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第37話 最高の誕生日?

「奈子ちゃん、誕生日おめでとうっ!」


「おめでとう、奈子。これ、良かったら受け取って」


 朝、教室に入ると早苗と藤堂がやって来てそう言った。手には何かの包みを持っている。その包みを受け取った奈子は、2人を見ながら笑った。


「ありがとう、2人とも。開けても、いい?」


「もっちろん!」


「うん。気に入ってくれると嬉しいな」


 奈子は机の上で2人からのプレゼントを開封した。


 早苗から渡されたピンク色の包みには、鏡と小さなポーチ。そして――――。


「ルージュ?」


「それはルージュと言うよりもリップかな。色はついてるけど、ルージュほど派手じゃないし。奈子ちゃんの肌に似合いそうな色を選んでみたの! リップだけ塗っても違和感ないと思うよ」


「…………塗ってみても、いい?」


「もちろんだよ。丁度鏡もあるし、塗ってみて!」


 奈子はリップの蓋を外して筒を捻った。すると出てきたのは赤というよりもピンク色。薄くオレンジ色が混ざったようなピンクだ。


 猫の描かれた手のひらサイズの鏡を左手で持って、右手でリップを塗っていく。昨日塗ったルージュはドロリと色が滲むかのようで塗りづらかったが、このリップは薄付きで滑らかに唇を滑る感覚が気持ちいい。


「やっぱり! 可愛いよ、奈子ちゃん!」


「うん。似合ってるね。やっぱリップだけでも華やかになる。とにかく可愛いよ、奈子」


「……ありがと」


 2人の言葉に頷いた奈子は、もう一度鏡を覗き込む。確かに、ピンク色に色づいた自分の唇は顔の印象を明るくしている気がする。


(口に塗るって言っても、色々あるんだなあ)


 早苗がいつも色々な色の唇で来ているのは知っていたが、自分で調べたことや買ったことはなかったため理解していなかった。美弥子から渡された口紅は、派手過ぎて奈子には似合わない。それは奈子が子どもだからじゃなくて、奈子の顔や肌に合っていなかったからなのかもしれない。


(それに、早苗ちゃんが私のことを考えて選んでくれたのが、何よりも嬉しい)


「じゃあ、私のも開けてよ。奈子」


「うん」


 濃い青の包みに入っていたのは、キーケースとスマホケースだった。どちらも黒を基調に、金の金具が付いている。そして小さく猫のシルエットが施されているのも同じだった。


「……かわいい」


「でしょ? 猫が付いてるけど、子どもっぽくないしオシャレでしょ。見つけた時にこれだって思ったの。スマホケースの方は紐がついてるから肩からもかけられるし」


「奈子ちゃん、よくスマホが迷子になってるしね」


 確かに、スマホだけでなく家の鍵も迷子になることが多い奈子にはピッタリのものだと思った。


 藤堂も奈子のことを考えて選んでくれたことが伝わってきて、奈子の胸は締め付けられた。


「2人とも、ありがとう。大事にするね」


「い~え~。喜んでくれたなら、こっちも嬉しい!」


「うん。使ってくれると嬉しいな」


 早苗から誕生日について聞かれたのは4月のこと。どういうきっかけだったかは覚えていないが、雑談の中でのことだったと思う。3人の中で一番早くに誕生日を迎えるのが奈子だと知った2人は、誕生日プレゼントを渡すから受け取ってねと言った。


 その時は何も考えずに頷いたが、実際に受け取ってみると胸の内がとてもポカポカして嬉しい気持ちでいっぱいになった。


(……考えてみれば、誕生日プレゼントってあまり貰ったことないかも)


 祖父はそういったものを用意する質の人間ではなかったし、熊谷も休みの日にケーキを買って来るくらい。思い返せば自分の誕生日の夕飯が少し豪華だったのは、祖父からの祝いだったのかもしれないと今では思うが……。とにかく、誕生日プレゼントだと言われて渡されたのは初めてと言っていい経験だ。


『誕生日は奈子の方が早いのか。なら、俺が一番におめでとうを言おう』


 そう浮気くんが言ったのは、付き合い始めた当初のことだった気がする。多分、彼のことだから言葉通り一番最初に祝ってくれたのだろう。記憶がなくなりさえしなければ。


「――――おはよう、大木さん。もしかして今日誕生日なのか?」


「っ、浮気! てめえ近寄るんじゃねえよ!」


「ここは俺の席だ。真田こそ自分の席に戻れ」


「ああん!?」


「まあまあ、落ち着いて早苗。こんな甲斐性なしに構う必要ないよ」


 声を掛けてきたのは浮気くん。そんな彼に噛みつく早苗を藤堂が宥めるが、しっかりと浮気くんに辛辣な言葉を突き刺してもいる。


 2人が怒っているのは、奈子のことを思ってだと知っている。


(本当に、2人の友達になれて良かった)


「浮気くん、おはよう。私、今日誕生日なの」


「そうなのか。なら、おめでとうと言わせてくれ。何も渡せる物がないので格好がつかないが」


 浮気くんが記憶を失ってから初めて自分から彼へ話しかけた奈子に、2人が様子を窺うように口を閉ざす。その2人の視線と、唇から微かに香る甘い香りを感じる。そして肩に掛けたスマホケースの紐を握りしめた奈子は、浮気くんの碧い目を正面から見上げて言った。もしかしたら、気合を入れ過ぎて睨みつけているかもしれない。


