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第26話 幼女のプロポーズ?

「――――おいおい、ひっでえ面だな」


「……飯田先生」


 長田から連絡を貰って婦人会のテント周辺にやって来た飯田は、木陰で休んでいる青い顔の御園を見つけた。木にもたれ掛かっているだけでも絵になるのが、少々憎たらしい。


(テントの外で1人休んでるっつーことは、上手くご婦人方から逃げたんだな。ここなら人通りも少ないし、日も当たらない。休むにはちょうどいいか)


 飯田は、持っていたペットボトルの1本を御園へ投げ渡す。危なげなくキャッチする男に、いちいち様になるなと妙に感心しながら残ったボトルの蓋を開けた。


「急に投げないでください。危ないじゃないですか」


「フン、驚きもせずに受け止めやがって。可愛くねー奴」


「………………僕に可愛げがあったらそれはそれで大変でしょう。そんなことより、先生はなんでここに?」


「長田からお前を救出してやってくれって連絡があったんだよ。1年を助けるために送ったけど、今頃ダウンしているだろうからって。なんやかんや言ってもお前らは仲良いよな」


「……ただ単に、お互い恋愛感情がないから気楽なだけですよ。友人と言うには扱いが酷いですけど。恋情は微塵もありませんから」


 御園の言葉に、飯田は眉を上げて彼を見つめた。


(――――こいつの口から恋愛について出てくるとは)


 飯田は開けたペットボトルに口をつけながら話を続ける。


「珍しいな。そんなこと言うなんて」


「はは。なんせ新聞部にはバカップルがいますから。僕も少し当てられたんですかね」


 そう言って肩を竦める御園に、飯田は自分が担当するクラスの生徒2人を思い浮かべて苦笑した。


「……あいつらは、うちのクラスの中でも一番の変わり者だからな。特に大木は高校生としてやっていけんのかってくらいボーッとしてたんだぞ。あれでも随分とマシになったんだ。浮気と付き合ってるって聞いた時は心配したが……。ま、浮気との関係もあいつの成長に繋がってるんだろ」


 頭を掻きながらそう言った飯田に、御園は少し躊躇するかのように目を伏せる。


 けれどもその瞳は、すぐに真っ直ぐ飯田を射抜いた。


「――――飯田先生は、にゃーちゃんのことを元々知っていたんですか」


 御園の言葉に、飯田は眉間に皺を寄せて口を閉じた。


 黙り込んだ2人の間を、葉を揺らす風が吹き抜けていく。


「……どうしてそう思った」


「勘のようなものでしたけど……さっきの反応を見て確信しました」


 先生は正直者だから、と口元に手を当てる御園に眉間の皺がさらに深くなる。


(確かに昔っから嘘がバレなかったことはねーけど。こんな年下の高校生にもわかるって……)


 情けねえと項垂れる飯田に、御園がくすくすと笑いながら覗き込んでくる。


「ふふ。そんなに落ち込まなくてもいいのに。僕も誰かに言うつもりはありませんから」


「そらあ、わかってるけどよお」


「それにそこが先生の良いところなんですから。気にする必要はありませんよ。僕もそんな貴方が好きですから」


 下から見上げてくる色素の薄い瞳に、飯田は顔を歪める。その無駄に長い睫毛を引っこ抜いてしまいたい気分だ。


「……お前、面白がってんだろ」


「いえ? 至極真面目に言ってますが」


「ソーデスカ。……ま、お前は嘘も上手いからなあ」


 目の前にいる生徒が存外義理堅く、交わした約束をきちんと守る質なのは知っている。それと同時に大人顔負けの仮面を付けていることも。――――だからこそ、こうして迎えに来たのだが。


 いい大人なはずなのに高校生に揶揄われているこの状況に、飯田は背を丸めながらため息を吐いた。


「聞かない方が良かったですか?」


「いや……」


「まさか――――にゃーちゃんが先生の隠し子、とか?」


「はあっ!?」


 思いもしない御園の言葉に、飯田は声を荒げて顔を勢いよく上げた。こちらを見つめる御園の目は真剣そのもので、飯田はなぜその疑いを持ったのかと聞きたくなる。


「あ。違うんですね。年齢的にもギリギリあり得るので、もしかしたらと思って」


「違う。あいつは俺の娘じゃなくて……」


 なんと説明したものかと飯田が頰を掻いていると、テントの向こうから数人の騒ぐ声が聞こえてきた。


「……なんだ?」


「何か、あったんでしょうか。池の方からみたいですけど……」


 御園の言うとおり、声は神社ではなく公園の中央にある池の方向から聞こえる。


「――――おい! 池に女子高生が飛び込んだらしいぞっ」


「女子高生ってまさか……っ、先生!?」


 御園の息を呑む音と、ペットボトルが地面に落ちる音がする。


 ――――その音を置き去りに、飯田は喧騒の元へと駆け出した。



 *



 池に飛び込んだ奈子は、沈んでいくクマのぬいぐるみへと手を伸ばした。


(思ったよりも水深が深くて、よかった)


 もう少し浅かったら、あるいは奈子の身長が高かったら飛び込んだ時点で頭を水底にぶつけていたかもしれない。


 そんなことを考えながら視界の悪い中、なんとかぬいぐるみを捕まえる。あとは上がるだけだと地面を蹴って浮上しようとした。


 だが――――――。


(っ、なに? 足が何かに引っかかってる……?)


 見下ろすと奈子の足には水草らしきものが絡まっていた。おそらく地面を蹴った時に巻き込んでしまったのだろう。


 奈子は片手でぬいぐるみを持ったまま、自分の足に絡みつく草へ手を掛ける。だが、視界が悪いせいか中々ほどけない。


(っ、まずい。これ以上時間をかけると――)


 息苦しさと焦りで奈子は顔を歪める。地面に足をつけるが、泥のせいで滑るし踏ん張りがきかない。


(よしっ、抜けた!)


