やってきたこと
試合開始の合図と共に66㎏級の試合が始まった。
構えの状態から相手を伺う海生。
外野からは「腰を低く落とせー」という声が聞こえる。
少し可笑しいという気持ちが、海生の中に込み上げてくる。
「部活が変わっても言われることが同じなんて」
小声で呟く海生。
バレーボールをやっていた時は、どんな高さに飛んできたボールにも対応出来るように、出来るだけ腰を低くして構える必要があった。
レスリングでは相手を懐に入れないようにするために、腰を低くして相手からタックルに入りにくい姿勢を作る。
右手で距離を計り相手を牽制していると、相手が焦れてタックルに入ろうとしてきた。
それじゃ甘いよ。
海生は心の中でそう呟く。無理な体勢で技を仕掛けても、うまく決まらないことを海生はこの一ヶ月間で学んだ。
よほど腕力や実力に差がなければ強引に持っていくのは難しい。
タックルを仕掛けてきた相手を両腕でしっかりとガードし、今度は組み合いに持ち込んだ。
練習で何度も体に覚え込ませた手順を思い出す。
一歩目の右足で相手の懐に入り込む。
二歩目の左足は右足の側にそろえて軸足を作る。
そして軸足を起点に体を半回転させる。
組み合った状態から一歩目を踏み出すと相手に警戒されてしまい、回避されてしまう。だから一歩目は……
「流れの中で作る」
海生は組み合った状態で自分の体ごと相手の体を引き寄せた。
その時、わざと自分の右足をその場に残したのだ。
そして次の瞬間、海生の首投げが綺麗に決まった。体に覚え込ませた手順は、驚くほど綺麗に、そして考えるまでもなく動いていた。
相手は抵抗しようとするも、そのまま袈裟固めが決まっていて身動きを取ることが出来ない。
1ラウンド開始40秒。
フォールを決め、この試合は海生の勝利となった。