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暗殺者の逃避行6 「絶対殺せない矢だ」

 ヴェルト連合常任理事国の一つ『アクエリアス』に向け南へと進んだ俺達。

 アネクメネをなるべく通らない道なら馬車で進めるが、今回は獄塾から逃げるという名目上アネクメネを徒歩で渡る形になる。

 すでにアネクメネに入っているが、見晴らしのいい平原で魔物の存在は見えない。

 鼻歌を歌いスキップで進むココアを見ていると普通に散歩している気分だ。


「朝出て行くなり昼時まで姿を見せなかったが、一体何をしていたんだ?」


「別に。そんなことより今後のルートについて移動しながらだが説明するぞ」


 俺は地図を広げてナユタに見せた。


「この平原を抜けると『ペガスス』と『アクエリアス』の国境線となるデウカリ山脈に当たる。山の隧道(ずいどう)を通って『アクエリアス』国内に入るわけなんだが……」


「魔物の遭遇率も高くなる。それにあまり視界が悪くなる場所は獄塾の追手も警戒しなければならない。迂回するか?」


「いや、おそらくだが俺達がすでに出発しているのは連中も気が付いているはず。地の利を活かし撹乱する為にも隧道(ずいどう)を通るルートの方がいい。元々は山を越えるために作られたものだが、魔物が住み着いて広がったせいで今では立派な迷宮。複雑な地形な分、奴らも追跡は容易じゃない。加えて魔物も対処しなければならない。連中がどれほどアネクメネや魔物に関する知識を持っているかは知らないが、少なくとも【傷】の連中の実力なら魔物相手じゃ厳しいだろう」


 ま、監視はともかく襲ってくることはまずないだろう。

 遠くを見る“遠視(えんし)の才”で見渡すが獄塾らしき人影はない。

 

 だが必ず監視しているはず。

 俺がギルドに逃げ込んだ時、出入り口を監視していたがグレンの姿はなかった。

 にも関わらずギルドで話しかけてきたと言うことは、最初からそこにいたと言うことになる。


 しかし奴は俺と子供擬き暗殺者のやりとりを詳しく知っていた。

 俺が“擯斥の才”を持っていることを考えると才覚はまず無いだろう。

 

 考えられるは二つ、ギルドから見ていたか現地にいたか。

 前者なら獄塾塾長の持つ“天眼鏡”と同じ系統の宝具持ち、後者なら姿を消すか“フォールダイバー”のような何かに潜むタイプの宝具持ち。


 宝具のセオリーから考えて、監視タイプの宝具はなんらかの能力発動条件がいる。

 俺やナユタでその条件を満たしたとは考えにくい。

 とならば【傷】の連中で条件満たした。


 だが今現在【傷】の連中らしき陰はない。

 アネクメネから移動しようとしているのに止める素振りもない。

 それを考えると、グレンは時間になればいつでもどこでも俺たちと接触できる。


 つまり、姿を消すタイプの宝具所持者。

 『ペガスス』のギルドは人で賑わっていた。

 あの喧騒と人混みなら人が突然出てきたとしても気付かれないだろう。


 現場には姿を消して監視し、姿を消したままギルドに入る。

 襲撃時点ではまだ利用価値よりナユタとの協力関係の方が怪しかった俺を殺さなかったと言うことは、“フォールダイバー”同様、姿を消している間は何も出来ないと考えていいだろう。



「俺達の目的は探索じゃないからすでに確立されたルートを使う。水脈につながるルート、足場の脆い登りルート、歩きやすい遠回りルート。今回通るのは三つ目。歩きやすい分強い魔物が生息しているが、俺達なら問題ないだろ」


 地図を指でなぞりながら進む道を説明する。

 どのルートを通ったとしてもいずれは同じ場所に辿り着くわけだが、ナユタの実力を測るためにも丁度いいだろう。


「中でキャンプしながら行くとして……順調にいっても二、三日かかるだろうな。我慢できず暴走して斬りかかるとかはやめてくれよ」


「……善処しよう」


「善処かよ。否定しろよ」


 ま、冗談の類の返しだろうな……多分。

 

 やや不安になりつつも、俺達は平原を抜けてデウカリ山脈の麓の森に辿り着いた。

 冒険者しか通らない獣道を辿っていくと、崩れて崖となった場所にポッカリ空いた穴に行き着く。

 

