エピソード6:相容れない似た者同士②
その後、蓮と駆が今後に関する打ち合わせをしたり、残りの全員で櫻子の片付けを手伝っていると……時刻は18時近くになっていた。
折角なので、どこか夕食でも食べに行こうか――そんな和やかなムードになっていた次の瞬間、政宗の携帯電話が激しく震えだす。
「統治……?」
電話の相手は統治だった。忘れ物でもしたのかと思った政宗は、全員がいる前で電話に出ることに。
「もしもし統治、どうしたんだ?」
「佐藤、すまないが……そこに櫻子さんはいるだろうか。電話をしても留守番電話になるんだ。至急取次を頼みたい」
「透名さん? いるけど……何があったんだ?」
電話の向こうから聞こえる統治の声は、明らかに切迫していた。後ろから聞こえる走行音から、彼が運転中にフリーハンドで通話していることを察することも出来る。
付き合いの長い政宗は勿論、誰が聞いても焦っていると感じられるほどに。
「統治、何があった?」
政宗の冷静かつ鋭い声に、その場にいた全員が何事かと彼を見た。
電話の向こうの統治は、一度、大きくため息をついた後……彼が知っている現状を語る。
「島田くんと阿部さんが、小野寺肇に誘拐された」
「は……!?」
想像を遥かに凌駕する緊急事態に、政宗は電話を取り落としそうになった。
かろうじて電話を握る右手に力を入れるが……統治が何を言っているのか、理解出来ない。
「その情報は……確かなのか?」
「ああ。阿部さんから心愛へメッセージが届いた。今はどこかに軟禁されているらしいが、どこにいるかは分からないそうだ」
「マジかよ……」
現状だけで考えると、全て悪い方向にしか想像出来ない。
政宗は努めて冷静を装いながら、現時点で出来ることを全てピックアップして、片っ端から潰していくことにした。
「位置情報で特定は? 阿部さんにGPSの座標を送ってもらうとか……」
「メールが届いたのは、その1通だけなんだ。念のために2人の家に確認してみたが、まだ帰宅していないそうだ。学校に聞いたら、2人は夕方4時半過ぎに帰宅したらしい。恐らくもう、スマートフォンを操作出来ない状況になってしまっていると考えるのが妥当だろうな」
「2人の『関係縁』は追えないのか?」
「今、心愛と2人でそれを辿っているところなんだが、少し様子がおかしいんだ。協力して欲しい」
「分かった」
統治も今、彼に出来る最大のことをしている。政宗は頭の中で情報を整理しながら……彼が最初、自分ではなく櫻子に連絡をとろうとしていた理由を尋ねた。
「それで統治、どうして透名さんなんだ?」
「彼女は今日のこともあって、小野寺肇の個人情報を知っているはずだ。そして恐らく、繋がっている『関係縁』も、この中の誰よりも強いと考えるのが妥当だろう」
「分かった。ちょっと待ってくれ」
政宗は自分を落ち着かせるためにもう一度深呼吸をすると、心配そうな表情で自分を見ている櫻子へと静かに電話を手渡した。それを受け取った櫻子もまた、緊急事態を察して呼吸を整え、応対する。
「お電話変わりました、櫻子で……え!? あ、は、はい、分かりました!! えっと……じゃあ、私が持っている情報を、佐藤さんを通じて統治さんにお使えしますね!! い、急ぎますのでお待ちくださいっ……!!」
櫻子は狼狽しつつも何度となくうなづいいた後、政宗へスマートフォンを返却した。そしてそのまま部屋の外へと走って出ていく。そんな彼女を追いかけるように、聖人もまた、フラリと退室していった。
彼女から電話を受け取った政宗は、統治へ「また連絡する」と告げた後、電話を切って……その場に座り込んだ。
急激に切迫した現実が押し寄せてくる。とりあえず状況を整理しないと……頭の神経回路がオーバーヒートしそうだ。
「政宗、どげんしたと?」
ユカが駆け寄り、彼の隣にしゃがみ込む。政宗はそんなユカを横目で見やり、苦々しく現状を告げた。
「島田くんと阿部さんが、小野寺肇に誘拐されたらしい」
「え……!?」
穏やかではない現状に、その場に居た全員に緊張が走る。すぐに我に返った駆が政宗へ駆け寄ってきて声高にこう言った。
「な、何してるんですか!! 今すぐ警察に連絡しないと――!!」
