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暗殺者の逃避行4 「始末は俺がする」

「アラヤの死後、私は機を待った。今まで通り標的を殺し、十分に力と経験、装備を整え満を辞して本館を逃げ出したわけだ。流石にそのままというわけにはいかんのでな、ナユタと名を変えて冒険者として隠れているわけだ」


 住宅街の長い坂を登ったところにある人気のない場所。

 周りの建物で影がほとんどを占めるその場所で、ナユタは自身の過去を語っていく。

  

 アラヤについて語るナユタはとても誇らしそうで、かなりの信頼を置いていたことが伝わってきた。

 だが俺が本当に聞きたいのはここからだ。

 ナユタが獄塾と関わりがあると分かった上で話を聞いている以上、今ナユタが話したのはそこをただ詳細にしたにすぎない。


 ここからは質問で情報を引き出していこうか。


「質問。おたくの言う外部演習だが、そんなのをしたらその時に逃げ出す奴もいておかしくないだろうがそれが出来ない理由はなんだ?」


「獄塾の長であるヤナギ・ソウメイの所持する宝具のせいだ。“天眼鏡”……相手の居場所を百日間感知することができる。つまり逃げ出そうとしたものなら即刻追手が来て殺されるわけだ」


「感知系の宝具の中でも稀有な部類に入るな。もちろん能力を使う条件があるんだろうが、何年も一緒にいりゃ条件を満たすことは簡単だろう。それで、今おたくも監視されてるわけか?」


「いや、私が脱走を図ったのはもう五年も前だ。最初の百日間は命懸けだったが、すでに効力は切れ今では襲撃に遭うことも少なくなっている」


「質問その二。獄塾の連中はなんでまだおたくを狙ってるんだ? 情報漏洩を恐れているなら、宝具の効果がなくなった今、追うよりも本館の場所を移した方が早い。いくら獄塾といえど世界中から一人を探すのは容易じゃないしな」


 俺の質問に対して、ナユタは懐からあるものを取り出した。

 それは手帳サイズの小さな木箱。

 相当な年代物なのかキズが多く見られるその木箱だが、注目すべきは箱の真ん中にあるダイヤルロック。


「この宝具は万能錠、私のつけた真名は“オールセーフ”。どんなものでも金庫に変える宝具だ。ボロボロの木箱でさえ、この宝具が憑りつけば頑強な金庫に変わる。見た目は簡単に壊せそうだが、数トンの爆薬を持ってしてでも破壊できないものになっている。遺言通り箪笥の奥に金庫と化したこの箱があった。アラヤが私に残してくれたものだ」


「なるほど。開けるにはダイヤルを合わせないといけないわけか。数字はゼロから九まで、桁は四桁。確率は一万分の一。失敗したら?」


「三度連続で間違えば箱ごと中のものは消滅して宝具本体のみが残る。契約者である私が死んでも同じだ」


「開けるにはおたくから番号を聞き出さないといけない。つまりは生捕が必須で獄塾側からすればより面倒になる。それがおたくが百日間生きながらえた理由であり、同時に今執拗に追われる理由か」


 便利な宝具だが、ナユタが金庫に変えたのは片手で収まりそうなほど小さな木箱だ。

 そんな物では大抵のものは入らない。

 

「それで肝心の中身はなんだ? それだけ終われてるんだ、相当な物なんだろ?」


「この中には獄塾とって重要な――――」


 そこまで言ってナユタは止める。

 それはフラワーワゴンいっぱいに花を積んで歩く二人の男女の子供。

 

「お花はいかがですか? 香りでも目でも楽しめるお花は心を豊かにしてくれますよー」


 話ていたの内容が内容なだけに、ここで花屋の登場は力が抜けてしまう。


「こんな場所では花など売れぬだろう。それに人気がないところは危ない。売るなら大通りに行くといい」 

 

