第57話 ふたりきり
どれほどの時が経ったか。
しばらく黙っていたリヴェルが、静かに言葉を発する。
「ここは静かで、良いところだな」
リヴェルは改めて前を見る。
「でもお前は、また立ち上がるんだろう? ……俺は殺してやろうと思ったんだがな。死ぬことすらできないなんて、不憫な奴だ」
それを聞いてセフィリアは少し微笑む。本当に、その通りだ。その瞬間、セフィリアは初めて理解する。
私は、ずっとこの言葉が欲しかったんだ。励ましでも慰めでもない。自分のことをただ見てくれる、この言葉が──
「……ところでお前は、こんなところまで何をしにきたんだ?」
少しだけ力を取り戻した声で、リヴェルに尋ねる。
「お前に、会いに来たんだよ」
リヴェルは、そう応えた。なぜここに来たのか。彼は、掴みかねていたその答えが分かった気がしていた。
「私に?」
俯いたままセフィリアは、わずかに目を見開く。
「そうだ。たぶん初めて出会った時から、ずっとお前に会いたかった」
その時からきっと、彼女の孤独に惹かれていた。
リヴェルはゆっくりと立ちあがる。
「また、会えるか」
少し迷ってそう付け加えると、返事を待つことなくセフィリアに背を向けた。
(……待って!)
その背中に向けて、呼びかける寸前で、止まる。
(お願いだから、わたしをおいていかないで)
そう思ってセフィリアは、自分が咄嗟に思ったことに戸惑う。
わたしは今、何を言おうとした? こいつに? そばにいて欲しいと? 自分は一人きりだと、とうの昔に覚悟していたと言うのに。ああ私は、こんなにも弱いのか。
リヴェルは彼女の声を感じ取ったかのように少し立ち止まった。しかし彼は、振り返ることなく、そのまま現実世界へと戻る。
ひとり残されたセフィリアは、静かに目を閉じた。心の奥底で何かが軋む音がする。それが何なのか、自分でも分からない。ただ、微かに温かいものが残っていた。
***
リヴェルはふたりきりの寝室で、セフィリアの顔を見つめる。二人は窓から吹き込む春の夜風に包まれる。街の喧騒が遠くに聞こえた。
しばらくすると、彼は決心したようにすっと立ち上がった。二人を覆っていた結界を解き、部屋を出る。
廊下ではゼドがひとり、窓の外の空を眺めていた。
「どうだ、セフィリア様は?」
ゼドはリヴェルに気づいて声をかける。
「……お前たちは、あいつをこんなにしておいて、まだ戦わせる気なのか?」
リヴェルの声は喉の奥から絞り出るように低く、密度の高いその声は滲むように震えていた。ゼドはその問いを聞いてはっと目を見開く。
「あいつはどうせ言わないだろうから、代わりに俺が言ってやるよ。──お前たちのようなクズのために、身を削って働かせられるあいつが本当に不憫だ」
リヴェルは吐き捨てるように続ける。
「あいつがこんなに苦しんでいるのは、お前たちのせいなのに。お前たちはあいつをどこまで傷つければ気が済むんだ? ──俺の、セフィリアを」
考える前に溢れてくる言葉を、自分でも止めることができなかった。
セフィリアを裏切り、なお依存するウェルリスの人間に憎しみに近い感情が沸き出す。自分のものと思えないように迸る感情に、リヴェルは戸惑っていた。感情がこんなに、動くものとは知らなかった。
ゼドはリヴェルの苦々しげな表情を見て驚く。俺の、セフィリア。敵であるはずの彼が、ずっとそばにいたはずの自分たちよりもずっとセフィリアに寄り添っていることに愕然とする。
彼女に頼りすぎていたことに、失うまでまるで気付いていなかった。いや、気付いても見てみぬふりをして依存していた。そして、それに気付いた今も、彼女の力に縋る他ないのだ。
「でも、お前たちがそうさせたんだ。国を守るためにはそうするしかなかった。
それに、セフィリア様を殺そうとしたのはお前だろう?」
「……俺は、もう終わりにしてやろうと思ったんだ。だが、あいつは、こんなどうしようもないお前たちのことさえ見捨てるつもりはないらしい」
リヴェルは哀しげにそう言った。
「……助けるのは今度きりだ。次会う時は容赦しない」
来た時と同じように窓から出た彼の姿は、瞬く間に闇の中に掻き消えた。




