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館の怪盗1 「お前、強いのか?」

 いくつかの村を経由して、それなりに発展した街に辿り着いたのは『アクエリアス』領に入ってから二日後だ。

 

「ここからは二手に分かれる。俺とココアはギルドに行くから、その間にセツナは必要物資と宿を押さえていてくれ」


「はいです!」

「承知した」


「セツナ、宝具を一旦契約破棄して俺に預けろ。死亡届と同時に返還してくる。だが必ず返すと約束する」


 こういう時、シャーリーの名前の力って便利だとつくづく思う。

 本来、ギルドが預かる宝具の使用許可が降りるのは良くても一人一つ。

 それも闇ギルドに流れるのを防止するためそれなりにギルドで実績がなくてはならない。


 ナユタは死に、セツナが冒険者登録する以上、これまでの上級冒険者の功績は白紙に戻る。

 二つ所持している宝具の内、普通なら一つも戻ってこない。


 だがシャーリーの話を信じるなら、彼女からもらった指輪を見せれば両方取り戻すことができると思う。

 出来なかったら魔女の名前出して交渉で取り戻すだけだ。


「なら信じて預けるとしよう」


 宝具の契約はきは至って簡単。

 付けた名前を取り上げ、契約を破棄する意思表示する。


 セツナは二本の刀を手に取る。

 碧色の柄巻をした切ったという事象を保留にできる刀。

 紅色の柄巻をした刀。


碧椿(へきつばき)紅薊(べにあざみ)。諱の褫奪をもって契約を破棄する」


 左脇腹と右太ももにある宝具の契約印が光って散る。

 これで契約が破棄されたわけだ。


「では宜しく頼む」


「おうよ」


 刀を受け取り俺とココアはギルドに向かった。

 『アクエリアス』領のギルドと言っても首都からかなり離れた辺境。

 『ラケルタ』ほど過疎ってはないが、それでもギルドにいた冒険者は二、三人。


 俺は受付にセツナの刀を置いて必要な手続きを進めていく。


「冒険者の死亡届と宝具の返還だ」


「それは心よりお悔やみ申し上げます。ではこちらの書類にサインをいただけますでしょうか?」


「はいよー」


「隣にいらっしゃいますはココア様でしょうか? 冒険者タグが完成しておりますが、どちらにお届けしましょう?」


「タグですか?」


「これ」


 俺は書類を書きながら首にかけている銀色のタグを見せる。

 ココアはその存在を思い出した目を輝かせた。


「やったです! 今欲しいです!!」


「今ここにねぇよ。あ、ここに届け先書いとくからそこにお願いします」


 俺はナユタという冒険者の死亡届とココアの冒険者タグの届け先を書いていく。


「あ、お偉いさんいる? ちょっと話があるんだけど」


 俺は死亡届を記入しながらギルドの支部長を呼びつける。

 奥から出てきたのは中年の男。

 

 死亡届の偽造や宝具の返還要求を通すには支部長クラスの権限がいる。

 人数が少ないとはいえ周りに聞かれるとまずいので、俺は支部長を人気のない部屋に案内してもらい交渉する。


 案の定最初は断られたが、シャーリーのくれた指輪を見せた瞬間、ねじきれる勢いで手のひらを返して俺の要求をどんどん受け入れてくれた。

 こんな辺境のギルドとはいえ、支部長ともあろうものがこうも下手に出る姿を見た俺は、とんでもないものをもらってしまったと同時に、後々凄い代償を払わないといけないような気がしてこの指輪を使うのが恐ろしくなった。


 だがまあこれでセツナの件は解決した。

 『サギッタ』までは五日あれば着くだろうし、『アクエリアス』ではのんびり過ごすとしよう。


「おい、お前」


 幼く生意気そうな少年の声。

 振り返ると十歳くらいの少年が俺を睨みつけるように見ていた。

 長袖の白シャツと、サスペンダーの付いた短パン。

 生地はなかなかの上物で、頭髪の手入れも怠ってはいない。

 完全に良いとこ育ちの子供だ。


「これはこれは、テルト坊ちゃんじゃないですか」


 どうやら支部長はこの子供を知っているようだ。


「どちらさん?」


「テルト・ワーリー坊ちゃん。貿易から販売までを手掛ける『アクエリアス』で有名なワーリー商会を経営しているバルト・ワーリーの御子息殿です。ワーリー家のお屋敷がこの街にありますから、テルト坊ちゃんもこの街で顔がきくのですよ。十一歳とは思えぬなかなか聡明な少年です」


 そんな有名人がこんな場所に何のようだ?