「――いや、それはちょっと待って欲しい」
ヨロヨロと立ち上がった政宗が、自分のスマートフォンで電話をしようとする駆の手を掴み、その行動を押し止める。
当然だが理解出来ない駆が、政宗を見つめて非難じみた声をあげた。
「ど、どうしてですか!? 事実だったら大事ですし、仮に何事もなければ、それでいいじゃないですか!!」
「相手はまだ明るい時間に、堂々と犯行に及べる人物だ。必ず何か切り札があるはずだし……こちらの行動を察して逃げられたり、2人に何かあったらマズイ。今はまだ刺激しないでくれ」
「そんな悠長な――!!」
「――責任は俺が取る。だから今は、俺の指示に従ってくれ」
はっきりと、いつも以上に迫力のある声音でそう言い切った政宗に、駆は釈然としない表情のまま……静かに一度頷いた。
瞬時に察知することが出来る凄みは、年齢以上の場数を踏んでいる人物にしか出せない。何よりも、政宗が何の確証もなくこんなことを言い出すとも思えなかった。
駆の了承を確認した政宗は掴んでいた手を離すと、彼へ向けて軽く頭を下げる。
「こんなことに巻き込んでしまって申し訳ないけれど……今からのことは他言無用でお願いしたいんだ」
「分かってますよ。守秘義務には慣れてるんで」
「ありがとう」
政宗が再度頭を下げた次の瞬間、別室に置いてあるファイルを持って櫻子が部屋の中に戻ってきた。その瞳には明らかな迷いがある。
「お待たせしました。ただ……」
櫻子は政宗の隣でパラパラとファイルをめくり、1枚の書類を見つけたところで手を止める。
そこには肇の顔写真と簡単な経歴、現在の勤め先とメールアドレス、そして、付箋に書かれた携帯電話の番号があった。
「私も電話で連絡を取っていたので、お住まいの場所までは分からないんです」
「そうですか……とりあえず統治と情報を共有しますので、お借りしてもいいですか?」
政宗へファイルを渡した櫻子は、落ち着かない両手を握りしめて顔を伏せた。
するとそこへ、先程出ていった聖人と……今までこの場に居合わせなかった富沢彩衣が、2人で部屋の中へ入ってくる。彩衣はどこにいたんだろうかとユカが視線で2人の動きを追っていくと、2人は政宗の方へ近づき、端的に結果を報告した。
「透名総合病院の患者情報にあればと思って、情報をざっと検索してみたけれど……流石に見当たらなかったよ。小野寺先生は仙台市の嘱託職員だけど、今は個人情報保護が手厚いからねぇ」
「ですよね。学校に問い合わせたところで、個人の住まいまでは把握していないでしょうし……家にいない可能性も考えると、やっぱり『関係縁』を辿って行くしかないですね」
政宗はそう言って櫻子を見つめると、瞬きをして視界を切り替えた。そして、彼女の手から伸びる『関係縁』の一本に狙いを定め、それが肇と繋がっていることを確認する。
『縁故』は繋がった関係縁から相手の居場所を探ることが出来るが、他者同士が繋がっている『関係縁』をたどるとなると、どうしても精度が落ちてしまう。案の定、櫻子が肇と繋がっている『関係縁』を辿ってみるものの……朧気に「このあたりだ」ということまでは分かるが、詳細な位置には至れなかった。
「俺と勝利君の縁を辿ってみるか……」
ならばと政宗は自分の手を見つめ、自分と勝利が繋がっている『関係縁』から、3人の居場所を特定しようとする。しかし……。
「クソっ、なんだって最後まで追えないんだよ……!!」
「政宗、どげんしたと?」
「今、勝利君との『関係縁』を辿ってみたんだが……最後で急に情報がブレるんだ。彼の近くに『遺痕』が複数いるか、透名さんの時みたいに『重縁』になっているのかもしれない」
『重縁』、それは、一般人が『痕』に取り憑かれてしまう現象のこと。8月の七夕まつりでは櫻子がその被害を被ってしまい、色々と大変なことになってしまった。丸腰の勝利の身に、危険が及んでいてもおかしくない。
策を巡らせる政宗へ、ユカは次の案を提示する。
「阿部さんは? 彼女なら『絶縁体』持っとるはずやろ?」
「そうなんだが……勝利君の近くにいることで、今は彼女の情報も最後まで辿れない。里穂ちゃん、仁義君、どっちか小野寺さんと繋がってない?」