 入り口は人工的なもので比較的綺麗に空いている。

 しかし開通前に魔物が乱入したせいで灯りなどはなく、携帯型の魔石灯を使うことになる。

 数時間で灯りは消え、エレルギー源である魔石を交換する必要がある。


 こういう時、魔導士がいれば面倒な荷物も手間もないんだけどな。

 忌々しいと思った魔導士が、今は手が出るほど欲しいなんて、皮肉なもんだな。


「声がガンガンするです! わあぁぁーー!!」


「うっさ」


 洞窟に初めて入ったのか、反響した自分の声に興奮するココア。

 楽しそうで何よりだが、あまり魔石灯を振り回さないで正面を照らして欲しい。


 俺と、おそらくナユタも暗闇で見えるようになる“暗視(あんし)の才”が使える。

 だが視界は白黒になる上に光が当たれば視界が真っ白になるから、魔石灯がある今、その才覚は使えない。

 つまり、ココアが振り回しているのが唯一の光源だ。


 すでに分岐点をいくつも過ぎている。

 狭い道も徐々に広くなっていき、開けた場所も何回か通り過ぎた。

 もういつ魔物と遭遇してもおかしくない。

 

 それほど強くないとはいえ、警戒しないわけじゃない。

 と、思ってる間に――――


「うがああああ!? なんか噛んでるです!」


 ココアが腕をぶん回している。

 

「アントバットだ。肉食コウモリで餌を女王のところに運ぶ蟻みたいな習性がある」


「うがぁああズムズムするです!!」


 聞いちゃいねぇな。

 

「さて、ココアはテンパっているからここはお互い実力を示す場だがどうする? 俺からやろうか」


「……なら頼む」


「はいよ」


 暴れ回るココアの腕に噛みついたアントバット。

 通常のコウモリと同じサイズだが、俺は“矢継(やつぎ)の才”で矢を番てすぐさま放つ。

 ズドンと重苦しい音を響かせて、放った矢がコウモリを貫いた。


「見事な腕だな。それに早い。才覚か?」


「そ。矢を放つ速度を上げる“矢継の才”。俺は番えて撃つまでコンマ五秒だ」


 実際はコンマ二秒だけど。


「うげぇ、なんか痒いです」


「痒いで済んでるならいい方だ。普通素肌を食われたら皮膚を食いちぎられてる」


 噛まれたところを掻いているココア。

 アントバットがいたということは、女王もいるはず。

 女王を倒さない限り奴らは襲ってくる。 

 一匹一匹は弱いにしても、数が多ければ面倒だ。

 

 アントバットは冒険者協会が定める保護リストに掲載されていない駆除しても問題ない魔物だ。

 駆除を推奨する殲滅リストにも載っていないので、積極的に狩る必要もない。


「夜になると洞窟の外で活動しているらしいが、外に魔物の気配がなかったのはアントバットのせいだろうな」


「の、割には魔物の骨は残っていなさそうだな。巣からは離れているということだろうか」


「だとしてもアントバットにとって俺達は運ばれてきたランチ同然。次はもっと多くで襲ってくる。多数の魔物を相手にした経験は?」


「アントバットと遭遇したのは今が初めてだが、さっきの見る限り数が増えても問題ない」


「ならよかった。逆に俺とココアは分が悪い」


 ココアはアントバットのような小さな標的を多く捉えられないだろうし、俺も通常の矢では消耗戦になる。

 一掃できなくもないが、洞窟の原型は留めなくなる。

 それに今はあまり体力を消費したくない。


「言ってる間に波が来たぞ」


 奥から聞こえてくるハスキーな声。

 魔石灯で照らされた洞窟内で黒く蠢く集合体の波。

 

「次は私の番だな。二人は下がってくれ」


 俺とココアの前にナユタが出る。

 左腰に携えた二本の刀のうち、碧色の柄巻をした刀を握り抜刀の構え。

 魔物が大量に迫る中、ナユタの呼吸はとても落ち着いている。


「無天流、五の太刀――“風斬車(かざきりぐるま)”」


 息を吐ききり、口を結んだナユタは体を捻りながら波の中へ突っ込んだ。

 虚界に入った視界で観察するが、まず驚いたのはその速さだ。

 ナユタと波までの距離が短かったから正確な分析は出来ないが、俺の知っている才覚ならおそらく三つ使っている。

 

 身体の動きを迅速にする“俊敏の才”、空気の抵抗を受けない“風避(かぜよけ)の才”、初速から最高速に動くことが出来る“上速(じょうそく)の才”。


「なんかブワァってしてるです!」


 彼女は螺旋の如き剣捌きで遅いくるアントバットを微塵切りにしていく。

 あれほどの数を一匹逃すことなく切り捨てていくということは、自身の速度に負けない回転力を有した突進。

 そしてそれに対応できる動体視力と精度の高い剣筋。


 動き自体は俺の魔眼()で捉えられるが、おそらく身体がついてこない。

 敵に回したくないのは確実。流石、上級なだけあるわ。


「いかがだ?」


「想像以上だった。武芸の極地を見た気分だ」


 肺に溜めた空気を吐き出し心を沈めるようにして数秒、彼女は刀に着いた血を振り落として鞘に収めた。

 斬られたアントバットの様子を観察する。

 切断箇所は脳天から左右対称の真っ二つ、納刀の動きも静かで綺麗。

 剣戟の豪快さの中にある芸術的な技量。


「おたくのそれは宝具だよな? どんな能力があるのか聞いていいか?」


 ナユタはアントバットを切り捨てた刀を抜いて刀身を露わにする。

 魔石灯の光を反射する中反りの刀身にある刃紋は波打っていて、手入れも行き届いているようだ。


「宝具“碧椿(へきつばき)”。刃長は二尺と三寸、刃紋は湾刃(のたれば)、鍔は椿の花を模してる。通称名は採択刀(さいたくとう)。斬ったという結果を保留もしくは取消し出来る能力がある」


