第31話 宣言?
「じゃあ、俺は残りの奴らを迎えに行く。寄り道も変な考えもせずに、真っ直ぐ寮に帰れよ。それが出来ねえってんなら、寮の部屋まで送るからな」
「――――大丈夫ですよ。俺も1人で危険に突っ込むほど子供じゃありません」
「…………なら、いいんだがな」
とにかく真っ直ぐ学校まで行け、と言う飯田に浮気は再度頷いた。笑顔もプラスしてやったというのに、彼の眉間は深くなった。
最後まで飯田は訝しげにこちらを見ていたが、結局浮気を置いて車を出発させた。それを見送ってから、言われた通りに学校への道を歩き出す。
もう既に大体の取材は終わらせたという連絡があったため、浮気はそのまま帰寮しろとの命令だ。お前も池に飛び込んだのだから、帰って休んでいろと言われたのだが。
(…………休める気がしないな)
別れ際の奈子の様子を思い返す。彼女は熱もなく元気そうだったが、熊谷の言葉もあってケーキを食べた後に眠った。それをしっかりと見届けてから浮気と飯田はお暇しようとしたのだが……。
『さっきの話の続きだけれど。貴方たちには奈子のことをいつも以上に気にかけていて欲しいの。浮気くんは学生だし、先輩は一緒にいられる時間が限られるとは思うのだけど。アタシよりは奈子の様子がわかるだろうから』
そう言って熊谷は、2人に名刺を手渡した。それを珍しげに見つめる男たちへ、熊谷が真っ赤な爪で指さしてくる。
『貴方たちに頼むのは、あくまで奈子の様子を見てることだけ。変な正義感で勝手に動くことは頼んでない。アタシに連絡してくれれば伝手を使ってなんとか出来るかもしれないってことなの。――――わかってるわよね?』
(わかっているさ。俺が動いたところで、大した情報も得られないだろうことは)
むしろ自分のせいで被害が起こることも、大きくなることだってあり得るのだ。ましてや自分はただの高校生だ。どうにかすることなんて、無理なのが当たり前。
『――――浮気くん、七夕楽しみだね』
そわそわと目線を泳がせながらそう言う奈子を、浮気は愛おしく思っている。大事にしたいと、傷つくことなく幸せに生きていってほしいと願っているのだ。だから――――。
(…………奈子と、きちんと話をしよう)
これまで踏み込めなかった奈子の過去について、しっかりと話をしなくてはいけない。
(それから、母親から貰ったというルージュについても)
『宗一郎さんの葬式の時、美弥子ちゃんが奈子にルージュ……口紅を渡してたのよ。奈子はなぜか冷蔵庫に入れてたくらいだから、使う気もないみたいだけど。……会話を聞いた訳じゃないからもしかしたら違うのかもしれない。けど、奈子の中で何か変化した気がするの。浮気くんの前でこんなこと言いたくないけど、奈子は高校デビューしたから恋愛も頑張ろうってタイプの子じゃない。貴方が奈子を変えてくれてるのも事実だけど、入学して2ヶ月でこうはならないとも思う。――――貴方と付き合ったことにも、母親の言葉が関係しているんじゃないかしら』
熊谷の言葉を聞いて、浮気は何も言えなかった。
(正直、納得してしまったんだな……俺は)
今の奈子は少なくとも浮気のことを好きでいてくれる。それが浮気のものと同じ熱量のものかは置いといて、それは間違いないだろう。しかし、交際の申込みを受け入れた時はどうだっただろうか。奈子は浮気のことを好いていただろうか。
(頷けないのが、悔しいと言うべきか。それとも今感じる彼女の好意を誇るべきか)
そんなことを考えながら歩いていると、高校の校門が見えた。この道もすっかり慣れたなと1人感慨深く思った浮気だったが、校門前にいる人物を見て足を止める。
(あの男、学校関係者……ではないだろうし、寮生の家族か何かか?)
