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暗殺者の逃避行7 「疑ってんだろ?」

 洞窟の中の開けた場所でテントを張って野営する。

 “刻読(ときよみ)の才”からして、外はもう月が高く上がっている頃合い。


 魔石灯を無駄に消耗したくないので、灯を消して“暗視の才”が使える俺とナユタが交互に見張りをすることになった。

 と言っても“安息(あんそく)の才”を持つ俺は眠らずとも目を閉じて座っているだけで十分な睡眠を取るのと同等の休息が出来る。

 もちろん才覚にも限度はあるが、一週間程度ならまったく問題ない。

 

 加えて“犀利(さいり)の才”で五感を敏感にする。

 この才覚は感覚が研ぎ澄まされすぎて身体中むず痒くなるからあまり好きじゃないが僅かな物音、気配すらもしっかりと捉えることが出来るから、自身に向けられた才覚の効果を無効にする“擯斥(ひんせき)の才”を持たない魔物相手の見張にはうってつけだ。


「問題ないか」


「うひゃぁっ!?」


 “擯斥の才”の効果で、俺の“犀利”のセンサーに引っ掛からなかったナユタがテントから顔を出して小声で俺に声を掛ける。


 顔が近いとはいえ普段ならなんてことないが、感覚が敏感になっている今の俺には、その甘く囁くような声かけはマジでやめてほしい。


「な、なんだよ……心臓止まるかと思った」


「それはすまない。少々寝付けなくてな」


「アネクメネで野宿するのが初めてってわけじゃないだろ。ココアを見ろ。我が家のように爆睡してるぞ」


 いつ襲われるか分からない状況であそこまで無防備に寝るのは逆にどうかと思うが。


「脅えや緊張で寝られないわけではないんだ。その……なんだ、あまり大きい声で言えない事情があってだな」


 モジモジと歯切れの悪いナユタ。

 普段の凛としてハキハキとした声が、言葉が詰まり色の薄い声に。


 トイレ……なら勝手に行くだろう。

 冒険者なら外で用を足すことに躊躇しているとは考えにくい。


 “暗視の才”で白黒になった視界で見たナユタは、新しいおもちゃで遊ぶのを我慢している子供みたいに奮い立つ何かを抑えているようだった。

 モジモジとしつつ、元の大人びた雰囲気が相まって凄艶さが増している。


 まさか、女子特有のアレか!?

 いやでもイライラするとは聞いたことあるけど、発情するなんてあるのか?

 だが違うとしたらナユタは何で昂ってるんだ?


 疑問はあるが、触れ辛い感じなだけに直接は聞きにくい。

 ここは当たり障りのない返しをしておこう。


「その……なんだ。理解が乏しくて悪いが、無理はするなよ」


「おそらく貴様は誤解しているが、私のこれは職業病みたいなものだ。私は標的含め多くの人を手にかけてきた。そのせいか、一度斬ってしまうと無性に血を求めてしまうんだ」


 何それ怖っ。

 

「マジで急に斬りかかるなんてやめてくれよ。いやホント、マジで」


「それは問題ない。アントバッドは手応えがあまりなかったからか、普段より落ち着いている。しかしなかなか眠りに落ちなくてな」


「それで寝れるまで話し相手になれってか?」


「何かして気を紛らせないと余計に落ち着かなくなってな。悪いが少し付き合ってくれないか?」


「まあいいけど」


 この感じだと魔物が襲ってくることはないだろうし、退屈凌ぎになるなら世間話に付き合ってもいいだろう。


「ジャックは何故冒険者になったのだ? その洞察力と対人においての戦闘能力。私が思うに、貴様は憲兵の方が向いていると思うのだが」


「探してる奴がいるんだ。そいつは故郷を焼き払い、両親友人を殺した。そいつを追えるなら何でも良かったんだが、自由に行動できて、尚且つ情報の流れがいいとなると冒険者が最適だと思った」


「復讐……それが貴様の原動力と言うわけか」


「見苦しいか? 人生のほとんどを復讐に費やしているのは」


「そんなことはないさ。ただ少し羨ましいと思っただけだ」


 静かに呟くナユタ。


「私はやりたいことも、やるべきことも何もない人生を生きてきた。言われるがままに獄塾に行き、言われるがままに本館で人を殺し、今ではアラヤに言われただ生きる為に行動している。目的を持って生きる。そんなことをしたことがない私にとって、たとえ憎悪にまみれた復讐すらも羨ましく思える」


 ナユタは家族と同等に慕っていたアラヤを殺されても、復讐心を抱く価値観を持っていない。

 獄塾から逃げているのもアラヤが自由に生きろとそう言ったからだ。

 その言葉が無ければ、彼女は本館にいたか、早々に生を諦めていただろう。


 目的なき自由は不自由と同意だ。


 苦行の末に心が折れそうになった俺にシャーリーがくれた言葉だ。

 何をすればいいか分からない、何をしているのか分からない、何をしても楽しくない、何をしても満たされない。

 それは何も出来ない不自由と同じ。


「何かしたいこととかないのか? 将来の夢はお嫁さんになる♪みたいなの」


「貴様の中で私はどんな印象なのだ一体」


「冗談はさておき、今まで心が踊るようなこととかなかったのか? 明確な目的を持ってる奴なんて少数だ。じゃあそいつらにとって目的って何かといえば楽しいことや満たされることだ。恋人と過ごす、美味しいものを食べる、綺麗な景色を見る、何かを作る。漠然としたものでいいんだ。閉鎖された獄塾でもアラヤにいろいろ教えてもらったんだろ?」


