青春の嵐は美少女転校生とともに②
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
僕は慌てて有紀の後を追いかける。
普段駅周辺に来ることなんてないから、オシャレな服を着て颯爽と歩く人たちの中を進んでいくと変に緊張する。
上階のファッションフロアに着くと、そこはちょうど込み合う時間ということもあって大勢の人で溢れかえっていた。その大半は家族連れやカップルだ。
みんな休日を謳歌しているんだなあ。
「ねえ文春! これどう?」
「え? あ、うん。似合ってると思うよ」
有紀は手に取った服を両手に広げて見せる。流れで答えたけど、正直女子のファッションについてはよくわかんないや……。
周りの同年代くらいの女子たちも真剣にいろんな服を手に取っては戻しを繰り返してるし、女子って服買うのにこんな悩むものなんだね。
「なんか『まあ適当に言っておけばいいや』って感じの言い方よね?」
有紀はジト目で僕を見ながらため息をつく。げっ。顔に出てたかな?
「そ、そんなことないよ! ちゃんと有紀に似合っているか考え――」
「あ! これかわいいかも」
「無視かよ」
僕が必死に否定しようとするも彼女は僕の言葉をスルーして、気に入ったものでも見つけたのか再び服を物色し始めた。
「アクセサリー貰っちゃったし、文春の分も買ってあげる!」
「別にそういうつもりでプレゼントしたわけじゃないし、僕に気を遣わなくてもいいよ」
「いいの! ほら、これとこれならどっちがいい?」
そう言って彼女が掲げたのは、ゆったりとした長袖の薄い黄色のブラウスと麻素材で水色のワンピースだ。
「……それ、レディースだよね? 僕はメンズなんだけど?」
「別にレディース着てもよくない?」
「よくないよ!? 僕は男なんだからレディースの服なんていらないよ!」
「けっこー似合うと思ったんだけど?」
「似合っちゃいかんだろ!?」
「似合うのは事実じゃん」
「…………否定できないッ」
曇りのない綺麗な瞳の奥で、有紀にとって僕はいつも女子に見えてるのかとそんな邪念を抱いてしまう。
「てか、あんたが着てるその服もほぼレディースだと思うけど?」
「そんなバカな!? でも見た目メンズっぽくない!? 下だってデニム穿いてるし! 上もシャツに薄手のカーディガンを羽織ってるだけだよ!?」
「いや、普通にキレイ目系女子って感じにしか見えないし。メンズにしては服も線の細さが際立つようなスリムなものだし。百歩譲ってメンズ服着てても、そもそもあんたのその華奢な体系と顔立ちじゃ女子にしか見えない」
「マジでか」
「萌え袖なんかしちゃってさ。美少女かよ」
「サイズ大きいんだから仕方ないだろ!? 美少女じゃないし! 男だし」
「はいはい。男の娘ね」
「釈然としねえ!」
確かにこんな周り全員女性のお店に男の僕がいて、鏡越しに見ても一切浮いた感じのしない光景には違和感を覚えていたけど!
さっき普通に店員さんから「お客様はこちらの花柄のワンピースなどお似合いになると思いますよ~」とか試着勧められていたけど!
てか、僕ってやっぱりそんな女子っぽいのか……。
「文春? なに落ち込んでるの?」
「いや別に……なんでもありません」
「なんで敬語?」
僕はショックを隠しきれぬまま、有紀に付き合って店内をしばらく物色していた。
その後30分ほど経過したところで、結局、服は決めきれなかったので一旦カフェで休憩することにした。
「ん~! やっぱり、いざ目の前にいっぱい服があると決めきれないな~」
「僕にはどれも似たようなものにしか見えないけど」
「あんたも少しはファッションに興味持ったら? もう高校生なんだよ、あたしたち」
「そう言うけどさ。有紀も知ってるでしょ? 僕が学校や部活以外では家にしかいないこと」
「じゃあ部屋着から選んでみたらいいんじゃない?」
「別にいいよ。お小遣いは漫画や小説の購入に使いたいし。部屋着は夏姉ちゃんのおさがりがあるから」
「……レディースものの服嫌がるくせに、なつ姉のおさがりは着るのね。あんたのセーフラインがわからんわ」
カフェの席で有紀と談笑していた時、不意に僕のスマホが震えたので確認してみると、ちょうど話に出ていた蒼家の長女夏姉ちゃんからのメッセージだった。
『今日バイトだからご飯適当に済ませておいて』か。そういえば今日はシフト入ってたんだっけ?
