僕らの日常③
昼休みから時間はあっという間に過ぎて放課後。日直の僕は一人残って教室の掃除をしていた。
カーテンの埃を払っていると、背後から声をかけられた。
「あっ、蒼くん」
「ん? あ、三組の」
「はいっ、瑠璃川です!」
声をかけてきたのは、三組の女子で僕と同じメディア部に所属している瑠璃川翠さんだった。
「どうしたの?」
「あのっ……そのぉ……」
瑠璃川さんは何故か、顔を赤らめもじもじとしながら言葉に詰まった様子でいた。
おかしいな? 昨日も一緒に取材していた時は普段通りの態度だったのに…………いや待てよ。まさか!
「横島先輩に、お勧めされた本を読んだんですけどっ……その、蒼君が、そのっ……」
「QED! 大丈夫! みなまで言わなくても状況が理解できたからそれ以上は話さなくてオーケー! そしてできれば今日読んだ本の記憶は忘れてもらえると幸いでございます!」
この仕打ち、僕じゃなかったら登校拒否してるぞ。
「あ、うんっ。なるべく頑張ってみますっ」
「……ありがとう」
「泣いてます?」
「……季節外れの花粉かな」
「なるほどっ。花粉症は辛いですよねっ」
「うん。つらい」
泣いてないもん。この涙は花粉症のせいだもん。
それにしてもこの手の話題、僕の身近な界隈なら墓掘り起こして荒らすくらいは話題にする奴らばかりだけど……瑠璃川さんは僕の気持ちを察して配慮してくれるからすごく新鮮だ。育ちがよきことだ。そのままの君でいて!
「そうだっ! 先輩から蒼くんへ『今日は部活お休みなので帰宅していいよ』って言伝をもらいましたっ」
「わかったよ。瑠璃川さんも伝えに来てくれてありがとう」
「いえ、隣のクラスでしたのでこれくらいはどうってことないですよっ」
「そんなことないよ。これ終わったら、すぐ部室行くとこだったからすごく助かる。瑠璃川さんはもう帰るの?」
「はいっ、今日はお母さんが早く帰ってくるのでお手伝いしないといけないのでっ」
なるほど。ならこれ以上引き留めるのも悪いよな。
それにしても、瑠璃川さんと話していると和むなあ。なんというか彼女の発する声音というか、言葉が優しいんだよな。弄ばれた身に染みるよ。この部活に瑠璃川さんがいなかったら僕はとっくに退部してたと思われる。マジで。
「じゃあ僕は掃除用具を戻してそのまま帰るよ。また週明けに部活で!」
「はいっ。週明けまた部活でよろしくお願いしますっ」
瑠璃川さんが教室から出るのを見送った後、僕も掃除が終わったので箒とちりとりを元の位置に片付けて鞄を持ち下駄箱に向かった。
余談だけど、僕の所属しているメディア部では基本学年ごとにチームを組んで行動することが多い。
一年生チームは僕と瑠璃川さんと、一組の男子の三人で校内新聞の取材を行う。
二年生は二名のチームで主に校内放送を担当していたのだが、現在男子一名が停学中のため、先ほど瑠璃川さんが名前を出した横島希紗という女子の先輩が一人で担当している。
ちなみに横島先輩は僕のことを漫研部に売った外道だ。
もう一人の先輩が何で停学になったのかは詳しく聞かされていないけど……三年含む上級生陣は生徒会に目を付けられていると話しを聞いているので、おそらくロクなことではないんだろうな。
三年の先輩に関しては入部してからまだ一度も会ったことがないので、どんな人なのかは気になるところでもあるけど。
今日は入部して初めてのお休みだったけど、メディア部の活動は基本的に平日は毎日ある。
校内新聞を作るためには取材が必要で、一年生チームは校内でのイベントの取材を、二年生チームは主に放送室でのアナウンスや校内ラジオなどの収録を行っている。
瑠璃川さんは新聞の取材のほか、先輩方の手伝いや校内放送で流れる曲を選んだりと裏方仕事に従事していることもある。
同じ日に入部しているのに、任せられる仕事量に差があるとちょっとへこむ気持ちもあるけど、取材はコミュニケーション能力の技量が問われる仕事でもあるから、彼女はそこの技術を買われているんだなと思って見習うようにしている。