 ナユタが人払いしようと近づくと、男の子はワゴンから取った花をナユタに向ける。

 女の子も俺に同じ花を差し出した。

 純白の花弁が垂れるようになったスノードロップ。


「一体なんだというのだ。花はいいから、向こうに行って――」

「まーいいじゃねぇか」


 鬱陶しいと思いながらも大人の対応で接するナユタを俺は宥める。

 女の子が差し出した花を手に取って、


「春を告げる花スノードロップか。確か異性に渡した時の花言葉は――――あなたに死を」


 俺の言葉を引き金に、子供は袖に隠していたナイフを俺の顔に突いてきた。

 それを左手で払い、右手で左腰に携えていた吹筒を逆手に持って子供の顎に向けて振り上げる。


「ぐぶっ!?」


 刀剣を受け止める強度を持った吹筒で殴ると、子供はその軽い体が突き上がる顎に引っ張られるように浮いた。

 視界の端でナユタの様子を見るが、あっちも全く問題なさそうだ。


「ココアっ、一旦逃げるぞ!」

「およ?」


 状況が読み込めていないココアの方を向くと、どこから現れたのか装束で顔が隠れた男が後ろに迫っていた。

 

「ココア――――」


 殺されそうなのに呑気に顔を傾けているココアを助けようと矢を番えたが、それより早くナユタがココアの背後に迫る男に膝蹴りしていた。

 ナユタと男の距離十メートル弱を俺が矢を番て放つまでのコンマ二秒の間に詰める速度。

 

「速いな。才覚か?」


「まあな。だがまずはこの場を離れよう。気付いていると思うが既に次の追手が迫ってきてる」


 俺とナユタはその場を離れ、ココアも急に騒がしくなってお祭り気分になったのか笑いながらついてくる。ほんと調子狂うわ。


「あいつらは?」


「獄塾で成績が良くなかった生徒や怪我で暗殺業務が出来なくなった生徒を集めた暗殺ではなく強襲のための集団――【傷】だ。落ちこぼれや戦線離脱者の集まりだが実力は十分ある」


 街の中を駆けめぐる。

 【傷】の連中は地面だけじゃなく屋根の上を走って追ってくる。

 軽い身のこなしと高い連携、投擲の精度も十分高い。

 本当に落ちこぼれの集団とは思えないが、そんなことは今どうでもいい。


 俺は逃げながら意識を<創造の宮殿(アナザーパレス)>に潜らせ、納めていたマルカブの地図を把握する。

 振り切るのは不可能、全員を無力化してもいいが獄塾の連中に手を出して立場をややこしくしたくない。

 俺のすべきことは安全地帯まで逃げ切ること。



 そして、今の俺たちに一番の安全地帯は――――



「どわっ!? なんだ一体!」


 ギルドの扉を蹴破る勢いで駆け込んだ俺たちに中にいた冒険者が驚く。

 全員の注目が集まっているが、俺はギルドの外に目を向ける。

 流石の獄塾でも冒険者協会とはやり合いたくないようで、中に入って襲うことはしなかった。


「あぁ~面倒なことになってきた」


 ナユタは自慢の足でギルドに逃げ込まずとも勝手に何処かへ逃げたようだ。

 つまり俺はただただ面倒事を押し付けられたようで、これで俺は獄塾とナユタの問題に介入せざるを得なくなった。


「およ? ジャックどうしたですか? なんかぐったりしてるです」


「まあな。それより腹減ったしなんか食うか」


 簡単にはギルドから出られなくなったので、とりあえずテーブルに座って料理を注文する。

 大きなギルドは酒場も兼ねているのだが、そこで提供されるご飯は可もなく不可もない味、しかし冒険者なら安価で食える上に、安かろうが高かろうが酒ならなんでもいい連中の集まる場所なわけだからいつも誰かしらが食って飲んで騒いでいる。


