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晴霞の王  作者: 瀬戸榛名
第3章|王は、ここに在る

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第59話 変わらない世界

「セフィリア様……!?」


 セレナスの兵士たちは驚いて突然現れた彼女の姿を見つめる。セフィリアは、どよめく彼らを軽く手を出して宥める。


「目を覚まされたのですか、いつの間に」


「さっきね。……リセル、状況は?」

 セフィリアは軽く応じる。


「ずっとこの調子で、断続的に攻撃が。これ以上攻めてくることはありませんが、少しずつ砦の防御も崩れています。

かと言って、追い払おうにも、こちらから攻撃を仕掛ければ、それを口実に王都に本軍が侵攻してくるのは目に見えています。そうなっては王都も壊滅に近いダメージを負うのではと」


「なるほど、膠着状態というわけか。あいつも存外気の長い男だな」


 セフィリアは穏やかに目を細める。ぐるりとあたりを見回す。


「わたしが眠っている間に、ずいぶんと、やられてしまったな」


 防護結界はあちこちが綻び、砦の壁もひび割れ崩れかけていた。遠くリュグルスの軍勢が見える。国境ギリギリの位置に、陣を張っているらしい。


 あの位置からだと、セレナス街区へも睨みを効かせられる。強い魔力に晒され続けて、住民たちも気が気ではないだろう。友好の名の下、リュグルス兵たちが街を訪れてもいるようだ。


 セフィリアが国中に施した結界術も揺らぎ、国民の不安を映すように、魔力の流れも不安定になっている。


 セフィリアは深呼吸をして、笑みを浮かべる。


「──さて、治療しようか」


 穏やかな声と共に、あたりを白銀の光が包む。ふわりと、結界が修復されていく。


 兵士たちは、ただその背中に、彼女の放つ光に、この国の中心が戻ってきた、という確信を抱く。


「ああ、懐かしい。セフィリア様の光だ」

 誰からともなく、呟く声が聞こえる。


「ハルカ、兵の配置と防衛の再編を頼む。東が弱いな、第二第三部隊を回せるか?

私はこのまま街区へ向かう。住民もみんな、なかなか苦労しているようだね、街も整えてこよう」


 ハルカは一瞬目を見開いたが、すぐに力強く頷いた。


「ここの指揮は今まで通りハルカに任せる。リセル、ハルカの補佐を任せたよ──大丈夫、全て問題ない」


 彼女の声は静かだったが、確かに全軍に火を灯した。停滞していた流れが再び動き出すように、彼らはテキパキと動く。

 セフィリアの魔力が、存在が、そしてその的確な指示が、全ての流れを整えてゆく。


 朝の空には雲が流れていた。セフィリアはその空を一瞥すると、噛みしめるように呟く。


「……何も、変わらないな」


 セレナス街区へと向かうその足取りには、もはや迷いはなかった。背に吹く風は、重く澄んでいた。


 セフィリアがセレナス街区に足を踏み入れると、人々は一斉に彼女を振り返った。


「セフィリア様だ……!」


 驚きと安堵の声が小さく広がる。けれど、その中には冷たい視線も混ざっていた。


「どうせまたすぐ、どこかへ行ってしまうんじゃないのか」

「今さら何を……」


 信じたい者と、信じきれない者。街の空気は揺れていた。


 セフィリアはひとりひとりの声を受け止めるように、瓦礫に膝をつき、負傷者に手をかざす。光が生まれ、痛みが和らいでいく。


「ありがとう……!」


 泣きながら縋る子どもを抱き上げ、立ち上がったセフィリアは、次に「遠くから見ているだけの人々」を見つめた。


「私の力で全てを救うことはできない。でも、決して見捨てはしない」


 静かな声は街に染み込むように広がった。人々の表情が揺れ動く。感謝の涙を流す者もいれば、まだ疑念を拭えず顔を背ける者もいた。

 その両方を等しく見守るセフィリアの姿が、確かにそこにあった。


 街の灯がひとつ、またひとつと灯り始める。その光を背に受けて歩き出すセフィリアの足取りは、淡々としていた。


***


 彼女が城に戻ったのは、夜が過ぎ、空が白み始めた頃だった。


「セフィ……気がついたのね、セレナスに出てたって聞いたけど」


 部屋に戻ったセフィリアに、エレニアは躊躇いがちに声をかける。


「エリ、来てくれたのか」


「……ええ、あなたを裏切った私の顔なんて、見たくもないかも知れないけれど。

 わたしは、それでもあなたに会いたかった。もう一度会いたかったの。ごめんなさい」

 彼女は頭を下げる。


「やめてくれ、謝ることじゃない、エリは何も悪くない。──こちらこそ、エリはもう、臆病な私のことを見限ったのだと思っていた」


「もう、そういうのはやめて? 私のこと、恨んだっていいんだから。いいえ、あなたは恨むべきよ」

 エレニアは首を振る。


 しかしそれに応えるセフィリアの声はやはり穏やかだった。


「強がりなんかじゃない。本心だよ。──そもそも、先にお前の信頼を裏切ったのは私だ。

お前を失いたくないばかりに、何も見えていなかった。そのせいで、永遠に失うところだった」


「あなたは、やっぱり変わらないわね。でも私は変わった。……もう一度、友達になれるかしら」


 エレニアは躊躇いがちに尋ねる。

 セフィリアは嬉しそうに微笑んだ。


「ああ、きっとなれる。

 ──ところで、エリ、」


 セフィリアは言い淀む。視線が泳ぐ。


「その……もう、倒れそう、なんだ。全身が、痛い。治療を、頼めるかな。──私は寝る」


 エレニアは目を見開いた。


「……もちろんよ!」


 彼女は満開の花のような笑顔でそう答える。


 セフィリアが目を閉じると、エレニアはそっと椅子に腰を下ろし、微笑んだまま、静かに彼女の手を取った。 


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