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エピソード6:相容れない似た者同士①

「お待たせっすー!! って……あれ? ケッカさん、政さんはどこ行ったっすか?」

 自分達の荷物をまとめた里穂と仁義が、一緒に帰るユカのところへ合流した時……その場にいると思っていた運転手(政宗)の不在に気付き、キョロキョロと周囲を見渡して首をかしげる。

 既に統治は心愛達を連れて出発しており、他の参加者も帰宅してしまったため……この場に残っているのは里穂と仁義、ユカ、聖人、駆、櫻子のみ。どう説明したものかとユカが苦笑いを浮かべていると、仁義がどこか心配そうな眼差しで見つめて問いかける。

「山本さん、その……先程、政宗さんと名波君が2人で部屋を出ているところを見かけたのですが……」

 刹那、仁義の言葉を聞いた里穂が、目を見開いてユカに現状を尋ねた。

「えぇっ!? 政さん、名波君にお説教っすか!?」

 確かにそう思われてもおかしくないため、ユカは慌てて手を横に振る。

「いやいや違うんよ。政宗が名波君に話があるって言って……あたしもあんまり詳しくは聞いとらんけど、別に彼を怒ったりとか、そういうわけじゃないけんが」

「そうなんっすか? でも……政さん、わざわざどうしたっすかね」

「さぁねぇ……とりあえず2人が戻ってくるまで、あたし達はここで待ってようってことで」

 ユカはそう言って言葉を切ると、部屋から出ていく直前の政宗の横顔を思い出して……もう一度、苦笑いでため息をついた。

 

 廊下の奥、他に人の気配がない場所まで蓮を連れ出した政宗は……警戒心を捨てきれないままついてきた蓮を見つめて、単刀直入に問いかける。

「蓮君、桂樹さんを探そうとしてるよね」

「……」

 開口一番に図星をつかれ、きまりが悪くなった蓮が視線をそらした。

 政宗の指摘どおり、蓮は桂樹を探して、直談判するつもりだった。

 海中から引き上げられた、華『らしき』遺体。それが彼女だと確定するためには、DNA鑑定が必要になる。

 その提供者として最も適任なのは――血縁関係がある桂樹なのだから。

 蓮とは血縁関係がないので、どれだけ声高に叫んでも華だと証明出来ない。桂樹のところにも最新の情報は入っていないだろう。名杙は勿論、政宗も桂樹へ連絡を取るつもりはなさそうだから。

