表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/40

『魔王』  1

 泉サキは「最も見たくないもの」にいつも晒されている。――と私は・・思う。

 これは《創舎》に来てからの泉サキの特性だった。『魔王』が引き起こす症状である。『魔王』という力と、泉サキという器が、拮抗し合っていた。

 泉サキにとって『魔王』は自身のあらゆる長所を減衰させる力。

 それを私は「闇の力」と名付けた。

 闇の力である『魔王』にとって、活力や落ち着きや幸福感といったものは異物である。闇はこれらに取り付いて消し去ろうとする。内側の激しい拮抗作用によって、この人間は・・・・・、《創舎》に来る前とは変わり果てた。能力を自分のものにできれば、拮抗作用は消える。だが想像できなかった。闇の力に飲まれる未来しか見えなかった。それもまた闇の力によるのだ。

 まさにそうして悲観の底に泉サキを留置するのが、『魔王』の特性なのだ。

 泉サキは、知らなかったさまざまの悲観の景色を、観える・・・ようになった。それはあたかも、修行を積んだ宗教者が、世界に光が溢れ、一挙に世界が広がるような悟りを得るのと同じ。ただしその方向が真逆。

 泉サキが経験したのは闇の世界の広がり・・・・・・・・だった。地上ではなく、足下に広がる昏迷の世界の迷宮。『魔王』は無垢なニンゲンの女子を昏迷じぶんの世界に引き込んだのだ。

 泉サキの世界観は逆転・・・・・・・・・・した・・。光だけがあった世界は、もうない。自分のまわりには闇だけがあり、光の気配さえ、思い出せなくなった。『魔王』が与えたのは、通常の人間であれば、発狂し、失禁し、失語し、自殺の自由すら失い、廃人となるしかないくらいの衝撃。だが泉サキは、二つ名付きの能力を召喚できるほどには、内面的な素養には富んでいた人間だった。そのために決定的な精神崩壊に至らずに済んでいたのだが、なまじそのせいで、あらゆる悲観を直視しつづける生活を強いられた。

 泉サキの脳をアタックする悲観のビジョンは、もはや宇宙レベルにまで膨張していた。

 私は宇宙に一人であり、すぐに消えてしまう……。そもそも、宇宙が滅びたら、なにもかも、なくなってしまう……。もちろん、宇宙が終わる前に、地球も終わってしまう……。文明は消滅する……。

 ならばニンゲンも絶滅してしまう……。この世界・・・・が終わってしまうのだ……。だからジブンがやってきたことも消えてしまう。何を積み重ねても、消えてしまう……! 私のやってきたことは水泡に帰してしまう……。私の全部はパーになってしまう……。それなのに・・・・・私は、神とやらになって、何かをやろうと、あがいていて、こんなことに意味があるのか……! あるわけない……! たまらない無力感……。

 突き刺さる汚れた氷柱のような思考。これは『魔王』が私の内に宿っているから、考えることなんだ。こんな私は偽者だと分かっている。だが本物の私はどうだった? いまは思い出せない……! 私という存在は、喰われるためにあるのか? 世界の滅びと、時の流れに喰われて、何も残らない。その前にもう『魔王』に呑まれそうだ。

 あと何百億年かしたら、この宇宙さえも消えるかもしれない。なにもかも消えるかもしれない。宇宙のレベルですら、確かな存在は一個もないなんて。

 そんな大したことのない宇宙の中に居る、さらに大したことない一個の存在。

 それが私。

 どうして私は極めて小さいモノなのか? 

 だから、寂しい。

 寂しいのだ。

 私を、なんとか、して……。

 誰でもいいから、(the)のなか(enemy)の魔王(inside)を、追い出してくれ……。

 いや……分かってる。無理だ……。取り憑かれたのは私のせい。結局のところ、器が万全ではなかった。強い能力ほど定着はシビアで精密だと聞く。器が完璧なバランスを備えていることが必要だ。私は内部の素養に歪なところがあったに違いない。

『魔王』はそこに付け込んで来た。歪なところから根を張り、私の主導権を握った。自分の器が、もっと洗練され、盤石であったなら、私は今頃『魔王』を手懐けていたはずだった。

 かつて「闇のルートヴィヒ」は泉サキに言ったものだった。

「そいつを定着させるのは並大抵のことではないゾ」

 と。

 器が耐えられなければ、「神の観る世界の景色」の情報量に耐えられない。その圧倒的な情報量は小さい器には濁流のようなノイズとなって流れ込む。神がどのくらいの「広さ」で世界を見ているか。どのくらいの「大きさ」の世界を受け止めているのか。どのくらいの「多色感」や「豊かな重み」で世界を観ているか。「広さ」は小さな器を絶望させ、「大きさ」は内側から破壊し、「色の多さ」は目を眩ませ、「重み」は潰して昏倒させてしまう。

