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小さな椅子  作者: 珉砥
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  謎の朝の会という催しがあり、児童が毎日交代で1分間スピーチなるものを黒板の前に出てきて披露するというものらしいので、棚端は黒板を背にして向かって左の廊下側の1番前の児童からスピーチをさせることにした。

  新学期が始まってすぐに児童たちは席替えの要求をしてきたが即座に棚端は却下した。どうやら一学期の最後の席のまま座ったらしい。うるさく口々に要求するので、却下を撤回して次の金曜日にある学級会で席替えをすることに決めた。

  わーわーと歓声が上がり、とりあえず廊下側の1番前に座っていた前田亮太が立ち上がって黒板の前に立ちスピーチをした。

  「きのうマリオの3面をクリアしました。嬉しかったです」

  なおざりな拍手が起こった。このスピーチ?になんの意味があるのか棚端には理解出来なかったが、もっとわからなかったのは『マリオ』とか『3面クリア』という言葉だ。しかし、尋ねるのも面倒なのでスルーした。

  授業は前の学校の時よりも少し真面目に行う気にはなっていた。さすがにこれまでの自分を振り返って、たしかに酷かったと反省もしていたし、教員生活があと半年と思うと少しはマシなこともしておきたいという欲も出た。

  しかし、それを妨害してくる奴がいた。井川柊磨だ。

  一般の児童のように机に向かって椅子に座っていることはかなり困難な様子だった。しかし、それは柊磨に限らず前の学校にも出歩く子はいたし、ここにもいる。柊磨のは出歩くということではなく、教室からいなくなる場合があった。前の担任から柊磨係を任命されたもの達が主に柊磨の捜索に当たっていた。棚端はそのような係は不要と考えていたので設けていなかったが、昨日柊磨を引きずってきた4人には使命感が育っていたようだ。

  2時限と3時限の間の15分休みは要注意だった。晴れの日はほとんどの子が校庭で遊ぶため柊磨が校庭に出ると見失う。棚端は当然注意していたが見失った。

柊磨係は3時限がはじまっているというのに捜索に出かけると主張した。棚端は却下した。みんなは自習していてくれ、おれが行くと。しかし、先生には見つけられないよと係の奴らは言い放った。棚端も意地になり、漢字の書き取りの課題を黒板に書き付け教室を後にした。

  まずは昨日聞いていた農協に行った。農協は校門を出たらすぐ右並びにある。農協の駐車場を見回していると

  「どうした?」

  と50絡みの男が棚端に声をかけてきた。

  「あっ、井川柊磨来てませんか?」

  申し訳なさそうに棚端が伝えた。

  「ああ、今日は来てないな」

  男が間の抜けた話し方で返答してきた。

  「ありがとうございます」

  棚端はもう一度当たりを見回してから立ち去った。

  「大変だなあ」

  と言う男の声が背中越しに聞こえた。

  校門から再び校内に入ると、校庭の広さが際立って見えた。珍しく誰もいない。むろん柊磨も見当たらない。何やら詫びしさを感じた。どこを探せばいいのやら。棚端は途方に暮れた。やはり、係に任せればよかったか?しかし、小学2年生にそんなことはさせられないと棚端は考えていた。児童の中には先生の頼み事を喜んでする者がいて、それを利用する先生も多い。棚端はそれをよく思っていなかった。

  児童が先生に好かれようと仕事を率先して引き受けるのは何か胸がザワザワする感じがした。それを偉そうにさせてやっている的な教師の態度も嫌だった。  

  棚端は児童に対する態度こそ偉そうだが、児童を自分の仕事に利用するようなことはしたくなかった。

  教室が気になるので、棚端は一旦戻ることに決めた。呆れたことに教卓の前にある自分の席にアホ面の柊磨が座っていた。

  「たあーし」

  口をだらしなく開いた柊磨のきまり文句のお出ましだ。

  「先生、どこいってたの?」

  誰かの声。

  「え、柊磨どこにいた?」

  無視して質問した。

  「柊磨給食室の中にいたよ」

  いかにもガキ大将という顔つきの菊地が細い目を向けた。

  「柊磨給食が好きだからのぞきにいったんだよ」

  菊地の子分的な存在のイケメン風の中島が答えた。

  「ふーん」

  言うべき言葉が見つからず棚端は誤魔化した。菊地と中島は共に柊磨係だ。全く立つ瀬がない棚端だった。

  その日は帰りが8時を過ぎた。どうしても掲示物を全クラス統一して作りたいらしく、1組はこうするから2組はこうしてくれとかの話し合いと、あとは持ち込んだお菓子を食べながらの無駄話で数時間が奪われていった。

  この時間に意味を見出すことは不可能だと棚端は判断し、放課後数時間は無いものと思い込んだ。と同時に、いかに自分が前の学校で早く帰っていたかがよくわかり、なぜ許されていたのかも不思議になってきた。

  前赴任先では産休補助の採用であったため、棚端が半年しか在籍しないことはわかっていたから好きなようにさせていたのかもしれない。言える立場ではないが、もっとしっかり周りが指導すべきではないか?とは言え、指導されてもほぼ無視するであろう自分も容易に想像できる棚端であった。

  その後も帰る時間は延びに延びた。もはやそれに関してとやかく考えることも無駄なので棚端はただ受け入れるのみだった。どうせ来年の春にはいなくなるのだ。それまでの辛抱である。この座りにくかった小さな椅子にも、もうすっかり慣れてしまっていた。

  とは言え、最長は年末の12月27日の日を跨いだ夜中の1時過ぎだ。帰宅時間に関して無頓着だった棚端もさすがにおかしいと思いそれを口にしたところ、

  「中学は毎日夜中の1時過ぎだって。わたし達は今年初めてだからよかったわ」

  と言われて言葉を失った。


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