漫研部にはご注意を②
二人で漫研部の部室前に立つ。
「わりと普通の部室だよね?」
「うん。僕も同じこと思ってた」
初めて来たけど、清水さんの言うとおり意外と普通っぽい。
もっとこうオタクっぽいというか、外観がアニメチックな装飾とかで彩られてるのかなとか思ってたけど、そんなことはなかったみたいだ。
「入ろうか?」
「うん!」
ガララッ。
扉を開くと目の前には作業用と思われる机が並び、席にはそれぞれ数名ほどの女子部員が座っていた。僕たちに気付いていないような様子で一心不乱にペンを動かしている。男子の部員はいないみたいだ。
「あのー、メディア部の蒼です。今日は校内新聞に載せる部活動紹介の取材で来ました」
僕たちが入ってきたことに気付いていなさそうだったので、少し大きめに声を張った。
すると一番奥の席に座っていた小柄な女子生徒が、その小さな顔には大きすぎる丸眼鏡をくいっと持ち上げて、こちらに振り返った。
「ああ! メディア部の蒼さんですね! お待ちしておりましたよ!」
彼女はそう言うと、席から立ち上がりこちらへ小走りで駆けてくる。
そして僕たちの前まで来ると、スカートをちょこんと持ち上げお辞儀をした。
「私は漫画研究部部長で二年の堂島絵美です!」
あ、この人が部長なんだ。なんかすごく大人しそうな人だな。漫研部の人って、オタクって感じの近寄りがたい暗めなイメージだったけど。この先輩はどっちかて言うと、欧米風の明るい文学少女って見た目だ。
よく見たら、髪形は毛先がウェーブのかかった長髪で肌は僕よりも白くて外国の人形みたいだな。
僕も男子の中ではそこまで背が高い方ではないけど、そんな僕が視線を下に向けないと顔が見れないくらいには身長の小さな人だ。
「今日は取材の方、よろしくお願いします」
「はい! よろしくお願いします!」
「それでは、さっそく取材の方させてもらってもいいですか?」
「はい! あ、でもその前に作業が途中だったので、一旦部員のみんなに声をかけてきますね! お二人ともこちらのソファにお座りください!」
彼女は作業中の他の部員に声をかけに行った。
僕たちは堂島先輩に言われたとおり、応接スペースのような空間にあるソファへと座った。
「堂島先輩が戻ってきたら取材を始めようか」
「うん!」
清水さんは元気よくそう返事をすると、漫研の部室の中をきょろきょろと見回していた。
「どうしたの?」
「……『星駆ける春』って本はどこにあるのかなって」
「それは今から僕が没収するんだよ」
「文春君も興味あるの?」
「違うよ! 僕のあられもない姿が載った本を焚書するために没収するの!」
「もったいないよ!」
「なんでさ!?」
誰だ。彼女に余計なことを吹き込んだのは。
「うお! この前部長が書いた大作のモデルがいる!」
「え!? まって!? 実物初めて見たけどめっちゃかわいい! ジュンジュンするッ」
何やら向こうで盛り上がってるようだけど。あれ描いたのってあの人だったのか!
見た目の雰囲気的には、木漏れ日のあたる中庭でローズヒップティーを嗜みながら、心に響く感動系の文庫本を嗜む姿が浮かぶけど。
実際はそのイメージから遠くかけ離れて、男子が絡み合う本を愛読及び描いているとは。人は見かけによらないとはこのことだな。
「ふふんっ」
なぜか僕の隣では、清水さんが誇らしげに胸を張っていた。
(当然じゃない! この人は私の夫になる人なのだから!)