「というと?」


 聞き返すと、ナユタは肩から斜め掛けにした風呂敷からリンゴを取り出し真上に放る。

 リンゴはゆるく回転しながら落下してくると、ナユタは碧椿を抜刀して一振り。

 その所作の美しさに見惚れてしまいそうになるが、目を向けるのはそこじゃない。


 落ちきてたリンゴをキャッチするナユタ。

 そのリンゴは放り投げる前と同様の綺麗な曲線の輪郭を保っている。


 俺の魔眼()は確かにナユタの刀がリンゴを斬ったのを捉えた。

 だがリンゴは果汁すら出していない。

 

「これがこの宝具の力。今このリンゴは確かに斬られたわけだが、その結果を保留にすることでそのままの姿を保っている。つまりその結果を反映させるのも取り消すのも私次第だ」


 そう言うと、ナユタが持つリンゴはスパッと果汁を垂らしながら二つに割れる。

 刀は完全に鞘に収まり、抜いた素振りは一切ない。

 まるでリンゴが斬られたことを今気づいたかのように遅れて割れた。


 斬ったという事実は同時に斬られたという結果を伴う。

 この宝具は斬ったという事実を植え付ければ、その結果をどのタイミングで反映させるかは本人次第。


 宝具の能力を説明するのは自分お手の内を晒すようなもの。

 ましてや実証して確証させるなどもっての外。

 

 しかしこの宝具は別だ。

 この宝具は能力を説明して真価を発揮する。


「斬ってしまえば文字通り生殺与奪の権利を握ることが出来る能力。交渉、強迫において生死の権利はかなり大きい優位性を持つ」


 例えば毒。

 服毒させれば解毒薬を用意することで優位に立てる。

 だが解毒薬は奪われる可能性があるし、毒の効果もタイミングを自由に選べない。


「もちろんその事実を保留出来る上限もあるんだろ? 何回だ?」


「それは言えない」


「じゃあもう片方の刀はどんな能力だ?」


「悪いがこっちの刀に関する情報は完全に伏せさせてもらう」


 チッ、流れで言ってくれるかと思ったが抜け目ないな。


「宝具について話したんだ。そっちも話したらどうだ? 宿で左手に契約の紋があるのを見た。何かしら宝具を持っているのだろう?」


 しっかりと見てるところは見てるんだな。

 

「薄々気付いちゃいると思うが、俺の宝具はこの弓だ。鋼より硬い弓幹で射てる矢の速度や威力は通常の比じゃない」


 俺がエクディキスをノックするように軽く小突く。

 コンっと硬い音が小さく鳴った。


「ほう? なら腰の矢はどうだ? わざわざ十二本、他の矢と違う色をしているということは特殊なものなのだろう?」


 こいつ、勘も鋭いな。


「仕方ない。察しの通り腰の矢は特殊だ。一本だけ紹介してやるよ」


 俺は矢柄と鏃が緑に輝く矢を取り出してナユタに見せる。


「この矢は“癒ス緑箭(クローロン)”。射抜いた生物の傷や病気を癒す能力がある。流石に欠損部の再生は出来ないが、欠損部分があればくっつけることも出来るし、あらゆる毒を解毒する万能薬にもなる。あ、射抜くと言っても矢が突き刺さった場所に傷は残らねえよ。ちょっと痛みはあるだろうがほんの一瞬だ。たとえ心臓を貫こうと死にはしない。絶対に殺せない矢だ」


「他の矢も同じように特殊な力を秘めているのか?」


「ああ。だが他の矢については機密事項だ」


「ふん、少しフェアじゃない気がするが、まあいいだろう。時間も惜しいし先に進むか」


 まずは挨拶がてらの探り合い。

 俺もナユタも、獄塾から逃げている身。

 立場は同じで協力関係ではあるが、互いに信用しているとはまた別の話。

 

 ナユタと獄塾が敵対しているのはまず間違いないだろう

 ナユタはもちろん俺が獄塾側につかないか警戒しているはず。

 そして俺もナユタの行動で生じた疑問が解決できるまでは信用出来ない。


 タイムリミットは明日の日没。

 刻々と迫る時間に、俺は内心冷や汗ものだった――――。


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