こう言って里穂と仁義を見やるが、2人はそれぞれに自分の『関係縁』を確認した後、首を横に振った。
「私も、挨拶くらいはしたっすけど、ジンや他の人と一緒にしたくらいの接点しかなくて……正直、辿れるほどの強い『縁』じゃないっす」
「僕も同じです。申し訳ないですが……」
名杙直系の力を持つ里穂が首を横に振ったところで、政宗は手詰まりになってため息をついた。
最終手段としては、櫻子を自分たちに同行させて、彼女と肇の『関係縁』を里穂あたりに辿ってもらいながら目的地へ近づくことも出来るとは思うが、8月に『重縁』になり、『縁』の状態が不安定になった櫻子は、今はまだ病み上がりのような状態だ。
そんな彼女を得体の知れない『遺痕』が複数いる可能性がある場所へは連れて行きたくないし、『縁』に関する負担もなるだけ避けておきたいのが本音だった。
彼女に何かあれば、親友がとても悲しい思いをしてしまう。そんな事態だけは絶対に避けたい。
1人で考える政宗を見ていたユカは……ふと、その視線を、別の場所にずらしてみた。
そして……視界の端に蓮を捉えると、あることを思い出す。
「ねぇ、名波君……この会が終わった後、小野寺さんって人と2人だけで立ち話しとったよね?」
ユカがそう言った次の瞬間、全員の視線が蓮に注がれた。
「え? あ……」
ユカに指摘された蓮は、自分が持っていた荷物を見下ろして……静かに頷く。
「は、はい。確かに僕は、小野寺先生と5分ほど話をしていましたけど……」
蓮の言葉に、政宗は慌てて彼の『関係縁』を確認して……蓮と肇が繋がっていることを確認した。
政宗の反応で『関係縁』の存在を確信したユカは、次なる案を提示する。
今はまだ、『縁』を見たり、切ったりすることは出来ないけれど。
でも――これまでの経験から、いくらでも作戦を提案することは出来るのだから。
「政宗、名波君の『関係縁』を里穂ちゃんに繋いだらどげんやろうか。それなら里穂ちゃんを通じて位置を把握出来るやろうし……里穂ちゃんも「辿れるほど強くない」ってことは、縁がいっちょん繋がっとらんわけじゃないんやろ?」
ユカの問いかけに里穂は静かに頷いた後、「私はそれで問題ないっす!!」と、政宗へ立てた親指を突き出して見せる。
今回は、櫻子よりも蓮との縁を使った方が、全体におけるリスクが少ない――そう判断した政宗は、蓮の前へ立つと、彼を見下ろした。
「話は大体分かってると思うけど、緊急事態なんだ。今から君の『関係縁』を里穂ちゃんに結び直すから、動かないで居てほしい」
「分かりました。ただ……1つ、条件をつけてもいいですか?」
「条件?」
この期に及んで何を言うのかと、表情が若干苛立つ政宗に、蓮は臆することなくこう言った。
「僕も、佐藤支局長達と一緒に連れていってください」
その言葉を聞いた瞬間、政宗の目に少しだけ苛立ちが宿った。それを横目で見るユカは苦笑いを浮かべつつ……とりあえず、蓮の主張を聞いてみることにする。
「遊びじゃないんだよ。第一、『縁故』の能力を使えない蓮君を連れていく利点は?」
「僕は『縁故』ではないので、阿部さんや島田君を保護したら、真っ先に逃げることが出来ます。仮に『遺痕』が複数いて、同時多発的に対処しなければならない時に……一人でも動ける人間はいたほうがいいのでは?」
「……君は、2人を守れる?」
「やれるだけのことはやります」
躊躇いなく返答する蓮に、政宗はしばし考えた後……隣に立つユカを見下ろした。
彼女は政宗を見上げると、迷う彼の背中を押す。
その決断の責任は半分背負う、そんな決意と共に。
「政宗が運転する車には乗れるし、いいっちゃなかと? 全容不明の陣地に乗り込むっちゃけん、人手は多い方がいいし」
こう言って頷くユカに、政宗は少しだけ考えた後……結論を下す。
「……分かった。当然だけど、俺の指示には全て従ってもらうよ」
「そんなこと分かってますよ」
蓮がうなづいたことを確認したところで、仁義が二人の間に割って入ってきた。
「政宗さんは運転がありますので、里穂と名波君の『縁』の処理は、僕がやります」
「仁義君……」
「縁結びは得意なんです。任せてください」
こう言って頷く仁義は、前よりもずっとたくましく思えた。




