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第40話 おままごと?

「よし、入れ」


「……場所、間違ってない? なんか、ボロボロだね」


「な!? ここは俺たちのアジトだぞ! 失礼な奴だな!?」


「アジト、ね」


 赤髪が奈子に向かって吠える。


 廃墟とまではさすがにいかないが、年代を感じさせる平屋の建物だ。入口に掛けられた看板を見るに、元は診療所として使われていた建物らしい。その木札の看板だって、名前が判別できないほどにボロボロの状態だ。


 誘拐犯のアジトというよりも、ヤンキーのたまり場と言われた方がしっくりくる場所だった。まあ、奈子は自分から着いてきているので誘拐ではないかもしれないが。


「いいから、早く中に入れ! 姐さんが待ってる」


 赤髪に背を押された奈子は、青髪と黄髪の後ろを着いて行く。ギシギシと鳴る床の上を靴を履いたまま歩く。


「ここだ」


 青髪が指さしたのは建物奥にある扉。彼は奈子に場所を譲るかのように体をずらした。自分で開けろということらしい。


 その意図を察した奈子は、ドアノブに手を掛ける。けれどもその手が少しだけ震えているのに気が付いて、男たちから見えないようにもう片方の手で抑えた。


(……怖くはない。けど、少しだけ緊張しているのかな)


 この扉の向こうに美弥子がいる。奈子を捨てて出て行った、血の繋がった母親が。


『可愛い娘を置いていく母親なんて、どこにもいないさ』


 浮気くんの言葉が頭の中で反芻する。それはその言葉に奈子が傷ついたからだろうか。それとも憤りを感じたからだろうか。


(ううん。そう言える浮気くんのことが眩しくて、そんな風に言える大人になりたくて…………好きだなあって思うんだ)


 手の震えは、いつの間にか止まっていた。


 1つ息を吐いた奈子は、ドアノブを回して扉を開けた。



 *



「――――久しぶりね。奈子」


「うん。……お母さん」


 祖父の葬式ぶりに見た母は、今日も美しかった。


 明るい金色の髪が波を打って広がっている。着ている黒のドレスのような服とのコントラストが目をチカチカさせる。彼女の背後にある掃き出し窓から見える夕焼けが、さらにその対比を強調させた。


 大きく空いた胸元と大胆に入ったスリットから覗く肌は白く、こちらを見て笑う唇は紅に染まっていた。


 ここは恐らく応接室のような場所だったのだろう。書斎机のようなものと、テーブルにソファが置いてある。入って正面に置いてある1人掛けのソファに足を組んで座る姿は、映画から出てきた女優のようだった。


(でも――――)


