エピソード2:事実④
華蓮が『仙台支局』を飛び出してから、約30分後。
統治は連絡をくれた関係者と会うために署の中へ。ユカと心愛は傘をさして若林警察署の周辺を歩きながら、その姿を探していた。
この警察署があるエリア一帯は、災害後に開発された新興住宅地だ。災害後に地下鉄の駅や商業施設もオープンしており、新しい人の流れを作っている。
二人ですれ違う人の顔を注視したり、周囲を気にしながら歩いているものの……行き交う人の中に、華蓮の姿を見つけることは出来なかった。
徒歩で地下鉄の荒井駅までやって来たところで、ユカが心愛を見上げ、次の指示を出す。
「恐らく片倉さんは、もう電車かバスで移動しとると思う。統治からの連絡もないってことは、警察やその周辺で問題を起こしたわけでもなさそうやけんね」
「そうね……ケッカ、どうするつもりなの?」
心愛もまた、ユカに同意しつつ、彼女の言葉を待った。
ユカはもう一度周囲を見渡して、駅構内へと向かう目につく人の流れの中に華蓮がいないことを確認すると……傘越しに空を見上げ、結論を告げる。
「とりあえず車に戻りながら、もう一回探してみよう。もしかしたらフラフラしとるかもしれんし。それで見つからんかったら……統治や政宗と一緒に考えんとね」
「分かった」
素直に同意する心愛に、ユカはニヤリと笑みを浮かべた。
「心愛ちゃん、随分素直に人の話を聞けるようになったっちゃねぇ……」
刹那、心愛がユカへジト目を向ける。
「何よそれ。馬鹿にしてるの?」
「ううん、ケッカちゃんは嬉しいと。だって、4月はあげん反抗的だった心愛ちゃんやけんね」
そう言って彼女を見ると、心愛は気恥ずかしそうに視線をそらし……ポツリと、呟いた。
「片倉さん……名波君も、そうだと思ってた」
心愛はそう言って、駅の周辺を行き交う人を見つめる。
「名波君とは、4月に色々あって……それは凄く怖かったし、今でも全部許してるわけじゃないの。でも、それは半分くらい名杙のせいだったし、そこからはちゃんと自分のやったことを反省して、心愛とも向き合ってくれてるって……そう、思ってたから」
心愛が仙台支局に初めてやって来た時、オドオドしていた華蓮と居合わせた。
当時はまだ統治が行方知れずのままで、ユカが仙台に派遣されたばかりの頃。『縁故』の修行を始めるためにやって来た場所で出会った華蓮は、虚勢を張っていた心愛に対しても、とても優しくて……彼女の孤独を埋めてくれた。
それは全て、心愛を捕らえて利用するためだったのだけど、その事件が終結した後も、心愛は華蓮と――時折、蓮とも交流を図ってきて。
最近は、4月の頃よりも距離が近くなっている、蓮自身も少しずつ前に進んでいる――そう、思っていたのに。
「全部、心愛の思い込みだったなんて……思いたくないなぁ」
そう言って唇を噛み締めた心愛に、ユカが静かに寄り添った次の瞬間……ポケットの中のスマートフォンが、統治からの着信を知らせた。
「あ、もしもし統治? うん、あたしと心愛ちゃんは荒井駅に来たっちゃけど……分かった、そっちに戻るけんね。絶対動かんでよね」
ユカは電話の向こうの統治に念を押すと、フンと息を吐いて電話を切った。そして、スマートフォンをパーカーのポケットに押し込めると、心愛を見上げて先を促す。
「と、いうわけで警察署まで戻るけん、ね……」
そう言って、歩き出そうとした次の瞬間――
不意に……視線を、感じた。
「……?」
動かずに周囲を見渡してみても、ユカを見ているのは心愛だけ。視線を感じた先はバス乗り場になっており、特に顔見知りがいるわけでもない。
立ち止まって顔をしかめるユカを見下ろし、心愛が釈然としない表情で問いかける。
「ケッカ、行かないの?」
「あ、うん……ねぇ心愛ちゃん、この辺に何かおらん?」
「えぇっ!?」
次の瞬間、心愛が傘を放り出しそうな勢いで奇声を発した。そして、ユカからのジト目に対して必死の言い訳をする。
「な、何かって何よ!! 変なこと言わないでよね!!」
「うーん、なんか、誰かに見られとる気がしたっちゃけど、この辺に『遺痕』の情報はないっちゃんねぇ……あたしはまだ『縁故』能力が使えんけんが、1人で確認するんが怖いんやったら、分町ママにでも聞いてくれん?」
「わ、分かったわよ……!!」
心愛もユカの現状は把握しているため、呼吸を整えた後、瞬きをして視界を切り替える。そして……。
「ぶ、分町ママ……どう?」
ユカのジト目もこの際気にしていられない。突発的な事案に即座に対応出来るほど、心愛はまだ場数を踏んでいないのだから。
心愛の頭上にふわりと浮かんだ分町ママは、左手に持ったワイングラスの中身を一口嗜んだ後……左手で、とある一点を指差した。その表情や態度に余裕があることから、危険が差し迫っているわけではなさそうだ。