「お前、強いのか?」


 目線から察するに俺に投げられた問い。

 

「そりゃまぁ冒険者だからな。それなりに腕っぷしはあると思ってもらって構わないけど……」


「なら証明してくれ」

 

 テルトの前に出てくるのお付きの大男。

 護衛としてついているのか、高い身長と分厚い筋肉から威圧感が感じられる。


 “豪躯の才”はもっているようだが、常に魔物と戦う冒険者ほどの才覚ではなく、明らかに華奢な俺よりも膂力は弱いだろう。

 ギルドの管理する施設内で死闘は禁じられている。

 相手は冒険者ではないが、それでも武器を持った戦いはよろしくない。


 素手の戦いとなるわけだが、シャーリーに徒手格闘もしっかり仕込まれている。


「楽しそうです! ココアもやりたいです」


「おたくじゃ手加減できないから駄目だ。さ、始めようか」


 俺が開始の意思を示すと、護衛の男は攻撃に入った。

 男の右手の大振りを上に弾いていなし、左のフックを右腕でガード。

 蹴りに入ろうとする右足を左足で制止し、右肩が下がったがこれはフェイント。

 本命の左ストレートを右手で左に払い、そのまま左の手首と肘を取って左足を引き肩関節を決めて組み伏せる。


 “識の魔眼”による虚界で相手の動きを完全に把握し、“流見の才”で力の流れを見切ることの出来る俺が負けるはずもない。


「ぐっ……」


 護衛を組み伏せたまま、俺は生意気に品定めをしているテルトを見た。


「んで、おたくのお眼鏡にかなったか?」


 テルトは満足そうに笑う。


「お前、名前は?」


 こいつ年下だよな。


「ジャックドー・シーカー、んでこっちはココアだ。他にもう一人仲間がいる」


「よし、ジャック。その腕を買って頼みたいことがある。もちろん報酬も支払おう」


 十一歳とは思えない冷静な口調は生意気を超えて大人びて感じた――――。




 ◆◆◆




 セツナに宿を探してもらっていたが、俺達はテルトの家で寝泊まりすることになった。

 街の最北に位置するワーリー家の館は広い、大きい、美しいの三拍子が揃っていた。

 

「これはまた随分立派な邸宅ではないか。ジャック、どういうコネだ?」


 あの後合流したセツナが館を見るなり感嘆の声を漏らした。

 だが俺もその立派な館に驚かざるを得ない。


 門から館の玄関まで二十メートル程石畳の道が伸び、左右には庭師に手入れされた造園。

 その館が美しいと感じるのは、庭を含め鏡映しよのうな左右対称な構造をしているからだ。


「この家は父が有名な建築士に言って作ってもらったものだ。立地、外壁、庭、構造すべてに父の意見が参考にされている」


 呆気にとられる俺達三人にテルトが館の方へ歩きながら解説する。


「ん、あれは?」


 俺はテルトに指差して質問する。

 庭の西側に犬の銅像が建てられていた。

 俺の身長と同じくらいの高さの台座に座る大型犬の像は、客人を出迎えるように東方向を見つめていた。


「あれは父が飼っていた愛犬のジョンの像だ。七年前に息を引き取り父が建てさせた。今は息子のキースを僕が面倒を見ている」


 門の所に二人の警備、庭に七人の使用人が草花のお世話、玄関前に三人の使用人が清掃している。


「この館では何人働いてんだ?」


「ハッキリと数えたことは無いが四十はいると思う。この屋敷に仕えるものは皆住み込みの専属だからな」


 さすが一企業を経営しているだけある金持ちだ。

 そんな金持ちがアネクメネの仕事を専門とする冒険者にする依頼。

 

 戦いに優れているかが判断基準、他に冒険者が居たにも関わらず頼まれたのは俺達三人だけ。

 ギルドでもテルトの依頼について噂程度でも知っている素振りはなく、館に憲兵の姿はないことから憲兵団は関与していない。


 それを踏まえると遠くで傭兵を雇う暇がないほどに緊急案件、憲兵に関与してほしくない裏の事情があり、戦力は欲しいが最低限で問題なし。

 仮にどこかを攻め込むようなものならしっかりと戦力を整えることが出来るから、依頼の内容はおそらく護衛の類。


「御帰りなさいませ坊ちゃん。おや? お客人ですかな?」

 

 館に入るなり出迎えたのは老人。

 燕尾服に蝶ネクタイ、顔つきから年老いてはいるようだが伸びた背筋に品のある振る舞いは使用人の仕事の歴を匂わせている。


「紹介しよう。彼はモール、うちの家令(ハウスチュワード)だ。モール、彼らは僕の客人だ。無礼がないように頼む」


「承知致しました。して、坊ちゃんとはどのようなご関係で?」


 モールにとってテルトは大事な雇用主。

 武器を持った俺達との関係が気になるのも無理はない。


「一応、冒険者をしている。俺達にとってテルトは依頼人(クライアント)だ。俺がジャックドー・シーカー、んでこっちがセツナと……向こうでメイドさんの仕事の邪魔しているのがココアです。おいココア、珍しいのは分かったからじっとしてろー」


 とはいえココアがテンション上がるのも頷ける。

 これほどの屋敷に多くの使用人。

 無作法者だの荒くれ者の集まりだの言われる冒険者には無縁な場所。

 有名な冒険者は引退後に用心棒として雇われることもあるそうだが。


 武器の類をモールに預けてボディチェックを受けた後、俺達は客室に招かれた。

 冒険者が普段使いする宿よりも広い一室で俺達はフカフカの椅子に腰を下ろして人が揃うのを待った。


 上品な味わいの紅茶を楽しんでいると、ガチャリと扉が開く。

 テルトとともにやってきたのは、品格のある中年男性と赤いドレスに身を包んだ女性。


「お待たせしました。私がこの館の主、バルト・ワーリーです」


「妻のメノーラです」


 二人は客人である俺達に軽く会釈した――――。


 

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