 泉サキは飛びぬけた神の力を招いたが、使いこなせる器ではないゆえに、器が軋んでいた。

 私の未熟さが招いた症状だった。

 ああ。さびしい。さびしすぎる。新鮮で絶対的な離人感。そこが私の足をつけるべき所であるように、みずみずしい離人の底に叩き落とされる。もしもこれが逆なら? 孤立感ではなく、みずみずしい信頼感と全能感を湧き上がらせるなら? 『魔王』でなく『救済』とでも言ったのだろうか? だが、ここにあるのは、小さな一つの点に向かって、かすむように消失し続ける・・・・・・力。全部の活力を0へと縮小する力。

 近頃はもうカラダまで動かなかった。ココロとカラダは、補い合っている。要するに足を引っ張り合っている。あっちの世界では、自分は齢相応に活動的な子供だった。でも今は動かない。カラダの神経伝達が致命的にうまくいっていないのだ。

 満足に動ける時間は、今は、普通のニンゲンの1/3くらいか。だんだん短くなっている。自分はすでに、意志ある土嚢のような粗大ごみになっているのに、これ以上に動けなくなったら、生き物というより鉱物や岩石に近付く。

 泉サキは自然に推測できた。魔王が肥大していくことは、「私」にとっては死を意味すると。泉サキの人格は闇に飲まれ、闇そのものと言える別の人格が登場するだろう。そのとき「私」の「自覚」はあるか。なくなっているだろう。消失点の向こうに吸い込まれ、存在しないだろう。

 滅び――思えば、それが『魔王』の象徴ではなかったか。ゆえに泉サキは・・・・・・・滅びに際する寂しさの・・・・・・・・・・全ての種類を・・・・・・味わわされていくのだ・・・・・・・・・・。滅びに、さいなまれる。その時間は増え続けていた。『魔王』にうなされ、寂しさが泉サキの中の、少ない豊かな部分をこそぎ取ってゆく。泉サキは空しさを湛えた器となって、ベッドでぼーっとする。《創舎》の自分の部屋なのに、病院のように感じる。そうして思う。ここに居るのは場違い・・・・・・・・・・だったのだ・・・・・

 早く楽になりたい。

『魔王』に喰い殺されれば、消えてしまえば、楽になれる。楽にしてほしい。消えてしまえば、空しさを、悲しさを、観なくて済む。

 いや、「消えてしまえば楽になる」と考えている「私」が消え去ることは、やはり怖い。とてつもなく怖いものだった。

「消えてしまえば楽になれる」という考えは、「甘い夢の中で死にたい」というような甘えだった。今、自分は、単にめんどうがっている、粗大ごみなのだ。体が動くのに全身不随だと思い込み、気軽に安楽死を望むような、安っぽい譫妄患者だ。とてつもない馬鹿だ。みずから神を求めるのをやめるなんて馬鹿だ。ごまかしの安楽に安らぐようでは、お仕着せの娯楽や物に定住する「ニンゲン」たちと同じ。神を得る資格はない。泉サキは向こうの世界で、ある「塾」に行っていた時代から、神になろうとしてきた。向こうの世界に溢れ返る「ニンゲン」にだけはならない事を誓っていた。

 仮にジブンが消えても消えなくても、宇宙の何もかもが絶対的に消えるという「事実」の恐怖は、消えることはない。いつかは知らないが、いつかは確実に、何もかもが絶対的に消える。本当のことの恐怖に頬かむりをして、個人の死という甘いうたたねの中に入って行くだけだ。事実は、甘いうたたねを味わうジブンが欠片もなく消えるのだ。ジブンの痕跡すら、何もなくなるのだ。その恐怖。事実を知る泉サキには、うたたねはただのごまかしにしか感じない。お仕着せの救済に安住するのは、ニンゲンと同じだ。それは《創舎》に来ている自分には許されるのか? 目覚ましが鳴っているのに布団に入るような苦しさ。不快なだけだった。「私は神を求め《創舎ここ》に来ている」――その事実ことを認めなければ。

『魔王』が発する恐怖が泉サキを喰らい、文字どおり殺すことになるか。

 能力を定着させ、晴れて神となって、《創舎ここ》から出られるか。

 どちらかなのだ。泉サキはそれを、知ってしまっている。だから、空しさに逃避することもできない。今は恐怖を浴び続ける以外ない。

 人生、悪いときには「時間」が強く意識されるものだ。つまり「期限」という形で。今は時間との勝負だった。『魔王』に憑かれた彼女は既に心身を浸蝕されている。「泉サキの人格」を押し出すようにして「魔王の人格」が目覚めつつあった。


