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饗堂(しょくどう)  3

 *


 複層構造の饗堂しょくどうは夜でも夜明けのような薄明に保たれています。外郭を囲った窓からの採光にも工夫があるのでしょう。

 窓の外に広がるのは果ての見えない星空。しかし、その後方から恒星の光が包み込んでいるような、暗さと明るさが織り成す光は、目くるめく柔和さでした。

 以前みずなを食べた所より上層に位置するデザート階層で、大きめのサバランと氷水をもらって、窓のそばの席に行きました。

 星の輝きは遠い鈴の音のように、その音は、白っぽい光となり、窓から射し込むのでした。フォークを「ぷしっ」とサバランに立て、切り分けて戴きます。うまい。口に含むと充分な弾力と質量。それでいて飲み込む時には、シロップと溶け合うかのよう、生地が消えてしまいます。喉を熱く流れ落ちながらも、澄み切った清涼感のある、このシロップは……洋酒だけではなく、ミリン、が入っていますね? とにかくおいしくて、たちどころに半周たべてしまいました。たっぷりのクリームとフルーツ、アクセントになっている餡子の粘りと濃さ。これは大当たりです。では、そろそろ、てっぺんに乗ったサクランボを……。

 ひょいと、サクランボを取り上げ、口に含む人が居ました。

「よお。相席してもいいかな?」

 夜空の輝く黒碧こくへきを背に、したたる黒衣をひるがえしたたずむ、宇宙のように深く青い長髪ながかみ

「あなたは……」

 氷上ひかみ、シアンさん、でした。

「他人行儀だなぁ。いつものようにシアンにゃんでいいよー?☆」

 彼女はわたくしの向かいに座り、うどんの載ったお盆を置きました。ネギを散らしたうどん。淡く、しっかりと効いたダシのが、鼻をくすぐります。

「了承いたしました、シアンにゃんさん」

「アマネたん、一緒に食べよー!」

 氷上さんはくわえたワリバシをぱちりと割って、麺をすすります。つゆをゴクリとたっぷり飲み込むと、それが目的かのように胸の奥から息を吐き出しました。

「ふぃー、生き返るわー。って、生き返るとか! このあたしがね! 傑作!」

「そんなにお腹が減ってらしたんですか?」

「ん、あたしはどちらかといえばいつも飢えてるのよ。温かいスープは飢えた腹に染みるなあ。まるで透明な血液さー」

 氷上さんは飲み物のように丼を空にしてしまいました。

「で、どう、ここの過ごし方に慣れた?」

 氷上さんは身を乗り出します。テーブルに肘をつき、口の前に手を組み合わせ、いたずらっぽくこっちを観ています。彼女特有の不敵な、つまり仲間にこんな人が居れば、とても心強い吊り目。青く底光りしているのは、どんなしくみかわかりません……光の反射のために、くしの色が瞳に落ちているのでしょう。

「おかげさまで、その節はお世話に」

 わたくしはぺこりとおじぎし、こころもち自分の身体も氷上さんに近寄るのを覚えます。そこで、食堂でお給仕している創生のメイドの方が、二人にお茶を注いでいってくれます。なんてよいタイミング。

「ふーん、たのしそうじゃん」

 氷上さんはまどろむ猫のようにニコーっと笑い、くっくっと声を立てます。わあ、吊り目とのギャップがかわいい! これはわたくしもつられて笑ってしまいます。

 あれ……?? 食堂で二人でお茶をしているなんて……。

 わたくし、もしかしていま、…………。

 普通の人間っぽい、です!

