暗殺者の逃避行8 「それがおたくの敗因だ」
「ひゃっほうでぇぇすぅ!!!!」
“結ブ紫箭”の紐を持ってココアは穴にダイブする。
バンジージャンプのように落下してはそのままの勢いで戻ってくる。
「おい、落ちるだけじゃなくてちゃんと確認しろよ」
「分かってるです」
何度かそんなやりとりをしながら捜索を続けていると、
「なんか穴が空いてるです!!」
穴の下からココアの声が響く。
俺とナユタは目を合わせる。
「ちょっくら降りて確認してくる」
「ああ」
俺はココアが掴んでいる“結ブ紫箭”の紐を伝って下に降下する。
一時的とはいえ完全にナユタから目が離れるわけだが、俺の推測が正しければ問題ないだろう。
下に降りた俺は先へ続く道を確認する。
「これだな。ココアはここで待機だ。大声出して道が崩れたらいけないから俺が良いって言うまで静かにな。地面も脆いかもしれないから何か落ちてきたら上手い具合にキャッチしてくれ」
ココアに言い聞かせるとココアは両手で口を塞ぐ動作をしてコクリと頷いた。
そして俺は“結ブ紫箭”の紐を縮めて上に戻った。
「どうだ?」
「ああ。間違いなく先への道だ」
「なら急いで降りよう」
「ああ。だがその前に解決しなきゃいけないことがある。なぁグレンさんよ」
俺の声が洞窟に響く。
するとグレンの姿が朧げに現れてきた。
「グレン……」
「久しいなイチ」
互いに睨み合うナユタとグレン。
やがてナユタの鋭い睥睨は俺へと向けられて、
「これはどういうことだ?」
「俺とこいつに接触があったのはココアから聞いていると思うが、実は俺はおたくの持っている金庫を開けるよう頼まれてたってわけだ」
「ほう。だが私が素直に箱を渡すとでも? 今ここで二人を相手にしても構わないが、如何する?」
俺はグレンに目をやるが、向こうはあまり乗り気じゃないようだ。
俺とグレンが手を組んでも勝てないくらいにナユタは強いのだろう。
「いや、まだ死にたくないから止めておこう。てかそんな必要もないしな」
俺は懐から箱を取り出した。
ボロボロの木箱にナンバーロックが取り付けられている。
「それは……」
ナユタは自分の持っている木箱を確認する。
力強く握ると箱はあっさり壊れてしまった。
「偽物……いつの間にすり替えて……」
「おいおい、俺が堂々と箱に触ったのは一回だけだぜ?」
ナユタは脱衣所でのことを思い出したのかハッとした。
しかしそれからすぐに首を傾げる。
「いやそれはおかしい。貴様が箱に触れたのはあの時だけ。つまりすり替えが行われたとすればその時しかありえない。だがこれほどまでに精巧な偽物を用意する時間はなかったはず」
「偽物を用意するくらい造作もない」
「……だがそこからどうするつもりだ? 番号が分からなければ意味がない」
グレンの視線が俺に突き刺さる。
解除番号の四桁が分からなければ、箱を奪ったとしても肝心の中身が手に入らない。
「ジャックドー・シーカー……番号が間違っていた場合どうなるか分かってるだろうな?」
グレン一人だけなら俺とナユタで組んで倒すことはできるだろう。
だが戻らなければ獄塾に報告するよう【傷】の連中に伝えているはず。
となればここでグレンを殺せば俺も獄塾に追われる身となる。
「番号はアラヤが付けたものを使っている。つまり私の出生や生い立ちとは無縁の四桁。当てられるはずもない。私の記憶でも覗かない限りな」
「…………俺はアラヤという人間をよく知らない。そんな奴が付けた番号の意味なんて分かるはずもない。だが、その番号に意味を与えられる人間が一人いる」
俺は一番左のダイヤルを『1』に合わせた。
「ナユタ……おたくは言ったな。アラヤの指定した場所に金庫と化した箱があったと。つまり解除番号も残していた。それはアラヤがナユタに残した唯一のものだ」
左から二番目のダイヤルを『0』に合わせる。
「なんの意味もないはずの四桁。おたくはそれに意味を持たせてしまった。獄塾から抜け出してから変わったこととはなんだ? 宝具、服装、才覚…………名前」
三番目のダイヤルを『6』に合わせる。