心愛もまた、分町ママの指差す方へと、恐る恐る視線を向けて……ユカの言葉の理由を察する。そして、分町ママに「ありがとうございます」と会釈した後、答えを待つユカに向けて現状を報告した。
「あのバス停のところに、子犬の『動物痕』が3匹いるわ。『縁』も見たけどとても細いから、何もしなくてもいいと思う」
「あぁ、なるほど……『動物痕』ね」
心愛の説明を受けたユカは1人で納得して……改めて、今の自分には見えないその姿を思う。
動物痕――その名の通り、人間ではなく、動物の『痕』、時に『遺痕』を指す言葉である。
彼らも人間と同じように『関係縁』などが中途半端に残ってしまい、この世に留まり続けている。
とはいえ、人間よりも弱いため、放っておけば消えることがほとんどだ。
ただ、極稀に……霊的な力が強い動物痕の『関係縁』が、波長の合った人間の『因縁』に絡みつき、その人格に干渉する――いわゆる『とり憑かれた』という状態になってしまうことがある。
心愛、そして分町ママが特に手を出す気配がないということは、人間に害をなさないレベルの、そんな存在なのだろう。
よく見かける『動物痕』は、自分が命を落とした場所から離れないことが多い。稀にいる、制約なく自由に動き回るものが、人間に干渉するのだ。
「そげん強くなかとに、3匹も同じ場所に……何かあったとやかね」
ユカの言葉に、心愛はそっと視線を上に上げると……傘の隙間から空を見上げる。
そして、ポツリと呟いた。
「4年前の災害の時に……ペットも沢山亡くなったんだって。さっきの『縁』の状態から考えると、多分……」
「あ……」
彼女の言葉に、ユカは軽率な自分の発言を反省した後……自分は4年前の実情を何も知らない部外者なのだと、改めて思い知らされた気がした。
その後、駅まで車で迎えに来てくれた統治にピックアップされて、3人は再び『仙台支局』に戻る。
既に統治から報告を受けていた政宗が、応接用のソファに座って待っていた。
「3人とも、おかえり」
「政宗……片倉さん、戻っとる?」
ユカの問いかけに、政宗は無言で首を横にふった。程なくして、奥から4人分の麦茶を持ってきた瑞希が3人を出迎えて……華蓮が一緒でないことに気付き、少しだけ目を伏せる。
統治は瑞希が持ってきた麦茶をテーブルに配膳しながら、瑞希へ次の指示を出した。
「ここにいる全員で、現状と今後を共有します。支倉さんもミーティングに参加出来ますか?」
「は、はいっ!! じゃあ椅子を持ってきますね」
こう言って自分の席へ戻る彼女の背中を見送りながら、統治は政宗の前へ腰を下ろし……麦茶をすすって、息をついた。
心愛が統治の隣に、ユカが政宗の隣に座ったところで、椅子を持ってきた瑞希が心愛とユカの間に入り、この場にいる全員が顔を合わせる。
政宗が全体を見渡した後……静かに口を開いた。
「現状は、統治や支倉さんから何となく聞いているけれど……改めて確認すると、警察からの電話を取り次ごうとした片倉さんが、名波華さんの発見を知って飛び出した、統治とケッカ、心愛ちゃんで追いかけたけれど、若林警察署周辺に彼女の姿は見当たらず、一度ここに戻ってきた……これでいいかな?」
政宗の言葉に、銘々が頷いた。それを確認した彼は、これまでに自分がやったことを報告する。
「伊達先生には俺から連絡してある。今日は富谷で仕事中だけど、夕方以降に利府に寄って気にかけてくれるそうだ。里穂ちゃんと仁義君、分町ママにも伝えてあるから、見かけたら俺に連絡が入ることになってて……統治、そっちはどうだった?」
そう言って彼に話をふると、統治が一度呼吸を整えて、警察署で聞いてきたことを語りだした。
「まず、今回見つかったのは……華さんらしき人も含めて3名のご遺体だそうだ。ただし、それぞれがご遺体の一部しか見つかっていないし、白骨化しているから、DNAや歯型で身元を特定することになる」
「だろうな……統治、華さんはどうすることになりそうなんだ?」
「とりあえず、親父と相談しないと何とも言えないんだが……華さんらしき女性のご遺体は頭部の欠損が激しくて、歯型よりもDNA鑑定が良いと言われて、協力してくれる身内を探してほしいと言われているんだが……」
統治はここで言葉を切ると、何かを思い出してこめかみを押さえた。
見つかった遺体が『名波華』だと特定するために、彼女と血がつながっている身内に、DNA提供の協力を依頼しなければならないのだが……。
彼女は名波の人間ではなく、名杙直系筋の人間だ。
彼女の父親はまだ生きているのだが、善意のみで協力してくれるとは思えない。
母親は同じ災害で亡くなっており、既に火葬・埋葬されていた。
名波蓮は彼女を姉のように慕っていたが、彼女と直接の血の繋がりはない。
