第61話:剣士VS拳士
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兎のお肉をアイテムバッグに放り込んだ卦韻、時間を減速させているから熟成は余り出来ない。
それでも腐らせるよりはマシだ。
「よし、進むよ!」
美衣奈に促されて更に進む卦韻、新たに顕れたのはスパイダー二匹。
「行き成り食べれない蜘蛛か」
「腹が減ってんの?」
「うぐっ!」
く~っと、可愛らしい音がお腹から鳴り響いた辺りからして、どうやら美衣奈は少し空腹であったらしく、真っ赤な顔で涙目に成ている。
ともあれ、スパイダーは斃すしか無いのだ。
「とりゃっ!」
跳躍してその侭、落ちる勢いを以て蜘蛛の急所を一突きしてやると、スパイダーはビクビクと痙攣をした後に魔素へ還って魔核を落とした。
流石は鋼鉄製の剣だけあってか、Dランク程度でしかない魔物を討つのは容易く行えている。
「火球!」
魔法の火の球を撃ち放ってスパイダーを焼いた美衣奈、その使い勝手の良さから故に彼女は割かし火球の魔法を使うイメージが強かった。
「あ、スパイダーの糸」
「これは何かに使えるのか?」
「意外と丈夫でねぇ、集めれば服装系に使えるから沢山有れば有っただけ喜ばれるよ。装備は勿論だけど、一般の服にも使いたい糸だから」
「成程な」
頷いた卦韻、若しかしたらこれを集める部隊みたいなのも有りそうだし、手に入れたら良さそうだから集めておくのもアリかと考える。
「スパイダーの糸って、産業になるくらい集められる物なのか?」
「Cランクまでの蜘蛛系がドロップする糸は全く同じみたい。だから意外と集まる物なんだよね」
〔スパイダー系ってさ、どのダンジョンにも必ず居るんだとさ〕
〔因みに、Bランクを越えると更に高品質な糸に成るらしい〕
〔そうなるとまた別枠に成って高額化するんだ〕
流石、出来るリスナーは情報通というやつであったと云う。
「処で幾らくらいなんだ?」
「今、ケインが手に入れた糸の一束で三〇〇〇円くらいだよ」
「一〇個で三万円ってか」
安いとみるべきか、糸程度の売値が三〇〇〇円は高価いとみるべきか? いまいち判らない。
「因みに、私のローブもスパイダーの糸が使われていて防御力が少しだけ高めに成っているんだ」
「そうなのか!?」
「うん!」
確かに美衣奈の言葉が確かなものであるなら、スパイダー系のドロップアイテムたる糸は売値が云々の前に必要不可欠だし、それに糸を卦韻なら魔装具へと造り換える事も出来るという事にならないだろうか?
これなら“スパイダーの糸”集める意義が可成り増したと云う。
「狙ってスパイダーが出る訳じゃ無いんだしね、仮に出たとしてもドロップ率は渋いんだから」
「まぁ、そうだよな」
この二点をどうにかしないと机上の空論にしか成らない訳だし、若しかしたら? くらいの感覚で卦韻は頭の隅に置いておく事に。
第一五階層から始めて更なる下へと降りて行く卦韻と美衣奈、第一七階層に顕れたのは変わり種の“ゴブリンパンチャー”という魔物。
イレギュラーという程では無い、だけど極めてDランクに近いEランクという事であるらしい。
「小鬼拳士ってのは要するにボクシングをしてくるんだ。意外と素早い動きで此方を翻弄してくるからさ、厄介で初見殺しにも成り得るかも」
「其処までかよ?」
「何しろ魔法すら躱せるからね」
仮に火球を撃ち放ったとしても、それを躱せるだけの身体能力を以て躱してしまうだけだとか。
「俺が行って良いか?」
「良いよ」
卦韻はゴブリンパンチャーを相手に剣を構え、場合によっては急所を打たれぬ様に小盾を心臓の辺りに構えると、卦韻自身とゴブリンパンチャーが御互いに駆け抜ける。
「哈ぁぁっ!」
「キギャッ!」
その拳は余りにも疾い、卦韻は小盾で拳を防ぐものの、威力は中々に凄まじくてバックステップをさせられてしまい、少し体勢を崩された。
「チィッ! もう完全にDランクいってるんじゃないか?」
小盾で受けたのに、左腕の痺れを感じる程だ。
「せりゃぁぁぁああっ!」
「クギャァァッ!」
卦韻もゴブリンパンチャーも雄叫びを上げながら突っ込み、卦韻が鋼鉄の剣を振り下ろしたのを視た奴は何と拳で剣を止めに来た。
「なっ!?」
左拳により止められた上に、更に突っ込んできたゴブリンパンチャーが右側の拳を、ストレートに揮って卦韻の鳩尾へと叩き込んで来る。
「がふっ!」
ダメージ二〇%カットの効果が有ったからか、何とか踏み留まる事が出来たみたいだけど……
