セレスティア通り 1
講義を見学した後、《本舎》の正門を出て(凄まじい開放感がある門でした!)、敷地に沿ったレンガ敷きの道を歩いています。
「《本舎》の印象はどう?」
「講義そのものより、講義に潜る経験が楽しかったですね。具体的な夢の一つでしたから」
「微妙な夢を持っていたのね」
《本舎》もなかなかに素敵なところでした。《創舎》だけにひきこもっていたいなぁと思っていましたが、将来は認識が改まるかもしれません。
もちろん、いまは充分に《創舎》で幸せです。ですが《本舎》という場所もあることを、早目に知っておいたのは、よかったと思います。わたくしの世界に、具体的な彩りがまた一つ、増えたわけでした。
きれいな景観。おいしい食事や飲み物。色々な楽しいイベント。サキちゃんみたいな個性的な人たちとの出会い。
わたくしがまだ知らない、この世界の彩り。
ジブン・ココロ・カラダなどの機能を搭載した、ニンゲンというインターフェイスを持って、わたくしが存在している意味は、世界の彩りをそこにインストールすることにあるのですから。というのも、世界の彩りをそれなりにインストールしてしまえば、ますます安閑と部屋に込もっていられるものですから。
全く知らなかった美しいものが具体的な重さと形を持ってわたくしの中に入る。それほどの幸福があるでしょうか。わたくしは気が付くと頭が下がっていました。
「ありがとうございました。素敵な所ですね」
「べ、別にアマネのためじゃないから。《本舎》が[シンジュク]から近かったから寄っただけだから……」
サキちゃんは早足になりました。
通りはゆるゆるとした上り坂です。創生の皆さんが奔放に歩いています。車は通りません。多角形の上を歩いているような、飽きの来ない適度なカーブがあります。《本舎》からこんもりとはみ出した木々に幽遠に街路灯が包まれています。街路灯から垂れているのは、『《無い所》にようこそ! 創生謳歌サークル』と書かれたペナントです。かすかな夜風にペナントがはためくち、観たことがないはずのその景色に、懐かしさを覚えるのはなぜなのでしょう。わたくしだけでなく誰もがこの風景を知っている……そういう予感が胸にざわめくのです。
音楽が流れています。わたくしは足を止めました。どこかにスピーカーでもあるのでしょうか。なんていい音楽。聴き入ってしまいます。
まろやかで濃厚で、それでいてとても単純で。この音楽は、まるで、耳が食べ已むことを知らない料理のようです。
「どうしたの? ……ああ、音楽を聴いているの?」
サキちゃんが訊いてきます。
「これはすごい。何という音楽でしょうか?」
「それはあなたの至高の音楽よ」
「……わたくし、の?」
「この『セレスティア通り』のBGMは、一風変わったシステムなのよ。その人の魂型と協和する音楽が自動的に編纂されて流れるの。無音が好きな人には無音。虫の音が好きなら虫の音。ロックが好きならロックが聴こえる。あらゆる音楽や自然音の中心にあるものは、こちらの研究者が[スコア]と呼んでいる一個の可変振動体であり、[スコア]はどのような自然音や音楽形態も纏うことができる。いわば私達は『セレスティア通り』を歩いている時、それぞれの好みの音楽を耳では聴きながら、実は[スコア]という同じ一つの情報体を摂り入れている事を意味する」
立て板に水と説明してくれるサキちゃんは、《創舎》を出てからは本当にガイドのようです。知らないわたくしに、こちらの世界での新奇な事実を教えてくれます。その内容を理解するのは難渋してますが。
「要するに、今、わたくしとサキちゃんが聴こえている音楽は違うのですか?」
それをどうやって証明するのでしょう。
「意識を開いて」
と言って、サキちゃんはわたくしをしゃがませ、ヒタと顔を寄せます。わたくしの額に額を合わせました。そのとき、不思議ですが、わたくしは「意識を開く」のがどういうことか分かり、開けていたのです。それは自分の頭蓋骨を少し開けてみるイメージによって可能でした。わたしが聴いていた音は遠ざかり、サキちゃんが聴いている音楽が入って来たのでした。
サキちゃんの音楽は、完全に違うものでした。単音の寂しいメロディが、ピアノのサンプリングによる枯れた音色によって、淡々と葬列のように、反復していました。寂しげですが鎮かです。心が慰撫されるような音楽です。
「いまの私には、とてもいい音楽」
深い納得を持った笑みをみせるサキちゃんでした。
なるほど、たしかに違うのですね……!
「つまり、ここを歩いている方々は、それぞれ別の音楽を聴いているわけですね」
わたくしは右手を小さく一周、『セレスティア通り』をなぞります。
「まれに条件によって一致することもあるが、そういう事になる。無音を聴いている人も居るし、雨の音を聴いている人もいる。急進的な物理学の説では、魂型が固有の振動数に合わせて周囲の粒子を引き寄せる結果、それぞれの『ニンゲン』を形成しているとする。音楽も粒子によって構成されている。キャラクターの振動数に共和する音楽を流し分ける事は比較的簡単のはず」
もう一度、サキちゃんは、わたしに額を寄せました。目をつぶり、そのままじっと聴いています。
「……なるほど。あなたの音楽が、聴こえた。あなたは『メタル』が好きなの?」
「メタル? これはメタルと言うのですか?」
思わず訊きました。メタルといえば、現代日本――わたくしの居た時空間では、うるさく速くかまびすしい印象のものでした。過激な歌詞とパフォーマンス、毒々しい服や飾り付け。いま、わたくしの頭蓋に響いている音楽は、違います。メタルと言うには豊潤すぎます。調和がありすぎるように思えます。それは偏見でしょうか?
「あなたの時代には無いけれど、『自然音楽』という区分がある。素朴といえる自然な和音と音階を特徴とする音楽のこと。メタルは『自然音楽』の一部とされる。出力される帯域が一定の範囲である『音像』の総称。ただし、アマネの音楽は、ニホンのメタルの音像からはやや外れている。どちらかといえばトラディショナルな欧州系のメタルの音像」
「そうなのですかあ。意外です……! メタルの中にも、すごく奇麗な音楽もあるものですね!」
「元々、メタルが好きだったんじゃないの?」
「いえ、メタルという音楽を聴いたのは、きょうが初めてですー」
「呆れたわね……。『セレスティア通り』の音響装置といえども、通常は過去の鑑賞経験から既知の曲を脳内に呼び出す形。アマネの場合、過去に聴いたメタル以外の断片からメタルを構成したと思われる。アマネが知っている『ドラムの音』、『ギターの音』、『シンセサイザーの音』、『オーケストラの楽器』……、それらの『断片』を組み合わせ、自分で聴いた事がない音像を作り出した。だから、外見はメタルでも、実質はアマネのオリジナルの音楽。音響が補助したとはいえ、インスピレーションが桁外れだわ。さらりととんでもないことをしてくれるのね」
「はあ」
ええ……? わたくしは何か褒められているようです。なぜでしょう。よくわかりません。悪い冗談ではないでしょうね。
「(私も幼児期から引きこもっていたら天才になれたのかしら……。でも幼児期は世界の情報を取り入れる時期だし……。逆に材料があっても才能がなければ『カタチに現す』ことはできないし……。やはり天才は天才なのね)」
サキちゃんはなにやら考えながら、ひとりで呟いていました。