 とりあえず身の安全を確保した俺は、全身の力を抜くように椅子に座る。

 料理が届くまでの間、出入り口を見張りつつ計画を練ろう。


「相席いいか?」


 俺の許可を待たずに勝手に向かいの席に座った赤い髪の男は不敵な笑みを浮かべている。


「誰ですか?」


「俺はそっちのお前に興味があるんでな。嬢ちゃんは黙ってな」


 全く相手にされてないと分かったココアは頬を膨らませてどこかへ行ってしまった。

 拗ねたココアを置いて、男は俺に質問してきた。


「どこで分かった?」


 そう尋ねられて、


「一体なんのことだ?」


 俺も冷静に返した。

 だが男も負けずに続ける。


「あのガキみたいな見た目の二人は成人しててな、訓練した演技力で本当の子供と相違ないはずだ。だがお前は最初からあいつらが殺し屋だって気付いてる風だった。どこで気付いたんだ?」


 内容からしてこの男は獄塾の一員だろう。

 となれば惚けきるのは難しそうだ。


「なら次は汗をコントロールする訓練でもさせるんだな。人気のないところに花を売りにくる絶望的な営業センスは置いといて、あの場所にワゴンを引いて来るには長い坂を登らないといけないのにあの二人は一切汗をかいていなかった。それは子供の見た目に反して体力があるか、ワゴンの見える部分こそ花はあるが中身はすっからかんでワゴン自体が軽いか。どちらにしても異様だ。確信する必要はない。そこまで分かれば最悪の事態を想定していればいいからな」


 俺が疑問に答えると、男は満足そうに笑った。


「フン、合格だ。俺はグレン、獄塾生徒にして【傷】の筆頭だ」


「ジャックドー・シーカー。分かっていると思うが冒険者だ。それで、合格ってのはどういうことだ?」


「お前には利用価値があるってことだ。単刀直入に言うとお前が一緒にいた女、今はナユタだっけか? アイツの持つ箱の中身を手に入れろ。これはお願いじゃなく脅迫だ。断れば一生ギルドから出られない生活を送ることになる」


「中身を手に入れろってことはあの宝具を解錠しろってことか。中身が何か聞いてもいいか? 別に公表したりしない。獄塾と揉めたくはないからな」


「あれの中には契約者の記憶を記録する宝具“メモリーカード”が入っている。つまりは情報なわけだ。クライアントの情報や権力者を強請るためのな。お前なら情報の重要性は理解してるだろ?」


「まあな。なんの情報が入ってんのか知らないけど、そんな重要なものを外部に売られたら大変だしな。ちなみにあいつの箱の中身に目当てのものが入っている確証はあるのか? 思い過ごしなんてこともあるだろう」


「アラヤが塾長からカードを盗んだのは事実。アラヤがあの女に何かを託したのも事実。そしてあの女はそれを盾にした。中に“メモリーカード”がある可能性とナユタを殺すという決定事項。それだけでアイツを追う理由になる」


 つまり確信はないわけか。


「おたくの言うとおり“メモリーカード”を手に入れたらあいつはどうなるんだ?」


「アイツはメモリーカードの機密情報を知っている可能性があるんだ。そんな奴を生かしておくと思うか?」


 冗談でないのは確実。つまり俺がナユタの宝具を解錠すればナユタは死ぬ。

 出来なければ俺はギルドから出た瞬間に狙われる。

 

「おたくの脅迫に従う気はないが、取引ならしよう。俺からの条件二つが飲めるなら交渉成立だ」


「言ってみろ」


「まず一つ、仮にナユタの持つ木箱の中身が“メモリーカード”じゃなかったとしても俺の安全を保証すること。俺は巻き込まれただけであいつの味方じゃないし、獄塾のとある情報が紛失したなんてゴシップを流すこともない」


「それは構わねえよ。アイツは“メモリーカード”持っていなかったという事実が確認できれば十分だからな。それにアンタが関わっていることは塾長も知らない。獄塾の力を行使しているが、これは俺とアンタ、二人だけの話だ。それで、もう一つは?」


 俺は漏れ出た殺意を隠そうともせずに二つ目の条件を言った。


「ナユタの始末は俺がする。それがもう一つの条件だ」



 予想外だったのか、グレンの表情が固まった――――。



お読み頂きありがとうございます。

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