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エピソード6:相容れない似た者同士③

 ――政宗と統治が、彼の部屋に入ってから、3分ほどが経過している。

 ユカと蓮、里穂、仁義、心愛の5人は、彼らが入った扉の前に立って、中の気配を伺っていた。

 2階建てアパートの1階角部屋。時刻は19時30分になろうかという頃合いで、既に周囲は薄暗く、スーパーのある通りから一本入ったこの住宅街に人の気配は感じられない。

 ユカが真顔で扉を監視していると……彼女の隣に立つ蓮の足元がふらつき、彼は慌てて踏みとどまった。

「っ……!!」

 見慣れない(・・・・・)情景に、脳の処理が追いついていない感覚。頭に感じる鈍痛を抑えたくて、こめかみに手を添える。そんな彼を里穂が見やり、心配そうな小声で問いかけた。

「名波君……大丈夫っすか?」

 里穂の問いかけに蓮は一度だけ頷くと、目に力を宿して前を見据える。

「……これくらいなら、大丈夫です」

 そう自分に言い聞かせる。自分から同行を志願したのだから、こんなところで倒れてなどいられない。

 ユカはそんな彼の強靭な精神力に感心しつつ……同情していた。


 遡ること15分ほど前のこと。

 蓮が肇と繋がっていた『関係縁』を里穂へ移植して、彼の居所を特定することが出来た。

 政宗は統治と情報を共有し、里穂が探り当てた場所を――若林区の七郷小学校付近のアパートに到着した。

 とりあえず近くのスーパーへ車を駐めた後、既に到着していた統治、心愛と合流した。統治はこの場に蓮がいることに対して驚きを見せると、連れてきた政宗へその真意を尋ねる。

「佐藤、どういうことだ。そもそも名波君と阿部さんを近づけるべきではないことは、佐藤が一番よく分かっているはずだぞ」

 蓮は倫子が持っている『縁由』に対して、とても弱い。それこそ過去に一度理性を失って、彼女に襲いかかった前科があるほどに。

 その現場に居合わせている統治は、政宗がその件で聖人から叱責されたことも知っている。だからこそ、彼がどうして蓮をここへ連れてきたのか、その理由が分からなかった。

 政宗は統治を見つめ、その理由を語る。

「まずは何と言っても人手が欲しかった、っていうこともあるけど……もう1つ、伊達先生から頼まれたんだよ」

「伊達先生から?」

 意味が分からない、と、表情で語る統治に、政宗は着ていた上着のポケットから、メガネケースを1つ取り出した。

 それを蓮に手渡すと、眼鏡の交換を指示した後……スマートフォンの画面を確認する。どうやらそこに、聖人からの指示が届いているらしい。

「ここへ来る前、伊達先生から預かってね。今回はその眼鏡を着用して欲しいんだ」

 政宗に言われるがままに、中から眼鏡を取り出してみた。黒い縁の眼鏡は、見た目では何の変化も感じられない。

「これは……何ですか?」

「伊達先生が普段、使っているものだよ。あ、度数は蓮君用にしてあるから、普通に見えるはずだけど……要するに、それをかけると誰でも『縁故』みたいに縁が視えるんだってさ」

「どうしてこれを僕に?」

「蓮君は阿部さんととても相性がいいから、本当はここに残して万が一の意連絡係を頼むつもりだったんだけど……その眼鏡は人の脳に電磁波的なもので干渉して、強制的に『縁』を認識させるっていう、割とクレイジーな眼鏡なんだ。伊達先生の仮説によると、縁故能力の方が縁由より優勢で、縁故として覚醒すると、縁由は薄れてしまうらしい。でも蓮君はそうでもない稀有な存在だから、人工的に『縁故』として覚醒させた時にも阿部さんに反応するのか、それとも普通に接することが出来るのか、データが欲しいんだってさ」

「こんなところでまで実験ですか……」

「今回は、名杙直系も3人揃ってる。加えてこの周辺には割と沢山の『動物痕』が徘徊していてね。勝利君や阿部さんの『関係縁』を最後まで追えなかったのも、そのあたりが原因だと思う」