 蓮は4月の一件があり、桂樹と接触をしたり、連絡を取ることは許されない。

 分かっている。

 今の自分がこれ以上、名杙の意に反することをすれば――もう、次はないことくらい分かっている。正真正銘、背水の陣だ。

 どの縁が切られるのかは分からないけれど、これまでのような処分では済まないだろう。


 分かっている。

 けれど――だからこそ。

 ここで動かなければ後悔すると思ったから。

 海の底でずっと、ずっと待っていた彼女を、早く安心させてあげたいから。


 蓮は政宗を真っ直ぐに見据えると、強い意志でこう言った。

「次はない……そんなこと分かってます。でも僕は、自分の意思で動きます。勿論、どんな処罰も受けるつもりです」

「どうしてそんなことを? 無謀だと分かってるよね」

「それは……僕が、姉さんに会いたいからです」


 どんな形であっても、ちゃんと、華と向き合いたい。

 そのための機会があるのだから……今度こそ、自分で決めたことを貫きたい。

 明日を変えたいと思うなら、まず、今日、自分に出来ることをやる。

 今度こそ絶対に後悔しない、それだけの覚悟さえ持っていれば十分だ。


 蓮の意思が堅いことを確認した政宗は、これ見よがしにため息を付いた。

 そして、不服そうな蓮を見据えると……口元にニヤリと笑みを浮かべる。

「蓮君はまだ、名杙との戦い方を分かってないね」

「どういうことですか?」

「あの家に正攻法で挑んでも、俺達は勝てるわけがないんだよ。だから……頭を使って抜け道を探すんだ」

「抜け道……?」

 政宗が何を言いたいのか分からない。目に見えて不機嫌な蓮に向けて、政宗はおもむろに自分のスマートフォンを取り出した。そして。

「茂庭涼子さん、覚えてるよね。この間、蓮君が会った女性のこと」

 その名前を聞いた瞬間、蓮の中に先日のことが頭をよぎる。

 彼女自身は悪くないと分かっているけれど、どうしても……まだ少し、苦手意識を持っていることは否定出来ない。

 政宗の言葉に、蓮は歯切れ悪く返答した。

「そりゃあ流石に覚えてますけど……茂庭さんが何だって言うんですか?」

「彼女は華さんや桂樹さんと、大学生の頃に同じサークルだった。当然――桂樹さんの連絡先は知っているよ。だから、彼女に仲介してもらう」

「仲介……? そんなこと、引き受けてもらえるでしょうか」

「勿論、何度も頼むわけじゃないよ。チャンスは1回だけだ。例えば……華さんの痕跡が発見されて、それに関することで早急に確認したいことが出来た。茂庭さんは石巻にいるからすぐに駆けつけられないから、とりあえず自分の代わりに……とでも言って、桂樹さんを呼び出せばいい。俺が連絡すると警戒されるかもしれないけれど、茂庭さんであれば信頼して、その場所に来るはずだよ」

 確かに、政宗の話が上手く行けば、桂樹を外に呼び出すことは可能だ。

 しかし……これはあくまでも彼が机上で立てた計画に過ぎない。そもそも、涼子がそんなことに協力してくれるのだろうか。加えて、涼子は嘘が上手いとは思えないので、メールの時点で不審に思われる可能性も否定出来ない。

「茂庭さんがそんな役目を引き受けてくれるでしょうか……」

 疑り深い蓮の視線を受け止めて、政宗はしたり顔で返答した。

「あぁ、それは大丈夫。既に万吏さんを通じて話を通してあるから。ちなみに、桂樹さんへ送るメールを作るのも万吏さんだよ」

「いつの間に……」

「この間、万吏さんと仕事の打ち合わせをしている時にね。蓮君はあの時、涼子さんの頼みを聞いて会ってくれたから……次はこっちの番、ってわけ。涼子さんが桂樹さんと連絡を取ることは禁止されていないし、そこにたまたま(・・・・)蓮君が居合わせて、少し立ち話をするだけだよ。勿論、そこにどうしてもリスクがあるけれど……仮に名杙に知られたとしても、それくらいなら俺と伊達先生が口八町で何とか出来ると思う。蓮君がリスクを回避したいなら、俺が桂樹さんに話をしてもいい」

 そう言って自分を見つめる政宗の手際の良さに、蓮は閉口するしかない。

 同時に……どうしてそこまで自分のために動いてくれるのかという疑問が残る。

それもしょうがないことだ。だって彼は、政宗は、あの時――

「佐藤支局長は……僕を許せないんじゃないんですか?」


 思い出すのは、6月上旬。

 政宗が自室を尋ねてきた時に言われた、この一言だ。


 ――片倉さんの間は割り切れるよ、仕事だからね。でも……俺はまだ、君を許すことは出来ない。


 自分に対する明確な嫌悪。

 それを堂々と言ってのけた人物が、多少の時間が経過したとはいえ、手のひらを返したように協力してくれるという。

 どうして、そう思うのは自然なことだ。


 蓮の言葉に、政宗はしばし考えた後……静かに一度頷いた。

「そうだね。俺は多分、まだ蓮君のことは許してないと思う。けど……今回は、華さんが大きく関わっているからね」

「姉さんが……」

「ああ。俺も4年前の災害で住み慣れた場所を流されているから、何か出来ることがあれば協力したいと思っているし……何よりも俺は、華さんには借りがあるんだ」

「借り……?」

「そう。俺が手を焼いていた心愛ちゃんのトラウマを解消して、『縁故』として背中を押してくれた。彼女は『仙台支局』にとっても恩人だ。その恩に報いたいから協力する、それだけだよ」

