漫研部にはご注意を①
放課後の学校は徐々に茜色に染まり始めていた。一日の疲労が肩に重くのしかかり、あわせて僕の足取りも重くなる。
今日は朝から転校生の清水さんの相手をしていたのだが。距離がすごく近いし、質問攻めにあうし、有紀からは悪態をつかれるしで一段と疲れたよ。
いつもは会話に混ざってくる流星も清水さんに気を遣ってなのか、どこか遠慮がちで、ほとんど僕一人でやり過ごしていたから余計に。
「はぁ」
思わずため息がこぼれる。
有紀の僕に対する気持ちはわかっているつもりだ。
新しく転校して来た、かわいい女の子と僕がずっと話していることにヤキモキしているんだろうと思う。でも問題なのは、清水さんの方だ。
彼女と一日も接していれば、その好意に気付かないはずもない。僕はそこらの鈍感なラブコメの主人公とは違う。
あんなに露骨にアプローチをされていたら普通に勘づく。そして確信は無いけど、彼女はそれを見越した上で僕に迫ってきているんだと思う。
僕も一応思春期の男子だし、あんなにかわいい子からアプローチを繰り返されて正直悪い気はしない。でも今は部活の方に熱中したいから、やっぱりここもどうにかやり過ごして、僕からの興味を引くように仕向けたいんだ。
別に恋愛なんて、この先の人生でいくらでも出来るんだから。それなら今、この高校生活中にやれることを精一杯やりたいというのが僕の考えなんだけど。
「有紀に変な勘違いされなきゃいいんだけど……」
親しき仲にも礼儀あり。
いくら好意を寄せてくれるからと言って、僕ばかりが不誠実な態度で接していては有紀もきっと気分を悪くするだろう。そうなると今の関係にひびが入ってしまうのは必然だ。それは避けたい。でも彼女の好意に対して、どう接するのが正解なのかも分からない。行き詰まりだ。
今までも女子に好意を寄せられるなんてことはあったけど、幼馴染がその中に含まれるとなると、今まで一緒に過ごしてきた関係を崩したくないあまり難しく考えてしまう傾向にあるのかもしれない。
「はぁ」
また、ため息が出た。自分の性格に嫌気がさす。
今日は瑠璃川さんが家の手伝いでお休み、もう一人の一年生部員は風邪で学校を休んでいるみたいだし、取材は僕と――清水さんの二人か。
日中はまだ他に人がいたからなんとかなったけど、放課後二人きりっていうのはちょっとつらいところがあるかな。何で誘ってしまったんだよ僕は。
取材先の部活は漫画研究部とテニス部か。
テニス部はこの前の取材でいなかった部長にアンケート用紙を配るだけとして…………問題は漫研だよな。僕と流星が題材となった作品の没収をしなくちゃいけないし。というか取材よりもそっちの回収を優先させたい。
有紀がちょうど実物の本を持っていたから少し読ましてもらったけど、途中で僕の尊厳と貞操が破壊されていく音が頭の中に鳴り響いて、後半から最後までページを直視出来なかった。アポカリプティックサウンドが脳内に響いたんだぞ。ページをめくる手が震えたわ。
僕の後ろに流星のあんなものが…………思い出すのやめよ。
「ちょっと憂鬱な気分になるよな……」
僕が独り言を呟いたその時。清水さんの声が聞こえてきた。
「文春君! お待たせ!」
「ん。大丈夫だよ。今日は2つしか回らないし、時間もあるからゆっくり行こう?」
「うん!」
清水さんが小走りに駆け寄ってきて、僕の隣に並んで歩く。
疲労気味な僕をよそに、清水さんの顔は喜びに満ち溢れていた。きっと僕たち二人の姿は周囲から光と影のように映っているんだろうな。姫川先生もこんな気持ちだったんですね? ごめんなさい。ミス・ノー・ディレクションとか言って。
――文春の気持ちとは裏腹に、六花は心を弾ませていた。
(なんだか憂鬱気な表情の文春君も素敵ね。転校初日からこんな幸先の良いスタートを切れるだなんて恐悦至極よ)
「最初は漫研部の取材だよね! 私、漫研部ってどんなところか気になってたんだ!」
「清水さんは漫画とか読んだりするの?」
「うん! お兄ちゃんがよく漫画を買ってくるから、その影響で好きになったんだ! アニメとかも一緒に観たりしてるよ!」
「そうなんだ。お兄さんと仲良いんだね」
「うん! いつか紹介するね! ……両親にも」
「え。う、うん」
最後の方は声が小さくて聞き取れなかったな。
(男の子ならこういう話しの方が食いつきやすいものね。私が隠れオタクで良かったと今日この日初めて思えたわ。ありがとう、お兄ちゃん。帰ったらアイスを奢ってやらんでもないわ)
六花は無邪気な笑みを見せながらも、心の中では歪んだ表情でほくそ笑む。そんなことなど知り得ない文春は。
意外だな。僕はてっきりファッション雑誌ばかりを読んでるものと思ってたけど。でもまあ、お兄さんがいるならそっちに影響されて好きになるもの多いよな。僕も秋兄ちゃんの影響で漫画や小説読んでるし。
――ただただ彼女との会話を素直に続けていた。
「どんなの読むの?」
「いつもは少年漫画がほとんどかな! 最近だと『商店街の祓屋』って漫画がイチオシ!」
「それ僕も読んでるよ。けっこうおもしろいよね」
「ホント!?」
商店街の祓屋といえば、ヒーローとヒロインがそれぞれ活躍する陰陽ファンタジーだ。
商店街を舞台に、派遣された祓屋のヒーローが襲い来る妖をヒロインと一緒に祓っていく王道ものだったな。ヒロインが有紀に似た勝ち気な性格で炎の術を使うのに対して、ヒーローはクールな性格で氷の術を使って闘うんだよね。
バトルものを読んでいるのもお兄さんの影響なのかな?
