第24話 幼女の王子様?
「……豹我くん、どうしてここに?」
「あ? 俺はただの付き合い。まあ、何か知らんが怒って帰ってったから今は1人だが」
「また、女の人を怒らせたんだね」
「はっ! あっちが勝手に期待して、勝手に傷ついているだけだ」
豹我の言葉に、奈子は黙り込んだ。
もしかしたら、その女性と同じように奈子も期待したのではないだろうか。浮気くんを守れるのは、自分だけだと。
俯いた奈子に、豹我がため息をついた。
「……あーなんだよ、例の男とは上手くやってねえのか? いや、浮気させようとしてんだから上手くはいってねえか。そもそも付き合ったのかよ」
「……うん」
「んで? 浮気はさせられたのかよ。枯れてる浮気くんに」
ニヤニヤと笑う豹我に、奈子は再び俯いて地面を見ながら言った。
「…………ううん」
「なんだよ。浮気させられてねえのか。んじゃ、ここには彼氏の浮気くんとデートか?」
「今日は新聞部の部活で……」
「新聞部? ……お前、高校は?」
「え? 見吉高校だけど……」
奈子の答えに、豹我は首をガシガシと掻いた。不思議そうに見る奈子の視線に気づいたのか、豹我がため息をつきながら言った。
「――――俺も見吉出身なんだよ。中退したけど。制服が変わってて気づかなかったわ」
「へえ……」
「あ、お前今『やっぱりオヤジじゃん』とか思っただろ!?」
「……思ってない」
「じゃあなんで目逸らすんだよ!?」
近づいてきた豹我が奈子の頬を掴む。ムニムニとそのまま遊ぶように頬を揉む豹我に、奈子は成すがままだ。
(浮気くん、今頃どうしてるだろう。もしかして、御園先輩と――)
自分で想像した2人の姿を、頭を振ることでかき消す。先ほどは驚いて御園にキスされた浮気くんの表情まで見ることは出来なかったが、きっと浮気くんは嫌がっていたはずだ。
(うん。そのはず……だよね)
しかし、浮気くんと御園の2人が並んだ姿は御婦人方が興奮するのに納得できるほど美しかった。
自分ではああはならない、とまた気が落ち込む奈子の口を豹我が摘まむ。
「む。ひゃなひへ――」
「――――そんな顔すんなら、俺と浮気するか?」
至近距離で見つめてくる黒い瞳。その目は吸い込まれそうなほど黒く、深い。空っぽそうに見えて、そこには何かが蠢いているようにも見える。
豹我の手が、奈子の唇をなぞる。そのまま耳元へと移動した手にグッと力が入った。
――――近づく豹我の顔に奈子は、動くことなくその場に立っていた。
「…………なんで、逃げねえんだよ」
「うーん。なんとなく?」
チッと舌打ちした豹我は、奈子を離して首を掻く。
――――彼の唇は、奈子には触れなかった。
「なんとなくってなんだよ」
「いや、説明は難しいんだけど……豹我くんとそういう関係には、なれないよ。豹我くんもそう思ったから止まったんじゃないの」
「…………」
黙り込んだ豹我に、奈子は自分の考えが正しかったと感じた。
「……顔は結構好みなんだがな」
「私は浮気くんの顔の方が好き」
「はっ! 惚気かよ」
ふと顔を見合わせた2人は、同時に噴き出した。
こんな場所で、こんな真昼間から何をしているのだろうか。
「豹我くん? どうかした?」
「いや、さっき視線が……気のせいか?」
奈子と同様に笑っていた豹我だったが、急に辺りを見渡しだしたので一緒に周囲を見る。そこには祭りを楽しむ人たちがいるだけだ。警戒するものは見当たらない。
しかし、豹我は先ほどよりも鋭い気配を醸し出している。
「豹我く――うわっ」
「――奈子。それ付けて真っすぐ彼氏のところへ行け」
「え?」
「――――いいな?」
豹我に鬼のお面を頭に付けられた奈子は、彼の鬼気迫る雰囲気に思わず頷いた。それを見た豹我は「いい子だな」と奈子の頭を撫でてから、背を向けて走り去っていく。
「なんか、今の…………懐かしいような」
撫でられた頭を触った奈子は、首を捻るがその懐かしさの正体はわからない。とりあえず、と豹我の言う通りに鬼のお面を顔に付けた。
「――――やっと、見つけたっ! 奈子!」
「……浮気くん?」
「っ、良かった……無事で! なんで1人で……ってうわ!? なぜ鬼のお面なんか付けてるんだ!?」
奈子の腕を掴んだのは、浮気くんだった。ワイシャツの襟とネクタイを乱して顔に汗を浮かべた浮気くんは、奈子のお面に驚いているらしい。
「ええっと、親切なおじさんに貰って?」
「それは不審者じゃないのか!? 他に何かされたのか?」
奈子が首を振ると、浮気くんはホッと息をついた。そんな彼に、なぜか豹我の名を出せなかった奈子はお面の下で目を泳がせた。
(なんか、気まずいな……)
訪れた沈黙に、奈子は俯く。鬼のお面からは、浮気くんの足元しか見えない。
「――――奈子? 具合でも悪いのか?」
こちらを慮る浮気くんの声に、奈子の視線がブレる。何かを言わなくては、と思った奈子だったが中々言葉が出てこない。
(どうして、だろう?)
「う、浮気くん。私――――」
それでも、黙ったままでは駄目だろうと顔を上げようとした奈子の視界に何かが映る。
「――――るりの王子様! 見つけたあっ!!」
視界に入って来たのは、浮気くんの制服のズボンに抱き着いて叫ぶ子供。
――――浮気くんを見上げて頬を真っ赤に染める、可愛らしい1人の幼女だった。