「誰かに何かを与えられることのなかったおたくにとって、名前をもらうというのは大きな意味を持つ。番号を知られるリスクを冒してでもだ。おたくは獄塾を抜けて人間らしい感性を得た。そしてそれが――――」
最後のダイヤルを『0』に合わせる。
「おたくの敗因だ」
ガチャリと解放される音がなる。
木箱は崩れ去り、宝具が地面に落ちて中からカードが一枚出てきた。
『1060』……十の六十乗――――つまり、那由多。
「はいよ。お目当てのもんだ」
俺はカードをグレンに渡す。
グレンはカードを確かめて、
「確かに本物だ。もしイチが持っていなかったらとヒヤヒヤしたが、安心したぜ」
「じゃあ条件通り……」
俺は腰に携えた十二本のうち、緑の矢柄をした矢を取る…………のではなく背中の矢筒から一本抜いて番た。
鏃はナユタに向けられている。
「口封じしなくちゃいけなくてね」
「それはっ――――」
ズドンと弓とは思えぬ重い音が響く。
矢は確実にナユタの左胸に突き刺さり、よろめきながらナユタは穴へと落ちていった。
「うぎゃぁあああああああ!? ナユタが落ちてき――――」
下からココアの声が響く。
「叫ぶなって言ってんのに……」
俺はココアに呆れる素振りを見せつつグレンと向き直る。
「これで満足か?」
「まだだ。一応死体も確認しないとな」
「そうかい。んじゃ降りるか。言っとくけどあの紐は一人しか降りられないから順番な」
俺は“結ブ紫箭”の紐を持って下に降りる。
俺が下から声をかけると、グレンが“結ブ紫箭”で下に降りてきた。
下には両手で口を押さえるココアと、心臓部に矢が刺さったナユタが横たわっている。
グレンはナユタの口に手を当て、光を当てて瞳孔を確認し、脈を確認して検死する。
「マジで死んでやがんな。なんの躊躇いもない射撃……どうだ? お前も暗殺者にならないか?」
「冗談はよしてくれ。もうこれ以上おたくらに関わりたくない」
「だろうな。そんじゃ約束通り俺らは撤収してやる」
「そいつぁ良かった。帰るなら先へ進むよりも来た道を戻ったほうがいい。冒険者からのアドバイスだ」
「そうさせてもらう」
「あとこれ。念のため渡しとく」
俺はグレンにメモを渡す。
そのメモを読んだグレンは驚いた表情で俺を見た。
「お前……なかなか厄介な人脈を持ってんだな。獄塾としても俺個人としても、これ以上お前に関わらない方が良さそうだ」
グレンは“結ブ紫箭”の紐を使って上に上がった。
しばらくして俺は胸ポケットから一枚の羽を取り出した。
濡羽色の羽を宙に投げると烏の姿へと変わった。
俺が最初に契約した生物型宝具“八咫烏”。五感を共有することができるが、その間俺自身は動けないという完全偵察用宝具だ。
“八咫烏”は空を飛んで周囲を滑空。
グレンが来た道を戻っているのを確認すると、“八咫烏”は俺のところに戻り再び羽へと戻った。
「よし……もういいぞ」
俺が声をかけると、先へ続く道から一人の少女が姿を現す。
後ろで束ねられた綺麗な黒髪、桜色の絹織物と紺色の袴、そして腰に携えた二本の刀。
「不思議な気分だ。確かに殺されたはずの私が生きているのもそうだが、私そっくりの死体が目の前に転がっている」
「さて、これでおたくは獄塾から解放された。洗いざらい話してもらうぜ。おたくに知恵を貸した協力者は誰だ?」
ナユタはグレン達に自分の居場所をリークしていた。
俺達がギルドで出会ってから襲撃まではずっと行動を共にしていたから居場所をばらす時間はない。
つまり接触前に居場所を伝えていた事になる。
だがナユタは俺と出会った時、明らかに様子を伺っていた。
俺がいることは半信半疑の状態。
「その状況を踏まえ俺はこう考えた。俺に会うことも、自分の居場所をリークしたのも第三者の指示。つまり他に協力者がいる。そいつは一体誰だ?」
「……分からないというのが答えだ。酒場の店主が私に一枚の文書を渡してきた。店主はフードをかぶった客からだと言っていた。そこに『ペガスス』のギルドにパーティーメンバーを募集する黒髪の弓兵がいることや、居場所をリークしてその男を巻き込めば私が裏切らない限り必ず助けてくれるだろうと書かれていた」
