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小さな椅子  作者: 珉砥
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  前の小学校での棚端の退社時刻は16:45だった。職員室で隣の席の男性教諭に何時に帰っていいのかを確認したところ、原則は17:00だが、16:45も公認されていると聞き、棚端は毎日16:45に帰った。仕事も持ち帰らない主義のため、テストの採点も異様に速く、

  「棚端さん、もっとていねいに丸つけしてあげなよ」

  と周りの教員から注意を受けた。仕事を極力避けたい棚端にとって職場に長くいることは耐えられないことだった。だから新人とは思えぬ傍若無人ぶりを発揮したが、誰も何も言わなかった。ある意味棚端にとってはとても都合の良い職場であり、反面社会の常識を学ぶには適さない職場だったのかもしれない。

  ここでも16:45に帰宅する気だった棚端だが、

  「教室内の掲示物について話し合うから残ってね」

  と2年生の学年主任に、帰りの会を終えて職員室に行こうとした棚橋は声をかけられた。

  「掲示物?」

  棚端は異をとなえようと口を開くも、

  「4組全てで統一するから、5時には教室にいてね」

  と言われた。

  これでは社会人になって初の5時過ぎまで労働じゃないか。冗談じゃねーよ。と棚端は心中つぶやいた。

  ところが、蓋を開けてみると5時過ぎどころか、校門を出たのは19:30過ぎだった。

  まず学年主任の古橋の1組の教室に4人が集合して作業の打ち合わせをした。座る椅子は低学年用の極めて小さい椅子だ。この極めて小さな椅子はとても座り心地が悪い。その苦しい状態であーだこーだと各教室内に掲示するものを統一して作成する話し合いをした。その後各教室に戻って模造紙に鉛筆で下書きやら何やらの作業についた。

  やっと仕事から解放された棚端は肉体的精神的疲労で歩く気力すらなかった。とはいえ、住居までは徒歩数分なのですぐに自宅にはたどり着いた。教員住宅という名の長屋である。部屋は驚異の三畳半。四畳半というのは聞いたことがあったが、それより1畳少ない。部屋の小さな窓から覗ける景色は太いバナナの木によって見事に塞がれている。トイレも風呂も共同だった。だからこんなところに来たくなかったんだよ。事ある毎に棚端は心中で嘆いた。

  電気ポットで湯を沸かしてカップラーメンを食べて横になった。

  しばらく経ってから、ドアがノックされ

  「お風呂どうしますか?」

  と女性の声。

  「あっ、えっ?」

  棚端は起き上がってドアを開けると20代後半と思しき女性が立っていた。

  「わたし音楽担当の西野です。棚端さんは2年生だからわたしは生徒さんとは関わりはないけど、よろしくお願いします」

 3年生までは音楽は担任が受け持つことになっていた。

  「ああ、よろしくお願いします」

  「わたし今上がったんだけど、お風呂は声をかけあって入ることになってるので、あなたも入ったら誰かに声をかけてね」

  「えっ?誰にですか?」

  「それはその場の雰囲気で、わたしはあなたのこっち隣の部屋を楽器部屋に借りてて、もう一つ奥の2号室だから」

  「他に何人くらい住んでるんですか?」

  そう言えば、事前にそんな情報も伝え聞いてなかった。もっとも興味もなかったが。棚端は己とこの地域のいい加減さを知った。

  「そうよね」

  西野はそう言って少し目を上に向けた。

  「えっと、1号室、私の隣ね。これは空き部屋。2号室はわたしで3号室が楽器部屋。4号室があなたでしょ。その隣の5号室は室井先生なんだけど、中学の先生。でもほとんど彼女のところに泊まってるからいないことが多いかな」

  へえー。いいんだ、そういうのも。と棚端は感心した。

  「この廊下を挟んだその向かい、つまりあなたの斜め向かいの6号室が熊井先生。4年生の担任ね。その隣がトイレ。あなたの向かいね。その隣がお風呂で、その隣が7号室で藤谷先生、6年生の担任。そんなところかな」

  「ありがとうございます」

  棚端は西野に頭を下げた。

  「で、どうする?」

  西野が切れ長の目を細めて尋ねてきた。

  「えっ?あっ、風呂ね。あ、入ります」

  「そう、じゃ、その後声かけよろしくね」

  そう言って西野は去った。西野の印象は綺麗なロボットといったところだな、と棚端はほくそ笑んだ。

  西野が沸かしたのか風呂は良い加減で、5分ほど浸ると体を洗って出た。さっきの話からすれば、6号室と7号室のどちらかに声をかければ良いということになる。棚端は当然風呂の隣の7号室の藤谷に声を掛けたが返答がなかった。仕方なく戻って6号室の熊井に声を掛けることにした。

  「あのう。風呂出ました。今日からお世話になる棚端です」

  「おっ」

  すぐに男の声が中からしてドアが開いた。太った男がでてきた。

  「6年の熊井です。よろしく」

  ぶっきらぼうに言われて辟易としたが、棚端は頭を下げた。どうせ白目の黄ばんだ校長になにか吹き込まれているだろうなと勝手に想像した。こいつはクマだな、とあだ名を決めた。坊ちゃんかよと内心自分にツッコミを入れた。

  陸の孤島の僻地のクソみたいな教員住宅での半年の日々が始まったな、と棚端は思った。

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