きがあるはずだ
ダックマンも凄腕のフリーランスと聞いた・・・どこかでふたりが会っていてもおかしくない
その時、ダックマンという名でなかったから、アレンが意表を突かれた
・・・というのが自然に感じるな
ふたりが棒立ちで見つめ合ってからほんの数秒も経ってはいないのだが、マターがこれだけの結論に達するには充分な時間だった
「まずはダックマン・・・いただきだ」
照準がダックマンの頭部に合う
マターは迷わず、人差し指を引いた
ターン!
24.
「ヤバいっ!」
叫んだ途端、アレンはダックマンに飛び掛かっていた
岩場を飛び出したままのアレンの正面にはコテージ
振り返ったダックマンからはコテージは見えない
そのコテージの屋根の上に、キラリと金属が光ったのを、アレンは見逃さなかった
狙撃!
少し考えれば、遠距離狙撃手のマターの存在にも思い及んだはずだったが、アレンの本能の方が速かった
銃を落とし、ダックマンに飛びかかる
相手が銃を手放したことで、ダックマンも面食らった
正面からアレンを受け止め、そのまま地面にどう、と倒れ込む
飛びかかるアレンに殺気が全くなかったことも、ダックマンの反応を遅くした
ふたりがもつれ合った瞬間
ターン!
マターの狙撃銃の音が響く
揺れるダックマンの髪を数本散らし、アレンの頬をかすめた銃弾が、後方の岩に命中した
倒れ込むふたり
アレンが上に、ダックマンが下に・・・抱き合うように
倒れ込んだ勢いで、ふたりの顔が接近する
見つめ合う距離
見開いた眼と眼が10cmで絡む
「・・・」
一瞬、回避行動を取るのも忘れて見つめ合うふたり
・・・そして次の瞬間
何か言葉を発しようと、ツッと開きかかったアレンの口元に、ダックマンの拳がめり込んだ
ガスッ!
「ぐえっ!」
奇妙な声を立ててのけぞるアレン
その太ももを蹴り上げ、アレンの身体をひっくり返す
いとも簡単にアレンは飛ばされ、ひっくり返って地面に大の字になった
あっという間に身を翻すダックマン
立ち上がったと見るや、飛び出してきた時と同じくらいのスピードで林に飛び込む
「あ・・・」
アレンが顔だけでも上げた時にはもう遅かった
ダックマンの姿は林の中に消え、樹々の葉さえ揺れていなかったのである
25.
「しまったっ!」
マターは舌打ちした
・・・今のは完全にミスった!
アレンの避けるタイミング・・・あれは完璧に気付かれたものだ
あいつがカウンタースナイパーなら、今ごろやられていたのはこっちだろう
時間が経って陽が動き、いつの間にか長身の銃の先がほんの少し、太陽に照らされていたのだ
「気づかなかった・・・」
マターは悔しそうに呟いて、位置を取り直した
もう一度スコープを覗く
既にダックマンも、アレンの姿もそこにはなかった
「しかし・・・」
すぐに頭を切り替える
悔やむヒマがあったら分析するのだ
・・・今の一連の流れは何だったんだ?
アレンが何かに驚いて、隠れ場所から飛び出した
その直後、敵もひとり、林から飛び出してきた
ここまではいいが、そのあとふたりは戦闘に入らず、アレンは敵を庇って身を投げ出した?
・・・やはり顔見知りだった、ということなんだろうが
「となると、そのあとぶん殴られて蹴り飛ばされてた意味がわからなくなってくる・・・にしても」
マターは次弾を装填しながら、更に頭を切り替えた
「・・・アレンのあの察知能力と反射神経はさすがのものだ・・・が、敵のあの女の体術もかなりのものだな・・・完全にマウントを取られたあそこからの反転は、並の格闘家にできるものじゃない」
・・・やはり、敵も味方も一流どころが勢揃いしているな
マターはニヤリと笑って、またもスコープに眼を当てた
26.
飛び込んだ雑木林を、降りて来た時のようなスピードで、ダックマンは駆け登っていた
軽くパニック
・・・何だったんだ今のは?
・・・何だったんだアイツは?
「そりゃあさ」
樹々の隙間を猛然とくぐりながら、ダックマンは落ち着こうとしていた
・・・滑って落ちてったのがすべての敗因さ
完全にパニクって、間の前の敵に反応できなかったのも致命的だけどさ
で、狙撃から守ってくれたって・・・どういうこと?