「――――浮気くん、明日の放課後時間をくれるかな? 話したいことがあるの」


「話? それはどういう」


「今は言わない。ただ、私の話を聞いて欲しいの。2人きりで」


 奈子の言葉に息を呑んだのは早苗か。それとも他のクラスメイト達か。でも、早苗や藤堂以外の心配げな視線も感じる。飯田もそうだが、このクラスの人間は奈子に優しすぎる。


 浮気とのことが、彼らに一定の煩わしさや面倒を掛けているのは奈子にもわかっていた。彼らのためにも、そして何より自分のために奈子は浮気くんと話をつけなくてはいけない。


「……わかった。今日じゃなくて、明日の放課後でいいんだな」


「うん。今日は、やることがあるから」


(今日は、カチコミに行くから)


 心の中でそう呟いた奈子は、早苗と藤堂にもう一度お礼を言ってから席に着いた。


 ――――もう、迷うことはしない。ただ、自分がやりたいように進むだけだ。



 *



 奈子は、その後の授業をキッチリと最後まで教室で受け切った。


 友人やクラスメイト、飯田の何かを聞きたそうな視線をのらりくらりと躱していればすぐに放課後になった。隣の席からも何やら視線を感じたが、それをどうこうする気はない。少なくとも今日は。


 部活に行く早苗たちを見送って、奈子は学校を出た。今日は部活もない。飯田は奈子と浮気くんが不審者に遭遇したことを新聞部の部員に話して、御園や越金に家まで送ってもらえるように頼んでいた。


 奈子本人はそこまでしなくてもいいと言ったのだが、家が学校から近いこともあって2人の先輩はそれを承諾した。何かあったら目覚めが悪いからと。


 そんなわけでここ数日誰かに送ってもらっていた奈子だったが、今日は部活もない。2人には今日も送ろうかと言われたが、数日何もなかったことを理由に丁重にお断りをした。


(先生には、誕生日に迎えが来るっていうのは伝えてないし)


 もし、そのことを伝えていたら奈子が今日1人で帰ることは叶わなかっただろう。昨日は廊下を走っている奈子を見つけた飯田によって家まで送られてしまったし。


 全てを話さなかったことに特別な理由はなかったが、後から考えると伝えなくてよかったと奈子は思った。


「――――お嬢、おひとりですか」


 家の前に停まった車から、青髪の男が出てくる。今日もあの日と同じで黒いスーツに黒いサングラスをしている。チラリと車を見ると、助手席の窓から手を振る黄髪と後部座席に座る赤髪の後姿が見えた。


「うん、1人。そっちは3人だけ?」


「ええ。……1人ということは、俺たちに付いてきてくれるってことでいいですね」


「うん」


 頷いた奈子をジッと見た青髪は、奈子へ手のひらを差し出した。


「ならば、スマホを預けてもらえますか。誰かに連絡されると面倒なので」


「わかった」


 奈子はスマホケースからスマホを外して青髪の手に乗せた。なぜケースを外すのかと言いたげな青髪だったが、結局何も言わずに車のドアを開ける。そこには、柄悪く足を組んでニヤついた笑みを顔に張り付けて奈子を見ている赤髪がいた。


「よお、お嬢。元気にしてたかよ」


「うん。今日は友達にお祝いしてもらって、すっごく元気」


 奈子の返事が思っていたのと違っていたのか、赤髪は口をへの字にした。目元がサングラスで隠れているが、わかりやすい男だ。


「チ、……早く乗れよ」


「うん」


 車の後部座席に乗り込んだ奈子を確認して、青髪がドアを閉める。彼が運転席に座るとキッチリとロックを掛けてから、車体が滑らかに走り出した。


「――――1つ、聞きたいんだけど」


「あ? 今さらやっぱりお家に帰るとか、言うんじゃねえよな」


「違うよ。――――この車、狭くない?」


 今奈子が乗っているのは、軽自動車。しかも結構コンパクト目のサイズだ。


 金持ちの車といえば黒塗りを思い浮かべていた奈子は、ポップな空色の車になんとも言えない気分で乗り込んだのだが。まあ、この男たちは金持ちではないのだろうけど。


「うるせえっ! レンタルできるのがこの車しかなかったんだよ!」


「レンタルなんだ。金持ちの部下? のくせに」


「レンタルくらいするわっ! あと、俺はあの男じゃなくて姐さんの部下なんだよ!」


「いやあ、レンタルするのは俺たちみたいな下っ端も下っ端だけでしょ~」


「見栄を張るのはカッコ悪いぞ」


「あ!? そもそもこんなことになってんのは、テメエらが真面目に仕事しねえから――」


 3人で言い合いを始めてしまった男たちを放って、奈子は窓の外を眺める。


(緊張感ないなあ。油断はしないけど、案外怖くないもんだな)


 外を絶えず見つめながら、奈子はスカートの中に入れたものを握りながらそう思った。


 覚悟を決めて来たのだ。逃げることも、目を背けるつもりもない。


(――――今日を最高の誕生日にするために)


「おい! そっちじゃねえよ」


「ああ、間違えたな」


「間違えたねえ~」


「なあんで、そんなに呑気にしてんだよ!? 約束の時間に間に合わねえじゃねえか、クソがっ」


(…………恐怖で動けないのも問題だけど、緊張感がなさすぎるのも問題かもしれない)

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