第23話 おばちゃんは最強?
婦人会のテントに着いた奈子と浮気くんは、目の前で広がる光景に思わず後ずさってしまった。
「あら、もういいの? 若いんだからもっと食べなさい! ほら、から揚げ」
「え、いやもうお腹一杯で――」
「ああ、ならデザートはどう? かき氷にチョコバナナにわたあめ。何でもおばちゃんたちが奢ってあげる!」
「いや、でも悪いので――」
「何言ってんだい! ミヨちゃんを助けてくれたお礼だよ! つべこべ言わずに食いな!」
「もごおっ!?」
妙齢の御婦人方に囲まれた越金は、から揚げを口に放り込まれて声にならない悲鳴を上げている。から揚げの他にも、越金の前の机には様々な食べ物が並んでいた。
「……奈子、ここは越金先輩に任せて一旦退散しないか」
「え、なんで?」
「ああいう手合いは、一番厄介なんだ。父さんが言ってた。『おばちゃんが最強なんだ』って」
急に可笑しなことを言いだした浮気くんを、奈子は首を傾げて見上げた。おばちゃんが最強とは一体どういう理論なのだろうか。
「――――あ、浮気! 大木さん!」
「ぐっ、見つかってしまった!」
放り込まれたから揚げをなんとか飲み込んだらしい越金が、2人を指さして叫んだ。それに対してびくりと体を揺らした浮気くんは、踵を返そうとした。
だが――――。
「あれまあ! えらい綺麗な顔した男の子だねえ!」
「本当に! え、肌もツルツル! 若いっていいねえ」
「髪も目もキラキラしてるしねえ! うちの禿げた旦那とは大違い!」
「だっはっはっは! そりゃ、比べる相手が悪いさ。ウチの亭主も三段腹だし。そんなジジイと一緒にしちゃあ、可哀そうってもんだよ!」
確かにその通りだ! と盛り上がるご婦人方に囲まれる浮気くん。彼はまるで命綱かのように、奈子の腕を掴んでいる。
「な、奈子――」
「浮気く、んにゃ!?」
「あれまあ。こっちのちっちゃい子も可愛いお顔してるねえ。今時の高校生は皆こうなのかい?」
「ウチの孫なんて、亭主に似ちゃって仏頂面だけどねえ。まあ孫だから可愛いんだけども」
「そっちのデカい子も親切だったし。見吉高校の子だろ? 勉強も出来て部活も盛んだって聞いたことあるよ。偉いわねえ」
助けを求めるかのような浮気くんの声に振り返ろうとした奈子だったが、顔を掴まれたことでそれは出来なかった。じいっと見つめてくるご婦人に、奈子も瞬きをせずに見つめ返す。
四方から伸びてくる手に頬を突かれた奈子は、隣にいる浮気くんを見上げた。
(あ、浮気くん顔が青くなってる――――)
必死に手を握ってくる浮気くんに、奈子はその手を強く握り返す。少しホッとした様子を見せた浮気くんだったが、ご婦人たちのお喋りは終わらない。奈子や浮気くんが喋ろうとすると、その3倍は喋り倒してくる。しかも相手の方の人数が多いため、ずっとあちらのペースだ。
(なるほど。最強ってこういうこと?)
浮気くんの言葉と、越金の助けてくれという電話は、このご婦人方のことだったらしい。特に浮気くんの容姿はご婦人方にも人気らしい。奈子よりも浮気くんのことを聞き出そうとしている。中には自分の孫を紹介すると言っている人もいた。
浮気くんを囲むご婦人方と、彼女たちに開放されて安堵した表情の越金を見て、奈子はなんだか胸がムカムカしてきた。
(なんかよくわからないけど……この状況は、嫌だな)
奈子はスカートのポケットからスマホを取り出すと、片手である人物へと電話をかけた。
「っ、奈子?」
「大丈夫だよ。浮気くん。私たちも助けてもらえばいいんだよ。――――頼りになる先輩に」
不安げな顔をしてこちらを見る浮気くんに、奈子は飛び切りの笑顔でそう言った。
*
「長田からにゃーちゃんが助けを求めてるから行って来いって言われたんだけど――――騙したね?」
「うん。ごめんなさい」
「いや、ごめんなさいじゃなくて――――」
「あらーーーーー! すっごいイケメンじゃなあい!」
テントへやって来た御園に、奈子がペコリと頭を下げる。
どうやら御園は、テントの中を見ただけで状況を把握したらしい。話が早くてありがたい。
「え!? 本当! こっちの子はさらに色っぽくていい男だわあ!」
「昔のケンゴみたいじゃない!? あの国民的大スターの!」
「キャー! 言われてみれば似てるかも~」
奈子の狙い通り、御婦人方の興味は浮気くんから御園へと移ったらしい。
ぐったりとしている浮気くんの背を撫でる。