 政宗はそう言って、周囲をぐるりと見渡した。

 一見すると、スーパーや住宅、学校などが立ち並ぶ、普通の住宅街なのだが……視える人が視ると、世界が一変する。


 周辺を徘徊する『動物痕』の数が、多すぎるのだ。

 大半が猫と犬だが、時折ウサギやハムスターらしき小動物もうろついている。それこそ……この場にいる全員が、車を降りた瞬間に寒気を感じるほどに。

 ユカは先日、地下鉄の駅付近で複数の『動物痕』を目撃したことを思い出していた。

 もしもここにいる彼らが、生前、人間と共に生活をしていたのだとすれば、人を求めて住宅街をウロウロしていてもおかしくない。


 彼らに残る『縁』はどれも消え入りそうなほど弱いので、人間に取り憑く危険性は薄いと思うが……これは地域の事例として後で名杙に報告した方がいいだろう。

 それは後で改めて検討することにして、ユカは引き続き、政宗の話に耳を傾ける。

「蓮君の視覚がオーバーヒートするのか、理性が飛ぶのか……それとも名杙の優勢が全て抑え込むのか、そのあたりを実証実験して欲しいそうだ」

 蓮はここで、ここへ来る前、聖人が櫻子と一緒に部屋を出ていったことを思い出した。

 あの時はしれっと戻ってきて、肇のデータはなかったなんて語っていたけれど……おおかた、あの時に普段使っているカバンからこの眼鏡を取り出して持参し、政宗に託したのだろう。『詳細はメールで送るから、今は蓮君の意思を尊重して、彼のやる気をくじかないであげて欲しいんだ』とでも言って。

 この場への動向を望み、政宗の指示に従うと言ったのは、他でもない蓮自身だ。今回は誰に強制されたわけでもないため、「どうして僕が」と突っぱねることも出来ない。

 蓮が聖人のしたたかさに内心でため息をついていると、統治が「そこまでは分かった」と、無理やり自分を納得させて問いかける。

「佐藤、それで阿部さんの安全はどう保証するつもりだ?」

「そもそもこんな大人数で乗り込むわけにはいかないから、二手に分かれる。俺と統治が最初に彼の部屋を訪ねて、必要であれば強行突破だ。残りの5人は外で待機をしたままで……俺達が部屋に入ったらすぐに全員で玄関扉の前に来て欲しい。俺と統治は何が何でも2人の救出を最優先して、2人だけを先に外に逃がすから、出てきた阿部さんと勝利君を、里穂ちゃんと心愛ちゃん、仁義君がスーパーまで連れ出す。ケッカと名波君は入れ違いに中へ入ってきて、2人を逃したことを俺達に知らせて欲しい。正直、彼が1人じゃない可能性もあるから……2人を救出して逃がすことが最大の目的だ」

「阿部さん達が気を失っている可能性もあるぞ」

「俺達が中に入って、10分しても音沙汰がなかったら……ケッカと仁義君、里穂ちゃんで中に入ってきて欲しい。同時に心愛ちゃんは名杙へ、蓮君は伊達先生に連絡をして、今後の指示を仰いでね」