 ようやくほどけていった草に、奈子は再び地面を蹴って浮上していく。


 ――――しかし、水面近くまで上がってきたところで奈子の息は既に限界に達しそうだった。


(すぐ近くに光が見えるのに……届かない)


 口から零れ出る気泡が地上の光に吸い込まれるかのように、浮かんでは消えていく。それに追いすがるかのように奈子は手を伸ばすが、決してその手は光に届かない。


(…………浮気くん)


 キラキラと太陽に反射して輝く浮気くんの金色を、なぜか池に沈みながら奈子は思い出す。


 狭まる奈子の視界。しかし、その視界に突如として光が降ってきた。


『――――奈子ッ!!』


 声は聞こえない。けれども自分を呼んでいるのだと、奈子は直感する。


 ――――差し伸べられた手を、奈子はしっかりと握りしめた。



 *



「ぷはあっ!」


「けほっ、奈子っ! しっかりしろっ! 俺の声が聞こえるか?」


 大きく口を開けて息を吸う奈子に、浮気くんが体を支えながら問いかけてくる。水深が深いところからは抜けたのか、彼は地面に足をつけても水から顔が出ていた。


(……浮気くん、おっきいからなぁ)


「おい、奈子!? 返事をしてくれ。まさかどこか怪我でもしているのか!?」


「…………意識もハッキリしてるし、怪我もしてないよ」


 そう掠れる声で言えば、浮気くんはホッとしたように息を吐いた。そして彼の両手で抱きかかえられたまま、池から上がる。


 どうやら観光客たちが人を呼んだらしく、辺りは騒々しくなっていた。しかし、パッと見たところ瑠璃の姿が見当たらない。


「浮気く――――」


「この馬鹿っ!! どうして飛び込んだんだよ!? 池でも人は溺れて死ぬんだぞ!」


 瑠璃はどこにいるのかと聞こうとした奈子に、怒声が浴びせられる。けれど、それをただの怒声と言うには彼の声には悲痛さと怯えのようなものが滲み過ぎていた。


 奈子は浮気くんから顔を逸らした。そしてその際見つけたものに、肩を掴む彼の手に自分の手を重ねる。


「……ごめん。でも瑠璃ちゃんの家族、を助けたかったの」


「っ、瑠璃にとっては家族かもしれない! でも結局はただのぬいぐるみだ。お前が危険に晒されてまで助ける価値はない!」


 浮気くんの言っていることは正しいのだろう。所詮は布の塊。それよりも人命の方が重い。理解は出来る。けれども――――。


「――――それでも、私は救いたかった。それだけなの。…………ただの自己満足にしかならないけど」


「……奈子?」


 もう大丈夫、と言って奈子は浮気くんの両手を外し目的の人物の元へと歩いた。奈子がしっかりとした足取りで歩いているからか、騒いでいた客たちも大丈夫そうだと徐々に解散していく。


「瑠璃ちゃん」


「っ! だ、だあれ?」


 大人たちの間でキョロキョロしていた瑠璃の背後から声をかける。振り返った瑠璃の表情に、奈子は自分の顔に手をやる。


(……ああ。ずっと仮面をしてたから。せっかく豹我くんにもらったのに、飛び込んだ時に外れちゃったんだな)


 全身ずぶ濡れの見知らぬ女に声を掛けられたら、幼女でなくとも怯えるに違いない。


 奈子はしゃがみ込んでから、そっと怖がらせないように手に持っていたものを彼女に差し出す。


「これっ! 私のクマさんっ!! ねこちゃんから助けてくれたの!?」


「うん。……ごめんね。濡れちゃう前に助けてあげたかったんだけど」


 自分が濡れるのを微塵も気にすることなく、瑠璃は差し出されたぬいぐるみに飛びついた。


「ううん! るりのところに帰ってきてくれたから、それでいいのっ! おねいちゃん、ありがとっ」


「…………そう言ってもらえると、私も嬉しい。それに、瑠璃ちゃんはそうやって笑ってる方が可愛いから」


 瑠璃の頭を撫でてから、奈子は自分の手が濡れていることに思い当たった。見れば瑠璃は奈子のことをボーっとした顔で見つめている。


「ごめん。髪、濡らしちゃったね――」


「おねいちゃん――――私と結婚してっ!」


「え」


「はああああっ!?」


 瑠璃の言葉に、奈子の呆けた声と浮気くんの叫び声が飛び出る。今、彼女は私になんと言ったのか。


「……結婚。私と?」


「うんっ。ママが言ってたの! るりのことを守ってくれる人で、るりが大好きって思える人と結婚してほしいなって。だから、るりおねいちゃんと結婚するー!!」


「いや、奈子と結婚するのは俺だっ!! 例え子供と言えどもライバルには容赦せんぞっ!?」


「えー? じゃあ、おにいちゃんも一緒に結婚する?」


「は!? 俺は浮気など許さんし、絶対にしないぞ!!!!」


 浮気ってなに? と奈子の体に抱き着く瑠璃と、慌てながらも浮気のデメリットを幼女にクドクド説明する浮気くん。


(…………どうしてこんなことに?)


 晴れた晴天を奈子は見上げる。濡れた体は太陽の熱のおかげで寒くはないが、目の前の状況が大分混沌としていて眩暈がしてきそうだ。


「――――お前ら、暑くて水遊びでもしてたのか?」


「さすがに高校生でそれやるのは恥ずかしいよ、2人とも」


 ――――結局、額に汗を浮かべた飯田と少しシャツを乱した御園がやって来るまで、幼女と浮気くんのカオスな会話をただ聞いていた奈子であった。

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