敵だよね・・・ていうか、アイツ誰?
乗っかかられたから思わずぶん殴っといたけど、あれアタシ悪くないよね?
あっという間に先程の、中間地点の広場にたどり着いた
「・・・」
広場には踏み入らず、その手前のやや太い幹の陰に身を隠して、息を整える
・・・落ち着けアタシ!
あんな至近距離で敵と遭遇して、今こうやって無傷なのが奇跡だろう
さっきのアイツ・・・
味方は兄貴とコールドハンド、ふたりとも知ってる
モンとかいうやつが、以前見かけたあの猿みたいなやつで間違いないなら、やっぱりアイツは敵
ナギではもちろんないし、資料にあったマターとかいうスナイパーは、遠距離で狙ってきた方のやつだろう
とすればソードフィッシュかアレン・アンダーソン・・・
・・・ギャングの特攻隊長か傭兵か、っていうとまだ傭兵ぽいから、アレンというやつか
「・・・ちょっといい男だったけど、残念、敵だったね」
深呼吸して、落ち着きを取り戻した
一連の自分の動きを省みて、ちょっと苦笑い
「気合い入れていかんかい!」
自分自身に檄を飛ばして、銃を握り直す
だがアレンとの遭遇に関して、いくつかの事実にダックマンは気づいていなかった
一瞬ではあっても、ナギの存在が完全に自分の脳内から消え失せていたことに
息が整った今でも、もしコールドハンドが側にいたら間違いなく
「へええ、どうしたのさ?」
と、ニヤニヤしながら突ついて来るくらい、自分の頬が紅潮していることに
そして、自分自身でアレンを敵と認識した瞬間の、ある種の喪失感に
27.
2発目の狙撃音は、監視小屋のドア横の小窓から外を伺っていた兄貴にも、北東の茂みの中を監視小屋に向かっていくナギの耳にも届いた
「・・・さっきとおんなじ場所やな」
兄貴の位置からは、コテージは全く見えない
小窓からは雑木林のけもの道の出口あたりが窺えるだけで、さしたる情報収集には役立たなかった
「移動せんと狙っとるんか・・・狙撃屋のくせに珍しいやっちゃ」
一心不乱に監視小屋を目指すナギ
「遠距離狙撃は自分の位置を把握されないのが鉄則」
茂みの中で一瞬身を止めたナギは、チラッとコテージを振り返った
自分自身が茂みに沈んでいるため、狙撃ポイントが見えるはずもない
ナギはそのまま歩を進めていく
「成功、失敗に関わらず、1発撃ったらその場を離れるのがセオリー・・・またそこに戻って来るにせよ、だ」
監視小屋は茂みを抜け切らないと見えない
ナギはのしのしと、茂みの中を進んでいく
真っ暗な小屋の中
何もない部屋内の探索などとっくに終えて、兄貴は事態全体の動きを待っていた
「ええ場所見つけた言うて、そこにこだわるんは狙撃屋としてはド素人なんやが・・・」
「・・・それをわかってやってるとすれば、マターなかなか食わせ物だ・・・」
ナギの脚は緩まない
「敢えてセオリーアウトすることで、3発目の場所を読みにくくしたのであれば・・・」
監視小屋はもう目の前である
「・・・こんだけの戦績、ド素人では出せんやろから、ドクターわかっててやっとるんやろ」
兄貴は小窓から動かない
「3発目どっから仕掛けて来んのか・・・はたまた敢えておんなじ場所からか・・・」
暗い部屋の中から、気配を殺して外を窺う
28.
アレンが身を起こした時にはもう、ダックマンの姿は雑木林の中に完全に消え去っていた
しばらく、といっても数秒だが、呆然と寝そべっていたアレンも、我に返って飛び起きた
「・・・痛ってえ」
顎をさすりながら、隠れるべき岩場へ向かう
・・・間抜けな話だ
物音に驚いて隠れ場を飛び出し、美女に遭遇して立ちすくみ、狙撃から庇った相手に、最後はぶん殴られた、ってか?
これでマターが敵だったら、もう今生きてはいない
しかし、そんな反省とは裏腹に、アレンの頭は今出会っただけの女性に支配されていた
・・・あの娘だ!
