第58話:理央の母性
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「うん? ああ、流石にくたばってしまったか」
勿論、それは“死んでしまった”という暗い意味では決して無い。
「あんだけ精神力を消耗していた揚げ句の果てに完徹だからな、三人に装備品を渡した後は正しく眠る様にぶっ倒れてしまったんだな」
その際、ミスティのリアルロボット並な胸部装甲を枕にしてしまい、温もりと柔らかさで顔を埋めてしまったのも思い出してしまう。
妄想が捗る為か、卦韻の卦韻が激しくおっきをしてしまった。
「うっ、仕方が無いよな? ミスティの胸部装甲は薄めだとはいえど、あれだけの美少女にダイブしちゃったんだからさぁ! ほんっとうに、誰に言い訳してるんだろうかな? 俺って奴ぁ……」
真っ赤な顔でぶつぶつ呟く卦韻。
取り敢えずだが鎮める事にして、ちょっとトイレに汚れたティッシュペーパーを流してやる。
少しだけ自己嫌悪に陥ってしまったのだけど、まさかおっきをした侭で階下に降りたくは無い。
急ぎ鎮める為の措置だった。
「おはよう、母さん」
「あら、おはよう卦韻。うん一応、シャワーくらいは浴びたら?」
「は? 何でまた」
「臭うもの」
ニィッと口角を吊り上げる理央、これは完全にバレているらしい。
(選りに選って母さんにバレるか、ちょっと死にたくなるね)
この後、すぐバスルームに直行したのは云うまでもあるまい。
「で、今日は父さんって居ないみたいだけど?」
「慎吾さんなら会社よ」
「そういや、起業をして社長をしてるんだよな。魔工師として?」
「そうね」
ニコニコしている辺り、どうやら理央も慎吾の早朝の出勤に関して、きちんと理解を示しているらしい。
これが良妻賢母という事か。
「戴きます」
「はい、召し上がれ」
焼いた食パンにイチゴジャムを塗りたくって口にする、珈琲で流し込むとカリカリに焼いたベーコンに目玉焼きを絡ませたベーコンエッグを食べると、サラダで口の中を一旦リセットしておく。
「母さん、ちょっと強力な防御上昇系魔法を教えて貰えないかな?」
「あら、どうしたの?」
「スピ……んんっ、璃亜の防御が低いのが気になってね。俺や槍太にはデスコーピオンの甲殻鎧が有るし、美衣奈は後衛だからマシなんだが、璃亜は完全なる前衛職になっているから危険が多いからね」
「確かにそうね」
火祭璃亜は闘士、素手喧嘩で闘うから明らかに完全な近接戦闘型で、場合によっては防御が紙装甲になってて、あっという間に墜ちてしまう。
今回の事は璃亜ではないけれど、完全に同じな戦闘スタイルのスピアにはダメージが強かった。
バトルウルフのダメージは矢張りキツかった事もあり、一応は卦韻の造った魔飾具を渡していたけど所詮は二〇%カットは有るし、それにしても紙装甲である事には違いない。
だからこそ、バトルウルフの毛皮を鞣して造ったアンダー服と魔鋼製の魔装具たるプロテクターを渡したが、それに更なる防御力の向上をさせたいのであれば、矢張り防御上昇系の上位魔法を使いたい処だろう。
「私が知るのはダメージ六〇%カットの上級防御魔法だけど、今の卦韻のレベルでは少し精神力的にキツいかも知れないわよね?」
「確かに四〇%カットでも大変だったからね」
ポンポンと附与している様に見えて実際には、魔法を使った以上の精神力を消耗しているのだ。
「要するに、今までの防御上昇では足りないのね?」
「四〇%カットは凄いんだけどね、もう少し何とかしたくなったんだ」
一〇〇のダメージなら六〇にまで減らせるが、元の防御力が低いと大きなダメージを受けていれば矢張り酷い事に成るし、それでは上級魔法により六〇%カットをしたとしても死ぬ時には死ぬ。
此方側では死なないにしても絶望が半端無く、しかも彼方側では間違いなく死んでしまうのだ。
だからせめて防御魔法を質の高い上級魔法へと変えたい、然しながら当たり前だけど魔法というのは上級に成れば成るだけ必要な工程、複雑怪奇な術式が必要となっていく為、必要となる精神力も可成り増える。
