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セレスティア通り  3

 サキちゃんは笑いました。まるで別の誰かに変わったような、昏い笑みでした。でもそれは、一瞬。わたくしを殴った反動でくるりと一回りして、向き直ったサキちゃんは、大人しく模範的な微笑を、顔に浮かべました。

 今のは……。

 しかしわたくしは疑問を飲み込みました。どうして殴ったのか? 「忘れて」とサキちゃんは言いました。ならば訊いても答えはしないでしょう。  

「私は、ここまで……。もう、幕引き……」

 サキちゃんは、くくっと控えめに、それでいて、とてもおかしそうに笑いました。

「前に私、《創舎》の部屋を引き払うって言ったわよね?」

「……ええ、聞きました。しかし、二週間後だと」

「それが明日になったの。こっちの都合で」

「え…………?」

 言葉が出ません。突然の申告でした。

 サキちゃんは俯いて言います。 

「アマネ。あなたは天与ジーニアス。私と違って、神の才あるヒト。いいなと思うしうらやましいと思う。そんなことを言っても仕方がないから、言わないけどね。そう、私には才能がない。自分の能力を定着できるだけの才能すら。私の能力は『魔王』と呼ばれるもの。ちょっと見せたわよね。あの能力は、まだ仮。正体が見えてもいないし、定着してもいない。放任すれば私を滅ぼし周りを滅ぼす闇の力。どうしたら身に着けられるのか分からない」

 サキちゃんが明日には居なくなってしまう……? それに、定着……? あの能力が仮のもの……? 意味が分かりませんでした。飲み込めない……飲み込みたくないです。

「《創舎》には神が集まる。神になった人間・・・・・・・と、神になると見込まれる・・・・・・・・・・人間。後者は『神未達』と言われる。能力の定着マッチングに瑕疵が生じている。《創舎》で受けられるサービスが制限され、服装や部屋の扉の色によっても峻別されている。わたしが《創舎》で着せられている白い服。あれは「神未達」を示すもの。拘束衣でもあり幽閉服でもある。『神未達わたしたち』は期限を過ぎれば能力の萌芽は消失し、二度と現れない。定着もしない。そうなったら退去しなくてはならない。その期限が早まってし・・・・・・・・・・まった・・・

「『神、未達』……?」

 そんな分類があるのですか……。ヒューロさんは言っていませんでした。あるいは無視できるほど少数で、誤差の範囲ということなのでしょうか。しかし、よりにもよってサキちゃんがその一人であったなんて衝撃です。

 出会って以来サキちゃんは嘘を言ったことはありません。能力が定着していない事も、二日後に退去する事も、事実なのでしょう。

 事実が動かせないのなら……。

「戻って来ることはできないのですか?」

 また戻ってから、ゆっくり取り組めば、定着できるはずです。

 サキちゃんは首を横に振りました。

「神の定着過程は一度きり。失敗したら次はない。一度去って舞い戻ることはありえない。《創舎》は神に成るための場所。通常は問題なく定着する。成れるのが当たり前。定着過程で問題が生じるってことは、根本的に言って、『資質が足りなかった』ということ。神になるには何か・・が欠けていた。才能がなかったということ」

 サキちゃんは《創舎》に居た期間を振り返ってでもいるのでしょうか、空を見上げました。暗い空には星一個もありません。

「だから、最後は他人のためになることをしようと思ったの。あなたにはお茶をごちそうになったし、私がこの世界で知っている範囲は案内してみた。きょうのように半日で回れるくらいの、とても狭い範囲。だけどもうあなたは、この世界の過ごし方も楽しみ方も、ほとんど掴みつつある」

 サキちゃんは耳にかかる髪を払ってみせました。まるで物語の正統なヒロインのような仕草。サキちゃんがやると、強烈に違和感があり、心に焼き付かざるを得ません。それを意図してわざとやっているのではと思うほどで……。

「しかし、私がガイドできるのは、せいぜいここまで。《創舎》のことも、《本舎》のことも、私は少ししか知らないの。深い所がどうなってるのか、ぜんぜんわからない。私はこの世界を、表面しか触れたことがないからね」

 サキちゃんはわたくしの横で、囁きました。


「――――………………」

「……!!」


「さようなら、天与ジーニアス

 サキちゃんは緩やかな上り坂をひとりで歩いて行きました。

 坂のむこうに見える、にぎにぎしい建物の明かりには見覚えがあり、それが《創舎》であるとやがてわかりました。

「シンジュク」を観光しているうちに、わたくしたちは、戻っていたのです。

《本舎》と《創舎》が隣同士なのは解っていましたが、都会シンジュクと《創舎》が隣接しているなんて驚きでした。文明というカラクリ仕掛けの粋が施された、都会シンジュクという場所が《創舎》の至近まで迫っているなんて。方向感覚が鈍いわたくしには、まるで秘術マジックでした。

「さようなら」の前にサキちゃんが呟いた言葉が、わたくしの中で渦を巻いていました。


「私はね、引き込もりなのよ」


 引き込もり。

 サキちゃんは確かにそう囁いたのです。

 そして、すれちがいざま、わたくしにだけ聞こえる声量で、独白したのでした。


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