「たしか今は『蘆屋カンパニー襲来編』だっけ? 妖とのバトルから対人戦闘に変わって、一層面白くなってきたよね」
「そう! とくに私の推しの天道榊様の登場シーンはすごいよくて! ――ッ!」
(やっちまったわ。ついテンションが上がって登場キャラを様付けしてしまったわ)
六花は自分のミスにハッとし、おそるおそる文春の顔を確認してみる。
「あ、ごめんなさい。盛り上がりすぎちゃった!」
そう言って彼女はあざとく舌を出して頬を赤く染める。
(これでごまかすしかないわ。もし追及されるようなことがあれば、ここで舌を噛み切ることも辞さないわ)
――齢15にして覚悟を決め過ぎである。
「なんとなく、清水さんって漫画やアニメとかってあんまり興味なさそうなイメージだったから……ちょっと意外だなっては思ったかな」
それにしても、けっこう読んでるなこの人。見た目とのギャップがすごい。別に惹かれてるわけではないけど。
「ふふっ、よく言われる!」
「そうなんだ」
「だから、こうやって自分の好きなことを話せる人が近くにいるのが嬉しくて、ついついはしゃいじゃうの!」
「あはは、それは大げさだよ」
六花、心の中で超ガッツポーズをする。
(よっしゃ! なんとか乗り切れたわ! やっぱりこっち系の話しは危ないわね。でも久しぶりに学校の人と好きな漫画の話しで盛り上がれたわ。自分の好きなものには素直に好きを通さなくちゃね。天道様への不敬に値するわ)
「そんなことないよっ!」
明るくてよく笑う子だ。今日会ったばかりの僕にも気さくに話しかけてくれるし。普通の男子ならここで恋に落ちているんだろうな。
「でも、本当に意外だなって」
「そう? 文春君にとって、私ってどんなイメージだった?」
「どんな……そうだなぁ。ザ・陽キャの女子高生って感じで、ファッションとかに興味のあるようなイメージだったかも」
「んー。たしかに最近はファッションにも興味はあるよ! 女の子だし! いつだって可愛くいたいもんね!」
「そういうもんなんだ?」
「そういうもんだよ!」
女子高生になると、有紀みたいにファッションにも興味は出てくるもんなんだね。清水さんに関しては、見た目の華やかさもあって意外性とかは感じないけど。
「やっぱり私が漫画とかアニメ好きなのって意外に見える?」
「僕の偏見だけど……こう、陽キャって感じの人は漫画やアニメを敬遠するイメージもあったから」
「あははっ!それは偏見だよっ。それに自分の好きなものに陰キャとか陽キャとかは関係無いと思うよ?」
「そう、かな?」
「そうだよ! それに私はね、自分の好きな(漫画やアニメ限定で)ものには素直でいたいの!」
そう言って、彼女は僕の前に躍り出てくるりと一回転して見せた。スカートがふわりと浮き上がり、彼女の細くて白い足が覗く。
自分の好きなものには素直に、か。
「――だから私は、いつも好きなものは全力で素直に好きって言うんだ! それがアニメでも漫画でも、なんでも、ね!」
「そっか」
素直に自分の好きなものを好きと言えるのはすごいな。それは僕には無い感性だから、ちょっと羨ましいかもしれない。
そう話しをしていたら漫研の部室が近づいてきた。
「じゃあ、まずは漫研部に行ってみようか」
「うん!」
このまま今日は、何事もなく一日を終えられるといいな。




