第60話 見つめる者
リヴェルは、暗がりに一人佇んでいた。
リュグルス王城、地下。彼の前には古びた石碑がある。いつものように、そっと手を伸ばす。
ロゼルトに暇を出されて以降、彼は引き寄せられるように、度々この場所を訪れた。そして、眠るセフィリアと、会って以降も。
何もない世界に、一人座っているセフィリアの姿が、頭から離れない。溢れ出るような彼女の言葉。別れる間際の、わずかに開放的な表情。
あの日思わず自分の放った言葉、あれはなんだ?
自分で自分が分からなかった。自分は、何がしたかったのか。何がしたいのか。
瞬きをする度に、瑠璃色の光がちらつく気がした。目覚めた彼女は、どうしているだろうか。
彼はこのところずっと、自分の心の中にあるものを扱いかねていた。
もう何年も、自分の感情などというものを扱ったことはない。彼にとって、自分の内にあるものも、外にあるものも、感情とは全て他人のもの。観測し、処理すべき対象でしかなかった。
*
数日前の謁見の間。ロゼルトは変わらず威厳を持って臣下を見下ろしていた。鋭く光る瞳が全ての者を突き刺す。
リヴェルは、最後列でその風景を見ていた。
ウェルリスでは、ついに住民が暴動を起こしたらしい。ウェルリスの住民と、駐留していたリュグルスの兵がぶつかる。戦になる。
全ては計画通りに進んでいます、と報告するニナの姿をリヴェルは遠目に見る。
「現地にはディオンが。既にロゼルト様をお迎えする準備はできています」
彼女はそう続けた。
ロゼルトはもう、ウェルリスに向かっているだろう。そして自らの目的のため、その力で彼の国を手中に収めるつもりだ。
ロゼルトは必ずやり遂げる。もはや自分など、いなくとも、関係ない。とリヴェルは思う。
リヴェルがこれまでに戦いの中で回収を続けていた魔力は、かなりの量になっていた。その力を取り込んだロゼルトの魔力は、既に八割ほどは戻っているはずだ、とリヴェルは試算する。
──セフィリアは、勝てるだろうか。
そう考えて彼はぴくりと肩を揺らす。
俺は、何を考えている?
俯く彼女の姿が浮かぶ。真っ暗な空間。全ての感情を、堰き止めた場所。空っぽの、世界。
軽く頭を振ると、ひとつ、ふたつと瞬きをして、改めて古びた石碑に目をやった。
かちり、と頭の中で何かがはまる音がした気がした。古びた石碑に何かが、見えた気がした。
これは、なんだ? 今、何が見えた?
封じられた、魔力の泉。全ての魔力の源泉。ここから魔力は生まれ、世界へ巡る。
石碑は今までと変わらず空っぽだった。幾度となく見つめてきた。何も変わったところはない。
しかし、見つめる彼は、少し変わっていた。本人にまだ、その変化が掴めていなくとも。
彼はもう一度見つめる。──彼には魔力が、すなわち人の感情が見える。
(もしかすると、これは──)
ずっと分からなかったことが、分かるような予感がした。