半信半疑でギルドに向かったら本当に俺が居たから計画に乗ることにしたのか。
俺を観察していたのは本当に助けになるのかどうか見定めるため。
「それはいつのことだ?」
「ジャック達に会う前日のことだ」
疑問は多くある。そいつはなぜナユタのことを知っていたのか、なぜナユタを助けようとしたのか、なぜ俺がギルドでパーテイーメンバーは募集することを知っていたのか、なぜ俺がナユタを助けると思ったのか、そいつはどこまで見通していたのか…………。
だが今の情報だけでは何も分からない。
何か目的があるなら今後も接触するはずだし、一旦保留にしておこう。
「んでこれからどうする? 俺的にはおたくの力を借りたいところだが……」
ナユタは俺が求めている条件に近い人材。
俺が暗に出したメッセージや布石を読み取れる理知的な思考、上級冒険者なだけある高い戦闘力。
殺人衝動もとりあえずは自制できるようだし、本人がいいならパーティーに欲しいところだ。
「……ありがたい話だが、ジャックはいいのか? グレンは勘違いしたようだが、私は現に生きている。また獄塾に狙われる可能性も……」
「あーその心配はない。ちょっとデカい名前を使わせてもらったからな」
あの性悪魔女の名前を借りるのは癪だが、獄塾も魔女や冒険者協会、憲兵団とはことを構えたくないだろうし、俺の周りを嗅ぎ回ることはないだろう。
「だがおたくが死んだという事実はいる。冒険者協会に死亡届を出す以上、名前は変えないといけないし今の上級冒険者の称号も捨てないといけない。宝具は一時的に協会に返還しないといけないが、それはまあ取り戻せるようにしておく」
「それは構わない。名前も……名残惜しいが大丈夫だ」
「なら歓迎するぜ。えっと…………名前どうする?」
「名か……」
少女は目を閉じて数分考えこんで、
「セツナ……私の名はセツナだ」
「おたく……それって」
アラヤが獄塾に行くきっかけとなった妹の名前。
「アラヤが私の為に捨てざるを得なかった使命を、大切な兄を奪ってしまった私はセツナの夢を引き継ぐ義務が私にはある。ならばセツナの名で特級冒険者になり、ブラックタグを墓場に添えて初めて私は過去から解放される」
「義務か……自分のやりたいことを見つけるのはまだまだ先になりそうだな」
「そんなことはない。今しがた私のやりたいことを見つけたところだ。責務は同じ通り道にあるに過ぎない」
ナユタ改めセツナは俺の目の前で片膝をついた。
「ジャックに救われたこの命、忠義の為に尽くしたい。ジャックは冒険者序列の上を目指し、復讐を遂げるのだろう? ならばその力になりたいというのが私のやりたいことだ」
「そいつぁありがたい。だがこうも下から来られると変な感じだな。忠義なんて大層なものを感じる必要はないし」
「ならば友として支えさせてもらう。これならどうだ?」
セツナは立ち上がり手を差し出した。
対等な友好な握手を求められ、俺はそれに応じる。
「ま、それなら。これからよろしく、セツナ」
「ああ。ココアも宜しく頼む」
「おおんがぇす」
両手で口を塞ぎながらモゴモゴと喋るココア。
「いやもう喋っていいよ」
「プハー! よろしくですナユツナ」
「ごっちゃになってるぞー」
こうして殺人衝動持ち暗殺者が仲間になった。
次に仲間が入るなら、是非とも普通の冒険者であって欲しいものだ。
◆◆◆
とりあえずひと段落付き、俺とココア、そしてセツナはデウカリ山脈を抜けるため洞窟の中を進んでいた。
「一つ聞かせてもらいたいのだが、どこで番号の確証を得たのだ? ジャックの言った通り、「1060」の名は番号から取ったものだが、確率は一万分の一。可能性はあっても確証はなかったはずだが?」
「んなもん必要ない。俺が欲しかったのは箱の本体とそれっぽい理由だ」
俺の“識の魔眼”や<創造の宮殿>、“エクディキス”についてセツナに話した。
今回の件、一連のシナリオはこうだ。
セツナは第三者の協力者がいた。
そいつに何をどこまで聞いたか知らないが、少なくとも信頼しているのか縋るしかなかったセツナは俺に頼って大丈夫かどうか調べはするも基本的には俺の作戦に乗るというスタンスのはず。
