第22話 越金先輩の悲鳴?
「よ~し、ガキども。今日はあじさい祭り当日ということで、いくつかの班に分かれて行動するわけなんだが…………絶対に問題は起こすんじゃねえぞー」
頭にタオルを巻いた飯田が、部員全員の顔を見渡してそう告げる。
背後には見吉神社と書かれた鳥居。今日は、見吉神社とその隣にある見吉公園で開かれるあじさい祭りの取材の日。あと少しで開催の時刻になる境内では、関係者たちが慌ただしく動いている。
各々返事をした生徒たちに対して頷いた飯田は、スッと片手に持ったコップを持ち上げた。
「んじゃ、後は適当にやってくれー。俺も適当に楽しんで帰るわ」
「ええ!? 一応飯田先生は顧問なんだから、最後まで引率してくださいよ!」
制服に新聞部の腕章を付けた長田がそう言うが、飯田は肩を竦めてコップを傾けた。
「学内じゃあ、取材が出来ねえってんで祭りの主催者に掛け合ってやったのは誰だ?」
「…………飯田先生です」
「元々祭りのボランティアとして参加していた生徒たちの、新聞部参加反対を抑えてやったのは?」
「ぐ、飯田先生です」
「取材の仕方も碌に教わってねえ1年に、放課後時間作ってイロハを教えてやったのは?」
「い、飯田先生です」
「ぶ、部長」
どんどんと体を縮める長田を越金が心配そうに見遣る。
「――――なら、今日くらい好きにしていいよなあ?」
「…………はい」
「先輩なんだから、しっかりと後輩の面倒は見るように」
飯田の言葉に落ち込む長田は、確かに奈子と浮気くんを放って自分の取材の段取りに、夢中になっていたことが多かった。
ずん、と落ち込む長田の肩を御園が掴む。その顔には汗ひとつ浮かべず、その代わりに狐じみた笑みを浮かべる。
「まあ、長田はこんなんでも部長ですから。ちょっと興奮して猿に戻っていただけですよ。今はちゃんと人間に化けられていますから、大丈夫です。なあ?」
「そうそう、今日はちゃんと化けられ――――って何の話だ!? あと私は猿じゃねえってんだよ!!」
「あはは。その調子、その調子。長田が落ち込んでると後輩たちが気使うでしょ」
御園の言葉にハッとこちらを見た長田は、咳ばらいをしながら真っすぐに切られた前髪を整えた。
「そ、それもそうね。……大木さん、浮気。ごめんね。準備中も放っておいちゃったし、今日もこんな始まりで……」
「いえ、部長の気持ちもわかりますし。久しぶりなんでしょう? 新聞部としてのちゃんとした活動は。俺たちは気にしていません」
「うん。部長が元気にはしゃいでいるところ、見るの好き。ですから」
先輩3人と同じように、制服に腕章を付けた浮気くんと奈子は目を見合わせてからそう言った。
2人の言葉に、目を潤ませた長田は肩にかけられた御園の手を払い落としてから駆け寄ってくる。
「うう! ありがとう2人とも! 自分のせいで取材が出来ないことを何とも思わない男とは違うわね!」
「誰のことかなあ」
「テメエのことだよ、御園ぉ!!」
「御園〜お前も良い加減、身の振り方考えろよ。長田も暴走気味だが、お前も直すべきところが無いとは言えねえ。――――自分でもわかってんだろ」
「……はい」
飯田の言葉に、御園が目線を逸らして頷いた。その答えに頷いた飯田は、最初の宣言通り既に人で賑わう公園のある方向へ消えていった。
(……御園先輩、飯田先生には素直なんだよなぁ)
準備の段階でも、飯田がいる時は長田や浮気くんを揶揄う頻度も少なくなっていた。
「奈子、暑くないか」
なぜだろうか、と首を傾げる奈子の顔を覗き込んで問うのは浮気くん。
「うん。大丈夫」
「そうか。キツくなったら言ってくれ。今日は6月にしては暑くなるらしいから」
「うん。浮気くんも無理しないでね」
「ああ」
そう言って手を握る浮気くんに、奈子も彼の手を握り返した。浮気くんのショルダーバッグには暑さ対策のグッズが沢山入っているのを知っている。ついでにと奈子の荷物まで奪い去っていった浮気くんだが、奈子は自分よりも浮気くんの方が暑さに弱い見た目だよなあと思った。
