第93話:大先輩の冒険者
.
「はっ!」
卦韻は目を覚ました瞬間、布団を跳ね避けながら起き上がる。
キョロキョロと辺りを見回して、漸く今は地球の在る現代に戻って来たのだと自覚をしていた。
「完全に意識を飛ばしたから、此方側で目が覚めたのか」
卦韻は氣力の殆んどが体内から尽きてしまったのだろう、生命力も精神力も氣力も〇では無いにしても、可成り本来の数値を下回ってしまっていたのだろう。
ゲームなら仮にMPが〇に成っても魔法やら何やらが使えなくなるだけ、然し現実的にそんな状態に成ったなら間違いなく失神をする筈。
「向こう……彼方側の俺はどうなったのやら? 熱い場所だけど、冷却マントも有る訳だしな」
スーッと、何と無く意識を失ったという自覚は有った。
「まぁ、取り敢えずは朝食を食べたら出るかね」
未だに春休みは続いているから槍太も璃亜も、北海道に在る親戚宅から戻って来てはいない。
かといって、残りの春休み日数を鑑みれば今更ながら北海道旅行と云うわけにもいかなかった。
「卦韻か、おはよう」
「おはよう、父さん」
相も変わらず朝刊を読みながら朝餉を摂っている父である楠葉慎吾、母である楠葉理央は矢張りキッチンで片付けなどの作業をしている。
「卦韻も座りなさいな」
「了解」
卦韻がテーブルの前の椅子に座ると理央が朝餉として、白い大皿に目玉焼きやベーコンに焼いたキャベツを載せた物を持ってきてくれた。
卦韻本人は食パンを焼いて珈琲を淹れておく。
サクリサクリと焼いた食パンにバターを塗って口に容れて咀嚼、それを呑み込んでから珈琲を飲んで舌のリセットを行い目玉焼きを食べた。
相も変わらずの理央の朝餉はとても美味しい、卦韻は舌鼓みを打ちながらゆっくりと口に運ぶ。
卦韻にとって、家族との団欒は愉しくも得難いナニかであった。
(今にして思えば、王族だったテンルィーと孤児に成っていたケイン。その記憶が家族との団欒っていうのを無意識に欲していたのかもな)
王族であるが故に少なからず親子の触れ合いなど少なかったろうし、ケインも孤児に成っていたからには幼い身の上では寂寥も有ったろう。
というよりも、テンルィーも実はメイフィリアとの出逢いの経緯で、ケインとは似たり寄ったりな幼少に於ける生活であったみたいだし。
綺麗さっぱり食べ終えると、空食器を手にして立ち上がった。
「御馳走様」
「御粗末様~」
食器はキッチンのシンクに置いておけば理央が洗ってくれる為、いつもこうして運ぶだけは自分で行う様にしているのは卦韻も慎吾も同じ。
理央は妻として母親として、冒険者という仕事自体は半ば引退をしている状態で、慎吾が勤めている彼が起業した会社の取締役員の一人として名を列ねている。
実際、起業は慎吾を中心に事務仕事という意味では理央が一役買っていたし、難しい事は基本的に彼女が熟していたからこその起業だった。
詰まり、楠葉理央は副社長だ。
「卦韻、例の義肢な。呼び掛けを行ったらすぐにも治験者が現れた」
「そっか、それなら良かった」
「名前は瀬尾燐佳さん。年齢は二〇歳のCランク冒険者……だった女性だよ。卦韻にはこの情報を共有しておかないといけないからな」
個人情報だから息子とはいえ、本来なら教えてはならない訳だけど、卦韻は完全なる関係者だ。
どっち道、いずれは会わないとイケないのだから教えない訳にはいかないし、関係者であるからには個人情報保護の観点に当たらない。
「卦韻、その内に燐佳さんに会って貰わないと」
「そうだね、元はCランク冒険者みたいだしさ。やっぱ患者にちょっと会ってみたいと思っていたからね」
尚、性別は関係無い。
卦韻が会いたかったのは飽く迄も治験に協力をしてくれた患者、仮にこれが男性であったとしても会いたいう気持ちは同じであったろう。
「まぁ、病院の方が落ち着いたら呼ぶだろうよ」
「くす、了解したよ父さん」
新たなる義肢、魔導具であるが故に本来であれば莫迦みたいな高値となるけど、それを治験という名目で無償提供をされたのだから、政府や病院や医療関係者や大学など発表が成された瞬間に、本当に様々な人間から注目をされたのである。