偽の死体も偽の木箱も俺が<創造の宮殿>で生み出したもの。
小さいサイズとはいえ数日間木箱の存在を維持するのは流石に魔力を持っていかれたが、セツナが防衛本能に任せて戦闘にならず助かった。
グレンの宝具が姿を隠すタイプだと断定出来てもその詳細が分からない以上、俺かナユタは常に監視されていると考え、上でグレンの姿を現させて確実に穴の下にいない状況を作り出す必要があった。
先に“結ブ紫箭”で降りた俺はナユタの死体を<創造の宮殿>で作り出し死体を偽装する。
俺とグレンで時間差を作るために、“結ブ紫箭”の紐は一人専用と嘘をついた。
実際は数人で掴まっても問題ない強度はある。
<創造の宮殿>で死体を作るために必要な素材。
外見は脱衣所で裸を確認し、体の感触などは謝罪を称したマッサージで把握した。
そして、グレン監視下でセツナにこの計画を伝える為にいくつか布石を打った。
最初の布石は“癒ス緑箭”の存在。
絶対に殺せずあらゆる傷をも治す矢の存在。
その矢のことは監視していたグレンも知っているはず。
もし俺がその矢で射抜けば殺す気がなかったとバレてしまう。
だから俺は背中の矢を番た。
背中の矢はなんの効果もない普通の矢。
だからこそグレンは殺す気だと思い、セツナは後で“癒ス緑箭”によって治される手筈と思った。
だが心臓を射抜かれたセツナだから気付くことがある。
自分の体に刺さっているのは“癒ス緑箭”だということ。
セツナは落下中に第二第三の布石に行き着く。
俺の「偽物を用意するくらい造作もない」というセリフで偽死体を、「口封じしなくちゃ」というセリフでココアの口を塞ぐという指示が伝わる。
グレンの宝具がどういうものか分からないが、上で姿を表している間は下の様子は目視しかない。
グレンが覗き込むまでの数秒でセツナはココアを黙らせて姿を消すくらい余裕だ。
ココアの叫び声が途中で途絶えたのは余計なことを言わないようにセツナが黙らせたからだが、セツナが生きていると知らないグレンはココアが俺の言いつけを思い出して静かにしたと認識する。
仮に下で俺がココアに静かにするよう言いつけたことを知らなかったとしても上で説明すれば済む話だ。
これが俺脚本のシナリオ。
見事に演じきってくれたセツナは当然ここまで察している。
俺の魔法や宝具について知り足りないピースをはめ込んだというところだ。
そして、彼女が気になっているのは俺がどうやって“万能錠”の解除番号を確信したか。
答えを言うと確信の必要はない。
「グレン達は箱の中身が何かを知らない。状況証拠から“メモリーカード”はおたくが持っていると思っているだけだ。ってことは中身は何でもいいわけだ。そこでこれを用意した」
俺はポケットから折り畳んだ紙をセツナに見せる。
「これは……手紙?」
「俺がセツナの話からアラヤの人間像を想像して代筆したおたくへの手紙だ。もし番号が違ってた場合、偽箱を創り出してそいつを仕込む。グレンからしたら箱を開けた中身はアラヤがおたくに向けて書いた手紙が入っていると勘違いするわけだ」
番号が違った場合、肝心の箱本体は“万能錠”の能力で消滅するから証拠は残らない。
あとはシナリオを進めるのみ。
「まさか、半日ほど姿を消していたのはこれを用意するためか?」
「そゆこと。グレンが監視しているのが俺かセツナか分からない以上、堂々と手紙を書くわけにもいかないからな。いろんなルートでいろんなやつを経由して用意した。時間がかかったのはそのせいだ。たった紙一枚書くのに結構金使ったんだからな。その分しっかりと働いてもらうぞ」
「勿論だ。期待に添えるよう精進しよう」
晴れてちゃんとした仲間になった俺達は互いの宝具や才覚についての情報を交換しながら、デウカリ山脈を抜けて無事にヴェルト連合常任理事国である『アクエリアス』に辿り着いた。
お読み頂きありがとうございます。
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