あの娘のはずはない
「だけど、あの娘だ!」
岩場に飛び込んだアレンは、身の安全を確保しながら、あり得ない状況を整理しようとしていた
記憶の扉が一気に開く
・・・もう6、7年前になるのか
出会ったのは、P.E.N.の養成所に爆発物の臨時講師として行った時だから、そんなもんだ
凄い地味な娘で、戦闘に直接参加するキャラどころか、本当に戦場にいく気なのか信じられないくらいだった
ドローン使いと聞いたから、爆薬の装着方式や強風時のシステムなんかを教えたんだけど・・・
まるで乾いたスポンジだったな
吸収どころか、教えてないことまで考えだしたり・・・最後は僕が考えさせられたりしてた
『こんな感じですか?』と言って、一度に4台のドローンをバラバラに操縦したときは、僕だけじゃない・・・教官室が総出で肝を潰したものだったな
期間は一週間だったけど、それであれなら、養成所を出る頃には、貰うエキスパートの称号も3つ4つじゃ効かなかったろうな
しかも、優秀なだけじゃなかった
可愛かった・・・あんなタイプの娘は今までいなかったんだ
僕はその一週間でズルズルと引き込まれ、講期終了時には彼女に完全にイカれてた
最終日に食事に誘って、OK貰った時は、僕ともあろう者が躍り上がって喜んだんだ
モデル、ダンサー、女優・・・並み居る美人さんたちに誘われ続けて、なんならそれすら振ってきてた僕ともあろう者がだ!
もちろん、食事1回だけで終われるはずがなかった
必死になってアプローチして会って貰っては、持てる技術を惜しみなく注いで口説いた
・・・マジだった
珍しく、じゃない、初めてさ
全精力をつぎ込んで、やっと彼女が答えてくれた時は、寝息を立ててる彼女の横で、ベッドの上で神に感謝したものさ!
おろそかになんか出来やしない
僕はすぐに、もうそりゃあっという間に指輪を買いに行った
・・・だけど彼女は首を横に振った
笑いながら諭してくれた・・・私はまだ学生で、やらなければいけないことがあるって
目標があるから、それに手ごたえが感じられるまでは、脇目は振れないんだって
聞いてさすがの僕もちょっと冷静になったけど、むしろ熱が冷めることはなかった
手を握って言ったんだ
それまで待つから、必ず僕の元へ来てくれ、って
ああ神よ、彼女はうなずいてくれたんだ!
凄く可愛く、真っ赤になって、何度も何度もうなずいてくれたんだ
・・・そして半年後、彼女は消息を絶った
僕が仕事中だったせいで、その期間連絡はできなかったけど、帰って来たその時から、彼女は電話に出なかった
気が狂うかと思った
だけど、彼女が気変わりしたということではない、ということがわかったのは、比べ物にならないくらい恐ろしい事態が起こっていたからだった
・・・養成所のリストから彼女の名前が消えていた
「卒業」や「転属」ならそう書かれる
彼女の名前は、最初からそんな人物はいなかったかのように、忽然と消されていたんだ
訳がわからずに、僕は片っ端から聞いて回った・・・教官連中、彼女の仲間、事務局のやつら
誰もかれもが彼女の行方を知らなかった・・・何回「そう言えば最近見ないな」と聞いたことか
だがついに、僕の半ば脅迫めいた質問に折れて、秘匿を条件に教えてくれたやつがいた
・・・成績優秀者は、教習が完了する前に引き抜かれ、実戦に配属されることが稀にある、と
そういう場合は、周囲の影響や情報漏洩の観点から、関係者以外には誰にも告知されない、と
当然、本人を取り巻く環境が整わないと、解放はおろか、周囲との連絡も許されないのだ、と
・・・万策尽きた僕にできることは、ただただ仕事をこなし、来たるべき再会と、その後の生活のための資金を潤沢にすることしかなかった
ただただ、ただただ・・・
・・・そして今!
記憶の中で少々の美化はあるかも知れないが、あの娘を間違えるはずはない
別人なのはわかっている
体格も身長も・・・第一あんな機敏な格闘術は、あの娘には無理だ
でもあの顔!