「――――さて、そこのバカップルはいつも通りだからいいけど。先生も言った通り、問題行動は慎むように! 計画した通り、各自しっかりと仕事をこなすこと。何かあればすぐに連絡すること。いいわね!」
「はい、部長」
「長田が一番心配だけどね」
「御園先輩も女性を引っ掻けて問題を起こすなんてこと、ないようにしてくださいね」
揶揄われた長田を越金が抑えているうちに、今度は浮気くんが御園へそう言った。それに対して口角を上げて目を細めた御園は、ほぼ同じ目線の浮気くんを見つめた。
「へえ? でも、浮気も女性には気をつけなくちゃね? なんせこの人混みだ。女性に接触して失神した、なんてことになったら大変だ。特に同じ班のにゃーちゃんには迷惑をかけちゃうね。今からでも班を変更しようか?」
「御心配には及びません。俺も何の準備もなくここに来たわけではないので。――――部長! ちょっとこっちに来てくれませんか」
「はあ? なによ突然」
「失礼します」
暴れていた長田を呼んだ浮気くんは、奈子と手を繋いだまま長田の頭に手を置いた。
「ええ!?」
「ちょ、ちょっと浮気。あんた、こんなところで倒れられても困るんだけど!? 何してんのさ!?」
驚く越金と暴れる長田に、御園がどこかつまらなそうに言った。
「あれ、治っちゃったんだ? 失神癖」
「奈子と手を繋いでいる時限定ですけどね」
「……なるほど、愛の力ってわけだね」
「まあ、そうですね」
真顔でそう返した浮気くんに、御園が顔を引くつかせる。
「冗談だったんだけど……」と言う御園を無視して奈子の髪をいじる浮気くんは、どことなく余裕があった。
御園と再会したあの日から、浮気くんは御園に対してやたらと突っかかることはなくなった。先ほどのような軽口くらいは言い合うが、以前のようなピリピリとした雰囲気は出さなくなったのだ。
女性に触れても失神しないように早苗たちに頼んで練習して、実際に条件付きとはいえ失神しなくなったのも彼の余裕に繋がっているのかもしれない。
「んまあよくわからないけど、失神しないってんなら安心したわ。1年と越金だけで回らせるの、ちょっと心配だったんだけど。浮気がちゃんと動けるなら問題ないでしょう。越金も、しっかりとフォローしてあげてね」
班は奈子・浮気くん・越金の1、2年班と、長田・御園の3年班で分かれる予定だ。カメラを持つ御園と奈子を分けて、あとは御園の暴走を止めるために長田が彼に付くと言ったのだが。
(部長も何だかんだ言って一緒に暴走しちゃいそうだけど……)
そんなことを思った奈子だったが、班のメンバー自体に異議はない。
「――――さて、それじゃあ新聞部のあじさい祭り取材を開始するわよっ!」
長田の気合の入った声と、部員たちのバラバラな返事が晴れた空に響き渡った。
*
「――――すみません。見吉高校新聞部の者なんですが、少しお時間を頂けないでしょうか」
「えっ、い、いいですけど」
「エッすっごいイケメン!」
「ちょ、ちょっと失礼だよ」
「ははは、ありがとうございます。あじさい祭りの取材をしていまして。お2人はご友人ですか?」
爽やかに笑った浮気くんに、話しかけられた同年代らしい女子2人が顔を染めながら答えた。
「え、ええまあ」
「私たち違う高校に通ってるんですけど、小学校の頃から欠かさずこのあじさい祭りには一緒に来てるので。今年も予定を合わせて行くことにしたんです。今日は久しぶりに会うし、楽しみに来たんです!」
黒髪で大人しそうな女子の腕に、茶髪の女子が抱き着く。そんな2人を見た浮気くんが、そのサラサラな金髪を耳に掛けながら話を続けた。
「2人は高校1年生ですか。なら、俺たちと同学年ですね」
「エッ、すっごい大人っぽいから先輩かと思ってた! ね!」
「う、うん。しっかりしてそうだし……」
「ありがとうございます。それで、あじさい祭りについていくつか聞きたいのですが――」
確かに、2人の緊張を解いて取材を進める姿は大人っぽい。浮気くんの隣で一緒にメモを取っていた奈子は、彼の立ち居振る舞いに感心していた。