「果たして卦韻、貴方に上級防御魔法の附与が出来るのかしらね?」
ゲームであるのなら仮にMPが〇に成ってしまったとしても、単純に魔法が使えなくというだけでしかなく困りはしないが、現実には精神力というのは額面通りに受け止めれば活動する為の謂わば活力源、無くなれば気分も落ちてしまう上に動きにも精細を欠く様になってしまう。
精神力に関しては、最低限で一割以上の確保をしなければならない。
況してや、卦韻は常に【錬成王】によって精神力の消費を強いられており、魔銀にしてもポーションにしても魔鋼にしても造らねばと最早、一種の強迫観念に囚われてでもいるかの如くであったのだと云う。
「卦韻ったら、もう少し肩の力を抜きなさいな」
「か、母さん?」
モミモミと肩を揉まれて端と我に返っていた。
「今の卦韻は知らない内に袋小路に迷い込んでしまった迷い子、いつの間にか貴方は『自分が遣らなきゃ』って妄想に取り憑かれているわ」
「……あ」
確かにその通りだと、母親からの言葉に気付かされる。
「仲間を護りたいなら仲間を信頼なさいな卦韻、私や慎吾さんもそうして扇歌や玲也さんとパーティを組んでいたし、瑠亞ちゃん達という弟子を育て上げる事も出来たのだもの」
パーティネーム“水晶戦記”は基本のパーティが四人だけど、弟子が入る事で五人に成ったり六人に成ったりとメンバーの数も違った。
水無瑠亞もそんな一人だ。
「ごめん、母さん。ちょっと肩肘を張り過ぎてたのかも知れないよ」
「遣れるからこそ、遣ってしまうのでしょうね。もう少し美衣奈ちゃんに頼る事を覚えなさいな」
「……そうする」
頼っている心算、それでもスキルを使えるのが自分である以上はどうにも出来ないから……と、それで壁を造ってしまっていたらしい。
それも完全無自覚に、男の意地か何かは本人も解らなかった。
「卦韻、どうでも良いけれどまだ魔法は必要?」
「有れば有ったで困らないからね、それに魔法を無理無く籠められる様になれば籠めたいからさ」
「そう……ね、確かにそれは必要かも知れない」
理央は微笑みを浮かべて魔力を丹田に籠めて、自身の魔力を血流の如く体内の魔力回路に巡らせていくと、腕へと魔導紋を構築させてソレを複雑に絡み合わせる事で、魔導紋は円を描き魔法陣を形成していく。
「高位防御ッ!」
理央が“力成す言霊”を紡いだら、魔力を送り込まれた魔法陣から魔法が発動をして卦韻が一瞬、その構築された魔法の光により包まれた。
「これがダメージの約六〇%をカットしてくれる防御魔法、とはいえ飽く迄も運動エネルギーによる物理的な衝撃を、という意味でしかない。詰まり魔法攻撃には無意味なモノという事になるわ」
「うん、判ってる。魔法には別の防御手段が要るんだろうな。因みに、魔法防御の魔法ってのは」
「無論、有るわよ」
「今すぐは二つも附与が出来ない、だけどその内に見せて貰いたいね」
「構わないわ。必要に成ったなら言いなさいな」
理央の言葉に頷く卦韻。
「有り難う、母さん」
「フフ、どういたしまして♪」
卦韻は『お母さん大好き君』では決して無いが、矢張り両親に対して子供の愛情を確かに持っていた。
恥ずかしいから言わないし、何なら素直に甘えたりもしないけど。
理央はいつでも愛息子からのハグは大歓迎しているのだが……
「今日もダンジョン探索兼配信をするのかしら?」
「そうだね、春休み中に第二五階層までの全階層の制覇をしようって、美衣奈と互いに言っているからさ」
初心者ダンジョンの最大階層は第二五階層で、第一五階層まで降りたからには残すは一〇階層。
「頑張りなさいな、卦韻」
「っ! 勿論さっ!」
母親としての、理央から受けた激励の声援にはちょっと吃驚したが、卦韻はサムズアップをしながら左目を瞑って元気に返事をするのであったと云う。
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