下駄箱で靴を変えていると、後ろから声をかけられた。振り返るとそこには有紀がいた。
そういえば今日は全体育館の点検があるから屋内運動部は休みだったんだっけ。
「あれ? 文春は今日部活じゃなかったの?」
「うん、さっき同じ部の子から休みの伝言もらってさ。今日はまっすぐ帰るんだ」
「……伝言って。スマホのメッセージとかじゃなくて?」
確かに今思ったけど、僕は瑠璃川さんとスマホで連絡先を交換しているから、わざわざ直接言いに来なくてもよかったよな。
でも他意はないと思う。
「隣のクラスだし、帰るついでに~ってことだったんだと思うよ」
「ふーん。ついでにね」
何だろう、その腑に落ちない顔は。
「一緒に帰る?」
「! うん、そうする!」
僕らは靴をはきかえて学校の外に出て正門へ向かった。
僕と有紀は徒歩通学だ。家も近くで部活をしているときは三人とも同じ時間帯におわるからよく一緒に帰っていたけど。
そうか、流星は今日練習があるのか。外はまだ雨が降っているのに大変だなぁ。
こうして一緒に帰ることも珍しくはないのだが、考えてみると有紀と二人で帰ることはあまりなかった気がするな。
流星とは同じ部活動にいたから、大会の後とかはよく二人で帰ることがあったけど、部の違う有紀と帰ったのは数回程度だったかもしれない。
最近、有紀の僕に対する気持ちとかを察するようになって、この二人きりで下校するという現状に少し緊張感が走る。
「「…………」」
って、なに話そう? 有紀がなにか話したそうな素振りを見せてはいるんだけど、なにか遠慮している節がある。
「ねえ、文春」
「なに?」
「あの……さ。その……あ! そうだ! あんたって彼女とかいないの!?」
有紀は何か言いかけた後、突然話題を変えてきた。
「え? いや、彼女いないのは有紀も流星も周知の事実でしょ」
「…………ごめん、忘れて」
「どうしたの急に?」
「なんでもない!」
本当は話したい話題があったけど、急転換したことで突拍子もない質問が出てきたのかな。
有紀は耳を真っ赤にしていた。
「その、あんたは彼女ほしいとか思わないの?」
「全然」
考える間もなく質問に即答した。
「なんで? いや、たしかにあんたってそういう浮ついた話しないし、女子に興味ないのは知ってるけどさ……流星が本命だってことも」
「いや、興味が無いわけではないよ! やめてよ! なんで彼女作らないとみんな矛先がソッチ系の話しに向くのさ!? それと絶対昼に話してた薄い本の中身に引っ張られてるよね!?」
「じゃあさ、仮に流星と付き合い始めたら……なんて考えてみない?」
有紀が僕の顔をじっと見つめる。
「何そのおぞましい仮の話は!? 画用紙にエンボス加工できるくらいの鳥肌立ったんだけど!」
「……ごめん、今の忘れて。どうかしてたかも」
「本当にどうかしてるよ?」
「でも、あたしにこういう質問をさせるような文春の態度も問題だと思う」
「問題なのはすぐに僕と流星をカップリングさせようとする方でしょ?!」
「あんたから異性関係の浮ついた話出てこないからそうなるんでしょ!」
「ならんならん!」
「なるの!」
「ならんて!」
昼に忘れかけていたのに。僕が流星となんて……おええ。
有紀はそれっきり黙り込んでしまった。気まずい空気が流れる中、僕らは無言のまま歩き続けた。
「…………誰のせいで進展しないと思ってんの」
帰り際そう呟いた有紀の言葉。そこには先ほど僕に対して言いよどんだ、本当に言いたかった言葉の真意が見え隠れしてるように思えた。けれど、彼女にはまだそれを僕に言えるほどの勇気が無いことも理解していた。
僕は心の底から現在の三人の関係を崩したくないという思いが強かった。だから、有紀の言葉に対して深く追及はしない。
そんな僕の思いとは裏腹に、人生には必ず転機が訪れるものであるということも理解はしているつもりだけど……まずは明日の有紀と二人での一日をどう乗り切るかを考えるとしよう。




