第32話 浮気、してる?
最近、浮気くんがおかしい。
「浮気くん、おはよう」
「ああ、おはよう奈子」
「…………私の鞄に何を取り付けてるの?」
「防犯ブザーだ」
「大量過ぎない? それに急にどうしたの」
玄関に入ってきて片手で数えられないくらいの防犯ブザーを括り付ける浮気くんは、口をぎゅうと結んでから小さく言った。
「……不審者がここ最近多くなってるんだ。心配だから付けて欲しくて。……ダメか?」
「別に、いいけど……」
これくらい付けるのは構わないが、なぜ急にそんなことを言いだすのかが気になった。
「浮気く――」
奈子の問いかけようとした声を、電子音が遮る。その音の発生源であるスマホを取り出した浮気くんは、苦虫を嚙み潰したような顔をしてから奈子に言った。
「奈子、すまない。少しだけここで待っていてくれないか。決して、1人では外に出ないように」
「……うん」
浮気くんは奈子の返事に頷くと、未だ鳴りやまぬスマホを持って外へと出た。それも、戸をしっかりと閉めて。
『――――はい。だから、この時間に掛けてこないでくださいと言っているでしょう。いや…………は、知りませんよ。…………大人でしょう。自分で何とかしてください』
途中聞き取れない箇所があったが、どうやら電話の相手は年上らしい。しかし、浮気くんの声音はどこか呆れも混ざっていて。でもそれが親し気にも聞こえる。
「――――奈子? どうかしたか」
「……ううん。なんでもない」
(電話の相手は誰? ……年上の、大人っぽい人だったりする?)
その他にも奈子といる時にスマホを触ることが多くなったり、学校と奈子の家の往復でもどこか張り詰めた空気を纏っていたり、奈子を見て「やはり、似てるな……」と呟いたり。
浮気くんの様子がおかしいと思うたびに、奈子はこう思う。
(――――もしかして、浮気相手が見つかった?)
しかし、思うだけでそれが口から出たことはない。少し前の奈子ならば、何も考えず彼に聞いただろうに。
(浮気してほしいって言ったのは、自分なのに)
――――どうして、何も言えないのだろうか。
*
「あの浮気が浮気、ねえ? 考えすぎじゃない? あの奈子大好き人間だよ?」
「勘違いだか何だか知らねえが、奈子ちゃんを悲しませてる時点で万死に値するっ!!!!」
「はいはい。早苗は落ち着いて」
今にも飛び出しそうな早苗の襟首を掴んだ藤堂は、弁当箱を中庭のベンチに置いてから言った。
「気になるなら本人に聞いたらいいんじゃないの。浮気も奈子に嘘はつけないでしょ」
「……そんなことは、ないと思う」
ハッキリと嘘を言われているわけではないのかもしれないが、今の浮気くんは奈子に何かを隠しているように感じるのだ。ただの勘だが、自分のそれがそれなりに優秀であることを奈子は知っていた。
「やはり万死っ!! 浮気の首を落とさねばならんっ!!」
「はいはい。それで? 奈子はどうしたいわけなの。このまま流す? それとも問い詰める?」
「拷問、のち斬首。それ一択」
物騒なことを言っている早苗を置いといて、奈子は考える。自分がどうしたいのか。浮気くんにどうしてほしいのか。
「…………ちゃんと、話がしたい。部活も一区切りついたし……でも、切り出し方がわからなくて」
「ああ、あじさい祭りの記事完成したんだっけ。それまで忙しそうだったもんね」
藤堂の言葉に奈子は頷いた。あの日取材したあじさい祭りの記事は無事に完成した。今は飯田に記事をチェックしてもらっているところだ。これまで平日は毎日のように部室に通っていたが、今日は休み。話をするにはいいタイミングなのだが、どう話せばいいかがわからない。