(早苗ちゃんたちに触って白目剥いて倒れてたとは思えないなあ……。早苗ちゃんは激怒するし、ヒカルちゃんは笑いながら動画を回し始めちゃうし。篠原くんは浮気くんを擁護して早苗ちゃんに殴られちゃうし)
奈子が数日前までの教室を思い返していると、一通りの取材が終わったらしい。最後にお礼を言う浮気くんに合わせて、奈子も一緒に頭を下げる。
ほとんど奈子は喋っていないが、元々そういう役割分担だった。浮気くんは取材、奈子は撮影係。もちろん任せきりにするつもりはないが、ある程度最初から分担した方が良いというのが飯田の教えだった。
『別に全部1人で出来るようにならなくてもいいだろ。向いていることをやりゃあいいし、苦手なことに挑戦したいならそれも良し。ただ今回は初取材なのに、大きな仕事だからな。浮気が取材で、大木は写真。そうした方が上手くいくだろ。多分』
(飯田先生って、怒ったりはするけど生徒を否定することはないんだよなあ……)
奈子がそんなことを考えていると、茶髪の子が浮気くんに頬を赤くしながら近づいた。
「あの~良かったら、連絡先の交換しない? 部活終わった後で一緒に遊べたらいいなあ、なんて思うんだけど」
「な、何言ってるの!」
「だあって、こんなイケメンと知り合う機会なんて滅多にないでしょ! こういう時は女だからってもじもじしてちゃダメなんだよ!」
ね、いいでしょ? と腕に触ろうとした彼女に、浮気くんが一歩下がる。そして、奈子の体を抱き寄せてから言った。
「――――悪いが、俺には真剣に付き合っている恋人がいる。君たちと遊ぶつもりは微塵もない。男を誘うなら、違う奴を当たってくれ」
今までの丁寧な話し方は違い普段の言葉遣いに戻った浮気くんは、口を開けて呆ける2人に背を向ける。体を抱かれた奈子も一緒に背を向けることになったが、顔だけを後ろに回して未だ唖然としている2人に向かって叫んだ。
「――――ご協力、ありがとうございました! あじさい祭り、楽しんでくださいね!」
「え、あ、はい!」
「そちらこそ…………」
最後にもう一度頭を下げた奈子の手を、浮気くんは握って歩き出す。見上げた浮気くんは、いつも通りの顔色に見える。
「大丈夫だった?」
「ああ、問題ない。触れられてはないし、奈子もいたからな」
お団子を崩さないように、浮気くんが奈子の頭を撫でる。その手に頭を擦り付けながら、奈子は浮気くんの役に立てたなら良かったと思った。
(だって、私ばっかり浮気くんに貰ってばっかりなんだもん……)
頭のお団子だって、今朝会った時に暑いだろうと浮気くんがやってくれたものだ。手慣れた様子に御園が揶揄ったのだが、『妹によくやってるので』と浮気くんは涼しい顔で答えていた。
「それにしても、越金先輩遅いな」
「そうだね……どこまで行ったんだろ」
3人で歩いている途中、大きな段ボールを持ってフラフラと歩くご婦人がいたので越金が手伝いを申し出たのだ。このくらいなら、自分1人で大丈夫だから取材を続けて欲しいと言った越金に素直に従った2人だったのだが。
「む。先輩から電話だ」
浮気くんがスマホを取り出して、画面を見せてくる。確かに「越金先輩」という文字が映る画面に奈子は頷いた。
「もしもし、どうしたんですか――」
『すまん、浮気! 助けてくれ!』
スピーカーモードにされたスマホから、越金の焦った声が聞こえる。
「先輩? 今どこですか」
『今は婦人会のテントで――ちょ、ちょっとやめ、あーーーー!!』
ツーツー……と、通話が切れた音に、奈子と浮気くんは顔を見合わせる。
「……先輩のあんな声、初めて聴いたな。とにかく、急いで先輩の所に行こう」
「うん。なんか、女性の声も沢山聞こえた」
「何だか嫌な予感がするんだが。……手を繋いでもいいか?」
「うん、離さないようにね。倒れちゃったら、大変だよ」
「ははっ、そうだな」
2人は、手を繋ぎ直してから婦人会のテントを目指して歩き出した。