鼻高々な態度の清水さんをしり目に僕は小さくため息をつく。
「お待たせしました!」
そう言って堂島先輩は僕たちとは向かい側のソファに腰をおろす。それに合わせて僕も姿勢を正した。
先輩は僕の隣に座っている彼女に目を配り。
「そちらの女の子は校内で拝見したことのない方に見えますが……」
校内で拝見したことのない? まさかこの人。うちの高校の全生徒の顔を把握してたりするのか? すごい記憶力だな。
「私は今日、この学校に転校してきました! 清水六花です!」
「まあ! そうなんですね! お二人でいるということは、蒼さんと同じメディア部に入部されたんですか?」
「今日は体験入部ってことで一緒に来ましたが、最終的にはメディア部に入部しようと思ってます!」
「なるほどです! でも惜しいですね……その右手のペンダコ、もしや絵を描かれているのではと思い我が部に勧誘したかったのですが」
「え!? 私が絵を描いてるの分かりますか!?」
「分かりますよ~。それにあなたからは我々に似た波動を感じますし……」
僕は清水さんの右手を見ても何とも思わなかったけど、よくこの一瞬で彼女が絵を描いてるなんて見破れたな。洞察力も半端じゃないぞこの先輩。正直、怖い。
「勧誘は嬉しいですけど……今はメディア部の方で頑張りたいので……」
「ああ! 別に良いんですよ! ただ、今後興味が出てきた時はお声がけくださいね? この高校は兼部オーケーな校風ですので!」
「はい! その時はぜひお願いしますね!」
二人ともものすごい早さで意気投合し始めているな。僕、蚊帳の外になっちゃったよ。
「あ、あの~。取材の方を……」
「すみません! お話しが脱線してしまいましたね! では改めて、私はこの漫研部の部長をしています、二年の堂島絵美といいます。蒼さん、清水さん、本日は取材の方よろしくお願いしますね!」
「こちらこそお願いします!」
清水さんはぺこりとお辞儀をした。
「では、早速取材の方を始めても大丈夫ですか?」
僕がそう聞くと、彼女は少し申し訳なさそうに眉尻を下げて言った。
「その前に……もう一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい? なんですか?」
先輩は一呼吸おくと意を決したように口を開いた。
「蒼さんは後ろの方はまだ処女ですか?」
「何言ってんだ」
いきなり何を言い出すんだこの人は!?
「いえ、この前私が描いた作品では開通済みなのですが、もし現実でもそうなのであれば巻末の注意書きにある『この物語はフィクションです』を『この物語はノンフィクションです。ご開通おめでとうございます』に修正した方が良いのかな、と」
「嫌がらせか!? 本人目の前にしてよく堂々とそんなこと聞けますね! フィクションですよ! フィクション!」
「その反応は私の作品をすでに拝見されているのですね! 嬉しいです!」
「全部は読んでないです!」
「いーなー」
「……清水さん? なんで恨めしそうな顔してんの?」
清水さんのことは置いといて。油断していた! この人は木漏れ日のあたる中庭でローズヒップティーを嗜む人間などではなく、他人のヒップにあらぬ幻想と欲望を手掛けた作品を作り嗜むような人間だった! 後ろがもぞもぞしてきたぞ!
「でも良かった。まだバージンは守っていたのね」
清水さんがボソッと呟いたけど、声が小さくてよく聞き取れなかった。
「あーっと、堂島先輩。今回は取材の他に、その本についても僕の方からお願いがありまして……」
「続編のご希望ですね! すでに清書に入っていますのでご安心ください!」
「安心できるか! 没収しに来たんですよ! 没収! そして焚書!」
堂島先輩はキョトンとした顔で小首をかしげる。
「「どうして?」」
なんで清水さんまで一緒に先輩と同じリアクションしているのかは気にしないでおこう。
「どうしてもこうしてもないですよ! 僕の平穏な学校生活のためにも没収させてもらいますからね!」
「それはちょっと難しい相談ですね」
「へ?」
「実はこの漫画はですね……もうアップロードしているんです」
「……アップロード?」
おやおや? おやおやおや? 僕はてっきりアナログな手法だとばかり思っていたんだけど。だって有紀に見せてもらったのはしっかりの本の形になっていたし。
「本という形にしたのはほんの数冊だけで、基本的に私たちの部活動で制作した作品はインターネットにアップロードして、たくさんの人からの感想や評価をいただくというのが主流になっています」
とてもにこやかな表情で話す先輩の姿が、今の僕には悪魔のように写っている。どこかに腕の立つ悪魔祓いはいませんか?
