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第27話 オネエ様?

「……さすがに寝ちまったか」


「はい。本人は大丈夫だって言ってましたけど、やはり負荷がかかってたんだと思います」


 聴きなれないラジオをBGMに、浮気は自分の肩に寄りかかって眠る奈子を見た。彼女は寝息も立てず毛布にくるまって静かに眠っている。その静かさは、何度か息をしているか確認したほどだ。起きている時に一通り体調を確認して問題なかったが、心配は尽きない。風邪をひかなければいいのだが。


「よし。着いたぞ。……ここで合ってるんだよな?」


「はい」


 眠りを妨げることなく、緩やかに車体にブレーキがかかる。自分と奈子のシートベルトを外した浮気は、車から一度降りてから彼女を背負った。


「先生? どうかしましたか」


「……いや、何でもない。大木には悪いが起こして鍵を――」


「俺、鍵持ってるので起こさなくて大丈夫です。まあ着替えてもらわなくちゃなので、中に入ったら起こしますが」


「おい、お前…………いや、いい。何も言うな」


 バッグのポケットから片手で取り出した鍵を見てぎょっとした飯田に、何か可笑しなことをしたかと首を傾げる。


(鍵をよくなくすと言うから、一時的に預かっているだけなんだが)


 本音を言えば、合鍵を貰って色々ともっと世話を焼いてやりたい。しかし、歯を食いしばって我慢しているのだ。彼女に負担を掛けたいわけでも、ましてや嫌われたいわけではないのだから。


(……それに、奈子は小さな子供じゃない)


 思い出すのは、奈子が池へ飛び込んだ時の姿。そして瑠璃の元へ歩いていく後姿だ。


 飛び込んだ時は心臓が凍ったと思うほどに驚き心配したし、水中に沈んでいく姿には恐怖した。だから、責めるように声を荒げてしまったのだが。……まあ、奈子はその後の瑠璃のプロポーズにも動じずにいたから、大して気にしていないだろう。


 ――――そのことが少し悲しいし、心配になる。


「…………クソッ幼女にプロポーズを先越されるとは。アレよりも劇的で感動的なプロポーズを今から考えなくては」


「おい。変なこと言ってねえで、早く鍵開けろ。大木が風邪ひくし、御園たちも俺は迎えに行かなきゃならねーんだよ」


 飯田が少し焦れたようにそう言う。


 朝解散した時は、教師のくせに朝っぱらからビールを飲んでいるのかと呆れた浮気だったのだが。どうやらあれは、ジンジャーエールだったらしい。さすがに生徒たちの前で飲酒するような大人ではなかったということだ。


 それに存外この教師は生徒想いだしな、と浮気は車に乗る前のやり取りを思い返す。


『先生は、お酒は飲まないよ』


 そう言った御園に瑠璃がまたはしゃいでじゃれついていたので、彼に瑠璃を任せて奈子を家まで車で送りに来た2人だ。瑠璃に関しては近くの交番に連れていくと言っていたし、婦人会の何人かが付き添ってくれるというので厚意に甘えた形だ。


 他の生徒たちを置いていくことに難色を示した飯田を、説得したのも御園だった。


『先生。自分がちゃんと見ていなかったからだ、とでも貴方は思っているんでしょう。でも僕たちはにゃーちゃんと違って危険に自ら飛び込むことはありませんから』


『だがな……』


『自分で適当に、と言ったくせに変なところで過保護ですよね』


『ウッ、だがよお……』


『はあ……なら、にゃーちゃんを送り届けてから戻ってきて僕たちも家まで送り届けてください。幸い皆学校から然程離れてない距離に住んでいるようですし。それなら、いいでしょう?』


『わかった。……すまんな』


『いえ。にゃーちゃんを頼みましたよ。――――先生』


 そういった経緯で、飯田の車で奈子の家に来たのだが。


(御園先輩は、飯田先生にはあの妖しげで胡散臭い顔はしないよな)


 そんなことを思いながら、浮気は引き戸の鍵穴に鍵を差し込み回した。だが、開錠したはずの戸は閉じたままで開けられない。


「む。開いてたのか……?」


「おいおい。不用心だな」


「いや、でも朝迎えに来た時にちゃんと閉めていたのは確認しましたが……」


 怪訝な表情をした飯田と顔を見合わせる。もしかして空き巣か? と2人の間に緊張が走る。


 だが2人が行動を起こすよりも先に、家の中から物音がした。


「おい、浮気下がれ」


 飯田の言う通りに、浮気は奈子を背負ったまま戸から離れる。飯田も警戒するように腰を少し落として戸を見つめているようだった。


『あれ、アタシ鍵閉めたかしら?』


 中から聞こえる声に、浮気は目を細める。女にしては随分と低い声だが、奈子の知り合いなのだろか。それとも――――。


「ったく奈子ったらどこに行ってるのかしら。せっかく超人気パティスリーのケーキを買ってきてあげたのにっ――――て、あら? どなたかしら。貴方たち」


(いや、思ってたよりもゴツイな……)


 戸を開けて出てきたのは、ケーキが好きそうなお洒落な女性――――ではなかった。


「あら、貴方もしかして飯田先輩?」


「……は?」


 飯田を指さした謎の人物――――黒のワンピース姿で赤毛を巻いた高身長の人物は、浮気を見てから目を輝かせた。


「やだっ! すっごいイケメン! こんな絵本の中の王子様みたいな子、仕事でも中々会わないわよ!?」


 赤く彩られた口に手を当ててそう言うが、そろそろ誰か状況を説明してほしい。


「おい、あんた。俺のことを知っているようだが、この家の関係者か?」


「え? それは――――って奈子!? な、なに倒れたの!? その子!」


「いえ、ただ眠っているだけなので……」


 そう言うとホッと息を吐いて胸を抑える姿に、浮気は飯田を窺いながらも軽く頭を下げた。


「初めまして。奈子さんと結婚を前提にお付き合いをさせていただいております。浮気龍之進です。浮気と書いてうきと読みますが、浮気は絶対にしませんのでどうぞよろしくお願いいたします」


「ああ、これはどうもご丁寧に…………って、彼氏!? 結婚!? 気になることが多すぎるんだけどっ!?」


「気になることがあんのは、こっちも同じなんだがな。――――そろそろあんたが何者なのか教えちゃくれねーか」


 頭を掻きながらそう告げる飯田に、「あら、確かにこの恰好じゃあわからないわよね」と首を傾げる。そして、胸元にあった髪を後ろに払ってから手を腰に当てて言った。


「アタシは熊谷真司(くまがいしんじ)。奈子の保護者で、兄弟子。そして彼女のお姉様――――のような者よ。よろしくね」


(オネエ様……?)


 パチリと最後に浮気へ向かって片目を閉じた()は、「さ、中に入って頂戴!」と固まる飯田の背を押しやって家の中に入って行った。


「…………お前といると、色々なことが起きて退屈しないな」


 未だ自分の背で眠る奈子にそう囁いてから、彼らの後を追って玄関に足を踏み入れた。

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