 そう言って全員を見渡すと、それぞれがしっかりと、それぞれの表情で首肯した。

 それを確認した政宗は、最後に統治を見つめ、最終確認をする。

「この作戦でどうだ? 我ながら適材適所だと思ってるけどな」

 こう言って口角を上げる政宗に、統治はジト目でため息をついた。

「自画自賛してどうするんだ。成功しなければ意味がないぞ」

「成功させるんだよ。2人は必ず無事に助け出してみせる」

 こう言って目つきを鋭くする政宗に、統治はもう一度、浅く息をついた後……既に臨戦態勢のユカを見下ろした。

「山本も前線復帰ということでいいんだな」

「ああ。流石に今回はケッカの能力と経験値にも頼らないと戦力が足りないからな」

 こう言って政宗もユカを見下ろし、現状を尋ねる。

「ケッカ、切り替えはどうだ?」

 政宗がユカに目の調子を問いかけると、既に視界を切り替えていたユカが上を向いて力強く頷いて見せた。

「うん、視え方には何の問題もなかよ。ただ……本当に『動物痕』が多かね。何か集まる理由でもあるっちゃか……」

「どうだろうな。いずれにせよ時間が惜しい。蓮君も長時間はその状態でいられないだろうから……移動するぞ」

 政宗の指示で、全員が一定の距離感を保って移動を開始する。

 眼鏡越しに視える『縁』に、4月の出来事を思い出した蓮は……脳裏によぎった暗い記憶に、そっと蓋をした。


 そして今、5人は中へ入っていた政宗と統治の動向を伺っている。呼び鈴を押した2人がすんなり入っていく背中は確認したのだが……中からそれ以上の物音が聞こえない。

 ユカはスマートフォンのストップウォッチ機能で時間を測りながら、周囲の気配も伺っていた。

 先程から、多くの『動物痕』が部屋を出入りしているのだ。彼らに物理的な扉は関係ないため、壁などをすり抜けて自由に行き来している。

 中に餌でもあるのだろうか。『動物痕』の餌……考えたくないが、生きた人間という可能性も否定出来ない。

 自分の想像に、ユカが身震いをした次の瞬間――部屋の扉が開いた。


「阿部会長!! 島田先輩!!」


 真っ先に気付いた心愛が弾かれたように駆け出して、内側から出てきた2人へと近づいていく。

 青白い顔の倫子がふらつく勝利の手を引いており、決して楽観視出来る状況ではなかった。

「ジン、島田くんを背負って欲しいっす」

「分かった。里穂は阿部さんのフォローをお願い」

 秒で打ち合わせを追えた里穂と仁義が彼らへ近づき、少しでも早くその場から遠ざかろうとする。

 そしてユカと蓮が入れ違いになるように玄関から室内へと足を踏み入れた瞬間――彼らの足元を、猫の『動物痕』がすり抜けて行いった。


 蓮が先に入り、ユカは静かに玄関扉を閉める。

 そして、薄暗い廊下を進んでいくと……半分ほど開け放たれた扉の向こうから、話し声が聞こえてきた。

「名波君は扉の近くにおってね。逃げるとすればここしかないけんが」

「わ、分かりました……」

 要するに『何かあったら盾になれ』と言われ、とりあえず頷いた蓮を追い越して……ユカは静かに扉を開く。そして……部屋に入り、自分の方を見ている肇と、静かに対峙した。

 肇は1人で部屋の隅に立っており、彼を追い詰めるような形で、政宗と統治が警戒している。

 蓮はどうして2人が肇を取り押さえないのかと疑問を抱きながら、とりあえず扉近くに立ち、彼の退路を塞いだ。

 一方、部屋に入った瞬間に気付いた『もう1人』と『もう一匹』の存在。ユカは既視感を感じて独りごちる。

「そういうことか……」

 そんなユカの姿に気付いた肇が、「君は確か……」、目を細めた後、すぐに頭を振った。

「君じゃダメだ、幼すぎる」

「……?」

 彼が何を言っているのかとユカは首を傾げつつ、彼の周囲にいる『動物痕』の多さに顔をしかめた。

 8畳ほどの室内、家具は部屋の隅にテーブルが1つ、その上にはペットボトルの水と、先程のワークショップの最後で蓮にも配っていた、彼のお気に入りだというクッキーが食べかけの状態で放置されていた。

 そんな、まるで生活感のない室内で……猫屋敷かと思うほど、あらゆるところに『動物痕』が蔓延っていたのだから。

 一歩遅れて入ってきた蓮もまた、異常とも思える室内に気付いて顔をしかめる。

 そして……そんな部屋の隅に立ったままこちらを見ている肇を、凝視することしか出来なかった。


 つい先程、穏やかに会話をしてくれた彼は……一体どこへ行ってしまったのか。

 そして――彼の隣に立っているずぶ濡れの『少年』は、一体誰なのか。


「小野寺先生……そちらの方は……まさか……」

「そちらの方……そうか、名波君も視える人なんだね」

 仲間意識を感じたのか、肇の声に少しだけ熱がこもる。

 ユカは静かに政宗の半歩後ろに立つと、2人の行方を気にかける彼に一度だけ頷いた。

 そして、肇を見やり……苦々しく吐き捨てる。

「おおかたこの人も……自分の弟さんをどうにかしようとしとるちゃろ?」

「弟さんを……?」

 ユカの呟きが聞こえた蓮は、改めて彼の弟――らしき、少年の『痕』を見つめる。

 彼の手に残る『関係縁』は2本。こちらを気にするわけでもなく、どこか虚ろな眼差しで佇んでおり……濡れた服を肌に張り付かせたまま動こうとしない。少年の意思はどこにも感じられなかった。


 その様子が、4月の華を思い出させて――思わず、目を背ける。

 眼の前にいる肇が、4月の自分に見えてしょうがない。


 しかし、彼の目的が分からない。蓮はふらつく足元に力を入れて良心の呵責に耐えながら、自分の前に立つユカへと問いかけた。

「ですが、どうやって……そもそもなんのために島田君達を?」

 まさか、自分たちのように生きた人間の『生命縁』を使おうとしたのだろうか。しかし、肇は『縁故』ではないため、『縁』に関する知識は持ち合わせていないはずだ。

 意味がわからないと混乱する蓮に対して、ユカは静かに、肇の足元を指差した。

「あの人の足元に……1匹、猫の『動物痕』がおるの、分かる? 他の猫や犬は自由に行き来しとるけど、あの猫だけは違う。何が違うと思う?」

「え? それは、動きが少ないことと……」

 ユカに言われた蓮は、『動物痕』の猫から伸びる『関係縁』が、彼の弟と繋がっていることに気付いた。

 そして、その色が――今まで見てきたどの『動物痕』よりも、濃い色だということに。

「色が、違いますよね……弟さんは亡くなっているはずなのに、どうして……」

「詳しいことは本人に聞いた方がいいっちゃろうけど……政宗、小野寺さんに取り憑いとる『動物痕』、どげんするつもりなん?」」

「え……!?」

 ユカの言葉に、蓮は慌てて肇を見た。しかし、特に何かが取り憑いているような……そんな違和感は感じられない。

「山本さん、小野寺先生のどこに『動物痕』が……」

「もう……ほぼ『同化』しとるね。あれだけ流暢に人語を介して、あたし達に気付かれん時点で、人としてはアウトなんよ」

「そんな……!!」

 蓮は改めて肇を見やり……彼が終始、穏やかに笑っている姿を見て、背筋が寒くなった。

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