「お兄様、その……心愛とかじゃ駄目なの?」
オズオズ手を上げて問いかける心愛に、統治は渋い顔で返答する。
「どうしても見つからない場合は、俺や心愛でも出来ないことはないらしいんだが……時間がかかる上に、整合率が下がってしまうそうだ」
「だよね……」
そう言って肩をすくめる心愛だが、その表情に言葉ほどの落胆は感じられない。
八方塞がりのように感じる現状だが……瑞希以外の4人は、あと1人、『弟』に心当たりがあった。
かつて、『名杙桂樹』と名乗り――蓮と共に謀反を起こして名杙から追放された、華の本当の弟。
「とりあえずこの件に関しては、俺が主導で話を進めていく。何かあれば報告をするから、今は名波君の行方を探すことを優先してくれ」
「分かった。いい方向に進むといいな」
統治が何をするつもりなのかを察した政宗が話を引き取った後、壁の時計を見つめる。
時刻は間もなく、18時30分になろうとしていた。定時を過ぎてしまったことに対して、政宗が申し訳なさそうに瑞希を見つめる。
「支倉さん、残業させちゃってゴメンね。急ぎの仕事がなければ、今日はもう上がって大丈夫だよ」
「いっ、いえ、これくらいなら問題ありません!! あの……明日はいつもどおりで大丈夫ですか?」
「うん、出勤はいつも通りで。ただ、突発的な対応で人の出入りが多くなるかもしれないから、明日は1日ここに待機出来るような仕事をしてくれると助かるな」
「分かりました……!!」
「あと……明日以降、片倉さんの出勤がシフト通りにならない可能性が高いから、少し仕事が増えるかもしれない。その辺も明日まとめて俺が説明するから、今日はとりあえず、ここで聞いた話を他言無用にしてくれれば大丈夫だよ」
「わっ、分かりました!! 守秘義務ですね、大丈夫です……!!」
瑞希はそう言って何度も頷いた後、立ち上がって椅子を片付けに向かう。
その背中を見送りながら、政宗は統治を見つめ、次の指示を出した。
「統治、悪いけど、ケッカと心愛ちゃんを社用車で送ってくれないか? 今日はそのまま上がっていいから、名波華さんに関することを頼む」
「俺は構わないが……佐藤、お前はどうするつもりだ?」
1人だけ残って仕事をするつもりか、と、統治とユカが厳しい目を向けると、政宗は「いやいや、1人寂しく残業なんかしないっすよ!?」と釈明した後、自分の行動予定を共有した。
「俺はちょっと、雑務を終えたら利府に行ってみる。彼が部屋に戻っているかもしれないけど、複数人で押しかけると、余計に警戒されそうだからな」
「そうだな……俺よりも佐藤が適任か。ならば山本、佐藤についてくれ」
「統治!?」
刹那、副支局長から飛んできた豪速球に、政宗は驚いて目を見開いた。一方のユカは「分かった」と既に了承しており、政宗をキョトンとした眼差しで見つめる。
「政宗、何を今更驚いとると? 二人一組で動く方が、何かあった時に対処出来るやろうもん」
「いやまぁ、それは……」
「あと、政宗の『雑務』が何分かかるのか気になるけんね。あたしか統治が監視しとかんと……夕ご飯も食べずに仕事しそうやし」
こう言ってジト目を向けると、図星だったのか、政宗はきまりが悪そうに視線をそらした。
そして、向けた視線の先にいた心愛が、「諦めてください」と言わんばかりに首をふっていることに気付いて……両手を上げる。
「悪いけど予定変更だ。社用車は俺が使ってもいいか?」
「ああ。俺たちは帰るだけだからな」
しれっとそう言った統治は、カーディガンのポケットに入れていた車の鍵を政宗に手渡した。
災害時、ペットに関することはどうしても問題になると思っています。
実際の避難所は(少なくとも東日本大震災の時は)、やはり人間が寝泊まりすることを想定されており、ペットまで受け入れてくれるところはまだ少ないんじゃないかなーと思ってます。
ペットが家族だと言っても、苦手な人は苦手ですし、アレルギーがある人にとっては死活問題でもあります。可愛いだけじゃどうしようもないのが災害です。
車中泊でペットと一緒に過ごした、半壊の自宅から離れられなかった、という被災者の方も、報道されていないだけで多くいたと思います。
また、実際の災害時に支給される食料は、当然ですが人間が食べるものが優先的にやって来ますので……ペットを飼っている人は、その子用のご飯やおやつ、トイレに必要なものを事前にストックしておいてあげてください。物流が止まり、店が閉まれば何も買えません。災害時は人間を生かすことが優先されると思っているので、「何とかなる」という楽観的な考え方で最終的に割を食うのはペットです。
『家族』だと思っているなら尚更、それ相応の準備をしてあげて欲しいと思うのでした。