 真っ直ぐにそう言い切った政宗に、蓮はしばし閉口して……悔し紛れにジト目を向ける。

「本当に口が減らない人ですね」

「それはどうも。口先だけで生き残ってる叩き上げだからね。蓮君も周囲の人にもうちょっと頼って生きる練習を始めた方がいいと思うよ」

「それ、貴方にだけは言われたくありませんよ……」

「それもそうか」

 いけしゃあしゃあと言い放った政宗は、そこで1度、息をついてから……自分を見上げる蓮を値踏みするように見下ろした。

「と、いうわけで……蓮君、この計画にのってみるつもりはない?」

 彼の視線を、蓮は真っ直ぐに受け止めて……一度だけ、首を縦に動かす。

 それを確認した政宗は、「詳細は後で連絡するよ」と告げた後……自分を真っ直ぐ見上げるようになった少年に、少しだけ目を細めた。


 その後、2人で先程の会議室へ戻ったところで……その姿を発見した里穂が、大慌てで駆け寄ってきた。

「名波君!! 政さんにいじめられなかったっすか!?」

「ちょっと里穂ちゃん、どうして俺が名波君を!?」

「だって政さん、名波君に対しては小姑みたいじゃないっすか!!」

「小姑……」

 里穂の割と的確な指摘に、政宗が何も言えずにいると……部屋の隅に立っていた駆が、蓮を見つけて近づいてきた。

 駆は蓮へ自分の名刺を差し出しながら、改めて自己紹介をする。

「初めまして。千葉と申します。石巻の新聞社で働いていて……」

「あ、知ってます。七夕まつりではお疲れ様でした」

「えっ!?」

「あ……」

 当然だが、華蓮として面識があるので駆のことは知っている。

 しかし駆は、蓮が華蓮だということなど知る由もないため、驚いた表情で目を丸くした。喋りすぎたと反省する蓮の横顔を見て、事情を把握している里穂が盛大に吹き出したところで、仁義が苦笑いで手を引いて少し離れた場所へ連れて行く。

この場がとてつもなく不自然な空気になってしまったため、蓮は慌てて釈明した。

「その、千葉さんのことは……な、名倉さんや柳井君から聞いていたので」

「そ、そっか、そうだよね。じゃ、じゃあ、話は早いかな……ちょっと今日のお話を聞いて、相談したいことがあって。少し向こうで話をしてもいいですか?」

 駆がそう言って、今は片付いて誰も居ない部屋の一角を指差す。

 名刺を受け取った蓮は「わかりました」と頷いた後、彼に続いて歩く。刹那、それに気付いた櫻子が二人分の椅子を用意をし始めて、駆と蓮が慌てて駆け寄った。

 ユカは黙ってその様子を見つめながら……不意に、隣に立っている政宗を見上げる。

「名波君に協力すると?」

「ああ」

「桂樹さんと名波君を会わせたことが名杙に知れたら……それを容認した政宗は、大丈夫なん?」

「さて、それはどうだろうな。今のうちから名杙にゴマでもすっておくか」

 こう言って笑う政宗の服を、ユカは強引に一度引っ張った。

 そうじゃない、言外に彼への苦情を精一杯含めて。

「そげんヘラヘラしとって大丈夫なのかって聞いとるんよ」

「何だよケッカ、心配してくれるのか?」

少しからかうようにこう言うと、ユカは間髪入れずに返答した。

「当たり前やん。職場がなくなったらあたし無職になるんよ!!」

「安心してくれ、それは俺も同じだからな。そうなったら統治と3人で福岡に再就職だ」

「あのねぇ……」

 どこまでも口が減らない政宗に、ユカは閉口して肩をすくめるしかない。

勝算はあると思うけれど、時にそんなものがなくても信念を貫くのが彼の流儀なのだから。

「まぁ……政宗が勝算のないことをするわけないとは思うっちゃけど。そういえば政宗って、名波君のことは下の名前で呼んどるね。片倉さんの時は名字やのに。何か意味があると?」

「え……?」

言われてから気付いた、蓮への呼称。

 ユカに指摘された政宗の脳裏に、過去のある出来事が思い出される。


 それこそ、もう10年近く前になってしまうけれど。

 休日の昼間、政宗が仙台駅の中の駅ビルを歩いていたところ……トイレの前で泣きそうになっていた迷子の男の子を見つけて、保護したことがあった。


挿絵(By みてみん)


 その時の少年は、恐らく小学生くらい。お姉さんと一緒に食事をしていたところ、トイレに行きたくなって用を足したのはいいが、自分がどこから来たのか分からなくなってしまった様子だった。

 政宗が手を貸すと、最初は怯えていたけれど……。


 ――はい、ここです!! 本当にありがとうお兄ちゃん!!