両親は仕事で家にいないし、蒼家長男の秋兄ちゃんも夜はバーテンダーの仕事で外に出ているし……今日は一人か。
「どうかしたの?」
僕のスマホ画面を覗き込もうとする有紀を前に、咄嗟にスマホを手で隠す。
「な、なんでもないよ」
「そう? ならいいけどさ」
スマホを隠した僕に対してやや怪訝な表情でこちらを凝視する有紀を尻目に、急いで『りょうかい』とメッセージを入力し返す。
有紀と二人でご飯を食べて帰る選択もあったが、おそらく僕に好意を寄せているであろう彼女と、二人きりでご飯を食べに行くというのは少し抵抗があるし。何よりこういう時はいつも流星が一緒にいたから何とも思わなかったけど、今日は普段と雰囲気が違ういかにも女子って感じの有紀とだと緊張して長居なんて出来たものではない。
男子ならこういうイベントは喜ぶべきだと思うんだけど、てんで恋愛沙汰に興味のない僕からしてはそう素直な気持ちでいられないんだ。
「……あんた何か隠してる?」
「なにも隠し事なんてしてないよ!」
「ほんとにぃ?」
「ほんとほんと! ボク、ウソツカナイ」
「なんでカタコトになってんのよ」
僕の態度に疑念を抱いた有紀にじとっとした目で睨まれるけど、なんとか誤魔化して話題を変える。
「それよりさ! このあとどうする? まだ服は決まってなかったよね?」
「うーん。まだ回ってないお店もあるし。とりあえずここを出たら東館の方に向かう?」
「そうだね! そうしよう!」
「あんた、さっきから挙動不審すぎない?」
「フッ。武者震いってやつさ。僕にとって人混みの中を歩くのは、天下分け目の合戦のさなかを駆け回るようなもんだからね」
「堂々と情けないこと言ってんじゃないわよ」
僕は訝しむ有紀を誤魔化すように、残りのカフェラテを飲み干しテーブル上の伝票を取ると立ち上がる。
「江戸時代の幕開けは近い! さあ! 行こう!」
「今、令和でしょ! って、ちょっと!?」
会計を済ませて店を出ると、再びアパレル系のお店が立ち並ぶ東館に向かって歩き出した。ちょうど人だかりのピークとなる時間帯に入ったからなのか、どのお店の周りもたくさんの賑わいを見せる。
「あ! ここでいいじゃん!」
「文春も服見るの?」
「買うわけじゃないけどね」
目的地の東館に着いた僕らは少し人の流れが落ち着いたところで、目に入ったレディースとメンズ両方を取り扱うお店に入っていった。
「僕あっちのメンズコーナーを少し見てくるね」
「あんたがいないと服決まらないんだから、すぐに戻ってきてよね? 傍にいないと、せっかく一緒に出掛けてる意味ないし」
「は~い」
男の僕には瀟洒な女性の洋服をただ見て回るのが億劫だけど、ここならさっきのレディース専門のお店と比べたら断然気が楽だ。有紀が服を吟味している間、僕自身も自分に似合ったものがないかを探してみることにした。
入店早々に店内で何度か、店員さんから「彼氏さんへのプレゼントですか?」と聞かれる度に、苦笑いを繰り返すのもいい加減に辟易としてきた。
メンズコーナーを回っていても女子扱いされて自分の服を選ぶのに集中できないので、僕はガックリと下がった肩に鉛を引きずるような重い足取りで有紀のもとへ引き返した。
有紀がいた場所に戻るとそこに彼女の姿はなく、あたりを広く見渡すように視界を広げると。
「どこほっつき歩いてたのよ!」
「あっ、試着室の方にいたのか。ごめんごめん」
有紀が不服そうな表情で頬を膨らませ、試着室から出てきて僕の手前で披露するように両手を広げて見せてきた。
「ねえ文春。これどう?」
彼女が選んだのは、シンプルな五分袖の白いカットソーシャツに薄いオレンジ色でメッシュのテーラードジャケットだ。先ほど僕がプレゼントしたアクセサリーに合わせて選んだのか、シンプルにも見えるコーディネートの中に小さく主張するように、後ろ髪から黄色のリボンと雫のチャームを覗かせていた。
普段少年のような振る舞いをする姿とは対照的で、瞳に映った大人びた女性の表情を見せる有紀の姿に、その瞬間だけ時間が止まったみたいに目が釘付けになってしまった。