呆気に取られた時のトボケ顔
次の行動を見失った時の空気感
・・・違うのは髪の長さくらいだ
「・・・全く同じって・・・なんだよそれ」
アレンは胸中乱れたまま、岩の陰でうなだれた
岩場に打ち寄せる波の飛沫が時折、その金髪に掛かる
記憶を辿っている時間は、本人にはあっという間に過ぎる
かなりの時間岩場に座りこんでいたアレンも、やっと顔を上げた
「・・・もう一度会おう・・・会わなきゃ!」
敵か味方かなんて関係ない
せめて撃たれないように・・・いや、何なら撃たれたっていい
会いたいんだ!
いろいろ確かめなきゃ!
眼に力を取り戻し、銃を握り直す
と、その瞬間
ターン!
アレンは首をすくめて、改めて岩場を一段滑り落ちた
3発目の狙撃音
マターの狙撃音なのは瞬時にわかり、おそらく狙いも離れていたのだろうが、アレンの眼を覚ますには充分だった
「戦場だバカ野郎!気合い入れろ、僕!」
29.
のそり、とゆっくり、茂みの中からナギの巨体が現れた
「ここか・・・」
監視小屋の前の広場
ジュノンの樹を見上げる
「・・・思った以上にデカイな」
目の前には監視小屋
ナギは周囲に充分注意を払いながら、まずジュノンの樹に近づいた
立ったままジロリ、と見回す
人気はもちろんない
ジュノンの幹に掴まりながら、そうっと崖の下を覗きこんだ
「・・・何もなしで飛び降りる訳にはいかん高さだな」
呟いて後ずさりした
・・・問題の監視小屋か
ここを拠点とできれば戦略的に有利なはずではあるが、それ故に狙われやすく、また、先を越された時に対策が打ちにくい
諸刃の剣ではある、と
ナギはゆっくり小屋に近づいた
・・・海側に窓
先ほど兄貴が侵入した窓だが、当然ピッチリと閉められている
外の景色が反射して、真っ暗な中の様子は窺い知れない
「・・・わからんな・・・当然か」
ジリジリと近づきながら、ナギはふと、変なものに気付いた
「?」
壁に刺さった金属の・・・
「針? にしてはかなり太いが・・・」
先ほどモンが撃ち込んだ吹き矢の矢が、壁に突き立っていたのである
・・・短めのナイフほどの長さか
少し細いが、握りこんで闘えなくはない・・・もしくは投げるか・・・
見たところ、ただの尖った鉄
仕掛けがあるようには見えない
ナギは用心深く握り、グイッと引き抜いた
「・・・」
思ったより深い手ごたえにちょっと驚いたが、手に取って確かめる
刃物ではないが、使い方によっては殺傷能力は出るな・・・
ハッ、と思い当たった
「・・・ニンジャ?」
ナギの表情が一瞬で強張った
一気に張り詰めた顔になる
いるのか・・・いや、いるのだ
間違いない!
「文献でしかないが、見たことがある武器だ!」
ナギは慌てて周囲を見回した・・・が、当然それらしき気配はない
そっとモンの吹き矢を胸ポケットに入れ、銃を握り直す
「OK、OKだニンジャ君・・・焦ることはない・・・俺が必ず仕留めてあげるさ・・・」
小さく呟いて、周囲に充分過ぎるほど警戒しながら、小屋の正面にゆっくりと向かった
ドア横の小窓を上手く避け、ドアノブに細い紐を括り付ける
コテージのドアを開けたソードフィッシュと同じ手順で、監視小屋のドアが開いた
ギィィィ・・・
用心に用心を重ね、ナギは小屋の中を窺う
相変わらず気配はない
「・・・!」
一気に転がり込んだ
・・・小屋には誰もいない
無人の暗い空間と窓からの光、そして床に転がったキューブ型の椅子と低いテーブルだけ・・・
遠く崖下から、打ち寄せる波音が微かに聞こえてくるだけだった
「・・・この段階で無人、か」
何か訳があるのか・・・それとも各者の敬遠の結果か
計りかねながらナギは立ち上がって、改めて部屋内を確認した
ぐるり、と見回す
・・・いや、ここは居座るべきではないな
そもそも、俺単独に課せられた任務は、敵味方含めて全員殲滅だ
大統領側のヤツらは後でいいとして、未知数の敵に籠城は早い
「今は動く時だ!」
腹を決め、入ってきた時とは打って変わった、荒い歩調で小屋を出た
庭先を一周見回し、ジュノンの樹を迂回すると、そのまま茂みの、先ほど出て来た方とは反対側へと潜りこんでいく
巨体は断崖との境目の茂み側を、急斜面に用心しながら、ゆっくりと下っていった
30.