「くっ!」
踏鞴を踏んで下がった。
卦韻が纏うデスコーピオンの甲殻鎧は胸部と腕部のみを鎧うのみで、即ち腰回りや腹部や脚部などはっきり云ってしまえば無防備にも近い。
フル装備にしようと思えば勿論だけど出来た、然し卦韻は自らのみの強化を良しとせず幼馴染みにして親友、詰まり火祭槍太にも同じ装備を渡したいと願った為に、同規格の甲殻鎧を二つ造って朱色に塗ったそちらを彼の居る北海道に送った。
故に甲殻は足りなくてフル装備には出来なかったという訳だ。
代わりではないが、ダメージ二〇%カットという魔法効果を持たせており、これは装備を着けてさえいれば全身に効果を齎らしてくれる。
「クソッ!」
ダメージ二〇%カットが鳩尾への一撃を和らげてくれたが、痛みが無かった事に成る訳では決して無い。
「うおおおおっ!」
「キャギャウッ!」
其処からは互いに生命と尊厳を懸けた打ち合いであり、卦韻が剣を振ればゴブリンパンチャーが拳を揮うというのを繰り返していく。
「おかしい、ゴブリンパンチャーどうこうじゃなく卦韻は元からEランクとは闘える筈。Dランク足らずにこれだけ苦戦をする訳が無い!」
ゴブリンパンチャーの情報は美衣奈とて持っているが、明らかにあの個体はDランクの域を越えた実力を持っている様に思えるのだ。
「しまったっ! 彼奴がイレギュラーだったんだ!」
迂闊、あれだけ会いたいと望んだイレギュラーにこんな状況で会ってしまうとは、かと云って今から卦韻にタイマンを止めろとも言えない。
卦韻とて男の子であるからには、意地も有ればプライドだって有る。
「はぁぁぁっ!」
能力が足りない訳では無いけど、ゴブリンパンチャーはイレギュラーとしてランクを超越してるらしく、卦韻ではいまいち攻め切れない。
「美衣奈!」
「な、何?」
剣を揮いながら叫ぶ卦韻に美衣奈が訊き返す。
「奴は……あのゴブリンパンチャーはイレギュラー、そうんだな?」
「そ、そうだよ!」
「なら、もう全部を吐き出しても構わないよな」
卦韻の身体をうっすら繭みたいなナニかが包み込んでいる。
「て……氣導術っ!」
紡がれる、卦韻の口からそのチカラの名前が。
「帝釈天っ!」
新たに紡がれた名前は武御雷神と同じく武神、だけど名前を変えたからには能力だって違う!
武御雷神とは、卦韻の肉体に作用をして能力値というモノを一時的に上昇させるけれど、今回で使用をした“帝釈天”というのは謂わば一種のパワードスーツの事である。
肉体その物の強化をするのでは決して無くて、自身の周囲にオーラの如く纏わせる強化膜だ。
それ故にこの二つは、対立はせずに共存する事が可能だった。
だが然し、唯でさえ生命力と精神力と体力を削るのが氣導術だというのに、二つを併用して行使をするなら少しずつだが確実に減っていく。
ダラ~リと汗を流す卦韻、先程までの戦闘による疲労に加えて武御雷神と帝釈天の平行使用。
これによって卦韻の疲労は加速度的に増した。
然し、肉体的及び精神的な疲労を伴えど身体パフォーマンスは飛躍的に向上、素の能力値に氣力による合算が成されたパワーアップに加え、ちょっとしたパワードスーツを纏ったかの様な能力値のアップ、腕力も脚力も頑丈も引き上げられる。
今まで遣らなかった理由は舐めプ……などでは勿論無くて、矢張り身体的なパフォーマンスこそ向上を果たすけど、コストパフォーマンスという一点に於いては最悪なレベルであると云う事だ。
ゲーム的で俗な言い方をすれば、現在の卦韻のHPとMPは少しずつだが削られているのだから。
「征くぞっ!」
「クギャァッ!」
斬っ!
轟っ!
卦韻の心臓部、デスコーピオンの甲殻鎧を穿つ勢いで打たれる。
「ごふっ!」
喀血して膝を付く卦韻。
「グギッ!」
それと同時に、ゴブリンパンチャーの首が地面へと落ちる。
魔素へと還ったゴブリンパンチャーの後には、存在力とエネルギーの塊とでも云う魔核が残っていた。
更に見慣れぬ宝玉も。
「ケインッ!」
「だ、大丈夫……」
駆け寄る美衣奈が、卦韻の身体を支えてやる。
〔や、殺った……のか?〕
〔マジかよ!〕
〔あれがDランク足らず?〕
〔強すぎ、ワロタ〕
リスナー達もお祭り騒ぎに。
「修復……しなきゃだな」
卦韻は自らの鎧に穿たれた陥没を触りながら、そうな風に淡々と独り言ちるのであったと云う。
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