第63話 王の見る世界
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王城の屋根の上に、セフィリアは立っていた。長い戦いを終えた街を、静かに眺める。
戦で荒れた街にはしかし、活気があった。怪我人を治療し、瓦礫を片付ける。街の人々は、復興のため忙しく働いている。
彼女は大きく息を吸い、そして吐き出す。
(これが、エレニアの作った国か)
彼女は、いつもセフィリアのことを憂いていた。そんな彼女の作った秩序。セフィリアの顔には微笑みが浮かんでいた。
霞のかかった空はしかし晴れていて、薄く柔らかい光が王都を包んでいる。彼女はこれまで守り続けた国に、一番に愛した国に、戻ってきたことを噛み締める。
ふわりと、空気が揺れる。リヴェルが、セフィリアの隣にそっと降り立つ。
「久しぶりだな、セフィリア」
あの日、ロゼルトの元へ向かった後、リヴェルはセフィリアの元に姿を現すことはなかった。
聞き集めた情報から、セフィリアが知っていたのは、ロゼルトが死んだこと、そして、このリヴェルがロゼルトの後の王座についているらしいということ。
他人になど、国になど、興味のなさそうだったこの男が、誰かの上に立ち国を治めているなどと。セフィリアはずっと不思議に思っていた。
「突然現れて、なんの用だ? リュグルスは、どうなっている?」
リヴェルはその質問は無視する。
彼女を見て、微笑んだ。
「お前は、元気そうだな。良かったよ」
「……おかげさまで、な」
彼女は居心地の悪そうに街に視線を戻す。
彼は、つられるように同じ方向を見据えて呟いた。
「これが、お前の国か」
そして続ける。
「俺の国を、見てみないか」
***
降り立ったリュグルスの街は、重い静寂に包まれていた。
セフィリアは底知れぬ違和感を感じる。土地の魔力の存在しない場所であることは以前から感じていた。しかし改めて訪れると、それ以上に、重い何かに満ちているような気がする。
「……この街は、この国は、何かが欠けているようだ」
セフィリアは思わず呟いた。
その様子を見たリヴェルは、静かにセフィリアを王城へと促す。
辿り着いたそこは、王城の地下深く。以前見た、古びた石碑、封印された魔力の泉のある部屋。
「どうだ? どう思う?」
石碑を指してリヴェルは尋ねる。
「どう、とは? ──封じられている、ということは分かる。かなり強い術だろう」
「そうか、やはりお前には、お前にも、見えないんだな。この行き場を失った、『感情の渦』が」
彼は石碑を見据えながら続ける。
「──これがなんだか、ずっと分からなかった。初めてこれを見てから、ずっと考えていた。
この渦がかつての魔力の源なんだろうと思っていた。でもあの日、やっと分かったんだ」
彼は息をつく。
「これは源泉などではない、ただの『結節点』」
「結節点?」
「そう、人々の感情が通る場所。それが魔力となって循環する要。
その流れを止められたこの国は、だから不毛だったんだ」
「どういう意味だ?」
セフィリアは問う。
「ここに封じられているものは、ただの魔力ではない。それは人々が抱いた感情の集積。人々の届かなかった『想い』」
あの日、彼は確かに見た。一度分かってしまえば、それは初めからそこにあった。どこにも行くことのできない数多の感情が、禍々しい圧となってそこに蓄積していた。
数百年の間、である。
本来なら、魔力となって、リュグルスの地を満たすはずの力。封じられたのは、ここから生まれる魔力だけではなかった。
「感情は本来、自由に流れるものだ。
それなのに、その流れを封じられ、彼らの喜びも、楽しみも、怒りも、悲しみも、苦しみも、行き場を失ってその場に留まる。そして澱んでゆく。──それが、俺の思う今のこの世界の姿だ」
セフィリアは考え込む。リヴェルは静かに続ける。
「そして俺は、やはりこの石碑の封印を解きたいと思っている」
「封印を?」
彼は頷く。
「お前の力で、封印を解けば、滞った流れは戻るだろう。
しかし何百年と溜まったこの感情が、どんな結果を引き起こすか、正直予測がつかない。この国の澱んだ感情が、どんな魔力を生み出すのかも。
あるいはまた世界が滅ぶほどの災厄が降りかかるかもしれない。
──それでも俺は、多分その世界が見たいんだ」
彼はセフィリアの方を見る。
「お前に、封印を解けと頼むつもりはない。ただ、何も見せないのはフェアではないと思ったんだ。
お前の力の使い方を選ぶのはお前だ。お前が否と言えば、俺は別の手段を探そう」
セフィリアは黙ったまま動かない。リヴェルは問いかける。
「お前は、どうする?」
セフィリアは迷っていた。彼の話を、どう受け止めるべきか。自らの力を、どう使うべきか。
「……考えさせてくれ。正直まだ、整理がつかない」
「ああ、待っているよ。お前の答えを」
リヴェルはそう言って微笑んだ。
***
ウェルリス王城、王座の間。玉座に座る彼女は、ゼドとエレニアに呼びかける。
「エリ、ゼド、聞いてくれるか? 長い、話になるかもしれない。
二人に相談したいんだ。私は、どうするべきなのか」