「に、似合ってるんじゃないかな? 普段と雰囲気変わっていい感じだと、思うよ……」
「ふーん? ここでは『かわいい』って言ってくれないの?」
「え!」
彼女は恨めしそうにジト目でこちらを見つめてくる。
「いや! その、普段とのギャップの差にびっくりしたというか、言葉が出てこなくてさっ」
慌てて言葉を捻りだそうとする僕の態度を見て、有紀は「ふふっ」と笑うと、そのまま意地悪な笑顔で。
「じょーだんよっ! 決めた! この服買ってくるから外で待っててね!」
「う、うんっ。わかった」
そう言うと彼女は着替えなおして、試着していた服を手にそのままレジへと向かい小走りで駆けて行った。
すれ違いに見えた有紀の瞳は爛々としていて、僕は自然と笑みを浮かべた。
なんだか今日の僕は様子がおかしいな。いつも一緒にいる友達のことを一人の女性として意識してしまうなんて。
恋愛沙汰に興味がないなんて言っておきながら、有紀の一挙一動に心動かされるんだから矛盾してるよな。
「でも楽しかったからいいか」
今日の用事もあらかた済んだことだし、気持ちをリセットして帰路につくとしますか。
――ドンッ!
なんて、深呼吸をしていたところに突然誰かがぶつかってきた。僕はぶつかられたことに驚くより早く、相手が態勢を崩して倒れそうになっていたところを瞬時に抱きかかえた。
「ッと、危ない!」
僕の腕の中におさまったのは綺麗な桃色の髪をした女性だった。顔はマスクにサングラスと怪しさ全開の出で立ちだったが、マスクの中から「ご、ごめんなさい!」と鈴の音のような声をあげていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「ほっ、本当にごめんなさい! 私としたことが前をよく見ていなかったわ」
ゆっくりとサングラスの女性を抱えながら起こすと、彼女は申し訳なさそうに俯いていた。
「僕はぜんぜん大丈夫ですので! それよりあなたにケガがなくて良かったです!」
「ありがとう。華奢な女の子なのに意外と力持ちなのね。あ、ごめんなさい、女性にこの言葉は失礼よね?」
「いえ、僕は男なので失礼でもなんでもないです」
「そうなの?」
「純然たる男子です!」
僕の言葉に驚いたような表情――は見えないけど、肩を震わせて手をわなわなとさせているから、そういうリアクションで間違いはないと思うはず。初対面の人に同じセリフを言うと、みんな似た反応を返してくるのも慣れっこだ。
「……びっくりしたわ。それよりも二重に失礼を重ねてしまって申し訳ないわね」
「あー、いや。こういうのは慣れているので、気にしなくて大丈夫ですよ」
「ははっ」と乾いた表情で微笑み返すと、彼女は大事なことでも思い出したのか「あっ!」と声を大きく上げた。
「いけない! 先生のサイン会――用事があるんだったわ! 名残惜しいけど、今はどうしても最優先させたいことがあるの!」
「え!? あッ――」
僕が言葉を紡ぐその前に、彼女は「本当にありがとう。眼福よ」とよく意味の分からない謝辞だけを残して、脱兎のごとく地を強く踏みしめて全走力で走り去って行った。
「なんだったんだ……あの人」
呆気にとられる僕の前に会計を済ませた有紀が駆け寄り。
「ん? さっき誰かと話してなかった?」
「いや、それが……なんかよくわからない人だった」
「? どんな人?」
「説明が難しいけど、強いて言うならインパクトが強い人」
「なにそれ」
有紀は不思議そうにあたりを見渡す。が、全速力で駆けて行った彼女が見つかるわけもなく、諦めた有紀は「とりあえず行こっか」と僕の腕を掴みながら駅の方面に向けて歩き出した。
僕はもう一度ふと振り返ってみたが、あの足の速さだ。さっきの女性の影はもうどこにもなく、僕自身も世の中には変わった人がいるものだと、そう思うことにして帰路についた。
――彼女との出会いが、僕とその周囲の停滞していた青春を変えることになるとも知らずに。




