第55話 来訪者
「ライト、様子はどうだ?」
ゼドはセフィリアの部屋を訪れると、側に立つライトに尋ねる。彼は静かに首を振った。ゼドは、そうか、と短く応える。
ずっとこの調子だった。セフィリアは、変わらず一人眠っている。誰にも、どうすることもできなかった。
突然、ベッドの脇の開いた窓から強風が吹き込んだ。そのぬるい風の渦に、二人は思わず目を瞑る。
目を開くと、その窓には、黒衣の男の姿があった。リヴェルは窓枠に足をかけ、部屋の中を見つめる。
「貴様、何をしにきた」
リヴェルの姿を見て、ライトは右手に魔力を溜める。
「何をしに? ……本当に、こんなところに、俺は何をしにきたんだろうな」
リヴェルは小さな声でそう呟くと、さっと魔法をかけ、彼らを近づけないよう自分とセフィリアを結界で覆う。
リヴェル自身が一番、自分がこの場に来てしまったことに戸惑っていた。
彼女をこの手で殺すと、決断した。自らの手で彼女の命を奪ったつもりだった。しかし彼女が生きていると、生きて眠っていると分かったとき、彼女の元へと身体が向かうのを止められなかった。
彼はまだ、自分の感情の名前を、掴みかねていた。
「心配しなくても、君の大事な女王様に危害は加えないよ」
セフィリアが眠るベッドに腰掛け、目を閉じて動かないセフィリアを静かに見る。
この感情は、安堵か? それとも後悔か? 周りに人がいることを忘れたかのように、彼女の顔を静かに見つめ続ける。
「お前には、治せるのか?」
そんなリヴェルの哀しげな瞳を見て、ゼドはリヴェルに声をかける。隣のライトは、驚いてゼドの方を見た。
「ゼド様、なんのおつもりですか。こいつはセフィリア様を──」
咎めるライトを制して、彼は続ける。
「手は尽くしたつもりだが、我々にはもう、手立てがない」
「そうだろうな」
リヴェルは肩をすくめる。
「我ながらあの薬の出来は完璧に近い。こいつには解毒されてしまったようだが、本来そのようには出来ていない」
リヴェルは淡々と応えるが、ゼドはリヴェルの言葉は意に介さない。
「望むなら、我々は席を外そう」
まっすぐにリヴェルを見る。
「俺を、こんなところで放っておいていいのか? 君たちの女王様を、跡形もなく壊してしまうかも」
リヴェルはおどけたように応える。
「今のお前は、そんなことはしない」
ゼドはそう言いきり、リヴェルの目を強く見つめる。数秒そのまま見つめ合っていたが、リヴェルの方からふっと目を逸らした。
ゼドはライトに目配せして、静かに部屋の扉を開く。ライトはゼドに促され、渋々部屋を出た。
部屋に二人きりになると、リヴェルはセフィリアに向かって囁く。
「全く、お前がこんなに無防備に寝ているなんてな、俺が来たことにも気づかないなんて」
セフィリアはこれまでに見たことのないような穏やかな顔で眠っている。
「このままお前を連れ出してやろうか。誰の手も届かない場所で、俺だけのものにしてやろうか」
言いながら、ふっと笑う。
「なんて、そんなことはできないけれど」
小さく息を吐くと、リヴェルは、セフィリアに手をかざし、顔をしかめながら、セフィリアに自分の魔力を注ぐ。
セフィリアの心は、まだ固く閉じていたが、リヴェルの魔力に触れると少しずつ、開き始めた。
そうか、お前は、俺に見せてくれるのか。リヴェルは初めて、彼女の心に触れる。
その瞬間──
世界が、消えた。




