第64話 選んだ未来
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「セフィ、本当にいいのね?」
改めて問うエレニアに、セフィリアはしっかりと頷いた。
「ああ、エリの言った通りだ。
悪いのは、魔力の泉自体の存在ではない。
可能性を抑えつけても、ただその場に歪みが溜まってゆくだけだ。危険性に、蓋をすることで問題が解決するものでもない──それは、考える勇気がない臆病者の、ただの甘えだよ」
「もし、また力が暴走したら?」
ゼドが尋ねる。
「大丈夫だ、私がいる。──お前たちだっているだろう?」
セフィリアはエレニアとゼドをしっかりと見据える。二人は頷いた。
「もうあなたを、一人にはしないわ」
ゼドはセフィリアの瞳に、決意の色を見る。それはこれまでの使命を帯びた決意とはどこか違う、どこか希望と期待を秘めたような色。
「──それがセフィリア様の望む、世界ですか」
私の望む世界。セフィリアは自分の肩に世界のあり方を決める責任がのしかかる重さを感じる。
しかしそれが何だ。これまでだっていくらでも、重圧を背負ってきた。それがまた少し増えるだけのこと。私は折れない。
正しいかなんてわからない、それでも進むべき道だと、確信していた。
流れゆく時代で今を生きるものは、今思う正しさを、選んで生きるしかない。
「そうだね。付き合ってくれるか」
「もちろんです。どこまでも、共に行きましょう」
ゼドも、もうセフィリアだけに何かを背負わせる事はすまいと決心していた。
国民の全員がすぐに理解してくれるとは思えない。どんな災厄が訪れるかも分からない。リュグルスと争いになり再び苦境に立たされるかもしれない。
でも必ず、セフィリアと共に戦い続けると、ゼドは決めていた。
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セフィリアは、リュグルスへと移る。封印の核、そこには今、彼がいる。
「リヴェル。私は決めたよ」
セフィリアは言う。
「本当に、いいんだな? どうなったとしても、俺はお前の味方にはならない。必ずリュグルスのために戦うぞ」
「もちろんだ。いくらでも受けてたとう」
セフィリアは軽やかに笑った。
彼女は、石碑の封印の核に、その魔力を注ぐ。あたりは眩しい光に包まれ、部屋中がカタカタと揺れる。
パーン、と大きな音がして、封印が砕ける。
その反動でよろめくセフィリアの身体を、リヴェルが軽く支えた。
リュグルス全体に降りていた、魔力の帳が開かれたかのように、閉ざされていた魔力の流れが解放される。
リュグルスの民は、空を見上げていた。
あたりは、何も変わらない。しかし、長く閉じられていた泉は確かに、静かに流れ始めた。
風は、自由に吹いている。今日のリュグルスの空は、いつもよりも澄んでいた。
ある老婦人が、路地裏でふと立ち止まり、天を仰ぐ。若い父親が、娘の手を引きながら、見えない何かに向かって微笑む。少年が、手のひらに光を灯す。
それは怒りでも闘志でもなく、ただの魔力だった。ただ、感情と共に在ることを許された光。
街の人々は、いつもと変わらぬ一日を過ごす。けれど、その生活の中には、ほんのわずかに呼吸の気配があった。
街の片隅で、誰かが泣いていた。誰も止めない。ただ、その人の背にそっと手を添える者がいた。
理由のない涙が、許される世界。
セフィリアは隣に立つ男に静かに問いかける。
「次に会うのは、また戦場かな」
「そうだろう。俺たちはこれまでも、いつだってそうだった」
リュグルスの街を撫でた風が、二人を包む。