試験品だとはいえ、新たな義肢の登場によって現在の“愛坂総合病院”はてんやわんやだった。
「そういや、父さん」
「何だ?」
「初心者ダンジョンでのイレギュラーに関しては聴いてるよな?」
「勿論だとも」
卦韻からの問い掛けに対し、慎吾は確りと頷いてくれる。
「第二五階層のBOOS部屋にホブゴブリンが顕れるのは知っての通り。先日、BOOS部屋にイレギュラーが顕れたんだ。仮に名付けるのなら、ホブゴブリンイレギュラーだろう。美衣奈が曰くBランクに相当するらしいから、可成り強かったよ」
「強かった……という事は卦韻、お前まさか闘ったのか?」
「闘ったんだ。実の処、どうしても闘ってみたかったっていう我侭を、俺は通してしまったんだ」
「美衣奈ちゃんを巻き込んでか?」
「……そうだよ。悪いとは思ったけど、ちょっと美衣奈の想いに甘えてしまったんだ」
「理解らんでも無いな。俺も理央の優しさとかに甘えちまってるから」
うんうんと頷く慎吾。
男としてちょっと恥ずかしいかも知れないが、慎吾は理央を愛しているのと同時に甘え捲る。
甘え捲ってはいるけと、残念ながら卦韻以外に子を成す事は出来ていないけど、四〇歳に至った今でも二人は夜を頑張って励んでいた。
デキたとしても高齢者出産には成りそうだが、幸いにも冒険者として肉体的エネルギーの活性化は若さを保持して、実年齢こそ四十路に突入をしている二人も、肉体年齢は未だ二十代をキープしているのである。
だからこそ性欲も確りとキープをされていた。
「迷惑を掛けた自覚は有るんだよ、取り敢えずは父さんと母さんに情報を共有しておきたかった。きっと美衣奈も小父さん達に共有してる」
「だろうな。初心者用ダンジョンのBOOS部屋にイレギュラー。しかもBランクの魔物が顕れたりしたらダンジョン事故も良い処だしな」
初心者ダンジョンはランク的にFではあるが、通常に顕れるのはFランク~Dランクまでだ。
然し、今はCランクの魔物までも顕れている。
況んや、BOOS部屋に至ってはBランクの魔物が顕れているなどと、少なくとも愛坂学園の一年生を入ダンさせるには困難が過ぎるだろう。
「兎に角、お前ならCランクとも闘えそうだとは思っているが、流石にBランクはヤバいからな。万が一にもまた……なんて事が有ったら俺にでも母さんにでも構わないから、連絡を入れなさい」
「ん、判ったよ父さん」
正直、冒険者というより社長としても忙しい筈の慎吾を頼る、それは矢張りプライドに障った。
だけど、またもや美衣奈を危険に晒すのかと問われれば仕方無い。
一〇年も会っていなかったとはいえ大切な幼馴染みだし、卦韻のプライドなど彼女の安全に比べれば犬にでも喰わせてしまえば良いのだ。
(そういえば、レベルアップとは別方向で強く成ってる気はするよな)
卦韻は腕を組みつつ首を傾げる。
「あら、どうしたの?」
「うん? ああ、別に特に何でも無いよ母さん。ちょっと強く成るにはどうしようかと思ってさ」
「そう? 時間の空いてる時なら夜中に訓練くらいは付けれるわよ」
「……へ?」
理央の言葉に、鳩が豆鉄砲を喰らったみたいな表情に成る卦韻。
「何を驚くの? 会社の御仕事や家事に勤しんでいるとは云っても、私はダブルホルダーの冒険者なのよ。我が子の訓練くらいは出来るわ」
「それは……そうかもだけど」
確かに伝手という意味では余りにも強力過ぎるが故にか、頭には浮かんで来なかった事である。
「よく考えりゃ、訓練相手って意味じゃ優良有力な伝手過ぎるわな」
父親は武士系で最高位、母親も術士系で最高位という存在、SSSとSSの一六年という年月を冒険者として暮らしてきた強さの象徴だった。
楠葉慎吾と楠葉理央、二人は喜び勇んで卦韻に訓練を付けるだろう。
それは親として、そして冒険者という意味では大先輩として。
卦韻は両親に御礼を言いながら、美衣奈の待つであろう玄関先へと向かうのであった。
.