ドアを閉めもせずに、ドカドカとナギが出て行った暗い部屋
今は、風が窓ガラスを揺らす音だけが室内に鳴っている
数分の静寂・・・
「・・・」
音もなく、窓のない側の壁の一部が、ドアのようにスーッと開いた
中には直立不動の兄貴
「・・・こぉわかったなぁ」
ポツリ、と呟きはしたが、しかしその表情は、怖がって隠れていた者のそれではなかった
ホラーアトラクションで、ゾンビの来襲をやり過ごしたかのような爽やかな笑顔
「・・・あれとガチで闘るって? ダックマンもエラいコトをまぁ」
ストン、と部屋内に歩を戻す
監視小屋の窓のない面は、実は二枚張りになっており、外壁板と内壁板の隙間が、ちょうど人ひとり収まるほどの空間になっているのを、兄貴は見つけていた
・・・挟まってるだけの隙間やから、中でピクリとも身動きは取れん
ましてや銃を構えるなんて、不可能ではあるんやけどな・・・
「わざと造ってある・・・んやろうなあ?」
兄貴は訝しげに振り向くが、もちろん意図が読み込めるサインなどは見当たらない
クローゼットには狭いし、物置でもない
第一、壁そのものがそれと気づかれないように細工してあるのだ
・・・物か人か、隠すための空間やろな
「さっきまで、ちょうど胸板の辺りにブットい鉄のトゲが刺さっとって、邪魔で入っても閉めれんかったんやが、多分外からあのクマ野郎がすっこ抜いてくれたんやな・・・隠れといたったわいな」
出し抜いた達成感にニヤリ、と笑う
小窓を確認・・・外に人の気配は完全にない
・・・しかしデカかったな
さっきの兵器人間もデカかったけど、それに生身でタメ張るくらいデカいっちゅうのは・・・
「何喰うとんのかな」
兄貴は小窓を覗きながら作戦を練った
・・・情報がある程度揃った今、本来ならそこら辺走り回ってチップマンを探すんやが
「ちと敵が多い・・・出て行くタイミング難しくなって来たな」
その瞬間、3発目の狙撃音
ターン!
「おっ!」
31.
ゆっくり時間をかけて、岩場から頂上、東北の茂みを隈なく、山道の入り口・・・
舐めるように動いていたマターのスコープがピタリと止まった
「!」
信じられない光景
マターの想定外の人物がそこにいた
「なぜそこにいるソードフィッシュ?」
スコープの中には、山道の入り口辺りの木陰と茂みの境目を、用心深く屈んで歩くソードフィッシュの姿があった
近くでは隠れきれているかもしれないが、マターの狙うコテージの屋根からは、肩から上は丸見えになっている
「・・・コテージにいたんじゃなかったのか?」
・・・いつ移動した?
いや、移動したなら気付かないはずはない
コテージから山道までは、それこそ背中を晒して、見晴らしの良い平地を走って行くしかないはずなのに
スコープの視野はもちろん狭い・・・だが見落としてはいないはずだ
「そこまで間抜けたら引退だ」
だがその瞬間、全く別の異物がスコープの端を掠めた
「!」
ノソノソと動くソードフィッシュの後ろ数メートル
山道の入り口の端にある木の幹を、眼にも止まらない速さで登る影があった
「今のは何だ?」
人かどうか確認もできない速さ
ソードフィッシュが気付いた気配はない
マターは一瞬、照準をソードフィッシュから外し、影が動いた木の枝に向ける
と、明らかに風ではない葉の動きが見えた・・・と思った瞬間
「!」
またもや恐ろしい速さで、隣の木に飛び移る人影
・・・人か!
マターが我が眼を疑う身軽さ
人であることは間違いない・・・だが
「そんな動きが可能なのか!」
目の当たりにしてもなお信じられない身のこなし
飛び移った先の木は、もうソードフィッシュから何メートルも離れていない
いまだ気づかず、前方に注意を向けるソードフィッシュ
「・・・」
マターはスコープに眼を押し付ける
と、人影の潜む葉の隙間から、ニュッと何か黒く細いものが伸びて出てきた
人影そのものは葉に隠れて全く見えないが、伸びた黒い棒の先が狙うのはソードフィッシュの頭部
「ふむ・・・」
直接戦闘、という重要案件を目の前にして、マターは逆に冷静さを取り戻した
・・・正体不明の敵が、一応ではあるが味方を背後から狙っている、ということでいいな
「不可侵条約のうちではないが、サービスだ」
マターは狙いを定める
葉に隠れた本体は狙えない・・・ならば!
