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朝の会のスピーチで柊磨の番が回って来た時
「きのう3面クリアしました」
と言った。
それを聞いた児童たちはバカにして、
「柊磨はいっつも3面クリアだな」
と言ったが、他の子たちもスピーチの内容は大差なかった。それにしてもファミコンとはすごく売れてるんだなと棚端は感心した。
「先生、ファミコン持ってる?」
「何のカセット持ってる?」
と度々聞かれてようやくファミコンなるおもちゃをクラスのほとんどの家庭が所有している事実を知った。それがゲーム機で名称通り家でゲームセンターのようなゲームを楽しめるものだと認識したのは最近のこと。
しかし全く興味はなかった。棚端は学生の時にインベーダーゲームやパックマン、上海などに興じたこともあったが、熱中することはなかったが、そんな棚端も小学生のころテレビゲームを買ってもらって遊んだことがあった。テニスゲームや射撃といった、棒や点で構成されたアイテムが手元のコントローラーの操作で動くだけのものだが、ひと月位は楽しんだ記憶があるが、すぐに飽きて遊ばなくなった。
ところが幼かった棚端とは異なり、子供たちはみなファミコンのことをいつまでも話ていた。そして口々に棚端がそれを所有しているかを確認したがった。持っていないと伝えた児童でも時が経つと繰り返し同じ問いを投げかけてきた。棚端はほとほと辟易としてファミコンというゲームを見た事もないのに嫌になってきていた。
そんな棚端にファミコンと触れ合う機会が訪れることになる。
南香奈が学校に来なくなって3日目の水曜日、棚端は家庭訪問をすることにした。元々家庭訪問の時期で本来、南香奈は前日の火曜日に行くはずだったが、体調不良で欠席という連絡が朝入ったため後日に回す話をしたばかりだったが、さすがに気になったので朝南宅へ入電してその日の最後に家庭訪問の希望を伝えたところ了承を得た。
南は大人しい女子であまり騒いだりしない。外で遊ぶことも多いが、休み時間に読書をして過ごすこともあった。友人も数人いるように思ったが詳細は分からない。
南の家はその前に訪問した石橋龍宅から歩いて数分の一軒家だった。呼び鈴とともに母親がドアを開けてくれた。香奈によく似ている。
棚端はテーブルの向かい越しに座って母親と少し話をした。母親が言うにはいじめられていると本人は主張しているらしい。具体的には語らないが、学校には行きたくないと言っているようだった。
棚端は親に了承を得てリビングでテレビゲームをしている南香奈に近づいて声をかけた。
「何してんの?」
「マリオ」
可愛い声で香奈が答えた。これがマリオか、と棚端は少し感慨深く思った。テレビ画面を見ていると、小さな太ったおっさんが何かに頭をぶつけてコインを出したりキノコに殺されたりしていた。
「面白い?」
「うん」
まあ、そうなんだろうな。棚端は素直に思った。
「先生もやる?」
意外な言葉に棚端は驚いた。
「え?あっ。やってみようかな」
南香奈はにこにこしている。ボタンの付いた小さな薄くて四角いものを手渡された。雰囲気で操作方法は何となくわかった。
「スタートするね」
「はい」
棚端の返事でゲームが始まった。機械音楽が鳴ったので棚端はそれを合図にボタンを押した。おっさんが動き出した。
「ジャンプ」
南香奈に言われて上っぽいボタンを押すと、おっさんが飛んだ。棚端は
「おおっ」
と声を出した。南はそれを見て笑った。
結局10分ほどマリオで遊んだ後
「バイバーイ」
と手を振る南香奈に手を振り返して棚端は家を出た。
翌日帰りの会が終わったとき、南と席の近い井上恭子が
「先生」
と近づいてきた。
「あしたお楽しみ会やるでしょ」
「ああ、やるね」
月に1回金曜日の5時間目を潰して、椅子取りゲームやフルーツバスケットなどのちょっとした遊びをすることになっていた。
「香奈ちゃん来る?」
「どうかな」
もしかしたら、と棚端は考えた。南がいじめられてると感じてる相手は井上ではないか?
「招待状書いてみたら?」
「何それ?」
井上が不思議そうな顔を見せた。
「明日のお楽しみ会に来てくださいってカードに書くんだよ。おれ、今日南の家に行くから渡してくるよ」
井上の表情が変わった。目が見開かれている。
「ねえ、今書くから持って行って」
そう言うと井上は自分の机に戻ってお絵かき帳をランドセルから取り出した。
「すみませーん」
今日は連絡もせずに棚端は勝手に南宅へ訪問しに行った。
「あら、先生」
母親も少し驚いた様子だ。
「今日も少しよろしいですか」
「どうぞどうぞ」
招き入れられ棚端は出されたスリッパを履いてリビングに向かった。案の定南香奈はマリオで遊んでいた。
「あっ、先生。今日もやる?」
「やろっかな」
そう言って棚端はコントローラーを手にした。
ひとしきりゲームに興じた後、棚端は切り出した。
「何か学校で嫌なことあるの?」
南は少し困った表情を作った。
「恭ちゃんが意地悪した」
やはり井上か、と棚端は納得した。
「何か言われたの?」
「いっしょに遊ぼうってさそったら用事があるからだめって」
「用事があるならしょうがないんじゃない?」
「だって」
南がほっぺたをふくらませた。
「何回もだめって」
そのとき棚端は井上の家がリフォームするために少し遠い親戚の家に仮住まいしていることを思い出した。
「井上はちょっと遠いところに今だけ住んでるから遊べないんだよ」
井上の母親が車で送迎していたはずだ。
「ふーん」
「そうだ、井上からカードを預かってきたんだった」
「カード?」
棚端はバッグからお絵かき帳から切り取った1枚の紙を取り出した。カードというにはペラペラな質感だが。南に手渡すと真剣に読みはじめた。
「先生」
読み終わると南が向き直った。
「あしたお楽しみ会だね」
「うん」
「何するの?」
「ハンカチ落としかな」
「へえ、先生は?」
棚端は前回流行り歌を少しだけ歌ったことを思い出した。
「うーん、手品かな」
何も準備していない。口からでまかせだった。
「えー、見たい!」
南が目を輝かせた。
「あっ、やらないかもだけど」
「えー!」
「まっ、気が向いたら来なよ」
そう言い残して棚端は南家を後にした。
翌日、南香奈は当たり前のように登校して来た。
井上と楽しそうに遊んでる姿も確認できた。
お楽しみ会ではフルーツバスケットと棚端の歌が披露された。歌い終わった時、南が嘘つき!と叫んで笑った。