《お前が俺を定着させることができれば、俺は黙ろう。だが、無理だろうなあ。》


『魔王』は一人称が「俺」なのか。昔は「我」だったりしたものだ。時代が進むんだせいか、魔王もスタイリッシュになるのだな。必死に心中で皮肉を述べてみる。

 それでもカラダは文鎮のよう。泉サキは部屋の床に、掘り上げたさつまいものように転がっていた。うわごとを言うだけで限界なのだ。

 単なる二重人格による譫妄だろうか。それとも、能力自体が本当に人格を持ったのだろうか。今、確実なのは、「ジブン」の中で『魔王』が囁いていることだ。おそらく、譫妄でもあるし、本当の魔王でもある。泉サキという「器」が万全ならば、能力が勝手に喋りだしたりはしない。これは明らかに能力の暴走・・だった。

「魔王の人格」が拡大し、主人格の座を占めれば、「泉サキ」の意識は消えてしまうだろう。それは阻止しなければならない。だが、『魔王』の増長に従い、カラダの調子も悪化の一途をたどった。重い金属になったような鈍重感。それでいてのっぺりと薄い霧になったような希薄感。ココロもカラダもマトモに動いてくれない。

俺は闇の力・・・・・すべてを逆にする・・・・・・・・。「動作・・収束・・。「拡散・・鎮静・・へ向かう・・・・。》

『魔王』は体内で囁いた。

《お前のカラダは通常の状態である「統一」と逆に向かう。「拡散」する。人格の崩壊。脳は指令を失い、肉体を破壊する。失禁。流血。破裂。皮膚反転。内臓の骨化。眼球は裏返り、口は顔を覆い、血管はハリガネとなってカラダを突き破る。お前はそれだけの力・・・・・・を宿してしまった。統御できぬならば、お前を喰い散らしてやるだけだ。》

 泉サキはそうなったジブンのカラダを想像してみた。吐き気。

《安心しろ。まわりの者は喰わぬよ。喰うことはできるがな。喰っても空しいだけだ。どうせすべて消え去る・・・・・・・・・・んだ・・。痕跡も残さずにな。お前のようにな・・・・・・・。わざわざ俺が喰う理由もない。喰うのは縁があるお前だけで充分だ。》

 どうして私だけ?

 私だけ喰われないといけない?

《お前と遊んだ後は、再び闇に沈むか……。俺を宿すにふさわしい者が現れるのを、奈落の底から待つさ。それまでにはニンゲンの世界が何度となく終わるかもしれんし……あるいは永遠に俺を宿す者は現れないかもしれんな。それならそれでよい。俺は力であるだけ。宇宙の生成消滅を超えた力であるのみ。いつまでも待つ者だし、いつでも去る者だ。闇は時間も飲み込む。永遠の時間の経過など、俺にとっては殆ど「今」に過ぎん。》

 それは嫌だ。

 いやだ、つらい、寂しい。

 独りで消えていくのは、やっぱりいやだよ……。

 誰かたすけてよ……。 

 

 もう泉サキは心身ともに部屋から出られなくなった。

『魔王』の脅迫にさらされ、崩壊が加速する。それが摂理かのように『魔王』は「奈落」から歪み(ノイズ)を汲み上げる。泉サキの活力は闇の底へと奪い取られる。泉サキは目玉のような存在となって部屋に転がっていた。見ることはできるが、動くことはできず、塵が触れただけでも激痛が走るのだ。部屋に居ながらにして、布団の擦れる音、紙くずが落ちる音にさえ、ココロが千切れる思いを味わった。雑巾のように、床に打ち捨てられていた。泉サキはいよいよもって引き込もりであった。

 外には興味ない。外には出たくない。外に居る他人かみを見たら、「どうしてそんなに動けるの?」「そんなに愉しそうなの?」と思ってしまうだろう。嫉妬、するだろう。そして嫉妬の悶えが、ますます自分の活力を蒸発させるだろう。だから部屋に居るのが、最悪だが、最善なのだ。神への欲望に燃えていた自分が、《創舎》に来てまさか引き込もるなんて思いもしなかったが、これが器だった。実力だった。私は《創舎》の名もない一室で、『魔王』に言われたとおり、カラダがぐちゃぐちゃに裏返って死ぬだろう。避けるすべはない。活力は吸われる一方。もう終わりなんだ。――そんな認識だけはきちんとできるものだから絶句する。自分は九歳にしては少し賢いらしい。その程度の歪な器。頭だけでなく、心、人格、たたずまい、それらのバランス、すべてを持っていなければ、二つ名レベルの能力を身に付けるのは無理だろう。私は『魔王』が喰ってきた多くの器の名もない一つとなる。『魔王』を定着させられるひとが居るとしたら、それは……。

 いや、やめよう。私が考えても、どうにもならないことだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