校門前でバイクに跨ったまま校舎のほうを見つめる男。彼は黒い長袖シャツに細身のジーンズ、ブーツを履いていた。さらに目元にはサングラスをしている。高校生の親にしては若いため、生徒の歳の離れた兄だろうか。
(学校の事務所まで案内した方がいいか)
そう思った浮気が声をかけるよりも先に、男の顔がこちらを向いた。目元が隠れているが、晒されたパーツは整っている。それにやはりまだ若そうだ。少なくとも40にはなっていないように見える。
「あの、何か――――」
「――――――もしかしてお前、浮気をしたくないのに苗字が浮気な浮気くんか?」
「…………はい?」
浮気は男の言葉に、再び足を止めた。彼は今、なんと言ったのか。
「プ。アッハッハッハ! ほ、ほんとに金髪碧眼の王子サマじゃあねえかっ! そんで名前が浮気とか……チョー笑える!」
「……おい、お前何を言っている。それになぜ俺の名前を知っている」
バイクに乗ったまま腹を抱えて笑う男を、浮気は睨みつけた。確かに浮気は目立つ容姿をしているが、初対面の男に爆笑されたことなどない。
不審者ならば大人を呼んで然るべき対応をしてもらわなければと浮気が考えていると、男は少しズレたサングラスを直しながら言った。
「ふ、なんで名前を知っているかだって? ――――お前の大事な彼女である大食い娘に話を聞いたからだよ」
「んなっ!? な、奈子に?」
「そうそう。ついでに言えばアイツに付き合ってから浮気させればいいって背中を押したのも俺。感謝しろよ~? お前がアイツと付き合えたのは俺のおかげだからな」
男の話す内容に、浮気は体を固まらせた。
つまり、男と奈子は知り合いで。しかも浮気のことを話すくらいには親密。さらに浮気の告白に頷いた理由の1つでもある。
(というよりも、付き合ってから浮気させればいいって……)
「っ、貴様が元凶かあっ!!!! 奈子が俺に浮気させようとするのは!?」
「だっはっはっは! そのとーり!」
「貴様のせいで、俺がどれだけっ――」
浮気は言い募ろうとした口を途中で閉じる。それを見てニヤニヤとした表情のまま男が首を傾げた。
「なんだよ? 言いてえことあんなら言えよ」
「…………結局、その行動を選んだのは奈子だ。そして、それを覆す魅力がまだ俺には足りないというだけ。ならば俺がするべきことは己を磨き、奈子を愛すること。貴様のしたことに感謝などしないし、奈子との関係に貴様が割り込むのも気に喰わん」
一息に言いたいことを言った浮気は、ビシリと男を指さす。
「――――よって、貴様は好かんが恨みはしない! だが、奈子とはどんな関係なのか。何が目的なのかを洗いざらい吐いてもらうぞ。この不審者め!」
「……へえ? 俺を不審者扱いするとは、酷いガキじゃねえの」
男が浮気を見ながら笑みを深めた。そしてバイクから降りると、こちらに向かってゆっくりと近づいてくる。
立ったことで男の身長が浮気よりも高いことに気が付いた。細身なくせに、彼からは軽薄さと共に独特な威圧感のようなものを感じる。
「あの娘とはファミレスで甘いもんを一緒に食っただけの関係だ。……だが、俺は女には優しいんでね。アイツにとあることを伝えにきたんだが……情報を渡すのはテメエのほうがいいかもな」
「……情報?」
「――――あの娘のことを、裏とも繋がってる変態金持ちと婚約させようとしてる」
「っ!」
「ってのは、知ってるみてえだな。今日祭りでアイツと会った時に嫌な視線を感じてな。追って聞いてみたら、親切に教えてくれたんだよ」
「……脅したの間違いじゃないのか」
「はは。そーとも言うな。あの娘を変態へ差し出すために、機会を窺ってたらしい。どうにも下っ端くせえ連中だったんで、強硬手段を取るのには時間がありそうだが……ま、用心するに越したことはねえだろ」
男の話から、今日奈子が1人になった時――鬼の面をつける前に会っていたのが目の前の男なのだと浮気は察した。池に飛び込んだ際なくなった面を、奈子は残念そうにしていたのを思い出す。そして、そのことを思い返して眉を顰めた。
「…………なぜそこまで奈子のことを気に掛ける。貴様と奈子の関係はなんだ」
ファミレスで食事を共にした女子高生へ向けられる悪意を、この男がわざわざ調べて知らせてくる理由はなんなのか。
肘まで上げられた長袖の袖からチラリと覗く、刺青。男は、ただの軽薄なチャラ男ではない。奈子から遠ざけるには十二分に怪しい男だ。
(なのに……なんなんだ。この違和感は)
「――そんなに理由が大事か? 王子サマ」
「……っ」
思案している間に、男の顔が浮気の目の前にあった。
(音も何もしなかったぞ……!)
浮気には武道の心得も、格闘の知識も、喧嘩の経験だってない。けれども、目の前の野獣のような男に対して本能が激しく警鐘を鳴らす。
近づいたことで、サングラスの奥が僅かに透けて見える。その色はわからないが、少し吊目で細長い瞳。左の目の下にあるほくろが、荒々しいだけでなく男に色気を添えているようだ。
(やはりどこかで……いや、誰かに似ている気が――――)
「ま、俺みたいなイイ男が自分の女に近づくのは嫌だろうがな。生憎大食い娘は俺の守備範囲外だ。親切で優し~いお兄さんからの好意だと受け取っておけ」
男の手が浮気のシャツの襟に触れる。そのまま襟を正すようにそこをいじってから、男は浮気の胸元のポケットへ何かを差し込んだ。
「俺の連絡先だ。何かあったら、連絡しろ。気が向いたら、助けてやんよ」
「貴方は――――」
言いかけた言葉を、浮気は呑み込む。言ってしまったら、男は二度と浮気と奈子の前には現れない気がした。
パッと浮気から離れた男は、口角を上げる。サングラスで隠された瞳も、きっと弧を描いているだろう。
「――――じゃあな、王子サマ。大事なもんが守れるように、せいぜい頑張れよ。ま、危険な目に遭いたくねえなら早々に忘れることだ。変態社長のことも、あの娘のこともな」
男は、ヒラリとバイクに跨ってエンジンをかけるとそのまま振り返ることなく去っていった。
その後ろ姿が豆粒並みに小さくなってから、浮気はその背に宣言するかのように堅く閉じていた口を開いた。
「――――忘れるなんて、あり得ない。奈子は俺が守る。……例え、自分が傷ついたとしても」