 よかった、こんな経験ができるなんて……。

 引き込もりをしていて、ほんと、よかった……。

「なんて言うか、アマネたんの空気が、すっかり《創舎ここ》に居付いたように感じるね。安心したよ。さすが引き込もりちゃん。好きな場所に落ち着くのはお手のもののようね」

 空気の色が観えるような物言いで、氷上さん。

「せっかくこっちに来たのに、退界処分・・・・になっちゃう子も居ることだし。そいつは勿体ないってものよねえ」

 氷上さんは今度は陶器の大皿に乗ったパスタをフォークで巻き、もしゃり、と大きく一口。さっきメイドさんが通りかかった時に、金貨を渡し、頼んでいたのでした。

 わたくしの前にはホットコーヒーが置かれています。花札のような模様が描かれた欧風のカップに、静かな黒い水面が湛えられています。氷上さんは頬張った笑顔で頷きます。おごってくれるようです。

「あの、退界処分というのは、取り消せる方法はありますか?」

「え、どーして? まさか、アマネたんが?」

「い、いえ。……ただ、何となく、興味が」

「うーん。『神未達』の人たちが処分を取り消された話は聞かないねー。『未達』は『未達』で、神じゃないんだし。間違ってニンゲンが神の夢を見ちゃったようなものだから」

 はむ、と麺にかぶりつく氷上さん。

 そうですか……。

 やはり、処分は覆せない定め……。

 ならば、サキちゃんはどのよう・・・・・・・・・・に覆すのでしょうか・・・・・・・・・

 わたくしにできる、サキちゃんへの、最大の応援は……。

 何ができるのでしょう。わたくしには……。

「なんか、気難しい顔してるわね。笑顔が当人比0.03%ほど足りない。あたしはキスしたくらいにはアマネたんを好きよ。だから0.01%も減れば解ってしまうのよ。悩み事があるのかしら?」

 んく、とグラスをあおる氷上さん。漂う香りの、濃厚な芳醇さ。透明な液体は日本酒のようです。

「相談しろ、とは言わないわ。ニンゲンはそーゆー事を持ち掛けちゃうけどねー。神は悩みも独占したがるもの。悩み如き・・・・は、独りで愉しみ、解決してしまうためにある。あたしはアマネの姿勢を尊重しているわ。お好きなようになさい」

 顔が赤くなる一方で、目が冷ややかに据わっていくギャップも、氷上さんの魅力の一つなのでしょう。

「悩んでます」

 わたくしは言いました。

「でも、相談も、したいです。せっかく氷上さんが、ここに居るのですから」

 一緒にもやもやを解決するイベントをしたい。二人で喜びたい。そう思います。

「正直ね。正直な子は好き。素直に生きるのが一番キモチイイのよねー。アマネたん判ってるー。ふふ、もっと好きになっちゃうよー」

 氷上さんは突っ伏してわたくしを見上げます。ゴロゴロと猫が喉を鳴らす擬音が聞こえてきそうです。

「たいせつな知り合いが、《創舎》を去らなくてはならないんです。わたくしは何ができるでしょうか?」

「『やりたいことをやんな』。ニンゲンならそうアドバイスするだろう。あたしも、変わらない。あたしはニンゲン的な神でね……。能力の特質的なところもあるんだけど。そういえば、やりたいことは引き込もりだって、前に言ってたね」

「ええそうです。それが気がかりで。わたくしが引きこもっていたら、友達は去ってしまうんじゃないでしょうか?」

「その友達も馬鹿ではないんでしょ? あなたが手伝ってどうにかなる目算があれば、陰に陽にあなたの助けを求めていたはずよ。そうではないなら、手伝ったって、どうにもならないんでしょう。データを言っておけば、今まで退界処分が覆った例は0よ。あなたができることはないわね」

「やはりそうですか……」

 思った通りのようです。これは覆すのは特別に難度の高い筋書き。

 サキちゃんくらいの人・・・・・・・・・・でなければ・・・・・覆せないのです。

「あたしは結末が分かっていることをわざわざする奴が嫌いでね。だってつまり、馬鹿ってことじゃない。あがいたって処分が変わらないのは、その子も知ってるでしょう。おとなしく去るのがいいわね」

「氷上さんは、去るのがわたくしでも、同じことを言うのですか?」

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