「大丈夫よ、文春君。私は処女よ?」
いきなり何を言い出すんだ清水さんは? 僕をフォローしているのか? だとしたらどんなフォローだ。
「あの、清水さん、なにを……」
ハッとした彼女は慌てて自分の頭をコツンとたたき。
「美少女をかんじゃったみたい! えへへ!」
「そ、そうなんだ。どっちみちなぜこのタイミングで?」
僕には言えなかった。「脇汗すごいよ」なんて、今日会ったばかりの女子の前では言えなかった。
(危ないわ。私ったら今日は興奮して自制心が効かないわね。脇汗バレてないかしら?)
――すでにバレている。
「蒼さん。インターネットにアップロードしたということは、もうすでに私たちの作品は多くの人の目に触れているということですよね?」
「……そうですね。もう目も当てられないですね」
「では、必ずしもとは言えなくても、そうした作品には反響があるものですよね?」
「え? まさか反響あったんですか?」
なんか嫌な予感がする。
「はい! その通りです! つまりですね!」
堂島先輩は立ち上がり僕の目の前まで来て言った。
「すでに『春×星』『星×春』というカップリング論について、私の投稿したサイトのコメント欄で舌戦が繰り広げられ、一部の界隈では大きな盛り上がりを見せております! 今年の夏コミの予定も立てておりますし、一定数以上のファンを抱えるこのコンテンツにおいて! 何者も私たちの邪魔はできないということなんですよ! だって部活動としての実績を出しているのですから! …………あとはシンプルに儲かるからです」
この人は本物の悪魔だ! 可憐な見た目とは裏腹にどす黒い邪気が見えるよ! それと最後の言葉はどうかと思う。
僕の隣で清水さんがうんうんと頷きながら拍手を送っている。その後ろでは漫研の部員たちも同じように拍手を。
まるで教祖でも崇めるかのように。
ダメだ、もうこれは諦めるしかない。そもそも校長先生が重版を検討している時点で、この学校に僕の仲間はいないんだ。教育委員会は死んだ。ごめん、流星。僕には悪魔の進撃を止めることが出来なかったよ。
「文春君? 神の御前よ? そんな悲しい顔をしないで?」
「……清水さん? なんかここに来てからキャラ変わってない?」
女の子ってなに考えてるのかわからない。
「あー、えっとー。それでは漫研での活動は主に制作した作品をネットにアップロードして、評価や感想を得ることで部員全体のモチベーション向上に繋げている~って感じですかね? あと、その稼いだお金ってモデルの僕にインセンティブ入りませんか?」
「そうなりますね! 部費に使うので無理です」
モデル料くらい貰ってもよくない?
「そですか…………えーっと、それではあと堂島先輩に漫研のおすすめポイント、というアンケートを提出いただけたら取材は終了になります」
「アンケートですね! わかりました! 後日提出しにまいりますね!」
「はい、お願いします」
疲れたなあ。しばらく漫研部には近づかないでおこう。ネタにされそうだし。もう遅いけど。
「それでは、取材の方は以上です。ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
「いえ! こちらこそ取材のためにご足労いただきありがとうございました」
なんというか、こういう言葉遣いや立ち居振る舞いはしっかりしているんだけどなぁ。
「清水さん、帰ろうか」
「うん! すごく楽しかったね!」
「僕は今、胃痛がひどいけどね」
これ以上ここにいては、また自分のあずかり知らぬところで恥ずかしい妄想が本になる可能性が増えそうだ。なるべく早く立ち去るに限る。
僕は清水さんと一緒に部室を後にした。