 奈子は、スンと鼻で息を吸ってから少し顔を顰めた。


 そんな様子を気にすることなく、美弥子は話を進める。


「早速だけど、この婚姻届けにサインして頂戴」


「……婚姻届」


「これを書いて社長に渡せば、貴方も人妻。良かったわねえ。社長は貴方よりも30は年上だから、きっと大人らしくリードしてくれるわよ」


 早く書いて、とテーブルに転がったのは学校でも良く目にするボールペン。それを見下ろしてから、奈子は赤髪に美弥子から受け取った紙切れを手渡される。


「ほら、早くしろ。姐さんを待たせるんじゃねえ。姐さんの話じゃ、お嬢は早く大人になりたかったんだろう? 結婚は子供じゃ出来ねえことだろ」


「アンタは肝が据わってるし、意外と社長の嫁も合ってると思う」


「たしかに~」


 赤髪に続くようにそう言う青髪と黄髪。言葉とは裏腹に、彼らの目は奈子がどう動くかを観察しているように感じる。


 奈子は信号機トリオを見て、部屋を見渡した。


 そして、最後に口角を吊り上げてこちらを見上げる美弥子を見た。


「――――なんか、おままごとみたいだね。この状況」


「……は?」


 奈子の言葉に、美弥子の手が頬からずり落ちた。ポカンと口を開けて呆ける姿は、酷く間抜けだ。


 男たちの姿も視界の隅に入れたまま、奈子は理解が出来ていない様子の美弥子を目を細めて見た。


「ごっこ遊びするより、もっと楽しいことがあるんじゃないの」


「…………アンタ、何言ってんのよ」


「おい、お前姐さんに向かって――――」


 紅に染まった唇をひくつかせてこちらを睨む美弥子と、そんな彼女を守るかのように前に出る赤髪。


 奈子は彼の言葉を遮るように、淡々と言った。


「――――だって貴方たち、本物の犯罪者とかじゃないでしょ。なんか、それっぽい雰囲気を出そうとして、逆に滑稽というか」


「はあ!? テメエ何言ってんだ」


 赤髪が奈子に怒鳴る。それを無視してチラリと美弥子に視線を移すと、彼女の肩が跳ねた。


「私、じいちゃんの道場で元はヤクザ? とかそういう所にいた人に会ったことがあるの。詳しいことは聞いてないけど、その人は警察官だったじいちゃんに救われて更生できたって……。勿論、そんなこと中々ないことだけど俺は今の自分が好きなんだって、そう話してくれた人がいたの」


 祖父に引き取られてから、護身のためにもと道場で空手を学ぶようになった。周りは大人ばかり。それも警察関係者やほんとに堅気なのかと疑うイカツイ男たちばかりの空間だ。普通の少女だったら泣いて嫌がったかもしれないが、奈子にとっては居心地が悪くなかった。


 積極的にこちらを構ってくる人はそれこそ熊谷くらいだったが、練習相手として奈子をしっかりと扱ってくれた。今思うと初めて祖父以外から1人の人間として認識された空間が、あの道場だったのだろう。


「その人は普段は本当に穏やかで優しい人なんだけど、ふとした瞬間に鋭い雰囲気になる時があったの。同じような雰囲気の人と話していたのも見たことがある。そういう場所にいる人ってね、独特なオーラがあるんだよ。体の芯の部分に、ピンと張り詰めた何かを持っている人」


 まあ立場にもよるかもしれないけど、と言う言葉が静かな部屋に響く。


 この場所や彼の言動を見て、社長とやらが雇った誘拐犯もどきというよりも美弥子を好きなだけのチンピラ男なんじゃないかと思った。昔、彼女の周りにも似たような男たちはいたというある種の勘のようなものだった。しかし、その勘は美弥子の反応を見る限り外れてはいないらしい。


 目の前にいる美弥子は何かを言おうとして、けれども唇を噛みしめた。側にいる赤髪はそんな彼女のことを心配そうに見つめる。


 美弥子は赤髪の視線に後押しされたのか、ゆっくりと口を開いた。


「…………貴方と社長の婚約話は本当よ」


「何と引き換えに?」


 間髪入れず問いかけた奈子に、再び美弥子は押し黙った。美弥子から視線を逸らして赤髪を見つめる。視線の意図を察した彼が、頭を掻きながら言った。


「……姐さんの懇意にしていた男がいて。そいつが会社の金を盗んだらしい。姐さんに貢ぐためだってそのクソ男が言って。その落とし前として姐さんにも、社長の女になれって。それが嫌なら若い女を連れてこいと……。夜の女には飽きたから、表の世界の若い女がいいと」


「それで、私を? まだ高校生なのに?」


「…………アンタ、今日で16歳でしょ。結婚も出来るんだし、問題ないじゃない。私はアンタより美しいけど、年齢はどうにも出来ないし」


(その男、タイプじゃなかったんだろうな……)


 美弥子は昔から男のタイプが決まっていた。イケメンで色気のある、そして少し影のある男。しかもどこか優しさも感じるような男だ。年齢や立場は関係ない。好きだと思ったらその男に執着して、縋って、愛を求めていた。けれどもその枠からはみ出た男に対しては、その人間を男として扱わない。思いを寄せられていたとしたら、それを無視して利用するくらいは平気でする。


 口を少し尖らせて眉間に皺を寄せる美弥子は、30代とは思えないほどに可愛らしい。染めているであろう金髪と、女優がレッドカーペットの上で着ていそうな露出度の高い黒のドレス。


 とても、可愛らしくて――――。


「――――なんだ、お母さんのほうが子どもみたいだね」

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