暗殺者の逃避行3 「好きなものは最期に食べる主義なんだ」
イチとアラヤはその後も殺し続けた。
生きるため、生き残るため、その手を血で汚してきた。
何の罪もない人を相手にすることはなかったが、いくら相手が悪人であっても殺しは殺し。
だからどんな目に遭おうとも文句は言えない。
それが覚悟を決めた暗殺者の世界。
「はぁ……はぁ……。くっ……」
イチは腕の傷を抑えて本館に辿り着く。
ただでさえ険しい道のりの本館まで、手負の状態ではより一層キツく感じる。
「少し血を失いすぎたか……いや、これは…………」
部屋に戻ろうとした時、イチの意識は大きく揺らぐ。
失血だけじゃない要素が自分の体を害している。
そう思った時には立つ気力すらなく、自分の中から血とともに意識が漏れ出ていく。
「ど……く、が…………」
…………。
………………。
「うっ…………」
イチが目を覚ました時、腕の傷は手当てされていた。
だが倦怠感と寒気、油断するとくる吐き気が止まらない。
「イチ、目を覚ましたか」
「……アラヤか。ここは?」
喉を焼くような息を吐いて、イチは自分を心配そうに見つめるアラヤを確認する。
眉を寄せて、ブレる視界からアラヤにピントを合わせる。
安堵、焦り、不安。
複数の感情が入り混じる表情がアラヤの顔に張り付いていた。
「ここは医務室だ。先生、イチの容体は?」
アラヤに聞かれた医者の表情は、あまりいいものではない。
「傷は大したものではない。だが問題は毒だ。ここにある薬草では解毒出来ん。このままではもってあと五日といったところだろう」
「……薬草さえあれば、治療はできるか?」
アラヤの質問に医者は困惑する。
「出来るには出来るが肝心の薬草がなければ……まさかお前さん――」
アラヤの考えていることを察した医者は思わず息を呑んだ。
対照的にアラヤの表情は落ち着いていて。
「あ……らや…………」
「イチ、僕がなんとかするから、ゆっくり休め」
優しく頭を撫でられて、イチはそこで意識が途絶えた。
目を開けることすら辛く、普段よりも狭い視界で見たアラヤの笑みはとても頼もしくて。
そして、イチが目を覚ました時はやけに静かだった。
気怠さや吐き気はないが、汗が引いた後の冷たい衣服の感触が嫌悪感として残る。
空は曇天、せっかく回復したのに気分の悪い天候だ。
「治った……のか」
屋敷に戻ってからの記憶が曖昧だ。
「目が覚めたか」
医務室に戻ってきた医者がイチに声を掛ける。
イチは水を一杯もらった後、何があったのかを聞いた。
「私は毒にやられてたはずだが、完治したのか?」
「ああ、もう心配ない。お前さんはな」
最初は何を言っているのか分からなかった。
だが微かに残った記憶のかけらが、理解と同時に体を動かした。
足取りは迷うことなく大広間に向かう。
普段は会合に使われるその場所から緊張感が伝わってくる。
起きてすぐの激しい運動と張り詰める緊張で乱れた息を整えて、大広間の戸を開ける。
「アラヤ……」
「イチ」
大広間の中央に鎮座するアラヤ。
首だけで振り返り、焦燥と混乱で戸惑うイチの姿を捉えて、心配かけまいと場違いな笑みをこぼす。
「ちょうど良い。主もそこに座れ」
年季を感じさせる渋い声がイチに向けられる。
威圧感のある白髪オールバック、白髭を蓄えている割には鍛え抜かれた肉体。
大広間の最奥で座る獄塾最高責任者にして本館の最高指導者。
獄塾塾長――ヤナギ・ソウメイ。
絶対的な権限を持つ塾長に言われたからには、イチは何も言わず正座する。
ついついアラヤと塾長に目がいくが、広間の両脇で控えているのは暗殺者として優秀な生徒達。
拘束されているわけでもないのに、これほど自由が許されない場をイチは知らない。
しかし場の空気は明らかにアラヤを敵視している。
イチは勇気を振り絞り、手をあげて発言の許可を求めた。
「塾長、質問の許可をいただきたい」
「よかろう。なんだ?」
「顔ぶれを見るになかなか重要な議題であり、問題の中心にアラヤが関わっていると思われるが、一体なんの集まりか教えていただきたい」
塾長は視線を一人の生徒に送り、受けた生徒はイチの質問に答える。
「この男は規則に反し、無断外出つまりは脱走した。アラヤ殿はそのことを認め、今は処遇について議論しているところです」
説明を受けイチは全てを理解して咄嗟に反論した。
「待ってください! アラヤが外に出たのは――――」
「誰が、次の発言を許可した?」
塾長の重い声にと睥睨に、イチは感情任せに出た言葉を飲み込んだ。
「其奴が勝手に外へ出た理由も分かっている。だが、毒を受けたのはイチ自身の責任であり、その結果死ぬのも本人の責任。ここで育てているのは戦士ではなく暗殺者。仲間を助けるためではなく、標的を殺すための存在。故に、イチを救うのは理由にあらず。よって今議論すべきは有罪無罪ではなく罰則の内容のみ。規則では情報漏洩の危険がある脱走者に下る罰は死罪のみだ」
淡々と切り捨てるように塾長は吐き捨てる。
焦りと動揺で冷や汗をかいているのはイチだけで、塾長や生徒はもちろん、アラヤ自身も冷静だった。
