第54話 新月の夜の囁き
「エレニア様、お話が」
「何?」
ゼドはエレニアに、眠るセフィリアについて伝える。話を聞いたエレニアは目を見開いた。
「セフィが!? 生きているの?」
「はい。様子をご覧いただけますか?」
「ダメよ、私は合わせる顔なんてないわ。もう二度と会わないと、決めたんだから」
エレニアは首を振る。
「しかし、エレニア様のお力が必要です。意識が、どうしても戻らないのです。どうか治癒術をお試しいただけませんか」
頑なに拒絶していたエレニアだったが、ゼドの説得に負け、彼女は渋々、セフィリアの元へと向かう。
部屋に入るエレニアを、ライトが出迎えた。彼女の部屋に入る瞬間、肩が震える。
セフィリアは、ベッドの上で静かに眠っていた。エレニアは、ゆっくりと、近づく。震える指を、硬く握りしめる。
目を閉じたセフィリアの顔を正面から見る。エレニアは閉じそうになる目を開き、そっとそのベッドの傍に跪いた。彼女の手に光が宿る。これまで、何度もしてきたように、セフィリアに治癒術を施す。
しかしエレニアは首を振った。
「……ダメね、魔力が一つも通らない。意識を呼び戻そうにも、完全に閉じられているわ」
エレニアの魔法は全て、拒絶されるかのようにセフィリアには届かなかった。誰が試しても同じ。どのような干渉も叶わない。彼女に、触れることすらできるものはいなかった。
ライトは落胆する。
「エレニア様でもダメですか。どうすれば、意識が戻られるのでしょうか。セフィリア様はいつまでこのまま……」
彼は心から、セフィリアの回復を祈っていた。献身的に看病し、時間の限り彼女のそばに控えている。しかし彼女には、全く目覚める素振りはなかった。
エレニアは改めて、眠るセフィリアの顔を見る。
「……見たことないような穏やかな顔をしちゃって。あなたは、やっと解放されたのかしら。裏切った私なんかには、触れられたくないって?」
エレニアはふたりにだけ聞こえるくらいの声で囁く。
「エレニア様、何か、おっしゃいましたか?」
ライトは不思議そうに尋ねる。
「……いいえ、何もないわ。身体の方は無事のようだから、回復を待つほかないかしらね」
彼女は静かに、眠るセフィリアを眺め続けていた。
***
新月の夜。セフィリアの眠る部屋を、エレニアは一人でそっと訪れた。ベッドの隣に腰掛け、顔を見る。彼女は相変わらずじっと眠っている。静かな呼吸の音が部屋に響く。
「セフィ」
エレニアは、囁くように呼びかける。
「ごめんなさい、私は何も分かっていなかった。分かったつもりになっていただけだった」
セフィリアは動かない。
「きっとあなたは、こんな私のことも許すんでしょうね」
エレニアは深いため息をついた。月明かりのない部屋の中に、彼女の囁きだけが満ちている。
「そんな綺麗なあなたのことが、大嫌いだった。でもそんなあなたの美しさが、私は大好きだったのに」
許されないことをした、そう思っていた。
「自分であなたを裏切っておいて、虫のいい話だけれど、あなたがいないと、やっぱり寂しいわ。もう、戻ってきてはくれないかしら。
──でも、もう一度だけでも、会いたい。あなたの声が聞きたい」
返事はない。エレニアはセフィリアの手を取る。暖かかった。
「私は、国ために戦うわ。あなたが守ったこの国のために」
例えセフィリアに許されることがあろうと、自分は自分のことを許せないだろう、と思っていた。
今は、自分の果たすべき使命を、まっとうするしかない。それだけが、今の彼女にできることだった。