「大丈夫? 浮気くん」
「ああ、すまない」
「謝らないで。少し座ろう」
手を繋いだまま椅子に誘導した奈子は、浮気くんの隣に座って彼の腕や背中をさすってやる。浮気くんは女性を怖がってはないと言っていたが、本人が自覚していない所での負荷はやはりあるのだろう。奈子と触れていれば失神しなくなったとはいえ、あの勢いは驚いたはずだ。
「……浮気、すまない。身代わりのようにしてしまって」
「いえ……先輩が悪いわけではありませんし。あちらも悪意があるわけでもありませんから」
こちらも顔色の悪い越金が、浮気くんに頭を下げる。確かに浮気くんを差し出したかのようになってしまったが、越金にその意図はなかっただろう。彼はただ親切に荷物を運んでやっただけだ。
「それに、奈子が次の身代わりを呼んでくれましたし。適任でしょ、あの人は」
少し良くなった顔色でそう言った浮気くんの視線の先には、ご婦人方に囲まれている御園の姿があった。
浮気くんの言葉に、越金も表情を緩めて少し笑った。
「ふ、そうだね。確かに適任かも」
「では、ご婦人方は御園先輩に任せて俺たちは取材を――――」
「――――ねえ、どこに行くの? 龍之進?」
肩に突然かけられた手とねっとりとした妖しげな声に、浮気くんの体が震える。
奈子と浮気くんが振り返ると、そこにいたのは御園だった。先ほどまでご婦人たちに囲まれていたというのに、一体どうやって抜け出したのだろうか。
(それに、あの興奮したかのような顔はなんだろう?)
頬を赤らめて御園と浮気くんを見つめるご婦人たちに、奈子は首を傾げた。浮気くんも突然の呼びかけに眉を顰めて御園を見上げる。
「は? なにを――――」
「僕1人じゃあ、お姉さま方の相手をするのは恥ずかしくて。君にも一緒にいて欲しいんだ」
「いや、あんたはそんなキャラじゃ――」
変なことを言いだした御園に、浮気くんが奈子の手を離して立ち上がり両手で彼を押しやろうとする。
だが、御園はその手を取って指を絡めるとそのまま口元に近づけていく。
――――そして、浮気くんの手の甲に唇を落とした。
「キ、キャー!!!!」
「み、見た!? 見たわよね!?」
「ええ、ええ。しっかりとこの両目で見たわよっ」
後ろで興奮したような歓声が聞こえるが、奈子は目の前で起こった出来事にフリーズしてしまった。
(あれ? 今、御園先輩が浮気くんの手に――――)
固まっている奈子を置き去りに、浮気くんと御園は再びご婦人方に囲まれていく。その円の外でオロオロとしている越金。彼らの間から、見える浮気くんの隣に立つ御園。
「彼は照れ屋でね。女性に触れられると恥ずかしさのあまり気を失ってしまうんです。だから、彼には触らないでほしくて」
「あら、そうだったのね」
「それなのに、触っちゃって悪いことをしたわね」
「――――お姉さま方の代わりに、僕が彼を愛でますから。そんな顔をしないでください」
浮気くんの顔を抱き寄せた御園に、再び上がる歓声。
――――その声を背に、奈子はテントから音も立てずに抜け出した。
*
「何も言わずに出てきちゃった……」
テントから出た奈子は、模擬店が立ち並ぶ場所を1人で歩いていた。周囲では、射的を楽しむ子供の声や客を呼び込むボランティアの学生たちの声が聞こえる。
聴覚ではしっかりとそれを聞いているはずなのに、奈子の頭は先ほどの光景に支配されていた。
(御園先輩が浮気くんにキス、してた……)
おそらく御園による意趣返しだったのだろうが、奈子の心臓は変な音を立てていて息がつまりそうだ。これでは浮気くんへではなく、奈子への意趣返しではないか。
(いや、先輩を呼んだのは私だし。……それに、先輩は浮気くんを守ってた)
やり方はどうあれ、御園は浮気くんが失神するのを回避していた。浮気くんの手を握りしめることしか出来なかった奈子とは違って、大人らしくスマートに。
奈子は自分の小さな手を見下ろす。
「……やっぱり、私って子供のままなんだな」
「――――まーた、悩んでんのかよ。大食い娘」
突然背後から声をかけられて、奈子は振り向く。そこには甚兵衛姿に鬼のお面を頭につけて、わたあめを頬張る1人の男がいた。
「豹我、くん――?」
「この色男が、また相談に乗ってやろうか?」
以前ファミレスで奈子の髪を触った時と同じように色気を滲ませて笑った豹我は、ペロリと唇を舐めて言った。
「――――ま、相談料は貰うがな」