 政宗は一人っ子なので、お兄ちゃんと呼ばれたことはない。健気にそう呼んでくれた彼の純粋な眼差しが

印象的だったことを、今でも朧気に覚えている。

 もっとも、蓮とあの時の少年は、年代こそ同じだけど性格が違いすぎる。

 だから、違う人物だと理解しているけれど……つい、あの時の少年の姿を重ねてしまうことがあって。

 蓮として初めて会った時、無意識のうちに彼を名前で呼んでしまい、定着してしまったのは……きっと、そんな思い出があるからだろう。


「……『れん君』は、お姉さんと一緒に、元気にしてるといいけどな」

「政宗?」

 ボソリと呟いた政宗に、ユカが訝しげな視線を向ける。

 政宗は一度頭を振った後……視線の先にいる蓮を見つめて、苦笑いを浮かべた。

「あ、いや……最初に名前で呼んだのが自分の中で定着したみたいで、特に深い意味はないよ。片倉さんと差別化したかったのかもしれないな」

「そうなんやね。まぁ、呼び方なんてそんなもんだよね」

 納得したように頷くユカを見下ろし、政宗は口元を緩めた。

 そして軽く頭を振った後、言葉を続ける。

「俺の呼び方に意味があるのは……1人だけだよ、結果」


 時刻は少し進み、間もなく17時になろうかという頃合い。

 阿部倫子と島田勝利は、中学校から駅のある大通りへと向かうため、入り組んだ住宅街を歩いていた。

 あの後、統治の車で全員で中学校まで戻ってきた後、解散となって。倫子と勝利は受験対策のために学校に残り、進路指導担当と話をしていたのだ。

 土曜日の夕方ということもあり、平日よりも人通りは格段に少ない。雑談をしながら歩き慣れた道を歩いていると……住宅街の一角にある公園の入り口で、見知った顔がこちらを見ていることに気がつく。

 つい先程まで一緒にいた、その人物にいち早く気付いた勝利が、パタパタと駆け足で駆け寄っていく。


「小野寺先生、こんにち――」


 慌てて倫子が追いかけようとした次の瞬間、彼――小野寺肇の前に立った勝利が、突然黙り込む。

 そして、一度ビクリと体を震わせた後……だらりと両腕の力を抜いた。

「え……?」


 何かおかしい、条件反射で警戒心が芽生える。

 このまま逃げる? でも、勝利を置いて逃げるわけにはいかないし、自分の運動神経の低さは承知しているから、走って逃げても追いつかれてしまうだろう。


 一体、何が起こっている?

 勝利はどうして――何も言わない?


「島田、君……どうしたの? 島田君?」

 倫子が2人へ近づけず、彼を呼びながらその場で立ち尽くしていると……肇は青白い顔で彼女を見やり、その口元に薄ら笑いを浮かべる。

 そして、立ち尽くす倫子へと近づくと、彼女を見下ろして……不意に、目を細めた。

「君は……」

「え……?」

「……まぁいいか。消すことに変わりはないんだ。ごめんね」


 彼がそう言った次の瞬間――倫子の視界は、真っ暗になった。


挿絵をですね!! 使いたかったのですよ!!

この本文中のイラストは、狛原ひのちゃんが描いてくれたものなのですが……これを蓮の回想で出すと、優しいお兄ちゃんが政宗だってバレてしまう可能性があるので、ここまで温存しておりました!!


……え? 蓮の回想の時点で気付いてた。ですよね。

この困惑する蓮と、対照的なくらいに心強い政宗の笑顔がたまらんのです……!! この絵のおかげで彼らのエピソードは生まれてようなものです!! イラストありがとうございます!!

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