まるで自身の罪を受け入れるかのように、運命が進むのを静かに待つ。
だが自分でも疑問に思うほど熱が入り、素直に引き下がれないイチは手を上げる。
「でしたら原因となった私を処罰ください。アラヤは将来秀でた暗殺者になる。それは塾長や他の生徒も認めるところ。今回のことに落とし前をつけろと命一つ差し出すのであれば、アラヤと私では天秤にかけるまでもないと思いますが」
情に訴えることができないのなら、利を訴える。
アラヤの成績ならいくら罪人とはいえ、殺すには惜しいと考えるはず。
大義名分が必要なら自分の命を差し出そう。
もともとアラヤが救ってくれた命、アラヤのために使いたい。
「ふむ、ならばアラヤに一度だけチャンスをやろう。罪を償い誠意を見せるというのなら――――イチを殺しせ」
「それは出来ませぬ」
即答。
命が関わる選択を、アラヤはあっさり選んだ。
その声に迷いはなく、その目に後悔はなかった。
「僕はもう二度と家族を失いたくはありません」
「イチと主の妹を重ねるか。思えば彼奴が死んだ理由も他の為であったな」
セツナもまた誰かの為に行動し命を落とした。
それを聞いて、アラヤは自分の選択が正しかったと自覚する。
「明日の日の出、罪人の刑を執行する。連れていけ」
塾長の指示に従い生徒はアラヤを連れていく。
一切抵抗せずに、アラヤは連れられるまま牢獄に閉じ込められた。
外からの光がない牢獄では、薄暗く輝いている魔石灯が唯一の光源。
アラヤが最期の晩餐お願いしたのは、握り飯三つと味噌汁という質素なものだった。
「よう。死の間際だと言うのに随分冷静だな」
そう言ったのはアラヤが人生で最期に口にする食事を持ってきたイチだった。
「よく通してもらえたね」
「食事を持ってきたと言ったら簡単に通してもらえた」
イチは牢の中に食事を置いた。
盆の上には要望通り握り飯三つと味噌汁。
握り飯の一つはあまり綺麗な造形を保ってない。
「なんで私を殺さなかった?」
「言っただろう。僕は二度と家族を失いたくないって」
「だが貴様にはやるべきことがあったはずだ。妹のために冒険者のタグとやらを手に入れるんじゃなかったのか?」
「確かにね。けど君の犠牲にそれを手にしたとしても、セツナは絶対に喜ばない。むしろ僕があの世に行った時に説教されちゃうよ」
「バカな奴だ。私の為に命を捨てるなど」
「僕のために命を捨てようとした君に言われたくないな」
アラヤに言い返されてイチは思わず笑ってしまう。
冷静に思い返せば、あの時自分も自分を犠牲にして誰かを救おうとしたのだ。
いつぞや話した大事な人には幸せになってほしいという話。
あの時はあまり分からなかったが、自分にとって大事な人というのはアラヤだったと自覚する。
「それに僕は最期に良い思い出ができた」
アラヤは食事を食べていく。
造形の綺麗な握り飯二つを食べ、味噌汁を口に流す。
形の歪な握り飯はさらに残ったままだ。
「やはり料理人が作ったやつではないと不満か?」
イチが不安そうに尋ねると、アラヤは形の崩れた握り飯を手にとり、
「僕はね、好きなものは最期に食べる主義なんだ」
そう言って最期の飯を頬張る。
形はあまり良くなく、塩は効きすぎているが、それでもアラヤにとっては妹が作ってくれた最初で最期の手料理が今まで食べたものの中で一番美味しく感じて、
「うん、美味い!」
今まで取り繕ったような笑みや、安らいでいるような笑みは散々見てきたが、こんなふうに嬉しそうに笑うアラヤを見たのは初めてだ。
どうにかしたいが、ここでイチが下手な動きをすればアラヤのやったことが全部無駄になる。
イチにできるのはこの最期の一時を噛み締めることのみ。
だが時間というものは非情に進む。
「もう時間だ。これ以上は認められない」
牢屋につながる門を警備していた人に言われて、イチは渋々立ち上がる。
「…………イチ」
そう呼び止められて、イチはアラヤの牢屋に近づく。
「明日は自由に話せないから最期にこれだけ。僕の部屋、箪笥の奥にプレゼントを置いてあるから片付けられる前に回収するといい。君が自由に生きる為に有効的に使ってくれ」
「…………それだけか? 今生の別れになる最期の言葉なのに」
「えっ、そうだけど?」
緊張した分力が抜ける。
どこかおっとりした男だと思っていたが、死の間際にまでこの調子だとは。
そこがアラヤらしいといえばアラヤらしいのだが。
「僕が伝えたかったことは今までに十分伝えたからね。まぁ強いて言うなら、イチ……生きろ。誰に流されるわけでもなく、自分のやりたいことをやっていけ。この身朽ちようとも、あの世でセツナと共に君を見守っているから、強く逞しく生きていけ」
アラヤは小さく微笑む。
そしてアラヤはイチの小さな頭を優しく撫でて、
「この先どんな人生を歩もうとも僕は君を――――」
――――愛している。
それが、唯一の家族の最期の言葉だった。
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