引き鉄を引き、3発目の狙撃音が響いた
ターン!
32.
・・・何カ出テ来タゾ?
何やら仕掛け終わった木の枝をそうっと戻し、モンは地上に視線を落とした
まさに、人ひとりやっと通れるくらいの幅の穴から、ソードフィッシュがゴソゴソと這い出してくるところ
側には、上に土を乗せて草を植えたのであろう、蓋らしき丸い板が転がっている
・・・ゾンビデハナサソウダナ
樹上からモンが注視する中、ソードフィッシュは辺りをキョロキョロと見回した後、何事か小さく呟きながら、穴の蓋を戻した
ゆっくり、というよりは、かなり慎重な感じで、茂みの中を平地との境目に沿って進み始める
・・・チョットカラカッテヤルカ
モンは滑るように樹を降りて、ソードフィッシュの後をつけた
数メートルの距離を、音もなくスムーズに詰める
「・・・」
気配を全くさせないまま、ソードフィッシュのすぐ近くの木の幹に手をかけた・・・
と見るや、目にも止まらない速さでよじ登り、葉の中に埋もれる
ソードフィッシュは全く気づいていない
「・・・」
腰の吹き矢を取り出し、矢を込める
・・・一発デ仕留メルナラ首筋ダガ、マァ肩口クライデ、脅シニハナルダロウ
枝の上から身を乗り出し、葉の間から筒先をニュッと出した
息を吸い込む
その瞬間
ターン!
狙撃音と共に、モンの吹き矢が弾き飛ばされた
キィン!
響く金属音
吹き矢の筒がモンの手から浮き、宙に舞う
ソードフィッシュが振り返った
「!」
一瞬、というには余りにも短い、コンマ1秒ソードフィッシュと眼が合った
モンは、弾かれた筒を追うように枝を飛び出す
「うおらああ!」
絶叫と共に、ソードフィッシュの銃が火を吹いた
振り返りざま、モンのいた木に銃撃を浴びせ掛ける
タタタタタタ!
葉が散り、小枝が吹き飛ぶ
モンがいた場所から、飛び移ったと見えた先に、これでもか、と銃弾が撃ち込まれた
タタタタタタ!
時間にして約10秒
しかし、マシンガンの連射10秒は、マガジン丸ごとひとつ撃ち尽くせる時間である
タタタタタタ・・・カカカカカカ・・・
あっという間に撃鉄が空撃ちを始めた
「ふんっ!」
数百発の弾丸を一本の木に浴びせかけたソードフィッシュは、空の弾倉を抜き取り、尻のポケットに突っ込むと、身を翻して茂みの中に沈んだ
モンのいた樹上からは、上手く隠れられている
・・・ナンテ無茶苦茶ナヤツダ
飛ばされた筒を掴み、落ちるより速く下草の中に身を潜めたモンは、樹上目掛けて乱射を続けるソードフィッシュを下から眺めながら、呆れて呟いた
ただからかうだけのつもりで出したちょっかいが、とんでもない反撃に繋がるとは思ってもいなかったのである
コレハ・・・関ワラナイ方ガイイヤツダ
「ソレヨリ、アイツダ!」
モンの眼は、コテージに向いた
この距離を、直径2cmもない、しかも手に持った吹き矢の筒に当ててくるとは!
ソードフィッシュが撃ち終わり、茂みに隠れた後も、モンは身動きひとつせずに、ソードフィッシュではなく、姿の見えないコテージの狙撃手を睨んでいた
「ヤッテクレタナ・・・」
モンの手に握られた吹き矢の筒は、マターの弾丸が命中した箇所でグニャリと大きく曲がってしまっている
吹き矢として、これでは役に立たない
「・・・腕ハ認メテヤル・・・ダガ、覚エテオケ!」
モンは身を翻し、下草と木々の隙間に、あっという間に姿を消してしまった