「強いて言うなら斬っている時が一番気分が高揚しているな」


「それは強いて言わないでくれる?」


「筋繊維が切れていく感触など堪らない」


「それは堪ってもらえる?」


 こんな殺人鬼を冒険者にした奴の顔を見てみたい。


「まぁ、目的を見つけることが目的ってことで冒険者は向いているのかもな」


「どういうことだ?」


「いいか? 何をすればいいか分からない不自由と、何も出来ない不自由。この二つの唯一の違いは選択の自由が有るか無いかだ。だったら何でもやればいい。冒険者は依頼を受けて活動する。依頼内容は多種多様。どんな依頼を受けるかは運と気分次第。これほど別方向の経験を積める職はない」


「そう、だな。私が過去から解放されたら生きる目的などゆっくり探すとしようか」


 洞窟の中で風の抜ける音と、ポツリポツリと喋る俺たちの声が響く。

 結局、俺とナユタは睡眠をとることなく時間が過ぎた。



「おいココア、起きろ」


「ふぁ〜ぁあ……まだふわふわしてるです」


 ココアの身体を揺らして起こすと、いつもと違った覇気のない返事が返ってきた。

 顔を洗う場所などないので、ココアには自力で意識をはっきりしてもらうしかない。


 十数分後、俺たちは先へと進んだ。

 少し前の眠そうな感じはどこに行ったのか、ココアは鼻歌を歌いながらガンガン前に進んでいく。

 聞いたことのない曲だが、知性が子供ながらの創造性が生んだオリ曲だろうか。


「っと、ココア。そこから先、足元気をつけろよ」


「足元ですかぁぁっ!?」


 言いながらココアの足が地面に埋まる。

 咄嗟に反応した俺とナユタがココアの手を掴んでそれ以上落ちる事はなかった。


「下がペリってなって体がクワッときたです……」


「スマン、もうちょっと先と思ったんだがな。ここから先は地面が空洞になってる箇所がいくつかあってな、天然の落とし穴がそこいらにある」

 

 魔石灯の光があたりを照らす。

 地面にはいくつか穴が空いており、地面として残っている部分も今にも崩れ落ちそうになっている。


 ココアを最前線に立たせていた理由。

 俺の虚界による状況判断やナユタの速度によって身についた反射神経ならココアに何かあった時即座に反応できるし、ココアの頑丈さならある程度のトラブルは耐えられる。

 言い方を考えずに言えばココアの頑丈さは最強の盾になり、異常を察するセンサーにもなるわけだ。


 この場所の場合、地面が崩れ落ちてもある程度の高さなら冒険者よりも頑強なココアなら問題ないだろう。


「どうやって進むですか?」


「地図に安全なルートが書いてたりしないのか?」


 ナユタが地図を覗こうとする前に俺は地図を畳んで、


「……いや、残念だがそこまで細かくは書いてないな。それに先へ続く道は穴のどれか一つにある。つまり既に空いている穴を一つ一つ確かめなきゃならない。あぁ俺が安い地図を買ったばっかりに……」


「安いのは貴様の芝居だろう。こうなることを分かっていたように見えるが?」


「ソンナコトナイデスヨ……まぁ俺が分かってようがなかろうがどうでもいいじゃねぇか。先へ続く穴があるのは本当のことだし」


 ナユタは当たりを見渡す。

 魔石灯の光がギリギリ届く程度で見え辛いが少なくとも壁には道らしきものはない。


「嘘ではないようだな。ではどうする? 手分けすか?」


「んにゃ一緒に行動しよう。その方が互いに都合がいいだろ?」


 俺はナユタの表情を確認するが、ポーカーフェイスは常套なようだ。


「なんのことだ?」


「疑ってんだろ? 俺が獄塾と繋がってるんじゃないかって。どうせ風呂場でココアに聞いたんだろ?」


「肝心なことは何も知らないようだったがな。だが接触しているという事実とここに来るまで襲ってこないことを見るとなんらかの取引が行われていると疑っても仕方がないだろう?」


「そりゃそうだ。そしては俺もおたくを信用しきっちゃいない。だからこそ行動は共にだ。その方が監視しやすいしな」


「……貴様がそういうのであれば従おう。で、如何様に道を確認する? 穴によってはかなり深いものもある。目視では限界があるぞ。どうしても一旦降りる場面が出てくるわけだが、縄らしきものを持ってきているのか?」


「んにゃ、これを使う」


 俺は腰に装備している十二本の矢の内、紫色の矢柄の矢を取り天井目掛けて射る。

 天井に刺さったやから俺の手に向かって紫色の紐が伸びた。


 “結ブ紫箭(ポルピュラ)”――鏃から付け外しも伸縮も自在の紐を伸ばす矢だ。


 俺が紐をグッと引っ張るが、切れる様子もなければ矢が天井から外れる様子もない。

 しっかりと固定された命綱となっている。


「よっと」


 俺は穴に飛び込む。

 落下ではなくゆっくりと降下していく。

 

 穴の中を一通り確認して道がないことを確認する素振りを演出した後、俺の体はゆっくりと上昇していく。

 

「とまあこんな感じで降りて確認する」


「なんか楽しそうです! ココアもそれやってみたいです!!」


「はいはい。また後でな」


 俺が紐をくいっと軽く引っ張ると、今度は天井に刺さった矢が外れて紐につられて俺のところに戻ってきた。


「付け外し自由にして伸縮自在。貴様の宝具は利便性が高いな」


「まあな。んじゃ時間も惜しいしとっとと探すか」


 俺達は先へ続く道を探す。

 結末の時間は刻々と進んでいた。

お読み頂きありがとうございます。

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