「うーん。なるほどね。……あ、じゃあこれあげるから浮気と一緒に行って来たら?」
藤堂がスマホケースのポケットから取り出したのは、2枚の紙きれだった。
「……アイスのクーポン券?」
「そ。商店街の方にファミレスがあるでしょ。その隣に出来たアイス屋の割引券。2枚しかないし、どうしようかと思ってたんだけど。浮気と行ってきなよ」
「…………いいの?」
「うん。ちゃんと話してきな。浮気と約束してる七夕も、気まずいままじゃ楽しめないでしょ。後で私たちも話を聞くし、場合によっては浮気のことを殴ってやるから」
にっこりと笑った藤堂に、奈子は小さく頷いた。
「ありがと、ヒカルちゃん」
「どういたしまして。…………ほら、早苗もその顔やめなよ。それから奈子、もう浮気させるってのはよくなったの?」
「それは……」
言い淀む奈子に、藤堂が笑った。その笑顔は彼女がよくするこちらを面白がっている時のものではない。
「そこも含めて、色々と話せばいいよ。――――大丈夫、何があっても私は奈子の味方だから」
「私も! 私も奈子ちゃんの味方だからねっ。だから、浮気の首を落とすときは言って!」
「首は別に要らないけど……ありがとう、2人とも」
奈子はそう言って、友人2人に笑いかけた。
*
「……奈子から放課後デートに誘われるとは。ここは……一応連絡しておけば大丈夫、か?」
「浮気くん? ……いや、だった?」
「む。そんなわけないだろう。嬉しいに決まってる」
そんなことを言いながら、浮気くんが目を細めてこちらを見下ろす。その視線と熱に、奈子は速くなる鼓動を落ち着かせてから彼の手を握った。
「……こっちだよ」
「ああ」
道を案内するのに必要だから。そう心の中で奈子は言い訳する。別に幼児ではないのだから、手を繋がなくても迷子にはならないのに。
(でも、手を離したくはない……かも)
きゅ、とバレない程度に力を込める。会話はないが、別に不快ではない。むしろ心地よさを感じる2人の空間を、奈子は壊したくなかった。
「――――おいおい、アイスって今こんなに高いのかよ! これじゃあ姐さんにもらった小遣いで全員分は買えねえぞ!」
「う~ん。確かにそうだねえ。でも、今日も暑いしアイス食べたいなあ」
「2人分なら、買えるだろ」
「なら、じゃんけんな!」
(もう7月になったのに、黒スーツにサングラス?)
心地よい沈黙を破ったのは、目的地であるアイス屋の前でたむろする3人の若い男たち。しかもそれぞれ髪色が赤、黄、青でとても目立つ。
彼らは窓ガラスに張り付いて、店内のアイスや店頭のポスターを見ているようだった。だが、彼らの服装は全身真っ黒のスーツにネクタイ、そしてサングラスを付けているため周囲の人間からは不審な目線を浴びている。
「やったあ~。勝った!」
「ふん。当然の結果だな」
「クッソ、もう1回だっ!」
周囲の視線に気づいていないのか、気にしていないのか。3人はアイスに夢中だ。じゃんけんの結果に一喜一憂している。特に負けたらしい赤髪の男は地面に這いつくばって落ち込み、コンクリートの熱さに飛び上がっている。
怪しいのに、どこか間抜けにも見える男たちだった。
「――――奈子、悪いがアイスはまた今度にしよう」
「……浮気くん?」
男たちの方を見ていた奈子の手を、浮気くんが引く。その力はいつもよりも強く、呼びかける声も硬く低かった。
「……どうしたの、急に」
「説明は後でする。とにかく今はここを離れ――――」
「――――おいあれ、大木奈子じゃないか?」
浮気くんの声を遮ったのは、先ほどまでじゃんけんで盛り上がっていた男の1人。背が一番高い青髪の男だった。
――――その声を聞いた瞬間、浮気くんは奈子を抱き上げて走り出した。




